西方十勇士+α   作:紺南

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二十八話

コンビニのビニール袋がすっかり空になった頃になって、ようやく林冲たちが大和を連れて食堂にやってきた。

離れた場所からでも分かるほど、陰気な雰囲気を背負った四人に武松と剣華は目を丸くする。

 

影を背負った様子の林冲と酷く疲弊している楊志、史進。

さらにその後ろでは大和が怯えた目で林冲を見ている。

 

これはただ事ではないと武松が立ち上がった。

 

「どうした?」

 

「いや……」

 

史進が言葉に詰まる。

チラッと林冲を横目に見た。

 

「リンが……」

 

「林冲?」

 

それ以上先を言葉にすることは憚られたらしく、口を閉ざしてしまう。

楊志がかるーい調子で引き継いだ。

 

「林冲の怒りは冷めやらずってことだよ」

 

要領を得ない楊志の言葉に剣華が小首を傾げ、武松が目を伏せた。

「なになに?」と公孫勝が近寄ってくる。

 

「どったん?」

 

誰も何も言わなかったからか、直接林冲に尋ねている。

それは勇気があるのかただただ鈍感なのか。

少なくとも甘やかされていることは間違いない。

 

「……なんでもない」

 

「はっはーん」

 

何やら得心行ったように公孫勝は破顔する。

 

「甘いものが欲しかったのか? 残念だったね、もうないよ」

 

「べつにいらない」

 

ぶすっとした表情でつっけんどんに言う林冲。

傍から見れば、不貞腐れているように見えなくもない。

 

「そんなに欲しかったのか。コンビニ行けばまだあるからたくさん買おう。なんならホテルの売店でも」

 

「いらないって言ってる」

 

いよいよ不機嫌さを滲ませて公孫勝を睨みつける。

公孫勝はびくっとたじろぎ涙目になった。

 

「な、なんだよぉ……」

 

「ほれマサル。今のリンに構うな」

 

普段仲の悪い二人が庇い合う。

素敵な光景だが、林冲の苛立ちは治まらなかった。

 

「関勝」

 

「……なに?」

 

射殺すような眼。関勝と呼ぶなと思ったが、言える空気ではなかった。

 

剣華は自問自答した。

知らないうちに、林冲をここまで怒らせるようなことをしただろうか。

いや、しまくったけど、ここまでのことは覚えにない。

温厚な林冲がここまで激怒しているのだから、それはよほどのことのはずだ。

訓練時代、腹ペコの林冲から夕飯を強奪し、それでもさめざめ泣いていたぐらい温厚なのだ。

 

その林冲がここまで怒っている。ただごとではないだろう。

 

「工藤が、我々の任務に関わっている」

 

「へえ」

 

工藤と言う単語に憎しみの全てが込められている。

なんだ、私に怒ってたわけじゃないのか。

じゃあもう何でもいいや。

 

「我々がここに来た理由は知っているだろう?」

 

「知らないけど」

 

束の間、怒りを忘れきょとんとした表情。

林冲は武松を見た。武松は無言で首を振っている。

 

公孫勝を見た。

何かを問いかける前に「こいつはダメだ」と思い出したらしい。

 

「そ、そうか……。まだ教えてなかったっけ? あれ……?」

 

狼狽える林冲が助けを求めて周りを見る。

皆一様に首を振るばかりだった。

 

「あれ?」もう一回、林冲は言う。

 

そもそも元梁山泊とは言え、今の剣華はただの一学生だ。

そんな人間に任務内容を教えて良いものなのか。

 

誰もその疑問を抱いていそうにない。仕方がないから剣華自身がそこを聞く。

 

「わたし、梁山泊抜けてるけど……」

 

「問題ない。お前は私たちの仲間だ」

 

即答。

さすがは林冲。仲間に対しては何を憚ることもない。

全幅の信頼と強い依存心が為せる業だ。

 

それが今の剣華には重く、釘を刺されているように錯覚する。

何か言わねばと焦るほど深くまで打ち込まれてしまう。

結果、何も言うことはできない。

 

「…………」

 

「まったくしょうがないなあ……」

 

固まる剣華に、見かねた楊志が助け舟を出した。

 

「剣華、耳を貸して」

 

「……変なことしない?」

 

「今回は変なことしないよ」

 

それならと剣華は耳を貸した。

ごしょごしょと内緒話を吹きこまれる。

 

ふんふん聞いていた剣華は、聞き終わった後大和を見る。

その眼にはありったけの同情が浮かんでいた。

 

「直江大和」

 

「なにかな?」

 

大和は泰然と問い返す。

その健気な態度に、思わず剣華は目を逸らした。

痛ましいものから目を逸らす様に。

 

「ごめんなさい。あなた死んじゃうかも……」

 

「そこまで!?」

 

大体の事情は把握した。

林冲がああまで不機嫌なのは工藤が関わっているからだろう。

まさかまだ一寸たりとも怒りが冷めていないとは剣華も思っていなかった。

しかし当事者である工藤はそれに気づいていたようで、話し相手にあえて林冲を避け楊志を指定したようだ。

剣華の知らないところでちょっかいをかけ続けていた疑惑が深まってしまった。

 

