西方十勇士+α   作:紺南

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四十話

Bグループ予選。その目玉は弁慶だった。

義経に比べ、色気があると言う理由で彼女への歓声は義経より野太い物が多い。マスコット的可愛さのある義経と大人の色気に溢れる弁慶。男子の人気は二分されていた。

当の弁慶、準決勝で西方十勇士の宇喜多秀美を制し決勝へ。力自慢同士の戦いであった。だが弁慶の腕力は百代に匹敵すると言われる。宇喜多も十勇士に数えられる実力者であるが、怪物並みの怪力が相手では分が悪い。そう言う意味で、戦う前から勝敗は決していたと言えよう。

 

もう一人、決勝に進出したのはマルギッテ・エーベルヴァッハ。

決勝の歓声の中、不敵に笑うマルギッテの目は弁慶に注がれている。弁慶が転入した当初、マルギッテは弁慶に戦いを挑み力比べで負けている。本戦で戦うのが楽しみですとマルギッテは獰猛な犬のように笑う。

猟犬の異名を持つマルギッテ。壁を超えることは叶わずとも、壁の上に立つ猛者である。真面にやり合えば弁慶でも勝てるかどうか。

「うわ、めんどくさ……」優勝賞品目当ての弁慶にとっては甚だ戦いたくない相手であった。

 

二日目。C予選は那須与一。

彼は予選開始前には既にやる気がなかった。なんなら前日から面倒くせえと呟き、その度に弁慶とヒュームに折檻されていた。本戦に出場できなければさらにきついお仕置きが待っていると脅されすらした。

だが、いざ予選が始まってもそのやる気のなさは変わることなく、むしろ態度で雄弁に語っている。それを見た弁慶により、勝っても負けてもお仕置きは決定してしまう。

しかしながら対戦者をことごとく屠った弓の威力。同じ天下五弓の椎名京をして威力と飛距離では敵わないと言わしめる腕前。英雄のクローンとして名に恥じぬ戦いぶりであった。なんの問題もなく本戦に出場できていただろう。

――――準決勝で橘剣華と当たりさえしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

与一は待っていた。相手が痺れを切らし突っ込んでくるのを。

引き絞った弓。弦を握る右手には既に感覚がない。

だが意地でもこの手を放すことはない。放せばその時点で敗北が決まる。

分かっていた。如何に与一と言えど、この距離で剣華を相手にするのはあまりに分が悪い。

もし本気で勝つ気なら最善策は奇襲だろう。あるいはもう少し離れていれば打つ手はあった。

 

与一は心の内で嘆く。現実は無情だ。

今剣華は数メートルしかなはれていない。一矢放てば新しく矢をつがえる暇なく接近される距離。

外したら負ける。負けたら弁慶とヒュームにお仕置きだ。絶対に負けられない戦い。以前剣華が言っていたそれは、与一にとってまさしくこの瞬間訪れていた。

 

「おい、橘」

 

「なに?」

 

与一の限界が近い。奥義を放つために気を溜めているが、いつまでも溜めてはいられない。

それを知ってか知らずか一向に向かってこない剣華。

与一は何とかしてこの状況を打破しなくてはならなかった。

 

「向かってこないのは俺が怖いからか?」

 

「ぜんぜん」

 

「へッ。怖いんだろ。この俺の奥義が」

 

挑発して向かってきてくれればこっちのもん。

その考えで与一は挑発を繰り返したが、剣華は眉を顰めるばかり。

終いには溜息を吐かれた。

 

「挑発? へたくそだね」

 

「……」

 

見え透いた挑発。そんなのに乗る訳がない。

剣華は首をフリフリ否定した。

挙句、あっさり前言撤回する。

 

「いいよ乗ってあげる」

 

その足がわずかに後ろに下がる。――――来る。

予感通り、剣華は突っ込んできた。

 

「――――」

 

狙いを定める。

心を沈め、技を研ぎ澄ませる。

この距離なら外さない。与一は己の技に絶対の自信があった。

生意気で面倒くさがりで、中二病。だが弓だけは誰にも負けない。負けたくない。

すっかりひねくれた与一にも隠された熱い思いがある。

 

一方、向かってくる剣華にも躱す自信があった。

その理由は単純である。私はもっと速いものを見てきた。

どれだけ弓が達者でも、所詮は弓だろう?

