西方十勇士+α   作:紺南

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七話

「川神流無双正拳突き!」

 

「えいこらしょっ、と」

 

百代が放つのは大砲並みの威力を持つ拳。

それを避けるか捌くか、あるいは凌ぎきり、蹴りを顔面に向けて放つ。

だがそれは容易く防御され、そのまま右足を掴まれて投げ飛ばされた。

 

「あらよっと」

 

ごろごろと必要以上に転がって勢いを殺しつつ、糸を周囲に仕掛ける。

 

「はあ!!」

 

見えているはずだが、そんなものはお構いなしに突っ込む百代。

工藤は「やっべ」と慌てて立ち上がろうとするも、百代はそれよりも早く接敵し、拳を繰り出す。

 

「こりゃいかんわ」

 

接近された時点で切り捨てればよかっただろうに。自分が仕掛けた糸に執着して動きを阻害されたせいか、工藤は倒れたまま拳を避けるはめになっていた。

段々と速度と威力が上がっている殴りを必死に避ける。

避けられ、目標を外した拳は地面に突き刺さり、蜘蛛の巣上の罅をいれた。

 

「情けも容赦もなしかよ」

 

百代の両手両足、それから首に向かって周りのパイプや建物を経由させた糸を引っかけ、動きを無理やりに止めさせた。

しかし止められたのは一瞬。次の瞬間には全身を闘気で覆うことによって、体に巻き付く糸を弾けさせた。

 

糸は通じない。予想はしていたが、小道具は効果が薄いようだ。

一度使ってしまったから、次は一瞬でも動きを止めることは出来ないだろう。

 

しかし今は一瞬でも動きを止められたのならそれは僥倖で、その間に立ち上がり、距離を取ることが出来た。

 

「いいぞ。そこそこ出来るみたいだな。だが、まだ暇つぶしぐらいだ。これじゃあ十勇士たちの方がよっぽど楽しめそうだぞ」

 

「生憎と俺は十勇士じゃないんでね」

 

「らしいな。でも昔はそうだったんだろ」

 

「どっから情報仕入れてんの?」

 

「情報通の舎弟がいるんだ」

 

どこか誇らしげに胸を張る武神。

しかし舎弟と言う単語は一般人にしてみれば精神的に二~三歩距離を取らせる威力を持っていた。

工藤の引き攣った顔は気にせず、百代は言う。

 

「ま、石田が言っていた通り、退屈しなかっただけでも儲けもんかな。あんまり期待していなかったし」

 

「言ってくれるねえ」

 

会話をしながら張り巡らせた糸を再度武神の元へ殺到させる。

全身にに巻き付いたそれは、先ほどよりも強く多く武神の体を拘束した。

しかし、武神は焦るそぶりすら見せずに対処する。

 

「川神流奥義 炙り肉」

 

気を使って体の一部を炎に変化させる技。

それによって糸に燃え移った火は次々に糸から糸へと伝わり、張り巡らせた糸をあっという間に無力化させた。

 

「続いて、川神流奥義火達磨」

 

火に体を包まれながらの突進。両手をいっぱいに広げながら突っ込んでくる姿は悪魔のようだった。

一緒に火達磨になろうと言うことか。

 

「いや、それ怖すぎるだろ」

 

工藤はバッグステップでさらに距離を取ろうとする。

工場施設の上部に跳びあがり、手ごろなパイプを投げつけつつ色々と足止めに使う。

武神は施設上部へ駆けあがる途中でパイプを浴びさせられたが、全て拳で破壊した。

駆け上がった百代。工藤は既に隣の施設へ跳び移っており、二人は建物と建物の間、数mを挟んで再び相対した。

 

「さっきからぼうぼう燃えてんぞ。火災報知器なってもあれだし、消火したらどうだ」

 

「うーん……。そうするかなあ」

 

何故か素直に技を解く。見た所、武神には火傷や怪我は見当たらなかった。

火達磨と言う技は自滅技ではないようだ。

 

