西方十勇士+α   作:紺南

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当初の予定では、夏休みに風間ファミリーを天神館に招く展開だったのですが、文章量削減のため丸っとなかったことにし、9月から新展開どーん。


第二章 橘剣華
十二話


「そう言えば、知っていたか先輩。あの松永燕が川神学園に転入したらしいぞ」

 

「へえ」

 

東西交流戦から三か月あまり。いつの間にか夏休みも過ぎ新学期が始まっている。9月だと言うのに、まだまだ残暑は厳しい。

 

川釣り海釣りバーベキュー、花火も祭りもご無沙汰で、ここ最近忙しく過ごしていた反動もあり、久方ぶりの休日を隣にむさ苦しい男を連れて過ごす今日この頃。

 

多馬川の河川敷で釣竿を振り、釣れるかな釣れないかなとただ待つこの時間。

正しい休日の過ごし方かと問われれば、まあ胸は張れるかな。

 

「俺様もびっくりだ。天神館を蹴って京都の学校に通っていたはずだが、まさかこの時期に転校とはなぁ」

 

「ふうん。……そう言えばなんかゴタゴタ言ってたな。丁度いいじゃん。挑めば? わざわざ武神に固執しなくても、勝てそうなところ狙うのが賢いぜ。落ちた名声を上げたいだけなんだし」

 

「俺様もそう思って今朝挑みに行ったんだがな。断られた。まあ、関西の武士娘はどれも身持ちが堅いから仕方ない」

 

朝、食事の時間になっても見ないと思ってたら松永の所に行き、そんで断られていたと。

行動力に満ち満ちてる。あちらさんも迷惑だろう。大抵の店が開くのだって9時ぐらいだ。どうせだから10時ぐらいから行っとこうぜ。

 

「朝っぱらから迷惑な奴だな。もっとゆっくり過ごせないのかね――――おっと」

 

言ってる間に、釣竿に確かな手応えが来る。

お高めの魚肉ソーセージ付けた甲斐ありましたかね。

ソイヤソイヤと乱暴に竿を引き、それが魚じゃないと確信を得られた時点で思いっきり釣り上げる。

竿の先には女の子がかかっていた。

そこまでは予想通り。しかし予想に反して髪の色が茶髪だ。全体的にちんまい気もする。恰好はスク水か。

……あれ? この人だあれ?

 

もぎゅもぎゅとウインナーを頬張る女の子を見つめる。

それ思いっきり川の水に浸かってるよ。食べちゃって大丈夫? 危なくない?

 

そんなことを考えていると、不意に女の子と目が合った。

女の子はまじまじと俺の顔を見、ごくんと口の中の物を飲み込む。釣り糸にぶらさがって首を捻る。

「あー!」と声を上げた。

 

「交流戦で見た人だわ! あたし川神一子。川神学園二年生よ!」

 

「おや」

 

元気のいい挨拶。清々しい笑顔。この女の子は今の状況に何ら疑問を抱いている様子はない。

さすが川神だよなあ。釣りしてたら元気な女の子が釣れるなんて、そんな状況あるもんじゃないぜ。桃太郎もびっくりだよな。

 

上手いこと針を避けて食ってた川神一子は、針に刺さってる部分を未練がましく見た後、ウインナ―から口を離し岸に上ってきた。俺の持つ釣竿と釣り餌の入ったビニール袋を見る。

 

「釣りしてるの? でもここら辺の魚は高級な餌を使わないと中々食いついてくれないわよ。この餌を使うぐらいなら素潜りの方が獲れるわ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

その姿は見る者の気分をよくする効果を持っているようで、大分俺の気分もよくなってきた。

なるほど。川神一子。こいつがねえ。その名前に聞き覚えがありまくる上に、生徒名簿にもあったかな。さてどうしたもんかね。

 

「お嬢さんこれお食べ」

 

「え、くれるの?」

 