しかし……。

 

「盧俊義?」

 

「……らしいけど」

 

大和は納得いっていない様に渋々頷く。

その隣で、武松と公孫勝が「どういうことよ?」と大和が盧俊義について知っている理由を林冲に求めていた。

 

あえて三人の喧騒から目を逸らし、剣華は大和を爪先から頭頂部までよくよく観察している。

今まではただの学生としてしか見てこなかったが、盧俊義としてはどうなのか。

見極めようと目を細める。

 

体形は中肉中背。顔は悪くない。

筋肉のつき方は一般の範囲内だが、決して細いわけではない。むしろ鍛えてる方だろう。

卓越しているのはその頭脳で、交流戦の時は剣華含む天神館の二年生を翻弄し、あまつさえ自分自身も前線に出、石田を相手に時間稼ぎまでした。

肝っ玉の大きさは剣華も認めるところであるし、武神に磨かれた回避力には定評がある。

 

……おや、案外評価が高い?

剣華は今一度自己の直江大和への評価を精査する。

 

面倒見が良く紳士的。初対面の人とでもすぐに打ち解けられる人当たりの良さ。

その性格もあってか交友関係はとても広いが、それはある種打算からくるものでもある。

一見冷静沈着に見えるが、交流戦の働きを見て分かるように、熱い部分もある。

自分の信じる物を否定されたり、仲間や家族を蔑ろにされたりするとそれが出るのかもしれない。

負けず嫌いの一面もそれを推している。

 

結論――――よさげ。

 

ここ二カ月かけて見極めた大和の人柄は、調査の価値ありと判断を下した。

しかし剣華はこれを林冲たちに告げることはしない。

 

楊志が興味深そうに剣華を見ているのは、直江大和の素質について剣華の意見を聞きたいのだろう。

それを指針にしてこれからの直江大和への対応を決めるに違いない。

 

それを分かっていて、あえて無視する。

剣華は梁山泊の任務に深入りするつもりはなかった。

今となっては剣華はただの一学生で、いくら脛に傷を持つと言えどこの九鬼のひざ元でまた傭兵の活動に与するわけにはいかなかった。

 

転入当初に大問題を起こしておいて普通に学生生活送れているだけで奇跡なのだ。

わざわざ自分から厄介ごとに首を突っ込もうとする勇気は、あの世界最強に目を付けられた時点で失せた。

 

「災難」

 

そう言うわけで、観察の結果を一言で片づけた剣華。

しかしそうは問屋が卸さぬと近づいてくる二人。

 

「おーい関勝。お前もわっちらと同類だろ?」

 

「元同僚なんだから、その繋がりは大事にしたいよねえ」

 

史進と楊志が情報を求めて迫ってくる。

剣華は努めて無視し、思考は別のところへ飛ぶ。

 

工藤のことである。

大和の話しによると、盧俊義のことを告げられた上に、どうやら曹一族の足止めまでしてくれてるらしい。

 

明らかにこの件に関わっているが、どれくらい関わっているのか。

工藤が何の損得もなく、大和を不憫に思って手助けしている可能性はあるだろうか。

剣華が世話になっていることを考えれば、あることにはありそうだが決定的じゃない。

気まぐれでやりそうだし、気まぐれでやらなさそうだ。

 

もっと重要な問題は、この情報をどこから仕入れてきたのかだが……。

曹一族からではない。もし曹一族に情報を貰ってるなら、恩を仇で返す真似はしないだろう、たぶん。しないんじゃないかな……しないだろう……。あー、するかもしれないな……。

梁山泊は……頭領の一存で喋ってる可能性はある。しかしそれなら林冲たちに知らせてしかるべきだ。

 

最後の可能性。Mからは?

Mと工藤が繋がってる可能性があるなら、むしろより考えなくてはいけないことがある。

つまり、Mが単なる実行犯の可能性である。

その場合当然ながら主犯が別にいて……つまるところ。

 

「工藤がこれやった?」

 

確認するような呟きに世界は動きを失くした。

史進と楊志は嬉々とした表情を止め、林冲の方を恐る恐る見る。

 

武松と公孫勝の二人に長々説明していた林冲だが、突然説明を止め無表情で剣華を見ていた。

唇だけ動かして聞いてくる。

 

「工藤……?」

 

「何も言ってない」

 

剣華は即座に否定した。

名前を出すだけでまずいのか。

以前はそれほどではなかったのにどういうことだ。

 

あいつやっぱりあの後もちょっかいかけ続けたんじゃないだろうな。

それならいっそ殺されればいいのに。

 

溜息を吐く。いまあいつのことを考えるのは無駄でしかない。

どうせその内嬉々としてやってくるだろう。

 

「……若獅子戦ってほんとかな?」

 

「ん……いやそれはわからない。少なくとも今の所そう言う物の告知はされていないはずだ」

 

話題を逸らしたおかげで、幾分か林冲の雰囲気が中和された。

皆、これ幸いとその話題に乗っかる。

 

「毎年何かしらあるって話は聞いてるけど、もし本当にあるって言うんならわっちも出てえわ。もしかしたら強い奴と戦えるかもしれないし。なあ武松」

 

