西方十勇士+α   作:紺南

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お姉さんの面目躍如


十五話

川神学園の生徒たちは茫然と目の前の光景を見ていた。

 

決闘から始まり、暴風、決闘、また決闘。

そして九鬼家のあの厳つい執事が乱入したと思ったら、何故か武神が少年に奥義を放つ。

奥義によって巻き起こった土煙が晴れたら、そこには無傷で立っている少年。

 

激動する騒乱。

何が起こっているのか、部外者が推測出来ようはずもない。

ただただ目の前の光景を、不思議と疑惑と茫然の眼で見ていた。

 

「無事かー、剣華ー?」

 

視線を一身に受ける渦中の少年は、地べたに座る少女に近寄りながら気楽に言った。

左手はポケットの中に入れ、右手は身振りに使っている。

 

手のひらを天に、肩をすぼめながら頭を傾ける。

 

――――ド偉いことになっちゃった。

 

そんな内心。

剣華は呆れつつ、問いかけには頷いた。

 

「ならよし。じゃあとっとと説明しとくか」

 

何が起きたか、なぜ起きたか。

その説明。考えると気が重くなる。

 

――――やらなきゃよかった……。

 

しかし、やってしまった以上やらないわけにはいかない。

 

剣華は立ち上がろうとする。

だが立ち上がれなかった。

 

瞬息の内、ヒュームが彼女のすぐ隣に立っていた。

剣華は先ほどの瞳を思い出し、身が縮こまった。

蛇に睨まれた蛙の様に、動きたくても動けなくなった。

 

「小僧、今回だけは大目に見てやろう。だが、次はないぞ」

 

言い切って、剣華には目もくれずヒュームはいなくなった。

現れたときと同じように、立つ瀬を濁さずいつの間にか姿は消える。

 

クラウディオがゆったりと後を継いだ。

 

「工藤様。ヒュームの言った通り、今回のようなことはこれっきりにしていただきたい。次は、こうはいきませんので」

 

分かりやすい警告。

それも九鬼家従者部隊の一桁ナンバーからのものとなれば、効果は一入だ。

 

「ああ、了解了解。次はちゃんと前もって言っておくよ」

 

だと言うのに、工藤は少しずれた回答をする。

それは『またやるぞ』と暗に言ってるようであった。

クラウディオはもう何も言わない。

その微笑みに威圧感が増していた。

警告から脅しへと。

 

工藤は笑って受け流す。

 

二人。

笑って、笑って、眼だけは笑っていなかった。

刺々しい空気が二人の間を満たす。

沈黙の笑い合いが数秒続いた。

 

二人の様子をうかがっていた剣華が、その空気を縫いぽつりとつぶやく。

 

「……腰が抜けた」

 

刺々しい空気が雲散する。

紳士たるクラウディオが、工藤が何か言う前に声を掛けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……まあ、はい」

 

覇気はない。自信もない。信憑性がない。

 

立とうとして、でも立てなくて。

困ったように眉根を寄せて、剣華は工藤に助けを求めた。

 

「立てない。立たせてほしい」

 

左腕を工藤に伸ばす。

Tシャツの裾を掴んだ。

 

工藤は胡乱気にその手を見る。

表情は困惑しているようでもあった。

なんでこんなことをするのかわからないと言う風にじっと見る。

 

やがて、工藤は右手で剣華の左腕を掴んだ。

その動きに丁寧さは欠片もない。

乱暴に、粗雑に立たせようとする。

 

剣華は導かれて、難なく立ち上がった。

 

「ありがとう」

 

一言礼を言って、校舎前に固まっている一段の元へと歩き始める。

 

その背を追う工藤に、クラウディオは苦言を呈した。

 

「レディは、丁重に扱うべきです」

 

「嘘吐くような奴にも?」

 

「貴方を心配してのことでしょう」

 

工藤は肩をすくめた。

心配される謂れはない。

 

 

 

 

 

校舎前では待ちくたびれた様子の生徒がたくさんいた。

燕は工藤たちを観察し、義経はハラハラと慌てふためき、弁慶与一は警戒する。

武神は、何故か浮き浮きしていた。

 

「さて、説明してもらえるじゃろうな?」

 

代表して鉄心が尋ねる。

その言葉は、教師と生徒とで齟齬を生じさせるものであった。

 

生徒たちは一から説明してほしいと思っている。

しかし鉄心は、なぜこのような事態を引き起こしたのかを問うている。

 

鉄心は剣華の体質のことを既に知っている。

教師たちにも通知は済んでいる。

 

編入手続きの際、工藤が大丈夫だと太鼓判を押した。他人に危害は加えないと。

ならばと鉄心も転入を許可し、協力を約束した。

 

