IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第97話 目覚める刃(後編)

織斑 一夏の内心を語るならばISは必ずしも良き隣人と言う印象ではない。

正義の象徴でもなければ必殺の刃でもない、どちらかと言えば持っている印象は畏怖の割合が強い。

姉が世界の頂点に輝いた要因にして、伝説を作った白騎士から始まる系譜、世界をひっくり返した超兵器。

様々な観点を持つISは必ずしも幸福を呼ぶ訳ではない、それは一夏であっても例外ではない。

歴史の闇に飲み込まれ表には出なかったが、その恐るべき力を一方的な暴力として向けられた過去があるのだから当然だ。

結果だけで言えば五体満足、犠牲を出す事なく鎮圧されたが、銃口を向けられた事もない人生の中でそれ以上に強大な力が無抵抗な自分に向けられたのだ。

敬愛すべき姉の偉大な功績を否定はしたくないが、心に欠陥を作ってしまってもおかしくはない悲劇。

が、そこから引っ張り上げてくれた友人がいる、自分の為に強くなってくれた少女がいる、背を預ける事の出来る仲間がいる。

今、目の前で大切な友達が苦しんでいる。

ISとは何か、哲学的な質問をする時ではない、何の為にその身に忌むべき力を宿しているのかを問う時でもない。

差し延ばせる手があるのに、踏み出せる一歩があるのに、あと少しの距離なのに、今ここで奮い立たなくて何の為の力だと言うのか。

 

反応速度が鈍い、出血はなく視界もはっきりしているが、鈴音までの距離が遠く目の前に立ち塞がる壁が邪魔をする。

息が上がり筋肉が痙攣を帯びているのは緊張か疲れなのかも定かではない、もしかすると気付かぬ内に限界を越えてしまっているのかもしれない。

それでも踏み込んだ足に込める力は緩めない、射抜く視線は逸らさない、目標に向ける切っ先は揺るがない。

千冬の名前を汚さない為に、白式に相応しいように、鈴の背中を守れる位に、掲げた決意は途方もない願いでありながら手の届かないものではない。振り絞るべきは今なのだ。

 

 

 

──力を欲しますか?

 

それが声なのかどうかすら咄嗟には分からなかった。

目の前の敵から視線は動かしていないにも関わらず、一夏の視界は瞬く間に塗り替わった。

思わず息を呑む、全身を支配していたはずの緊張感が一瞬で霧散していた。

 

「え?」

 

間抜けな声が漏れたのも無理はないだろう。それは余りにも歪で常識の外の出来事だった。

遠くから聞こえて来るのは残響間のある波の音、何処までも続く柔らかい白浜、あるはずの海との境界線が曖昧で地面も空も美しい真白の世界、果てしなく続く白は儚い程に美しい。

極限まで集中力が高まった時に時間が引き延ばされる錯覚に陥る事があり、優れたスポーツマンや格闘家は意図的にその状態に入れると言う。

しかし、ここまで風景が変わる事はなく、一夏の意識は完全に理解の範疇を越えた状況に飲み込まれてしまっていた。

 

「あ、あれ? 何で、何が」

 

疑問符を多数浮かべる一夏の声に返って来るのは少女の含んだような笑い声。

くすくすと微笑みながら、白い砂浜で波と戯れる少女がいた。

 

「君は、何処かで……」

「思い出さなくていいよ」

「え?」

「必要なのは過去じゃないもの」

 

真っ白いワンピース、肌も髪も全てが白く染まった少女が振り返り笑顔を咲かせる。

 

「やっと、会えたね」

 

表情は良く分からないが、初めて聞くはずの少女の声は何処か懐かしい響きを帯びている。

波の音、何処までも続く白い世界、微笑みかける少女、心が落ち着き、頭の中がクリアになっていく感覚は眠りに落ちる直前に似ている。

 

「選択肢は幾つもあるよ、このまま逃げても良いし、誰かに助けてを求めても良い」

 