「……確かに腕が鳴りはする。しかし――――」

 

武松はチラッと大和を見る。

 

「無理だろう」

 

「やっぱそうかなあ」

 

史進は露骨に残念そうな溜息を吐いた。

 

「任務が優先だ。大会に出る必要はない」

 

「偶には息抜きも必要だろ? マサルみたいにさ」

 

「九紋龍はいつも息抜きしてる」

 

「……なに、うちに飛び火した? いいよやってやろうじゃん。それ言ったらブショーだっていっつも甘いもの食べて息抜きしてるし、自分だけ真面目ぶるとかないわー」

 

「あれは食事だ。息抜きではない」

 

「いや、食事に甘いものは食わないだろ」

 

徐々に話はエスカレートしていく。

一旦話を逸らすために俎上に載せられた話題が、これほど熱を帯びるとは剣華も思っていなかった。

突然仲間はずれにされた大和も困惑している。あの顔は帰っていいかなと思っている顔だ。

まだ帰られると困る。

 

「まあまあ三人とも。ここは林冲の意見を聞いてみようよ。一応私たちのリーダーだしねえ」

 

「一応じゃなく、きちんとリーダーなんだが……」

 

林冲は自分の扱いに一つぼやいて、次の瞬間には毅然とした態度で断言した。

 

「梁山泊が若獅子戦に参加することはない。私たちの手の内を大勢の人間に晒すことになる。それはできない」

 

「だ、そうだよ」

 

「ちぇー」

 

ぶーと唇を尖らせる史進。

「だめだぞ」と林冲が念を押して渋々頷いた。

 

「当初の予定は随分狂ってしまったが、我々の任務に変わりはない。直江大和を守る」

 

「うん……よろしく頼むよ」

 

ここに至っては大和も腹をくくっているのか、そう言って飄々然としていた。

史進が口笛を吹く。武松と楊志は黙って大和を観察していた。

 

「出来れば梁山泊に来てもらいたいし、その方が守りやすくもなるんだけど……」

 

「それはないなあ」

 

「……まあ、無理強いはしない。お前の意思次第だ」

 

話が一段落して、雰囲気は完全に穏やかなものになった。

一時、林冲が怒り狂ってどうなるかと思ったがなるようになるものだ。

 

ようやく大和は胸のつっかえが取れた気分で笑った。

梁山泊の連中も近寄りがたいが話してみれば面白い人ばかりだ。

狙われている事実を無視すれば、案外交遊を深めてもいいのではと思わせるぐらいには。

 

「むずかしい話おわったー? 帰っていいー? てかもう帰るー」 

 

「おい、公孫勝」

 

「ゲームやりたいんだよー」

 

一人真剣味の欠片も感じられない公孫勝に「全くお前は」と林冲はぷりぷり怒った。

いつものことなので、誰も気にしてはいない。

 

武松が懐から何かを取り出して大和に手渡した。

 

「これを渡しておく」

 

「これは?」

 

「ブザーだ。何かあった時に鳴らせばすぐに駆けつける」

 

まあ、早々吹くような事態もならないとは思うが。

そう言って鋭い目つきで周囲を探るように視線を巡らせた。

 

「私たちは常にお前を見張っている。とは言え、四六時中側にいるわけにはいかない。九鬼の監視があるし、お前にもプライベートがある。そこまで深入りしようとは思わない。今のところは」

 

さらっと末尾に付け足された言葉がそこはかとなく不安にさせる。

その内、四六時中近くで警護されることになるのだろうか。

 

大和は手の中のそれを握りしめて、出来れば鳴らすことがないようにと強く願った。

 

「これから状況はどう転ぶか分からない。油断はしないが、直江自身も注意してほしい」

 

「分かってるよ」

 

「いや、わかってない」

 

思いがけない強い否定に大和は鼻白んだ。

ずいっと顔を近づけた武松は、大和を見つめながら小さな声で言った。

 

「私たちだけではなく、曹一族に九鬼までいる。なによりあいつも……。混沌としている。何があってもおかしくない。だから注意してほしい。十分以上に」

 

「……わかった」

 

ここまで恐れられるなんて、あの人は何をやったのだろう。

百代と同じように人外の領域にいる人だし、今更どんな話が出てきても驚くことはないと思うが。

 

大和は武松を見つめ返し、厳かに頷いた。人外のハチャメチャっぷりは身に染みてわかっている。

百代が殊更酷いのだと思ってた時期もあるが、最近ではその考えも見直されてきた。

それは主に鉄心やヒュームのせいであるのだが、よく考えれば工藤もその一端を担っていることを思い出して気持ちが落ち込んだ。

 

もしあの人が全て仕組んでいるなら、最悪正面切ってやりあうことになる。

それは気心の知れた百代を相手にするよりずっと恐ろしいことだ。

何をするのか、何を考えているのか分からない相手に大和は成す術がない。

 

出来れば味方でいてほしいよなあ……。

大和は携帯電話を取り出して、未だに返信がないのを確認して溜息を吐いた。

その可能性は随分低いだろう。


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