「どうしてなんだよ…どうして言う事を聞いてくれないんだよ…あたしはただ、フェイトに辛い思いをさせたくないだけなんだ…」
アルフが涙を流しながらフェイトに訴えかけるも、フェイトは依然変わらずに首を左右に振って答える。
「ごめんね、アルフ。でも私は母さんの願いを叶えてあげたいの。…だからお願い、あと少し…最後までもう少しだけだから…お願い」
そう言ってフェイトはアルフの頭を優しく撫でる。けれど、アルフの涙は止まらない。ポロポロと出てくる雫はアルフ自身にも止める事はできなかった。それはきっとフェイトを止めることができない自分が情けなくて、力不足を感じていて、助けることができない悔しさからくる感情の波に呑み込まれているからだろう。
「フェイトが悲しんでるとあたしの胸もちぎれそうに痛いんだ…。いつも目と鼻の奥がツンとして…どうしようもなくなる…」
「私とアルフは、少しだけど精神リンクしてるからね…。ごめんね。アルフが痛いなら、私はもう悲しまないし…泣かないよ」
「あたしは…っ、フェイトに幸せになってほしいだけなんだ…!!」
「………ごめんね、ありがとうアルフ。…でもね、私が母さんの願いを叶えてあげないのは母さんのためだけじゃない。きっと自分のためなんだ。私自身が母さんを助けたいから…なんだ」
そう言ったフェイトの顔はそれでも悲しそうに、けれどその想いだけは本物なのだとわかる表情をしていた。けれどフェイトの想いを知って尚、アルフにとってそれは良いことではない。フェイトにこれ以上危険な目にあって欲しくない、だけどフェイト自身の幸せを願うのに、彼女の想いを踏み躙るのは良いのだろうか。そんな想いがアルフの頭をよぎる。そして涙を拭き取り、アルフはーーー。
「…なら、約束して。あの人の言いなりじゃなくてフェイトはフェイトのために…自分のために頑張るって。…そしたら!あたしは必ずフェイトを守るから………ッ!!」
それが正しいのかはわからない。けれどアルフはフェイトの想いを尊重し、着いて行こうと決意した。
「…うん………」
フェイトは、頷いた。
☆
「…で。ジュエルシードの捜索を始めるわけだけど」
早朝。眩しい太陽の陽射しを浴びながら、マンションの屋上にてアルフが呟いて、振り返り、キラへと質問する。
「キラは本当に良いの?あたし達の手伝いをするって」
「うん。二人には助けてもらったし、恩返ししたいっていうのもあるけど…やっぱり心配だから…って、強くもない僕が言うことじゃないけどさ」
これから行うのは昨日と今までと同じくジュエルシードの捜索。管理局もジュエルシードの捜索を行うかもしれないと予想するなら早急に回収しなければならない故に早期行動となったわけだ。
「ごめんよ、キラにも迷惑かけちゃうけど…よろしく頼むよ」
「うん」
少なからずキラには二度ほど助けてもらっている。故に戦力外、というわけではなさそうだ。
「…それじゃあ、アルフ、キラ。行くよ」
フェイトのその台詞とともに、空間転移が行われた。同時に、キラには一つ疑問が。
(…フェイトちゃん、僕のこと呼び捨てで呼んだような………?)
