西方十勇士+α   作:紺南

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三十話

夜の街は何とも淫靡な気配がする。

昼間は一挙手一投足見張ってくれているお天道様がいなくなって、ここぞとばかりに影者が不埒に及んでいる気がするからだろうか。

繁華街なんか特にそうだ。酒と女と金。人の醜い部分が凝縮された場所では、裏で何が行われているか分からない。

ネオンの明かりだけが街を照らし、ちょっと道を外れれば暗闇が大部分を占めている。

その裏表が想像をかき立てる。闇の中には何があるのだろう? そんなことを考え、思わず手を伸ばしたくなる。

 

「そこんところどう思います? あずみさん」

 

「少なくともこの街は安全だよ」

 

立ち入り禁止のビルの屋上で街を眺めていた。

ビルの合間を通る大通りでは車のライトが列をなして流れている。信号機の三色の灯火が絶え間なく変わっていた。

眼下に広がる移り変わりを、何をするでもなく眺めていた。

その最中、背後に現れた気配は都合よく知っている人だった。この人で良かったと思う反面、リーさんにも会いたかったなと思う。

 

「紋様とクローン組が暮らすってんで大掃除したからな。今世界で一番闇の少ない場所だろう」

 

「元々日本は安全なほうだけどな」と皮肉なのか褒め言葉なのかわからない感想を頂いた。

やはり元傭兵にはこの国の空気は温く感じるだろうか。

銃なんか一般に出回ってないし、殺人だって他国に比べれば少ない。犯罪率は世界ランキング一桁と言う平和っぷりだ。護衛と言ったって気を張るだけ張って、実際やることは少ない。

 

「で、暇なんですか?」

 

「序列一位舐めてんのか。お前のせいで余計な仕事が増えてんだよ馬鹿野郎」

 

「それはそれは」

 

足を一本宙へ投げ出しぷらぷらと揺らす。

ここは風が強い。一つ間違えれば落ちてしまいかねない。しかし、落ちたからと言って傷一つ付かないだろうとは思うのだが。今度一度試してみようか。

 

「で、何の用だよ。こちとら忙しいんだ。ふざけた用件ならぶっ殺す」

 

「何の用ってそっちが勝手に来たんじゃないですか」

 

「わざわざ見つけさせといてよく言うぜ」

 

ついさっき、30分ほど前だろうか。

従者部隊と思われる奴がこっちを探ってきていた。

なんの目的があってこんなところを探ったのかは知らない。

虫の知らせでもあったのかもしれないが、隠れるつもりもなかったのでされるがままにしておいた。

 

「そもそもだけどよ。『これから川神に向かいます』って一言連絡入れれば許されるとでも思ってんのか? お前のせいで今この街がどんな具合になってんのか分かってんのか?」

 

「俺は行きたいところに来ただけですが。移動の自由さえないんですか」

 

「ない」

 

酷い話もあったものだ。根本的な部分で九鬼は俺を人扱いしてないのではないだろうか。

いや、元をたどれば負けた俺が悪いのか?

しかしだからと言って人権侵害はないだろう。

 

「あずみさん。30分待ちぼうけしましたよ。たるんでるんじゃないですか。また襲撃しましょうか?」

 

「やってみろ。今度という今度はぶっ殺してやる」

 

「ちょっと。物騒ですよ」

 

あずみさんは悪どい笑顔を浮かべている。積年の恨みが籠っているのか、非情に腹黒い顔だった。

このまま会話を続ければどんな極悪非道が炸裂するか分かった物じゃない。

物騒な方向から舵を切り、楽しめる会話を目指して「いつぶりですか?」と水を向ける。

 

「つい最近会った気がするな」

 

「あれ、帝様強襲したときいましたっけ?」

 

「ヒュームとクラウディオいない時狙ってきやがってふざけんなって思った」

 

「それは偶々ですよ」

 

「どうだか」

 

そこでまた強く風が吹いて会話が途切れた。

視界の隅で赤いランプが点滅している。

バタバタとエプロンの靡く音が聞えてきた。

 

「じゃあ本題ですけど」

 

「おう」

 

「梁山泊と曹一族の目的知りたいですか?」

 

「あ?」

 

「知りたいですよね。教えてあげますよ」

 

沈黙。

背中を向けているからあずみさんの顔は見えない。

俺の提案を訝しく思って、表情も歪んでいるのだろうと想像はつく。

 

「それで、その見返りに何要求するつもりだ?」

 

「特に何も。情報は渡すんで後は好きにしてください」

 

「はっ。大盤振る舞いじゃねえか」

 

