布教活動には西宮よりも早苗の方が向いている。
それは彼ら二人が幻想郷に来てから確認した事実だった。
外の世界では給食時間の放送ジャックなどのエクストリーム布教行為は逆効果になるばかりだったのだが、幻想郷においては神々の実在が確認されている以上、その神の神徳や力、御利益を見せるのに最も手っ取り早いのが、神々やその信徒が分かり易く何らかの能力を示す事だ。
そういう意味で奇跡を起こす神力・霊力を持つ彼女の方が、里において信仰を集めるのに向いていたと言う事である。以前にも書いた通り、自信ありげにハキハキと話す彼女自身、元々演説などに向いている性向であったのもあるだろう。
つまりは何が言いたいのかというと、要は未だ霊力の扱いが下手な西宮が人里について行った所で、出来るのは早苗のフォローが精々で余り戦力にならなかったのである。
無論初手ではそのフォローこそが大切だったのだが、里の有力者への挨拶回りが終わった後ではフォロー役の仕事も減る。
そして里に行く意味が微妙に薄れていた彼は、布教開始から数日が経ち安定したのを確認した上で、守矢神社に居残る事にした。
最も早苗はそれが不満だったようで、『西宮、一緒に行ってくれないんですか?』だの『風祝である私の言う事が聞けないんですか!』だのと少々ゴネていたが、紫の要請もあって後々異変を起こす事が内定している守矢神社の一員として、弾幕を練習しておきたいと西宮が押し通した結果である。
ちなみに神々はほのぼのとした様子でゴネる早苗を眺めていた。
「いやぁ、普段からぞんざいな扱いをしている割には甘えたがりだよねぇ、早苗」
「一度は外の神社の為に丈一を置いて行く事を決めた後、図らずも丈一までこっちに来てしまったからなぁ。その反動もあるんじゃないか?」
そんな会話など知る由も無く、結局ぶーたれながらも早苗は布教に向かい、西宮は弾幕や飛行技術などの練習の為に神社に残ったのだが、その数時間後――――
「ほらほらほらぁ! どーしたどーしたその程度ッスかー!?」
「だぁあぁぁ! この駄犬調子乗りやがって!」
「誰が駄犬ッスか負け犬! しかもボクは犬じゃなくて狼ッス!」
―――場所は守矢神社の境内前。
現在西宮は、何故か先日会った犬走椛相手に弾幕勝負を行っていた。
それも割と一方的な勝負である。当然、椛有利でだ。
辛うじて飛行術が形になってきたものの、慣れない様子でふらふらと飛行する西宮に対して、椛が『の』の字型に生成した弾幕を乱射している。西宮は守矢の御札や、霊力の扱い方を教えて貰って辛うじて出せるようになった弾幕で応戦するが、明らかに椛が圧倒的優勢であった。
更に弾幕で弾幕を相殺し、或いは体捌きで辛うじてグレイズしても椛の攻勢は終わらない。
白狼天狗は盾と剣を手にした外見通り、天狗の中でも近接寄りの能力を持つ種族だ。
弾幕を辛うじて捌いた西宮に向けて一気に接近した椛が、訓練用の木刀で豪快に彼を弾き飛ばす。
「~~~っ! 格闘戦もアリかよ!?」
「先の宴会異変の時にはこっちが主体だったらしいッスね。まぁアクセントって事で―――っとォ!!」
弾き飛ばされた先で辛うじて地面に着地した西宮を追い、急降下した椛が地を這うような低軌道から気合いの声と共に木刀を突き込んで来る。
狙いは鳩尾。防御も回避も間に合わないままに、人体急所の一つを木刀で強打された西宮が打撃の勢いで地面に転がり悶絶する。
「ふはははー! I'm wiener!」
「winnerな。そっちだとウィンナーソーセージだぞ天狗。慣れない外来語を無理に使うな」
「似たようなもんッス。ファイトクラブと背徳ラブくらいの差ッスよ」
「大分違うぞ。というか貴様は外来語なんてどこで覚えたんだ」
「文さんの家って、魔法の森の近くにある外の世界の道具を扱ってる店で買って来た外の世界の本とかもあって面白いんスよね。意味殆どわかんないんスけど。―――っと、さて。西宮君大丈夫ッスかー?」
「……なんとか……」
そして両手を上げて勝鬨を叫ぶ椛に対して、境内に胡坐をかいて戦いを眺めていた神奈子が突っ込みを入れる。
対する椛は木刀を地面に突き立てからからと笑いながら、倒れた西宮に手を差し出し、西宮はふらつきながらもその手を取って立ち上がる。
―――さて、そもそも何故この神社を敵視している筈の天狗である椛が、こうして西宮の練習相手を務めているのか。
その話は少々前に遡る。
# # # # # #
その日の朝、少しゴネた後に早苗が布教に出掛けた後で、守矢神社に対して天狗側から動きがあったのだ。