何の事を言われているのか理解するのに一瞬遅れるが一夏はゆっくりと首を振る。

 

「君が誰でここが何処なのか、何となくだけど分かった気がする」

 

ゆっくり大きな瞬き、見開いた一夏の瞳は真っ直ぐに少女を捉え離さない。

 

「俺、行かなきゃいけない、助けたい人がいるんだ。誰かに任せるんじゃない、俺の意思で助けたいんだ。それが我儘だとしても、自分の気持ちに嘘は吐きたくない」

「そっか、なら、行かなきゃね」

 

人懐っこい笑みを浮かべた少女に一夏を見つめ返す。

 

「ねぇ、教えて? 欲しい物は何? 望むべき力の姿は?」

 

両手を広げた少女の背に美しい翼が広がり、銀色に輝く剣と盾が現れる。

 

「何処までも羽ばたける翼? 全てを切り裂く剣? 何ものにも砕けない盾?」

 

酷く曖昧で形容しがたい力の姿を告げながら少女は笑みを深める。

それが当たり前であるように、二人の間に阻むものは何もないと言わんばかりに無条件で願いを受け入れるだろう。二人の間に遠慮は必要ない。

空気が歪み、真白の砂浜が蜃気楼の如く揺らぎ、一人の騎士が現れる。

 

「何の為に力を欲しますか?」

 

全身を白い騎士甲冑で覆い何処か懐かしくも凛々しい雰囲気を漂わせる女騎士。

何処で、誰が、と決定的なところは分からず抽象的なイメージに過ぎないが、一夏は彼女を知っていると心の奥底で自覚していた。

そもそもこの空間が異質であると言うのは論点の外の話、一夏は唐突に空間を割って騎士が現れた事に違和感を覚えなかった。

 

「俺はさ、強くなりたいんだ。千冬姉の為だとか鈴の背中を守るだとか大層な理由をつけるには未熟だけど、俺は自分で満足の行くように強くなりたいんだ」

「自己満足の為に力を求めると?」

「まぁ、そう言われたらそうなるのかな。でもさ、目の前で友達が苦しんで、助ける力があるのに何もしないのは嫌なんだ。千冬姉も白式も鈴も俺を助けてくれるけど、俺はまだ皆に何も返せてないから、その為に力がいるなら俺は力が欲しいよ。自分で何言ってるのか良く分からなくなってきたけど、駄目かな?」

「いいえ、理由はいかようにでも作れます、必要なのはそこに意思があるのかどうか。貴方はこれまで白式と共に学び続けてきたはずです、これはその成果。貴方達が二人で辿り着いた答えの形、故に、それを受け取るのに迷いは必要ありません」

 

顔全体を覆っている兜で表情は見えないが白い騎士が微笑んだように思うのは気のせいではないだろう。

 

「求めなさい、欲しなさい、貪欲に願いなさい、貴方の努力が実った結果を受け取りなさい。開花した貴方達の新しい力を」

「さぁ、行こう。貴方を……。ううん、私達を呼んでる人の所へ帰ろう」

 

それは真夏に降る雪の如く、刹那の幻、一瞬の夢。

危険から遠ざける為に与えられ力と言う矛盾、自分自身の心の内側との対話、求めるべき力の顕現。

ISの内側に触れる事はある意味で革新に近い、共に成長してきたもう一人の自分と向き合う事は互いを信じ合わなければ成り立たない。

 

「あぁ、そうか、信じるってのはこういう事か」

 

それが何を指し示しているのか分かったのか真白の少女と白い騎士は互いに見詰め合い、小さな笑いを零す。

 

「私達のお母さんと妹をお願いね」

 

伸ばされた少女の手が意識を奪う程の眩い光を放つ。

 

 

──私達は応援するからね。

  剣道部員達の声援が聞こえる。

 

──御機嫌よう、織斑さん。

  ずっと導いてくれている友人の笑みがある。

 

──頑張って!