「滅多にないですよ。再会の記念にどうですか」

 

「ただより高いもんはないな」

 

ボールの蹴り合い。腹の探り合い。

相手の真意が掴めないまま飛びつく愚を、この人は知っている。

しかし、いまボールはあずみさんの元にある。それをどうするかは不透明だが、俺はゴールポストを動かす気はなかった。

 

「……なにさせたいんだ?」

 

「それは、そっちが決めることです」

 

「ふざけんな」

 

イラついた口調で、「チッ」と舌打ちが聞こえてきた。

 

「青二才が。一丁前に情報戦のつもりか? 痛い目見るぞ」

 

「こわいこわい」

 

煽ってるつもりは毛頭なかったが、あずみさんの気が盛り上がり限界点を突破しそうだったので、正直に話すこととにした。最初から隠すつもりもなかった。ゴールポストの前にキーパーなんていなかった。

 

「話は簡単ですよ。ちょっとしくったので尻拭いに協力してください」

 

「なんであたいがそんなことしなきゃいけないんだ?」

 

さっきまで切れ気味だったのに、ちょっと弱みを見せたらすぐ機嫌は上向きになった。

元上司とは言え、これほど性向の分かりやすい人も居ない。

分かりやすくSだ。九鬼ってSばかりなんだよな。

 

「いや、あずみさんに協力してほしいわけじゃないんですよ。俺の狙いは英雄様なんで」

 

「あ?」

 

ジャキッと刃物を構える音。

英雄様第一主義も変わってないか。ほんとう、心の底から心酔してるな。

 

「英雄様をどうこうしようって話じゃないです。むしろ英雄様にどうこうしてほしいって話なんで」

 

「意味わかんねえぞ」

 

「まあ、詳しい話をするとですね。あいつらの狙いは直江大和です」

 

少し間が空いた。

記憶を探っているのだろうか。

やがて、確認するようにオウム返しに繰り返してくる。

 

「直江? F組のか」

 

「確かそうですね。川神一子の友達の直江大和くん」

 

「……そういうことかよ」

 

あずみさんは得心言ったような口調で呟いた。

今の言葉で大体察したらしい。さすが序列一位やってるだけある。頭の回転が早い早い。

 

「詳しく話せ」

 

「その気になってくれて嬉しい限り」

 

「御託に付き合ってる暇ねえんだよ。とっとと吐け」

 

「はい」

 

それから10分ほどかけて、大体のことを喋った。

話していないのはMの正体だけだ。

あの人には俺がお灸をすえると決めたので、九鬼に喋って色々露見するとその機会が失われてしまうのだ。それは実に惜しい。

 

「直江大和を洗脳ねえ……。確かに一番手っ取り早いかもしれねえな」

 

「仮にそうなったら面倒くさいですよね。確実に川神一子は悲しみますから」

 

「ちっ」

 

忌々しそうな舌打ち。怖い顔で睨んでくる。

このあずみさんの反応は当然として、懸念はあるのでそれを確認する。

 

「英雄様に報告しないって手もあるんじゃないですか?」

 

「それはねえよ。隠し立てするつもりはない。英雄様にもきちんと報告して、指示を仰ぐ。ま、十中八九お前の狙い通りになるだろうがな」

 

諦観と尊敬とが入り混じった顔であずみさんはそう言った。

「そうでなきゃ英雄様じゃねえ」とでも言いたげだ。恋する乙女って年じゃないだろうに、その顔はどう見ても恋する乙女だった。

 

「じゃあ俺の代わりに護衛お願いしますね」

 

「川神一子が悲しむのを英雄様が見逃されるはずがないからな。そうなるか」

 

「だけど」と言葉が重ねられる。

 

「だからっていつまでも続けらんねえぞ」

 

「タイムリミットは?」

 

「英雄様が告白されるまでだ」

 

最長でも一年半ってところだろうか。

卒業までには区切りをつけるだろうから、恐らくそんなところだろう。

 

「その言い方じゃ玉砕で決定してるみたいですが」

 

「分は悪いだろ」

 

表情を曇らせ、言い難いことを絞り出すような声音だった。

 

「女のあたいから見ても、はっきりそう思うよ。脈はねえってな」

 

いつだか魚肉ソーセージで釣った少女を思い出す。

水しぶきの中で笑顔が輝いていた。天真爛漫だった。元気いっぱいで、側にいるだけで世界も輝くのだろう。

それはある意味で英雄様に似ている気もする。

しかしだからと言って二人の波長が合うわけでもなさそうだ。

あの二人の組み合わせは想像できない。目の前のこの人と言い、恋は時に残酷な結末に結びつく。

 

