IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第91話 決戦の予感

蒼い死神、蒼い宿命並びに運命、蒼い稲妻、ユウ・カジマを代弁する名は多岐に渡るが、その実を示す部分はブルーディスティニーありきである。

ただし、これは一年戦争の中のごく限られた時間での話であり、EXAMを巡る闘争以降は当てはまらない。

ではユウ・カジマとは何者か、この問いに答えられるものは実際問題かなり少ないと言える。

地球連邦軍所属のMSパイロット、言葉数は少なく寡黙な性格、帰還を最優先とした優秀なデータ収集家、敵軍を叩かせればMSの性能以上の実力を発揮するエースパイロット、大佐にまで上り詰めながら前線に出撃する現場主義、人の革新に触れた者。

しかし、宇宙世紀とは異なるこの世界において、彼の立ち位置は謎に包まれた蒼い死神であり、それ以上でもそれ以下でもない。

正体を知る者は三人しかおらず、元の世界に帰れる保証すらないのが現状だ。

はっきり言ってしまえばユウにこの世界で戦う理由はない。束に協力したからと言って我が身に降りかかった転移と言う状況を改善出来るとは限らない。

が、同じくはっきりしている事は束以外に異世界から落ちて来た現状を打破出来る人間はこの世界にはいない。

各々の思惑を考慮してもユウにある選択肢は多くない。

 

──君が望むだけの力をあげよう(あ な た に 力 を)

 

何と蠱惑的で甘美に満ちた誘惑だろうか。

それが例え利用目的に差し延ばされた手だとしても、この世界に落ちて来た当初、束の人間性もしらないユウに断れるはずもない。

しかし、あれから随分と時間が経過した現状ではどうか。

世界の壁を超えるすべは未だ手掛かりすら掴めておらず、束であっても安易に「任せて」と言えるはずもない。

ユウ・カジマ、彼の実力を持ってすればブルーに頼らずともこの世界で生きる術を見つける方法はあるだろう。

だが、この世界の中心と言っても差し支えない篠ノ之 束は変わって来ていた。

宇宙世紀の知識と技術を欲するだけであれば、脳や細胞を弄り回し入手も可能だろう。

MSパイロットデータからユウの経歴やブルーの情報を引っ張り出した束と言う化物であれば不可能ではないはずだ。

束は、箒奪還作戦の際にシャルロットの救出をユウから進言され聞き入れた。くーと言うISの犠牲者を救ってくれと願い出た。銀の福音とナターシャの呪縛を自らの手で解き放った。

最初は単純に自分の及ばない未知の技術に対する興味だったのかもしれない、ISを越える兵器を取り込もうとした好奇心だったのかもしれない。

自らの引いた線の外側に対し一切の興味を示さず、人格破綻者と言って差し支えなかった束は明らかに変化している。

それに触発されたかどうかをユウの感情から読み取るのは難しいが、少なくとも今を生き抜く為の拠り所として束の下に身を寄せているに間違いはない。

 

「……絶対数が足りないか」

 

篠ノ之神社の裏手、山間の隠れ家の中で割り当てられたユウの部屋はお世辞にも豪奢とは言えないが、必要最低限は揃っており不満は出ていない。

簡素なベッドの上に腰かけ周囲に散乱させているのは先日交戦したゴーレムや亡国機業のエースと思われるアラクネとサイレント・ゼフィルスの資料だ。

必要な欠片は埋まっておらず、亡国機業が何をしようとしているのか具体的な完成形は見えていないが敵対する未来は見えている。

後手に回っている現状ではあるが、少なくとも束はISによる悪事を良しとはしていない。

この世界において絶対的な力の象徴でもあるISが必ずしも正義の象徴とはならないが、悪事を是とする亡国機業と戦うならば異を唱えるつもりはないのだ。

元の世界に戻る事を最優先とするならば余計な手間と割り切る考えも出来るが、ユウはそこまで薄情は性格をしてはいない。

むしろユウ・カジマと言う人間を深くしれば知る程に彼の胸の内には熱く秘めた正義感が燻っていると知るだろう。

その片鱗に触れている者が圧倒的に少ないだけだ。第11独立機械化混成部隊や第二次ネオジオン抗争で共に戦った者達位なものだろう。

 

