IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
IS学園を中心に突如無人機が出現した事は即座に各国に伝わっていた。
国際IS委員会が動かずの立場を取り、日本政府が静観の姿勢を取る事についても責めの言葉は出てこなかった。むしろ英断であるとの見方が大半である。
IS学園は非常時に戦う学園となる事が義務付けられており、莫大の費用が掛けられているのはそういった日の為だ。
今回の事件で局地的であるにしても電波障害を起こす組織と無人機に繋がりがあると証明されてしまい、短時間とはいえ一度は世界単位で電波障害を引き起こした組織が相手であるなら慎重にならざる得ない。
夏休み終盤にIS学園を襲ったミサイルの雨を各国相手に実践でもされようものなら被害は想像に難しくないのだから。
「国際IS委員会、並びに我々の判断を弱腰と罵りますか?」
軍指令室、IS学園の指令室はお飾りであると言わんばかりの比べものにならない部屋は多種多様なレーダーが明滅を繰り返し、大型モニターが状況把握に努め日本周辺に起こっている異変を敏感に感じ取っている。その部屋の中心にその男はいた。
軍帽を目深にかぶったその男の口調はやや冷やかしの色が混じっている。
「まさか、既に退役したワシが意見出来るなど思っとりゃせん」
「アジア最大と言って過言ではない軍施設の最深部に堂々と入り込んでいる人が退役とは、どの口が言うんですかね」
「こりゃ失敬」
おどけて見せる老人の視線に肩を竦める軍帽の男はこの軍指令室の最高責任者であり、余程の立場にいない限り彼に意見するのは難しい。
その軍司令官に対している老人は黒いローブに身を隠しているがこの国の軍人であるならば誰もが頭を下げ道を譲る程の第一人者。
左右に控えるのは黒地に金の龍紋が刺繍されたチャイナドレス姿の二人の男。放たれる気は只者ではなく徒手空拳であるにも関わらず護衛はこれで十分だと物語っている。
「それで、司令官殿」
「貴方にそう呼ばれるのはむず痒いものがありますな、先代」
「今は若い子の元気な姿を見るのが楽しい隠居爺じゃよ」
「隠居爺を名乗る人がそんな強い眼光をするものですか、部下が怯えるので止めて頂けますか」
「ふむ、善処しよう。では改めて問おうかの? 司令官殿」
「……はぁ、見逃してはくれませんか、何です? 伺いますよ」
諦めの溜息が零れ司令官は視線で老人に先を促す。
「出撃準備は出来ておるのか?」
「これまたストレートに来ましたね。国際IS委員会と政府機関が静観を定めていると言うのに」
「……もう一度問うぞ? 出撃準備は出来ておるのか?」
「あぁ、もぅっ! 退役したって自分で言うなら大人しくしておいて下さいよ先代!」
「そりゃ無理な相談じゃろ、総本山の娘が拉致されておる。許すつもりは毛頭ない」
背筋を冷たいものが駆け上がった感覚を帯びたのしは司令官だけでなく、指令室にいる数十人の軍人全員だ。
それほどに老人の声は冷たく、放たれた闘気は現役軍人を震え上がらせるものだった。
「……はぁ、分かりました、降参ですよ。出撃準備でしたか? 出来てますよ、えぇ、もう完璧な程に軍艦、航空戦力、揚陸戦力共にいつでも出せます。IS部隊に関しては先代の方が詳しいでしょう?」
「甲龍戦隊改め甲龍大戦隊に関しては楊に一任してある。心配はなかろうて」
「まぁ、先代の予想通りと言いますか、政府も軍部も今回の件をただ眺めているだけで終わるとは思ってませんよ。でしょう?」
「無論、間違いなく今回の一件で世界は大きく動く。かつて我々はたった一人の少女に敗北を喫した……。じゃが、子供に未来を押し付けるだけでは大人として示しがつかんじゃろ」
「同感です」
「子供達が戦うとしても、責任を取るのは大人であるべきじゃ」
「出来れば貴方には大人しくしておいて欲しいんですがね? 私の立つ瀬がない」
「それは無理な相談じゃ、今回に関してワシは黙っている気はない」
「もういいです。諦めます」
生きる伝説、老子と呼ばれる男の眼光は未だ衰えず、研ぎ澄まされた牙と爪は獲物を離すまいと輝きを帯びている。
「ですが先代、動いているのは我々だけじゃないでしょう?」
「さてな、しかし答えが出るのは近いじゃろう。何れにせよ今はまだ動けん。IS学園の子供達を信じるしかなかろうて」
元軍司令と現軍司令、二人の指令の瞳には宿った激しい炎は決して遠くないすぐ傍にまで迫った時を見つめている。
今はまだ手が出せないと理解しているからこそ、老子は鈴音の戦いを静かに見守り、勝利に祈りを捧げるしかないのだ。
◆
世界各国が動向を見守る中心、無人機と言う今までの常識を覆す存在の出現と戦う学園としての役目を果たすべく選択を下したIS学園。
