IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第98話 目覚める刃(黒編)

日本は国土の広さに比べ複雑な立地を兼ね揃えた国である。

四方を海に囲まれ北には流氷、南は温暖な海、不気味なほど静まり返った森林から観光地ともなる砂丘、発展した都市に古き良きを残す雅な景観の街並み。

四季に彩られる土地、移り変わる時代を体現する街景色は様々な顔を持ち、国の大きさから比べれば珍しい部類に入る。

その上で地理的な視点で多くの国民が実際に目にした事は無くともテレビの中で一度は見ているであろう切り立った崖の上に彼女達はいた。

 

「何なんだよコイツ、強いってより硬かったな」

「その硬かった相手を穴だらけにしといて何言ってんスか」

 

崖の上、既に動かなくなった無人機の腹部に腰を下ろしているのは専用機ヘル・ハウンドver2.5を纏った、三年生唯一の専用機持ちであるダリル・ケイシー。

その少し上空、周辺空域を見渡しているのは専用機コールド・ブラッドを纏った二年生、フォルテ・サファイアである。

二機揃えば国家代表更識 楯無を上回るとされる評価は伊達ではない。

 

専用機ヘル・ハウンドver2.5の性能を正確に把握するのは非常に難しい、何せ特定の武装と言うのを持ち合わせていないのだ。

あらゆる兵器のデータ取りを行う為の試作兵器運用実験機、それがヘル・ハウンド。

SF作品の中にはプロトタイプの方が正規品より強いと言う定石があったりなかったりするが、篠ノ之 束が全力で作り上げフルパワー可動した実績を持つ白騎士がその典型と言えるだろう。

ではヘル・ハウンドはどうかと言えば機体そのものは特殊ではなく汎用型の強化版とラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに近い存在だ。

しかし、持つ武装はその限りではない。すべてがプロトタイプ、極端に一点特化された世に渡る前の武装を各種取り揃えている。

大幅な改修の回数が多すぎて途中からダリルさえも強化した回数を数えていない程だ、故にver2.5と銘打ってはいるが正確なバージョン番号は定かではない。

ダリル曰く「2.5って響きが格好いいだろう」だそうで当の本人はこれからも続くであろう改修に態々名前を変えるのを面倒くさがっている。

本来専用機とは乗り手に合わせた調整を行い人機共に成長を持って完成するものであるが、ヘル・ハウンドはその理論を破綻させている。

ただし、ヘル・ハウンド自体がダリル以外を搭乗者として認めておらず、どのような武装を使いこなせる高い技量を実現しているのだから間違いなく専用機なのだろう。

もう一機の専用機、フォルテのコールド・ブラッドはどうかと言えばこちらもやはり通常とは異なる特殊な専用機だ。全天候地形対応複合電子観測機、それがコールド・ブラッドの別称。

ISは火力、速度、防御力、あらゆる面で通常兵器を凌駕するがその中でも特筆すべきはセンサー類だ。

衛星とのサテライトリンクや動体センサーは言うに及ばず機体によっては温度や湿度まで確認出来る機体も存在する。

その中でコールド・ブラッドは更に一歩上を行くと言える。激しい嵐であろうが海の中、崩れや山や崩壊した建造物の中まで見透かせる目を持っている。

生憎と通信障害を突破は出来ないが、目に関してはISの中でも最大の性能と言えるだろう。

だからと言って戦闘能力が低いかと言えばそのような事があろうはずもない。

武装こそ必要最低限であるが、コールド・ブラッドの目は細かな挙動を見逃さない、無人機の簡単なパターン動さであれば見抜くのは造作ない。

災害救助を前提としたと言えば聞こえは良いが明らかにそれは強行偵察を目的とした最前戦機だ。

片や実戦で使う武器の試験運用機、片や多目的センサーを搭載した全方位観測機。

搭乗者こそ悪態をつく態度であるが、目を瞑っていても併せられる完璧な連携で迫って来るのだ、二対一であれば無人機に後れを取る理由は見当たらなかった。

 

「まぁ、二機はあの人が潰してくれたんスけどね」

 

元々は三対二だったが、横合いから割って入った機体がある。

 

「蒼い死神ねぇ、ありゃ確かに化物だわな」

 

国際IS委員会より国際テロリストとして指定された天災の共犯者が崖下の海辺にいた。

すぐ側に砕け散り動くことのない無人機の残骸が二機分転がっている。

 