  出会って間もなく友になってくれた人がいる。

 

──私はお前が嫌いだ。

  口は悪いが面倒見の良い軍人がいる。

 

──……ここから先へは行かせない。

  懸命に道を開いてくれる仲間が出来た。

 

──貴方の成長にとても期待しているの。

  見守ってくれている先輩がいる。

 

──あたしは強くなったよ。

  自分の為に強くなってくれた親友がいる。

 

──話したいことは山ほどある。

  まだ多くを語れない幼馴染がいる。

 

──なら答えは出てんじゃん。

  いつまでも味方でいてくれる野郎がいる。

 

──勝って来い。

  送り出してくれた愛すべき姉が待っている。

 

 

力が溢れ内側から種が割れるように、可能性の獣が咆哮を上げる。

対話の果て、一滴の水を掴み取り、人類の隣人、インフィニット・ストラトスが覚醒する。

繰り返し味わった敗北はこの一勝の為に。

 

 

 

純白の輝きが白式を中心に周囲の山々に溢れかえる。

上空で戦っていたセシリアと簪も動きを止め、眼下で起こった異変に目を奪われていた。

戦場で動きを止めるとなれば愚の骨頂と言えなくもないが、動きを止めているのは無人機も同じだ、全員が光の中心を見据えたまま動かない。

圧倒的なエネルギーの質量と神々しいまでに美しく光輝く人機一体の姿。

光が弾け、奪われた全員の視界が元に戻る。

唇を引き締め、刹那の邂逅から意識を取り戻した一夏が視線を上げる。

時間にすれば一秒も経っていないが夢や幻ではないと言い切れる高揚感に満ちている。

 

「ありがとうな、白式」

 

何よりその変化は外観から如実なものだった。

ヒビ割れていた各部の装甲は再生し、より強固に強大に生まれ変わり、白式の特徴とも呼べる白い翼は複数枚に分裂し光が翼を形成している。

それは溢れ出たエネルギーの残粒子よって形成されているのだから内包されているエネルギー総量は計り知れない程に膨大だ。

その上で最大の特徴を上回る変化を遂げているのが腕全体を覆い尚余りある程に巨大化した左腕、名を雪羅。

 

二次移行(セカンドシフト)!」

 

驚きと喜色が入り混じった声を上げたのはセシリアだ。

一夏が白式と出会い最初に戦い、その成長を最も近くで見続けてきた彼女だからこそ、我が身の如く表情を綻ばせる。

ISと人間、一人と一機が共に成長、同調の果てに辿り着く到達点、IS乗り達が目指す高みの一つ。

世にIS数あれど、現存するISで辿り着いたのは数機しかいないと言われている最高峰、世界最強の武力の完全なる姿。

立場は各々あれど代表候補生達も当然ながら目指している極地だ、一夏が辿り着くには早すぎる。

そこに見えざる神(篠ノ之 束)の姿を疑わずにいられないが、今はその議論をする必要はないだろう、確かなのはこの絶望的な状況を切り抜ける一手が舞い降りたと言う事。

 

白式、第二形態、名を白式・雪羅。

一夏の頭の中に直接流れ込む生まれ変わった白式のデータは今までのスペックを遥かに凌駕するもの。

単純なエネルギー総量は元より、装甲強化による防御力補正、各種スラスターによるバランス性能の向上と言った全体的に能力が底上げされている。

が、何より特筆すべきは膨大なエネルギーを使った機動力だ。

新しく生まれた光の翼から迸る出力は従来の白式の軽く二倍、元々第三世代の中でもトップクラスだった出力値が化物じみた数値を叩き出している。

スピードをそのまま攻撃に上乗せ出来る一夏の戦闘スタイルであれば、新武装である雪羅を除外しても右腕に今までと変わらず展開されている雪片弐型による攻撃だけでも圧倒的な威力に換算できるだろう。

より強く、より早く、デメリットを補うのではなくメリットを更に強化すると言う尖った進化だ。

 

「今度こそ助ける」

 