弓よりも銃よりも速いものをお前は知っているか? 私は知っている。

 

二人の距離は縮まる。その時が来る。

 

「竜神王咆吼破!」

 

与一の奥義の一つ。

その速さ故どれだけ離れていようと必中の矢は、相応の威力を兼ね備え、当たればどのような達人であろうと一たまりもない。余人にはその軌跡は雷のように見えた。

 

迫りくるそれを剣華は鋭敏に研ぎ澄まされた感覚で感知し、周囲を漂わせていた闘気で一刀両断する。

真っ二つに裂かれた矢が落ちるよりも前、与一がピクリとも動けないでいる内に、与一の喉元に貫手が添えられた。

目前の剣華は冷たい目で要求する。

 

――――棄権しろ。

 

「こ、降参だ」

 

クラウディオが剣華の勝利を宣言する。

注目選手の一角が落とされた。それもほとんど無名の橘剣華に。

観客のざわめきなどお構いなしに退場する剣華の背中を見つめ、鉄心は「ふむ」と頷いた。

 

そうこうする間に、決勝まで進んだのは橘剣華と板垣天使。

大歓声のエンジェルコールにぶちギレ、天使が観客に殴りこんだのが、今大会予選において最大のアクシデントであった。

 

D予選においてはクリスティアーネ・フリードリヒ、石田三郎がそれぞれ勝ち進んだ。

白の良く似合うクリス。戦う姿は見る者の目を惹きつけ、活発艶麗な姿を惜しみなく曝け出す。結果つけられた戦乙女のあだ名は騎士道を邁進する彼女にはいささか不満なようだった。

石田三郎は同じく眉目秀麗。だがクリスと違い荒々しさを感じる戦い様は多くの女性の心を穿った。長宗我部に鉢屋と容赦なく西方十勇士を狩ったことも拍車をかけている。

試合後、両者共にネットで人気が爆発したようだ。

 

三日目。

E予選決勝の大舞台には黛由紀江。そして風間翔一。

歓声に手を振り、子供っぽくはしゃぐ翔一に、由紀江は素直な称賛を送った。

 

「御見それしました……」

 

「サンキューまゆっち。ま、運が良かったかな」

 

予選の対戦表を思い出す。

名の知れた選手はいなかった。キャップの言う通り運は良かったのだろう。

だが決して容易くもなかったのだ。翔一の服の下は包帯でぐるぐる巻きだ。今元気に動き回っているが、それすら辛いに違いない。

準々決勝で戦った拳法使い。拳法とは名ばかりで、あれは明らかに殺人術だった。

死なない程度に半殺しにされ、ダウンを取られてなお不屈の闘志で立ち上がった翔一。

最後は正面から殴り合いになり、翔一が競り勝った。相手の敗因は、翔一を素人だと侮った事だろう。翔一は百代に唯一認められた男である。どれだけ殴られても決してファミリーのリーダーを譲らなかった彼の根性を、対戦者は知らなかったのだ。

 

とは言っても、準決勝は怪我を押しての戦いだった。

勝ち目はないと思われたが、持っている男はやはり違う。

対戦者は腹痛で棄権。不戦勝だった。

すっかり判官贔屓に包まれていた観客からは拍手万雷。一躍ヒーローである。もしかしたら相手はこの空気を察して逃げたのかもしれない。

そのせいですっかり影の薄くなった由紀江だが、クラウディオや鉄心は見ていた。

研ぎ澄まされた闘気。冴え渡る剣技。橘天衣を倒したと言う噂に嘘はない。その実力は壁を越えている。

由紀江の知らないところで、武道四天王の一角。その有力候補に抜擢されていた。

 

