西方十勇士+α   作:紺南

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二十話

「はぁっ!!」

 

「――――っ!!」

 

手を交差して防いだはずの拳は、ガードなど関係ないと言うように力づくで振りぬかれた。

そのあまりの威力と重さに身体は浮いてしまう。

気が付けば二、三メートル吹っ飛んでいるのだから理不尽極まれりだ。

さすがは武神の異名を冠しているだけのことはある。

 

「いい表情になってきたじゃないか、剣華ちゃん!!」

 

「…………」

 

土ぼこり舞う中、川神百代は獰猛に笑いながらのたまった。

言われる剣華自身に"いい表情"の自覚はない。

しかし段々と意識がおぼろげになっていることは確かだった。

 

ビリビリと痺れる腕。

その痺れは少し力を込めれば一瞬で治った。

拳を握る。まだまだ戦える。余裕がある。

そう思うのはこの場に漂う闘気のおかげかもしれない。

 

くらくらと酔ってしまいそうなほどの濃密な闘気。

意識することもなく、ただ立っているだけで周囲の外気は勝手に私の中に入ってくる。

ここに一日いたらおかしくなってしまいそうだ。

 

いや、もうすでに半ばおかしくはなっているのだけど。

 

「――――ぁは」

 

身体に溜まった闘気の解放。

やっぱりこれは気持ちよく、そしてもっと気持ちよくさせてくれる敵が目の前にいる。

跳びかかろう。跳びかかって、跳びかかって、襲い掛かって、殴って、蹴って、斬って。

赤い、紅い、あかい、アカイ。アカイ。アカアカアカアカアカアカアカアカアカアカアカアカアカアカ。

 

血チちちちちちちっちチチチチチチチチチチチチチチチチチチ――――。

 

――――あぁ、おいしソウ。

 

 

 

 

 

「やはり強いですね、彼女ハ」

 

「うむ。百代ほどではないが、才気に満ちておる。それだけに惜しいのう」

 

遠巻きに、百代と剣華の戦いを見守るのは川神院の師範代ルーと総代の鉄心。

二人は眼前の決闘を見てそうこぼした。

 

剣華の斬撃が百代の身体の至る所を切り裂き、瞬間回復ですぐに治癒する。

飛び散った血潮は地面を赤く染め、その跡は彼女らの戦いの凄まじさを物語っていた。

 

片方は正気をなくし、獣のような雄たけびをあげて無数の剣戟を纏い舞わせる。

片方は襲い掛かる死に笑顔を浮かべて嬉しそうに迎え撃つ。

 

およそ人同士の戦いとは思えない。

血生臭さと泥臭さに塗れた戦いを、しかし二人は止めることなく傍観している。

 

「あれを操れれば、歴史に名を残す武道家になれるでしょうニ」

 

「このままだと別の意味で歴史に名を残しそうで、わし心配」

 

鉄心は眉を八の字にして心配そうに剣華を見ている。

当の本人は、ついに攻勢に出た百代に殴り飛ばされ、しかし痛みなど知らぬと猛然と反撃に移っていた。

 

「…………しかし総代。あれは……」

 

「お、ようやっとルーも気づいたか。うむ。川神流……かすかに見えるのう」

 

ルーは信じられないと閉口する。

しかし目の前で繰り広げられる剣華の動きからは、節々に川神流の名残が垣間見えた。

 

「川神流は門外不出の武道でス。一体誰が――――?」

 

「考えられるのは鍋島か、はたまた釈迦堂か……。しかし釈迦堂とあの子は接点がなかろう。

 となると鍋島かのう。厳重注意じゃな」

 

剣華の体捌きは川神流の動きを他の武術に取り入れた動きであり、もはやその原型は留めていない。

そこから元祖の癖を見抜くのは至難の技だ。ゆえに鉄心は消去法で鍋島が一番疑わしいと決めつけた。

 

「まったく……。まさか門生以外に川神流を教えるとハ……」

 

「ほっほっほ。まあそう重く考えることはないぞルー。

 確かに門外不出じゃが、過去川神流が流出したこともないわけではない」

 

「そうなのですカ?」

 

「うむ。大昔に一度、決闘中に技を盗まれたことがあった。あれは驚いた。

 まさか見ただけで自分のものにするとは……」

 

「それは例外中の例外なのでハ……?」

 

昔を思い出して、懐かしみ笑う鉄心。聞いて呆れるルー。

 

「なんと言ったかのう……。確か梁山泊百八星の一人じゃった。梁山泊の名はお主なら聞いたことぐらいあるじゃろう」

 

