東西交流戦三日目。
遠く、九鬼家管理の工場ほぼ中央辺り。
天神館の三年生たちが組体操の様に組み合い、巨人の様に合体しているのが見えた。
別に遊んでいる訳ではなく、人間が数百人集まって、群となり個々人とは比べようもない戦闘力を得られる技だ。
東西交流戦が決まってから、三年生総出で練習した妙技である。
本来なら200人までのはずの参加人数を特例で500人にまで増やし、加えて奥の手である妙技を序盤から披露しなくてはいけないほど戦力は偏っていた。
武神がいるだけで天神館の勝利は万に一つもない。二年生が敗れたと聞いて、一番落ち込んだのは、実は本人たちではなく三年生だ。
あの武神と戦わなくてはいけないという現実が彼ら彼女らを絶望の底に突き落とした。
なんとか士気を保ち、大声を上げながら妙技を繰り出したあいつらの気持ちはわからない。
でも、できれば手からビーム出すような人間とやり合いたくないと思うのは普通の人間からすれば当たり前のことだった。
「やあ、綺麗だねえ」
大将の日野が宙に続く光線を見ながらつぶやく。
その口調に緊張感はない。花火を見ているみたいなふわついた調子だった。
周りに居る奴らも日野の呟きに無言で頷いている。
「たーまやー」の掛け声がこれほど似つかわしくない場面もないだろう。
あそこの下らへん死屍累々だぜ。ちょっとこの双眼鏡で覗いてみろよ。コントみたいで笑えるから。
「ふはっ。知ってる顔が死体みたいに転がってる。ほんと結構面白いぞこれ」
あいつら、練習頑張ってたのに三分もたなかったなあ。努力の末路は路傍の石ころか。あー、かわいそかわいそ。
「性格わるいねえ……」
日野にドン引きされた。
こいつも結構悪いけどな。
「けど、死んじゃった人には悪いけど、まあ、予定通りだよね。面白いかどうかはともかく。作戦どうなってるかな」
「少しお待ちを」
日野の問いに、忠実なクラスメイトが携帯電話を取り出しどこかへ連絡する。
連絡は二~三言で済み、すぐに通話は終わった。
「予定通りです」
「ああ、そうなんだ。追撃誰来てるかな?」
「半分は弓兵です。あとはバラバラになって歩き回ってるようで」
「大将を探して移動中かな」
「間違いなくそうでしょう」
妙技を使った奴らが即殺され、武神が満足して下がった。
ここまでは事前の作戦通りに事が運んでいる。
後は残党たちが上手いこと奴らを引き連れてくれることを願いつつ各個撃破だ。
「おい、工藤。準備できたぞ。てめえいつまで双眼鏡覗いてやがる」
「狭い視界で見る景色は異世界みたいで素敵だなあって」
「知るかボケが」
武神が満足してすぐに下がってくれて本当に良かった。
500人中何人を妙技に使うかが最大のポイントだったのだ。
多分武神の事だから大体どれくらいの人数が生き残ってるかは気で把握しているはず。
その上で、「これぐらいならまあいいだろう」と妥協してくれる範囲を探るのが骨だった。
その答えが、今この場に居る70人になるのだが。
相手は無傷の200人。こちらは500人中確実に生き残れるのが70人。
戦場でこの差は如何ともしがたく、普通に考えて負けるのが当たり前だ。
その普通をこれからひっくり返そうと言うのだから生半可の気持ちではない。
「よーし。面白いもん見れたから、一番厄介な弓兵は俺がやるわ。元十勇士最有力候補の大内君は散らばってるのを一つ一つ潰してくれ」
「今度その肩書きつけたらまずお前から殺すぞ」
「弓部隊には護衛が付いてるらしいけど、スニーキングどうするの?」
「上から一人ずつ吊り上げて始末するから大丈夫だろ。対応されたらそれはそれで面白いし」
次々と決まっていく行動。あまり時間を掛けてはいられない。
こうしてる間に残党君たちは削られている。後の指揮は大将が携帯ですればいい。
「武神が動く前にどれくらい戦力を削れるかにかかってる。忍者のような行動を心掛けろよ」
「わかってる」
「武神がいなくとも、敵には骨法部と柔道部、水泳部の主将たちと実力者が残ってる。くれぐれも油断するなよ」
「わかってるって言ってんだろ。さっさと行け」
蹴りと共に、追い出されるように弓兵潰しを急かされた。
あまりしつこく言っても、全部わかってることなのだからうざったいだけだ。
それでもつい口うるさく言ってしまうのは親心のような物だろうか。
「んじゃ、まあ勝てるように頑張りますか」
パイプやら建物やらを飛び移り、弓兵部隊の元へ移動を始めた。
九鬼管理の工場施設中央。
そこには先ほど、武神のビームの犠牲となった者たちが死屍累々と転がっていた。
武神は既に自陣へと戻り、鼻唄など歌いながら久方ぶりの大技に機嫌を良くしている。
他の三年生たちにも緊張感など欠片もない。彼らの中で、東西交流戦は既に川神学園の勝利だという認識だった。
だから指揮を執る人間など居らず、残党狩りに出た者以外は思い思いのひと時を過ごしている。
携帯を使っているもの、友人と談笑しているもの、ぼうっと虚空を見つめているもの。
そもそも、彼らは勝利がほぼ決定している東西交流戦より、早朝に九鬼が発表したクローン達の方がよっぽど気になっている。
源義経、武蔵坊弁慶、葉桜清楚といった美女に那須与一といった美男子。
思春期の高校生たちにとって気にするなと言う方が気の毒になるほどの上玉たち。
だから、この緩慢とした雰囲気も仕方のない物だった。
「ふんふんふーん。はっやく清楚ちゃんに会いたいなあーっと」
武神こと川神百代もその一人。