「それ自分にも言ってるんですか?」

 

「……」

 

あずみさんは答えなかった。

目の前に広がる夜景を見つめている。

その目は冷酷なほど冷たく、見る物全てを射抜いている。

感情を押し殺しているのか。表情から内心は伺えない。だからこそ、それは答えでしかなかった。

 

「お前、しばらくこの街にいるのか」

 

「どうでしょう。まあ姿は消しますんで、用があったらよんでください」

 

「どうやって」

 

「帝チャンネルがあるでしょ」

 

あずみさんの顔が引きつった。

まさか俺一人に連絡を付けるために九鬼帝の手を煩わせることも出来ない。

実質俺に連絡するのは不可能ということだ。

 

「若獅子戦はどうするつもりだ? 連絡行ってるはずだろ」

 

「出ますよ」

 

「ってことは、川神百代と戦うのか?」

 

「さあ? それは何とも。先にけじめつけないといけないんでね」

 

ふんと鼻を鳴らされる。

 

「損な性格してやがるな」

 

「お互い様ですね。もう三十路でしょう」

 

「あたいは一生英雄様にお仕えするって決めたんだ」

 

「損ですよ」

 

「知ってる」

 

こうしてる内に、大通りを流れる光の帯は徐々に少なくなっていた。

時間はもう遅い。ビルの明かりはほとんど消えている。たまに電気のついてるフロアを見つけて気の毒になった。

繁華街だけが変わらず明るい。眠らない街。そんな言葉を思い出した。

 

「紋様も、いいお歳だ。そろそろ専属を決められる。結婚は少し早いがな」

 

「紋様よりまず揚羽様でしょう。あの人誰かいい人いないんですか」

 

「縁談は引っ切り無しに来てるが、全部断られてる。揚羽様なりに思うところがあるんだろう」

 

「人に歴史ありですか。初恋は引き摺りますからね」

 

「まったくだ」

 

お互い思い当たる節があるから、人のことをあまりとやかく言えない。

帝様はやきもきしてそうだが、強く言って素直に聞くような人じゃない。なんせ実の娘だ。帝様自身、普段からどれだけ周囲の人間をやきもきさせているのか。それを考えるとざまあ見ろと言ってやりたくなる。

子は親の背中を見て育つんだ。

 

「お前、進路決まってないんだろ。戻ってくる気はないのか」

 

「散々ご奉仕したのに、まだ仕えろって? 鬼ですか」

 

「今度はちゃんと給料が出る。お前の才能を生かすには格好の職場だと思うけどな」

 

昔務めていた時は労働ではなく無料奉仕活動だった。

賃金が出ないからと、南に東に西から北へと随分あっちこっちを回ったものだ。

おかげで出会いもあって、辛いこともあった。それも今となっては懐かしい。

 

しかし無料奉仕とは言えど腐っても大企業。最終的には結構もらった。

それも絶賛目減りしてるけど。

 

「今は目の前のことしか考えてません。何より社会の奴隷になるのは二度とごめんです」

 

「首輪着けてやろうって言ってんだぜ」

 

「ご冗談を。誰が御すんですか? こんな狂犬」

 

「自覚があるなら治せ」

 

肩を竦める。

九鬼で過ごした三年間で少しは治まった自覚があった。

飴と鞭で人を使うのが上手い人が多かった。その人たちを参考に世渡りの仕方を学んだつもりだ。

けれど、もしかしたら狂犬病自体はそのままに、ただ小賢しくなっただけなのかもしれない。

 

ここで言い合っても意味がないと思ったのだろう。

「まあいい」とあずみさんの方から矛を収めた。

 

「あたいはもう行くぜ。話は通しておいてやる。感謝しとけ」

 

「英雄様にサンキューって言っておいてください」

 

「地面に額擦りつけるなら伝えてやるよ」

 

それに対する俺の返事を聞かず、あずみさんはあっという間に消えた。

さすがに忍者は移動させたら速いな。

 

俺も立ち上がる。これで一通り対処は済んだだろう。

とりあえず、今考え付く限りやることはやった。後はその日を待つだけだ。

肝心要が他人任せなのが気に食わないが、人事を尽くして天命を待つとはこのことなのかもしれない。

 

空を見上げる。

昼日中、空を覆っていた雲はどこにもない。

けれども月は見えなかった。今日は新月だった。

 

新月なら、願えば叶うのだろうか。

そんなことを考えながら、闇の中に手を伸ばす。

 


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