IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第96話 目覚める刃(前編)

装甲損傷率十二パーセント、第一から第三スラスター及び背面スタビライザー、ウイング小破、オートバランサー調整率八十七パーセントまで低下、エネルギー出力限界値八十パーセント。

頭の中に直接流れ込んで来るデータに最初は理解が追い付かなかったが、自分の身に何が起こったのかを思い出し意識に覚醒を促す。

瞼を押し上げた一夏の視界に飛び込んできたのは左右に押し倒された木々の姿と抉れた地面、進行方向から自分が吹き飛ばされて出来た道だと分かる。

 

「くっ!」

 

手足の感触を確かめ五体満足である事を確認、吹き飛ばされた衝撃はあったがそこに痛みが伴っていないのは白式が守ってくれているからだ。

鈴音を助ける事に固執して周囲が見えていなかった結果、いや、危機管理能力が十分にあったとしてもタイミング的に回避は間に合わなかっただろう。

零落白夜が通用しない相手であるからこそエネルギーに余力があり、攻撃を受けはしたものの結果だけ見れば功を奏したと言えるのかもしれない。

 

「何を、やってんだ俺はっ!」

 

雪片弐型に体重を預け立ち上がると翼の装甲の一部が欠け落ち、脚部の装甲にヒビが走る。

装甲の損傷率は数値の上で見れば一割強であるが、全身を覆う鎧の一割となれば馬鹿に出来るダメージではない。ましてやISは防御だけの鎧ではないのだ。

空中での姿勢制御や攻撃の為の出力確保、一夏自身が五体満足であっても白式が万全でなければ満足の行く結果は得られない。

それでも闘志を途切れさせていないのは精神力の成せる技と言える。

受けた攻撃は確かに不意打ちではあったが、どちらかと言えば相手の策略が絶妙だったと褒めるべきだ。

突如として出現した五機目の無人機は横合いからビーム砲で防御姿勢を取る隙すら与えずに白式を弾き飛ばした。

距離は数十メートル、ISからすれば大した距離ではないが、そこには強固な壁が立ち塞がっているにように思えてならない。

 

「ごめんな白式、もう少しだけ頑張ってくれ」

 

健在であるハイパーセンサーは周囲の状況を伝達してくれている。

上空で爆発光が迸っているがブルーティアーズも打鉄弐式も無事、二機ともお世辞にも優勢とは言えないが何とか場を持たせている。現状で最も危機的状況なのは言うまでもなく鈴音だ。

片腕となった無人機は未だ甲龍の片足を掴んだままであり、攻撃こそ中断しているがいつでも再開出来る状況のまま感情なき瞳で吹き飛ばされた白式を見据えている。

 

「待ってろ鈴、必ず助ける」

 

 

 

五機目に吹き飛ばされた白式がまだ動けるレベルの損傷であった事は少なくとも上空で無人機一機を足止めするセシリアに取って安堵に値する。

無人機が単調な動作しか実行できないと言う彼女の読みは間違いではないが、少なくとも実行できるパターンロジックが一つではないのだと分かった事は収穫に値するが喜べるものではない。

 

(理想的なのは鈴さんを回収しこの場を離脱する事、しかし……)

 

この際勝利は捨てても構わないとしてもその道は容易ではない。その上で避けなくてはならない最悪の敗北条件は落とされるだけでなく奪われる事。

敵が何を考え行動しているのかは読めなくともその技術レベルが普通ではない事は分かる。

ブルーティアーズのビットや甲龍の龍咆もだが、最大とも言える懸念材料は白式だ。零落白夜を秘める機体は万が一にも敵の手に渡す訳にはいかない。アレはISを殺せる兵器なのだから。

単一仕様能力が簡単に再現出来るはずもないが、最早「かもしれない」は通じる状況ではない。

零落白夜が量産され、最強の攻撃力を得た無人機が現れようものなら戦乙女が集まろうとも太刀打ち出来る相手ではなくなってしまう。

指揮官としてのセシリアに求められるのは全員が無事帰還する事、その為に最悪を想定する事。

が、思慮を巡らせた所で機体相性は覆らず、チームとしてならともかくブルーティアーズ一機では無人機を足止めするのが精一杯である。残念ながら現状を打破する手札をセシリアは持ち合わせていなかった。

 

 

 