「まったく武神ともあろうものが俗物的だな」
言霊遣い京極彦一も含め、皆が皆油断していた。
終わったものだと勘違いしていた。
それが天神館唯一の勝機だと言う事は、天神館三年生共通の認識だった。
川神学園側の陣地から少し離れ、残党狩りに精を出していた矢場弓子筆頭の弓兵部隊。
少し天神館陣地寄り、奥まった場所にまで追撃の手を伸ばしていたのは油断によるためか。はたまた別の要因か。
深追いし過ぎていたことに気づきながら、護衛の存在もあって少しの無茶なら貫き通せるだろうと判断してしまっていた。
それが間違いだと言う事はすぐに分かる。
気づけば四方には糸が張り巡らされ、矢を射ろうとも糸が邪魔をして目標まで届かない。
頼りの護衛はいつのまにかはぐれてしまっていて、今この場に居るのは全員が弓兵。
どうにもこうにも、絶望的だった。
「周囲に気を配り、新手に注意するで候!」
しかし絶望的とは言っても、まだ負けたわけではない。
矢が飛ばないとは言っても、近距離なら話が別だ。
糸が張り巡らされているのだから、相手も自分たちを攻撃するには近づくしかない。
その時が千載一遇のチャンス。
微かな希望を抱き、弓を構える。
「案外しぶといね。その辺はさすが武士の家系か」
頭上、建物の上。
そこにいるのは一人の学生。
学ランを着ているから天神館の生徒なのは間違いない。
顔を見た覚えはないから、鍋島館長が紹介していた天神館選りすぐりの猛者と言うわけではないだろう。
「どうしたで候。攻撃しなければ勝つことなど出来ないで候」
一応の挑発。
しかし、その矢場弓子の言葉を聞いて、少年は「くっくっく」と肩を揺らし始めた。
自分の口調が原因だと言うことぐらい、すぐに分かった。
「いやあ、川神学園はどいつもこいつも面白いなあ」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら少年は言った。
そのことで、弓子が口を開くことはなかった。
「ま、人材が豊富だという点では羨ましいねえ」
少年が大仰に右手を振るうと同時に、弓兵たちの体に糸が絡まる。
「な!?」
「交流戦が終わるまで気絶してなよ」
手足が縛られ自由が利かなくなり、首に糸が絡まる。
暴れるとそれに呼応するように、少しずつ締め付けが強くなり、酸欠と相まって意識が朦朧とし始めた。
逃れようと身をよじっても余計に糸が絡むだけ。かといって何もせずとも糸は締まる。
周りの後輩たちが一人ずつ倒れていき、最後に残ったのは主将である自分。
せめて一矢報いようと無理に体を動かし、弓を構え射る。
その矢が当たったのかどうか。矢場弓子は覚えていない。
「危ない」
ラッキーパンチとでも言うのか、最後の最期に射られた矢は糸の間をすり抜け、自分の所にまで届いてしまっていた。
びくっと体を飛び上がらせながらも矢をキャッチできたのは運によるところが大きい。
仮に当たった所で、ではあるのだが、こんなことなら動けないぐらいがっちり拘束するんだったと考えながら大将に連絡する。
「もしもし大将ー?」
『あー、終わった?』
「全員寝た。ほかの奴らは?」
『骨法部の主将にちょっと手こずってるみたい』
「それ誰だっけ? 南条? ま、大丈夫でしょ。そっちは任せる。俺は他の奴を倒しに行くから」
『そう? それならよろしく』
通話を切り、気で各々の場所を確認する。
ここから近い場所に覚えのない気を確認。
こんどは一々糸を使わずに、上から急襲をしかけようと思い、跳んではるか上空へ。
一跳びで工場を見渡せる高度に達し、そのままの勢いで降下。襲撃する。
「あ――――」
「おやすみ」
倒れる川神学園生徒。
周りの人間に動揺が走るが、その中の一人が一喝することですぐに冷静さを取り戻した。
今の行動で、このグループのリーダーが誰なのかはすぐに分かるな。纏めてやるからあんまり関係ないけど。
「おやすみ、皆さん」
一斉にかかってきた生徒たち。強いことには強いのだろうけど、結局は無傷で全員倒せてしまっている辺り、やはり物足りない。
闘気すら扱えていなかった相手にそこまで求めるのは酷だと分かりながらも、やはりどこかで求めてしまう。
こういう時、武神の気持ちがよくわかる。戦える奴がいないというのは虚しい物だ。
だから、何だかんだ言ってこの展開は望んでいたものだったりする。
頭上から声がする。
「ちみい、うちの生徒たちに何をしてくれてるのかなァ?」
遠くから、凄いスピードでここまで一瞬でやってきた武神。
友人の気が小さくなったので、確認しに文字通り飛んでやってきたらしい。
「気づくの早すぎ」
「私の眼を掻い潜ろうたってそうは問屋が卸さない。百代ちゃんの目は高性能だからな。あんまり私を甘く見るなよ」
その自信はさすが武神。この分ではその大層な肩書も伊達ではないのだろう。
「ちょっと友達に電話したいんだけど、いいかな?」
「電話なら目が覚めた後で思う存分させてやろうじゃないか」
一度は眠らせてやると、宣戦布告に等しい言葉を受けて、連絡することは諦めた。
「ま、誘き出す手間が減ったと考えれば問題ない」
神に挑む名もなき一学生。
この光景を見ている奴らはどう思っているのだろう?
嘲笑しているか、度胸だけは買われているか、最初から興味がないか。
今、こうして向き合っている限りではそれほど恐ろしくは思えない。
果たして、川神百代が今どのくらい強いのか。どれ、ちょっと味見といこうか。