四組に分かれ飛翔した専用機持ち達の中で最初に目標に接敵したのはやはりと言うべきか楯無だった。
改めるまでもなく楯無は頭が良い。単純な成績と言う意味ではなく、家業である裏の知識と経験が彼女には満ちているからだ。
日本政府を裏から支え、必要とあらば暗殺まで請け負う暗部衆、その長でありながら自由国籍を取得し大国ロシアと太いパイプを作り上げた楯無の手腕を疑う必要性はなく、ISの有無に関わらず知識としても武力としても一流だ。
悔やむべくは年代が違うとはいえISに関わると意味では同業者とも言える束と千冬と言う二人の超一流が存在している事だろう。
どれだけ努力を重ね、才能に満ち溢れた人材であったとしてもあの二人がいる以上は頂点にはなれない。それほどまでに二人は圧倒的な存在。
が、知識も武力も必ずしも個人のものに留まらない。現在のIS学園の中で明確に亡国機業の存在を感じ取っているのは更識と布仏と言った裏に通ずる者達だけである。
その中でも一年生の簪と本音には情報は伝達されていないのだから、実際行動に移せるのは楯無位なものだ。
更識とて電波障害と無人機、二つの要素に亡国機業が関わっているとは断定は出来ていないがその可能性が非常に高いと言う結論には辿り着いている。
しかしながら現段階では明確な目的が見通せておらず、更識としての情報を学園に提供はしていない。学園長からの依頼で忍者部隊を動かし協力体制は取っているがそれだけだ。
もしかしたら学園長は勘付いているのかもしれないが、実働として指揮している千冬にまで情報は到達していない。
「うーん、誘い出された感が半端じゃないわねぇ」
IS学園から四方向に飛び出した九人の中で唯一単独行動している楯無を待ち構えていたフィールドは海だ。
本来ミステリアス・レイディの機体性能は場所を選ぶものではないのだが、切り札である
国家代表として世界レベルでの戦いを約束されている機体の必殺技がアリーナでの戦闘を前提としておらず、機体の根底にあるのが隠密機動特化なのだ。
一対多や正面からの撃ち合いを前提に開発された
当然アリーナで戦えないわけではなく、多彩な武装は高い技量の楯無と組み合わさる事で遠中近と距離を選ばず相手を制圧出来る。
国家代表の駆る機体でありながら、アリーナ以外のあらゆる場所での活動を想定されているのがミステリアス・レイディだ。
銀の福音との戦いこそ参戦していないが、海での戦闘はミステリアス・レイディと楯無に取って苦難とはならない。
眼前に広がる大海原の一角、海面から飛び出した岩肌の突起部の上で無人機は巨体を丸め込み、長い両腕で自分自身を包み隠したスリープモードで楯無を待っていた。
認識領域に入ると同時に両腕を広げ戦闘態勢に移行したのだから、待っていたと形容する他ないだろう。
IS学園を目指し侵攻していたはずの無人機が人里離れた場所で待機していた。その意味が分からないはずはない。
「目的は学園と言うより私達との戦闘って事かしら?」
先端に回転式の銃身を持つ突撃槍を突き付けながら楯無は赤い舌で唇を湿らせる。
「念の為に確認しておくけど無人よね? 無言は肯定と取るのであしからず」
当然ながら返事はない。機械的な音声によるコミュニケーション能力など有していない。
物言わぬ無人機は長い両腕を広げ戦闘の意思を表明するだけだ。
「……肯定、ね」
小さく溜息をついた楯無は戦闘領域に入ると同時に周囲をスキャンするのを忘れていない。
「現状で他に反応はなし、一機だけか。これを当たりと取って良いものかどうか難しいわね。それにオルコットさんの戦闘記録にあった機体と同型か、何かしろ追加武装くらい用意してくると思ってたけど拍子抜けね」
ISは人間の隣人になりうる存在であると同時に巨大な力であり、一方的に振るわれれば暴力になりうる。
敵が単機なのか複数なのか学園側からでは判断がつかなかったが現場についてみれば現れたのは一機のみ。
単純に戦うだけならばそれは好ましい状況と言えるが、逆に他の場所に複数固まっていれば自分以外が危険に晒されているかもしれない。
楯無に求められるのは可能な限り迅速にこの場を切り抜け、他の援軍に向かう事。逃亡の許可は出ているが、今この場で学園最強に求められているのは勝利の二文字。
「油断はしないし容赦もしない。どうも嫌な予感がするのよね、悪いけど最初から全力で行くわ」
敵が強大である事など言うまでもないが、この地であれば守る必要も遠慮も必要ない。持てる火力で相手を屠るだけだと楯無は愛機に火を灯す。
◆
周囲に人の気配がないと言う意味では他の場所も同じだった。
四組の専用機持ちのチームで火力であれば最大であろう四機編成のチームCの四人は戦闘領域である電波障害の空域に入り警戒心を引き締めていたが、広がる光景に疑問符を浮かべずにいられなかった。
