西方十勇士+α   作:紺南

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三話

「着いたぜ、てめえら」

 

バスに乗って約一時間。別に道も混んでいなく、比較的快適な旅路の末に川神学園に到着した。

校門前でバスを降り、目の前の学園を眺める。

 

川神学園は、金あるんだろうなと思わせるぐらいに大きく、各施設が充実していそうな外見をしていた。つまりは天神館に似ている。

あそこも結構大きくて充実しているから。不況だ何だ言われているが、金もあるところにはある。こっちもあっちも私立だしな。

 

今は学校の内部には人の気配は数えるほどしか無く、ほぼ全ての学生が校庭に集合しているらしかった。気配を読むまでもなく、大勢のざわめきが校門にまで届いている。

あれ何人いるんだろう。少子化と言えども有名な学校なら1000人ぐらいいてもおかしくない。

しかし仮に1000人いるとして、そんな大勢の前に顔出しとかちょっとありえなくないだろうか。するならするってあらかじめ言えよ。俺そんな勇気ないから。

 

「おっと、少しばかり遅れちまったか。急ぐぞ」

 

勇気ねえつってんだろと突っ込む間もなく、ずいずい進むナベシマン。

さすが正義のやくざナベシマンさん。その堂々とした歩きぶりは他事務所に落とし前をつけさせに行くかの様な雰囲気が醸し出されている。

続く十勇士はその精鋭の部下1~10だろうか。若い衆連れてずいずい歩くのね、あの親分。

 

「晴はどうする? 行くか?」

 

「うーん……。ま、私は一応切り札だからね。バスで大人しくしてるよ」

 

そうか。切り札も大変だな。何か飲み物でも買って来てやろう。

 

少し先に行っている12人に追いつくため小走りで駆ける。

でも、部下はとにかく先頭の人と同じ種類の人間だと思われたくはなかったので、出来るだけ気配を消して、存在感を雲散させて、二~三歩距離を取った所で走るのを止めた。これぐらいの距離を維持して行きましょう。それでも写真なら丸わかりだろうが。

 

校門をくぐり、真っ直ぐに教師が集まっている方を目指す。

俺たちの存在に気づいた生徒から、ひそひそと内緒話がこぼれ始めた。

 

「ほっほっほ。どうやら来たようじゃな」

 

鬚の長い、お前100年ぐらい前からそんな外見なんだろと噂されている爺さんがそう言うと、それに釣られてほとんどの生徒が俺たちの方を振り向く。

気配消してるはずなのに俺と目が合ってるのが何人かいる。いや、川神院関係者はともかく、俺発見できてる奴はなんなのよ。どちらさん?

 

「遅れて悪いな師匠。ちょっと道が混んでてよ」

 

「ほっほ。構わんよ。丁度説明が終わったところじゃしな」

 

朝礼台に上がりながらさらりと出た嘘に驚愕。高速道路は快適で、降りてからここまでの道もそれほど混雑してはいなかった。

俺も大人になったらこういう風に、息をするように嘘を吐く人間になるのだろうか。まあ大人ってそう言うもんだよね。

 

「では皆の物、紹介するぞい。天神館館長 鍋島正じゃ」

 

「おう、よろしく」

 

大人とは何かという哲学的なことを考えているうちに自己紹介が始まった。

館長の挨拶に、がやがやと一層騒がしくなるざわめき。館長は中々有名人なのか、「あれが……」とか「壁を越えた」とか聞こえた。

 

しかし、壁を越えたって言っても昔はともかく今はこのおっさん老いてきてる上に鈍ってるから、武人としてはそこまで強くはないはずだ。もちろん、鍛え直せばまた強くはなるだろうけど。

そんなことを思っている間に、館長はマイクを持ち挨拶を始める。

 

「俺が今回、お前らの相手をする天神館の館長だ。今日は交流戦前の挨拶に来てやったぜ」

 

そう言って、後ろにいる俺たちを指し示す。それぞれ年功序列で一列に並んでおり、川神学園の生徒たちに見やすいよう配慮がなされている。

 

