IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第9話 激戦の日

IS学園深部にあるデータバンク。

学生の個人情報から専用機のスペックまでIS学園に関する情報が眠る場所。

常駐している防御ソフトはあらゆるウィルスやデータハックに対応できる優秀なシステムだ。

今この瞬間もアリーナで行われている戦闘情報がリアルタイムで保存されていく。

蒼い死神ことブルーディスティニー。その戦闘データは各国が喉から手が出る程欲しがる宝に他ならない。

しかし、このブルーのデータが保存されると同時に兎に喰い殺されている事をまだ誰も知らない。

 

 

アリーナにて対峙する三機と一機。

全身に剣気を張り巡らせている千冬は乱入した弟に冷静を装った口調で告げる。

 

「一夏。無駄だと思うが言っておく、下がれ」

「断る! ここで引き下がるような男が弟でいいのかよ!」

 

荒々しい気質を出しながら正眼に構える剣は下ろさない。

セシリアとの戦いにおいて白式のシールドエネルギー残量は二割を切っていた。

切り札である零落白夜を発動させる事が出来るとすればギリギリ一回のアタック分のみ。

零落白夜は最強の剣であるが自身の盾を失う捨て身の武器。

相手が蒼い死神である以上、防御を捨てての攻撃を看過する事は教師としても姉としても出来なかった。

 

「大丈夫、エネルギーなら少しだけ回復してきた」

 

ISのエネルギーはピットで補填する事は可能だ。

一夏は補填方法を知らないが、布仏 本音。彼女であれば話は別だ。

一年生の入学間もない時期ではあるが、本音に至っては既にISに対するある程度の知識は持ち合わせている。

避難を抜け出した本音が白式のエネルギー補給に手を貸したのであれば納得できる。

セシリアの危機に迷わず飛び出した為、エネルギーはまだ完全に補えてはいない。

エネルギー残量にして半分程度。まともに戦えるとは言い難い状態である。

 

「馬鹿者が」

 

それらの状況を踏まえた上で千冬は少しだけ表情を和らげ弟と共に剣を構える。

ピットにセシリアを連れて行った山田先生も合流し引く気は無いとばかりに両手に銃を構えた。

 

 

その様子を何処か冷めた目で見ていたユウは内心で思考に耽っていた。

 

(セシリア・オルコットか。悪くない)

 

ブルーティアーズのスペックデータは完全に射撃特化型。

にも関わらずセシリアは近接武装も展開し様々な攻撃パターンを繰り出してきた。

プライドより重要なものがある事を理解していなければあの行動は取れない。

後に続く部隊に情報を送る為、先遣隊があらゆるパターンを想定して行動するのは珍しくない。

セシリアが何処まで考えていたのかユウには知る術は無いが、セシリアの行動は認めるに値する。

宇宙世紀においてパイロットの身でありながら大佐まで上り詰めた男の選球眼はセシリアを評価していた。

 

(しかし……)

 

目の前の千冬を見据えたユウの頭は益々冷めていく。

弟が戦場に出ると言う状況。僅かにエネルギーを回復しただけにも関わらず参戦を許可した。

アリーナ周囲に展開している教師陣のIS部隊や山田先生と言う優秀な乗り手がいるにも関わらずだ。

軍事に対する知識も持ち合わせているはずの千冬の判断は愚かとしか思えなかった。

 

 

「一度だけ問うぞ。蒼い死神、お前は何だ?」

 

目的も正体も。存在そのものに対して千冬は問い掛ける。

返って来るのはセシリアの時と同じく無言の圧力。

 

「お前は…… いや、これ以上は詮索すまい。ただ一つだけ言っておくぞ。私の生徒を傷つけた罪は償ってもらう」

 

次の瞬間には千冬は踏み込んでいた。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)一瞬で最高速度にまで到達した状態からの抜き胴。

剣道において抜き胴は大きな威力を誇る必殺の一撃だが、面が隙だらけになる欠点もある。

欠点を補うようにISによる高等技術を持ってスピードと共に突っ込む。

 

加速を得た重たく鋭い一撃をブルーは正面からビームサーベルで受け止める。

重撃音と共に押し込まれ地面に跡を残しながら数メートルの後退を余儀なくされる。

 

「ISの性能が戦力の決定的差だと思うなよ」

 

そこから更に加速。二重に膨らんだ加速が爆発的な突進力となり零距離で胴が炸裂する。

行き場を無くしたエネルギーの奔流が二機の間で爆ぜた。

 

「やはり貴様は化物だな」

 

千冬渾身の一撃をブルーは耐えた。

が、その内側にいるユウは痺れる手足にISによる戦いを実感していた。

機体に関しては何ら問題は無いと言ってもいいがISはMSと違いパワードスーツ的な意味合いが強い。

MSのコックピットとは違い肉体に直接衝撃を感じる。ISはMSとは決定的に勝手が違う別物だ。

MSは手足が飛ばされようが頭が取れようがコックピットが無事であれば死には至らない。

無論、移動できなくなり宇宙を漂う羽目になったり誘爆の恐れもあるが即死ではない。

ISの場合はそうもいかない。手足が飛ばされるような事があれば中の人間も無事では済まない。

その為の絶対防御ではあるのだが、過信は自惚れを呼ぶ事を本物の戦士は理解しなければいけない。

 