魚肉ソーセージを差し出してみると、ヤッターと尻尾が幻視できる勢いで駆け寄ってくる。

ぐまぐま頬ばる姿は癒し一色。犬みたい。

しかし知らない人から食べ物を貰っちゃいけないと飼い主は躾けなかったようだ。

 

「よいしょ」

 

「んぐ?」

 

無防備な川神一子の頭をアイアンクローの要領で掴む。

不思議そうに見てくるのを安心してもらうため微笑む。

そんでもって吊り上げてから――――。

 

「リリース!」

 

川へぶん投げた。

「みぎゃー!?」と叫び声を上げながら川へ帰っていく。

桃太郎は桃と一緒に川に流されましたとさ。めでたしめでたし。

結構下流の方へ投げたからもう帰ってくることもなかろう。もし一周したらまた会おうぜ。

 

「次の餌は、と」

 

餌に魚肉ソーセージを使ったのが失敗だったのかもしれないな。

今度は普通のソーセージを使ってみるか。

 

「で、松永に断られてどうしたって?」

 

「あ、ああ……。断れた際に何故だか納豆をもらってな。これなんだが」

 

松永納豆と大きく書かれているそれは、最近関西で美味しいと評判の納豆で、スーパーなどでよく見かける様になったものだ。

 

小さく試供品と書かれている所を見るに、お近づきの印とかそう言うわけではなく、ただの宣伝のために渡したらしかった。

商売根性たくましいな。さすが関西武士娘。

 

「美味いのそれ?」

 

「分からんが、『お連れさんにも』ともう一パックもらっている。あとで食べよう」

 

「へえ。それはそれは」

 

長宗我部に連れが居る事を知っているのは、つまり俺の行動も筒抜けか。

まあ、松永個人が俺に注意を払っている訳でもないだろう。俺、あいつと接点ないし。

となると、まあ九鬼辺りが情報源かねえ。

 

ははーんと頭上の多馬大橋を見上げる。

 

先ほどから橋の上に知り合いがいるのは気づいていた。一向に近づいてくる気配はなく、遠くから見ているだけなので不思議だったのだが、監視してたのね。

接触避けて遠くから見守るだけとか、実にらしくない顔ぶれだ。片方、用事あるならとりあえず銃口向けてくる人だし。もう片方はギャグの採点してほしくてウズウズしてるのが目に浮かぶ。

接触しないよう上からきつく言われてるのかもしれない。

 

一人は表面フランク、中身トラウマ保存機。

もう一人は表面クール、中身繊細と中々に面倒くさい人たちだが、一応命令には忠実だろう。

命令の出所はマープルかヒュームかそのあたり。

 

「おい、かかってるぞ」

 

長宗我部の声で竿が引っ張られているのに気が付いた。

手応えはさっきと同じだ。この感じは人!

何故だか、然したる興奮も喜びも感じられないまま竿を上げる。

そこには先ほどとは違う女の人が、もがもがとソーセージに食らいついていた。

 

髪は銀髪。長い髪を後頭部で纏めているのは川神一子と一緒だ。

お目当ての人物。ようやく会えましたねの挨拶代わりに、そこら辺に転がっている小石を少しばかり力を込めてぶん投げてみた。

 

「いたっ!?」

 

小石はぶれることなくまっすぐにその人の額に当たる。そのせいで、女の人は条件反射に苦痛の声を漏らした。

同時に、ソーセージから口を離したことで重力に従い落下する。

 

水しぶきを上げて川底へ沈んだその人。

よく目を凝らしてみると、川底ですいすいと泳ぐ姿を確認できた。

 

さすがは元四天王最速。

あっという間に姿は見えなくなった。

しかし俺には分かっている。まだその辺にいる。

 

ちょっと待ってみると、十メートルほど川を上った向う岸に姿を現した。

逃げても無駄だと分かっているのだろう。川から上がったその人は砂利の上で正座になる。

ポタポタと水を滴らせながらじっと俯いていた。

 

気で強化した俺の眼は、しっかりと赤く染まった耳を捉えていた。

そのままじっと見つめていると、その人はちらっとこちら様子を伺ってきた。

 