石田がふんぞりかえって皆より一歩前に出ていたり、龍造寺が女子の声援に笑顔で手を振っていたり、長宗我部が「鳴門金時をよろしく!」と宣伝していたり、まるで纏まりがない。年長者に至っては気配隠して消えてるしな。

 

「十勇士を始めとした天神館自慢の生徒たちだ。この交流戦では間違いなく主力になるだろうよ」

 

主力が二年生に集中し過ぎている現実。三年生は俺とあと日野とかいるけど、一年生とか影も形も見えないんですけど。やる気あんのか一年生。

 

「本当は一人一人紹介したかったんだが、残念なことに時間が押しててな。代表して十勇士で最も強い男に挨拶してもらうぜ」

 

当然の事とばかりに悠々と前に出る石田。建前上は確かにこいつでいいが、実はマスクかけてる奴の方が強いんだよな。

大村にアイコンタクト飛ばすと、鬱陶しそうに「ごほごほっ」とマスクの下で咳払い。ああ、そう。

つうか本当にそれで良いの? あいつやばいぜ。見るだけで分かる。調子に乗りすぎてる。

 

「紹介に預かった。天神館二年、石田三郎だ」

 

石田がマイクを受け取って喋り出すと川神の女子たちが色めき立った。まあ美形だし分からんでもないけど。大友とか宇喜多は白けた顔してるな。

 

「はっきり言おう、東の蛮族共よ。俺たちが貴様らに負けることなど有り得ない」

 

ぴたっと止まる女子の囁き声。「……あ?」と漏れる男たちの怒りの呟き。

館長はやれやれと呆れ、鉄心さんは若いって良いのぉとニヤニヤしている。

 

石田三郎。敵地ど真ん中でまさかの爆弾投下。

 

「今回、俺たちは貴様らと戦いに来たのではない。貴様らを完膚なきまでに叩きのめし、俺の名声を上げるために来たのだ。貴様らには俺の出世街道の敷石となってもらおう」

 

なおも続く爆弾の投下に、川神学園の男共が怒りでプルプル震えている。さっきまでキャーキャー言ってた女子たちも敵意の籠った眼で見てるし。

いつ誰が喧嘩吹っ掛けてきてもおかしくはない雰囲気だった。

敵地のど真ん中で大喧嘩って言うのも味があって大変よろしい。どうなるか知らんが見本を見せてやろう。

 

「剣華、あいつぶん殴っていいぞ」

 

「は?」

 

「こんなアウェイ空間で前哨戦とか冗談じゃないから、ぶん殴って止めて来い」

 

一人の刺客を放り込んでみる。橘姓の剣華ちゃん。

少し考え込んだ剣華はニヤリと笑って素早く翔けた。申し分のない速度だ。あれ大分溜まってるな。抜かないと。ま、見る奴が見れば、あの動きでこっちの実力は推し量れただろうさ。ちょっと過剰だけどな。

 

「俺はいずれは世界を総べる男。貴様らのような、東の軟弱な――――」

 

「死ね」

 

「ぬっ!?」

 

いきなりの後ろからの足払いに、石田は体勢を崩し、けれど素早く立て直す。

 

「貴様!?」

 

「ちっ」

 

舌打ちし、追撃を掛けようとする剣華を宇喜多が羽交い絞めにし、反撃に出ようと刀に手を掛けた石田を島が抑える。

 

「離せ島! 俺はあの女を斬らねばならん!!」

 

「御大将、落ち着いてくだされ!」

 

「馬鹿者!! 公衆の面前で足蹴にされたのだ。これが落ち着いていられるか!!」

 

「あんさんも気持ちわかるけど、落ち着きいや」

 

「私は最初から冷静」

 

「そないな風には見えんかったけどなあ」

 

「そもそも工藤がやれって」

 

「主犯そっちかい」

 

事態は内紛に発展した。原因を作ったのは俺とは言え、石田は沸点低すぎるし、剣華は隙あらば石田を殺そうとする。

ここから更に前哨戦に発展しうるとかワクワクするよな。俺も応援することにする。

 