IS学園と戦争をしたいだけの相手であれば周辺被害を気にせず突っ切れば良い話であるが、到着したポイントは人里を離れ霧掛かった深い山奥。
「皆さん、聞こえますか?」
「おう、聞こえてるぜ」
「こっちも大丈夫よ」
「ん、私も」
セシリアの呼び掛けに一夏、鈴音、簪が応える。
霧が出た山奥と言っても互いに視認できる距離でありISの目を持ってすれば問題にはならないが、電波障害領域と言う状況から念の為に通信状態を確認した結果だ。
「遠距離のプライベートチャネルが通じませんね。私達の距離なら使えるようですが」
「……濃度が濃すぎる」
「どういう意味でしょう?」
小首を傾げるセシリアの疑問に答えたのは簪だ。
ここに来て引き起こされた事象はセシリア達を困惑させるに十分なレベルだ。
ミサイル襲撃時であっても問題なく行えていたプライベートチャネルは通常の通信とは全く異なる技術が使われているにも関わらず繋がらない。
が、実はプライベートチャネルを封じる方法と言うのは然程難しくはない。
ただの電波障害であればコアネットワークを介する通信の障害にはなりえないが、障害を起こす範囲を限定して密度を高めてやればISは人為的な雑音を嫌い長距離通信が出来なくなる。
言ってみればコアネットワークそのものには全く関係がないのだが、周囲で大音量の騒音が鳴り響いている状況は人に影響がなくともISは自分の判断で耳や口を閉ざしてしまうのだ。
ISコアが人の心に近いとされるからこその弊害であり、これは世界中のIS研究者が知っている内容だが表立って公表されているものではない。
そこまでの高濃度の電波障害を維持すると限定的な空間しか作れず、ISの移動速度や移動範囲に追いつけるレベルではないからだ。
打鉄弐式の開発に関わり技術的な心得を持ち合わせているから簪は知っていたが、IS乗りの中で必要な知識ではなく、一般的な情報とは言い難いものだ。
「そのような技術があったとは知りませんでした」
「難しくはないけど実用的じゃない、効果範囲は一キロ位だと思う」
「なるほど、そりゃ実用的じゃないわね。ISだったら一瞬で範囲から出ちゃうもの」
「……でもよ鈴、相手がその場に居座ってるなら話は別じゃないか?」
簪の説明にセシリアと鈴音が納得を示し、一夏の言葉に皆が頷きを返す。
見詰める先は山間に浮かびこちらを見据えている鉄色の機械人形。
「二機、ですか」
セシリアの脳裏に過るのは勝てはしないが負けもしないあの日の戦いだ。
ブルーディスティニーの火力で圧倒こそしたものの、ブルーティアーズの火力で押し切るには至らず、かと言って回避に徹すれば対応は出来る。
「ねぇセシリア、アンタの交戦データにあったのとちょっと違うみたいよ?」
「ですわね。あのような武器はあの時はありませんでした」
ただし、あの夜と違うのは刃を潰した柱のような無骨な大剣と分厚い鉄板の塊のような盾を無人機が持っている事。
ゆらりと揺れ動きながら空中に浮かび上がる二機の無人機の姿は新型であるはずなのに原始的な雰囲気を漂わせている。
だが、違うのはセシリア達も同じだ。ブルーディスティニーがいなくとも甲龍と打鉄弐式と言う火力満載の二機が味方にいる。
「あっちはやる気満々みたいね。セシリア、作戦は?」
「一機ずつ徹底的に叩きます。中途半端な火力で戦闘を長引かせてはラウラさん達との合流に差し支えますわ」
「了解、一夏分かってると思うけど零落白夜は通じないからね」
「分かってるよ、その方がエネルギー配分を気にしないで良いから気が楽だ」
「そういう考え方も出来ますわね」
実戦を前にしながらも一夏の目に淀みはなく自分に出来る事をきちんと見定めている。
頼りの綱とも呼べる一撃必殺がなくとも戦力として数えて良いだろうと改めてセシリアは一夏の評価を上に見積もる。
「敵増援の可能性がないとも限りませんので周辺警戒は怠らずに、近接戦闘しかない織斑さんは一撃が致命傷になりかねません。最優先は自分の身である事を忘れずに」
状況的に自然とセシリアが指揮する立場になっているが誰からも異論は出ない。これが母属性の成せる技かどうかはまた別の議論の行き着く所だろう。
短く言葉と視線を交わし、各々が武器を構える。
ブルーティアーズは今はストライクガンナーを装着していないので通常スタイルのスターライトMkⅢを、甲龍は幅広い刃の双天牙月を、打鉄弐式は対複合装甲用の超振動薙刀 夢現を、白式は一撃必殺の封じられた雪片弐型を。
四機ものISが戦闘行為を行うのであればそれは最早戦争と変わりない火力となりうる。
「参りますわよ!」
四機が一斉に飛び上り開戦の火蓋は切って落とされた。
プライベートチャネル、ISの通信に関して独自解釈が加わっています。
今回で戦闘に突入したかったのですが、色々とあって次回に持ち越し。