西方十勇士+α   作:紺南

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9月17日改稿


第一章 東西交流戦
一話


――――ああ、強いなあ。

 

目の前の女の子から繰り出される拳を避けながら率直な感想。

自分と同じぐらいの年齢から繰り出される拳の重さ。

たぶん、俺らの年代で随一ぐらいだろう。

ぼんやり思って、一発カウンターを決める。

 

「ぐっ……。っまだだあ!!」

 

噂に何度も聞いたことがある川神院。

あまり興味もなかったが、実際来て見ると噂以上に凄かった。

 

俺と同年代でここまで強い奴がいて、周りに居るのもレベルの高い奴ばかり。

そこの所の爺みたく、人外クラスも居る所にはいるんだなと怖気すら覚えた。

 

少女の腹に掌打を当て、肉を切らして骨を断とうとするカウンターをガードしてそう思った。

 

「はっはっ! 嬉しいぞ! 私と同い年でここまで強い奴がいるとは!!」

 

何だか余裕綽綽な少女。自分が押され気味だというのにこの余裕。こいつ自分が負けるとは思ってないらしい。

俺としてはこの試合の終わりが見えているんだけど、まだ何か隠し玉でもあるんだろうか。

その疑問は、少女の次の発言で解決した。

 

「もっとだ! もっと楽しませろ!」

 

あ、こいつただ人のこと舐めてるだけだ。

今までこれだけ戦えるのは大人ぐらいしかいなかったんだろうが、それにしても舐められている。

 

さすがにこうまで言われてしまっては、多少の苛立ちを覚える。

この鼻っ柱を叩き折って終わりにしよう。

 

「電気は好きか?」

 

「なに……?」

 

一瞬呆けたその瞬間に電気を流し込む。ばちぃっと感電した音。

 

「がっ」

 

どうせすぐ回復するだろうから手加減は無し。瞬間回復とか言うらしい。どんな技だよ。

 

プスプスと煙が上がっている。だがそれもすぐにおさまった。

最初から効果は期待していない。それよりこの一秒にも満たない時間が欲しかった。

 

「淵源。怨言。炎幻」

 

適当に言霊で願掛け。あまり強くなくてもいいだろう。それでも恨みごと使ってるから十分強い。

気を性質変換させた炎で形作る、人間なんかよりずっと大きな巨人。自分を中心に広がる致死の領域。

核は俺。そんなに大きくはしない。道場燃えるから、上半身だけでいい。

量より質。圧縮して圧縮して作る。

 

「でーきた」

 

火の中でもわかる。パラパラと火の粉が舞い散る様は幻想的で綺麗な光景。

馬鹿みたいな量の気を使って作るこれは、それだけに最強の盾であり、最強の矛にもなる。

 

技名は『炎心』

 

巨人の動きは俺と連動してるから、髪を掻く動作をするとこいつも髪を掻く。

人間らしい動きが、シュールで面白い。

 

「呆けてる場合か?」

 

取りあえず、炎心出してから動きのない少女を殴る。

見た目に反して動きは俊敏。連動してると驚くほど速い。

 

道場の端まで吹っ飛んだ少女に追撃。消費する気を増やして左腕を伸ばし、捕まえる。

右腕に気を集中。他の防御が薄くなるが必殺の一撃にまで昇華する。

 

「終わりにしよう」

 

叩きこむ決め技。終わったと油断して、もう立ち上がらないと決めつけて、気が緩む。

視線を逸らし、隅の方でこの戦いを見ていた爺共に歩み寄ろうとして、

 

「がッ……!」

 

後頭部に衝撃。

同時に世界が反転して――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙ありいいいいいいいい!!!!!」

 

「お」

 

回想から覚めれば目の前に剣。

太陽の光を反射しながら鈍く光る刃がえらい勢いで迫っていた。

 

咄嗟に手で受け止めて弾く。

その際に気の練りが甘かったのか、若干手が切れた。

自分の血を見るのは久しぶりのことで、少し動揺する。

 

剣を弾かれた男は「ちッ」と舌打ちを残してバックステップ。

十分に距離を取ったところで切っ先を向けて怒鳴ってきた。

 

「貴様随分余裕じゃないか! 決闘の最中に考え事とはなぁ!?」

 

「悪い。楽勝すぎて回想してた」

 

掌外沿をさすりさすり。

傷の礼も込めて煽ってみる。

案の定、奴は屈辱に満面朱を注いだ。

 

「いいだろう……! 今日と言う日を命日として貴様の身体に刻んでやる! 覚悟しろ!」

 

「はいはい」

 

ジグザグに接近する奴さん。

とりあえず震脚で揺さぶりつつ、こちらも接近。

 

揺れに対応できず、立ち止まって勢いのなくなった奴さんと違い、こちらは勢いたっぷりに衝突。

剣と拳がしのぎを削るも、勢いの差でこちらが押し勝つ。

 

腹部に蹴りが命中。

奴は勢いを殺すこともできず、まともに食らったようだ。

 

