西方十勇士+α   作:紺南

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十四話

突然の工藤と長宗我部の登場に、百代と燕は動けないでいた。

彼らが朝の勝負以後、まだ川神市に居たのは知っていたが、まさかこのタイミングで川神学園に訪れるとは思ってもいなかった。

 

明らかに狙ってきたこのタイミング。

工藤は串団子片手に剣華を見ている。横の長宗我部は一心不乱に団子を食べていた。

その様子は茶化しに来たと思われても仕方がない。

 

「はは」

 

剣華がどう思ったのかは定かではない。

ほんの僅かに笑った彼女の内心が怒りかどうかなど知る由もない。

 

ただ、剣華は攻撃に移っていた。

先までの不安定な足取りが嘘のように、剣華は目を見張る速度で工藤の目の前に移動する。

 

殺気を撒き散らしながら、首を獲ろうと放たれた手刀は、しかし工藤の右手に防がれていた。

金属同士がぶつかり合う音がする。柔らかい人の肉は、気で鋼鉄の様に頑強になっていた。

 

数秒、せめぎ合いながら二人は見つめあう。

横でわれ関せずに団子を食べる長宗我部の姿が非常にシュールだ。

 

「どっこいせ」

 

言葉の軽さと裏腹に放たれた蹴りは、少女の柔らかくも鍛えられている腹筋に命中し、剣華は数メートル吹っ飛んだ。

 

何度か跳ね、土煙を撒き散らしながら猫の様に着地した剣華。

長宗我部が口の中の物を呑み込み叫ぶ。

 

「充電完了! いってくる!」

 

「いってらっしゃい」

 

オイルも被らず走り出した長宗我部。

工藤は団子を頬張りながらその勇士を見守っていた。

 

「はぁっ!!」

 

力自慢の長宗我部は応戦されそうになった所で、上手く両手を組み合い力比べに持っていく。

少々苦しそうな表情の剣華。しかし力比べは五分といったところ。

 

両者ともに歯ぎしり。

メンチを切り合い、ずるずると足が下がる。

 

譲らず、譲れず。

もう暫し、どちらかが疲労するまでこの攻防は続くかに見えた。

 

しかし、剣華の視線が僅かに逸れる。

目の前の長宗我部から、遥か向こうの工藤へと。

 

長宗我部はそれを好機だと見て取った。

伯仲する攻防戦の中に生まれた一筋の勝機。

 

あらん限りの力でこの均衡を打ち破り、勝利を掴み取ろうと勝負を仕掛ける。

 

「ふんッ……!!」

 

低い声が筋肉の膨張と共に口から漏れ出る。

長宗我部最大出力。

 

剣華はそれを受け止めることはせず逆に力を抜いた。

 

重心すら前に置き力を込めていた長宗我部は、突然のそれに対応できず前につんのめった。

足はたたらを踏み、表情は「しまった」と苦渋に満ちる。

 

剣華の左拳がみぞおちにクリーンヒットした。

 

「がッ!!」

 

肺の空気は押し出され、呼吸ができない。

腹部の痛みに、知らず知らずの内に前傾姿勢となる。

止めは、延髄へのかかと落しだ。

 

敗者の顔が地面に埋まる。

 

勝者は荒い息を整えながら、校門前に居る工藤の元へ。

徐々に縮まる二人の距離。

 

剣華は足を動かし工藤は口を動かす。

スタスタ、もぐもぐと二人は睨みあい見つめ合いながら近づく。

 

その距離が五メートルも縮まったところで投げ放たれた串が、第二ラウンド開始のゴングとなった。

 

初手は剣華。

手刀に乗せられた気は剣気。

右手の動きと共に放たれた気は、目標を切り裂くまでは止まらない。

地面には深い斬撃が跡となって残る。

 

しかし、工藤はそれを易々と躱した。

左斜め前へ走り出す。彼のすぐ右、紙一重の距離を斬撃が通り過ぎる。

 

壁を越えた同士の戦いだ。

数メートルの距離など一瞬にも満たない。

 

顔がくっつくまで近づく二人。

即座に剣華は左手で工藤の身体を切り裂こうとする。

同じく工藤も拳で応戦する。

 