Eグループはこの通り、下馬評を覆し大盛り上がりを見せている。

そしてFグループはと言うと、こちらもやはり波乱に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実を言うと、若獅子戦開催に当たりいくつかの批判があった。

もっとも多かったのは、暴力を肯定するのかというものだ。

暴力を見世物にし金を稼ぐなんて野蛮極まりない。即刻中止しろと。

その批判自体はいくらでも予測できたことである。九鬼家としてもテンプレートな解答を用意し受け流してきた。

しかし、予選の組み合わせが発表されてから別方向からの批判を受けるようになってしまった。

メッシ、イスマイル、ミスマ、セルゲイと言った世界に名だたる優勝候補がFグループに固まってしまっていたのである。逆に義経や弁慶、与一は綺麗に分かれていた。

九鬼が恣意的に組み合わせを決めたのではと疑われても仕方がない状況だった。

 

実際九鬼従者部隊の会議でも議題にのぼった。

世間から批判を受けるのも何だから、もう一度やり直したらどうかと。あずみは内心舌打ちした。

昨今、九鬼では若手中心の組織作りが行われている。その煽りを受け、あずみも序列一位を任じられているのだが、この会議も若手だけが出席するものだった。集まった従者たちは中でも選りすぐりである。にも関わらず、肯定する意見が多くあった。なぜこうも流されやすいのだろう。

胆力が足りないのか批判を極度に恐れているのか。世間の顔色を気にしすぎる点は、あずみとしても以前より気にかかっていた。

「批判されるのが嫌だからやり直すのか? そんなの本末転倒だろうがボケ!」とあずみが一喝し、リーやステイシー、桐山がそれに賛同したこともあり、結局手を加えずに発表されたのだが、懸念通り批判が続出した。

それ見たことかと我が物顔を何度か見た。癪に障る。この程度の批判ぐらい受け止めて見せろや若造が。あずみの短気がこれでもかと発揮され、しばらくその若手は地獄を見たと言う。

 

「ま、それも今日までだ」

 

あずみは呟いた。九鬼が操作したとか言う批判だか噂だかも今日で陰りを見せるだろう。

優勝候補だか何だか知らないが、そいつに勝てるもんなら勝ってみろ。

その瞬間九鬼が囲い込みに行く。薔薇色の将来は間違いない。保証したって良い。なんなら全財産賭けるぜ?

 

「む、何か言ったか? あずみ」

 

「いいえなにもっ☆」

 

「そうか。……む、来たぞ!」

 

ビップ席に座る英雄は、リングに出てきた選手を見て思わず立ち上がっていた。

あずみは英雄が子供のように興奮している様子にときめきながら、心の中でエールを送る。

 

――――ガタガタうるせえ奴ら早く黙らせろ。お前の十八番だろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽の子・メッシ。

広く世界に知られている格闘家である。

年はまだ若く、伸びしろもあわせて将来を有望視されている。

現時点で、若獅子戦に出場を決めた瞬間から優勝候補と言われるほどの実力であり、実績も十分だった。

 

そんな彼の一回戦の相手は日本の学生。実力はまったくの未知数。名前を調べても何も出てこなかった。少なくとも大会で優勝した経験は無いようだ。

 

熱心に柔軟体操する少年を見て、メッシは力量を測りかねていた。油断ならぬことは分かる。だが実際どれほどのものか。かつて百代に一撃で敗北したあの日から、メッシは鍛錬を積み、その実力をさらに伸ばしていた。

積み重なった経験や元の才覚は、今や相手の実力をある程度測れるほどに高まっている。

 

だが、この少年は見抜けない。

川神百代のように恐怖で身体がすくむほどではない。

義経のように武者震いがするわけでもない。

ならば弱者か? ……否。

メッシの勘はそれを即座に否定した。

間違いなく強い。だが分からない。測れない。

今までにない経験だ。強者は皆、自分の強さを誇示する。強ければ強いほど如実になる。ある種挑戦者に対する礼儀みたいなものだ。その点、この少年は……。

 

「二人とも準備はいいネ?」

 