剣華が川神にいる間の処置については、三人の間で話しが付いていた。

放課後にでも百代に話をするつもりだった。

一先ず、間違っても転入初日に発作を起こさぬようにしておく手はずだった。

 

にもかかわらず、このようなことが起きた。

しかも、鎮圧したのは偶々川神市にいた工藤自身だ。

 

"偶々"であるなど騙されるはずはない。

故意に起こしたと考えるのが普通だ。では、なぜなのか。

 

剣華は生来からの不器用さと口数の少なさとで、簡潔に答えた。

 

「認知と証明のため」

 

鉄心は眼を眇める。

無言で続きを促した。

 

「わたしの体質は、場合によっては危険極まりない物。そんな物を隠して転入するのはフェアじゃないと思った。新しいクラスの人たちにも、選択する権利がある」

 

認知とはすなわち、真の自分を知ってもらうこと。

 

「今日の暴走は、考えられる限りで最悪なものだった。溜めに溜めた気が一息に漏れ出た。

 完全に正気を失っていた。あれ以上は、ありえない。あれを見たうえで、判断してほしい」

 

――――わたしを歓迎するかどうか。

 

その場にいる人間は、全員険しい表情をした。

最悪の最悪、『あれ』を定期的にぶちかまされる。

命が危険に脅かされることが多々ある。

 

それをを許容できる人間はそうそういない。

 

重苦しい空気の中、燕が口を開く。

 

「ふぅん……。大体の事情は分かったよん。それじゃあ、もう一つの方。何を証明したかったの?」

 

「わたしがあの状態でも人に危害を加えることがないことを」

 

一同の視線が剣華に吹っ飛ばされた川神一子に向く。

彼女はすでにダメージから回復し、百代たちに混ざって話を聞いていた。

 

不憫そうに話を聞いていた一子は予期せず大勢の人間に見られ、照れる。

 

「彼女は無し。攻撃してきたから」

 

正当防衛と言うやつか。

一同は納得する。じゃあ長宗我部もなしだろう。

 

じゃあ……あれ? でもそれじゃあ……。

 

その場の全員が工藤を見た。

彼は長宗我部を地面から引っこ抜き、「水だ、飲めー!」と飲料水を振りかけていた。

 

「…………あいつも、除外」

 

剣華の眼が泳いでいる。

痛いところを突かれたようだ。

 

それを最も早く敏感に察知したのは鉄心。

きらりと眼が光る。

 

「除外と言うてものう……。はてさて……」

 

鉄心は鬚を触りながら難しそうに呟いた。

チラリと見えるその双眸には、悪戯心が浮かんでいた。

 

それに、話すまでは許さぬと言う好奇心故の固い決心が感じられて、剣華は観念する他なかった。

どの道、他の生徒たちも理由を告げられずに除外と言うだけでは納得できるはずもない。

 

「あいつには……その、調教されて……」

 

言ってみて、余りの羞恥に両頬を染め俯く剣華。

思春期の子供にとって、『調教』の単語が放つ卑猥さは耐え難いものがある。

 

同様の理由で、周囲の男どもは何やら感じるところがあったのか。

カメラで激写し、あるいは息を荒げる。

反対に、女衆は工藤に厳しい目を向けていた。

 

どこぞの一級ブリーダーだけが居心地悪そうに身を揺すった。

 

「具体的には!? どんなプレイを!?」

 

カメラを持った変態が声高らかに尋ねる。

その益体のない姿勢は、女子に「デリカシーがない」と嫌われるのには十分で。

しかし彼の勇士に惹起され、他の変態共も声を上げ始めた。

 

薄気味悪い視線を浴びて、剣華は身を縮こませながら言葉を紡いだ。

 

「…………何回も何回も、負かされて――――」

 

何に負けたんですか?

男どもは声もなく一心に思った。

 

「それで、いつの間にか身体に覚えさせられてて――――」

 

何を覚えさせられたんですか!?

もはや対面もなく身を乗り出す変態ども。

 

「正気を失くしたとき、思うの――――」

 

「なんて思うんですかぁ!?」

 

「――――殺したいって」

 

最後だけ、嫌でも印象に残るほどの低音だった。

眼も据わっていて、本気の殺意が籠っていると素人でも分かってしまう。

 

そのおかげで、身を乗り出していた大半の男どもは沈静化した。

数人の上級者だけ「ヤンデレ……、はあ、はぁ……」と手の施しようがなくなった。

 

軽蔑の視線と同情の視線が辺りを満たしたころ、ようやく渦中の人物がここまでやってくる。

 

「風評被害も甚だしいな」

 