機体相性と言う点で言えば打鉄弐式は比較的余裕のある部類に入るが無人機二機を相手取るのは簡単とは言い難い。

制圧力であれば龍咆と並び山嵐は非常に有用性の高い兵器であり、四十八ものミサイルは相手からすれば堪ったものではない。

ただし、山嵐に用いられるマルチコントロールシステムは未だ未完成の領域でISの演算に加え簪のコントロール補正が不可欠だ。

特に今は無人機と言う異端を相手に一機で封じ込めている最中、並大抵の集中力では一分と持たないだろう。

射撃で牽制しつつミサイルをばら撒く事で煙幕を作り下方向への攻撃を阻害させるのはこの場では打鉄弐式にしか出来ない芸当だ。

先の攻防で一気に集中攻撃を浴びせれば無人機相手でも十分戦える事は実証できており、一夏と言うもう一つの刃がなくとも簪の腕を持ってすれば有効打を叩き出すのも不可能ではない。

しかし、今は二機が相手であり、鈴音が動けない。この状況で下に増援を向かわせる訳にはいかず、脳処理に負担が掛かるのを承知の上で戦うしかないのだ。

 

「……ここから先へは行かせない」

 

全砲門を開き夢現を構え立ち塞がる。

どちらかと言えば体育会系の姉とは違い、簪は文学少女と言った雰囲気が似合う側でありノリや勢いで戦うのを好ましいとは思っていない。

これは実戦で、蒼い死神のプレッシャーに怯えた恐怖が完全に拭えているとも言い難いが、それでも引けない。

ヒーローを志す少女に取って一生に一度は言ってみたい台詞を口にし内側から湧き上がる闘志を戦う力に変換、モニターの中ではなく現実にて体現する。

姉との蟠り、自分自身の力への渇望、仲間の為、どんな理由を取り繕ってもそれが本心かどうか悩める少女には分からないが、今この場で引くことを良しとはできない。

 

「行くよ」

 

無人機の頭部に不規則に並んだセンサーが打鉄弐式に向けられ四本の腕が照準を合わせる。

ビーム砲が放たれるより早く、小さな深呼吸と共に対象を取らずに山嵐を発射、白煙を上げた四十八の弾頭が周辺空気に散らばり爆発する。

発生した爆煙は下方向への視界を遮る絶妙な空間を形成している。

少なくとも無人機のセンサーはISのハイパーセンサー程は優れていない事は煙幕に躊躇している事からも明らかだ。

だからこそ定期的に目隠しを作る必要があるのだが、空気を媒体にしている龍咆と違い山嵐には弾数は有限だ。

量産仕様である打鉄の発展型である打鉄弐式はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ程でないにしても格納領域に余裕がある機体だが、搭載している武装は遠近の三種類のみ。

余った容量はすべて山嵐用の弾薬に詰め込んでいる。言ってみればその火力は歩く武器庫ならぬ空飛ぶ武器庫だ。

 

自ら張った煙幕の中を突っ切り瞬時加速にて飛び出し、無人機の背後に回り込む。

淀みのない完成された瞬時加速は粉塵に僅かな歪みを作るが、移動に気付くのを遅らせる程の練度は簪ならではと言える。

無人機が振り向くより早く、体重と遠心力を乗せた夢現の刃は頭部を痛烈に叩く。微分レベルでの振動を帯びている刃は鉄程度の強度であれば容易く切り裂けるが無人機の装甲は並ではない。

返ってきた振動に僅かに眉を顰めながらも同じ個所に二発目を叩き落としてから距離を取り直す。

ぐるりと反転した二機の無人機が簪を再認識し両腕を上げる。

 

「……変だと思ってた、人じゃないなら煙幕を躊躇するはずがないのに」

 