ルーが二人を促す。

メッシは無言で頷いた。

少年は「うーい」と気の抜けた返事をする。

 

「では――――」

 

メッシは身体中の気を集める。

座禅を組んだ姿勢で空に浮かんだ。明らかな攻撃の予備動作だが、ルールに抵触してはいない。言うなれば銃を向けたり刀を抜くのと同じことだ。

 

「レディ・ゴー!」

 

そして合図と共に空高く飛ぶ。

高く高く、どこまでも高く。太陽を背に、高高度からの急降下。その一撃は巨岩を割り、地を裂き、神に届く蹴りである。

川神百代を倒すため、昇華させた技。鎧袖一触初見で崩された技を、さらに強く、さらに速く、さらに高度に。

とっておきの切り札を、まさか一回戦から繰り出すことになるとは思わなかった。だが用心に越したことはない。誇りに思え、私に倒されることを!

 

「キエエエエエエエエエエェェェェイィッ!!!!!!!!」

 

絶叫が会場に木霊する。

急降下するメッシの目に、顔の前に手をかざす少年が映る。

太陽を背にしているから目が潰されているのだ。決まった!

 

メッシの確信。

それはいよいよ蹴りが届こうと言う刹那、瓦解する。

横からの衝撃は、メッシの喜色満面の顔を苦悶の表情に歪ませ、吹っ飛ぶことを余儀なくされる。

きりもみ状に回転し、何度かリングの上を弾み、リングから落ちたところでようやく止まる。――――ピクリとも動かない。

 

「リングアウト!」

 

ルーは律儀に宣告して確認に向かったが、近づくまでもなく勝敗は見えていた。

すでに仕事を放棄したヒュームは「ふん……」と鼻を鳴らす。

 

「鍛錬は続けていたようだな」

 

ヒュームの目には刹那の攻防が良く見えていた。

メッシの攻撃が当たる直前、少年――――工藤はカウンターで蹴りを放っていた。

それは高高度から落下してきたメッシより速く、鋭く、強かった。

 

メッシもまさか目の前の若造がそれほど強いとは思っていなかったのだろう。

初撃に最強技を放つのは良い判断だったが、油断が過ぎたな。

 

ヒュームは訳知り顔で獰猛に笑う。

工藤はそんなヒュームにしっしっと手を振った。

 

「試合中に審判が話しかけてくんな」

 

「だが甘い。あの程度の赤子、俺なら空に逃がすことなく一秒で片づけていた」

 

「すみませーん。審判が邪魔してきまーす!」

 

メッシの容体を確認しているルーが「ちょっと、仕事してくださいネ!」と怒り、ヒュームはまだ確認を終えてもいないと言うのに勝手に宣言した。

 

「メッシ戦闘不能! 勝者、工藤祐一郎!」

 

「気絶確認ぐらい待てや。いい加減殺すぞ爺」

 

「知れたこと。俺にかかれば気の揺らぎで判別できる。わざわざ確認するまでもない」

 

「そんなんこの場の三人誰でも出来るんだよ。わざわざ確認する必要性を考えろよ。……ルー師範代、あの審判クビにした方がいいっすよまじで」

 

「んー。私一人じゃちょっと偏っちゃうからネ。だいたいこの人はいつもこんな感じだヨ。君も慣れた方がいいネ」

 

「こんな私情ましましな審判いてたまるか……。おい、試合中に喧嘩売って来ねえだろうな? したら殺すぞ」

 

「ふっ。弱い赤子ほどよく吠える……」

 

「ルー師範代、ちょっと目をつぶっていただいて。大丈夫すぐ終わります。なんなら一秒かかりません」

 

「はいはい、二人とも子供じゃないんだから喧嘩しないでヨー」

 

三人のやり取りを尻目に、メッシ一回戦敗退の報は世界を駆け巡った。

その一大ニュースに埋もれ、九鬼が予選の組み合わせを操作したと言う噂は加速度的に薄らぐことになる。

あずみはしめしめと悪どく笑った。


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