西方十勇士+α   作:紺南

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おひさしぶりーふ


二十一話

弱きものが死に、強きものが生き残る。

血生臭さが鼻にこびりつき、降りすさぶ雨は赤く染まっている。

そう言う世界で、少女は生きてきた。

物心ついた時からずっとそれが当たり前で、現状を疑問に思うことはなく、疑念を抱かず、ただひたすらに少女は赤い世界を生き抜いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

少女は人が死ぬのを見たことがある。

 

目の前で親しい人間が殺されるのを見たことがある。

 

その手で人を殺したことがある。

 

悪いことだとは思わない。

やらなければこっちがやられていた。

殺さなければ自分以外の誰かが殺されていたかもしれない。

仲間が、友が、家族が、殺されていたかもしれない。

 

人を殺すことを悪いことだとは少女はこれっぽっちも思っちゃいない。

 

弱いから死んで強いから生き残るのだと、少女は育ての親に教えてもらった。

 

間違っても"敵を"憎んじゃいけない。

憎しみは刃を鋭くするけども、視野が狭くなるから結果早死にしてしまう。

永く生きたいなら誰よりも強くなりなさい。

 

そう教えて死んでいった。

 

 

 

 

 

少女は強くなった。

同期の誰よりも強くなった。

次世代筆頭と呼ばれるまでに強く、理不尽と言われるまでに強く。

しかし、それ以上に少女は強く成ろうとした。

取り憑かれたように武器を振るい、修羅の様に敵を殺し、師も家族も全てを置き去りにして少女は強く成ろうとした。

 

病的なまでに強さにこだわったのは、自分が弱いと自覚していたからだ。

強いように見せて、実は弱いことを少女は知っていた。

強くないと生きられない。そう教えられたから、少女は強くあろうとした。

心の弱さを虚飾の強さで覆って、誰にも知られまいとした。

そうやって窮屈に生きてきた。

仮面の下の本心を誰にも知られまいとして、時に弱さが零れ出そうになる。

自分の弱さを誰かに知ってほしいと思う心こそ弱さだと知っていたはずなのに。

誰かに知ってほしいと、気づいてほしいと心の奥底で願うことをとめることができなかった。

 

そうして後戻りできなくなったとき、よりにもよってそれをはっきりと指摘したのは、自分を負かした"敵"だった。

 

「弱いな、お前」

 

地に伏せった自分。

無傷で見下ろす敵。

 

戦う前から力量差は歴然だと分かっていた。

敵うはずのない敵に挑んでしまったのは、それもまた弱さのせいか。

 

血が滲むぐらい唇をかみしめる。

死にたくないと心の底から思った。

 

地面を引っかきながら、何とか立とうとする。

身体は麻痺して言うことを聞かない。

生まれたての小鹿の様に両足が地を滑る。

 

死ぬ。死ぬ。死ぬ。

 

三度心の中で繰り返した。

受け入れようと努力した。

弱いから死ぬのだと、そう教えられてきたはずだ。覚悟していたはずだ。

けれど死が間近に迫って、簡単に受け入れられるはずもない。

 

生きたい。生きたい。生き延びたい。

 

どんな辱めを受けようとも、どんな恥辱に塗れようとも。

ただ生きたい。

 

しかし、少女にはもう術は残されていなかった。

抵抗する力は失われ、口を開いても漏れる声は意味を持たない。

それでもどうにか本能のままに生きようとする少女に、"敵"は近づく。

 

何をされるのか。

想像し身体を堅くした彼女に、意外にも少年は手を差し伸べてきた。

 

「立てるか?」

 

呆気にとられる少女。

憐れみに微笑む少年。

 

『誰よりも強ければ、誰よりも多く殺して、誰よりも永く生きられる』

 

そう教えられた少女はこの日、一つ学んだ。

 

「……別に殺さないよ。だって俺はお前らより強いからな」

 

誰よりも強ければ、誰も殺さずに済む。

そんな傲慢極まりないことを、少女はこの日ようやく学ぶことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は朝から妙に落ち着きがなかった。

家に居る間、ベッドで寝ていても朝食を作っていても、登校中でさえ落ち着きなくそわそわと辺りを見回した。

目に映る景色。過ぎ去る人々。特別変わったところはなく、気のせいかと思い学園へと向かう足を速める。

 

それでも5分と経ぬうちにもう一度辺りを見回した。

そんなことを4度も繰り返し、剣華は学園に辿り着いた。

 

学園に入り、下駄箱でも踊り場でも廊下でも、落ち着きを取り戻すことはない。

教室に着き椅子に座り、やけに硬く感じられる椅子に腰かける。

鞄から教科書等を取り出す途中、何度も臀部の位置を調整し、終わってなお気が付けば窓の外をぼうっと眺めているその姿は、クラスメイトたちにすれば初めて見る奇行で、おそらく天神館の生徒ですら見たことのない姿だった。

 

どうかしたのかと尋ねる委員長に剣華は首を傾げ「わからない」と答える。

その原因不明の落ち着きのなさに、病気じゃないのかと声が挙がりすらした。

しかし剣華の体調は万全そのもので、今はいい具合に闘気が溜まっており、おそらく工藤と戦ってもそこそこはもつだろうほどだった。

 

では何が原因でこんなに落ち着きがないのか。

それを集まった各々が好き勝手に推測を口にする中、時針が進むにつれ余計に心が乱されるのを剣華は自覚する。

 

この違和感の正体はなんだろうか。この胸騒ぎの正体は。

どうしてこんなにも落ち着かないのか。

 

