二次でよく見る幼い性格ではなく、書籍版文花帖でレミリアを『あいつ』呼ばわりしたりしている比較的理性的で冷静なタイプになっております。
まぁ理性的とはいえ、タガが外れると怖いのでしょうけど。
「紅い」。それがその館を目にした時に何よりも先に来る第一印象である。
次点で「デカい」というのが、西宮丈一が湖畔の紅魔館を見た時の感想だ。
「へー、あれが紅魔館か。この距離からでも分かるデカさと紅さだな」
「そうよ! 凄いでしょ!」
「何でチルノちゃんが偉そうにしてるのか、私分からないよ」
先の敗北から暫し後。
チルノと大妖精によって成り行きで案内されながら、西宮は湖に沿うようなルートを飛び、紅魔館に到着していた。より正確には、紅魔館を視認可能な位置に到着したというべきか。
先導するチルノ、ほぼ横並びで追従する西宮、やや遅れて大妖精という並びで飛ぶ三名の視線の先には紅魔館。
そして―――
「……あれ? なんか紅魔館の前に何か無いか?」
「あれは……テントみたいですね。その周りに大勢のメイド妖精が居ます。紅魔館の住人の皆さんじゃないでしょうか?」
―――紅魔館の前には難民キャンプよろしく多くのテントが張られ、その周囲には多数の妖精メイド達がたむろしていた。
いや、正確には妖精メイドの数が多いだけで、妖精メイドじゃない者も見受けられる。
西宮の知っている限りではレミリアらしき小柄な影と、その横に日傘を持って立つ十六夜咲夜。
そして宝石のような羽根を持つ金髪の少女が、レミリアと寄り添うようにして日傘の影に隠れて日光を凌いでいる。
その近くには中国の人民服に近い衣装を着た長い赤髪の女性、そして紫色の髪にローブとパジャマの中間のような衣服を着た小柄な少女、司書服を纏い悪魔の羽根を持つ赤毛の女性などが集まっている。
「……知らん顔が多いな。レミリア様は話した事があるし、十六夜さんも宴会の中で見たことはあるけど」
「私達はある程度は知ってますけど……珍しいなぁ。紅霧異変の後から多少は出歩くようになったって聞いていたけど、フランさんがこんな昼間から外に出てるなんて」
「フラン?」
「フランドール・スカーレットさん。レミリアさんの妹様で、キラキラした羽根を持った女の子です。ほら、レミリアさんの横に居る子」
「あぁ、幻想郷縁起で見たけど……かなり怖い子なんじゃないのか?」
「情緒不安定だったって話ですけど、紅霧異変後は大分落ち着いているみたいですし……私が知る限りではむしろ理性的な方ですよ」
フランドール・スカーレット。悪魔の妹とも呼ばれ、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という、こと『破壊力』の一点で見れば幻想郷でも一、二を争う程の能力を持つ少女である。
紅霧異変までは紅魔館の地下で過ごしていたが、異変を機に外の世界に興味を持って、最近は少しずつながら出歩くようになったという。
噂では紅霧異変事態がレミリアがフランに外の世界に興味を持たせ、精神的な成長を促す為に仕組んだ異変という噂もあるが―――それについては本人含め、関係者全員が肯定も否定もしていないため、断言は憚られる。
ただ二つ確かなのは、レミリアがフランを溺愛している事。
そして情緒不安定だったらしいフランが紅霧異変後は随分と落ち着き、紅魔館から外に出るようになり始めたという事だ。
ともあれそんな彼女達の元へ、西宮と妖精二人は降りて行く。
途中で彼らに気付いたのだろう。日傘の影でレミリアが嫌そうな顔を見せ、その横のフランがうんざりしたようなジト目でそちらを見やる。
そのレミリアの元へ降りた西宮は慇懃に一礼し、
「御機嫌麗しゅう、レミリアお嬢様」
「これが麗しく見えるならお前の目は節穴だな。抉ってやろうか?」
「社交辞令ですよ。察して下さい」
そのやり取りに周囲の面々も敵ではないと判断したのだろう。
チャイナドレスの女性―――紅美鈴は目線だけで咲夜に『誰?』と尋ね、咲夜が小声で応答している。美鈴は宴会の場で西宮を目にする機会が無かったらしい。
紫髪の少女、パチュリー・ノーレッジは無関心。その横の小悪魔は、こてんと首を傾げている。
そしてレミリアの横のフランはというと半眼のジト眼で西宮とレミリアの間で視線を往復させ、何かを納得したように頷き、
「ああ……貴方が噂に聞いてた山の上の巫女の相棒さん? 大変ね、こいつにこんな毛嫌いされちゃって。咲夜が大事なのは分かるけど、過剰なのよこいつは」
「フラン……もう少し姉に向かって尊敬の気持ちを表してもいいのよ? 具体的には言葉遣いとか」