飛来する四つのビーム砲を身を捻り上下左右へと移動を交えながら回避しつつ簪の視線は無人機の頭部を観察し続けている。

相手が生身の相手であれば眼鏡越しに観察される視線を浴びれば背筋が凍る思いをしたかもしれない。

忘れられがちだが簪は視力が悪い訳ではない。むしろ裸眼での視力は良い方だ。

深夜まで作業する場合のモニター光の軽減や並列処理で考え事をする際の補助的な役割として使用しているのが眼鏡型の情報端末だ。

束が使っているような投影型のディスプレイに比べれば扱える情報量も少ないが資金的に懐に優しいメリットがある。

更識 簪の視線にはISとしての視線と情報端末である眼鏡としての視線も加わっており、察しの良い人間であれば観察されていると言う感覚に余り良い感情は覚えないだろう。

一年生専用機持ちの中でもトップクラスの実力を有してはいるが、戦闘の経験値と言う意味では決して豊富とは言えないのが簪だ。

が、最終的には倉持技研の手を借りたもののたった一人でISを組み上げると言う難題に挑戦し蓄えた知識は無駄にはならない。

彼女の眼は見逃さなかったのだ、不規則に配置された無人機が見据えているものを。

 

「光、熱、電波、湿気、振動、貴方達が何を見ているのかまでは特定できないけど、見える者しか追い掛けないんでしょ? ううん、正確には煙幕の向こう側まで見えているのに、命中率が高い相手を狙うようにプログラムされてるんじゃないかな。答えは聞いてないけど」

 

機械であるなら煙を躊躇するはずもなく、センサー越しに煙の向こうが見えているなら突っ込まない理由はないはずだが無人機は煙を避けている。

彼等の根本にあるのは効率を重視した機械的な思考回路だ。煙も認識しているし、その向こうも見えているが、手前にいる敵を狙う方が効率が良い。たったそれだけの判断基準だ。

前後左右から上下まで見渡せるよう配置された一見不規則なセンサーアイの性能を疑う余地はなく、瞬時加速に追いつけなくともすぐに発見し反転するのだから相当な技術力と言えるだろう。

しかし、ハイパーセンサーには及ばず、戦局を理解するだけの知能を持っている訳でもない。

ナノマシンによる回復力、物理的に優れた攻撃力と防御力、高いステルス性能、複数のセンサー、ISと戦う為の効率を重視された継ぎ接ぎだらけの兵器。

ISを作ろうとしてうまくいかなかった産物、ISモドキとも呼べる人形。

セシリア達は無人機の脅威を感じ取り、性能や戦闘レベルは見抜けるが開発者としての視点を持てるのはこの場で簪だけだ。

 

「貴方達を作った人は凄いと思う、でも……」

 

振動レベルを最大にした夢現の切っ先は甲高い唸り声を上げる。

無人機そのものと言うよりは作り手に対し驚嘆と賛辞を贈るがその存在は容認出来ない。

これは心あるロボットとの心温まる物語ではないのだ、これは兵器との戦いなのだ。

開発者としての簪の視線はその場にはいない背景で無人機を操っている相手に向けられてている。

 

「私は貴方達を認めるわけにはいかない」

 

刃を突き付け、否定する。

ISは、人型機動兵器とは、もっと夢と浪漫に溢れるものであるべきだと。

 

夢現を改めて握り直し、春雷を撃ちながら刃の間合いに踏み込む。

無人機も黙っているはずもなくビーム砲を放つが、あらゆる局面を力任せに切り開く強襲型の本領は接近する工程にある。

迫りくるビーム砲を横方向へのブースターで回避、二射、三射と続く攻撃を紙一重で避けて薙刀の間合いへ辿り着く。

 

「はぁっ!」

 

キリキリと音が鳴る程に引き絞り振り被った夢現が無人機の頭部を捉える。山嵐や春雷の方が威力は上だが、必要なのは取り回しの効く的確な攻撃だ。

既に二発打ちこんでいる無人機の頭部に更に打撃を重ねる。殴り返して来る無人機の拳を一歩の間合いで避け、更に打ち込む。

付かず離れず、常に薙刀一本分の間合いを維持し無人機の一機から離れず頭部を狙い打つ。

もう一機の無人機もこちらに銃口を向けているが、ここまで接近すればビーム砲も拳も味方に当たってしまう。

だからこそ致命打にならずとも夢現による攻撃を繰り返すのだ。

 

「メインカメラを破壊出来れば!」

 

呼応するようにセンサーレンズの幾つかにヒビが走る。

絶妙な間合いにて無人機の拳を避け、何度も何度も頭部を殴打する様からも見て取れる簪の戦闘レベルの高さは一夏に負けるものではない。

しかし、この時点で簪は一つ、思い違いをしていた。

 

「え?」

 