そんなユウが頭を捻っているのは現状で予測される敵対勢力との戦力差だ。戦術、戦略の面において数はそのまま力になりうる。

一点突破の戦力であれば少数の質で量に穴をあけるのも不可能ではないが、相対したゴーレムの性能やオータムの腕前を見る限り効果的とは言い難い。

何よりも敵対するのが国家であれば拠点や重要人物を打つと言った制圧方法は多々あるが、テロリストが相手となれば簡単にはいかない。場合によっては殲滅戦まで視野に入れる必要があるだろう。

単機でミサイル基地を制圧して見せた経験のあるユウではあるが、それも味方の別働隊があっての話だ。

軍人と一言にいっても筋肉隆々な脳筋と呼ばれる者だけではない。戦闘機乗りの経歴を持つユウの知能指数は十分に高い、故に頭を悩ますのだ。

天災と言うジョーカーがあるとはいえ、現在所持している単純戦力としての手札はブルーと紅椿の二枚のみ、取れる手段は限られてくる。

IS学園で起こった戦闘は規模こそ小さかったが間違いなく殺し合いだ。誰が何の為にと理由を求める場面は過ぎ去り、火蓋は切って落とされている。

戦わなければ殺される。ブルーと再び出会ったあの日から戦いの宿命は避けられないのかもしれない。

 

──EXAMによって裁かれるが良い!

──戦いに終わりなど来はしない!

 

かつてEXAMに固執し妄執に囚われた男がいた。狂気に染まらなければ騎士として模範になれたかもしれない男。

それが男の傲慢故か、EXAMが見せた世界だったのか、果てなき戦いの行く末だったのかは分からない。既に散った男の言葉であれば確認のしようもない。

例え本質が異なるとはいえ、EXAMと再び向き合ったユウが見るのもまた闘争の世界、されど……。

 

「二ムバス、それでも俺は…… お前を否定してみせる」

 

少女の犠牲の上に成り立つ狂気を認める訳にはいかない。

束が正しいかどうか、世界が間違っているか、亡国機業が狂っているか、そんなものは関係ない。

例え世界も境遇も違うとしても、心を蝕まれる少女の犠牲を肯定するつもりは毛頭ないのだ。

白騎士事件、蒼い死神事件を得て、大きく揺れ動いた世界は再び大きな転機を迎えようとしている。

そこには間違いなく束やユウが起点として存在しており、繋ぐ線が芽吹こうとしている。

 

「あの、ユウさま、シミュレーターの準備が出来ました」

「ん、ありがとう」

 

おずおずと部屋の入口から顔を出した小さな同居人を確認してユウがベッドから立ち上がる。

かつての宿敵を思い出し僅かに陰った表情は既に霧散している。

 

「博士は?」

「箒さまとおはなしされています、楽しそうです」

「そうか」

「あの、ユウさま、だいじょうぶ、ですよね?」

「……あぁ、大丈夫だ」

 

何がとも、何故とも、疑問は尽きない問い掛けだが、答えは必要としていない。少女は少女なりに感じ取っているのだ、迫っているであろう日を。

内側からも外側からも自分を食い殺そうとした巨大な闇を、そこから救い出してくれた光を、かつての自分と同じく闇に飲み込まれようとしている子供達がいるのだと気が付いている。

直感は誰しもが持っており、子供は皆ニュータイプだと誰かが言ったかもしれないが、幼いからと侮る事は出来ないのだ。

 

「難易度はどうしましょう」

「スペシャルモードで起動してくれ」

「は、はい」

 

ユウに出来る事は来るべき日に備える事だ。シミュレータで使用する愛機はブルーディスティニー。仮想空間に浮かび上がる仮想敵機は束が組み上げた最強の敵。

ISの象徴とも呼べる始まりの伝説、否、敵対する者からすればそれは白い悪魔とも呼べる存在。蒼い死神は限りなく現実に近い幻想の中で最強の代名詞を持つ白い騎士と相対する。