踏み込む一歩に何度も繰り返した最速の一歩の幻影を重ね合わせる。

無人機までの距離は二十メートル程度、ISであれば一瞬の距離であるが、第二形態に移行した白式の速度は更にその上を行く。

一歩、あえて浮いてではなく地面をしっかり踏み込んだ一夏はその性能を実感する。

鈍い音を立てて足の形に陥没した地面、その音を置き去りにして白式が無人機に肉薄、その間は一瞬ですら遅すぎる。

反応が追い付いていない無人機の右腕を巨大な左腕に進化した雪羅の先端に発生したエネルギークローが掴み上げ、引き延ばした腕の関節部に零落白夜を発動させた雪片弐型が叩き込まれる。

吸い込まれるように垂直に落とされたエネルギー刃が無人機の片腕を舐めるように斬り落とした。

体勢を崩し一歩後ずさる無人機の脚部を目掛け追い討ちの一撃が雪片弐型から放たれ、無人機がぐらりと傾く。

その頭部を雪羅のエネルギークローが掴み取り、音を立てて握り砕く。

 

「まず、一つ!」

 

メインカメラを潰されただけで無人機が機能停止に陥る訳ではないが、片腕を失い、両足が上手く動かないとなればナノマシンの再生が追い付くまでは敵ではない。

ましてや目の前にいるのは覚醒したイレギュラー要素のある第三世代機、現段階のスペックだけで言うなら紅椿をも凌駕している。

マシンスペックだけの問題ではない、剣筋や足運びと言った共に成長してきた一夏だからこその成果。

強化と言う意味で言えば零落白夜もそうだ、無人機はISのエネルギーシールドを発していないのだからエネルギー無効化を発動させる必要性はないが、これは単純に攻撃力の問題だ。

雪片弐型による物理ブレードの攻撃よりも零落白夜を発動させたエネルギー刃の方が威力が上回る。故の零落白夜による攻撃、故の無人機の腕を切り落とすと言う破壊力。

地面にひれ伏し、片腕の無人機に背中を踏まれた体勢のままであった鈴音でさえ自分の立場を忘れ見開いた目と半開きになった口を閉じるのを忘れてしまっている。

次に一夏が取った行動は動けない無人機への止めではなく、鈴音を踏み付けている無人機への突撃だ。

 

「おぉぉ!」

 

今度は地面に足を付けず低空で飛びながら雪羅を構え突っ込む。

エネルギークローも発生させていない巨大になった左腕によるただのパンチだが、圧倒的な速度を伴い撃ち込まれる拳はもはや弾丸を飛び越えて大砲の域だ。

ぼごん、と気持ち良い音を立てて無人機の腹部が陥没する。

それでも尚踏み止まろうとする無人機を白式はエネルギー翼をはためかせ更に押し込み弾き飛ばす。

木々を薙ぎ払いながら数メートルの距離を巨漢の無人機が転がり、力任せに鈴音の上から引き剥がす。

 

「鈴! 大丈夫か」

「う、うん、ありがと」

 

巨大化した左腕、雪羅に驚きながらもその手を借りて立ち上がる鈴音は改めて二次移行した白式の雄姿に驚嘆の息を零す。

四つの龍咆のうち二つが破壊され至る所に亀裂の走った甲龍と比較すれば純白の騎士は強さと美しさを兼ね揃えていると言えた。

 

「織斑さん! 鈴さん!」

 

上空の二機の無人機が下方向を見据え、両腕のビーム砲による砲撃の姿勢に入っている。

警告などあるはずもなく、セシリアの悲鳴に近い叫び声が聞こえた時には既に四本の極太ビームが地表を目掛け降り注いでいた。

命令の優先順位を塗り替える程、今の白式は危険だと無人機達は判断していた。それは非常に合理的であると同時に愚かな選択肢だと言うのに。

 

「鈴、ちょっと我慢しろよ」

 

右腕でふらつく甲龍を抱き寄せ雪羅を上空に掲げる、念じるのは何ものにも破壊を許さない絶対防御の盾。

 