☆
さて。場所は変わってキラ達は上空を浮遊していた。下を見れば、上空から見ているにも関わらず、終わりの見えない森林が広がっており、遠くの方には何故か一箇所だけ木の生えていない広場があった。
何故彼女達がそんな場所の上空にいるのか、理由は明白だ。ジュエルシードの魔力波長を探知したからに他ならない。
「…さて、と。管理局に捕まるのが先か、ジュエルシードの確保が先か…。ごめんよ、二人とも。あたしの判断で管理局相手に喧嘩売っちゃってさ」
…アルフは自分が考えなしに行動してしまったことを後悔していた。もしも、管理局が現れたあの時、素直に降伏していればどうなっていたか。管理局に事情を話せばフェイトは罪こそ問われようとも少なくともプレシアから解放されたかもしれない。キラだって自分達の事情に振り回されて管理局に追われるよう身にならなかったはずだ。
アルフはそう説明するとキラとフェイトは少し驚いたような表情をするとすぐに微笑んでから、言う。
「…例えそうなっても、私は納得しないよ。それに私だってあの時はアルフと同じこと、きっとしてたから。…だからアルフが責任を感じることはないよ」
「僕もさ、自分の意思でここにいるんだ。迷惑とか振り回されるとか、それが嫌だなんて思ってない。それに僕だって、あの『クロノ』って子に攻撃してるんだ。気にしなくて大丈夫だよ」
それを聞いたアルフは少しの間、棒立ちとなった。それから気が抜けたのか、何かが面白かったのか笑い始めたのだった。
…二人の想いは本心だ。それは二人の顔から読み取ることが出来る。アルフがいくら止めようとも恐らくは二人は己の信念を貫いていくだろう。
それがわかって、自分が考えすぎなのだと知って、アルフは笑ったのだ。
それとーーー。
「なんかフェイトとキラって似てるよね」
「そう、かな?僕、茶髪だし、目も赤色じゃないから…」
「似ているって外見のことじゃねーよ」
☆
「…あった。あそこにジュエルシードがある。もう発動寸前だ」
フェイトのその報告に、キラはすぐに手に持っていた『ストライク』を待機状態(バリアジャケットのみ起動済み)から銃型の“ビームライフル”へと変形させる。
「それで、ジュエルシードは…どこに?」
「あそこだよ。思ってたより近くにあった」
そう言ってフェイトが指さした場所を見ると、先ほど何故あそこだけなのかと気になっていた広場があった。しかし、先程の光景と何が違っている。…明らかに広場から青白い光が放たれていた。
「あそこに、ジュエルシードが…」
「よしっ、フェイト、キラ。早速準備に取り掛かるよ」
アルフがそう言うと、キラとフェイトは広場の方へと向かっていく。
彼女達は事前にある作戦を決めていた。
ジュエルシードの収集を行いながら管理局から逃走するには、ただひたすらにジュエルシードの確保だけに集中するのではなく、管理局からのサーチの妨害と時間をできるだけかけずにジュエルシードを封印するしかない。そのために分担を二つに分けることが最適だとアルフは考えた。それはジュエルシードの確保を二人が。あと一人が管理局の到来を感知と魔力反応を遮断する結界魔法をはるというもの。
これは必然的に前者をフェイトとまだ補助系統の魔法は使えないキラ、後者は元々フェイトの補助に徹していたアルフが担当することになる。
「じゃあ、管理局に発見されたらすぐに伝えるから、無理はしないで早急に確保をお願い」
「うん。アルフもね」
そう言うとフェイトは広場の方へと翔んでいった。彼女について行こうとキラもその場から離れ行った。
…そして、その場に一人残ったアルフは、翔んで行くキラの背中を眺めながら呟く。
「………フェイトのこと、頼んだよ…」
☆
広場の近くまで来ると、流石にジュエルシードが発動寸前の姿が視認できた。地面より少し高い位置を浮遊しているジュエルシードはその身を青白いオーラのようなものを発光させていた。