「ありますとモ。そうですか。梁山泊にそのような……」

 

中国奥地に拠点を持ち、裏家業に傭兵を営む戦闘集団。

中国を生まれ故郷にするルーにとって、その一団の恐ろしさは武道家として、あるいはただの一般市民として心に突き刺さっている。

川神院師範代となった今でも抜けきることはない。

それだけ精鋭ぞろいの集団である。

 

「ほっほっほ。まあ裏仕事ばかりしておる連中じゃ。そうそう出会うこともあるまいて。儂のようにあっちからやってこない限りはの」

 

「……総代、あまり不吉なことは言わないでくださイ。本当に来そうでス」

 

その末尾は、丁度の決闘の決着と重なって、派手に地面に叩きつけられた剣華とそれに伴う轟音、衝撃波のおかげで誰の耳にも届くことなく、ただ不吉な予感を言霊にだけ残して消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――また、負けた。

 

剣華は汗と血に濡れた道着を脱ぎ捨てながら一人ごちた。

 

決闘終了後、簡単な手当てを受けた剣華は、百代の厚意で川神院の風呂場を使わせてもらえることになった。

汗だくのまま帰路につくのは嫌だろうと言う善意と、隙あらば乱入してやろうと言うスケベ心がないまぜになった好意だ。

恐らく、ここでいう好意とは好意的な悪意の略称であることは間違いない。

 

そんな醜い欲望のことなど知る由もない剣華は、呑気に脱いだブラジャーを目元でプラプラ掲げていた。

水色のそれに一見して汚れは見当たらない。

しかし多少くたびれているように見えるのは激しい運動の後だからか、はたまた年代物だからか。

 

この分では遠くないうちにダメになってしまいそうで、今が買い替え時である。

まあどうせだから色気も何もないスポーツブラにするとか、いっそノーブラにすると言う手もある。

どうせそこまで揺れないし。

 

有難くもなんともない女ならではの悩みだ。

どうするか。今考えても埒は明かず、脱いだ下着を籠の中に放り投げる。

シャンプーやコンディショナーなど、百代から借りた洗面用具一式をもって浴室へ入った。

 

浴室は川神院生が同時に入浴できるようずいぶん大きく作られていて、さながら旅館の大浴場のようだ。

いくつもあるシャワーヘッドの内適当な物の前に座り、鏡に映る自分の身体を凝視する。

腕を中心に痛々しい打撲痕が白い身体に映えていた。

 

今日の決闘で、川神に越してきてから通算で二回目の武神との本気の決闘だ。

流石は武神と言うべきで、二回とも剣華が敗北していた。

 

当初は優秀な回復役がいなくなってしまうから傷跡が残るだろうなと覚悟していたのだが、二回目の決闘を終えて、今のところそれらしいものは見当たらない。

百代の攻撃手段が主に素手というのが幸いしている。

今でこそ青黒いあざが多数身体に残っているがこれも明日には消えているだろうし、後々まで残る様な傷は皆無と言って良い。

この調子だと、たぶん手加減もしてくれているんだろう。

 

そこまで考えて、罪悪感がふつふつと湧きたってきた。

 

剣華の攻撃法は斬撃を主体とした格闘だ。

瞬間回復という反則技を持っている百代でも、果たして傷跡を残さず治癒できるのか不安に思える。

 

川神百代と言う人間は、美人でイケメンでスタイル良くて髪が長くて強いと言う、これでもかと神に贔屓された存在だ。

 

そんな、いわば神のお気に入りを自分如きが傷物にしたかもしれないという思いは、まるで高値の花を摘み取ってしまったような自責の念となって押し寄せて来る。

 

今までは殺してもいい相手、もしくは殺しても死なないような奴とばかり戦ってきただけに、百代と言う純粋且つ善性な人間に殺気を向けるのはやはり気が咎めるのだ。

かと言って他に暴走を食い止める有効な手立てもない。

 

百代も喜んで請け負ったのだから別に悩む必要もないという悪魔と、でもやっぱり攻撃するのは悪いよと言う天使が頭の中でメンチを切り合う。

 

一触即発の空気の中、先に手を出したのは天使で悪魔は正当防衛の大義名分高らかに反撃し始めた。

戦いは拮抗している。

 

がんばれーと心の中で応援しながら、冷たい水を頭から被る。

思考はクリアになり天使と悪魔は水に流され排水溝へと堕ちて行った。

罪悪感と自責の念も一緒に消えていった。儚いものだ。

 