元々が極めて強く守矢神社を警戒している天狗社会。特に上層部は妖怪の山を統べるのは自分達だと言うプライドが強いらしく、機さえあれば守矢神社の排除に動きかねない様子だ。
しかし半面、守矢神社―――正確には諏訪子と神奈子に喧嘩を売る度胸は天狗には無いらしく、現状では静観して監視という事となっている。
そしてその監視の役目も単調な作業であると同時に、守矢神社と言う天狗側からすれば極めて危険な要素に自分から近付く仕事だ。
果たして誰がやるかとひとしきり揉めたところで、白羽の矢が立ったのが犬走椛である。
椛自身が天狗社会ではやや浮いた存在である文について回っている立場というのもあり、要は一応哨戒天狗ではあるものの仕事が少なく、一時的に今の仕事を抜けても問題が少ない。
何より椛の持っている『千里先まで見通す程度の能力』は気付かれずに監視をするには最適だと言う見方も、天狗側にはあったのだろう。
が――――
「こんにちわー! おはようございまーっす! えーと、天狗の里で神社を監視する役目を申しつけられました犬走椛ッスー! こちらお土産の山菜ッス!」
「む、先日の白狼天狗か。……え、監視? これが?」
「うぃっす。外で監視すると寒いんで、お邪魔して良いッスか?」
「えーと……うむ、どうぞ。……あれ?」
『取材の基本は挨拶と自己紹介』と射命丸に言われていた犬走椛、まさかの監視対象の家にお土産を手にご挨拶に上がるという前代未聞の大暴投。
千里眼、全く意味を為さず。千里どころか手を伸ばせば届く距離での監視活動開始である。
天狗上層部が知ったならば噴飯ものの惨事だった。
そしてたまたま応対した神奈子、明け透けを通り越してどこか別のベクトルに差し掛かりつつある椛の言動に思わず呆然として頷いてしまったのが運の尽き。
本殿に上がり込んで全力で寛ぐ椛の姿が次の瞬間にはそこにあった。
『ああー、よく掃除された床ッスー。檜の香りッスー』などと言いながら尻尾を振り振り床をゴロゴロ転がる姿は、もはや自分の家はここだと言わんばかりのレベルでリラックスしていた。
八坂神奈子、万を越える歳を神として過ごしながらも、ここまで神社本殿で寛ぐ部外者を見たのは初めてだった。
「……まぁ良く分からんが、軍神的に肝が太い奴は嫌いではない。天狗、昼餉を食べるか。チャーシューの入ったカップ麺があるぞ」
「食べるッスー!!」
そしてその限界まで好意的に表現すれば『堂々としている』と取れなくもない姿が、何故か軍神である神奈子の御気に召したらしい。
西宮の飛行訓練の為に少し神社から離れていた西宮本人と諏訪子が神社に戻って来た時に見たのは、差し向かいでカップ麺を啜る軍神と尻尾振りまくりの白狼天狗の姿だった。
「……何がどうなってるんだコレ」
「んー? 細かい事を気にしたらハゲるッスよ少年! しかしこの『かっぷめん』とやら、少し味が濃いッスけど美味いッスねー!!」
「お、話が分かるね白狼天狗。しかも食べ終わったスープをご飯にかける事で、お手軽にご飯が雑炊もどきになるというオマケ付きさ!」
「す、すげー! カップ麺マジすげーッス!! よっしゃ弁当に持って来たオニギリ入れてみるッス!」
そして西宮が状況を把握し切れず頭を抱える横で、嬉々としてカップ麺の食べ方を指南する祟り神とそれに感銘を受ける白狼天狗。
その彼女に『精進すればすぐにこの領域に至れるよ』と答えながら、自分の分のカップ麺を準備する諏訪子。彼女を畏敬の篭った視線で見つめる椛。
「ボク、今日から御二柱を信仰するッス……!!」
「カップ麺で!? 安いなオイあんたの信仰!!」
カップ麺を啜る二柱を見ながらキラキラ輝く尊敬の眼差しで宣言する椛に、流石に堪え切れずに西宮は突っ込みを入れたのだった。
そしてそんな寸劇から暫し後。
本殿で食休み中の西宮+二柱+監視役という状況で、しかし監視など一切気にせずに諏訪子が西宮の練習の進展を神奈子に告げた。
「とりあえず、飛び方は一通りどうにかなったよ。霊弾の撃ち方も教えたから、後は応用と実践かな」
「実践か。……どうする丈一? 私と一戦してみるか?」
「神奈子様は手加減とか苦手そうなんで遠慮しておきます。何で最初から難易度がルナティックなんですか。もう少し難易度の低い相手で練習させて下さいよ」
諏訪子の言葉を受け、神奈子が口元に手をやりつつ呟いた言葉に、西宮が両手を上げて降参のポーズで拒否を示す。
それを受けた神奈子、別に自説に固執するでもなく『確かにそうか』と呟きながら意見を取り下げる。
どうやら手加減が苦手だと言う自覚はあったらしい。しかし自説を取り下げたら取り下げたで、神奈子はどうしたものかと首を傾げる。
