自由の向こう側   作:雲龍紙

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『viega』はユウ視点。
『Loar』はレイフォン視点。
『Arma』はリヴァイ兵長視点でございます。

ちなみに『すまう風招きの剣』は『かぜおき の つるぎ』と読みます。




【Arma 01:yart ware zarle.】

 

 

 その日は、土砂降りの雨だった。

 

 ウォール・マリアが陥落してから、幾度目かの壁外調査。巨人どもに奪われたシガンシナ区までのルートを確保する為の遠征。その帰還中、一時休憩するために立ち寄った農村で、その人影は悄然と佇んでいた。

 最初は、見間違いかと思った。

 この領域は、もう生きた人間が生存している可能性は限りなくゼロに近い。巨人どもが闊歩しているせいだ。

 だが、現実にその人影は色褪せた外套を目深に被り、雨に打たれるままにじっと地面を見つめている。

 村から少し離れた小高い丘の上、いまだゆっくりと廻っている風車小屋の前だからこそ、とても目立った。気付いてしまえば、見逃すことはあり得ない。

 

 ――逃げ遅れか?

 

 と同時に不審に思う。もはや、生存者が見込める期間は遥か以前に過ぎ去っている。そもそも、ただの逃げ遅れなら、この調査兵団の影を見れば助けを求めて駆け寄ってくるだろう。だが、人影はただ雨に打たれて佇んだまま、自分からは動きそうにない。

 ふと、人影が首を巡らせた。

 視線が合う。垣間見えた容貌から、少女であると判断した。その事実――少女がこんな場所に独りでいるという事実に、思わず眉をひそめる。

 少女ははっとしたように肩を震わせ、そして慌てて隠れるように風車小屋の中へと駆け込んだ。

 

 同じものを眺めていたらしい、隣に立つエルヴィンに問う。

 

「――どうする」

 

 問えば、しばしの沈黙が返る。

 思案していることだけは確かだが、何を考えているのか判らない顔で顎に手を当てて数秒後。

 

「――ハンジと共に確認に行け。とりあえずは保護の方針だ」

 

「了解」

 

「それから、」

 

 ハンジに声を掛けようと踵を返した瞬間、続いた言葉に思わず足を止めた。

 

「イルゼ・ラングナーもつれて行け」

 

 その名に僅かに眉を寄せる。確か、3か月前の壁外調査で巨人に遭遇して兵団からはぐれ、それでもたった一人で翌日には兵団に生還した兵士の名だ。

 正直、ここでその名が上がる理由は見当もつかなかったが、時折イルゼ・ラングナーがエルヴィンに何かを報告している様子は見掛けている。おそらくは何らかの別命が与えられているのだろう、と推察していた。

 そして、今回の件もそれに類する可能性がある、とエルヴィンは考えたのだろう。

 

「――了解」

 

 ふと。

 

 機会があれば、イルゼ・ラングナーにどのようにすれば装備無しで生還できるのかを訊いてみるのも悪くない、と思った。

 

 

 

 

【Arma 01:雨中の邂逅】

 

 

 

 風車小屋の前に立ち、中の様子を窺う。

 響く雨音のせいで、中の音は拾えない。ただ、奥で何かが動く気配はあった。窓から中を覗こうにも厚手の布が掛けられていて、中を確認することも出来ない。

 思わず舌打ちし、扉に手を掛けようとした時。

 

 突然、勢いよく開かれた扉の内側から、先ほどの少女が飛び出して来た。その眼には僅かに涙が滲んでいる。

 

 一瞬驚いたらしい少女はしかし、自分の脇をすり抜けて雨の中を走り去ってしまった。その姿を慌ててイルゼ・ラングナーが追いかける。

 

「……えっと。どういう状況なんだろうね?」

 

 追いかけた方がいい?と訊いてきたハンジに低く、「いや」と返す。小屋の中には、まだ人影があった。

 暗い小屋の奥、薄汚れた床に薄い布を引いて横たわり、傍目にもぐったりとしている。

 

「――病人か」

 

 一団で逃げていて病気のせいで此処に置き去りにされたのか、それとも逃げている最中に病気で動けなくなったのか。そんな可能性はもはや限りなく低いだろうが、いずれにしても、こんな不衛生なところに残していく訳にもいかない。

 

「おい」

 

 驚かせて逃げられないように、慎重に足を運ぶ。逃げた猫を相手にしているような気分だった。

 一歩。ギシ、と床が軋む音が響く。

 それで気が付いたのか、横たわった人影が身を起そうと腕を動かすのが見えた。

 

「俺たちは調査兵団だ。お前たちを保護し、壁の内側まで送る用意がある」

 

「だから怖くないよ~?」

 

「お前は少し黙ってろ」

 

 背後で抗議の声を上げるハンジを無視し、横たわる人影に近づく。傍らに膝を着いたところで、それがまだ少年と云える域の年齢であることを知った。

 

 手を伸ばし、少年の額に触れる。

 やはり熱い。連日の雨でやられたのだろうか。ただの風邪なら良いが、伝染病だとまずい。

 

 焦点の合わない、茫洋とした蒼い目を見て、もう一度告げる。

 

「お前たちを保護する。――お前の名は?」

 

 少年の乾いた唇が僅かに動く。微かな吐息が零れ、しかし殆ど声にはならなかった。

 かろうじて読み取れたのは『レイン』。――信憑性には欠けるが、現状では仕方がない。

 

 敷いてある布ごと抱え、肩に担ぎあげる。

 

 キィ、と扉が軋む音に振り返れば、さっきの少女がじっとこちらを見ていた。その後ろには困ったような顔をしているイルゼ・ラングナーが見える。

 

「……その人を、助けてくれるの……?」

 

「薬はあるし、少なくとも壁の内側までは届けてやれる。――お前の名は?」

 

 少女はこちらを必要以上に警戒しているようだった。両手をきつく握りしめ、じっと睨むようにこちらを窺っている。

 

 雨の音が響く中、薄暗い小屋の中で、しばらく何も言わず向き合っていると、不意に少女は力を抜いて目を逸らした。

 

「――名前は?」

 

「……レン」

 

「――それだけか?」

 

 はっきり言って、少女の身なりは農民や狩猟民がするものでは無い。少なくとも、中級以上の階級の筈である。もっと言ってしまえば、上流階級の娘が『お忍び』で街に降りて来る時のような雰囲気に近い。

 

「――レヴェリー・メザーランス。……でも、長い名前、嫌いなの」

 

 案の定、しっかりとした名前を返した少女は、しかしその名を使うな、と遠回しに告げた。

 それについては深く訊くことはせず、気になっていることを問う。

 

「壁の内側までは面倒を見てやる。――その後は、あてはあるのか」

 

「……人を、探すわ。探している人がいるの。だから、気にしないで」

 

「――そうか。見つかると良いがな」

 

 こんな世界だ。とうに巨人に食われていたり、病気や怪我で死んでいるかも知れない。

 だというのに、少女はまるで生きているのを確信しているかのように、頷いた。

 

「そうね。――見つけるわ、絶対に」

 

 

 

 ――――雨は、いまだ降り止む気配すら見せず。

 

 遠くの空で、雷が鳴り響いた。

 

 

 

 






 文字数持ち直せた良かった。
 でも、なんだかんだで投稿初期の文字数、少ない気がする。
 いや。気のせいじゃなく少ないですね。

 Pixivで確認したら、大体2,000字~10,000字の間を行ったり来たりです。我ながら差がありすぎます。ちなみに、戦闘シーンは長文化する傾向です。


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