「二次移行してるッスかね?」

「知らねーよ、挑んでみたらどうだ? 経験値がっぽり入るかもしれねーぜ」

「先輩からどうぞお先に」

「何言ってんだ、後輩が戦って疲弊した相手を横から掻っ攫うのが大人のやり方だ」

「最悪ッス、労働基準の改善を要請するッス!」

 

本来であればテロリスト指定されており、学園を襲った経緯もある相手なのだから二人の専用機持ちは蒼い死神と敵対してしかるべきだ。

しかしながら三機の内二機を破壊してくれた実績と挑んだ所で勝てるビジョンの浮かばない事からも二人は無策で挑むような真似はしない。

最優先目標に蒼い死神を指定されていれば話は別だが、現場判断を任せると千冬に言付かっているのだから無理に戦う理由を作る必要はない。

また、二人が言った経験値と言う表現もあながち間違っているものでもない事を記しておく。

ISと人間、人機一体の成長を促す一番の特効薬は戦闘による経験を積む事、結果的に敗北しようとも強敵と戦えば戦う程にISが力量を学び成長につながる。

早すぎる白式の二次移行も蒼い死神との度重なる戦闘、敗北が蓄積した経験が大きな要因になっていると言えるだろう。

しかし、二人は知らない。

蒼い死神ことブルーディスティニーは束が作り上げたISのようでISではないISみたいなもの、それは決して成長する事のない兵器として生まれた存在であると言う事を。

 

 

 

『あのねユウ君、ISにはリミッターがあるのは言ったよね?』

『あぁ、どのISにも例外なく施されているのだろう?』

『白騎士は例外だけどね、一部の軍属のISなんかは力尽くでリミッターを外した気になってるみたいだけど、それでも完全に外せてる分けじゃないの』

『…………』

『おっと、その間は何となく分かった間だね? そう、つまりだ、例外なく施されているリミッターをブルーから引っぺがしたって事だよ、限定的にね』

『EXAMか』

『御名答、EXAM発動時のみブルーは全ての枷から解き放たれる。白騎士に続く完全戦闘を前提としたISとしての性能を持ちMSを参考に作り上げた兵器にね』

 

 

 

出撃前に束からもたらされた言葉、その性能をユウは実感していた。

MSに比べるのはこの際置いておくとして、ISとして見れば今まで以上に攻撃力も機動力も並外れた化物だ。

機体として成長はせずとも機体性能は向上し搭乗者はよりISに慣れ強くなっている。

今までもEXAMを使用すれば擬似的なリミッター解除状態として性能向上は見られたが、今回のは正真正銘のリミッター解除だ。

二次移行は成長からの覚醒であるが、リミッター解除は本能回帰と言った所だろう、相手が無人機であれば殺意を感知するEXAMとしての本質は意味を成さないが機体性能が跳ね上がるのであれば使わない手はない。

本来は切り札的な使い方をするべきものであったとしても実験部隊として活動していた経緯からも未知数の機能をそのままにしておくユウではない。

まず自分の身で経験しない事には兵器を運用など出来ず、その結果が残骸となり寄せては返す波に遊ばれる二機の無人機だ。

 

「……本命はここじゃないな」

 

赤から緑に戻った瞳で空を仰ぎ静かに呟く。

ISと互角以上の性能を持った無人機が三機、それでも尚、ここは死線と呼べる戦場ではない。

 

 

 

 

「はは、参ったね」

「弱音を吐きたくはないが、これは流石にどうにもならんか」

 

晴れやかな空とは裏腹に眼科には生身で立ち入りを憚られる鬱蒼と茂った樹海が広がっている。

一角には灰色の鱗殻(グレー・スケール)で胸部を抉られ動かなくなった無人機を一機確認出来るが、シャルロットとラウラに撃墜を喜ぶ余裕はなく浮かんでいるのは乾いた笑みだ。

上空、二人の視線の先に受かんでいるのは灰色の巨躯を持つ無人機、その数六機、うち二機は柱のような刃のない剣と無骨で分厚い壁のような大盾を携えた新武装タイプだ。

機体相性はあるが無人機は基本一対一では一進一退であるとセシリアが証明している。

第二世代とは言え一撃の威力で言えばIS武装の中でも最大級の破壊力を秘めた灰色の鱗殻を持つラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡであれば勝利をもぎ取れるかもしれないが、迂闊に飛び込める相手でもない。