来るべき日の為に自分自身の腕を研ぎ澄ます為に、蒼は戦いの道を突き進む。

 

 

 

 

キャノンボール・ファスト翌日、IS学園は普段と変わらぬ顔を見せていた。

正面ゲートで飛び散った臓物や骨、血肉の匂いも人が収まる程のクレーターも綺麗さっぱりなくなっている。

轡木 十蔵曰く、国際IS委員会が一晩でやってくれた。との事だ。

アメリカから出張ってくれていた兵士達も消えており、表面上はいつもと変わらぬ日常の姿だ。

テロリストが学園を襲う、中高生辺りがある意味喜びそうなシチュエーションだが、事前に解決しているなら生徒達に伝える必要性のない話だ。

が、非常時の学園防衛を預かっている千冬達教師陣はそうもいかない。

学園長の策が功をなしたと言っても侵入を許し学園が対人戦闘の舞台になったのだ、事実を公表すべきと訴える者と黙秘して鎮静を待つべきとの意見を持つ者が出るのも無理はない。

どちらも間違っているとは言い難い二つの議論が朝の職員会議を長引かせている要因だ。

そんな学園の未来を左右するかもしれない会議が行われているとは思っていない生徒達が集まる教室では昨日のキャノンボール・ファストの話題が熱を帯びていた。

一年生の一般の部の結論から言えば優勝したのは二組のクラス代表を務めるティナである。

専用機を持っている一夏や簪を除いたクラス代表を中心に互いに譲らぬレース展開は最後まで油断ならないものだったが、的確な射撃で空中を制圧して見せた手腕は流石アメリカ代表候補生に最も近いと評されるだけはあるだろう。

大々的に公表こそされていないが、シルバーシリーズのテストパイロットを務める腕前は伊達ではないのだ。

では、専用機の部はどうだったか。

 

参加者唯一の男性である織斑 一夏の場合。

「スタートダッシュには成功したんだけどなぁ」

 

機体性能的に不利を強いられたラウラ・ボーデヴィッヒの場合。

「結果としては不本意だが、織斑に良い一撃を撃ち込めたからな、個人的には満足だ」

 

大本命であるセシリア・オルコットの場合。

「ノーコメント! 今回の件に関しては黙秘権を行使致しますわ!」

 

一夏を切り捨て勝負に出た凰 鈴音の場合。

「立ち回りは悪くなかったのよね、最後の最後でしてやられたわ」

 

専用機でありながら汎用機の極み、シャルロット・デュノアの場合。

「あ、あはは、なんていうか、ごめんね」

 

実況席の大本命、更識 簪の場合。

「実況席に山嵐を叩き込めなかった、再戦を要求する」

 

試合後の各々のコメントをまとめるとこのような形だ。結論を言えば専用機の部の優勝はシャルロットが掻っ攫っていった。

レース展開としては序盤はマシンスペックと思い切りの良さで一夏と白式のペアが飛び出し引っ張るが、後ろにはセシリアとブルーティアーズが張り付き、その後を他のメンバーが団子状に追走する形が主な展開となっていた。

エネルギー残量を考慮しつつ抜きつ抜かれつの展開であったが、終始余裕を見せていたのは流石と言うべきかセシリアだ。

レースを決定づけたのは終盤、アリーナに用意された市街地を模した障害物を抜け、海上の高速スラロームを抜け、再びアリーナの市街地へ戻った一団は変わらず先頭を行く二機を止める為に攻勢に転じた。

甲龍とシュヴァルツェア・レーゲンと打鉄弐式による一斉砲撃だ。後方からの射撃は常に警戒していた一夏とセシリアではあるが、目線で会話するレベルにまで研ぎ澄まされた三機の連携射撃への対処は難しく、白式が一気に削られる結果となる。

