IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第88話 悪意の矛先

「ほら、お兄始まっちゃうよ」

「心配しなくても、こういうのは開会式やら何やらですぐには始まらないもんだって」

 

場所は五反田食堂、生活スペースとなっている居間ではなく店舗側に弾と蘭が陣取っているのは大型テレビが目的だ。

元々寿命を迎えていたに等しかった旧式のテレビは先日の電波妨害の影響で止めを刺され完全に沈黙してしまった。

その結果、古き良きを重んじる店主である五反田 厳にしてみれば英断とも取れるテレビの買い替えが決行されていた。

天吊り状態でどの客席からも視線を集める事が出来る大型テレビは今まさに煌々とした明かりを画面に映し出している。

 

「結局学園祭ではすれ違いになっちゃったしなぁ」

 

映し出されているキャノンボール・ファストの会場の様子を眺めながら蘭が呟く。

蘭と弾はIS学園の学園祭に一夏より譲り受けたチケットで訪れていたのだが、生憎と三人は出会えなかった。

正確には二人はアリーナで行われていたシンデレラ・4を観覧しており観客席から客観的に一夏を見てはいるのだが、表向きにはエキシビションと銘打たれたオータムと楯無のバトルの影響で会えず仕舞いだった。

チケットのお礼は後日電話で済ましているが、結果を言えば三人は出会っていない。

学園祭の裏で起こっていた事件に関しては二人は知る由もなく、そういう意味では亡国機業、並びにIS学園側からすれば第三者に影響を与えない形で学園祭は幕を閉じたと言えるのかもしれない。

今回のキャノンボール・ファストに関しては学園祭と違い生徒から知人へのチケット配布は行っていない。

一夏であれば千冬の立場と伝手を使えばチケットを手に入れる事は出来たかもしれないが、一夏はそれを行わなかった。

学園が襲撃を受けている事実を鑑みれば友人を安請け合いで招待するのを危惧した結果だ。

 

「お、開会式が始まるかな」

 

木製の椅子の背もたれを前にして抱え込むように座った弾が画面が切り替わったのを確認する。

 

「頑張れよ、一夏」

 

一度は沈み込んだ一夏を引っ張り上げた鈴音と弾。二人の親友は形は違えど一夏を想っているに違いはない。

背中を守るのが鈴音であるなばら、せめて日常を、一夏の帰る場所が変わらないように努めるのが弾だ。

IS学園で何が起ころうといつでも帰ってこれる日々の中で弾は一夏を見守り続ける。それも一つの友情の形だろう。

 

 

 

 

キャノンボール・ファストは簡単に言ってしまえばISを使った障害物レースだ。

スピードだけでなく直前まで知らされないルートをいかに確実に走破するかが鍵になり、自分以外が全員敵であり武器による妨害は当然の如く行われる。

即席でチームを組むも、事前に仲間内で相談するのも有りであるが、観客がおり国の看板を背負う以上は仲良く一列に並んで飛ぶ分けにはいかない。

展開されるのは大きく分けて二つのレースであり、基本性能に隔たりがないよう調整された汎用型の打鉄とラファール・リヴァイヴから選択し、用意された武装から好みのものを選ぶ一般の部と各々がこの日の為に専用の調整を施した専用機を駆る専用機の部である。

最も白熱するのは専用機の部であるが、機体性能がそのまま勝利に繋がる訳ではなく、例えカスタマイズ要素を持ち合わせていなくとも白式が専用機に数えられているのは性能を考えれば当然だろう。

大会の大まかな流れとしては午前中に一年生の一般の部、専用機の部と続き、午後から二年生と三年生が続く。

専用機の数からも年によっては専用機の部は三学年合同で行われる場合もあるが、今年の一年生は専用機が多く特殊であり一年生組と二、三年生の専用機の部へと分けられる事となる。

一日限りのお祭り騒ぎではあるが、学園祭とは毛色が異なり生徒の日常の姿ではなく実力を見るのが主な目的となっている。

逆に言えばここで無様な姿を見せる生徒が大半を占めるのであればIS学園は存在意義を疑われる事になる。

 

「おっ待たせしましたぁ! 間もなくキャノンボール・ファスト開幕でーすっ!」

 

