東京喰種 (短編集)   作:サイレン

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原作14巻の後の設定なので、ネタバレあるかもです。
RはReverseのRです。




東京喰種√R

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音が聞こえる。

 

ピッ、ピッ、ピッ、と機械的な電子音が規則的に鳴っている。加えて何か、水滴がポタ、ポタと落ちる音も。

 

ーー何…だ……?

 

朧げに覚醒した意識で、まず思ったのは何故自分が生きているのかという疑問だった。僕は有馬貴将に殺されたはずではなかったのか? それなのにどうして意識が戻り、どうして音が聞こえているのだろう、と。

 

「ーー!」

「!ーー」

 

先程から聞こえる小さな音以外に人の声も聞こえる。声の感じからすると中年男性が一人に女性が複数人だと思う。それ以外のことはよく分からなかった。

その人たちは騒がしく叫び合っている。いや、少し様子がおかしい。まるで緊迫した状況に対して、焦燥感に駆られていているような感じだ。

 

「腹部…損…が………、臓器…移…が必…だ……‼︎」

 

ーーここは…どこだろう……?

 

生きていることも不可解だが、次にはそう思った。今のところ分かっているのは自分が生きていること。仰向けで横になっていること。周りに人がいること。そのくらいだった。

 

「ーーこの子の臓器を……血液型は同じだ…っ」

「ご家族とも連絡がつきません! 遺族の方の同意なしには……!」

 

ーーあ…れ……? この声、どこかで……

 

徐々に鮮明に聞こえてくる人の声。その中年男性の声に聞き覚えがあった。どうしてかは頭が上手く回らないからか分からない。が、何故か知らないが、その声には自然と殺意が湧いてきた。

 

「嘉納先生……」

「ーー他に方法などないッ……‼︎」

 

ーー嘉納…だって……⁉︎

 

その名前だけははっきりと認識出来た。僕を実験台として、喰種の身体にした全ての元凶だ。忘れるはずがない。

 

「見殺しには出来ん! すべての責任は私がとる!」

 

しかし、それと同時にまた疑問が浮かんできた。

どうして嘉納がいるのだろう。

彼奴は鯱に連れられ『アオギリ』に行ったはずだ。この世界の本当の姿を見せるなどと言って、僕の前から消えたはずなのに、どうして今更僕の前に姿を現したのだろう。

 

「彼女の臓器を、彼に……‼︎」

 

……あぁ、駄目だ。また意識が遠のいていく。それに今はもう、なんだかとても疲れていた。

 

ーー少し……

ーー休もう……

 

何が起きているのかを知るのは、次に目が覚めた時でいいか。どうせ碌なことにはなっていないはずだ。だって、『喰種』であるカネキが、喰種捜査官の前で倒れたんだから。

それでも、自分が生きていることには少しだけ安心した。その無意味だと思われる安心感の中、全身に染み込んでくる眠気に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………」

 

起きた。別に特別な事なんかじゃなく、ただ普通に眠りから覚めただけだ。

それにも若干驚いていたのだけれど、僕には今の状況がよく理解出来なかった。昨日から目の前の現実を受け入れようとしたけど、結局訳が分からな過ぎて今は呆然としていたところだ。

 

「ゆ、夢…………じゃないよね?」

 

頬を摘んで引っ張ってみると、ちゃんと痛みを感じる。病院特有の薬品と消毒液が混ざった鼻をつくような独特のニオイも感じているし、夢だと片付けるには色々とリアル過ぎる。

なら一体、これはどういうことなのだろうか。

 

「……………よし、冷静に考えよう」

 

自分に言い聞かせるようにそう言った。とりあえずまずは定番だけど、ここはどこ? 私は誰? からいってみようと思う。

ここは病院だ。しかも酷く見覚えのある病院だ。僕の運命を変えたともいえる『あの日』に入院したあの病院に間違いないと思う。この時点で嫌な予感がビシバシと襲ってきた。

次に私は誰? だけど、これも分かる。僕は金木研。半年ほど通っていないが、上井大学に在籍する現役の学生だ。

そしてここが最も重要だが、元『人間』の『喰種(グール)』である。

『喰種』の臓器を移植された人工喰種と言えばいいのかな。恐らくそれで合ってると思う。『半喰種』という感じだろうか。

移植された後のことは長くなるし、今はあまり必要あるとは思えないから省略するとして、大事なのは僕がこの状況に陥る前の最後の記憶だ。

僕が覚えている限りのことだと、僕は死んだはずである。仮に生きていたとしても今のように五体満足でいられるはずがない。

〔CCG〕の死神、有馬貴将。

あの人に為す術無くズタボロにされたのを覚えているし、両の眼を後頭部に至るまで貫かれたのも覚えている。その後、走馬灯のようなものを見て意識が途切れたことも。

 