「天衣ー! 飯行くかぁー!?」

 

「!?」

 

俺の呼びかけに、だっと逃げ出した天衣さん。

そのうしろ姿は可愛らしく、とてもじゃないが年上のお姉さんには見えなかった。

 

「かわいい」

 

「うむ」

 

「食い物なら釣れてくれるって分かったし、元気そうで安心した。じゃあ行くか」

 

「おう」

 

釣り道具をしまい、久方ぶりに知人と会って満足した俺は、長宗我部の用事を済ませるため、すぐそこに見える橋に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長宗我部がそこら辺の女の子に聞きだした情報によると、この橋は変態大橋と言うらしい。

俺が知っている名前は多馬大橋なのでたぶん通称のはずだが、それにしても変な名前を付ける物である。

子供がふざけて付けた名前が定着したのだろうか。

 

そう思っていた時間は数分のみ。

ちょっと滞在してみると、これがまあぴったしの通称だった。

 

「ぐへへっ。ねえお嬢さん。ぼくのこれ見てくれる? どう思う? ねえ、ねえ!?」

 

橋に着くと同時にそんな声が聞こえてくる。次に聞こえてくるのは甲高い絶叫だ。

女の子の黄色い叫び。でも口とは裏腹に視線はとある一点をまじまじと。

 

……なんだここ。

 

「おい、見ろよあのおっさんの股間。まじちっせえんですけど。まじちっせえ。あれならまだチクワ入れた方がましだわ」

 

こんなことを言うガングロの妖怪もどきが女性である事実。

おいおい時代遅れにもほどがあるぞあの化粧。

まじでなんだここ。

 

そんな風に、現実を直視できないでいる間に長宗我部が動いた。

 

「おい」

 

「あ? なんだお前。男はお呼びじゃないんだよ。ぼくは今、我慢の限界に達した露出欲を――――」

 

「男の風上にも置けねえなあ。そんな粗末なもん見せびらかすなんてよお。男なら男らしく、堂々と愛しい人に見せびらかせってんだ!!」

 

長宗我部に頭を掴まれ、橋から落とされた痴漢はそのまま川に落下する。

死んだかな。てか死ねよと思って見ていると、ぷかぷかと尻だけが浮かんできた。

それはそのまま、どんぶらこどんぶらこと川下へ流れて行った。

 

…………不屈だなあ。

 

「まあ、とりあえずナイス長宗我部」

 

「おう。俺様、ああいう野郎は見過ごせない性質でなあ。男なら男らしくしろってんだ」

 

それは中々手厳しいのではないだろうか。あの男はある意味では男らしかったと言えるが、ある意味では非常に男らしくなかった。

これ以上は傷に塩を塗るようで可哀そうだから何も言わないが。

 

「で、ここで待ってれば来るのか?」

 

橋の上には見覚えのある制服を着た人たちがたくさん歩いており、川神学園の通学路になっていることは一目でわかる。

待ち人も、まあ来るのかな。

 

「ああ。俺様が調達した情報によれば、川神百代は毎日この道を通っているらしい。ここで張っていればいずれ来るはずだ」

 

「そうかあ」と生返事をし空を見上げる。

広がる青空と照り付ける太陽が眼に痛かった。

 

「今日も暑くなりそうだな」

 

Tシャツの襟もとをパタパタと煽りつつ、残暑の厳しさを実感する。

空を見上げれば、遠く入道雲がその存在感を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋の上は日光を遮るものがない上にコンクリート一色なので暑すぎる。

こんな朝早くから汗だくになるのも嫌なので、俺一人だけ橋の下に避難した。

長宗我部は橋の真ん中で仁王立ちで待つと言う。こういう時、常に上半身裸の長宗我部が羨ましくなる。俺もなろうか。裸に。

 

真面目に検討してみて、だけどよくよく考えてみるとそれはないと気づく。

というか、たとえ上着だけでも裸なのは、完全に変態のそれではないだろうか。

慣れ過ぎていて気付かなかった。長宗我部は変態だ。よくよく考えなくても当たり前のことだった。

 