空を埋め尽くさんと鳴り響く祝砲の嵐、地響きとなる大歓声が海を揺らす様は学園祭の比ではない。

日本の本土から数キロ離れた海上にある人工島に設営された国営のアリーナは年に一度見れるか否かの大熱狂に酔い痴れていた。

学生主体のイベントだと侮るべからず、世界最速にして最大の攻撃力を有するISを使ったレースバトルだ。女尊男卑の時代を作り上げ文明を塗り替えたと言って良いISを使った戦いなのだから世界中が注目する理由としては十分過ぎる。

選手は学生であるが、この中から次世代の世界最強が誕生する可能性は大いにある。それも国内の選手が競い合うのではなく、様々な国籍が入り乱れ競い合うのだ。それは最早世界大会の縮図、代理戦争を言っても差し支えない。

 

「実況は私、黛 薫子がお送り致します。尚、解説席には本校の生徒会長でありロシアの国家代表、更識 楯無にお越し頂いております」

「どうも~ 自分の出番にはお暇しますので午前中のお付き合いになるかと思いますが宜しくお願いしますね」

 

何階層にも分かれた観客席の一部からせり出した実況席でマイクを握っているのはIS学園新聞部副部長を務め、歩くスピーカーとしてもお馴染み薫子と午後から出番を控える楯無である。

ISを使用するとあって空撮は禁止されている為、観客席の前列に集まり実況席を狙っている報道カメラに手を降る姿はアイドルと呼ぶに違和感を感じない。

会場に対する実況は学内の状況が分かっている学生が行う方が盛り上がると言うのが例年の慣わしであり、国営のアリーナになったとてそれは変わらない。

ちなみにだが、薫子の実況はあくまで館内放送的な役割であり、各放送局はこの日の為に特番を組み、専門家や人気の芸人、アイドルを導入したスタジオ実況を行っている。

それが日本国内に留まらず世界中の放送局が行っていると言うのだからキャノンボール・ファストの人気の高さが窺える。

 

「さてはて、それでは解説の楯無さん、最初は一年生の部な訳ですが注目の選手等はおりますでしょうか」

「更識 簪一択です」

「えっと、私情は御遠慮頂きたいのですが」

「ノンノン、クラス代表戦で頂点を極めた日本代表候補生の実力を正当に評価した結果です。第二世代打鉄の発展型である打鉄弐式は強襲仕様の近接型でスピード勝負でも決して性能負けしておらず、何よりも、そう何よりも! 簪ちゃんが最高に可愛いのであります!」

「思いっきり私情挟んでるじゃないですか!」

「簪ちゃーん! がんばってー! お姉ちゃんが応援してるからねーっ!!」

「ちょ、止めてよ! 私の報道人生が!!」

 

 

 

「…………織斑先生」

「何だ?」

「ちょっとあの解説を殴って来て良いですか?」

「気持ちは分からんでもないが止めておけ」

 

場所は選手控室だが、手狭ではなく三十人以上の生徒を収容して十分にスペースのある部屋は白を基調に清潔感が保たれている。

一夏には別の更衣室が用意されているが、今は学年問わず全員がこの部屋に集められていた。

唯一例外なのは楯無だが、色々な意味で生徒の枠に捉われない事は周知なので言及するものはいない。

開会式を終えただけで酔う程の人の視線に晒され正直キャノンボール・ファストを甘く見ていたと苦悶に表情を歪めていた一年生の出場選手達の中で、顔を赤くして俯いている簪の感情は複雑極まりない。完全ではないとはいえ姉と和解しつつある中での羞恥攻めである。

普段であれば赤面する少女の様子を微笑ましく見守っているセシリアも流石に十万の観衆の視線には少しばかりの緊張を覚えていた。

IS学園に入学して以来奇異の視線に晒され続けている一夏でさえ顔色を悪くしており、鈴音さえ想像以上の視線の多さに呆気にとられ気分の悪さを訴えていた。

顔色を変えていないのは逆に人が多すぎて気にならなくなったと豪語しているシャルロットとラウラだが、口数は少なくなっている。

代表候補生達でこのありさまであり、開会式のプログラムに含まれる選手入場の際に右足と右手を同時に出していた一年生の一部の記憶がいずれ良い思いでに変わる未来が来るかは甚だ怪しい所だ。

昨年経験したはずの二、三年生は流石に多少余裕はあるが市営と国営の違いに緊張を隠しきる事は出来ていない。慣れるしかないと分かっていても人の視線と言うのは割り切るのは中々に難しいものだ。

 

「来年からは人前でISを展開する授業を組み込むべきかもしれんな」

 