(これが最強か、侮れんな)

 

ユウは宇宙世紀において間違いなくエースの称号を持つがISに関しては関わって一年程度しか経っていない。

新人と言っても過言ではないユウが最強の称号を持つ千冬に相対している。

戦場の命において階級が意味を成さないように、この場に置いても新人も最強も関係はなかった。

 

鍔迫り合いを強引に押し戻し、僅かに開いた二機の間をブルーが蹴り上げる。顎先に当たる直前に千冬は直上し回避。

千冬を追おうとするが千冬の影から山田先生がショットガンを二丁構えて詰めていた。

近距離で唸り声を上げた散弾の弾幕が張り巡らせ衝撃となってブルーに降り注ぐ。

命中はするものの強固な装甲を貫くには至らない。

辛うじてバックステップが間に合い山田先生のいた場所をビームサーベルが薙ぎ払っていた。

更にブルーが突進からバルカンによる連続攻撃を仕掛ける。

 

「その攻撃はさっき見ました!」

 

高速切替にてショットガンをシールドに持ち替えて目の前で固定。

怒涛の如き衝撃がシールドもろとも山田先生を吹き飛ばすが直撃にはならない。

セシリアの行った行動が無駄ではないと証明してみせた。

 

(少々素直過ぎるな)

 

山田先生の腕は決して悪くない。セシリアと比較しても格上なのは間違いないだろう。

先ほどの連携を見た上でショットガンからシールドに持ち替えた判断も悪くない

が、もしブルーがバルカンではなくマシンガンを用いた場合はどうしたのだろうか。

それどころか更に加速して突っ込んでくると言う可能性は考慮しなかったのだろうか。

かつてモルモットとして戦場を駆けていたユウにとって危険認識は最優先事項だった。

戦場では常に最悪を想定して動かねば一つのミスは自分だけではなく部下も他の部隊にも危険を及ぼす。

IS関係者の認識の甘さを実感せざる得なかった。

 

「うぉぉぉおお!!」

 

上から切り込んでくる反応を察知したユウはバックステップで回避。

目の前に落下気味に突っ込んできた一夏の腹部をカウンターで蹴り飛ばす。

 

「がぁ!?」

 

シールドこそ対して削る事は出来ないが、物理的な攻撃は衝撃を与えるには十分だ。

距離が離れた事を確認してユウは内心で溜息をつきそうになる。

 

(奇襲は悪くないが、大声を上げては意味が無いな)

 

実際にはハイパーセンサーがISを探知する為、大声を上げようが上げまいが奇襲に大した意味は無い。

それでも熟練したパイロットでも一瞬の隙と言うのが無いわけではないのだ。

現状で最も弱い事を認識している一夏が千冬と山田先生の攻撃の隙間に突っ込んだのは悪い判断ではなかった。

 

『二刀流による戦闘データ取得完了』

 

唐突にブルーにメッセージが表示される。確認すると同時にユウは行動を開始していた。

一夏に向けて真っ直ぐに突っ込むと同時にビームサーベルを格納。左手にシールド、右手にマシンガンを出現させる。

ブルーの装備変更を確認し近接武器しか持たない一夏は距離を取ろうとするが、ブルーは更に加速。

接近され咄嗟に雪片弐型を構える一夏だが、ブルーはその行為を無視するようにシールドを前に構え突進。

 

「ぁぐ!?」

 

雪片弐型ごと一夏を押す。

単純な力技で体制が崩れた一夏の頭をマシンガンの銃身で上から叩きつける。

上からの攻撃に下を向いた頭を今度は膝で蹴り上げ、再度上がった頭をシールドで殴り飛ばした。

続けざまに襲い掛かる衝撃に奪われそうになる意識を無理矢理引き止めて一夏は雪片弐型を構えなおす。

 

「くそっ!」

 

雪片弐型を構えた一夏に対しブルーは後方へ飛びマシンガンを撃つ。

襲い来る銃弾に抵抗する事すら出来ずにシールドエネルギーが削り取られた。

銃を持ったからと言って相手が距離を取るわけではない。接近するからと言って銃を使わないわけでもない。

戦いにおいて読み合いと不条理は当たり前の事だ。

 

「一夏!」

 

即座に千冬が瞬時加速に入る。

恐らくこれが千冬の必勝のパターン。相手を上回る速度からの一撃必殺。

しかし、それらは全て相手が反応できないと言う前提の元に成り立っているに過ぎない。

 

別方向から襲い来る山田先生のライフル射撃をシールドで防ぐブルーの背面に千冬が突っ込む。

千冬と衝突する瞬間に身を捻り瞬時加速による一撃を回避。

遠心力を用いて回転したブルーはシールドの面を打鉄の剣の横っ腹に叩きつける。

瞬時加速により勢いの増していた打鉄の剣はいともあっさりと折れてしまう。

千冬はその場で強引に瞬時加速を止め、急激なGを物ともせず折れた剣で反撃に転じる。

友軍誤射(フレンドリーファイア)を恐れ射撃を止めた山田先生の目の前で超速度の斬撃が飛び交った。

 