新しい発見を微妙な気持ちで受け止め、日陰で川の流れを見つめる。時おりコーラを呷ると、もうそれだけで一気に涼しくなる。

河川敷はコンクリートじゃないからそれもあるだろう。コンクリートから自然へってね。

 

「で、何の用ですか桐山さん」

 

「ばれてましたか」

 

執事服のイケメン優男が柱の裏からこっそりこっちを観察していた。

ドラマだったらこの後俺死体で見つかるんじゃないのこれ。まあ、知り合いだからフラグブレイクだ。

 

「お久しぶりですね工藤君。健康そうで何よりです」

 

「桐山さんもお変わりないようで」

 

「おや、分かりますか?」

 

ニコニコ笑顔を決して絶やさないところは昔と何も変わらない。

なら本質も何一つ変わっていやしないのだろう。

 

「マザコン」

 

「いやぁ、ありがとうございます」

 

うへぁと声が出た。

俺だったらマザコンって言われたら侮蔑って受け取るね。

間違っても褒め言葉にはならない。

 

「君は昔より背が伸びましたね」

 

「成長期なもんで」

 

「いいことです。良く食べて、良く遊んで、良く眠る。健康にはどれも大切なことですから。私の母も常々そう言っていました」

 

「全国津々浦々ほとんどのお母さんがそう言うと思いますよ」

 

「その中でも私の母ほど偉大で素晴らしい人はいません。よければ語りましょうか?」

 

「お母さん自慢は興味ないのでご用件をどうぞ」

 

「つれないですね。人との付き合いは大事だと母が言っていましたよ?」

 

「それも全国のお母さんが――――おい、無限ループするつもりか」

 

ツッコんだところで、ふふふと余裕の表情を崩しもしない。

そういうところが嫌われるんですよ。

 

「さて、君も気づいていると思いますが、現在我々は君を監視しています」

 

「理由をお聞かせ願いたい」

 

「君が何をするか分からないからです」

 

流れる川を見ながらコーラを呷る。

喉の奥で炭酸が弾け、胃にストンと流れ込む。

 

「私がここに来たのは、君の真意を確かめるためです」

 

「事情はご承知の通り。後は長宗我部のお手伝いです」

 

「ええ。そう聞いていますが、君は当たり前のように嘘をつくので、我々も当たり前のように君を疑わなくてはなりません」

 

「それ以外の理由は逐次ご連絡します」

 

「今教えていただけませんか」

 

「めんどいので、後でワードファイルに纏めてPDF化してお送りします」

 

「概要を口頭で結構です」

 

「この後川神学園に行きますよー」

 

残っていたコーラを飲み干して桐山さんを向く。

ニコニコ笑顔を保ってはいたが、その裏に真剣な表情が垣間見える。

よっしゃ。糞ムカつく余裕面崩してくれたわ。

 

「探ってるのはマープルですか?」

 

「はい。ミス・マープルは武士道プランの総責任者ですから、あなたのことは人一倍気にかけています。ちなみに私は現場責任者を任せられていまして、序列は42位まで上がりました」

 

「ご出世おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。母もきっと喜んでくれるでしょう」

 

草葉の影でね。

 

「まあ、そうですね。一々マープルに心配されるのもなんですし、伝言頼まれてくれますか?」

 

「内容次第では喜んで伝えましょう。して、どのような?」

 

「ババアに聞く口はねえ、とっとと墓の下に消え失せろ」

 

「いくら私が気に入られているとは言え、さすがにクビになりかねませんね」

 

「それはそれでラッキー――――もとい忍びないので、やっぱり後で直接言いに行きます」

 

「ぜひそうしてください」

 

「……帝様名乗って空箱送ってやろうかな」

 

「好きにすればいいと思いますよ」

 

冗談を言い合っている間に時間はかなりすぎていた。

橋の影から移動する。

桐山さんはすぐ後ろをついてきた。ストーカーみたいで怖い。

 

『来たか川神百代!』

 

