IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第99話 フレンズ

感情がないと言うのはある意味で強みであるが、ある意味で最大の弱点になりうる。

もし無人機に感情があったとすれば今何を想っているだろう。

恐怖か、危険に対する警告か、もしくは敵対した者の身を案じる慈愛だろうか。

 

「ォォォオオオオオ!!」

 

悲鳴でも雄叫びでもなく、ただ口から漏れているだけの音。

我慢しているのでも痛みに負けているのでもなく、止める事が出来ないだけ。

胃が燃えるように熱く、喉を痛みが這い上がり、全身を苦痛が支配する。噛み締めた歯の間から血が溢れ、充血した瞳が黒い混濁に染まる。

ラウラ・ボーデヴィッヒの全身を包む相棒、シュヴァルツェア・レーゲンはどろどろに溶け原型を失いながら主を包み込む。さながら死神の抱擁の如く黒が全てを支配する。

二次移行を成長と覚醒、リミッター解除を解放と本能回帰とするならば、この変化は一体何だと言うのだろうか。

 

ヴァルキリートレースシステム、それは禁忌の力である。

IS界においてトップスターを突っ走るのは現役を退いて尚、織斑 千冬である。

他を寄せ付けない強さ、女受けする美麗な容姿、剣一本と言う異端の戦闘スタイルで世界の頂点まで駆け上がった彼女は正に圧倒的だった。

IS乗りを夢見る少女達に取って憧れであり絶対の領域、IS製作者である束を神とするならば、その側で輝く戦乙女が千冬。

女尊男卑の時代の象徴とも呼べる千冬の姿に世界は魅了された。

幸運にもISに乗る事が出来た少女達は千冬の偉大さを知ると同時に自分の限界を知り挫折を味わう。

土台無理な話なのだ、銃火器が中心の戦いで剣一本で世界を制覇する偉業は千冬だから出来た芸当だ。

誰もが憧れ夢見た姿に自分自身を重ね合わせたが、誰一人千冬の跡を継げる者は現れなかった。

人としての完成度、次元が違うからこそ神の側に居られたのだ。

IS乗り達は千冬に憧れこそすれど、その戦い方を真似して頂点を目指そうとはしない。いや出来なかったのだ。

しかし、学者達はそれを容認はしなかった。

千冬の真似が出来ないと言う事は真似出来れば世界を取れると言う極端な例だ。

言うまでもなく、世界を取ったのは千冬の努力の結晶だ、幼い頃より篠ノ之道場で剣を学び、篠ノ之一家が離散してからも腕を磨き続け、蒼い死神と戦うまでに昇華させている。

才能の恩恵があったのに間違いはないが、唯一の家族を守る為に研ぎ続けてきたのは千冬ただ一人のものだ。

だが、そんなものは机上で空論を翳す奴等には関係がない。

科学者、生体学者、物理学者、様々な観点から千冬は観測され研究され続けISの機体能力、織斑 千冬の肉体能力、雪片、零落白夜の能力、篠ノ之と言う流派、世界最強の全てを探るべく、その模倣品を作ろうと躍起になった者達がいた。

それがヴァルキリー計画、ヴァルキリートレースシステムはその一環。

織斑 千冬がブリュンヒルデに輝き世界最強の称号を手にした当時の動きをトレースし機体構成そのものから作り変えるシステム。

 

しかし、技術的な難航は元より、千冬への人権、表向きスポーツそとして楽しむ事への冒涜、自然の摂理に反する計画は避難を浴びて座礁する。

結果、国際IS委員会はすべてのヴァルキリー計画を凍結ではなく破棄させる事を厳命し計画は闇へと屠られた。

 

が、表向きは解散した研究チームを再集結し国家として秘密裏に計画を再開したのはドイツである。

例え世界中からバッシングされるとしても、人智を超えた天災と武神への探求を止められるはずがなかったのだ。

 

 

──Valkyrie Trace System Stand By

 

 

ラウラの小さな体を崩れたシュヴァルツェア・レーゲンが包み込み再構築、現れたのは赤い光を眼に宿した黒い全身装甲、一本の大太刀を携えた騎士だった。

 

「見せてやる、これが暴力(チカラ)だ!」

 

望んだ力ではない、美しい力ではない、憧れた力ではない。

共に歩んできた相棒を否定し、敬愛する師の名を汚してでも、今は一時の力を欲する。

 

「ガァッ!」

 

熱く燃える嘔吐感を吐き出して一気に距離を詰め手前に居た無人機を一閃、一太刀で胸部装甲を数枚切り落とす。

返す刃で更に狙うが装甲数枚抜いただけで刃が止まってしまう。

 