ボディーソープを泡立てて身体を擦る。

気分よく鼻唄交じりのその作業。

脱衣所でコソコソと動く気配に気づかなかった。

 

「けんかちゃーん!」

 

浴室の扉を開きながら現れたのは百代。

彼女は一糸まとわぬ姿で堂々と浴室へ入ってくる。

 

惜しげなく晒す素肌。

豊満なバストは一歩ごとに揺れに揺れ、その動きは剣華の瞼の裏に強く根付いた。

目を閉じれば暗闇の向こうにリフレインする。

 

すごいと女ながらに感動する。

胸ってあんなに大きくなるんだと。

 

胸をぷるんぷるんさせながら、百代は剣華の隣に腰かけた。

 

「私も入るぞ。洗いっこしよう」

 

「……」

 

そう言われてなお剣華の目は百代の胸元に固定されている。

百代は「ん?」と不思議がる。

 

知らず知らず、剣華の手は動いていた。

ムニリと柔らかい感触に包まれる。

 

「……」

 

「お……?」

 

ムニムニと揉む。

掌が埋まるほどの大きさと柔らかさ。

バストサイズ91とはここまでのものなのかと驚愕する。

無意識に揉む手に力が籠った。

 

「け、剣華ちゃん?」

 

当然のことながら、揉まれる当の本人は困惑していた。

まさかいきなり胸をもんでくるとは普通思ってもみない。

 

百代も18歳の女の子で。

この年頃の女の子は既に子とは言えぬ成熟した身体つきをしているわけで。

こう熱心に揉まれると変な気分になってしまうわけで。

 

「んっ……」と変な声が漏れてしまう。

 

剣華はその声を聞いてぴたりと動きを止めた。

一心不乱に夢中になっていたのが正気に戻る。

「やばい」と思考が停止した。

 

剣華は同性愛者ではない。

今、百代の胸を熱心に揉んでいたのは持たざる物への強い関心があったからだ。

 

しかし揉まれた本人にそんなことは関係ない。

この一か月少々の短い付き合いで、百代と言う人格は大体把握出来た。

その上で「やばい」と思った。

 

がしっと強靭な力で肩を掴まれる。

 

「――――これは誘ってるってことでいいんだよな?」

 

「ちがう……っ!!」

 

否定の言葉を百代は聞いていない。

力づくでタイルの上に押し倒された。

べちんと鈍い音が浴場に響いた。背中が痛い。

 

はあはあと荒い呼吸。

胸が大きく上下して頬は朱に染まっている。

本当に同性愛者だったとは……。

 

剣華は頬を引きつらせて、足で蛇口をひねった。

シャワーヘッドから不意打ちの水責めが百代に襲い掛かる。

 

「ひゃぁっ!?」

 

可愛らしい悲鳴。

押さえ付けていた力が緩み、剣華は百代の下から脱出した。

全開になったシャワーヘッドを片手に攻勢へと打って出る。

 

「ちょ、つめたっ!? 冷たい!」

 

「…………」

 

「やめろ! タンマタンマ!!」

 

無言で責め立てる剣華。

冷水に怯む百代。

 

もうしばらくこの形勢は続き、シャワーの音と女二人の楽しそうな声が浴室の外まで鳴り響く。

外から帰ってきた一子が「お姉さま楽しそう」と呟き、スケベ爺が中の状況を想像する。

 

二人の入浴は一子が止めに入るまで、約一時間を費やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜遅く「送っていこうか」と言う百代のイケメンボイスを固辞して、剣華は夜道を歩いている。

夜空には星はあまり見えない。三日月だけが今唯一見えるお星さまだった。

こう言う所は編入前も後も変わらない。

天神館のある福岡でも星はあまり見えなかった。

日本に来てから満足に星一つ見えないことを剣華は不満に思っていた。

 

――――昔はもっと綺麗な景色が広がっていたのに。

 

澄んだ空気を肺一杯に吸い込む。

喉元まで込み上げていた不満も一緒に飲み込んで、携帯を取り出した。

 

工藤へのメール。

 

『今日百代と決闘をした』

 

そんな感じの文章を打った。

送信。

 

返信が来るかと暫く画面を見つめていたが、数分たって返信がない事を知ると携帯をしまい込む。

常々マメで大体すぐに返信する工藤だが、時折連絡の取れなくなる時期がある。

今がその時期なのかは不明だが、まあそうなのだろうと何となしに決めつけた。

 

暗闇にひとりぼっち三日月だけが輝く夜空。

それをもう一度だけ仰ぎ見て、家へ向けて小走りに駆け出した。

 


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