「この状況を考えたら、敬う気持ちも吹き飛ぶわ。……何が悲しくて真っ昼間から日傘の下で三角座りしてないといけないのよ。吸血鬼が昼間っからお外で三角座り。これ健康的なの? 不健康なの? ねぇ、レミリアお姉様?」
「ぐむむ……」
何やら現状に苛立っているらしいフランに、口では勝てないらしいレミリアが押し黙る。
ちなみにその間に、西宮と一緒に来ていたチルノと大妖精は妖精メイドの群れの中に混ざっていた。どうやら彼女たちの妖精仲間も何人もここで働いているらしい。
ともあれレミリアが黙ったのを確認したところで、両者のやり取りを聞くでもなしに聞いていた西宮に対してフランドールが顔を向ける。
「―――そういえば自己紹介してなかったわね。フランドール・スカーレット。そっちの益体無しの妹をしているわ」
「どうもご丁寧に。西宮丈一と申します、フランドール様」
「あら丁重。なるほど、確かに世慣れた対応ね」
そこまで言ったところで興味を失ったのだろう。フランは西宮から視線を外し、日傘の影の小さなスペースで日に当たらないよう身を縮める作業に立ち戻る。
それを横目で見てから、レミリアが西宮を睨みつけ―――つつも、フランからの口撃が怖いのか心なしか小声で言葉を向ける。
「おい誰に断ってフランにコナかけてるんだ殺すぞ。お前には早苗が居るだろうが。泣かせないように頑張るんだろう?」
「挨拶しただけでこれですか、レミリア様。つーかやっぱ霧雨から聞いてたのかコンチクショウ」
ガクリと肩を落とす西宮に、レミリアは勝ち誇った表情を向ける。
横で話を聞いていたフランや咲夜にも理解不能なやり取り。両者は互いに顔を見合わせる。
しかし実態は何の事は無い、魔理沙が風神録異変の中で聞いた西宮の言葉をレミリアに伝えただけの事である。
そしてにやにやと笑いながら、レミリアは更に西宮を追い込みにかかる。
「早苗を放っておいて良いのか? あれほどの器量良しだ。人里の人間どもも黙っていまい」
「良いんですよ、あいつは性格残念だから大抵の男はその後逃げて行きますし。……つか、この話題止めませんかレミリア様。俺の負けで良いですから」
「ふふふ、そうかそうか私の勝ちだな。……あれ、勝ったら何か良い事あるんだっけ?」
「レミリア様のカリスマが大変上がりました」
「やったー!」
適当極まりない西宮の賞賛に両手を挙げてレミリアが喜ぶ。
咲夜は嬉しそうなレミリアの様子に顔を綻ばせているが、フランや美鈴は少し可哀そうな物を見る目でレミリアを見ており、パチュリーに至っては視線すら向けていなかった。
「―――ところで」
そして、周囲の反応を一通り見た所で、西宮は最大の疑問を口にする。
即ち今のこの状況そのものについて、だ。
「今はまだ昼だと言うのに、吸血鬼のお二人まで含めて皆さんここで何をなさっているんですか?
」
「えぇと、それは……」
その言葉に言い淀んだのは美鈴だ。
レミリアと西宮のやり取りを黙って聞いていた彼女だが、困ったように進み出て西宮に一礼する。
「っと、すいません。私は紅魔館の門番、紅美鈴と申します。西宮さんですね、以後お見知りおきを」
「あ、はい。紅さん……で宜しいですか?」
「そっちは呼ばれ慣れていないので美鈴でお願いします」
苦笑した美鈴だが、すぐに表情を引き締める。
横目で見るのは紅魔館の門――――否、その先にある紅魔館そのものだ。
「今、この紅魔館は未曽有の危機に立たされています。強大な敵が館内に侵入し、辛うじて一人も欠ける事無く脱出できましたが……ここから先どうしようかと悩んでいた所でして」
「ちょっと美鈴、こいつにそんな事を教えなくても良いじゃない」
「しかしお嬢様。西宮さんは外の世界の方なのでしょう? 私達が知らない良い解決策を持っているかもしれないじゃないですか」
「本当ですか!?」
事情を説明しようとする美鈴に対し、嫌そうな顔をしてレミリアが止めようとする。
しかし反論をする美鈴の言葉に、激しい反応を見せたのは日傘を持っていた咲夜だ。叫びながら日傘を放り出して、西宮の両手を握る有様である。
慌ててフランが日傘をキャッチして、彼女とレミリアは事無きを得た。流石に即死はしないものの、吸血鬼が日光を浴びるととても痛いのである。
だが咲夜は自分が引き起こしかけた大惨事に気付きもせずに、
「貴方はあの悪魔を退治する方法を知っているのですか!?」
「あの悪魔ってどの悪魔ですか!? というかメイドさん必死すぎます近い近い! レミリア様こっち睨まないで! 俺から近付いてるわけじゃないから!!」
身を押し付ける程の勢いで迫る咲夜に、彼女を従者として溺愛しているレミリアが鋭い視線を西宮に向ける。