「作ってみたはいいが、予想以上に気を使うんだなこれ。モモちゃん驚いちゃった」

 

炙り肉の応用でたった今思いついた技を実践中に使ってみたと言う事らしい。

真剣勝負とかそう言う考えはないのかと工藤は訝しんで聞く。

 

「戦ってる最中に技の開発とか余裕あんな」

 

「そうだろう? 何せ対戦相手からほとんど闘気が感じられなくてな。暇つぶしにやってみた」

 

見事な円を描いたブーメランが工藤を貫く。

真剣勝負とか言う考えがないのは工藤の方だった。始めからほとんど闘気を表に出さず、武神相手に小道具で挑むその舐め腐った姿勢。

まさしく『余裕あんな』だ。

 

「私みたいなスロースターターなのかと思えば違うようだし。追い詰めれば本気出すのかとやってみてもそうじゃない。もう本当にモモちゃん怒っちゃうぞー」

 

川神学園一の美女が半目で工藤を睨む。

工藤はその眼を直視することなく、曖昧に笑って目を逸らした。ぽりぽりと頬を掻き、けれども百代の言葉を否定はしない。

 

「……まあいい。本気出さない相手と戦っても時間の無駄だしな。そろそろ終わりにしよう」

 

その言葉を受けて、工藤は逸らしていた眼を前に戻す。

川神百代がすぐ目の前にいた。

 

「はぁ!!」

 

工藤は咄嗟に、繰り出された右こぶしを腕を楯にすることで防御する。

だが、先ほどまでとは桁外れな威力を持ったその拳を防ぎきることは出来ずに防御ごと吹っ飛ばされた。

 

一度地面にバウンドし、崩された態勢を何とか整える。

しかし、前を向いても武神の姿はどこにもなく、辺りを探る暇も無く、気づけばすぐ後ろにいた。

 

「川神流無双正拳突き!!」

 

一番最初に繰り出された技は、けれど威力も速度も段違いに大きくなっていて、防御は意味を成さない。全ての拳が工藤に突き刺さる。

そして極めつけの最後の一撃は特に強い拳だった。それを顔面に受けた工藤は力なく地に倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 

百代はそれを一瞥して、ほとんど感じられなかった気が余計に小さくなったことを確認してその場を去る。

頭にあるのは、他で行われている戦闘に加勢するべきかどうか。残り時間も少ないことだしそうした方が良いだろうな。

そんなことを考えながら既に意識はその場になかった。

取りあえずは友人の矢場弓子を捜しにいこうと足に力を込めたとき、小さくなったはずの気は大きくなるのを感じた。

 

「よっと」

 

後ろから感じた気に振り向けば、軽々と立ち上がる工藤がいた。学ランに付いた土ぼこりを落しながら身体の調子を確認している。

確認し終えた後、百代と視線を合わせて薄らと笑いながら言う。

 

「まあ、大体分かった」

 

ビリビリと感じる、先ほどまでかけらも感じられなかった闘気に百代も笑った。

 

「そうだな。……やられっぱなしもなんだし、予定にはなかったけど、ちょっと本気で戦ってみようか」

 

本当は工藤にその気はなかった。まだ早い。そう思って、適当に往なすつもりだった。しかし、いざこの状況に陥ってみると、案外我慢などきかないものだ。

本気の本気で戦うつもりはない。つまみ食いぐらいでいい。その程度で、工藤はやり合うことにした。

 

百代も、予想だにしなかった強者の出現に笑いが止まらない。

感じられる闘気は相当なもので、もしかしたら壁を越えているかもしれない。

そんな相手とこんな所で戦えるなんて、まさに武人冥利に尽きると言うものだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

互いに隙なく、相手の動向を一挙一動観察する。

どちらかが最初に動いた時に戦いが始まる。

 

そしてまさに二人が動こうとした時に、それは聞こえた。

 

「あ」

 

「え」

 

