どうしようかと思って、結局分けた箇所。なので短い。
あ。此処のタイトルはヒュムノスではありません。
「こんばんは」
パチ、と目の前の焚き火が小さく爆ぜた。綺羅火が宙に舞い上がり、夜の闇に融ける。
カナギは視線を上げ、焚き火の向こうに眠っているイルゼを確認してから背後の森の影に声を向けた。
「――【夜】か」
「そう。――はじめまして、【銀の守人】カナギ・サンスイ。自分は【真なる敗者の王】、【夜色の詠使い】、名前はシャオ」
「なんで【セラの民】がこんなところまで?」
「自分は放浪癖があって――いつもなら、そう答えるのだけど。今回は別。急ぐ必要があった。だから『名詠門』を出入りできる自分が来た」
少年とも少女ともつかない【夜】の声がひそやかに届く。だが、その内容は不穏という言葉では済まないものがあった。
「――何があった?」
「ヴォルフシュテイン卿が出奔した」
「……は?」
ヴォルフシュテイン卿とは【流砂の民】の最強の【降魔】のひとり――というか、12ある移動都市のひとつを統べる【降魔】だ。実質【流砂の民】のトップに属する。
確かにそういう地位や身分のある人間が簡単に持ち場を離れるのは問題である。だが、その程度――『出奔』した程度でこの【夜】が動くことは無い。そもそも、この【夜】だって【セラの民】の重要人物である。放浪癖はあるらしいが、それでも他の民の問題に首を突っ込むことは無い。
つまり、『出奔』に至るまでの経緯に問題があったので、【夜】まで動くことになったのだろう。
「――本当に、『何』があった?」
「ヴォルフシュテイン卿の【宝玉珠】が――いや。厳密に言ってしまうと、【天剣】が壊された。その大逆を犯した者は『【核石】を奪ったまま』都市外へ逃走。どうも、それを追って出奔したらしい。下手に止めると自らの都市を破壊しかねないほどだったらしいから、民も見逃したみたいだね」
――それは、『出奔』とは言わないと思う。
だが、それ以上に問題なのは。
「……それ、他の民がしゃしゃり出ていいのか?」
「ここまでなら――反逆・内乱で話がつくんだけど」
「まだ続くのかよ」
「どうも、その大罪人は【エデン】に入り込んだみたいでね」
【エデン】とはつまり、『壁の内側』のことだ。そこに逃げ込んだという事は、『壁の内側』の人間を巻き込もうとしているということ。『外』の事情を何一つ知らない人間を、だ。これは非常に厄介と言える。
もしこの先、『外』と『内』とで交流を持つような流れが発生した時、お互いに良くない先入観を持つようになるだろうし、下手をすればファーストコンタクトが戦争になりかねない。
――――なるほど。こうなってしまっては、確かに。
「……他の民も出しゃばるしかない、か。こっちだって【カムイ】が消えて大変だってのに」
「西もね。実はいろいろとあるみたいなんだけど――――あ、」
不意に【夜】は言葉を止め、じっと闇の静寂に耳を傾ける。
しばらくそうしてから、じんわりと微笑んだ気配が伝わった。
「――きれいなうた」
「――――そうか」
あいにくと自分の耳は唄を拾うのに特化していないので聴こえないが、詠と共に生きる【夜】には聴こえるのだろう。満足そうな気配が漂っている。
その後もいくつかの情報を交換し、空が白み始める頃に【夜】は移動していった。
もたらされた情報に頭を抱えながら、とりあえず顔を洗おうと泉へ降りる。
そして戻って来た時にはイルゼの『――カナギって、妻子持ちなんですか!?』という叫びに、更に頭痛が酷くなったような気がした。
――あの悪童め。後で覚えてろ。
O E wi nes xeo emne elah
超訳:汝、夜色の詠使い
ヒュムノスほど融通の利く単語量は無いので……
あ。【夜】は日本語読みでも『シャオ』でもお好きな方で。