無論彼が言う通り、思い切り冤罪である。この場合責められるべきは、身を押し付けるようにしている咲夜であろう。
冷静で瀟洒な彼女らしくない振る舞いに、周囲の皆が―――これまで無関心であったパチュリーまでもが何事かと視線を向ける。
しかし咲夜はそれらの視線に気付かず、必死の形相で西宮に縋り付く。
「お願いします、どうか紅魔館を、私達を助けて下さい……!!」
「あの、全然話が見えないんですけど……誰か冷静な方、説明お願いします」
「……いやその、出たんですよ」
「出たって何がですか、美鈴さん?」
そして困り果てた西宮へと、美鈴が再度説明の言葉を向ける。
さて、どう説明した物かと彼女が困ったように視線を彷徨わせた刹那―――
「っきゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
妖精メイドの絹を裂くような少女の悲鳴が、屋敷の方から聞こえて来た。
その場の全員が視線を向けた先、テントの周辺―――その中でも紅魔館に近い場所から、慌てて妖精メイド達が逃げ出すのが見えた。
何事かと思った西宮の目に映ったのは、屋敷から出て来てテントに向かって飛んで来る一匹の黒光りする掌より小さいサイズの蟲―――
「―――って、ゴキブリ?」
「いやぁぁぁぁぁ!!?」
西宮が『それ』の名前を口に出した瞬間、咲夜が絶叫と共に逃げ出した。時を止めるのも忘れての完全な敗走である。
レミリアは青い顔で、しかしフランとゴキブリの間に立ち塞がるようにして両手を広げる。フランドールは思わずと言った様子で、そのレミリアの服の裾を両手で掴んで身を寄せる。
パチュリーは自分と小悪魔の周囲にガチで魔法の障壁を張り、妖精メイドの中に混ざって大妖精も慌てて逃げ出し―――そんな中で、動いたのは三人。
「てい」
「ちょいな」
「ほいっと」
西宮がゴキブリに手を向けて軽く霊弾を発射し、それを避けて飛んだゴキブリをチルノが能力で氷漬けにし、氷漬けになったゴキブリを美鈴が軽く蹴りで弾き飛ばしたのだ。
あっさりと撃退された『悪魔』に、周囲で怯えていた面々が『もう大丈夫なのか』とでも言うような視線を向けて来る。
それらの視線を受け、チルノは胸を張り、西宮と美鈴が溜息を吐いた。
「あたいったらサイキョーね!」
「……あの、美鈴さん。もしかしてこのゴキブリが屋敷から皆さんが退去した原因ですか?」
「ええ。……妖精メイドが何かの卵だと思って持ち込んで孵化させようとしたのが、ゴキブリの卵だったらしくて」
「うわぁ……」
どうやら紅魔館の面々は黒光りする油虫に嫌悪感を隠せない面々ばかりだったらしく、この結果と相成ったようだ。
「とりあえずレミリア様、日傘、日傘。日光当たってますけど痛くないんですか?」
「え? ……あだだだだっ!? ちょ、これお肌荒れるのよぉ!?」
「わわ、お嬢様今お助けしますから!」
どうやら吸血鬼は日傘があれば野外OKで、日光に当たっても短時間なら肌荒れ程度で済むくらいには頑丈らしい。或いはスカーレット姉妹が頭抜けて強力な吸血鬼なだけなのかもしれないが。
七転八倒するレミリアとその後ろで日光の痛みに顔を顰めるフランドールを見て、慌てて美鈴が転がっていた日傘を拾って両者の上に掲げる。
それで人心地ついたとでもいうように、レミリアが長い溜息を吐き、半べそで背後の妹に向き直る。
「フラン……なんで日傘投げ捨てたのよぉ」
「え、なんでって―――ぁ」
そして両手で姉の服の裾を掴み、自分を守るように仁王立ちした姉の影に隠れる形になっていたフランドールが慌てた様子で手を離す。
頬が一気に赤くなり、威嚇するようにレミリアを睨みつける。
「……お礼なんて言わないから」
「何の話よ? むしろ日傘投げてごめんなさいしなさいよぉ……あーもー、肌荒れしちゃう」
当然のように妹を守るような行動を取った姉と、思わずといった様子で姉に頼る姿を見せてしまった妹。
しかしそれを恥じて威嚇する妹に対し、姉の方は半泣きで日傘を投げ捨てた事を責めるのみだ。
どうやら姉の方には妹を守ろうと動いたことは、まるで意識に無いらしい。
無意識―――というより、そうするのがあまりにも当然なのだろう。妹の前に盾となって立ちふさがったことが、彼女の意識の中には当然過ぎる行動として位置づけられており、別に何か口に出すべきような内容として定義されていないらしい。
レミリアのそんな様子を見てフランドールの頬が更に真っ赤に染まり、俯いてから小さく一言。
「…………ごめん。………………あと、やっぱりありがと」