全てを切り裂く剣華の手刀は、しかし工藤の拳を切り裂けない。

数十の応酬を経て、彼の拳には傷一つない。

一体どれ程の量の気を拳に纏わせているのか。

 

見極めようにも、すでに剣華にその余裕はなかった。

手刀を繰り出すにつれ、気の総量が少なくなっている。

入ってくる量と排出する量が全く釣り合っていない。

この後に及んで、工藤は発する気をセーブしている。

 

このままでは後数分で枯渇してしまうだろう。

 

一番初めのあの暴風で身体の気を解放し過ぎた。

我慢して我慢して我慢してのあの解放だ。

確かに気持ちよくはあったが、後のことを考えるのならもう少し自重するべきだった。

 

無意識の舌打ち。

女の子には少々はしたない行為。

 

勝つために次の一手は……。

 

「……仕方ない」

 

剣華は手刀の乱打を止め、一時距離を取る。

工藤が追撃してくることはない。立ち止まっている。

 

出会ったころからそうだ。

彼は剣華が何かしようとすると、それを止めることはなく観察に徹してしまう。

ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべて、「何してくんのかなー」と余裕の態度で迎え撃つのだ。

 

それが剣華にはむかついて仕方がない。

剣華にとって、今行っているのは死合いだ。

もし死んでも決して文句は言えない。

殺すか殺されるか、命を奪い合う戦いだ。

 

だと言うのに、いつも工藤は圧倒的強者の立場で先手を譲ってくる。

挙句の果てには大技を出す溜めを見守る始末。

 

ふざけるな。

何が死合だ。こんなのはただの指導だ。

私はお前に指導されるほど弱くない。お前より強い。

証明しよう。だから、

 

「死ねぇっ!!!」

 

右手に溜めた気。

それは、特に五本の指に集められていた。

隙だらけに大振りされた右腕は突風を巻き起こし、腕の延長上にある物は全て獣に襲われたが如く引き裂かれる。

 

建物はもちろん、大木も地面も空気すらすべて切り裂く。

そう言う技だった。

 

「ジェノサイド・チェーンソー!!」

 

その技は、突如乱入した金髪の老人の足蹴り一つで相殺される。

技同士がぶつかり合って衝撃波が生み出された。

 

竜巻の様な衝撃波は剣華どころかその遥か後ろまで到達する。

 

剣華はハッとして校舎を振り返った。

今の衝撃波は校舎まで及んでいるはず。

見学に外に出てきたクラスメイトがたくさんいる。

余波とは言え、常人があれを受けたらただでは済まない。

 

そう心配してのことだった。

しかし、心配は無用だった。

 

学園長の川神鉄心。

川神院師範代のルー。

他にも名の知らない強者たちが人と校舎を守っていた。

 

見るに、一般生徒は全員無事だ。

 

ほっと息を吐き、その場に座り込む。

既に剣華に闘気はなく、それに伴い士気もない。

完全に正気に戻っていた。

 

「何を安堵している、赤子」

 

しかしホッとしたのもつかの間。

怒りに満ちた声音が剣華の耳に届いた。

 

ばっと前を見ると金髪の老人が憤怒の眼で剣華を睨みつけている。

剣華は慄いた。

 

目の前の老人は九鬼従者部隊の0番。ヒューム・ヘルシング。

いわゆる、世界最強の武人だった。

 

そんな人物が殺意すら籠っている眼で剣華を睨んでいるのだ。

校舎には九鬼の御曹司と御令嬢がいる。

それを傷つけそうになったのだ。その眼から、やってしまったことの大きさが窺い知れる。

 

正気じゃなかったなど言い訳にもなるまい。

 

『殺される』

 

迫る死から逃れようと身体は勝手に動く。

無意識に足は力を込め、この場を離れようとしていた。

それを理性の力で制御した。

 

ガチガチと音を立てる歯を噛みしめ、顔を伏せる。

 

どうせ逃げ切れるわけがないのだ。

今の剣華は気を使い果たし一般人も同然。

最強の手にかかれば、そんな人間は赤子の手を捻るより容易く捕まってしまう。

逃げても逃げなくても結果は変わらない。

 

逃げた所でどうせ殺されるなら、もう無様に足掻く真似はすまい。

 