「っ!?」

 

驚愕したのは鈴音かセシリアか、はたまた簪かは分からないが誰かの息の飲む音と共に白式と甲龍、二機の頭上に光り輝く盾が出現する。

雪羅から放たれた第二の武装である盾はこの場に居る全員が見覚えのある零落白夜の極光。

 

「あんた、それが何か分かってんの!?」

「白式が作ってくれた」

 

それはつまりエネルギーを無効化する盾である。

エネルギー無効化と言う白式の単一仕様能力を攻撃だけでなく防御にも宛がう。

これまでも零落白夜でエネルギー兵器を薙ぎ払った経緯はあるが、これは防御力の次元が違う。完全に守る為の零落白夜だ。

余談だが、これでブルーティアーズとの相性は更に悪くなったと言えるだろう。

 

「ん、もう動けるのか、もう少し暴れられるか?」

 

前半を殴り飛ばした無人機に、後半を鈴音に向けながら一夏が告げる。

 

「当たり前でしょーが、やられたままで終われるかっての!」

 

半分以上強がりが含まれているのは見て取れるが指摘をする無粋な真似は誰もしない。

上空の二機が追射撃の姿勢に入っているが、セシリアと簪が許容させるはずもない。

 

≪自爆シークエンスが作動しました、三十秒前からカウントスタート≫

 

片腕の上に腹部が大きくへこんだ無人機から唐突に鳴り響いた電子音に表情を歪めたのは全員だ。

搭乗者がいないのだから自爆と言う戦法を取る可能性を考慮していなかった訳ではない、事実蒼い死神と共闘した際にも一機は半ば自爆に近い形で崩壊している。

仕掛けてきた側がその選択肢を選ぶとは思っていなかったと言うのが本音だ。

 

「まずい! 鈴、アイツを上に飛ばせるか!?」

「任せて!」

 

何か手があるのかと、あえて問うまでもない。信じて突っ込むだけだ。

一部欠損したブースターでは不安定な動きしか出来ないが、残るエネルギーを注ぎ込み甲龍は飛翔。

距離を詰め物言わぬ人形の足を払い、体勢を崩し下から両手を突き入れる挙動は全身に染みついた流れるような体術の成せる技。

 

「もう少しだけ、甲龍!」

 

射出と言うよりは暴発のような爆発と共に二つの龍咆が力を振り絞った叫び声を上げる。

砕け散る龍の咢が吐き出した衝撃砲は砲身の崩壊と共に無人機を大きく上空へ弾き飛ばす。

片や一夏は雪羅を空に向かい伸ばし意識を集中させる、思い出すのは白い騎士の貪欲に願えとの言葉だ。

雪羅が、白式が与えてくれた新しい力であるならば出来るはずだ。

白式の戦術の中に足りておらず、この状況を打破する決定打になる必殺の一撃が。

 

≪雪羅、砲戦モードへ移行します、射線上の味方機は退避して下さい≫

 

今度の電子音は無人機からではなく、周辺に警告を発したのは白式そのものだ。補足しておくが真白の世界で出会った少女の声ではない機械音だ。

ISは搭乗者の身体に危機的状況が及んだ場合や攻撃に関してのサポートに音声で知らせる場合はあるがあくまで安全面のシステムの延長だ。

白式にも安全プログラムは組み込まれているはずだが、砲戦仕様のメッセージが元々搭載されているはずはない。進化の果てに新しく生まれたものだ。

最も、今更イレギュラー要素の一つや二つを気にしている場合ではないのも事実。

砲戦モード、その言葉に従うように上空の無人機へ向けた雪羅の先端部が円柱に形成された砲身を作り上げ、一夏の左目を覆うように射撃用のセンサーが展開される。

更に脚部の脹脛部分と踵部分から突起型の固定具が射出され地面と白式を固定する。

 

≪戦闘レベル、ターゲット確認、荷電粒子砲スタンバイ、トリガーを預けます≫

 