好機と見たセシリアが勝負を仕掛けブルーティアーズは爆風から飛び抜け単独逃げ切りの形成を成すが、それを見越していた甲龍と打鉄弐式が瞬時加速で追い上げる。

この時点でシュヴァルツェア・レーゲンは機動戦についていけないと判断し高台に陣取り先頭集団に対する砲戦に専念すると言う嫌らしいとも取れる戦法を選ぶが、これもキャノンボール・ファストの楽しみ方の一つなので観客的には沸いたと言える。

では先頭集団はどうなったかと言えばストライク・ガンナーの性能を存分に発揮したブルーティアーズの優位は揺るがず、追いすがろうとした白式も崩した体勢からの立て直しは困難を極め、甲龍と打鉄弐式は残るエネルギーを賭しながらも高速機動状態に突入したブルーティアーズに追いつけはしなかった。

誰の目にも勝利は明らかに思えたが、常に集団の中心で息を潜め続けていた一機がここにきてようやく動いた。

 

「セシリアの十八番だけど、相手が直線にしか動かない今なら僕だって狙い撃てるよ」

 

格納されていた武装を呼び出し展開するのは大型のスナイパーライフル。

黄昏色の機体から放たれた魔弾は最後の直線を悠々と疾走していたブルーティアーズを捉えた。

 

「シャ、シャルロットさん!?」

 

ラウラは戦線を離脱しており、一夏は墜落寸前、鈴音と簪はセシリア追走にエネルギーを使い切ってしまっていた。

本来であれば一撃で行動不能に陥るような事はなく、複雑な軌道を見せるISに狙撃するのは困難を極めるのだが、勝利を確信し直線にしか移動していない相手の動力部を撃ち抜くだけであればシャルロットにも可能な芸当だ。

結果、ほぼ無傷なシャルロットが単独でウイニングランを飾る事になったのだ。

 

 

 

「あ、ありえませんわ、思い出したくありませんわ!」

 

一日が経過したにも関わらず、真っ白に燃え尽き魂が抜けかけているセシリアは試合結果を未だ呑み込めずにいた。

機体相性的にトップ独走でもおかしくない状況で、最後の決め手は自身の得意手である狙撃のお株を奪われての敗北だ。

内心の苦心は語るまでもなく、今後イギリス本国より苦言を呈されると予測されるのだから堪ったものではないだろう。

 

「まぁ、あれは正直ないな」

「ル、ルール的に問題はないはずだよ」

 

ラウラが若干呆れた口調で言うのも無理はないが、シャルロットの言う通りルールとしては何ら問題はない。

集団の中に紛れ、積極的に動かず、様子を見るに留めていながら、最後の最後に狙撃で先頭を撃ち抜く。

仕様武器も事前に申請されており、汎用性の高い機体の特性を十二分活かした戦績だと言える。

機動力勝負で最後は対応できないと判断し、砲撃戦に専念したラウラが本人が意図したかは別としてひたすら砲撃の狙いを一夏に絞っていたとしても、それもルール上で問題はないのだ。

 

「……所でシャルロット、話は変わるが気付いていたか?」

「……キャノンボール・ファストの会場周辺海域の事?」

 

今にも口からエクトプラズムを吐き出しそうになっているセシリアや自分のレースを振り返っている勤勉な一夏に聞こえないよう声のボリュームを下げたラウラとシャルロットは視線を交えて小さく頷き合う。

 

「そうだ、明らかに厳重だったと思わんか?」

「国営だからそういうものかなとも思ったけど、何か違和感があっただよね。確信は持てないけど」

「加えて一限目が始まり十分を経過すると言うのに山田先生すらやってこない」

「……どう思う?」

「ふん、こういう時の嫌な予感と言うのは得てして当たるものだ」

「だよねぇ、僕もそんな気がするよ」

 

大多数の生徒が昨日の熱気が未だ冷め止まぬ中、一部の勘の良い生徒達は気付きつつある。

学園全体を包み込んでいた不穏な空気が張り詰めを増し、やがてそれは世界中を包み込む戦乱の嵐になろうとしていた。




やったねユウさん出番があったよ!
キャノンボール・ファストをダイジェストでお送りしました。
全編書こうと思っていた時期が私のもありましたが、事後報告形式を取らせて頂きました。

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