そんな文句をぶら下げながら、工藤は剣華を取り巻く集団の中を割って入る。

女子からの軽蔑と、男子からの嫉妬の視線は、中々に攻撃的であった。

 

「まあ、お前らの考えてることは一片たりともやってないから安心しろよ」

 

「……ほんとにヤッてないのか?」

 

「ないんですよ、武神さん。おれも、あいつも、まだ、初物。生娘、生息子」

 

「ほーう?」と川神百代が真偽を伺う横で、松永燕がオホホと口を隠しながら笑っていた。

アイドルなんてやってる身の上で、そういう話題にはあまり入りたくないのか、少し心理的な距離を取っているように思えた。

 

工藤は、鬱陶しい周囲にそれ以上構うことなく、話しを進めることにした。

 

「んじゃ、こいつの危険性は分かったかな? 2F諸君」

 

2-Fの生徒たちは、工藤の言葉に現実を思い出す。

 

「さっきのお遊びを見て、剣華の危険性については十分に分かってもらえたと思う。そのうえで、どう思うだろうか。仲良くできるか、出来ないか。素直な気持ちを聞きたいなあ」

 

工藤の言葉に、ひそひそと声がし始めた。

「さっきの……」「仲良く」「できるかな?」「ええぇ、無理じゃないかなあ」

 

漏れ聞こえる声を聞くに、仲良くできると思っているのは少数派のようだ。

やはりさっきの決闘はまずかった。

 

壁越えと言う圧倒的な暴力を持つ人間が、力を持たない自分たちに、それを向けてくるかもしれない。

その恐怖は、どれだけ「安全だ」と説かれようと消えてしまう類のものではない。

川神百代と言う一つの非日常を日常的に見てきたからこそ、生徒たちの警戒心は一層強い。

 

「わ、わたしは――――!」

 

ひそひそと好き勝手に言うだけだった生徒たちの中で、一人声を高らかに上げた人物がいた。

工藤は、その人物を見て率直に言った。

 

「おや、かわいい」

 

「か、かわいいってお姉さんのことですか!?」

 

名を甘粕真与。

2-F委員長にしてマスコット的存在の、ちょっと背伸びをするお年頃の少女である。

 

「はっはっはっは」

 

「なんで頭撫でるんですか!?」

 

工藤は真与の頭を撫でる。

背の低い彼女の頭は、工藤にとってちょうどいい高さでそこにあった。

しかも、彼女の「子ども扱いしないでください! 私は皆のお姉さんなんですよ!」と言う主張は、工藤の琴線にクリティカルにヒットして、子供可愛がりしたくなる要因を水増ししていた。

 

工藤は子供が大好きなのである。

 

「それで、何かな。あ、飴とか食べる? ちょっと買ってくるけど――――」

 

「だから子ども扱いしないで下さいよ、もう!」

 

ぷんすか怒る真与は子供らしくてかわいい。

2-Fどころか、学園全体の総意である。

 

「そうじゃなくて、剣華ちゃんのことです!」

 

「ああ、そうだったそうだった。――――それで?」

 

工藤が真面目な表情に戻った。

ほんわかとした空気は雲散し、みな表情を引き締める。

工藤の手がうずうずと動いているのを剣華は見ていた。

 

「わたしは、剣華ちゃんと仲良くしたいと思ってます」

 

「へえ」

 

決して大きく言ったわけではないその言葉は、しんっと静まり返った周囲の空気を大きく震わせた。

工藤は面白そうな表情で理由を問う。

 

「さっきの見てたよね。あれ見てもそう思えるんだ?」

 

「見てました。だからこそ言えるんです。私は剣華ちゃんと仲良くしたいです!」

 

真与は剣華の眼を真正面から見据えて続ける。

 

「剣華ちゃんは、とっても不器用さんなんだと思います。本当はみんなと仲良くしたいのに、自分の体質のことで仲良くできない。傷つけてしまうかもしれない。だから、一番最初に自分の悪いところをうんっと見せつけて遠ざけるんです」

 

剣華は、真与のその眼に神聖な穢れの知らない純粋な部分を見て目を逸らす。

そうして俯いてしまった剣華に構わず、真与は言い募った。

 

「確かに、剣華ちゃんは一見して危ないように見えるかもしれません。

 さっきの決闘を見れば余計にそう思うでしょう。

 でも、私はこうしてピンピンしてます。攻撃したワン子ちゃんも、あちらの長宗我部さんもピンピンしてます。

 それが何よりの保障です! 剣華ちゃんは、私たちを攻撃したりしません!」

 

俯く剣華の顔は、耳まで赤い。

こうまで純粋且つ全幅の信頼を寄せられたのは、彼女のこれまでの人生を振り返ってもほとんどなかった。

だから、気恥ずかしさで顔を上げられない。

 

今、剣華が真与の顔を直視すればとても面白いことになりそうだと工藤はにやにや笑う。

 

「みなさんも、剣華ちゃんを信じてあげましょう!