「はぁ、なんだかよくわからないけど、どういたしまして?」
意地を張るのをやめて礼を言うフランドールと、全く礼を言われるような覚えがない―――と、本人としては思っているらしい―――レミリア。
見ていた西宮としては、先のやり取り含めてこの吸血鬼姉妹の関係性の本質をそこに見た気がした。……原因がゴキブリという辺りが、なんとも言い難いが。
「……なんていうか、良いお姉さんですねレミリア様」
「なんだかよくわからないけど、お前に褒められると鳥肌が立つ」
そして西宮の言葉にレミリアが嫌そうに身を震わせ、フランドールが顔を赤くして更に俯く。
どうやら悪魔の妹は、西宮から見た自分達がどういう関係性に見えたのかをある程度察しているらしい。
その様子を内心で微笑ましく思いつつも、それ以上に呆れを表情に出して西宮は言葉を続ける。向ける先は頬を赤くして俯く妹吸血鬼ではなく、姉の方だ。
「……つーか、たかがゴキブリじゃないですか。多少気持ち悪くても危険は然程無いじゃないですか。何でほぼ全滅なんですか。もう少し対処できる人は居るでしょうに」
「無理よ! あれが羽根を広げて顔面めがけて飛んで来る恐怖って言ったら……」
「弾幕よりマシでしょうが」
「一回慌てて弾幕で迎撃したら、慣性の法則で残骸が顔に飛んで来て『べちょっ』ってなったのよ! 私はもう二度とゴキブリとなんて戦わない!!」
「……私も能力で破壊したら色々飛び散って……う、思い出したら気分が……」
吸血鬼姉が恐怖体験を語り、妹吸血鬼は赤く染まった顔を僅かに青くさせる。
「ごめんなさいごめんなさいゆるしてくださいやだやだやだ」
少し離れた場所で完全で瀟洒なメイド長が、レースのパンティ丸出しで地面にしゃがみ込んで、完全も瀟洒も投げ捨てる勢いで頭を抱えて許しを請うている。
「……私も嫌よ?」
「パチュリー様、実は虫とか駄目ですよね。クールそうな対応してますけど、さっきの障壁とか思わず引くくらいにガチでしたし」
「小悪魔、余計な事を言わないの」
図書館組も戦力にならないらしい。
ゴキブリ相手に真っ当な対処能力を持つのは、紅魔館の住人では美鈴だけ。
その美鈴は頭を掻きながら苦笑する。
「と、いう状況でして。まぁ非常事態というか何というか……」
「あー……理解しました」
平和な―――ただし概ねの紅魔館住人にとっては深刻な―――事情に溜息を吐く西宮。
脳内で考え得る対処法を検討しつつ、目線を向けるのはレミリアに対してだ。
見られたレミリアが何事かと首を傾げるのに対して、彼は苦笑交じりに言葉を投げる。
「確かに美鈴さんの言う通り、案はあります」
「本当か!?」
「ええ。ただし、紅魔館の大きさが大きさです。多少永遠亭に借りを作る可能性もありますが」
「……詳しく説明して貰おうか。可否はそれから考える」
「外の世界の道具で、こういう虫対策のがあるんですよね。家屋全体を殺虫する強烈な奴なんですが、通常の一軒家で使う奴しか無いので量が足りません。薬剤関係の物となるので、永遠亭に持って行けば複製して貰えるのではないかと」
「確かにあのスペース薬師ならば、サンプルさえあれば鼻歌交じりにやってのけるだろうが……ううむ」
懊悩するレミリア。どうやら西宮の言葉に光を見出しつつも、紅魔館の主として他所に借りを作る事を厭っているようだ。
しかしそれも数秒。パンツ丸出しで震える従者と、このままでは本だけ持って家を出て行きかねない親友と、怯える妹と、自分が虫に感じる恐怖心。これらの要素を勘案して、レミリアは西宮へと嫌そうな視線を向け直した。
「……分かった、案があるならそれで頼もう。それで何が望みだ?」
「おや、永遠亭に対してではなく俺にですか」
「どうせここに来たのも何か目的があっての事だろう」
「良くお分かりで」
彼女としては永遠亭に対するのと同様に、西宮へも借りを作りたくないのだろう。彼に関しては外の世界の匂いが濃い人間と断じているから尚更だ。
なるべく早くに借りを完済しておきたい。その意図が見え隠れする質問に、しかし彼は大して悪感情も抱かずに頷きを返す。
少なくともレミリア・スカーレットは陰湿な性質の持ち主ではない。
嫌いなら嫌いと真正面から告げる、良くも悪くも直線的な性向の持ち主だ。裏でこそこそ動かれるより余程好感が持てる。
「図書館の入館許可と、可能ならば持ち出し許可を」
「それは私の領分では無いな……パチェ、どう?」
「物に依るわ。……何の本を探しているの?」
そして話を振られたパチュリーが、西宮へと視線を向ける。
眠そうな半眼で上目遣いに見るそれは、人によれば睨まれているようにも感じるだろう。