思い返せば、三年前に一度。二年前にも一度似たような経験をしていた。

あの日も、あの日も、朝からこんな感じで落ち着かなかったことを覚えている。

何があったかと言うと嫌なことがあったと答えるだろう。

その両方に"あいつ"が関わっていることを考えるとあまりいい思い出でもない。

 

ポケットの中の携帯は先のメール送信以降、未だ鳴っていなかった。

そろそろ返事があっていい頃だ。しかし現実にまだ返信はない。

これの意味するところを想像して、少しだけ嫌な予想が脳裏をよぎる。

 

あいつは今何を考えてるのか。

それを推測すらたてられない現状、考えても意味はないと思いなおす。

私に出来るのは、この先に待ち受けているかもしれない苦難に身構えることだけだと、剣華はスピーカーから流れるチャイムを聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「本日もまた、転入生がいる」

 

ショートホームルームが始まって早々、小島はクラスに向けてそう告げた。

「え? また?」という大勢の反応は今年度に入り三度の編入あるいは転入生。その内二度がこのF組に振り分けられていたからである。

クローンが転入したS組はともかく、他のA~Eにももう少し配慮してやれよと、言葉はなくとも誰もが思っていた。

 

「ちょっとさすがに多すぎませんか、せんせー!」

 

遠まわしの非難。

そのブーイングに対し小島は「静粛に!!」と逆切れ気味に鞭をしならせた。

ビシリと強く打たれた床。ワックスが微かに剥げる。

 

「そういう苦情は学園長に言うように」と渋面で生徒たちに述べる小島はまごうこと無き中間管理職者であった。

社会人の艱難辛苦を身をもって生徒に教示するその姿勢は先生の鑑と言って相違なく、数人の勉学優秀な察しの良い生徒たちは心の中で労わりの言葉を投げかけた。

 

「では、紹介する。入ってこい」

 

小島は剣呑な声音そのままに扉の向こうに投げかけた。

気配は三人分。その内の一つが緊張したように揺れ動いた。

 

僅かの間を経て扉が開く。

 

先頭には黒い長髪の少女が立っていた。

一目見て、美人と言ってよい彼女に男子は色めき立つ。

 

その背後には比べて少し背の低い女の子が続く。

茶色い髪を両サイドで輪を作るように結んでいる。

活発そうな表情でクラスの生徒たちを興味深げに見回していた。

 

最後の一人は他の二人に比べ幾分雰囲気が異なっていた。

神秘的と言うか不思議と言うかは人によって異なるが、例えるなら椎名京のような雰囲気を醸し出している。

その少女は水色の毛髪を揺らし、一度クラスを見回した後は興味なさげな表情になった。

眠そうに瞼を細める。

 

「順に林冲、史進、楊志だ。中国の梁山泊と言う場所からやってきた」

 

梁山泊。

歴史に興味がある人間なら知っている人もいるだろうが、特に有名なのは水滸伝に登場する好漢108人のことだろうか。

梁山泊百八星と言われる108人の好漢たちを描いた小説であるが、今壇上に立つ少女三人はその好漢に勝るとも劣らない武人であることは足運びで分かった。

一子、クリス両名が反応する。

 

「何でも、川神学園の名は海外に広く知られているそうだ。噂を聞きつけ、是非とも学園で切磋琢磨し己の武を極めたいとこの度転入を希望してきた」

 

史進が小島の言葉をう受け好戦的に笑いながら頷いた。

活発そうな見た目に違わず、戦いたがりのようだ。

 

「では林冲から自己紹介をしてもらおうか」

 

「はい」

 

林冲は生真面目そうな面持ちで生徒たちを見回す。

中でも大和のことは興味深げに数秒見つめていた。

その奇異な視線に「ん?」と大和は気づき、なんだろうかと首を傾げる。

大和が不思議がっている間に林冲は視線を逸らした。

 

「『豹子頭』林冲だ。先ほど小島先生から話があった通り、学園のみんなとは切磋琢磨し自分の力を高めながら過ごしたいと思っている」

 

そこで一度言葉を切り、大きく息を吸い込む。

林冲の目に決意の色が混ざった。意を決したように言葉を放つ。

 

「実はこの学園に転入したのには他にも目的がある。一つは直江大和。私たちはお前に興味がある」

 

「うえ!?」

 

思いがけない言葉に、大和の口から変な声が出た。

内容を理解できず、茫然と林冲を見返していると突き刺すような視線を感じる。

ゆっくりとそちらに顔を向けた。

 

「またか……」

「またなのか……」

「殺すしかないのか……」

「取りあえずギルティ」

 

弁慶、剣華と続いて三人目。

今学期三度目となる転入生との仲良しフラグに男子の嫉妬が降り注ぐ。

特にすさまじいのは岳人とヨンパチの二人だ。

嫉妬と殺意とで充血した瞳は夢に見そうな威力を誇っていた。

 

「そしてもう一つ」

 

林冲は構うことなく、言葉を続けた。

その眼は既に大和から離れ、全く違う人物に注がれていた。

 

「橘剣華――――いや、『大刀』関勝。おまえを迎えに来た」

 

クラス全員が剣華を振り返った。

決意の炎揺らめく瞳の先には、冷水の如き表情で林冲を見返す剣華の姿があった。

 

彼女はただじっと林冲を見つめている。

林冲も決意に燃えながら剣華を見つめる。

 

二人、何も語らず。

静まり返った教室に秒針の音が響き渡った。




剣華が勉強できないのは外国人だったからと言う事実
国語とか日本史とかわかるわけねえだろっていう

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