このまま連撃に繋げようとして、一歩踏み出す。

しかし奴がふらりと倒れそうになったのを目撃。

攻撃を止める。

 

「終わりにするか?」

 

「くッ……!」

 

悔しそうに唸る男。

キッと睨んでくる。同時に気の高まりを感じた。

 

「――――光龍!!」

 

「させるかバカめ」

 

速攻で顎にアッパー。

ちょっときつめに食らわせたため、奴は脳震盪を起こしその場に倒れ伏した。

それでも意識を刈り取るには少し足りなかったのか、立ち上がろうと生まれたての小鹿のようにプルプル震えている。

 

プっ。笑える。

まあ、もう戦えまい。

 

「ちょっと苦戦したら光龍覚醒に頼るのやめろバカもの」

 

「なにを……!!」

 

「どうせ使うなら最初から使え。溜めあるんだから、試合中にそんな隙見逃すはずないだろー」

 

ぺシぺシ頭を叩きつつ説く。

「ぐぐっ」と恥辱に塗れた顔。だけど反論は許さない。

だって事実だから。目の前で溜めようとするなんてなんておバカさん。

 

格下ならともかく、各上が見逃してくれるはずないのだ。

真剣勝負ならなおのこと。

 

その辺、きっちり脳表に刻みつけておこうと思い、「や-いやーい」と木魚のように叩く。

さながら俺はお坊さん。こいつはただの小道具。

 

格の違いが存在にまで影響してしまった。かわいそう、この小道具風情。

などと内心侮蔑していたら背後から殺気を感じた。

 

振り返ると中年顔の後輩が居た。

 

「工藤殿……」

 

「島か……」

 

島右近。一年下の後輩。

普段は冷静に物事を捉える奴だが、現状その掘り深い顔に浮かべるは憤怒。

本気で怒ってると言うのは伝わってきた。

 

「なにをなさっているのか」

 

「戦いの高揚感を拭おうと念仏でも諳んじようと思って、丁度いいところに木魚あったから……」

 

「冗談は聞きませぬ。御大将から離れていただきましょう」

 

くわっと眼力凄まじく距離を詰めてきた。

少し怖い。

 

「はいはい離れた離れた。そう怒るなよ。怖いだろ」

 

「某の威嚇ごときであなたが慄くとは思えませぬが……」

 

まあ、それはもうよいのです。

諦観を混ぜながらつづけた。

 

「館長がお呼びでした。館長室まで来いと」

 

「てめえで来いって言っておいて」

 

「某を伝令係にするのは止めてくだされ」

 

命令されると反発したくなるのはこのお年頃の特徴なんだよねーとお茶ラケてみる。

島はなんとも同意しかねると顔を顰められた。

 

「用件聞いてる?」

 

「なにも聞いてはおりませぬが……恐らくは交流戦のことかと」

 

「ははーん。出ろってことだな」

 

誰が出るかバカ。

 

呟く言葉は小声で。

万が一にでも館長の地獄耳に届いていたら面倒くさい。

館長権限で補修とか受けさせられそう。

 

「うんじゃまあ行ってくるわ。そいつの看護任せたぜー」

 

「言われるまでもなく」

 

二人を残してグラウンドから校舎へと向かう。

校舎に入る直前、振り返ってみると、熱心に慰めの言葉を掛ける島の姿があった。

 

そしてそれらを全て跳ねのける大将君。

遠巻きながら、いいコンビだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

「俺が来た」

 

「おおう。早えじゃねえか」

 

ここは館長室。

ノック三回のち扉を開けると、白いスーツを着たやくざみたいな奴がいた。

教育者とはとてもじゃないが思えないこのやくざこそが、天神館館長鍋島正その人である。

 

「まあ座れ。ゆっくり話そうぜ」

 

「そんなに話すことないんだけど」

 

言いつつ、ソファに腰かける。

館長室の備品だけあって、どこまでも沈む高級低反発ソファは、まるで底なし沼のように俺の尻を受け止めた。

離さないぞと言ってる気がする。

 

「さて、態々呼びつけた理由だが……東西交流戦出ないんだって?」

 

「出ねえよ。だって、ほら、受験とか……あるし……」

 

言葉が尻すぼみになってしまうのは自覚があるから。

今の所進学なんて考えもしていない。そう言う自覚が。

 

「ああ、そうだな。受験を盾にとられちゃ俺達教師は何も言えんわなあ。実際、そう言う理由で参加見送りの生徒もいることだしな」

 

「だが」と逆接。

もうこの時点で俺不参加ダメなんだなと察することが出来た。

 

「剣華のやつが出たがっててな。奴が出ると言うからにはお前さんにも出てもらわにゃ困る」

 

「俺はあいつの保護者じゃないぞ」

 

「似たようなもんだろう」

 

凶暴に笑う館長は、口元をニヒルに吊り上げた。

若いねえなんて言う呟きは、まっこと正鵠を外しまくっていた。

 

