「私、なのは………高町なのは。私立聖洋大付属小学校三年生」
白い服を着た少女は確かにそう名乗った。何かを伝えるかのように。
(あの子………なんで…)
なのはの言葉を近くで聞いていたキラは突然名乗ったなのはに驚いていた。
しかしそれとは逆に、キラはなのはに対して羨ましいとも思った
(……あの子は…なのはって子は強いな…)
きっと、自己紹介をしたのは話し合うためなんだと。
フェイトという人物を知りたいためなのだろうと、キラは思う。
「……僕は」
キラがフェイトとなのはを見守りながら、たった一言。
呟く。
「…………………何やってんだよ…っ」
☆
フェイトは正直、戸惑っていた。
原因は目の前の、より正確には斜め下の正面にいる少女ー高町なのはーにある。
突然の自己紹介。それも近くにあるジュエルシードを取るわけでもなく、むしろ無視をして、真っ先にこちらに近づいてきた。
(どういうつもり…?)
何を企んでいるのかわからない少女に、フェイトは警戒する。けれど、その様子は顔には出さない。
「ジュエルシードは諦めてって…今度は手加減できないかも………って言ったはずだよ」
フェイトは鎌のように魔力刃が展開されているバルディッシュをなのはに向けながら言う。
そのフェイトの言葉は前回の、初めて出会って…戦って、フェイトが勝った後に言った言葉だ。
あの時は圧倒的だった。なのはは何もできず、墜とされたのだ。
それも手加減によるもので。
力の差は歴然だった。
なのに。
「それを言うなら…どうしてジュエルシードを集めているのか教えてって…私の質問にも答えてくれてないよね?
………お話しないと、言葉にしないと伝わらないことも…きっとあるよ」
なのはは恐れることなく、フェイトと向き合う。なのはは戦うことを選ばず、話し合って、伝え合うことを選んだ。それが一番良いのだと判断したのだろう。
(どうして…この子は………っ)
フェイトは見た。なのはの顔には悲しげな表情が浮かんでいることに。
彼女もまた、フェイトと同じように『苦しんで』いたのだ。しかし、なのはの眼には一つの信念が見えた。諦めることなく突き進み、自分が決めたことを最後までやり通す、という強さが。
「それに、まだあなたの名前も聞いてないっ!!」
なのはがそう叫ぶと、歩を進め始めた。それを確認したフェイトはビクッと体を震わせる。
ーーー目の前の少女が、怖い。
戦い続けてきて、初めて出会う少女。
今まで戦ってきた者とは違う、『何か』を持った少女に、フェイトは恐れた。
だけど。
自分はこんなところで止まってなどいられない。
だから、戦う。
直後に、金色の閃光が少女に向けて放たれた。
(…っと、フェイトがあの子と戦闘を開始した…か。フェイトには悲しい思いはさせたくないけど、ここで素直に退いてフェイトの『願い』を無駄にしたくないし、仕方ないか…)
今は人ではない、というか元々の姿へと変身したアルフは前方を走るちっぽけなフェレットを相手にしながら、思う。
できれば、フェイトの援護をしたいのだが、なにぶん今の相手は恐らく結界魔導師。それもかなり優秀な。
先ほどから何度も魔力弾を打ち込んだり、物理攻撃を試してみたものの、その全てが結界によって弾かれ、または避けられてしまっていた。
(あの『白い服の子』の援護にまわられたら面倒だ。ここで抑えるっ!!)
たった数回ぶつかっただけでアルフはフェレットの能力をある程度分析していた。
だからこそ、アルフは先程からあの『白い服の子』のもとへと駆けていくのを阻止しているのだ。
…しかし、先程からダメージを与えられない。
足止め程度にはなっているのだろうが、致命的なダメージを与えられないことにアルフは苛立っていた。
「ちょろちょろと…っ、逃げんじゃないよッ!!」
前足から突き出るその鋭く硬い爪をフェレットに向かって振り下ろす。
しかし、フェレットはそれを冷静に避け、またも逃亡する。正確には『白い服の子』の援護をするために、全力で走り去っていく。
(逃してたまるか…ッ)
アルフは地面に突き刺さった爪を引き抜くとすぐさまフェレットを追いかける。
「…やっぱり、この使い魔はあの子の…!」
追いかけている最中、フェレットがそんなことを言ったのが聞こえた。どうやら、分析を行っていたのはアルフだけではなかったらしい。
「使い魔を作れるほどの魔導師が…なんでこんな世界に来てる!?それに、ジュエルシードについて…ロストロギアについて何を知っている!?なんで君たちはジュエルシードを集める!?あれは危険なものなんだ!」
「ごちゃごちゃうるさいッッッ!!」
直後に、アルフが地を蹴り、クルクルと回転しながらフェレットをほぼ真上から襲った。
フェレットはアルフからの攻撃を障壁をはることで防ぐ。
その瞬間、耳にバリバリバリバリガリガリッッッ!!!!、という音が届く。
(くそッ…なんて硬い障壁なんだよ…っ!)