呆れ顔を浮かべはするものの世界大会を経験している千冬としては生徒達の心労は分からないでもないのだが、元々の精神的な造りが同一とは言い難い。

束と行動を共にしていた時期がある千冬にしてみれば興味本位の視線と言うのは当の昔に日常として受理してしまっている。

智の天才と武の天才、視線の半数を自分が引き受けていたと当時の彼女が知っていたかは定かではないが、今更であり栓無き事だ。

他人をカボチャに思えだとか、人の字を掌に書いて飲めだとか、効果があるかはさておき気を紛らわす手法は古来から伝わっているが、効果が得られる段階は過ぎてしまっている。

ならば千冬に取れる手段は多くはない。

 

「IS乗りである以上、人の視線は避けて通れぬ道だ。望む望まないに関わらず、お前達はこれから数多くの人間と関わり合いになる。それが必ずしも善意とは限らない、中には悪意を持ってお前達に接触を図ろうとする者達いるだろう」

 

頭上のスピーカーから聞こえる薫子と楯無の注目の選手雑談を一切を無視して千冬は続ける。

 

「お前達がこれから先どのような進路を選ぶにしても、IS学園でISを学んだと言う経歴は揺るがない」

 

羞恥と怒りで下を向いていた簪も含めて、全員の視線が自分に集まったのを確認して千冬は頬を緩める。

 

「ISで初めて空を飛んだ時、お前達は何を感じた? 色々と事情はあったが私は素直に感動したのを今でも覚えているよ。これからお前達は十万人が見詰める中で戦う事になる。その中には下心や悪意ある視線もあるだろう。で、それがどうした? お前達はそんなものに負ける程弱いと私は思っていない。見せつけてやればいい、空を自由に飛ぶとはこんなにも素晴らしいと、世界最強の武力は伊達ではないと。観客全てを魅了して見せろ、私は信じているぞ、お前達ならやれるはずだとな。十万と一人に見せてくれ、お前達の成長を」

 

最後に追加されたプラス一人が千冬を示していると言うのは誰もが理解出来た。

焚き付ける為の方便だと分かっているが、自然と自信を無くし下がっていた視線は上を向いていた。

あの世界最強が飛ぶ姿を見せてくれと言っているのだ。そこまで言わせて奮い立たない彼女達ではない。

IS学園の生徒の多くは千冬に崇拝に近い憧れを抱いている。根本的に何も解決しておらず、口車に乗せられているだけだとしても、目の色を変える理由として不足はない。

 

「覚悟は出来たか? なら、行ってこい」

「はいっ!」

 

それが誰かの気合いの声だったのか、或いは全員のやる気の表れだったのかは分からないが、代表候補生もそうでない生徒も、漲る活力を確かに感じ取れていた。

 

「まずは実況席に春雷を撃って、それから……」

「ほら簪、行くぞ」

「待ってラウラ、敵は強大だから策を練らないと」

「お前は一体何と戦うつもりだ?」

 

約一名、別の意味で闘志を燃やしている人物もいるが、それはそれで活力に違いはない。

 

 

 

 

太平洋を挟み日本から遠く離れたアメリカの海域、迎撃用に実弾を装填し防衛戦力の一つとして配備されているイージス艦の管制室に腕を組む男が衛星を利用した広域レーダーを見据えて眉間に皺を寄せている。

 

「日本ではそろそろキャノンボール・ファストが始まった頃か」

 

答えを求めた発言ではないが、男のすぐ後ろに立っている大柄の女性、イーリス・コーリングは頷きを返す。

視線は男と同じくレーダーを捉えているが、猛禽類を思わせる瞳は臨戦態勢である事を窺わせる程に強い光を宿している。

 

「そう殺気立つな、部下が怯える」

「御冗談を、たかがIS乗り一人に怯むような鍛え方はしていないでしょう」

「たかが一人が国家代表であるなら話は別だと思うがね。自他共に最強の軍隊を所有しているアメリカの国家代表、現役IS乗りの中で誰が世界最強かと問われれば私は君を推すよ、イーリス君」

「そいつは光栄です」

 

眼光鋭くモニターを睨み付けていたイーリスが肩を竦めて張っていた気を緩める。

各種レーダーや海中を探査するソナーを注視していた軍人達が緊張を解す息を吐いたのに艦長であるイーリスと話をする男は気付いたが見ぬ振りを貫く。

 

「で、君はどう見る?」

 

未だ異常なしを示しているレーダーから視線を外さずに問われ、首を小さく左右に振る。

 