ぱんっぱんっと遠くで花火の音が聞こえる。

いつだか誰かが説明していた。東西交流戦終了の合図。

 

え、ちょっとそんな……。これから面白く成る所なんだぞ、じじい。

 

まだあの花火の意味を掴み切れていないのか、百代が自らの祖父である学園長へそんな文句を内心で言っていた。

しかし、何度見てもあの花火は交流戦が終わった時に打ち上げられるものだった。

どちらが勝ったのかはわからない。だが今はそんなことよりも目の前の戦いが重要だった。

 

ふつふつと怒りが湧いてくる。

お預けを食らった獣が、ようやくご馳走にありつけると齧り付いた時に、そのご馳走すらお預けになってしまったような、そんな理不尽な怒りだ。

 

「そ、そんな……! 嘘だあぁ!!?」

 

遂に武神の悲鳴が木霊した。

工藤はそれに耳を塞ぎながら、先ほどまで表に出していた闘気が鳴りを潜める。

 

久々に熱くなったなあ、なんて思いながらもやっぱりどこか残念な気持ちもあった。

しかし武神と戦うのにこんな工場では盛り上がらないという思いもあったので、次は相応しい舞台でも用意してそこで思う存分戦おうか。

そう考え、欲求不満を抑え込むことにした。

 

「じゃあお疲れさーん」

 

どちらが勝ったのか、それを知りに工藤は自陣へと戻ろうとする。

去り際百代が制止してきたが、待っても決闘へのお誘いしか来ないだろうと無視した。

 

「またなあ」

 

トンッと軽くジャンプして陣地へ舞い戻る。

そこではほとんどの人間が寝かされていて、後方支援班がけが人の応急手当てに四苦八苦している。

そこにはぼろぼろの大内や、大将であった日野の姿があった。

 

これだけ見ても勝敗に何となくの予想はついたが、一応聞いてみることにした。

 

「やあ、勝った?」

 

わざと明るく問いかけてみて、大内はそっぽを向き、日野がへらっと笑う。

 

「負けたよ」

 

「まあ仕方ないな」

 

うんうん頷きながら適当に慰めの言葉でもかけようと二人に近づいた。

 

「皆頑張ったさ。そうだろう?」

 

その言葉に頷いてくれた人間が少数。何も反応を示さなかった人間が多数。

工藤のことを睨みつけた人間が一部いた。

 

その一部である大内に工藤は問いかける。

 

「なんだ? 一応聞いてやるが」

 

「……いや、なんでもない」

 

何か言おうとして、それをぐっと抑え込んだようだ。

何を言おうとしたのか、工藤は分かっていながら何も言わない。

ただ、菩薩のような笑みを浮かべて大内を見た。

 

大内はその顔を見るのが嫌だったのか、すぐに顔を逸らし、起き上がってどこかへ歩いて行った。

フラフラと覚束ない背中を工藤は見送る。

 

大内の姿が見えなくなったのを見計らって、日野が言った。

 

「惨敗だったよ。やっぱり強いねえ。川神学園」

 

「わかってたことだよな」

 

「うん。……あー、でもちょっと違うか」

 

「ん?」

 

「強かったのは、川神百代だったね。やっぱり、ああいう化け物は真面にやり合ったらダメだ。感想はそれだけだね」

 

怪我を負いながらも負けたことを悔しがり、次は負けないと意気を燃やす生徒たちの姿。

日野はそんな生徒たちを慈愛の表情で見つめていた。悟ったような顔だった。

工藤は踵を返してその場を後にする。

 

東西交流戦 川神学園勝利のアナウンスが工場地帯に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

後始末が終わり、ホテルに戻り自分の部屋に行くと、そこには十勇士が勢ぞろいしていた。

全員この部屋で中継を見ていたようだ。

 

工藤の顔を見た石田が嘲るような顔で一番に口を開く。

 

「ふん。手を抜いて戦に負けるとは滑稽だな」

 