「石田ー落ち着けー」

 

「うるさい! 貴様がこの女は差し向けたのか!? どういうつもりで俺を足蹴にさせた!!」

 

遠くから石田に注意してみたところ見抜かれていた。

おやおや、頭に血がのぼってると思えば案外冷静ですこと。でも冷静さを向ける方向が違う気もするな。いきなり刀抜いちゃってるしな。戦いでは役に立たない冷静さだ。

 

ヒートアップしていく御大将に溜息一つ。

見れば、川神の生徒たちは突然始まった喧嘩にほとんどが呆然としている。

しかし極々一部の生徒は俺たちの乱闘騒ぎを面白そうに見ている。

あー……それ以外でも出来る奴はきっちり分析してるな。鉄心さんに東西交流戦のこと聞いたの今さっきだろうに、よくそんな判断力発揮できるものだ。戦い好きな武士家系の性かもしれないが。

 

でもさすがにこれ以上一方的に見せるのはダメだろう。本番が面白くなくなっては元も子もない。

 

「石田ー。見られてるぞー。止めとけー。」

 

「元凶は黙っていろ! この小娘を地に伏せた後は貴様の番だ。首を洗って待っているがいい!」

 

「お前ならできるー。許す心がー。お前にもきっとある―。復讐なんてー。下らないことやめてー。明日に向けて生きるんだー。お前ならできるぅ」

 

「誰かその大馬鹿者の口をふさぐのだ! 石田の血管が破裂してしまう……!?」

 

「工藤殿! これ以上御大将を煽るのは止めてくだされっ!! 命に関わります!!」

 

そんなつもりは決してない。

 

「剣華ー?」

 

「丁度いい。ここで息の根止めてあげる。今すぐ死ね」

 

こっちもすでに聞いていない。

ここまで発展しているならもう何を言っても無駄だろう。

ガチバトルが勃発で、触発されて川神勢乱入が一番ダメージ少ないと思う。あっちは分析できるがこっちも分析できるからね。

となると川神勢を少し煽らなきゃいけないな。

 

さて、どう言おうか。いつもこいつらが言ってる東の蛮族とかでいいかな。そもそも意味わかんないけどな。何だよ蛮族って。

 

「喧嘩かぁ……。いいなぁ……。私も混ぜてくれるか?」

 

落ちてたマイクを拾ったところで一歩及ばず乱入者に先を越される。

これが普通の奴だったらよかったのに、普通じゃない奴来ちゃったよ。

 

声の方を見ると荒々しい闘気を隠すことなく、いつの間にか最前列に仁王立ち。

バトルジャンキーの毛を隠しもしていない。

 

「いいよなぁ? 態々他所の学校に来てあれだけ偉そうなことを言ったんだ。まさか逃げはしないだろう?」

 

ちっす武神さん。

ちょっとあなた戦闘力過多なんで、お帰り頂く方向でお願いできませんかね?

 

武神はうきうきわくわくと全身から滾る気を放出しながら今か今かと戦闘を心待ちにしている。

人の枠を超えた圧倒的な存在感を前に、石田も剣華もいつの間にか互いから目を離し武神を注視していた。

 

びりびりと空気が震え、自然と額から汗が噴き出す。

島が石田の前に出、庇うように槍を構える。宇喜多や大友、鉢屋や毛利までも戦闘態勢に入った。龍造寺は俺の背中に隠れている。お前よく俺見つけられたな。

 

いくら十勇士と言えども、一対一で武神に勝てると自惚れている訳ではない。複数で相手をしてようやく戦える程度の実力差がある。

もし今から十勇士全員で相手をして、それで何分保つことだろう?