狙いは上空で今にも爆発せんとしている無人機。

空中であれば爆発させてしまっても問題ないようにも思えるが、対象の火力が不明である以上、そのまま起爆を許せば山や地形に影響を及ぼす可能性がある。

被害を最小限にしつつ現状を覆すには目標を完全に消滅させるのが最も理想的だ。

 

「いっけぇ!!」

 

左腕を一本の柱と見立て雪羅最大の一撃が放たれる。

地上から宇宙を貫かんと放たれた閃光が走り抜け、空気を何重にも破砕する重低音が遅れて鳴り響く。

 

「へ?」

 

間抜けな声を漏らしたのは一夏本人、放たれた光は文字通り全てを消し去っていた。

真っ直ぐ無人機を木端微塵に粉砕し遥か遠くの雲には大きな円が開いている。

同じ荷電粒子砲でも打鉄弐式の春雷とは威力の桁が違う。

それを証明するように雪羅の後方、白式の左肩部分からは音を立てて白煙が排出され、地面に固定されていたはずの機体が後ずさった痕跡が刻まれている。

威力の代償とばかりに再装填までの時間として三百秒が表示されていたが、最早関係がなかった。

 

「ちょっとビックリしたけど、これで二機目。鈴はそこで待ってろ、いくぜ白式、奴等の反応速度を越えろ!」

 

呆気に取られたのは皆同様であるが、白式が与えてくれた力を物にしている一夏の行動は早く即座に空中に躍り出る。

地面から跳ね上がり、セシリアが迎え撃っていた無人機に瞬く間に接近、右手の雪片弐型から零落白夜の光を放ちながらすれ違いざまに一太刀を浴びせる。

関節部でなければ致命打には至らず装甲の表面を傷つけるに留まるが、その一撃は間違いなく戦場を切り裂いていた。

 

「オルコットさん!」

「お任せ致しますわ」

 

鈴音程阿吽の呼吸とはいかなくとも言わんとしている事は即座に通じ合う。

スターライトMkⅢの照準を簪が戦っている相手に向け直し、この敵を一夏に任せる。

代表候補生としては恥ずべき行為と責められるかもしれないが、それこそが最善であると誰からも文句は出ない。

 

「押し切らせて貰う」

 

一人では決して辿り着けなかった極地を今の一夏ははっきりと自覚する事が出来ている。

左腕へ視線を移せば真白の少女の笑みが重なり、背中には白い女騎士の手が添えられている。

否、それだけではない。雪片弐型握る手には剣道部員達の声援が重なり、ISと出会い交わった友人達との全てが一夏を支えている。

当然ながら無人機も黙ってやられている訳ではない、選んだ攻撃方法は砲撃でも拳撃でもなく攻防一体の独楽回転。

 

「武器はこれで全部か」

 

視線を巡らせ使用可能な武装を確認。

エネルギークロー使用可能、エネルギーシールド使用可能、荷電粒子砲、再装填まで二百三十秒。

言葉がなくとも白式の想いは痛い程に伝わって来る。信じて突き進めと、道を切り開くのに力が必要なら貸してやると。

選ぶのはエネルギークロー、右手の雪片弐型と合わせて近接で使える武器を最大出力で展開する。

接近してくる独楽回転に対し選ぶのは最も得意とする戦法、背面のブースターを点火、放出したエネルギーを取り込み爆発させる瞬時加速。

 

「うぉぉおおお!!」

 

