まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。
あの頃の僕はまだ無邪気に走りまわる少年で、僕の親友はまるで騒がしい弟を見ているような顔をしていた。
まぁ、自分でも騒がしい奴だと少し自覚はしていた。友を困らせたりもした。
でも、仲はとても良かったと自分でも思う。あの頃はとても楽しかった。ずっと、平和な日常が続くと思っていた。
でもそれは叶わなくて。
周りはピンクの花びらが舞っていたのをよく覚えている。風が吹けば、彼の顔にふわりとあたっていた。そして僕の親友は遠くへと旅立ってしまって。
僕の手の上には、親友が作ってくれた鳥型のロボットが乗っていた。
ーーー首傾げて鳴いて、肩に乗って、飛ぶよ
いつか僕が作ろうと思ったロボット鳥を彼は覚えていてくれて、作ってくれたのだ。
ーーーキラも、プラントに来るんだろ?
頷くことは…できなかった。
だって、うん、なんて言えば、
泣いてしまいそうだったから…。
こうして…あんなに一緒だった僕らは
三年後、敵として再会した…。
「そもそも、あの時に僕が…」
「ねぇ、フェイト。なんでこの子ブツブツ呟きながら放心してるの?」
「さ、さぁ…」
微妙に白目を剥きながら、天井に向かってブツブツ呟き続けるキラの姿は、
結構不気味だった。
何がどうしてキラが放心状態になっているのかフェイトにはわからない。
しかし、聞こうにも、キラの心はここにあらずといった感じなので聞くこともできない。
「…えっと、だ、大丈夫ですか?」
この少年と出会ってから「大丈夫?」と聞くことが多いのは気のせいだろうか。
「なんか持ってこようか?」
フェイトの隣にちょこんと座っていたオレンジ色の毛並をもつ狼、アルフはそう言い、部屋から出て行った。
何を持ってくるのか知らないが、なんとなく嫌な予感がするのは気のせいだ。うん、そうに違いない。
で、この放心状態の少年をどうしようか、とフェイトは考える。
「だからね?やっぱりアスランは絶対米に文章書けちゃう人かもしれないんだよね」
「な、何の話ですか…?」
魂が抜けかけているようなキラは急にそんなことを言う。いや、比喩ではなく、本当に魂が抜けかけていた。もはやついていけない。そう判断した直後、『人間の姿』をした
アルフが部屋に入ってきた。
手に持っているのはコップで中に水が入っているようだ。
…湯気が見えるけど。
「ちょ、アルフ?何をする気?」
「目を覚まさせる」
アルフは手に持った水の入ったコップを
キラの頭上へと持っていき、
ゆっくりと逆さまにする。そうすれば当然、重力に引かれたお湯はキラの頭上へとふりかかっていき…。
「アスランって、学校では無口だから女の子達にクールだし、かっこいいからなんだのってモテてるけど、実際には結構うるさいんああッッッッッッつッッッ!!??」
魂は戻ったけど、意識が飛んだ。
「やっば、温度間違えた」
アルフが倒れたキラを見て、そう呟くのだった。
☆
キラが再び起きたのは1時間後くらいだった。余程アルフのかけたお湯は熱かったらしく、傷にでも染みてダメージが軽い火傷ではすまなかったようだ。
ちなみに温度は45度を超えていたらしい。
「それはともかく…」
「ともかくって…僕、軽く火傷したんだけど」
フェイトはドタバタしていたせいで中々できなかった本題に入ることにした。
「…ここは地球じゃないんだよね?」
「はい、それは間違いない…はずです」
それを聞いたキラは疑問を抱く。
「…じゃあ、僕はどうやってここに現れたのだろう」
フェイト曰く、キラはこの次元空間を渡る“時の庭園”の部屋に突然“現れていた”という。
勿論、キラは気絶していたため、どうやってここに来たかは身に覚えがないし、そもそも次元空間というものが存在することすら知らなかった。
「…恐らく、次元転移に巻き込まれたんだと思います」
「次元転移?」
また、聞き覚えのない単語だ。次元転移。言葉からして次元空間を転移することだろう。
「ごく稀にあるらしいんです。何らかの原因により、次元転移をしてしまい、『世界』を超えて現れる人が…次元漂流者が現れることがあるんです」
なるほど、とキラは納得する。
つまり自分はあのイージスの爆発に巻き込まれ、それに乗じ次元転移をしてしまった、と。この時点で既に意味不明である。MSの爆発に巻き込まれ、目が覚めたら住んでいた『世界』とは違う『世界』に飛ばされていたというのあまりにも信じ難い。
「でも、次元転移なんてなんだか非現実的だね」
「まあでも、ミッドチルダでは次元転移なんて普通なんですよ」
おっと、これまた聞いたことがない単語が出てきたな…とキラは心の中で頭を抱える。
自分はとんでもない場所に転移してしまったのでは?、と思う。
「元々この“時の庭園”はミッドチルダにあったんですよ。今は私の母さんが次元空間に飛ばしたんですけどね」
「………あれ、それって君のお母さんが
この“時の庭園”まるごと次元空間に転移させたってこと?それじゃまるで魔法じゃない」