勝つことなど絶望的だ。それでも勝負は時の運。やってみなくては分からない。

 

気力十分。武神にとってもここまで生きの良い相手は久しぶりだろう。

石田たちのことを考えたら、ここで武神と戦っておくのは悪いことじゃない。

でも交流戦を控えた今やることじゃないんだよなあ。

 

「てめえら! 何やってやがる!!」

 

「こら、やめんか! モモ!」

 

天神館、川神学園双方のトップによる喝は熱されていた空気を瞬時に冷やし、場を白けさせた。

 

「やる気十分なのはいいことだが、今日は挨拶に来たんだ。いきなりおっ始めようとしてんじゃねえよ」

 

「百代、少しは周りに気を配りなサイ、ここで戦いをはじめたらどれだけ犠牲が出ると思っているんダ」

 

さっきまで充満していた気は雲散し、学園崩壊の危機は去った。

その大体の原因になりえた武神も、ルー師範代に怒られてなんだかしょんぼりとしている。

 

「ちぇっ。せっかく学年の違う奴らとも思いっきり戦えるチャンスだったのになあ」

 

喧嘩に便乗しようとした思惑が外れて、至極残念そうな口ぶりだった。

別にいいけどさ。武神と思いっきり戦ったら全治一か月ぐらいの怪我負わせられるから、やっぱりタイミング悪いんだよな。あっちも怪我するなら考えるけど、どうせ一瞬で治るんでしょ?

 

「あー。……おい、お前ら十勇士の中に三年生はいるのか?」

 

「ふん。残念だが、この世代はほぼ二学年に強者が集中した黄金世代でな」

 

「なんだよー。ちぇー」

 

「だが、まあ。安心しろ。腐っても天神館だ。退屈するようなことにはならんさ」

 

含みのある石田の言葉を背後に一人で退場する。

それは日野か。それとも俺か。やっぱり俺だよな。武神に生半可じゃ歯が立たないし、あいつもどうせそこまでやる気ないもんな。

 

どっかに自販機はないかとキョロキョロしながら来た道を戻る。

隙見て学園の中に侵入しちゃってもいいな。どうせほとんどここにいるし。

 

「ん……。先輩はもう戻るのか?」

 

変なこと企んだ途端、目敏く大友に見つかってしまう。最近無駄に勘が鋭くなったなこいつ。

 

「自販機探して旅に出ようと思ってな。俺のことは気にすんなよ。なんなら高速走って追いつくから」

 

「宇喜多、大友は戻る。誰かが見張らねば恥をかかされそうだ」

 

「さよけ。ほな、うちも戻るわ。巻き込まれたら堪らんもん」

 

そうして、大友や宇喜多に続いて十勇士の面々もぞろぞろと朝礼台を降り後に続く。

未だに石田と一触即発だった剣華は隔離され俺の横に連れてこられた。チラッと振り返ると、鉢屋が瞬身の術を連発し川神学園の生徒を驚かせている。マーケティングか?

 

そして、その場に残ったのは鍋島館長一人のみ。

 

「おいおい……。勝手に行くなよ」

 

ぼやく館長の言葉に答える者もなく、結局川神学園の生徒たちに軽く非礼を詫びた後に急いで追いかけてきた。

 

「全く、てめえらは……」

 

「ぼやきなら石田に直接言ってくれ」

 

原因どうあれ、最初に馬鹿やらかしたのは石田なのだから、すべての責任は石田にあるはずだ。

暗に匂わせた言葉を長宗我部が目敏く聞き取り、石田へとスルーパスを放る。

 

「ほう……。だ、そうだが? 何か言うことはあるか?」

 

「俺は何も悪いことなど言ってはいない。全て事実だ」

 

「御大将……」

 

「何だ島? 何か言いたいことがありそうだな」

 

「はっはっ。言ったれ言ったれ。常日頃からお高く止まっとるうちらの大将にはいい薬や」

 

「だが、馬鹿に付ける薬はないとも言う。何を言っても無駄かもしれんな」

 

やっぱこんな所に自販機ねえよなあ。晴すまん。飲み物あげられないわ。ホテルのルームサービス活用してみるか。

 

後ろの喧騒と、重なる微妙な殺気を無視しつつ、一人でバスの中で待機している晴の元に急いだ。

 

六月四日、川神学園にて宣戦布告。

六月五日より東西交流戦開戦。

 

 


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