両手に凶器を構えの特攻。

これが今までであったなら簪は愚かセシリアにさえ通じない悪手に過ぎないが、今は違う。

背面から排出されるエネルギーの波は二重に重なり白式はその姿を白い流星へと変化させる。

瞬時加速中に瞬時加速を重ねる高等技術は千冬が得意とする一撃離脱の極意とも呼べるもの。

空で激しく激突した二機。

激しい衝突音は思わず顔を背けたくなる程に生々しい鈍い音だが、同時に独楽回転が力によって相殺し停止する。

音が止み、歯を食い縛る一夏と無言の無人機が重なり合っている。無人機の腕を掴む雪羅のエネルギークローと逆の腕とぶつかり合う零落白夜の刃。

互いが剛力をぶつけあう単純な力比べ、小手先の技術を忘れた原始的な戦へと戦局は移り変わっていく。

力と力であれば無人機は巨体と合わせて圧倒的な怪力を誇り、関節部を斬る訳でもなければ例え二次移行を果たそうとも簡単に打倒出来る相手ではない。

同時にこの場で唯一第三者としての視点で戦いの行く末を見守っていた鈴音が恐れていた事態に気付く。

 

「一夏ァ!!」

 

戦線への復帰は難しい鈴音の叫び声。

一瞬でも力を抜けば殴り飛ばされる状況でありながら一夏も事態には気付いていた。

それはメリットを最優先に引き延ばした二次移行の代償、今までの白式から何ら変化していない最大のデメリット。

 

「分かってる、分かってるんだ!」

 

雪羅を手に入れても、エネルギー量が増えても、攻撃力が大きくなり消耗するエネルギー量が増加すれば根本は変わらない。

零落白夜を当てる為の爪、零落白夜を使った盾、全てを破砕する遠距離攻撃、その全てが燃費など考えられていない。

機動力と攻撃力に全ステータスを振っているピーキーな機体のスタミナと言う最大の弱点は克服されていない。

零落白夜、雪羅に瞬時加速、エネルギーの大判振る舞い故の当たり前の結果、刻一刻と減っていくエネルギー残量に顔を顰めるしかできない。

 

「だけどさ、不思議と俺はこれで良いと思うんだ」

 

返事などない無人機相手に口角を上げて見せる。

あの真白の世界で見たものが何なのか説明する術を一夏は持たないが、心地良い世界に違いはなかった。

そこで知ったのだ、信じると言う事を、寄り添うと言う意味を。

 

「お前が束さんの敵なら、考えるのは俺の仕事じゃない、俺が思ってる以上に束さんは天才だからな」

 

最大出力で腕力勝負を繰り広げる白式のエネルギーが消耗し、残量がレッドゾーンに突入、零落白夜の輝きが光量を失い始める。

 

「来い、早く来い! 俺は一人じゃ何も出来ないんだ!」

 

独り言にしては弱々しい内容だが、声を大にして一夏は吼える。

それはこの場にいる者に対してではなく、ここにはいない誰かに向けての半ば確信的な、信じているが故の叫びだった。

 

「箒ーっ!!」

 

 

 

 

 

「あぁ、聞こえているさ」

 

空が鳴き、雲を貫き、大気を切り裂いて、地表を目指す彗星の如き衝撃と共に空を紅の軌跡が疾駆する。

束ねた長い黒い髪、強い意思の宿る瞳、凛とした佇まい、その身は一振りの日本刀の如く。

垂直に落ちてきた紅い彗星が手土産とばかりに無人機の頭部を二本の刀で痛烈に叩きつける。

姿勢を崩した決定的な隙を二人の剣士が見逃すはずもなく、雨月、空裂、雪片弐型と三本の刀から斬撃が迸り無人機の両手両足を斬り砕いた。

 

「すまん、遅くなった」

「ほんっとにいつも美味しい所で来てくれるよな」

「む、来ない方が良かったか?」

「まさか、ありがとう、助かったぜ」

「礼は最後の仕上げを終わらせてから聞くとしよう」

 

何が起こったか理解の遅れる一同を他所に一夏と箒は小さく笑い合い、互いのISが拳を合わせる。

 

「待たせたな、白式」

 

優しい口調で告げられた箒の言葉の直後、戦場が金色の光に包まれた。

白と蒼に並び立つもの、紅の放つ黄金の光、それが意味するものを理解する。




一夏&白式覚醒。
強すぎる代償として燃費の悪さは相変わらずです。
暫く一夏君のターンが続きましたが、次はあの人の出番がやってくるかな。

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