左舷、もう一機の無人機から熱量が迸った。

振り向いた時にはビーム砲は目の前まで迫っており咄嗟に身を捻り直撃だけは辛うじて防ぐが、半身を焼かれるような衝撃が走った。

当然ながら自分の目の前にいた無人機も同様にダメージを受けており右腕が焼き焦げている。

この距離ならもう一機は攻撃出来ない。そう読んだ簪の考えは間違っていたのだ。無人機は味方機の都合など考えない。

 

「っ!!」

 

嫌な汗が流れ機体的にも精神的にもダメージレベルが一気に跳ね上がる。

距離を取らねばならないと言う思考と山嵐による煙幕をとの思考と目の前の無人機を攻撃するべきとの思考が入り混じる。

が、思考の乱れた刹那、目の前にいた無人機が大きく両腕を広げ打鉄弐式を絡め取った。

 

「は、離して!」

 

正面から羽交い絞めにされてしまえば山嵐や春雷による射撃も夢現による近接攻撃も出来ない。全身の装甲が軋む音が響き、警告音が鳴り響く。

先程の攻撃パターンから次に何が起こるかを正確に予測出来てしまう。ヒーローものの王道的な展開とも呼べる内容が頭を過る。

もう一機、離れた位置にいる無人機の両腕の先端にエネルギー反応が凝縮されていく。効率優先の機械だからこそ、命の価値がなく、味方意識もなければ損害も気にしない。

 

「……あ」

 

簪の視界を覆い隠したのは金色のビーム砲の輝き。

 

 

 

五機目の無人機と相対する一夏は雪片弐型を振るい無人機を攻め立てている。

損傷も激しく、エネルギー残量も余裕があるとは言い難いが、目の前の巨体を退かさぬ限り勝利はない。

 

「退けぇぇえ!」

 

弧を描いて振り上げた刃が無人機の腕を弾き、反転し叩き落とした刃が頭部を穿つが致命打には至らない。

距離を取っての戦闘手段を持たない以上、目の前の無人機を切り捨てる以外に活路はない。

 

「くっ!」

 

両手を上げて叩き落とす、無人機の単純な力技を雪片弐型で受け止めた一夏の口から苦悶が漏れる。

剣の間合いであれば一方的に攻撃を繰り返す事も不可能ではないが、ここに来て白式が一夏の思考に追いつけなくなってきていた。

蓄積したダメージやエネルギー比率の問題だけではない。以前から予兆はあったが、急激に成長する一夏の反応速度が白式を上回り始めている。

二人で一人、互いをパートナーとして認識してこそISは最大限の力を発揮するのだ。両者の間に齟齬があれば満足の行く結果はついてこない。

 

突如、上空で爆音が鳴り響き、空を覆い隠していた煙幕に歪みが生じる。

その様子は何処か神々しくさえ感じ、煙幕の切れ間から太陽の光が地上に降り注いだ。

エンジェルロードとも呼ばれる光の道を落ちて来るのは鉛色をした巨体の残骸、無人機の一機が無残な姿で地上を目指していた。

上空にて二機と対峙していた簪が勝った。一夏とセシリアがそう感じた直後、そのすぐ隣で半分以上の装甲パーツが砕けた打鉄弐式を発見する。

辛うじて宙に浮いてはいるが、夢現は折れ曲がり、山嵐を内蔵した特徴的なスカートアーマーが次々に崩れ去っている。

 

「更識さん!」「簪さん!」

 

一夏とセシリアの悲鳴が木霊する。

しかし、悲鳴を向けられた簪は二人を振り返る事なく空中でもう一機の無人機へ視線を向けたままだ。

 

「まだ、終わってな、い」

 

途切れた言葉からも空中で手痛い状況に陥ったと理解できるが、それでも尚、簪は残った一機に曲がった夢現を向け直す。

機体は半壊の域を越えているが、日本代表候補生の心は折れていない。

 

言うまでもなく、既に絶対絶命の状況だ。

この状況を作り上げた原因とも言うべき鈴音は片足を無人機に掴まれたまま身動きが取れずにいる。

辛うじて意識は繋ぎ止めているものの、自分の油断が招いた一連の流れに唇を噛みしめるしかなかった。

同時にこの状況を冷静に見つめ直す事で鈴音はセシリアと同じ無人機達の狙いに考えを巡らせていた。

甲龍のダメージレベルは危険域に突入しており、後数発でも攻撃を受ければ絶対防御が発動し意識を失う。

だからこそ、意識のあるうちに彼女は決断せねばならなかった。

 