「しかし丈一、難易度の低い相手と言うが……諏訪子も私よりは多少は手加減が出来るが、ほぼ同等の実力の持ち主だ。早苗は今は布教で忙しい。そもそも私達は幻想入りしたばかりで知り合いも少ない。となるとそう簡単に難易度の低い相手など―――」
「ぷっはぁー! いやー御馳走様でしたー! 『かっぷめん』美味かったッスー!!」
その瞬間、空気を読まずに高らかに告げられた御馳走様。
二柱と一人の目線が集まった先に居たのは、カップ麺に弁当として持って来たオニギリを投入して作った雑炊もどきを食し終わり、頬にご飯粒を付けながら満足そうな笑顔で尻尾を振っている監視役だった。
「―――天狗」
「あい?」
「夕餉に好きなカップ麺を選ばせてやるから、我が信者の訓練に少し付き合え」
「チャーシュー入り、豚骨味で手を打つッス」
そして神奈子が告げた言葉に食欲丸出しで―――しかし安い代価で椛が即答。
その日から暫く、西宮の実践訓練の相手兼守矢神社の監視役として犬走椛が神社に出入りする事が決まった瞬間だった。
ちなみに言動のイメージとは異なり、白狼天狗としての彼女の鍛え方は意外とスパルタであった。
そして布教を終えてその日の夜に帰って来た早苗は、本殿でさも当然のようにカップ麺の器に顔面を突っ込むようにして食っている椛の姿に驚き、顛末を聞いて呆れながらも『西宮を宜しくお願いします』と椛に頭を下げた。
自分の事で早苗が誰かに頭を下げた事に驚く西宮に対し、早苗は悪戯っ気のある笑みを浮かべ、
「だって西宮が早く一人前になってくれれば、また一緒に布教活動に行けるじゃないですか。人手も増えて万々歳ですよ」
「俺をこき使いたいだけかこの駄風祝」
「あらやだ。不甲斐ない信者に一人前になって欲しいと願う現人神兼風祝のありがたい言葉ですよ? もう少し敬ってくれても罰は当たりませんよ、西宮」
茶目っ気のある笑みで言った早苗に対し、椛の訓練でそこはかとなくボロボロな西宮は憎まれ口を返す。
そこから始まる丁々発止の掛け合いを神々は微笑みながら見守り―――その横で椛はカップ麺の残り汁を啜っていた。
「やべぇ美味ぇ。ボクが持って来た山菜の天ぷらも合うとか反則的ッス」
とは、口の周りをベタベタにしながらの椛の言葉であった。
完全に餌付けされた椛に射命丸が頭を抱えるのは後日の話である。
そして――――
# # # # # #
「―――あれ? こんな所に神社が……」
そして椛が西宮の訓練相手を始めた日から、更に数日。
早苗はその日、布教を終えて妖怪の山へ戻る途中で、見知らぬ神社を見付けていた。
たまたまこの日にこの神社を発見した理由は特に無い。
敢えて言うなら、少しいつもと違うルートで帰りたくなる程度の気分だった。それに尽きるだろう。
しかし最近布教が上手く行っていた早苗は気が大きくなっていた。
或いは相棒である西宮がついて来ていない事で、本人も気付かぬうちにフラストレーションが溜まっていたのかもしれない。
「……随分と寂れているようですし、ここは一つこの神社を分社として使ってあげましょう。そうすればこの神社の参拝客も増えるし、私もより多くの信仰を得られる。御二柱や西宮にも褒めて貰えるでしょうし万々歳ですね!」
そう言いながら、彼女は内ポケットから取り出した筆ペンでメモ用紙につらつらと一方的な宣告を書き立てると、それをその神社の本殿入り口にペタリと張り付けた。
「これで良し、と」
満足げに頷き飛び去る早苗。
彼女が残して行ったメモにはこう書かれていた。
『―――当方、山の上の神社の者なり。
この神社、余りに寂れ見るに忍びないので、我が神社の分社とする』
或いは西宮がついていれば、或いは早苗がもう少しこの神社についての情報を集めていれば、絶対に行わないであろう最悪の悪手。
本人的には善意であったのだろうが、何の慰めにもなりはしないだろう。
よりにもよって彼女は、八雲と並びこの幻想郷の管理者とされる“博麗”―――それも歴代博麗最強と呼ばれる当代の巫女、博麗霊夢に喧嘩を売ったのだ。
「……何よ、このフザけた宣言。山の上の神社? これは宣戦布告って事で良いのよね」
翌朝になり起きて来た霊夢がそのメモ帳を見て守矢神社めがけて出撃する事を、未だ早苗は、そして守矢神社の面々も、この段階ではまだ知らなかった。
かくして守矢の神社は幻想に入り、幻想の地にて調停を司る博麗と相対する。
――――東方西風遊戯・風神録篇。これにて開幕し候。
少し短めですが、ここで一区切り。
次から風神録篇の本番です。
その前に外の世界のエピソードを1つ、2つ挟む感じで。