長宗我部の声が聞こえた。

ようやくお目当ての人物が現れたようだ。

 

「桐山さん、これから決闘するので立会お願いできますか?」

 

「もちろん構いません。ここで待機しています」

 

桐山さんの了承を得て、俺はその場から跳びあがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか川神百代。この俺、長宗我部宗男がお前に決闘を申し込む!」

 

欄干の上に着地した俺を待っていたのは、相変わらず上半身裸の長宗我部。

正面に対するのは10人ほどのグループ。先頭は川神百代。

 

「東西交流戦で受けた傷は思いのほか深くてなぁ。ここらで武神に打ち勝ち汚名返上と言う算段よ!」

 

「ほーう。私も随分軽く見られたものだ。そんな簡単に汚名返上できると思われているとは……。これはお仕置きが必要だな?」

 

売り言葉に買い言葉。古い言い方をするなら舌戦だ。

どっちもやる気満々なのだから、やる意味など正直に言ってない気もするのだが、武神の闘気が生き生きし始めたので大なり小なり効果はあるのだろう。

 

長宗我部の横に降り立った俺を見て、グループの大半が驚いた顔をした。唯一川神百代だけは好戦的な笑みを浮かべている。

川神百代は見た目凄く美人なのに、その笑顔が酷く邪悪なもので、こいつ大丈夫かなと密かに心配した。

 

「今日は良い日になりそうだ。対戦者が二人もいるとは!」

 

はて? 二人?

周りを見てもそれっぽいのはいない。武神の言葉が謎すぎる。

あいつはウキウキルンルン気分で闘気を脈動させた。それが向けられる先には俺がいる。ものの見事にズビシッと捉えている。

ああ、これ見事に勘違いしてるな。いやあ、俺やんないんすよーと現実を突きつける必要がある。でもどうせだから、直前で突きつけてテンション下げてもらおう。別にそんなことする意味はないが、その方が面白い。

 

「とりあえず下。立会人待ってるから」

 

河川敷に移動を願う。

「なに!? さすが先輩だ。手配が早いな!」と文句どころか称賛を浴びせかけ一目散に移動する長宗我部。

武神もその後を続き、慌てた様子でその背中に追いつく武神の仲間たち。俺は一歩遅れてその様子を眺めていた。

 

「姉さん、大丈夫なの?」

 

「なんだ。お前舎弟のくせに私があんなのに負けると思っているのか?」

 

いの一番に話しかけたのが噂の直江大和だろう。言われてみると確かに可愛い顔している。

 

「いや、長宗我部は大丈夫でしょ。そっちは気にしてないよ」

 

「なら何を心配してるんだ」

 

「それは……」

 

チラッと後ろを窺う直江君と目が合った。

すぐに前に向き直り、俺に聞こえないよう声を落して内緒話を続けた。まあ、聞こえるんだけど。

 

「あの工藤って人は大丈夫なの?」

 

「ああ……。正直よく分からん」

 

絶句した気配がここまで届く。

 

「わからんってマジかよモモ先輩!?」

 

「え!? モモ先輩負けるかもしれないの!?」

 

「お前らなあ!」

 

図体がデカくて色黒な男の子は島津岳人。逆に背は小さくて色白なのが師岡卓也。どっちも情報通りだな。

 

「私が負けるなんて、億が一そんなことありえると思っているのかあ!?」

 

武神はアイアンクローで二人を痛めつけている。

ギブギブと割と洒落にならない感じで悲鳴が上がった。

武神の攻撃に耐えれるだけ凄い。手加減はしているだろうけど。

 

「しかしモモ先輩。正直、私も分かりません。だからこそ油断は禁物かと」

 

「まゆっちが分からないって言うのは相当なんだぜー」

 

ストラップで一人二役を器用にこなすのが剣聖黛十一段の娘、黛由紀江。

……あー、噂通りで噂以上。実際に一人二役を見ると胸に来るものがある。強く生きろ。

 

「まゆっちでさえも? ふむ……。実は、自分はあまり強そうには見えないと言う印象なのだが……」

 