≪皆、逃げて≫

「鈴!?」「鈴さん!?」

 

声に出さずプライベート・チャネルにて三人に通信を試みる。

鈴音は辿り着いてしまったのだ。何故自分への攻撃が中断されたのか、現れた増援のタイミングと分断された戦力の理由に。

 

≪このままじゃ全滅する、ううん。全滅じゃ済まない。一夏、アンタだってもう分かってるでしょ?≫

「…………」

≪敵の狙いはアンタと白式よ、それが奪われる事がどういう意味か分からないはずないでしょ?≫

 

唯一の男性IS搭乗者、ISを殺せる武器を持つIS、この二つを敵の手に渡す訳にはいかない。学園祭の時から既に白式は狙われているのだ。

 

≪アンタだけは逃げなきゃいけないの、お願い一夏、分かって≫

 

自然と涙が零れ落ちる。友人として一夏の性格を良く知るからこそ、ただ逃げろと伝えて逃げるはずがないと分かっている。

故の懇願だ。少なくとも一夏は女の涙を無視して自分勝手に振る舞える男ではない。

例え、残された鈴音の命の保障が出来ず、女としての尊厳さえ破壊されてしまうかもしれないと分かっていてもだ。

今ここで一夏と白式を失う選択をすれば千冬が責任を問われるだけでなく、世界を揺るがし兼ねない力を姿さえ見せない敵に与えてしまう。

一夏とてそんな事は分かっている。それでも彼は声を大にして告げるのだ。

 

「……断る!」

 

正眼に刃を握り締めた姿勢を崩さない。

目の前の無人機を見据え、闘志を途切れさせはしない。

 

「多分お前の言う通りなんだと思う。でも! ここで逃げたら俺は絶対後悔する。だから逃げない! そんでもって絶対鈴を助ける!」

≪っ!≫

 

罵倒しようと開きかけた唇が震えを帯びる。

嬉しいわけでも悲しいわけでも自分の無力を嘆くのでもなく自然と溢れる涙を鈴音は止められなかった。

分断された戦力に低下している機体性能、精神論だけで覆せる状況は当に過ぎている。

この場に残って戦うと言う判断は、愚か者だと後ろ指さされるものだ。

では、一夏の行動は果たして愚者なのか。

いや、少なくともこの場にいる者は否だと断言するだろう。

瞳に力が戻ったのは一夏だけではない。上空で無人機と対峙する二人も一夏の判断を肯定している。

 

「私も賛成ですわ。友を救えずに高貴な者の義務(ノブレス・オブリージュ)もありませんわ」

「……ん、私も」

 

無人機と相対した姿勢のまま、セシリアは静かに微笑み、既に限界を超えた愛機を制御しながら簪も笑みを浮かべていた。

一夏だけでも逃がした方が良い。そう考えていないと言えば嘘になる。

追い込まれたこの状況であればそれがベストであるとも理解しているが、セシリアは一夏が戦うと言い切った姿勢に賞賛を送っている。

それは簪も同様だ。逃げても誰も責めない。むしろ良く逃げたと褒めて貰えるかもしれない中で一夏は戦う道を迷わずに選んで見せた。その心意気を否定出来ようはずがない。

一夏と白式を奪われる事は避けねばならないが、だからと言って鈴音と甲龍を切り捨てて良い理由にはならない。敵に捕まった女がどのような扱いを受けるか分からない者達ではないのだ、同じ女としてそれを許容できるはずもない。

無論、頭の中の冷静な部分が英断と呼ぶには余りにお粗末な思考を叱責しているが、セシリアも簪も叱責するもう一人の自分を笑顔で追い返していた。

勝つ負けるではない、戦うしかないのだと。自分で決めた答えなのだと。

 

敵の残数は四、やっとの思いで減った一機も敵が潰したようなもの。

絶望的な状況は変わっていないが、誰一人諦めてはいない。

戦うと決めたなら、後は貫き通すだけだ。

 

「悪いな鈴、大人しくそこで助けられるのを待ってろ!」

 

希望は最初から胸の中に眠っていた、踏み出す勇気に力は応えてくれる。

今この瞬間が全てだと言うのなら、今こそが目覚めの時。

 

 

 

──力を欲しますか?


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