魔法。キラもゲームなどで知ってはいる。しかし、それは実現不可能だし、非現実にもほどがある。使えたらなんと便利なことか…。
「えっと…ありますよ。魔法」
「………………………………………へっ?」
そんな言葉しかでなかった。
「ミッドチルダでは魔法と科学が進歩していて、また次元世界の管理もしているんです」
すごい事を聞いたような…てか、すごいことじゃん!、とキラは心の中で驚愕の声をあげる。
「で、でも魔法とかそんな…」
信じられるわけがない。魔法という異能は全て空想だと言われ、進歩させ続けてきた科学技術で人類の生活を支えてきた『世界』に住んでいたキラにとって、魔法なんて急に言われても信じられる方が難しいといったところだろう。
「(えっと…聞こえます?)」
突然、キラの頭の中でフェイトの声が響き、何事かと咄嗟に耳に手を当ててしまう。
「(これは念話っていって、心の内容が相手の心に届くっていう…要はテレパシーだよ)。信じてくれましたか?」
フェイトが念話で話すのをやめ、尋ねてくる。
「他にも転移魔法とか治療魔法とかありますよ」
信じ難いが、どうやら魔法は本当に存在するようだ。
どういう技術なのか、どのようにして発動しているのか、疑問に思う事は多くあるが『世界』は広いんだと思うキラだった。
「と、まあ私たちの『世界』の話は以上だよ。今度はあんたの『世界』の話を聞かせてもらうよ」
オレンジ色の狼、というか今は人間の姿をしているーフェイト曰く、使い魔らしく、元々は狼だったのだが、使い魔にしたことにより人間の姿へとフォームチェンジ可能なのだとかーアルフはキラに詰め寄りながら言った。
「う、うん…でも……」
果たして、戦争の事をこの子供と使い魔…とやらに教えていいのだろうか。
話を聞けば、ミッドチルダは魔導師と非魔導師が共存する『世界』らしく、戦争とは程遠いようだ。それは力を持つ者達と力を持たない者。その二種類の人間がいたからこそ、C.E.では戦争が起きたというのに、ここミッドチルダでは両者による抗争は起きていない。
(とりあえず、戦争の話はできるだけ避けよう)
そう考え、キラはフェイトとアルフに自分が住んでいた『世界』について話す。遺伝子操作により、優れた能力を持つコーディネイターと遺伝子操作をされずに生まれた通常の人類、ナチュラルが共存していること。
そして、人が宇宙に拠点を築いていくること。
「へー、スペースコロニーか。宇宙に住むってなんかすごいね」
そんなことをアルフは言った。
宇宙という無限に広がる未知の世界を想像しているのか、なんだか目がキラキラしているように見える。
「ねぇ、フェイトも宇宙に行ってみたいと思わない?」
「うん、そうだね。宇宙ってどんな感じなんだろう。やっぱり無重力空間だから体とか軽いのかな」
なんて、会話をしているフェイトとアルフの姿は微笑ましくて、キラは自然と笑顔となった。
反面、宇宙に住む、なんて事が信じられないと言った反応を見せたにも関わらず、既にそんな『世界』が存在すると受け止めている彼女達は自分と違って許容範囲が広いなと思ったキラであった。
☆
「このボロボロの服はどうするの?」
話が終わった後、アルフが青いラインが入ったボロボロのスーツを持ってきた。
それはキラが着ていた地球連合のパイロットスーツ。
しかし、今のキラにはサイズが合わないし、なにより所々に穴が開いてる上に血が付着していて、今のままではもう着れるような代物ではなかった。
「…捨てちゃおうかな」
一応、自分がC.E.にいたという証なのだが、使い物にならないものを持っていても仕方がない。
だが。
「母さんに頼めば、直してくれるかもしれない」
直してくれるというのなら、話は別だ。
「ほ、ほんとに?」
「うん。研究で忙しいだろうけど、頼んでみる価値はあると思うよ」
そうフェイトは言って、パイロットスーツを持ちながら、部屋を出て行った。
「…………大丈夫だよね」
「………何が、ですか?」
フェイトが部屋から出て行った後、ふと呟いたアルフの台詞に疑問を覚える。
「…いや、別に何でもないよ。それにしても本当に宇宙に住んでいたのかい?すごいよねぇ」
「いえそんな…僕からすれば魔法が存在するっていうのがすごいと思うな」
「まあ、多分『管理外世界』から転移してるんだ。無理もないね」
「『管理外世界』…ですか?」
「そうだよ。魔法の存在を知らないのならあんたの世界は『管理外世界』、魔法が認知されていない世界なのさ」
アルフによれば、本来魔法というのものはどの世界にも存在はする。しかし、認知されていない世界というのは魔法を使用する技術、知識がないため確認ができないからだと言う。また空気中の魔力素を取り込み、自らの魔力へと変換する『リンカーコア』を持って産まれる人間の発生が少ないのも認知されない理由だろう、とアルフは語った。
「ま、今のはあくまで推測だけど」