そして、気が付けばここにいた。

 

ここまではまだいいんだ。何かしらがあって助かったのだと思えば一応辻褄は合う。入院してるのは命をひろったから、この病院だったのは偶々とか。

しかし、それが問題ではないんだ。

 

僕は傍に置いてあった自分の折り畳み式の携帯を手に取り、カチャリと開く。

開いたと同時に真っ暗だったディスプレイが光り、ロック画面が表示される。それを慣れた手付きで解除すると、画面には壁紙と、現在の時刻と日付がデジタルに映し出された。僕はその画面を、正確には日付を凝視する。

 

2012年 10月4日 木曜日

 

画面に示し出された日付は、僕の記憶通りなら約一年前の日付。補足を付け加えるのならば、僕が移植手術を受けた翌々日の日付だった。

 

「………………」

 

もちろん最初は携帯の故障か、あるいは設定のミスだと思った。しかし、僕がいるこの病室のテレビも同じ時刻、同じ日付を表示している。幾ら何でも僕一人を騙すために、ここまで手の込んだドッキリなるものが仕掛けられているとは考えにくい。

じゃあこれが正しい日付なのかと言われると、それもおかしい。それはあり得ないはずなのだ。僕の時間感覚で一昨日にあった〔CCG〕による『あんていく』襲撃。それは確かに2013年の9月に起こったことだから。

 

でも、それでも、不自然に思える自身の無事、各電子機器が表示する日付、周りで起こっている出来事。これらを踏まえて今の状況を推測すると、ある一つの荒唐無稽な考えが僕の中に浮かんできた。

 

ーータイムスリップ

 

ドラマや小説で使い古された時間逆行。心当たりはこれぐらいしかない。

が、やはりあり得ないと首を振る。だってそれは、この世の物理法則に反しているから。残念ながら、この世界には喰種はいるけど、未来から来た猫型ロボットはいないのである。だからそのような奇跡が起こるはずがないのだ。

 

ないはずなのだが……

 

「ダメだ。やっぱり分からない」

 

確かに僕はそういうSF系の作品を読んだこともある。

所謂、逆行モノというやつだ。

主人公又はそれに類する登場人物が未来の記憶を所持しながら過去へと戻り、その記憶を使ってより良い運命へと変えていこうという鉄板と言えば鉄板の設定。

 

「それが僕に起きた……?」

 

……いや、いやいや、いやいやいや。それはない、ないと思う、ないはずだ。……多分。

いい歳した青年が信じるには現実離れしている。そんなことをすぐさま信じられる人はきっと、何かしらの病気に感染しているオメデタイ人かピーターマンもどきの何某かだと思う。僕は文学少年を自負している面もあるが、現実とフィクションの区別は付く。

 

しかもだ。もし仮に逆行しているのだとしても、一つだけ明らかに不可解な点があった。

僕は携帯の代わりに手鏡を手に取り、それを覗き込む。

 

「……白髪なんだよなぁ」

 

鏡の向こうにいたのは日本人らしい黒眼に、日本人離れした白髪の青年。鏡に映る青年の口は、僕の言葉に合わせて動くことからこれも現実だと分かる。

これが、逆行だとしたらおかしいと僕が思っている点だ。僕が知ってるものだと、普通は知識や経験だけが引き継がれるだけであって、見た目やその他成長によって得られるものは持ってないというのが定番なのだ。

まぁ、逆行そのものが創作の塊なので、絶対的な定義などが存在しないというのは理解している。

 

それでも、納得は出来ないのだ。

 

「……せめて、確たる証拠みたいなのがあればなぁ」

 

『少女に臓器提供の意思はあったのですか⁉︎ 遺族への確認はありましたか⁉︎』

『彼女は見殺しですか⁉︎ 医者なら死力を尽くすべきでは⁉︎』

『ーー彼女は搬送された時点で死亡が確認されていました……。即死だったものと思われます。目の前の命を救う事こそ医師としての私の使命だと考え、今回の決断を致しました』

 

テレビで繰り返し映し出されているのは、昨日開かれた僕の移植手術の件での会見映像。中央で質問を受けているのは嘉納先生。この映像は過去に見たことがある。というより過去のものと最早そっくりであった。

しかし、これを見てもまだ逆行してるのだと完全には信じられない。タチの悪いドッキリという可能性があるじゃないか、という疑惑がいつまでも頭の片隅にこびり付いて離れない。まぁ、これで徐々に逆行説が現実味を帯びてきたといえばそうなのだが。

じゃあどんなことがあれば信じられるのかと言われると悩んでしまう。奇天烈な現象には、同じくらい奇天烈なことが起きなければ。

 

でも、そう、例えば。例えばの話だが、僕の記憶で死んでしまっている人が生きているとしたら……

 

「……ん?」

 

我ながら馬鹿げたことを考えていると思っていた時に、病室の外からドタバタ聞こえる足音に意識が逸れた。子供が廊下を走っているのだろうか。少々マナー違反だが、それ程までに急いでいるのかもしれない。別に腹を立てることはないが、それでも少し顔を顰めてしまった。

段々と大きくなってくる足音。それが恐らく、僕の病室の前で止まった。

 

バタンッ!