刀身が半分になっているとはいえ最強と呼ばれる千冬の攻撃は的確だった。

短くなった刃から繰り出される攻撃はより細かく鋭くなり幾度となくブルーに斬り掛かる。

その光景は山田先生には信じがたいものになっていた。

千冬の攻撃はブルーに届いていない。

 

セシリアの得た情報によりブルーの戦闘パターンはある程度読めていた。

二刀流で戦っている時に関して言うなればブルーは必要以上に自分から踏み込む事は無かった。

バルカンによる射撃や二刀による連撃はあったが、自分に危険が及ぶ攻撃は避けていた。

剣同士の打ち合いであれば勝てるかもしれないと千冬は思ったのだ。

それが二刀流の戦闘データを取る為の戦いであると言う事も知らないにしてもだ。

 

「くっ!」

 

千冬が舌を打つのも無理は無い。

MSの戦闘は宇宙空間から水中まで様々な環境化で射撃戦から格闘戦まで行われる。

先の見えない宇宙の闇から放たれる射撃を回避する事が前提なのだ。

そこにミノフスキー粒子やNTの感覚なども加わる。

無論、宇宙世紀には優れたセンサーもあるが、MSパイロットの反射神経が常人と同じであるはずがない。

 

純粋な剣道であれば千冬に分があっただろう。

打鉄ではなく専用機であればブルーにも対抗できたかもしれない。

だが、戦いにおいて希望的な"だろう"や"かもしれない"は意味を成さない。

ISと言う兵器に乗り、スポーツではない舞台に上がった以上、そんな甘い考えは必要ない。

最も今回の戦いにおいては千冬が打鉄を使う事が最善であった可能性は捨てきれない。

 

「何のつもりだ、何故攻撃しない?」

 

千冬の攻撃を捌き、防ぐ事に徹底したブルーは千冬からの問い掛けに答えず少しだけ距離を置く。

 

≪警告、ロックオンされています≫

 

警告音と共にラファールと打鉄がロックされた。

 

「何っ!?」

 

放たれるのはブルーの腹部両脇から二発のミサイル。

千冬は倒れたままの一夏を抱え上げてピットまで急速後退。

山田先生はシールドを再度展開しピットの入り口を防ぐように防御体勢を取った。

 

爆音が鳴り響く。アリーナ全体の大気が震え上がり砂塵が天井を越えて膨れ上がった。

 

ミサイルは二機をロックしていたが、直撃する遥か手前で起爆されていた。

山田先生にも千冬にもダメージはほとんど無い。

直撃していればISもろもと弾け飛んだのではないかと思う程の強大な威力がアリーナを穿った。

ピットに残っていた本音が風圧によろけて尻餅をついた程度の被害で済んだのは幸いと言わざるえない。

 

突如として戦闘は強引に幕を引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪流石ユウ君だね。データはほぼ出揃ったよ≫

 

爆発に紛れてIS学園を離脱したブルーは現在海上をホバーで移動していた。

ハイパーセンサーも衛星観測さえも束が欺いてくれている為、気兼ねなくブルーのままで移動する事が出来た。

 

≪二刀流のデータも観測できたし束さんは満足だよ。所でユウ君。ちーちゃんと戦ってみてどうだった?≫

「強い」

≪それを君が言う? 嫌味にしか聞こえないよ?≫

「事実だ、まだ手の痺れが取れない」

≪うん? あーあー、そういう事。なるほどね、ISとMSは違うもんね≫

 

MSのコックピットによる戦闘とISの搭乗者としての戦闘を考え束も気がついた。

体に掛かる負担と言う意味ではISもMSに決して負けていない。

 

≪本当はちーちゃんを怒らせたくないんだけどなぁ≫

 

通信の奥で束がシュンとしたのが声でも分かる。

束と言う人間は興味を持つ人間とそうでない人間に対しての温度差がありすぎる。

親友である千冬と敵対する行動は本来は取りたくなかったのだろう。

 

「織斑 千冬は感づいていたと思う」

≪そうだね、ちーちゃんなら…… ううん、世界中がブルーの後ろに私の姿を見るだろうね≫

 

ブルーの開発者が誰なのか。その議論をする軍事関係者が最終的に行き着くのは篠ノ之 束しかない。

束以外にISコアを造る事が出来ないのと同じく、束以外に規格外のISなど造れない。

 

≪ねぇ、ユウ君。戻ってくる前にもう一つお願いしてもいいかな?≫

「何だ?」

 

たっぷり十秒程の沈黙。

束が何かを決意したように声を絞り出した。

 

≪箒ちゃんを取り戻す≫




後半駆け足になってしまい、千冬と若干消化不良な終わり方になってしまった。
ユウと束の目的については後々に。

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