故にラウラとの二人組だ、ダリル&フォルテと同じく千冬が考慮した必殺の組み合わせとして送り出したチームである。

相手が無人機とは言えISを参考にしているに違いなくPICを使っているのであれば停止結界は有効だ。

もし通じなかったとしても大火力のレールカノンやワイヤーブレードと相手の動きを封殺するに関してシュヴァルツェア・レーゲンは高い性能を有している。

結果は千冬の目論見通り、二機の火力で動きを封じ灰色の鱗殻を叩き込み勝敗を決しているが、それを成功と呼べるのは敵が一機であった時までだ。

落としたのを合図であったかのように現れた増援を前に二人は決断を余儀なくされていた。

 

撤退、その二文字の実行は難しくはなく不可能でもない。

無人機の推進力がISに負けないものだとしても互いをフォローしつつ逃げに徹すれば振り切る自信が二人にはあるが、撤退すると言う事はIS学園での防衛線に持ち込むと同義。

千冬を初め山田先生や打鉄乗りも控えており専用機がいないにしても戦力的に申し分はないが、同時に非戦闘員も数多くいる学園を戦場にすると言う意味だ。

 

「……シャルロット、ここから離脱しろ」

「ラウラ?」

「二機共撃破や捕縛などされては笑い話にもならんからな」

「それならラウラが行ってよ、万が一捕まってもラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの有用性は低いから大打撃にはならないよ」

「馬鹿を言うな、機動力ならラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの方が上だろう」

 

撤退する判断自体を両者は否定しない、その上で最もリスクを減らす手段を選ばなくてはならない。

六対二では勝ち目はない、二機揃って離脱すれば安全に逃げられるが学園が戦場になる、二機が別々の方向に逃げて各個撃破を狙うには危険性が大きすぎる。

頭の中を巡る案から即座にメリットとデメリットを計算し最前を探し出す。

 

「通信可能領域に入ればすぐに学園に連絡を入れ、オルコットの所へ向かえ、一番近いはずだ」

 

眉を寄せ否定の表情を作るがシャルロットの中でも既にそれ以外の方法はないと判断してしまっている。

一機が時間を稼ぎ、一機が離脱すると言う被害を最小限に抑えるプラン。

無論、捨て石にするのではなく通信が出来ないのだから直接援軍を呼びに行くと言う意味である。

幸いなのは一機目を速攻で鎮め二機とも目立ったダメージを追っていない点だろう。

 

「もしセシリア達の所がここ以上の激戦区だったら?」

「援護してやれ」

 

逆の立場であればシャルロットがラウラに提案していただろう。

千冬の判断はあの場では最前であったが、この場を切り抜けるには戦力が決定的に足りない。

 

「適当に時間を稼いだら私も撤退する。ここを死に場所にするつもりはないからな」

 

ISに乗っている以上、死を直面する場面はむしろ少ない。

しかし、軍人であるが故か戦場であるが故か二人はこの場において死を明確に捉えていた、つまりそれは無人機に負けた場合の想像だ。

人間を欲しているなら捕虜にされるかもしれないが、機体を欲しているのであれば機体から無理矢理引き剥がされ殺されるかもしれない。

ISが強制的なスリープモードに移行し搭乗者を絶対防御で守ると言っても引き剥がせない訳ではない。

気を失ってしまえばそのまま連行されてしまうかもしれない、シュヴァルツェア・レーゲンの待機状態はレッグバンド、足を切り落とす事も可能だろう。

ISは安全である、それはあくまでスポーツの上で成り立つ事だ。手段を選ぶ必要のないのであれば話は違ってくる。

 

「嘘が下手だね、ラウラ」

「なに?」

「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡより機動力の低いシュヴァルツェア・レーゲンでどうやって単機で逃げるのさ」

「地形を利用すれば不可能ではないさ、心配いらん」

「ふふ、嘘ばっかりだ、まるで僕みたいだよ」

「嘘か、なら事実を一つだけ言ってやろうか」

「事実?」

「私はIS学園食堂企画の秋の和菓子フェアをまだ堪能していない」

「へ?」

「聞こえなかったか? 私はまだ学生でいたいと言っているんだ、不服か?」

「……ふふ、まさか」

 