アルフはなんとか障壁を破り、フェレットを攻撃しようとしたが、思ったより障壁が硬く、そのうち突き放されてしまった。
(意外としぶとい…だけど)
それでも、アルフは吹き飛ばされ、後方へと移動し続ける体を爪を立てた前足で地面を抑えつけるようにして止めた。
そして、
「絶対に邪魔はさせないよッ!!」
アルフが吼え、再びフェレットーユーノ・スクライアーに襲いかかった。
「(さてと…キラ。今のうちにジュエルシードをお願い。こっちはこっちでなんとか引きつけておくからさ)」
「(私も少し場所を離しておくから…キラくん、悪いけどお願い…)」
「(うん、わかった。二人とも気をつけて)」
フェイトとアルフ。二人が戦っている最中、キラはビルの路地裏に一人隠れていた。
フェイトとアルフを盾に。
つまりは囮。
全てはキラに何の障害もなく、ジュエルシードを確保させるための布石。
(無事でいてくれよ、二人とも…ッ!!)
二人を護りたいと、願ったのにも関わらず、結局危険を伴う役割をさせてしまった。自分が不甲斐ないばっかりに。
キラは二人の行動を無駄にしないためにも、すぐさま行動に移る。
「これだ…」
キラの目線の先には青白く輝く宙に浮く一つの宝石。
21個も存在し、生物の願いを叶えてしまえるほどの魔力が備わっている上に暴走の危険性がある石。
しかし、目の前の石は既に封印を完了してあり、力が暴走することなどなかった。
故に、後はデバイスで回収するだけとなる。
「“ストライク”、お願い」
そう言ってキラは少しずつ、確実にジュエルシードへと接近しつつあった。
『了解です、マスター』
“ストライク”も、キラの言葉に返事をする。
そして。
そして。
キラはゆっくりと、“ストライク”をジュエルシードに向けた。
直後に。
☆
ジュエルシードは、魔力を暴走させながら、めいいっぱいの光で、結界内の夜の街を照らした。
☆
「うわああああアアァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
ジュエルシード付近にいたキラは突然の暴風にその身体を宙にへと吹き飛ばされていた。
「なっ!?そんな、あれはまさか!!」
「あ、な、なんで、封印は完了したはずなのに!!」
戦闘中にも関わらず、アルフとユーノは不意にも突然の光を見た。
「間違い、ない。あれは、ジュエルシード!!」
ユーノが咄嗟に確認した巨大な魔力反応は間違いなく、ジュエルシードのものだった。しかし、それでもユーノは視線の先の光がジュエルシードのものとは信じ難かった。
理由として、それは先程、既になのはとフェイトによって封印は完了されていたはずなのだから。
だからこそ。
この予想外の展開に、ユーノは嫌な予感がしてならなかった。
暴走するジュエルシードは眩しい光を発生させながら、ただ宙に浮いたままだった。
しかし。
変化が、あった。
それは、黒い影のような物が、ジュエルシードを包み、質量を持った何かに変化するという異変。
徐々に形を成していくそれはまるで黒豹だった。
それもただの黒豹なんかではなかった。口の端から出た鋭い牙。獲物を見据える凶暴そう目。前も後の足に生えている爪。複数の棘が飛び出ている長い尻尾。
そして、それは恐らく、空を飛ぶための翼。
そんな普通とは思えない黒豹。
「あれ、は…?」
キラは呆然と、その黒豹に見入っていた。まるで空想上の存在のような動物が目の前にいる現実に、思考が追いつかないのか。
しかし、無理もないかもしれない。仕方がないかもしれない。
何故なら。
そんな普通じゃない黒豹が、七匹もいたのだから。
直後に。
その七匹の黒豹は、三匹はなのはに。さらに二匹はアルフに。
そして最後の二匹はキラの元へと接近していった。
☆
「なんだ、よ。あれは…っ」
アルフは呆然と、呟く。普通ではないような生物がジュエルシードによる出現だということは知っている。ただ。
何かが違った。
そもそも。
ジュエルシードが暴走した理由がわかなかった。
普通、ジュエルシードの異相体化は本体だけのはずだ。
そして、本体から分離した部分が独立し、行動し始める現象もあるが、一つのジュエルシードからでは一体の魔物だけしか現れない。
故に。
一つのジュエルシードから同時に複数の魔物が現出することはあり得ないことだ。