「…キラ、私ができるだけ戦うから援護をお願い」
「…あ、うん…」
直後にフェイトは手に持つ『バルディッシュ』を基本形態のアックスフォームから、鎌のような見た目のサイズフォームへと切り替え、鎌のように伸びた刃にそって金色の魔力刃を噴出させる。その動作に合わせてキラも遠距離射撃に特化しているランチャーストライカーフォームへと変形させ、“ビームライフル”が“アグニ”へとその姿を変えた。
…と、まるで合わせたかのようなタイミングでジュエルシードの発光が強くり始める。そして、その青白い光から魔力で構成された謎の青色の物量がズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルッッッ!!、とジュエルシードを飲み込んで空へと駆け上がって行く。やがて形を成し、巨大な二本の角と背中と思われる部位まで伸びるたてがみ。そして鋭い牙が生えている巨大な口を開け、天へと咆哮するその姿は、まるで。
空想上の生き物、
「あれは………ッ!?」
キラは驚愕する。まさか生きていて出会うはずもないと思っていた存在を今まさにその目で見ることになっているのだから。
『Photon Lancer Multishot』
『バルディッシュ』の声が聞こえたその直後にフェイトの周りに複数のフォトンスフィアが生成され、フェイトは何の躊躇いもなく龍へと発射する。発射された魔力弾は高速で龍に接近し着弾、龍の悲鳴あるいは断末魔のような雄叫びと着弾時の轟音と煙で龍の姿は隠れた。
「キラ、
「う、うん…?」
フェイトの言葉の意味がわからないまま返事をすると、ヒュっと。
真横からフェイトの姿は消失し、キラの体をそよかぜが撫でてくる。それを理解した瞬間、先程の煙から爆音とともに龍がフェイトの宣言通り、吹き飛ばされてきた。
「…ッゥオオオ!!」
視認したその瞬間、キラはもはや反射的に“アグニ”のトリガーを引いただけだった。だが、発射のタイミングと標準位置は龍への直撃コース。ゲームで言えばExcellentの判定が出ているだろう。
しかし、龍は崩れていた体勢を利用し、蒼の魔力の奔流を身体を捻ることで回避し、そのままキラのもとへと飛翔する。
「キラッッッ!!」
「く、そォォォォォォォォォァァァァァッ!!」
接近させまいとキラは“アグニ”を連発する。だが、龍は猛スピードのまま軽々と砲撃を回避する。やがてキラを射程内に捉えると尾で速度を利用した攻撃を直撃させる。
「うあああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!???」
ダメージ自体は魔力を消費したアーマー型のバリア、“フェイズシフト”により軽減はされたが衝撃は殺せない。キラは後方へと吹き飛ばされてしまう。龍は追撃するようにあとを追おうとするが、そんなことはさせないとばかりにフェイトが龍の体を切り刻んでいく。
そんな中、なんとか止まることができたキラはフェイトが龍と至近距離で戦っている姿を捉えた。援護しようとすぐさま“アグニ”を構える。が。
『残量魔力が危険域に入ります。これ以上の魔力消費はお控えください』
「そんな…っ!」
もともと、魔力量が少ない上に使用魔力を節約する術も完璧ではないため、“アグニ”の連発と“フェイズシフト”による大ダメージ軽減時の魔力消費は激しすぎたのだ。故に早くも燃料切れの状況に陥ってしまった。
(このままじゃ、何もできない…っ)
魔力をこれ以上消費すれば恐らくは飛翔すらできなくなるだろう。そうなればどうしてもフェイトの足でまといとなるに違いなかった。
だが方法がないわけではない。
(…僕があいつを一撃で止めさえすれば………っ!!)