「それお前が言えると思ってんの?」

 

石田の言葉は言った本人にも見事に突き刺さる物だった。

どっちが滑稽だろうかと真剣に問い返す。

 

「石田、先輩はあの武神と戦っていたのだ。あまり責められんぞ」

 

「あの化けもんを足止めしただけようやったわ」

 

大友と宇喜多は工藤を擁護したが、代わりに男たちの反応は冷ややかな物だった。

 

「だが、手を抜くにしてもこいつが始めから武神と戦っていれば勝てた可能性は高かっただろう。違うか?」

 

「まったくその通りだ。数の利があったと言うのに、なぜ400人倒れるのを待って行動したのか理解に苦しむ」

 

「ああ。その辺りの説明を求めようか」

 

石田と長宗我部が水を得た魚のように生き生きと責め立てる。

昨晩、工藤に散々負けたことを弄られた意趣返しだ。

 

むろん、工藤もそう易々とそんなものに応じはしない。

すぐさまハル晴コンビに助けを求めた。

 

「助けてハル晴! 石田と長宗我部が苛めてくる! ぶん殴ってもいいのかな!?」

 

「わっ、こっちくんなよ!」

 

ハルには素気無く拒絶され、残るは晴一人のみ。

当の晴はベッドの上で片足を抱き、真剣な表情で工藤の顔をじっと見ていた。

その眼を直視してしまった工藤はおちゃらけ様にもおちゃらけられず、真顔で視線を受け止めた。

 

「先輩はこれでいいの?」

 

「ん? なにが?」

 

「負けちゃったけど、それでいいの?」

 

「ああ。別にどうでも」

 

「そう」

 

質問への答えを聞き、晴は力なくベッドに倒れ込んだ。

 

負けたと言っても交流戦で負けただけ。劣勢ではあったものの川神百代との勝負はまだついていない。

そもそも今回の交流戦で勝つ気があったかと問われたら、即答で「ない」と答えるだろう。

川神百代と多対一とは言え戦った400人。

相手200人に対して遥かに劣る人数で、しかし勝つつもりで戦った70人。

どちらも得るところはあったはずだ。

 

十勇士たちの様に慢心などしていない。全力で、本気でぶつかった彼ら彼女らは今日の戦いを糧にして、また一つ階段を上るだろう。

今日の戦いの主役は自分ではなく他の499人だ。

自分が前線にしゃしゃり出て武神と戦い、その間に数で圧勝させるつもりはさらさらなかった。

最初に不利な戦況に追い込み、そこから知恵を絞り、連携して死ぬ気で、勝つ気で戦わせるつもりだったのだ。

もちろん、そのままではどう頑張っても負ける状況なので多少の力添えはした。

しかし最終的に勝敗を決めるのは生徒たちの努力と頑張りになるぐらいの力添えだ。

 

その結果として天神館が勝利すれば最高ではあったが、負けたからと言って悪い結果ということにはならない。

負けたことで反省するべき箇所が見え、連帯感が高まり、己の実力も見えた。いい結果の内だろう。

 

そのようなことを考え、工藤は今回の交流戦に臨んだが、そんなこと知りもしない者からは当然不満が出る。

先の大内もそうだし、名声に固執する石田なんかは特にそうだ。

 

他にも家柄の良い人間からは不平を言われるだろうなと予想していたが、晴に言われるのは予想外だった。

だから、晴に「お前はこの結果で満足しているのか」と問われ、工藤はちょっとだけ動揺した。

 

その動揺を知ってか知らずか、晴はベッドに寝っ転がりながら上を向き、腕で目を覆う。

そして聞かせるつもりはなかったのだろう。口がほとんど動かないぐらいの、普通なら絶対に聞こえることはない音量で言った。

 

「……でも、どうせならちゃんと戦って、勝ってほしかったよ」

 

……案外期待されていたんだな。

ちょっとだけ、本気で戦わなかったことを後悔した。


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