死ぬのは怖いし、やり残したこともたくさんある。

けれど、危害を加えてしまったのは事実だ。

赤の他人に、全く関係ない部外者に。

 

それは償わなければなるまい。

償うため潔く命を差し出そう。

 

俯いたまま、ぎゅっと目を閉じる。

カタカタと身体が震えているのが自分でも分かった。

 

一歩、ヒュームは剣華に近づく。

剣華の身体はその音に敏感に跳ねた。

 

ヒュームは目を細めた。

じっと険しい目つきで剣華を見る。

 

――――怯えている。だが、逃げる意思はない。

 

ヒュームは、そんな少女をそれ以上責め立てることはしなかった。

代わりに、少年を責め立てた。

 

「小僧、分かっているのだろうな?」

 

「ん、なにが?」

 

「契約違反だ」

 

九鬼帝と交わした契約。

それに違反したとヒュームは主張した。

しかし工藤は反論する。

 

「いやいや、誰にも危害加えてないだろうが」

 

「加える寸前で俺が止めた。止めきれなかったがな」

 

壁を越えた人間があれだけ気を溜めた末に放った技だ。

いくら最強と呼ばれるヒュームでも、余波まで全て受けきるのは不可能だった。

仮に工藤が何らかの方法であれを受け止めても、やはり余波で周囲に危険が及んだだろう。

 

そうヒュームは結論付けている。

 

だが、工藤は納得しない。

お前が無理でも俺は止めれた。

傲岸不遜にもそう言い始めたのだ。

 

「お前があれを受け止めきれただと? ふんっ。冗談も大概にしろ。貴様では受け止めきれん」

 

「何を根拠に言いやがりますかねえ、このおっさん」

 

「……ならば、受け止めてみろ」

 

ジェノサイド・チェーンソー!!

 

再び放たれる奥義。

工藤はそれを受け止めなかった。

寸前で躱した。

 

「お前、馬鹿だろっ!! 衝撃波の話してんだぞっ!!」

 

「技一つ受け止めての衝撃波だ。まあ、これしきも受け止めれんようでは、やはり無理だったと言わざるを得んな」

 

「ああん?」と工藤はイラッとした。

 

殴るか、このおっさん。

 

久方ぶりの喧嘩である。

ヒュームは存在自体が喧嘩上等のようだし、別に構うまい。

 

工藤は拳を振り上げた。

 

「お止めなさい、二人とも」

 

だが、振り上げられた拳はすぐに下ろされる。

二人の側に、九鬼家従者部隊序列三番クラウディオ・ネエロがやってきていた。

彼は、いつまでも言い争いを止めず、挙句に拳を交わらせようとする子供二人に苦言を呈しに来たのだ。

 

工藤はクラウディオの言う事は大体聞くし、ヒュームもまた同じ。

やれやれと吐かれる嘆息は、彼らの扱いに長けていることを表していた。

 

「久しぶりクラウ爺」

 

「お久しぶりでございます、工藤様」

 

工藤は背筋がむずがゆくなった。

様を付けて呼ばれることには慣れていない。

 

何とかならないかなその呼び方。

何ともなりません。

 

そんな会話が交わされる横で、ヒュームは従者部隊の桐山鯉から報告を受ける。

 

「ヒューム卿。確認しましたところ、負傷者はゼロです」

 

「そうか」

 

「もちろん、クリスティアーネ・フリードリヒ様を始め攻撃を仕掛けた人物は例外ではありますが。

 しかし、それ以外の生徒にはかすり傷一つありません。もう一度言わせていただきますが、負傷者はゼロです」

 

「……しつこいぞ桐山。報告が終わったのならとっとと失せろ」

 

桐山鯉は一礼してその場を立ち去った。

ニコニコと裏のありそうな笑顔は桐山の専売特許であった。

 

「さて、工藤様。先ほどの戦闘の件ですが」

 

「うん」

 

クラウディオが世間話もそこそこに、本題に入る。

 

「正直に申しまして、私もヒュームと同意見です」

 

「ほう」

 

工藤は頭を捻る。首を捻って、身体も捻る。

その眼はクラウディオから空へと上った。

「どうしようかなぁ」と呟いた。

 

剣華を見る。

いつも青白い顔をしている彼女だが、今はそれに増して青い。

 