戦わずして魔力を温存するか魔力がなくなってやがてこのまま尽きるのなら、残りの魔力をたった一撃に注ぎ込み、龍の動きを止めてしまえばいいのだ。そして問題なのはその後。魔力を使い切れば飛べなくなる故に高所からの落下はおそらく免れないだろう。
考えるよりもまずは行動。キラは『ストライク』をエールストライカーフォームへと切り替え、フェイトのもとへと飛翔する。
そして、先程よりも機動力と速度の上がっている状態のキラが丁度龍の攻撃を真正面から受け止めようとしていたフェイトを真横から抱きあげその場から連れ去るは早かった。
「キ、キラ!?何をして…っ!」
突然のことにフェイトは驚愕を隠せない。そして龍から距離を置くとキラはフェイトを離し、告げる。
「フェイトちゃん。ジュエルシードの封印を頼めるかな」
「…構わない、けどキラは…?」
聞いてすぐにフェイトは気付く。自分に封印する役目を頼むということはキラはあの動きを止めず、砲撃魔法を当てさせてくれない龍を止めるために戦うつもりだ、と。
(…やっぱり、
フェイトは以前と同じ後悔をしつつ、手を伸ばし、キラを止めようとする。けれど。
「大丈夫。僕は大丈夫。だから待ってて。すぐに戻るから」
振り返って告げて、再び龍を見据えて。迷うことはない。本人は護ると決めたから、戦うと誓ったから。
「う、おォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!」
そうして雄叫びをあげながら、キラは二本の“ビームサーベル”を構え、エールストライカーフォームの移動魔法の一種である“エールブースト”で龍へと接近していく。結構な速度が出ているせいか風が顔にあたるがキラは目を細めながらも龍を捉えていた。一方の龍もキラの接近を寧ろ利用しようとするように咆哮をあげながら、キラを喰らおうとする。
ただそれだけで死の恐怖が、喰いちぎられる恐怖がギュオッ、と殺気とともに襲いかかってくる。…だが、キラには死への恐怖こそあっても
「ブースト………ッ!!」
そうキラが呟いた直後に、『ストライク』による瞬間加速魔法でキラの速度は通常をほんの一瞬だけ遥かに超えた。そして、龍と接触した刹那ーーー。
バシュッ、と。
ただひたすらに静かな音がなっただけにも関わらず、龍は首から下をキラによって
「やった………ッ!?」
明らかに手に残る肉を斬り裂いた感触。そしてバラバラとなった龍の胴体が、キラの作戦が上手くいったことを示している。あとはそのまま、キラは予想通り地上へと落下していくはずだったが。
「“チェーンバインド”ッ!!」
一瞬の高速斬り抜けにより、魔力を空っぽにしたため慣性の法則よろしく飛んできたキラをタイミング良く合流したアルフが受け止めると、アルフはその残った龍の頭部をバインド魔法で捕縛する。そして。
「フェイト!!あとは頼んだよ!!」
アルフがそう叫ぶと同時に。キラは残った龍の頭部が金色の閃光に飲み込まれていくのが見えた。
☆
結局、管理局が到着する前にジュエルシードは封印、回収は完了し、今はあの広場からなるべく離れ、マンションへと安全に転移する場所を探して空を飛んでいるところだ。
キラは魔力切れになるという正直後先考えない行動をしたが今は魔力を分け与えてもらったため、飛ぶだけなら何の問題もない状態である。ちなみにアルフが合流した理由はキラが龍へと突撃する直前でフェイトがアルフを呼んだからだ。…それを聞いたキラは自分の考えを見透かされているような感覚に陥るが。
「………そういえば、さ」
たった一つ、気になることがあった。
「フェイトちゃんに、呼び捨てされるとなんか照れくさいな…」
「……………ぇ?、あ……」
言われてようやく気付いて恥ずかしくなったのか頬を赤らめ、キラからは顔を逸らす。
「ご、ごめんね?私もなんだか気付かなかったよ…嫌だったよね」
一体何が引き金…きっかけとなったのか、フェイトは無意識のうちにキラを『くん』付けで呼ぶことはなくなっていた。無意識で呼び捨てていた上に自分で気付いていなかったのに指摘されるとなると恥ずかしくもなる…のだろう。
「…いや、僕はむしろフェイトちゃんと親密な関係を築けたようで嬉しいよ。…だからその、これからも『キラ』って呼んでほしい…かな」
頼んでおいてキラ自身も言っていて恥ずかしくなったのか誤魔化すように自身の頭を撫でつつ視線を泳がせてはじめた。
しかし、そんな視線もフェイトがキラと向き合うために振り返ったときにはフェイトへと向いていた。
そして視界に映ったのは。
「これからも一緒に頑張ろうね、
『キラ』」
なんだか嬉しそうに笑う、少女の笑顔だった。
お久しぶりです。色々あってようやく投稿に至りました。遅くなってすみませんでした、、、。
本編ですが、似たような場面があるようで怖い