しかし彼女にとってはそれが普通の視線である事は、多少なりとも付き合いのある相手ならば誰もが知っている。
―――つまりは知らない西宮は睨まれているのかと思い僅かに怯んだわけだが、それを見て溜飲を下げたらしいレミリアが喉を鳴らすような笑い声を上げた。
「くくく……そう構えるな。あれがパチェの普通の視線だ。別に睨んでいるわけではない」
「……うるさいわね、レミィ」
「あー……失礼しました。えーと、パチェ様で宜しいのでしょうか」
「パチェは愛称。それで私を呼んで良いのはレミィだけよ。……私はパチュリー・ノーレッジ。魔法使いね」
「あぁ、そういえば幻想郷縁起でお名前を拝見したことがありました。それは重ね重ね失礼しました、ノーレッジ様」
「以後気を付けてくれれば別に良いわ。……それで、西宮丈一だったかしら。何の本を探しているの?」
「実は―――」
西宮はにとりから頼まれ、技術関連の書物を探している事を説明した。
それを聞いたパチュリーは横の小悪魔に確認を取り、些少ながらそれに関連すると思われる蔵書がある事を自分と小悪魔の両方の記憶から照らし合わせ、、西宮へと返事を返す。
「魔導書とかなら持ち出しは許可しなかったけど、それなら良いわ。屋敷の中に蔓延っている黒い悪魔をどうにかしてくれるなら、今後も入館と……魔法に関わらない本の貸し出しは許可してあげる」
「随分と譲歩したわね、パチェ」
「レミィには寝て起きたら眼前に黒い悪魔が居た恐怖は分からないわ……」
どうやら彼女も彼女で色々あったらしい。無表情に近い表情ながらも、頬には一筋の汗が流れている。
ともあれ目的達成の為の約束を得られた西宮は満足げに頷いた。
「交渉は成立ですね。それでは一旦神社に戻って、その後に一度永遠亭に向かいます。暫しお待たせしますが、ご容赦を」
「ああ、パチェがこれだけ譲歩したのだからな。それに見合うように、なるべく早く頼む」
「後は……美鈴さん、下準備として食料類は外に運び出しておいて貰えますか? その中にゴキブリが混ざってないかは確認を……必要ならばチルノに一度凍らせて貰って下さい。凍らせれば中にゴキブリが混ざっていたとしても、流石に死にます」
「分かりました。……ねぇチルノ、飴ちゃんあげるから少し手伝って貰って良い?」
「良いよー。あ、でも大ちゃんの分も頂戴」
最強の妖精は値崩れレベルの格安報酬で手伝いに同意した。
余りの安さに横で見ていたパチュリーが溜息を吐く。
「……所で、どんな手段を用いるんですか?」
「私も気になるわね」
そして作戦実行の為に紅魔館前のキャンプ地を飛び立とうとした西宮にかけられた、美鈴とレミリアの声。
それに応じるように、彼女達以外の面々も気になるらしく、周囲から視線が向けられる。
それらの視線を受けながら、西宮は少しだけ得意げに笑って告げた。
「―――バルサンです」
# # # # # #
バルサンという道具がある。
くん煙剤と呼ばれるタイプの殺虫剤であり、殺虫成分の強い煙を噴き上げ、それを部屋の隅々まで行き渡らせる事によって虫を退治するという物だ。
外の世界では良く使われる道具であり、それは守矢神社でも例外ではなかった。
早苗はゴキブリを見かけたら伝家の宝刀―――という名の丸めた新聞紙―――で撃墜する程度には平気なのだが、いかんせん彼女の父親が虫が駄目な人だったため、よくバルサンのお世話になっていたのだ。
社務所の棚にも2,3の在庫があったのを確認していた西宮、それを永遠亭に持ち込んで紅魔館で使う分だけ複製して貰う心算である。
「帰ったぞー」
「おー、盟友。どうだった?」
「交渉は成立したけど、少しゴタゴタしててな。図書館に入れるようになるまで最悪数日かかるから、適当に機械でも弄りながら待っててくれ」
そして紅魔館から帰還して神社の敷地に着地した西宮に、縁側で携帯電話を分解改造していたにとりが声をかけてくる。
それに軽く応じながら社務所に入り、棚にあったバルサンを全部持って行こうとした所で、早苗の部屋から声が聞こえて来た。どうやら人里での今日の布教を終えた早苗は、既に帰ってきているようだ。
「良いですか小傘さん。『うらめしやー』が時代遅れになったように、『アモーレ』もまたいずれ時代の波に飲まれていくでしょう。それを防ぐためには、アモーレに続く新たな言葉を今のうちから考えておくことです」
「なるほど! 早苗って凄いね。今から先を見据えてるんだ」
「ふふふ、幾ら本当のこととはいえ、そんなに褒められると照れますね。……さて、それではアモーレはイタリア語ですので、次は英語を勉強してみましょうか。……一緒に英語の勉強を……いえ、トゥギャザーに英語のスタディーをするのです」