 新しいクラスメイトを外側だけ見て仲良くしないだなんて、お姉さんは悲しいです!

 接して、関わって、それで判断するのはどうでしょうか。クラスメイトとして彼女の事を知ってからでも、決めるのは遅くないはずです!」

 

肩で息をする真与は、言いたいことは言い切ったと深く息を吸い込んで吐き出す。

それを聞いていたF組生たちは、しばらく何も言わずに真与を見つめていた。

 

どうするか、どうしたいか。

 

彼ら彼女らの頭の中は、回転に次ぐ回転で答えを導き出している。

いち早く答えを出したのは、真与の親友である小笠原千花だった。

 

「まったく、真与は……」

 

小さく呟かれた言葉。

その端に乗っているのは、しょうがないなあと言う諦めである。

 

「いいよ。あたしも乗ってあげる。一先ず答えは出さないで、普通に接することにしてあげる」

 

「千花ちゃん……!」

 

「まあ、よくよく考えれば真与の言う通り、橘さんあたしたちには何もしてないしね」

 

真与の満面の喜色に、千花は頬をかきながら言った。

 

――――何もしていないって言うけど、未遂に終わっただけできっちりやってたぞー。

 

空気を読む工藤その他は、それを胸の内に飲み込む。

 

そうして両人が友情を育むのを余所に、その二人を見ていた他の面々も肯定の意を見せ始めていた。

 

「まあ別の意味で危ない武神みたいな人もいるし」

 

「んー? 誰かな今言ったのは。川神バスター炸裂しちゃうぞ?」

 

そんな感じで、渋々ではあるが「まあ普通に接するのも吝かではない」と言う空気が多数派となったところで、この話の終結は決定した。

 

「しゃーねえ。仲良くするか。…………まあ可愛いしな」

 

「鼻の下伸ばしながら言っても、全然仕方なさそうに聞こえないよ」

 

「俺は最初っから仲良くしようと思ってたぜ。だって可愛いもん」

 

「ヨンパチは懲りねえなあ。――俺も良いぜ。面白そうだしな!」

 

次々に出る賛成意見に、反対意見を持つ人間は口を挟めなくなる。

仮にここでそれを言おうものなら、「空気読めよ」と同調圧力を一身に受けることになるだろう。

そんなもの意に介さない人間というのも勿論いるが、不幸なことにそう言った人たちは皆賛成側か、もしくは蚊帳の外に居る。

 

残念ながら、今この場で異論を挟める人間はこの場にはいなかった。

 

「話はまとまったようじゃな」

 

主要な人間が賛成を告げ、少し待ってそれ以外の人たちが何も言わないのを確認して、鉄心が割って入る。

 

「ふむ。わしの方からもみなによろしく頼む。面接してみた限り、どうにもこの子は寂しがりやなようじゃ。

 クラスメイト同士、仲良くしてくれると嬉しいのう」

 

「任された!」と部外者の百代が今日一番の大声で宣言する。

それに一子を始め風間ファミリーたちがツッコミんで和やかな空気になった。

 

一しきりその空気を堪能したところで、鉄心が述べる。

 

「なら、みな一先ずクラスに戻りなさい。ホームルームはとうに終わっておる。

 学生の本分は勉強じゃ。しっかり励みなさい。

 ――――そこの二人はこれからお説教じゃ。断りなく好き勝手やってくれたからのう」

 

「ビシビシ絞るヨ」

 

鉄心に言われ、生徒たちが校舎に戻ろうと踵を返し始める。

何人かは剣華に「あとでね」と声もかけている。

その言葉を受けながら、けれど剣華は全員を呼び止めた。

 

「待って」

 

集まる注目。

剣華は緊張で唾をのみ、胸の前で手を組み合わせた。

 

「えっと……。気に入らない人も、仲良くしたくないって人もいると思うけど、その……あの……」

 

ほとんど衝動で呼び止めてしまったがゆえ、出る言葉は纏まっておらず要領を得ない。

何が言いたいのかと幾人かが首を傾げた。

 

見かねて工藤が肘で剣華を突っつく。

 

――――そういう時はシンプルに言えば良い。

 

そのアドバイスに、こくりと頷いた剣華は皆に向き直って頭を下げた

 

「――よろしく、お願いします」

 

こうして、橘剣華怒涛の自己紹介は幕を下げた。




忘れていたわけではありませんが、クリスさんはマルさんに抱きかかえられて保健室に直行しています。
次話あたり、いつもの調子で出てくるかと思います。


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