「正直な話をするなら、この状況でキャノンボール・ファストの会場を襲撃しようとは思いませんね」

 

海を挟んだ日本にて世界中が注目を集めている国営のアリーナの様子を思い描き、思わず漏れる溜息を隠そうとしない。

現状を目の当りにした訳ではないが、轡木 十蔵が国際IS委員会を動かし張り巡らせた防衛網を彼女は知らされている。

警備が厳重であるのは言うに及ばずであるが、それは会場の警備に限った話ではない。

周辺海域にはイベント用の祝砲を鳴らす役割を果たす儀礼艦の姿を模した巡洋艦と駆逐艦、距離取った場所では漁船に扮したレーダー搭載艦、海底には潜水艦が待機しており、本土ではアリーナ周辺を監視しつつもいつでも飛び立てるよう戦闘機がスタンバイしている。

会場に配備されたISも含めれば周辺海域は戦時下も真っ青な実戦配備が整えられている。

凄いのはそれらが表立って気付けない程に巧妙に隠されていると言う事だ。船体そのものへの細工は元よりカラーリングや配置、情報操作により表面上では簡単に見破れないカモフラージュ施されている。

 

「それだけ厳重であるにしても、これまでの経緯を踏まえれば油断出来るものではないだろう」

 

ガギリと音が鳴る程にイーリスが奥歯を噛み締める。アメリカは銀の福音の件で出し抜かれた過去があり、イーリスからすれば親友が巻き込まれている。

敵が何者であるかは明確に判明はしていないが、各地で起こっている不協和音と関連性がないとは思っていない。

可能であるならば自分の手で決着をと思わなくもないが、国家代表の人間が簡単に動き回れる程に世界は優しくない。

 

「キャノンボール・ファストの会場襲撃、果たしてそれを行う輩は愚者か賢者かどちらだろうね」

「防衛特化戦力で固められたアリーナの状況を見抜いた上で襲撃がある、と?」

「さてな、一見完璧にも見える防衛の布陣ではあるが、逆に言えば突破出来れば世界中の注目を独占できるとも言える。攻めてくれと言わんばかりだと思わんかね? 私は直接面識はないが、轡木 十蔵はかなりの食わせ者と聞いている。イーリス・コーリング、アメリカ最強のIS乗りさえ動かす事が出来たにも関わらず、君があえてここにいる。それが示す意味は分かるだろう?」

「……成程、ね」

 

再びレーダーに視線を戻したイーリスの瞳に宿る輝きが強さを増しており、獣と呼ぶに相応しい獰猛な気配を放っている。

 

「勿論、杞憂の可能性もあるがね」

「それならそれで構いませんよ、何れにしても待ちの状況であるに変わりはありません。ただ今までと違って傍観では終わらないと言う事でしょう」

「違いない、攻めて来るなら迎え撃つまでだ。テロリスト共に見せてやろうじゃないか、軍人の力を言うものを」

 

 

 

 

場所は再び海を渡り日本に戻る。

人工島の国営アリーナではなく夢見る少女が集う地、IS学園である。

学生も生徒も大半が国営アリーナに出向いている今日と言う日であってもIS学園の警備は変わらない。むしろIS乗りが不在であり普段よりも厳重な体制が敷かれている程だ。

しかし、正面ゲートを警備していた学園専属の屈強な警備員達が力無く倒れ込み寝息を立てている。

 

「ハッ、警備がザル過ぎんだろ」

 

この台詞には自信を持って否定を送ろう。

仮に武装集団が攻め込んだとしてもIS学園の警備は簡単に揺るぎはせず、そこにISの有無は関係ない。

電子機器による防衛装置、人による警邏、何れも高水準でまとまり、世界最高峰の安全設備に守られている。学園祭等の特殊な環境を除けば警備が疎かになるとは考えにくい。

だが、現に警備の人間は倒れており、警備システムは作動していない。監視カメラは異物を捉えておらず、侵入者に対するレーダー類は異常なしを検知している。

 

「さぁて、お仕事と行きますか」

 

先頭を行くのは蜘蛛型の多関節のISを纏い秋の名を持つ戦闘狂、その背後から続くのは全身を完全武装で包んだ男達。

開幕を告げるキャノンボール・ファスト、その裏で国営アリーナの防衛戦力を嘲笑うように、姿なき悪意の矛先はIS学園への一歩を正面から踏み抜いていた。


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