「と、トゥギャザーに英語のスタディー!?」
「イエス。小傘さんにマイセルフの英語フォースをティーチしてあげます!」
そして西宮は何も聞かなかった事にしてその場を通り過ぎた。
誰だって見えている地雷を自分から踏みには行きたくないのである。
いや、彼の友人であるパンツ奉行などは、外の世界で『見えている地雷』と呼ばれるゲームへ向けて嬉々として特攻するクソゲーマイスターであったが。
「さて、チルノと美鈴さんが向こうの準備を整えてくれてる間に出来るかね」
バルサンは殺虫成分をバラ撒く関係上、食料や食器、人が口に入れる物などを置いたまま行うのは好ましくない。
故にその辺りに対する対応を虫が平気な二人に頼んで来たのだが、果たしてその間に西宮の用事が終わるのかどうか。
「……流石にあの難民キャンプで何日も生活をさせるような事はしたくねーな。ちょっと急ぐか」
そして西宮はバルサンの複製化を目指し、一路永遠亭へと足を向けたのだった。
# # # # # #
「全く、面倒事ね……こりゃ私も紅魔館の図書館に入る許可を貰わないと、流石に割に合わないわ」
「医学書目当てですか?」
「そっちも無いでもないけど、医学関係に関しては多分こっちのが紅魔館より充実してると思うわ。師匠っていう最高の教師も居るしね。どちらかというと、月関係の書物目当てかな」
そして西宮が神社を飛び立ってから更に二、三時間後。
日も沈みかけた黄昏時に、西宮は鈴仙と連れ立って紅魔館へと飛んでいた。
両者が持つのは大きな風呂敷。西宮が永遠亭に持ち込んだバルサンの薬剤を解析し、僅か数十分で永琳が処方してくれた簡易型バルサンセットだ。
曰く、『御免なさいね。珍しい物だったから、ついついじっくり調べちゃって処方が遅くなったわ』との事。
どうやら月にはその手の害虫は生息しておらず、それゆえにこの手の殺虫剤が生まれる事も無かったのだろう。
しかし僅か数十分で解析・処方を終えて遅いとは何事か。西宮、図らずして永琳の底知れない能力の一端を感じた時だった。
ちなみに永琳は薬は専門だが、工学的な事は―――恐らく出来ない事はないだろうが―――専門外なので、バルサンの缶の機構の再現は早々に諦められた。
薬剤を現地で容器に叩き込んで反応させ、煙が出る前に速攻で避難という原始的な手法が採用される事と相成っている。
そして使う対象はただでさえ大きい上に、内部が咲夜の能力によって拡張されている紅魔館だ。
その為、永琳が処方した薬の量はかなり多く、平たく言えば西宮一人では持ち切れない量になったため、鈴仙も彼に同行する事になった―――というのが現状だ。
「師匠も何で私にこんな仕事を命じたのかなぁ」
「永遠亭としても紅魔館に貸しを作っておくのは悪くないと判断したんじゃないですかね」
「あー、政治的判断って奴? 私そういうの駄目なのよね」
「或いは自分の弟子に経験を積ませたかったとか」
「……ゴキブリ退治の経験と医者って関係あるの?」
鈴仙は不満たらたらという様子で頬を膨らませながら飛んでいる。
医者を目指して勉強しているだけあって、基本的には理知的な彼女のそんな珍しい様子に、西宮の口から思わず笑い声が漏れた。
それに対して横を飛ぶ鈴仙が睨むような目を向けて来たので、やや慌てて西宮は話題を変える。
「ところで鈴仙さんは虫とか平気なんですか? このバルサン設置する段になって、実は駄目ですと言われても困るんですが」
「まぁ普通って所じゃない? いきなり飛んで来たら驚くけど、悲鳴上げて逃げ出す程じゃないわ」
「それは重畳。頼りにさせて貰います」
最悪のパターンはこのまま鈴仙を連れて行って、鈴仙も虫が駄目だという事だろう。その場合、バルサンの設置において戦力となるのは実質的に美鈴と西宮だけになる。
チルノも虫は平気だが、彼女に危険な薬剤の扱いを任せたいと思う者はそう多くはあるまい。大惨事への一本道に成り得るバッドエンドへの特急券である。
一応一番の最適解として、咲夜に時を止めて設置作業を行って貰えばと思わなくもないが、紅魔館で最もゴキブリを怖がっていたのは彼女であった。
最悪の場合は時が止まった中でゴキブリを見た瞬間『きゅう』と可愛らしい悲鳴と共に気絶しかねない。
「しかしゴキブリで大騒ぎって事を考えると、幻想郷って平和ですよね」
「そうは言うけどね。あの手の病原菌を媒介にする生き物は医者見習いとしては馬鹿にならないんだけどね。マラリアだって蚊が媒介でしょ?」
「……成程、確かに」