「届かんかっ!」

 

刃を引き抜き後方へ急加速、放たれる無人機のビーム砲を旋回しつつ回避する。

急な前後加速に続き超高速の螺旋飛行、PIC制御されているはずにも関わらず重力以上の負荷が少女の肉体を締め付ける。

皮が張り、肉が悲鳴を上げて、骨の軋む音が全身の至る所から聞こえて来る。

ISの上からISを纏っているような状態で普段とは全く異なる戦闘方法が小さな体に負担をかけないはずがないのだ。

 

禁忌の力は夢のシステムでは断じてない。

シュヴァルツェア・レーゲンに対し限定的に千冬の挙動を上から被せているだけだ。

マシンスペックも違えば搭乗者の癖も違う、どれだけ夢見ようがラウラは千冬にはなれない。

動きだけを無理矢理重ね、本来のシュヴァルツェア・レーゲンでは実現できない動きを強引に実行させている。

本来ヴァルキリートレースシステムは搭乗者が戦闘不能の陥り、それでも負ける訳にはいかない場合に特定の感情をキーに発動される予備システム。

自分の意思で完全にコントロール出来る訳ではなく搭乗者の意識がある状態での運用は想定されておらず、搭乗者はあくまでISを動かす為のパーツとしてしか見ていない。

厄介なのはこのシステムは重ね掛けであると言う点。

シュヴァルツェア・レーゲンと暮桜であれば総合的な性能を見れば劣るはずがないのだ。

白式同様非常にピーキーな攻撃と速度にのみ重点をおいたかつての千冬の愛機はIS全体で見てもやはり異質な存在であるが、それでも一昔前の機体。

最新鋭のシュヴァルツェア・レーゲンを使うラウラがコントロールできないはずがない。

が、シュヴァルツェア・レーゲンを基礎にその上に暮桜の性能と千冬の動きが乗っかっているとなれば話は変わって来る。

 

一撃離脱の高速移動攻撃を繰り返し無人機の装甲を一枚、また一枚と切り裂いて行く姿はまさしくヴァルキリー。

織斑 千冬、ブリュンヒルデ、近接戦闘の申し子、神に愛された剣、剣一歩で世界を取った彼女の戦法は三種類に分類される近接戦闘の中で最も難易度が高い、高速移動を主観においた一撃必殺型。

近づいては切り、離れる、その繰り返し。単純故に極めれば絶対王者として君臨出来る。

しかし、その戦法は搭乗者の負担を考慮したものではない。

急激な加速と急停止を繰り返す戦法においてスピードは一か零しかない。

減速し速度を調整するような事は殆どしない。全てが超高速の領域で行われている。

本来その戦法は雪片と零落白夜があって初めて成しえるものだが、単一仕様能力を再現するのは容易ではなく、ヴァルキリートレースシステムで新しく展開されている武装は硬いと言う特性だけを受け継いだ黒塗りの大太刀だけだ。

超高速度での移動でも折れず、曲がらず、刃が欠ける事さえない硬さこそが最大の持ち味である雪片の模造品を振り抜く以外に戦い方はない。

もはやそれは欠陥品と呼べるレベルの不出来な存在だが、その力に頼る以外に道は開けなかった。

 

「がはっ!」

 

食いしばった歯の間から熱い鮮血が溢れ、黒く染まった瞳から血の涙が流れ落ちる。

繰り返しになるがISには本来PICがあり重力を初め搭乗者への身体的影響を軽減しているが、それはあくまで通常のIS運用での範疇だ。

単純計算でIS二機分以上の出力を放出するヴァルキリートレースシステム発動状態において常識は通用せず、人体に掛かる影響は凡その人間が耐えきれるものではない。

 

「まだ、まだだっ!」

 

発動した瞬間から分かっていた事だ、刻一刻とリミットは迫っている。

肉体への影響を考慮せず意識をシステムに委ねてしまえば楽になれるかもしれない。

全身を締め付ける痛みが揺り籠に任せてしまえを訴えかけてくるが、少女は抵抗を止めはしない。

 

油断すれば持っていかれそうになる朦朧としつつある意識の糸を手放す訳にはいかない。

 

思い返されるのはかつての記憶。

頭のの奥底から這い上がって来る不快感と全身を焼き尽くすような痛みが混ざり合う。

 

『お前はC-OO三七だ』

 

電流が背筋を走り抜ける錯覚は古傷を抉られた感覚に似ている。

曖昧な記憶の奥底から響く声、名前さえも定かではない白衣の老人が頭の裏側からラウラを覗き込んでいる。

 