どう見ても外国人の金髪白人はクリスティアーネ・フリードリヒ。

ドイツ軍中将の愛娘。これはこれでめんどくさい。

 

「私はまゆっちの見立てもクリスの見立ても、ある意味どっちも正しいと思う」

 

んで、最後に天下五弓の椎名京。

このほかに風間翔一と川神一子もあわせて風間ファミリーと。

 

「どっちも正しいって?」

 

「いやあ、あくまで推測なんだけど」

 

直江大和の問いに椎名京は自信なさげに答える。

 

「たぶん、あえて自分の実力を隠してる。そんでもって、どっちにも見えるように小細工してるって感じなのかと。たぶん」

 

その言葉を受けて全員で俺を見てくる。

いや、さすがに露骨すぎるでしょ君たち。思わず答えちゃう。

 

「椎名京が正解」

 

「やたっ」

 

喜ぶ椎名京が直江大和にご褒美を要求してしなだれかかる。

その隣で「つうか普通に聞こえてたぞおい!?」と島津岳人が叫んだ。

あたぼうよと笑顔を振り向けながらファミリーに近づく。

 

「一つ聞かせてほしいな。どうしてわかった?」

 

「歩き方や目線の動きなどを総合して判断。どれだけ弱く見せようとしても、絶対手を抜けない部分もあるから」

 

「ほーう。目が良いんだねえ」

 

「弓使いは目が命ですから」

 

「さすが天下五弓だなあ」

 

やっぱり無理に騙そうとしても限界がある。思い込んでもらうのが一番って話だろう。

よし、新技開発に力入れよう。

 

そのままファミリーを追い抜いて桐山さんの元へ。

 

「遅かったですね」

 

「前を進んでた連中が作戦練りつつでトロトロ鈍かったんです。文句はあちらに」

 

桐山さんの皮肉を受け流して長宗我部の隣に移動する。

百代は既に対面の位置に着いていた。

いつの間にか、この決闘を見ようとたくさんの学生たちが押し寄せている。

河川敷だけではなく橋の上でもギャラリーはいた。

 

「ギャラリーがたっくさんだぜ」

 

「はっはっは!! これは倒しがいがあるな!!」

 

呑気に笑う長宗我部だが、勝率は0に等しい。

ここに居る誰も、長宗我部が勝つとは思っていないだろう。エンターテインメントとしか思ってはいない。

 

「ではこの決闘は、わたくし九鬼従者部隊序列42位、桐山鯉が審判を務めさせていただきます。正々堂々、遺恨の残らない戦いにしてください」

 

桐山さんの合図に従い決闘は始まる。

当たり前のように武神は先手を譲った。

 

「ぬるぬるにしてやろう、川神百代」

 

油を被り戦闘モードになった長宗我部を武神は嫌そうに見ていた。

ぬるぬるにはなりたくないらしい。

 

それに構わず、長宗我部は真っ直ぐに突っ込んでいく。

タフさでは定評のある長宗我部ではあるが、事武神相手にその選択はどう考えても悪手だった。

 

武神が何気なく拳を振ると、空を切った拳の先に拳圧が走り、無防備に走っていた長宗我部にクリーンヒットした。

かなりの威力を誇るそれをまともに受けた長宗我部は、無様に吹っ飛び川に沈んでいった。

衝撃で水しぶきが雨の様に降り注ぐ。暑い日には丁度いいが、ちょっと量が多い。手で払っておく。

 

「……判定は、言うまでもありませんね?」

 

確認してくる桐山さんに頷く。

やっぱり武神は強かった。それも圧倒的に。

 

おそらく気絶したであろう長宗我部救出のため、俺は川の上を歩く。

底で寝ていた長宗我部の首根っこを掴み岸にまで引っ張り上げた。

その身体はぬるぬるしていて凄く不快だった。川を湯に変えて油落してやろうか。

 

「さあ、前座は終わりだな」

 