 

おや? と思う間も無く、勢いよく開かれた扉。

扉の先には、息を切らし荒い呼吸を繰り返している、茶髪のショートカットに髪飾りが特徴的な女の子の姿。僕はその女の子に、とても見覚えがあった。それもそうだろう。その女の子とは最近はほぼ毎日会っていたのだから。

 

「……ヒ、ヒナミちゃん?」

「……お、お兄…ちゃん」

 

ふらふらとした足運びでこちらに寄ってくるヒナミちゃん。その表情は驚愕に彩られている。きっと僕も殆ど同じ顔をしているだろう。

何が起こっているのか全然分からない。え? なんでヒナミちゃんがここに? もし逆行してるなら、この段階ではヒナミちゃんとはまだ知り合ってもいないはずなのに。ということはやっぱり逆行なんてしてないのか?

考えがまとまらず呆然と固まっていた僕だったが、胸にやってきた衝撃によって現実に帰ってきた。

 

「……お兄、ちゃん……ぐすっ、お兄ちゃん……良かった…良かったよぉ」

 

下を見れば目に一杯の涙をためたヒナミちゃんがいた。溜まった涙は零れ落ち、大きな雫となって頬を流れる。

……余程心配させちゃったみたいだ。僕は申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

「……ごめんねヒナミちゃん。心配かけちゃったね。もう、大丈夫だから」

「うん…うん……!」

 

優しく頭を撫でる。

なんだか、細かいことがどうでもよくなってきた。僕は生きている。もうこのことが分かっていればそれで

 

「こらヒナミ! 廊下は走っちゃダメって言った……でしょ……?」

「…………………リョ、リョーコさん?」

 

……いいと思ってたけどよくなかったみたいだ。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん! あのねあのね!」

「……何? ヒナミちゃん?」

 

興奮した様子で嬉しそうに話し掛けてくるヒナミちゃん。僕は多分、すごくぎこちない笑みを浮かべていることだろう。ヒナミちゃんの次の言葉によって何かが決定的に変わる、そんな予感がした。

そんなことは露知らず、ヒナミちゃんは真っ赤に泣き腫らした目で、それでも最大級の笑顔を浮かべてこう言った。

 

「お母さんにまた会えたの! お兄ちゃんにも会えてヒナミ嬉しい!」

「…………うん、僕もヒナミちゃんに会えて嬉しいよ」

 

本当に幸せそうな笑みを浮かべて抱き付いているヒナミちゃんに、僕はありきたりの台詞しか返せなかった。それ程までに、色々と衝撃を受けていた。

そして、告げられた事実と、ヒナミちゃんの無垢な笑顔を見て僕は確信した。

 

僕、逆行してるよ……。しかもヒナミちゃんも。

 

原因や理由なぞはさっぱり分からないが、それだけは分かった。そもそも、こんな超常現象に原因も理由もないか。神様の気紛れだとでも思ってないとやってられないや。

しかし僕以外にヒナミちゃんもとなると、僕たち以外にも逆行してる人がいるんじゃな

 

「カネキくぅぅぅぅぅん!」

 

…………、

 

「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……あぁ! あぁ! これは間違いなくカネキくんのか()り! やはり、僕たちは運命という名の絆で結ばれていたんだね!」

 

…………………………………………。

 

ーーもうどうにでもなーれ






続かない。

ヒナミちゃんの髪飾りである花。
皆さんご存知かもしれませんが、あれは白詰草です。

白詰草(シロツメクサ、クローバー)
全般的な花言葉は
約束、私を思って、幸運
あともう一つが、復讐です

シロツメクサの冠を載せるという行為が花言葉的には「私のものになって」という意味で、それが叶わなかったら、つまりシロツメクサの冠を外すと花言葉は「復讐」に変化するそうです。
そして、注目すべきは√A第7話のED
ヒナミちゃんの今迄の軌跡がなぞられており、最後にはシロツメクサの(ヘアピン)を外しています。

さぁ、どうなるんでしょう……
今後の 東京喰種:re も目が離せません!

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