いや、もしかしたらジュエルシードの複数の魔物を現出させる、という特性が確認できていなかっただけで本来はそんなことも可能だったのかもしれない。
そんな事を考えていると、戦闘中だったアルフとユーノに向かって黒豹二匹が接近してきた。
「アルフっ!!」
その黒豹を見たのか、フェイトがアルフと接触する。
「フェイト!あの白い服の子は?」
「まだ向こうにいる。勝負は一旦後回しだ。早くジュエルシードを止めないと…」
そう言った直後に、フェイトは黒豹に向かってフォトンランサーを放った。しかし、黒豹はそれを軽々と避けてしまった。
「…少し手こずりそうだ…」
そう言って、フェイトは素早くバルディッシュを振るう。
「はああああああァァァァァ!!」
キラは雄叫びを上げながら、黒豹の二匹のうち、一匹にサーベルで斬りかかる。しかし、やはり数では当然黒豹の方が上であり、何より未だに見習い魔導師から抜け出せていないため、黒豹に攻撃を中々当てる事のできないキラにとって、これは明らかに不利だった。
「であァッ!!」
何とか当てるために、縦振りから横振りという順番でサーベルを振る。しかし、それでも当てる事は出来なかった。
しかも。
「クソッ!!速くて追いつけない…ッ」
そう。黒豹二匹の移動速度は速かったのだ。だからこそ、攻撃が当てられない。言うなれば、キラは今砂漠地帯で砂漠や雪原での高速戦闘が可能な犬型のような機体、『バクゥ』を相手にしているようなものだった。
キラはサーベルがダメならばとすかさず黒豹と距離をとり、ライフルで応戦する。だが、やはり当てる事は出来なかった。
(くそっ、このままじゃ埒があかない…。思い出すんだ、バクゥの時の事を…)
キラはこのままではダメだと過去に戦った『バクゥ』との戦闘経験を生かし、黒豹と戦うことにした。
まず、高速戦闘が可能ということはある程度の攻撃を回避することが可能だということ。そのスピードを生かし、高速回避をすればいいのだから。
ならば。
キラはすぐにライフルの銃口を一匹の黒豹に向け、トリガーを引いた。
蒼の魔力弾がまっすぐ黒豹に向かって飛んでいく。しかし、やはりと言ったところか黒豹はあっさりとそれを回避する。
だが。
キラはそれを予測し、あらかじめ黒豹の前へと出ていた。
「お前なんかにィッ!!」
そして、変形させたサーベルで、黒豹を縦に真っ二つに斬った。
「これなら…っ!」
そう、攻撃を高速移動で回避されてしまうのなら逆に攻撃を利用し、避けたところを狙ってしまえばいいのだ。キラの作戦は正しかったようで一匹はあっさり倒すことができた。
(残すは一匹だけ…っ!!)
キラは再び残る一匹に魔力弾を撃ち込む。
余談だが、キラが使うこの魔力弾は“シュートバレット”と呼ばれる魔導師なら誰でも扱う直射型射撃魔法である。
そんな射撃魔法を、黒豹は予想通り回避し、キラの元へと突撃してくる。キラはそこを、黒豹の正面を狙い、再び“シュートバレット”を撃ち込む。
が、しかし。
黒豹は横に軽く移動、簡単に回避し、更には速度を上げ、キラに接近してきた。
「っ!?」
咄嗟に障壁をはり、黒豹の右前足の攻撃は防いだ。しかし、次の左前足の爪が襲ってきたのだった。
急だったせいか、意外だったせいか、キラはこれを肩にまともに受けてしまった。
「しまっ、た…っ!」
“ストライク”の機能である実弾攻撃防御システム、“フェイズシフト”のお陰で致命傷とまではいかなかったが、なにぶん衝撃までは殺せなかったようで、キラはバランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられてしまった。
そして。
その翼の生えた黒豹は低空飛行をしながら、隙のできたキラへと突進してくる。
ーーーこのままではやられる。
あの鋭い爪で体を切り裂けられれば、キラの命など容易く断絶できてしまうだろう。だが、既に黒豹は止まりはせず、高速でキラへと接近してくる。どう考えてもピンチであるのは確かだ。
しかし、そんなピンチな時にキラが見ていたのは、フェイトとアルフ、なのはとユーノだった。
それも丁度、それぞれ黒豹二匹ずつに襲われているところだ。
「………っ!!??フェイトちゃんとアルフさんが!!」
その時、キラの脳内に、まるで走馬灯のように嫌な記憶が流れ始めた。