短い逡巡、元々迷う必要性はなかったとはいえ友人を戦地に残す以上決断は簡単ではない。

ましてやシャルロットに取ってIS学園の仲間は初めての友達なのだ。

入学そのものが仕事であると言えなくもないが、仕事の繋がりを無視できる間柄だ。

ラウラやセシリアであれば既にシャルロットの立場も承知の上、その上で友達と言ってくれている。

 

「分かったよ、必ず援軍を連れて来る」

「あぁ、時間稼ぎは任せておけ、お前が戻るまで持たせて見せるさ、なに切り札位用意している」

「うん、無事でね」

「お前こそな」

 

視線を交えた後、低い高度を維持したままラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが急加速、この場から離脱を試みる。

二機で移動すれば確実ではあるが、もしセシリア達の戦場が更なる激戦区であればそこに六機もの敵を運ぶ事になる。それは避けなくてはならない。

ラウラが逃げるのが嘘であり、求められるのは迅速な行動だからこそ機動力に優れる側が行かねばならない。

ほぼ同時に無言で照準を向けていた無人機達がラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに砲身を向けるがシュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンが妨げ、追撃を阻む。

 

「行かせるはずがないだろう、律儀にこちらの話を待っていたわけでもあるまいが、動くものを追う習性でもあるのか? まぁ、お前達の思考回路など知ったことではないが、格好を付けた手前、少し私の相手をしてもらうぞ」

 

全速力で離脱するラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは空域を離れ小さくなっていく。

代わりに六機の無人機の視線を越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を発動させ瞳を金色に輝かせるラウラが一身に浴びる。

普通に戦って勝てる相手でない事は重々承知、その上で強者として君臨する為に感情なき無人機達に敵意をぶつける。

無人機の存在は一歩間違えばラウラ・ボーデヴィッヒと言う少女の鏡だったのかもしれない。

戦う為に造られ、自分の意思とは関係なしに戦場に送り出される。

しかし、ラウラは出会った。自分を人間として扱ってくれ、高みへの足掛かりをくれた恩師に、死んで欲しくないと思える友達に。

これは誰かに命じられたのではなく、自分の意思で戦うと言う表明だ、人形には出来ない感情のなせる想いを胸に。

無人機は照準こそラウラに合わせているが動かない、否、動けない。

シュヴァルツェア・レーゲンを中心に空気が歪む程の熱量が放出されており、不足の事態に観測を優先させている。

即座に仕掛けてこなかった事からも何か目的があるのかもしれないが、ラウラにそれを考察する余裕もつもりもない。

今この場で必要なのは戦う為の力だ。

 

「戦う為に産まれ、戦いの中で生きる術を学び、戦いの中で友を守る。これが良い人生でなく何だと言うのか、だがな、私はまだ足りん。きんつばは美味かったがまだ食べていない菓子が山ほどある。アニメを見ずに日本を語るなと部下にも怒られていてな、簪に見繕ってもらう予定だ。シャルロットやセシリアには服を見に行こうと誘われている。つまりだ、私の首は安くないぞ、人形共」

 

獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすと言う

それは弱肉強食の常であるが、弱者を相手に驕るなとの戒めでもある。

しかし、真理はそれだけではない。

獅子は兎であっても仕留めなければ明日を生きていけないかもしれないからこそ、必死なのだ。

窮鼠猫を噛む、弱者は時に強者に対し偉大な一撃を放つ場合がある。

無人機と黒兎、果たしてどちらが強者でどちらが弱者なのか。

 

「すまんなシュヴァルツェア・レーゲン、私は勝つ為にお前を否定する。友の為に敬愛する教官の名に泥を塗る。軽蔑してくれて構わんよ、私は生きる為に最善を選ばせて貰う」

 

切り札は最後まで取っておくもの、そんな言葉は今は必要ない。

迷いを捨て、全てを賭けて、希望を勝ち取る為に。

後の歴史書にIS乗りとしてラウラ・ボーデヴィッヒは偉大な戦士の一人として記されている。

そこには短い一文が刻まれている。

 

──Valkyrie Trace System Stand By

 

「そうか、お前もそれが最善だと思うか、なら、暴れるとしようか、相棒」

 

その白い黒兎は凶暴である、と。




ヘル・ハウンドver2.5とコールド・ブラッドについてはオリジナル設定です。
ユウさんの出番…… あ、あれ?
これはこれで強者の貫録だと思います。

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