心臓マッサージをし、長宗我部の口から水を噴き出させていると、背後でおもむろに拳を鳴らす音。

自然、俺の目線は桐山さんを捉えるが、あの人は「おやおや」と微笑んでいるだけだった。九鬼家として止めるつもりはないということだが、職務怠慢ではないのか九鬼従者部隊。

 

「よし、川神百代」

 

「お前とは交流戦の決着がまだだったからな。本気で戦える日を待っていたぞ」

 

「ああ、俺もだ」

 

「やろう!」

 

「よし!」

 

武神の闘気が臨戦態勢になる。長宗我部に向けてた時よりすげえ。

事実を告げるなら今を逃しては取り返しがつかない。

つまり今が最高の時だ!

 

「残念無理です戦いません」

 

「は?」

 

ぺこりとお辞儀する俺と呆然とする武神。闘気は急速に萎んでいく。

その傍ら、長宗我部が蘇生した。

「こ、ここは……?」記憶に障害がありそうだが、すぐに思い出すさ。お前負けたんだぜ。

 

「また今度だ」

 

長宗我部を肩に担ぎながらもう一度きっぱりと。

 

「え?」

 

「ん?」

 

「……や、やらないの?」

 

「やらないの」

 

「……真剣(まじ)?」

 

「真剣真剣」

 

「……」

 

うっそだろおぉぉォ!?

 

武神の雄たけび。

字面で見ると滅茶苦茶かっこいい。でも実際身に浴びると滅茶苦茶愉快。

武神の横を通り抜ける最中、どんまいと意思を込めてその肩をポンと叩いておいた。

こんな程度のことで滅茶苦茶動揺してるなあ。戦闘欲求のコントロールはできないようだ。

 

「ちょ、期待させるだけ期待させて……!」

 

「俺最初から長宗我部の付き添いだし。お前が勝手に勘違いしただけだ」

 

「くっ……。せ、せめて一回だけ! 一回だけやらせてくれればおさまりつくから! な? 一回だけならいいだろ? な?」

 

「童貞が懇願してるみてえ」

 

それが武神には結構ショックだった。

ガーンと効果音でも付きそうなほどのリアクション。

んー。こいつ思ったより効くなあ。

 

去り際に、ショックで一時停止してしまった武神を見、風間ファミリーの面々を見る。

俺の視線を受けて、腕に覚えのある者は全員身構えた。

あれ? 気は出してないんだけど?

 

「……」

 

「あの、なにか?」

 

代表してだろうか。

いつまでも見ている俺に直江大和君が訊ねてくる。

 

「んー……ま、いいや。君らには期待してる」

 

「え?」

 

「また後でなー」

 

言い捨てて、高くジャンプした。

多馬大橋の欄干に一度着地し、そこにいた奴らをチラリと横目で見る。

 

ここに来るとは思っていなかったのだろうか。刀を腰に下げたポニーテールが思わずと言った感じで「わっ!?」と声を発した。

その慌てようは、あまり変わってない気がする。

 

ほんの刹那の間、俺は四人を見つめ、護衛していたマイアミ育ちのギャングもどきに銃口を向けられたので、慌ててその場から跳び立つ。

 

三年ぶりに見た彼女たちは、皆すくすくと成長していたようで心から嬉しく思う。

特にあいつなんか、名は体を現すというのにぴったりな具合に成長していた。

昔からその片鱗はあったが、今ではもう蕾は完全に花咲いたようだった。

それを表すのに可憐の一言では収まらないだろう。妙な嬉しさを覚え、頬が緩むのを抑えきれない。

 

でも、と反駁する。

 

言葉にすればたかだか三年。

漢字にして二文字だが、実際の体感時間は酷く長かった。

 

その三年がどこまで俺と彼女の距離を遠ざけたのだろうと考えて、くだらない感傷に浸っていると我がことながら自嘲する。

 

頭を振り、余計なことは考えない様にして、今は素直に喜ぼう。

久しぶりに見た彼女たちの成長を喜んで、次の機会に期待しよう。

 

次が一体いつになるかは、まだ皆目見当つかないけれど。


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