気分が悪いと言う事ではないだろう。

ヒュームが怖かったのだろう。

 

そういうことなら大丈夫そうだ。

少しぐらいなら耐えられそうだ。

 

「よし分かった」

 

工藤の言葉に、クラウディオは意外そうな顔をした。

諦めるのか。眼がそう言っていた。

そんなわけはない。

 

「武神ー!」

 

遠く、蚊帳の外に置かれていた一団。

その中で暇そうにしていた川神百代。

いきなりの呼び掛けに、彼女は少し戸惑う。

 

「川神波撃ってー!」

 

「は……?」

 

続く言葉に、余計に困惑する。

突拍子もない。さすがの武神も、通りすがりの知人に奥義をぶっ放す趣味は持ち合わせていなかった。

仮にそんなことをすれば間違いなく鉄心の逆鱗に触れるだろう。

頼まれようとやるわけにはいかない。

 

工藤は、そんなこと知った事じゃないとばかりにcomecomeと、「ここ、ここー」と手を大きく振り合図を出す。

いつでも来いやと態度が物語っていた。

 

「え、何言ってんの? 彼」

 

百代の横で燕がドン引きしている。

どうしたものかと、百代は舎弟の大和に助けを求めた。

大和は続く騒乱に頭が付いて行っておらず使い物にならなかった。

 

「モモ、やってやりなさい」

 

助け舟は意外なところから出た。

鉄心が許可を出したのだ。

 

「……いいのか? じじい」

 

「構わんよ。思いっきりぶちかましてやんなさい」

 

こんな所で本気で川神波を撃ったらどうなるか考えていないのだろうか。

 

それとも、そんな事関係なくなるほど怒ってるのかと百代は思った。

撃っても被害は近くにいるヒュームが抑えてくれるだろうし、さっきの戦闘から工藤は壁越え確実だから死にはしないだろう。

それを考えればお仕置きには丁度いいとも言える。

学園内で無茶苦茶やったお仕置きかなと。

 

鉄心は一見好々爺ではあるが、怒るときは怒る。

特にエロ関係で。

まあ、今の表情は柔和な笑みで別段怒っていないのは明白だが。

 

そんな感じで、普段あまり使わない頭を使って己の行動を正当化したところで、

 

「じゃあ遠慮なく」

 

武神は構える。

先ほどの戦闘を見てずっとウズウズしていたのだ。

何やら思惑が渦巻いていて、それに利用されている感じはしないでもないが、どうだっていい。

この欲求不満が解消されるなら。

 

狙いは工藤。

気付けばヒューム達から少し距離を取っていた。

さっきから地面にへたりこんでいる剣華が不安そうに百代を見ている。

 

ひゃー、あの子やっぱ可愛いなあ。

あとでお近づきになろうっと。

 

場違いにもそんなことを考えた。

 

右手に溜めた気が目に見えるエネルギーとなって淡く光りはじめる。

臨界点に達したところで、拳を突き出す様にぶっ放した。

 

その技は端的に言ってビームである。

オレンジに輝く一筋の極太ビームが工藤に迫る。

 

工藤は一度大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

彼の身体から闘気が湧き上がる。陽炎の様に空気がゆらゆらと立ち昇る。

周囲の温度が数度上がった感覚にみまわれた。

 

工藤は左手を突き出す。

迫る奥義に、彼がやったのはそれだけだった。

川神波と彼の左手が衝突した。

 

せめぎ合い、鍔迫り合い、競い合う。

彼の者を打ち破らんとする気持ちは百代にはなかった。

撃ってと言われたから撃っている。

ただそれだけだ。

スロースターターである彼女は、いきなり全力は出せない。

今襲い来ている奥義も、全力とは程遠い。

 

それが彼にとっては好都合だった。

 

工藤は川神波を握りつぶす。

余波が生まれないように、手のひらの中で衝撃さえも封じ込めて徹底的に押しつぶした。

 

奥義による轟音が消え、耳が痛いほどの静寂の中、工藤は満面の笑みで問いかける。

 

「なにか、言いたいことはあるか?」

 

クラウディオは微笑み、ヒュームはつまらなそうに鼻を鳴らす。

立ち昇る煙はすぐに収まった。

 

 


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