フレイ・アルスターに君の父は守ると、僕たちもいるから大丈夫だと、言っておきながら守れなかった時のこと。
折り紙で作った花をくれた少女を、最後まで守ることができなかったこと。
友人であったトール・ケーニヒが目の前で殺されてしまったこと。
ーーーもう、あんな思いはしたくない
絶対にフェイトとアルフを守るのだと、まだ幼い、平和な世界で暮らす少女達を守りきるのだと、決意した瞬間だった。
キラの中で、“何か”が弾ける。
ピンチなのにも関わらず、自分が妙に落ち着いていることに気付いた。
先程までの疲れも吹き飛び、更には視界が全方位に広がり、五感すべてが研ぎ澄まされ、何もかも感じ取ることができる。
風の流れも。黒豹の動きも。フェイトとアルフ、そしてなのはという少女とユーノというフェレットの動きまでも。
その全てが手に取るようにわかる。
更には自身の中から溢れるほどの力が湧いてくるような感覚に襲われた。
そんな中でキラは恐ろしいまでに冷静に、鋭い爪を構えながら突進してくる黒豹の口にライフルの銃口を押し込み、突進の勢いを殺し、引き金を引き、足で黒豹を蹴り飛ばした。
すると、目の前で光となって、黒豹は消えた。
…普通ならば、その光はあまりの輝きで視界を遮るほどなのだが、今のキラにそんな目眩ましは効きもしなかった。
光の中ですらも、キラは周囲の状況が読み取ることができたのだ。
それはまるで付近の空間を丸ごと掌握したよう気分で。
そうだ。この感覚は初めてではなかった。ピンチに陥った時、力を欲した時、まるで世界が変わったような、全てを掌握したような、そんな不思議な感覚。
キラはすぐにスピードを上げ、フェイトとアルフのもとへと飛んでいく。しかし、それを遮るかのように黒豹が一匹、キラの目の前に現れたが、いとも簡単にその黒豹の翼を通り過ぎざまにサーベルでバッサリと斬り落とす。そして、ライフルに変え、銃口をなのはとユーノを襲っている黒豹二匹に向けてトリガーを引く。
一匹はその蒼の魔力弾で首を貫かれ、もう一匹は辛うじて避けたものの、その先にはなのはの桜色の魔力砲が待ち受けていた。
故に。
ほんの数秒で二匹が光となる。
ーーー残り、三匹
背後からも真っ白な光が放たれ、それが先程、翼を斬り落とした黒豹のものだと、確認した時には、もうキラは次の行動へと移行していた。
それは“ストライク”をサーベルから“シュベルトゲベール”という大剣へとフォームチェンジさせるというもの。
それと、キラは“ストライク”に命じる。
「7秒後に“ランチャーフォーム”!」
『all right』
そうすると、キラは“シュベルトゲベール”を手に、フェイトとアルフが相手にしている黒豹の二匹のうち、一匹を横から不意打ちとして縦に斬り裂いてやる。
それを見たのか、もう一匹の黒豹が標的をフェイトとアルフから、キラに変え、襲いかかってくるのが見えた。しかし、キラは何の焦りも見せず、ただ手にした大剣を地面へと振るい、コンクリートを壊した。
それにより、コンクリートの破片が宙を舞い、まるで壁のように黒豹の前に立ち塞がったのだが、黒豹は咄嗟の判断で己の翼でその壁を飛び越える。
が。
黒豹の目線の先には“アグニ”を構えたキラ。
気付いた時にはもう遅かった。
“アグニ”の蒼の砲火が黒豹を跡形もなく消し飛ばす。
それを隙と捉えたのか、最後の黒豹がキラの背後から迫ってきた。
恐らく、この最後の黒豹こそが本体であるジュエルシード。
キラは振り向くと、いつの間にか
「ァ、ガアッ、…ァ?」
直後に。
黒豹は光となって消え、中からはジュエルシードが再びキラ達にその姿を晒しだした。
「フェイト!!」
「なのは!!」
はっとなってジュエルシードを確認したアルフとユーノが少女らの名を叫ぶ。
キラの戦闘を驚きながらも見入っていたフェイトはジュエルシードを取られまいと、すぐに行動に移す。
いつの間にか、背後にはなのはがぴったりとくっついていた。
しかし、速度も距離もフェイトの方が有利だった。
それでも、なのはは出せるだけの速度を出し、追いつこうとする。
そして。
二人が振り下ろした武器はジュエルシードを中心に、交差する。
そして。
二度目の暴走が、始まる。
ちょっと時間がかかりすぎてしまいました…。
ちょっとSEED本編を見たり、劇場版なのは見てたりしたもんでね…。
次回の更新も遅れるかもです、ほんとごめんなさい。