「違う! 私の名前はそんな記号ではない!」

 

被りを振って痛みと記憶を追い払おうとするが思い出されるのは何もない闇の世界。

遺伝子強化試験体、人工的に生み出された戦う為の道具、生まれた時から戦う事を義務付けられた力こそが全ての世界。

全ては暗い闇の中での出来事だ、人を殺す術を学び、戦術から兵装の使い方まで、そこにあったのは闘争と言う生存競争、勝ち残らなければ生きる意味さえ与えられない血染めの記憶。

何一つ手応えのない、楽しいと思える事さえない世界で少女はただ強くある為だけに存在していた。

戦う為だけの日々、人を殺す為だけの訓練、少女は命令を実行する為だけの人形だった。

それでもだ、手を差し伸べてくれた人達がいた、共に立ち上がった仲間達がいた。何度心が砕け、肉体が損傷しようがその都度立ち上がる事が出来た。

「隊長」「少佐」と呼んでくれる部下が出来た。「ラウラ」と呼んでくれる友達が出来た。

 

『お前は誰だ?』

 

絶望の底、暗闇を引き裂いて鮮烈な光を与えてくれた人がいた。

 

『私に憧れるのも良いさ、地を這って生きてもいいさ、それでも、お前はお前になれ』

 

地獄は既に経験した、あの何もない苦しみだけの日々以上の苦痛があるとすれば、それは今を失う事。

もう、誰にも記号で呼ばせたりはしない。

 

「私はラウラ・ボーデヴィッヒだ! 私が私の意思でお前を使う! システム如きが私を縛れると思うなよ!」

 

痛みを精神が凌駕する。

戦う為の道具だった少女、自分が何者かも分からなかった少女にその道を示してくれた人の為にも人間である事を捨てない。

シャルロットは必ず戻る。その時までせめて人間でいる為に生への執着を止めはしない。

流れる血の一滴まで戦い続ける。

 

 

 

シャルロット・デュノア、その人生は常に嘘と共にある。

父はIS業界で知らぬ者はいないであろう巨大機業、デュノア社の社長で母はその愛人。

母が死に、高いIS適正値がなければその日の食事もままならない生活を送っていたかもしれない。

それでも彼女は自分を悲劇のヒロインだと嘆くつもりは毛頭なかった。

最悪の場合は体を売る事になったかもしれない、路地裏で誰にも気付かれずに息を引き取ったかもしれない。

父を恨んでいないと言えば嘘になる、義理の母を憎んでいないと言えば嘘になる。

企業エージェントとしての仮面は少女としての自分を偽りで覆い隠し、多くの人を笑顔と嘘で騙しながら登り詰めてきた。

IS学園へ入学する切っ掛けになったのも篠ノ之 箒の誘拐を実行したからだ、一夏が知れば怒るかもしれない、セシリアやラウラが知れば失望するかもしれない。

これがシャルロットと言う少女の生きる世界、誇れるものではないが人間として生きる為に選んだ道。

どれだけ人生が悲運に支配されていようとも、シャルロットの心の中には常に母と過ごした思い出が輝いている。

愛人の子と蔑まれようと母娘水入らずで過ごした日々は、それだけは決して嘘ではない。

 

「もっと、もっと早く! ここで全部出し切るんだ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ!」

 

風の名を冠するISは黄昏を飛ぶ魔弾の如く、全てのエネルギーを推進力に回し飛行している。

どれだけ悲観的な人生であっても、苦労を重ね、嘘に塗れ、辛いと嘆き悲しんだとしても、確かにあった美しい思い出とこれから出来るであろう日々を捨て去る理由にはならない。

箒の件を弁明する気はない、例え一夏に罵られようとも平和な世界しか知らない子供の言葉を切り捨てる位は容易に出来る。

だけど、もし許されるなら、平和な世界を友と笑って過ごしたい。そんな当たり前の願いさえも少女に取っては命を賭ける価値ある願い。

表面上はラウラの言葉を信じて飛び出したものの、嫌な予感を拭い去る事は出来ていない。

ラウラの告げた切り札と言う言葉が嘘でなく、何か手立てがあったとしても多勢に無勢は変わらないだろう。

逃げるしか選択肢のなかった少女は最善を選び抜く。

 

 

 

 

「サンキューな箒、来てくれなかったらヤバかった」

 