「そういった意味で、ゴキブリ大発生は私としても放っておけないわけよ。……面倒だけどね」
そんな会話をしながら飛ぶ事暫し。
二人の目線の先に紅魔館と、その前にあるキャンプ地が見えてくる。
相変わらず陣幕か難民キャンプよろしく張られたテントの周辺に、わらわらと妖精メイドが群がっている状態だ。
中に混ざってレミリアや美鈴、チルノの姿も確認出来る。
「……ホントに難民キャンプ状態ね」
「あれ、何人か居ねぇ。テントの中か? ……まぁ何にせよ、あのまま何日も待たせるのも気が引けますしね。永琳さんが早急に処方してくれて、本当に助かりました」
「まぁそれは確かに。それじゃ、実際に設置をするのは美鈴と私と貴方よね。美鈴に説明お願い。私はレミリアに注意事項を説明して来るから」
「あいさ」
飛びながら役割分担を決め、西宮は上空から見えた美鈴の元に、鈴仙はレミリアの元へ飛んで行く。
気付いたレミリアが鈴仙に対応を開始するのを遠目に見ながら、西宮は美鈴の横へ降り立った。
「どうも、美鈴さん。お待たせしました」
「いえいえ。その様子だと永遠亭で薬は出して貰えたようですね」
「一応は。実際に仕掛けるのは俺と美鈴さんと鈴仙さんになると思います。本来であれば時間を止められるという十六夜さんが適任なんでしょうが……」
「……勘弁してあげてください。咲夜さんが一番あの手の虫が苦手なので」
「ですよね。なら、俺らが地道にやるしかない、と」
果たしてどこまで苦手なのか。
この問題に関して言えば完全と瀟洒を投げ捨てているメイド長に溜息が止まらない西宮だった。
「っていうかその十六夜さん含め、結構居ない人がいますね。テントの中ですか?」
「いえ……妹様とパチュリー様、そして咲夜さんと小悪魔ちゃんは、大ちゃんの家に集団疎開しています」
「集団疎開て。……つか妖精ってそんな大勢訪れられる家とか持ってるもんなんですか」
「光の三妖精とか大ちゃんとか、持ってる人は持ってるみたいですね。まぁ珍しい部類でしょうけど」
どうやらレミリアを除き、紅魔館の住人は殆ど避難したらしい。居ても役に立たないどころか、却って邪魔なので西宮的には別に良いのだが。
例外は意外と冷静だった小悪魔くらいだろうか。
「ちなみにレミリア様はなんで残ってるんですか?」
「部外者相手に当主である自分が弱味を見せたら舐められるからだそうですよ。それに、部下に嫌な事を押し付けるのに安全な場所に逃げるのが嫌だとも」
「……へぇ」
美鈴の言葉を聞き、西宮は鈴仙から説明を受けているレミリアに視線を向ける。
几帳面な鈴仙から化学薬品についての詳細な説明をしているようだが―――
「……ああ、もう。小難しいな。とりあえず奴らを殲滅する効果があるなら私はそれで良いよ」
「あのねぇ? 自分の屋敷で使うもんでしょ! どんな化学薬品でどのような効能があってどのような成分なのかくらい覚えておきなさいよ!」
「覚えた覚えた。だからもう良いだろう」
「……じゃあ言ってみなさい。
「……決して引かぬ志と、一歩を引ける余裕」
「どこをどう考えても反物質じゃない!」
きゃんきゃんと声を上げる鈴仙に対し、煩そうにあしらおうとするレミリア。
その様子を見ながら門番と平信者の二人は苦笑する。
「あれでも良い主君なんですよ。ちょっと子供っぽいですけどね」
「楽しそうな職場で何よりですよ。―――さて、それじゃあこっちも説明を開始しますか」
そして西宮は美鈴へとバルサンの使い方の説明を開始する。
その向こうで鈴仙が覚える気の無いレミリア相手にきゃんきゃんと説教を続けていた。
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「……紅魔館が燃えている……。悪は滅んだのね、流石あたい」
「燃えてねぇよ。ただの煙だよ。お前何もしてねぇよ親分」
「でも実際、凄い光景ねコレ……」
数時間後、夜半になった紅魔館の前。
意外とバイタリティのあるメイド妖精たちがどこからか切り出してきた木材で組み上げたキャンプファイアーの灯りに照らされながら、チルノと西宮、そしてレミリアは煙を上げる紅魔館を眺めていた。
無論西宮が突っ込んだ通り、燃えているわけではない。
内部に充満したバルサンの煙が漏れ出て来ているだけ―――なのだが、『これでもか、これでもか、えいえい』というくらい大量のバルサンを投入したが為に傍目にはかなりの煙が紅魔館から噴き上がっているように見える。
まるで『長く苦しい戦いだった……』とでも言いたげに腕を組みながら仁王立ちで紅魔館を眺めるチルノ。