その説明を聞いて、キラは自分の体を見る。もしかしたら自分の体の中にも『リンカーコア』があるのか、と興味津々に心臓にあたる部分を撫でてみる。
「僕にも…魔法が使えたりするんですかね?」
「うーん、試してみないとわからないけど、どうなんだろ?案外使えたりするかもね」
手を開いては閉じてを繰り返し、自分の中にも眠るであろう魔法に若干ワクワクしてしまう。例えば使えるようになったとして…空を飛んでみたい。なんて子供のように想像する。…体は子供になってしまっているが。
そんなふうに考えていると、部屋のドアが開かれ、フェイトが入ってくる。
「キラ、くん。あのスーツは母さんが直してくれるようだから安心して…って、何してたの?」
「いやぁアルフ先生直々の授業をキラくんにね~」
「おかげさまでまたひとつ賢くなれたよ」
☆
「地球が見つかった?」
「うん」
キラが来てから、5日ほど経った日のお昼のことだった。
あれから安静ということもあり迷惑なのではと思いつつも部屋を借りたキラの身体は既にある程度回復しており、もう走り回っても一応大丈夫ぐらいにまで元気になった。
流石はコーディネイター。通常の人類より遥かに自然治癒力が高いためであるからか。
それはそうと、つい先ほど、フェイトは母から第97管理外世界、地球という惑星が存在する『世界』へ行け、と言われたようだ。
ちなみに地球という名称の惑星は第97管理外世界にしか存在しないらしい。
フェイトの母がそう言っていたとフェイトは言った。
行け、という命令形の言葉が何やら引っかかったが、フェイト曰く、母は研究員でフェイトはそのお手伝いのために忙しい母のために動いているのだと言う。
母想いの良い子だと思う。
それにしても、自分の『世界』がこうも簡単に見つかるとは思わなかった。
てっきり、「あなたの世界は見つからないどころか、聞いたことすらありません」なんて言われ、帰る方法を探す冒険の始まり的なことを想像していたために、キラのここ最近の緊張感はすぐにとけた。
とは言え。実は今は昼食をとっているのだが、不思議なことに食事はインスタント食品がほとんどだった。
子供がインスタント食品だらけの昼食を食べるというのに少し疑問を感じるが、母が仕事で忙しく、料理ができないため、こんな昼食になってしまうのだと言う。なんとかしてやりたいとも思ったが、自分だって料理はできないため黙っていることにした。
「これ食べ終わったらすぐに行くからね」
「了解、フェイト」
「えっ、もう出かけるんだ」
展開早いなーとキラは思う。
まあ、急ぎの仕事らしいので、それも仕方がないのだろう。
「良かったね、キラくん。帰る場所がすぐに見つかって」
「…うん」
帰ることができる。それは嬉しいことだ。アークエンジェルのみんなに会える可能性は高まるし、あの『世界』には僕の帰るべき場所がある。それにここに来てから縮んでしまった体も元に戻るだろう。
フェイトは体が縮んでしまったのは急な次元転移による後遺症なのだろうと推測していた。来たことのない、しかも魔法というイレギュラー要素の存在する『世界』に来て、馴染むことのできなかったキラの体は異常な現象を引き起こしたのだろうと言っていた。故に元いた『世界』に戻れば、体も元に戻るだろうとのこと。…あくまで推測である。
………しかし、キラは何故だかムズムズするような、落ち着かない気分だった。
☆
時は、来た。
「行こうか、キラくん、アルフ」
フェイトが管理外世界97番へと転移するために、魔法を行使する。
フェイトの手には初めて出会った頃に向けられた斧がある。
転移するために、フェイト、キラ、アルフは手を繋ぐ。
「いくよ……」
直後に、“時の庭園”から、2人と1匹が消えた。
☆
最初に目に入ったのは、太陽の光で照らされている綺麗な海だった。
塩の匂いが漂い、気持ちのいいそよ風がキラの頬を撫でる。
「…帰ってきたんだ」
キラがそっと呟く。
「帰ってきたん……………………あれ?」
ちょっと待て、とキラは疑問を感じる。
「ん?どうしたの?キラくん………って、」
フェイトが心配そうにキラを見つめる。
さて、皆さん問題です。
彼ことキラ・ヤマトさんは次元転移してしまった後、体はどうなっていただろうか!!
答え、体は縮んでしまっている!!
バッ!、とキラは自分の体を見る。
縮んだままだった。
しかも、辺りはキラの見たことのない景色だ。
海の近くの塀には人が落ちてしまわないように柵が張られており、広場と思しき場所には綺麗な位置に木が植えられている。そうして確認し終えた後、近くにあった看板を覗く。
『海鳴臨海公園西広場』
その聞いたことも見たこともない単語に。
「なんで僕の体は縮んだまま!?というか、ここはどこなんだよォッッッ!?」
キラは絶叫し、フェイトとアルフはぽかんとした顔をしていた。
そんな彼、彼女達を海の潮風は
優しく撫でていた。
今回は説明回的な感じでした(笑)
終わる時はいつだってキラの叫び声(嘘)
5000字達成!以降、全ての話はできるだけ5000字以上にしたいと思います。