山間で合計五機もの無人機を相手取った一夏達は全機撃墜の上で一息をついていた。

紅椿の絢爛舞踏はエネルギー消費の激しい白式に取って救いの光になり、疲弊していたブルーティアーズと打鉄弐式も回復すれば形勢は一気に逆転した。

破損の激しかった甲龍はエネルギーを回復した所で戦線復帰は難しかったが二次移行を果たした白式と第四世代機である紅椿が加わったとなれば楽勝とは言えなくとも戦局を決定付けるに十分だ。

本来であれば早急に学園に連絡すべきではあるのだが、無人機の増援が完全に止んだ確証はなく、単独行動は危険が伴う為、ひとまずは状況整理を行っている段階だ。

 

「気にするな、私も姉さんにこの場所を教えて貰ったに過ぎないからな」

「気にするなって言われてもね、こっちは命救われてんのよ。素直に言わせなさいよ、ありがと」

 

その言い回しの何処に素直な要素があるのかはさておき、まっすぐに箒に向かい頭を下げた鈴音にやや照れた様子を浮かべ頬をかくしか箒には出来なかった。

要人保護プログラムは箒を孤独にした訳ではないが、繰り返す引っ越しは本当の意味で仲良くなれる友人を作れるはずがなかった。

今でこそ束やユウ、くーと共に過ごし一人ではないと実感できるが、同年代の少女からの素直な言葉はずっと独りだった少女にはくすぐったいものなのかもしれない。

 

「まぁ、色々と積もる話もあるでしょうし、聞きたいことはあるけど……。今回は逃げないのね」

「随分と直球で来たな」

 

鈴音の言葉に照れから苦笑に表情を変えた箒が凛々しくも優しい光を称えた瞳で見つめ返す。

 

「今までの行いを思い返してみなさいよ」

「……ふむ、否定出来んな」

 

会話をするのは主に鈴音と箒の空気が出来上がっており、他は半歩下がって様子を見ている。

一夏が加われば私情を挟むに決まっており、セシリアは周囲を警戒しつつも笑みを浮かべて見守っており、簪のコミュニケーション能力は残念ながら高くはない。

従ってこの二人が主体になるのは当然の流れだった。

 

「押し問答する気はないのよね。助けてくれた事は勿論感謝してるけど、逃げないならこっちの質問に答えて欲しいんだけど?」

 

言葉に棘はあるが、個人的な感情で話をしてしまえば鈴音は箒と敵対する必要性を感じていない。

むしろこれからの為に必要な情報を得る為にも、二人は話さねばならないのだ。

 

「私に答えられることは少ないぞ」

「アンタ達の目的は何? それにこいつ等は何なのよ、アンタ達の敵なわけ?」

 

質問の背景に束やブルーの行動を言及する色が含まれている事は言うまでもない。

一歩対応を間違えれば天災と敵対すると分かっていて鈴音は踏み込んでいる。

世界から雲隠れしている束一派から情報を引き出せると言うのは破格とも言えるが、箒と紅椿の力を持ってすれば答えずに力尽くで場を切り抜ける事が出来るのも事実である。

下手に口を挟めばややこしくなると理解している一夏は何とも言えない表情を作りながらも沈黙を貫いている。

少なくとも箒は束と行動を共にしており、即ち蒼い死神と繋がりがあると言う事だ。ここにいる全員が戦闘経験があり、何れも敗北を味わっている相手。

試合であるならまだしも理由の分からない一方的な暴力を容認出来る程の大人はいない。

 

「目的を問われると難しいが、ソレは私達に取って敵だ」

「こいつは何ものなの?」

 

箒と鈴音が顎で指し視線で動かない無人機を示しながらも探り合う。

 

「さてな、すまんが私にも正直分からない事が多すぎるんだ。ただ、一つだけ言える事がある」

 

空を仰ぎ少しだけ間を作りながら箒は静かに全員に視線を巡らせる。

 

「近いうちに大きな動きがあるはずだ、その時にきっと答えは出る」

 

未だ多くは謎に包まれているが、乱雑ではなくそれらが一本の糸で結ばれている事は少なからず皆が思い始めている。

答えが出る、抽象的な言葉であるが箒の目にはしっかりとした意思が宿っている。

眉間の皺を深め、更に質問を重ねようとした鈴音だが結局言葉が出ず溜息に終わる。

鈴音とて信じたいのだ、多くを語れぬまだあまりよく知らない友人を。

 

「皆、大丈夫かな」

 

一夏の声に誘われるように橙色の風が舞い込む。




ISキャラの過去話は鬱寄りの展開が多い。
あまり暗くならないよう、掘り下げ具合には注意しているつもりです。
本来はヴァルキリートレースシステム起動時はbootなんですが、こちらではStand Byを採用。
理由は言うまでもないかと思います。

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