「残念ながら――――」なんて反論しようものなら話題は逸れに逸れて変な方向をひた走ってしまうことは火を見るより明らかなので、何も言わずにスルーする。

 

館長は笑みをそのままにがははと笑った。

 

「あいつを交流戦に出すには誰かが面倒見なきゃならん。俺は生徒の引率と運営の仕事があるから無理だ。かと言って他の教師じゃ力不足。そこでお前さんに白羽の矢が立ったと言う訳よ」

 

「……行くのはともかく、出る必要あるのか?」

 

「交流戦に出るなら交通費宿泊費の半分は学校から出るからな。出た方がお得だろう。出なけりゃ全額自腹で行ってもらう」

 

あれ、なんか俺すでに行くの決定みたいな言い方してる。

取りあえず、頭をフル回転して逆転の一手を探してみるが、中身のない詭弁モドキしか見つからなかった。

 

「川神ってのはあれだろ。人外多すぎて気で魔境が形成されてるとこだろ。そんなところに剣華行かせたら一発アウトじゃないのか」

 

「可能性は高いが、正直なところわからんと言うのが本音だ。あいつの体質は謎が多いからな。――――長年一緒に居たお前はどう思ってる?」

 

探る様に射抜く館長の目。

それから逃げるため、視線を逸らし天井を見上げる。

 

館長の言う通り、剣華の体質は表面上分からないことだらけだが、蓋を開けてみれば至極単純な仕組みだったりするので、実の所川神に行ってもそれほど影響はない。

交流戦に参加する前にどこかで気を抜いてやればどうにでもなるだろう。

 

話すたび、考えるたび解決していく問題。

一見山積みだったそれらは、実は舞台セットのごとく張りぼてで全く大したことがない。

それを確信をもって知っているのは俺だけだが、館長は俺の様子からまあ大丈夫だろうと楽観して考えて剣華の参加を決定するだろう。

剣華が参加するとなると俺も参加するしかなく――――。

 

――――ああ、これはもう参加する流れだ。

 

本流に合流した流れは止めようもなくただただ流れゆくのみ。

せき止めるなんてのは無駄な努力。

おういう時は諦めが肝心なのだ。

本心を言えば、まだ川神には行きたくなかったのだけれど仕方がない。

たぶんそう言う運命なのだ。

 

「――――よし分かった。剣華は俺に任せておけ」

 

「やってくれるのか?」

 

「ああ。交流戦中は剣華の面倒を一から十まで見てやるよ。元々ここに連れてきたのは俺だしな」

 

言い切って、大船に乗ったつもりで任せろと胸を張る。

館長は「そうかそうか」とニヤニヤ笑っていた。

 

なんでもかんでも色恋に結べたがるのは若者だけではなく目の前の爺もだ。

自身は枯れてるくせにどうしてそう言う話題好きなんだろうか。

 

「早速剣華に伝えに行ってやろう。……なにしてんだあいつ? 昼寝でもしてんのか」

 

気を探ると寮の一室に奴の気を見つけた。

部屋の中で微塵も動かないところを見ると寝ているんじゃないだろうか。

 

「じゃあもう行くぞ。ほかに用事はないのか?」

 

「ああ。もうない」

 

「そうか。じゃあな」

 

館長室を後にして寮に向かう。

女子寮にどうやって入るか。

その方法を考えながら、むかつく館長の鼻っ柱に届けと気合を込めて扉を叩き閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女子寮。

男子禁制のそこに俺は侵入する。

気配を限界まで薄め、天井やら暗がりやらを這ったおかげもあり、通過する女子は皆俺のことに気が付かず、声一つ掛けられなかった。

さすが隠密を本分とする忍者直伝の技だ。今度鉢屋にエロ本差し入れるか。

 

そのまま這っていき、目的の部屋に到着。

音の出ないようゆっくりと襖を開ける。

 

「…………すー」

 

そこでは見た所年のわりに小さい少女が、肩程までの黒髪を畳の上に豪快に撒き散らし、タオルケットを被りながら昼寝をしていた。

寝巻は制服のスカートと、、おそらくセーラー服の下にはいていたであろうキャミソールだった。

 

人によっては「こんな見っともない格好で」なんて言うかもしれないが、私生活では基本的に男女問わずこんな感じだと思う。

とりあえず制服は脱げと言いたい。皺になるから。

 

「う……ん……」

 

俺が近くに来たせいか、なんとなく寝苦しそうな気配を察知して、彼女の枕元に置いてあった団扇をとりパタパタと仰ぐ。

一転して心地よく夢の世界に潜る少女。

 

橘剣華と言う名前の少女だが、なんともまあ無防備な寝顔である。

 

「交流戦行くから準備しとけよー」

 

「…………」

 

答えはあるはずもなく、彼女は夢の世界を満喫する。

俺は子を見守る親の心境で団扇を扇ぎ続ける。

 

暮れる夕陽が部屋に射す。

徐々に暗くなる室内で、少女の身体は最後まで赤く照らされていた。

 

 


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