ちなみに彼女はバルサン設置の間は警戒要員として外に残っていた為、仕事らしい仕事はしていなかった。
どちらかと言うと長く苦しい戦いだったのは西宮と美鈴と鈴仙である。
「……奇襲の如く頭上から降って来た時には驚いたなぁ」
「止めろ想像させるなぁ!!」
その西宮が呟いた言葉に、横のレミリアが耳を抑えてしゃがみガードする。
だが何にせよ、この分ならば今日中に浄化は完了するだろう。中で朽ちているだろう黒い悪魔の遺体の処理、並びにバルサンの薬剤が気になるようならば雑巾がけなどの対応は必要かもしれないが、最大の問題は終わったと言って良い。
鈴仙などは少し遠くで、全然説明を聞く気が無かったレミリアについての愚痴を美鈴に漏らしている。
とはいえ外の世界からバルサンを持ちこんだ西宮も鈴仙ほどの知識を持って運用していたわけではなく、これに関してはレミリアが注意事項を聞く義務を怠ったのが半分、鈴仙が過度に細かい所まで説明しようとしたのが半分と言えるだろう。
「にとりももう家に帰ってるだろうし、俺の用事は明日以降で良いかもしれませんね。つーか疲れた。この状態から本とか探したくない」
「ああ、帰れ帰れ。私も何が悲しくてお前と一緒に並んで煙を吐く紅魔館を眺めてるのかと、500年に及ぶ人生に疑問を抱いてた所だ」
「そうですか吸血ロリータ。500年生きてる割にゴキブリは駄目なんですね」
「うるさい黙れ。たかが二十年も生きていない分際であれが平気な人間の方が私からすれば分からん」
そして嫌そうな表情をしたレミリアがちょこんと地面に座り込み、なんとなく西宮もその横に座る。
やや一方的に非友好的関係の両者だが、流石にこの状況から無駄に諍いを起こす気力はレミリアの方にも無いらしい。投げやりな口調で、聞かせるでもなく横の西宮に言葉を投げる。
「あれだな。なんかもういっそ開き直って全て投げ捨てて、『ふふふ燃えておるわ』とか言いながら高いワインでも開けて悪役笑いでもしてたい気分だ」
「ワインならありませんが、缶ジュース―――外の世界の飲み物ならありますよ。東風谷が商店街の福引でたくさん当てて飲み切れないやつ、バルサンの近くに保管しっぱなしだったのをついでに持ってきましたので良ければどうぞ」
「ふむ? 貴様にしては気が利く貢物だな。よろしい、受け取ってやろう。……これはどう開けるんだ?」
「ああ、それはそこのプルタブを―――そう、引っ張って。で、そこの開け口から飲むんです。まともに買ったらそこそこのワイン一瓶くらいの価格がする超高級100%ジュースですので、心して飲んでください」
カシュッと軽い音を立て、西宮がレミリアに投げ渡した小さなスチール缶の蓋が開く。
その機構を興味深げに観察していたレミリアだが、すぐさま興味はその中身に移ったのだろう。両手で行儀よく包んだジュース缶を口元に持っていきつつ、
「外の物価は分からんが、ちょっとした高級品のようだな。であれば喉も乾いている事だ。借りには思わん貢物としてならば飲んでやる」
「ええ、ホント高級品ですんで心してくださいその100%ジュース―――」
一口、ぐいっと。
「―――ウニ味」
「ブフォアッ!!」
気高き夜の女王が口から山吹色の塩漬け卵巣が噴出された。
それをすぐ横で見た西宮は「うわ」と声を上げ、
「なにしてんですか勿体無い。最高級のバフンウニですよそれ」
「ゲホゴッ……ガハッ! お、おま……何を考えてそれを飲用にしようとした……!?」
「いや、そのメーカーその前は牛タンで似たようなことやってたんで、俺としてはいつものノリかなぁと。―――あ、塩加減は如何でした?」
「飲めば飲むだけ水が欲しくなるわッ!! もしくは白米だなこれはッ!?」
「―――ふむ」
涙目でゲホゴホと咽るレミリアを見た西宮は小さく頷き、言葉を返す。
「霧雨から聞いた、俺が先の異変で戦った理由というのを絶対に他所に漏らさないと誓って頂けるならば、ここにミネラルウォーターのボトルが」
「貴様最初から最後まで確信犯だったな馬鹿野郎ッ!?」
「ねーねーレミリア、アタイもそれ一口飲んでいいー?」
―――割とどうしようもないこんなやりとりを経て。
レミリアから他言無用の約束と従来の二割増しの敵意を勝ち取った西宮は、図書館への入場権を得ることになり、河城にとりによる水力発電の開発はこれを機に加速することになる。
しかしそれより前に、天狗の里にて一つの事件が発生する。
大天狗一名を含む複数の男性天狗が罷免され、山を去ることになる―――天狗社会の移り変わりを象徴する事件。八雲紫や守矢の神々も巻き込んだそれに、西宮丈一はかなり中心に近い位置で巻き込まれることになるのだった―――。