IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第87話 プレリュードCF

「最後の一人は二組、ティナ・ハミルトン、前へ出ろ」

「はいっ!」

 

アリーナに集められた一年生八クラスの総勢が見守る中、千冬に呼ばれティナが列から外れ前へ進み出る。

既に一年生の視線集まる最前列には専用機持ち六名の他にクラス代表を中心とした成績優秀者十名が並び立っている。

最後に呼ばれたティナが鈴音の隣に立ち、パチリとウインク。実力的に間違いなく呼ばれると思っていながらも最後まで名前が出ずに内心で焦りを覚えていたのは同室の友人も同じだ。

アメリカの代表候補生に最も近いとされ最先端シルバーシリーズの搭乗者であるティナが含まれるのは少々ずるいと言えなくもないが、専用機持ちにはカウントされていない。

唯一、一夏だけが集まる視線に胃が浮くような不快感を戦っているのだが、知る由もない。

 

「改めて説明しておくが、専用機持ち六名と今呼ばれた十名、このメンバーで来るキャノンボール・ファストを競い合ってもらう」

 

キャノンボール・ファストは全員が参加出来る訳ではない。競技に参加できるのは専用機持ちと成績や性格を考慮し厳選された選抜メンバー十名。

八クラスある一年生から選び抜かれた面々の数が多いと取るか少ないと取るかは意見が分かれる所だが、国際IS委員会から貸し出される機体の数と警備や整備も踏まえるとこれが限界とも言える。

 

「既に周知だと思うが、今年は昨年までとは会場が異なる」

 

マイクを使っていないにも関わらず良く通る声はアリーナに並ぶ一年生達の頭の中に雑誌やネット、テレビ放送等で連日賑わっている今年の大会の装いを想像させる。

昨年まで行われていた市営のアリーナと今年行われる国営のアリーナの違いにも大々的に特集が組まれており、思い描いたした数人が喉を鳴らす。

競技内容により変化するとはいえ、市営のアリーナの収容人数は目安にして三万から五万と言った所だが、数少ないISの国際大会で使用できる国営アリーナとなれば十万を越える人間が観客席を埋め尽くす。スポーツとしてのISはそれだけ大衆を魅了している。

 

「代表候補生であっても初めて経験する空になるだろう、楽しめとも緊張するなとも言わん。ミスをして恥をかいても気にするな、と言うのは無理かもしれんが、責任はお前達を選別した私達が取る。だから、全力を尽くして来い」

 

かつて大観衆の前で世界一に輝き、栄光を手にした者から十六名に贈られる言葉は千冬個人としてだけでなく、教師としての意味が含まれている。

 

「それから、今回は参加できない面々にも伝えておくぞ」

 

キャノンボール・ファストに参加しない大勢の生徒に向き直る。

 

「私は教師故に生徒の優劣を決め選手を選考せねばならん。結果に不満のある者、自分の方が相応しいと思う者、見ているだけで満足だと言う者、それぞれ思う所はあるだろうが、同級生の雄姿をその眼にしっかりと焼き付けておけ。それを今後の参考に出来るか否かはお前達次第だ」

 

選考の結果を通達に留めず、わざわざアリーナに生徒を集めて行うのは毎年の事。

友人が選ばれ喜ぶ者、悔しがる者、無関心の者、千差万別ではあるが、現段階で生徒に序列を作るに違いはない。

それが教師として必ずしも正しいとは千冬も思っていないが、避けて通れないのも事実。

つけられた優劣、自分達の代表として飛ぶ同級生、その姿に自分を重ね、励みにするか悔やむかは各々の課題となる。それを生徒達も理解せねばならない。

無論、ISを学ぶ上でIS乗りこそが全てと言う訳ではない。技師や研究員としての道も多々残されているが、IS乗りが一番の華であるに違いはない。

そういう意味でも注目度の高いキャノンボール・ファストはチャンスなのだ。

学年別トーナメント、学園祭等の大多数の目が集まるイベントはあるが、今回のキャノンボール・ファストは規模が例年を大きく上回る。国営の会場にはそれだけの意味がある。

実技の成績が最優先と言う訳ではないが、素晴らしい実力を披露、或いは可能性を見せつける事が出来れば大企業の目に留まる可能性があり、場合によっては就職まで一直線の可能性すら出て来る。

IS学園は必ずしも就職を夢見て訪れる場所ではないが、優良なスポンサーがつけば自分自身の未来に可能性の翼を広げる事が出来る。

 

「さてと、時間か」

 

視線を巡らせて下を向いている生徒がいないのを確認した千冬に合わせるようにチャイムが鳴り響く。

 

「解散!」

 

 

 

昼休み、アリーナから解散した一行は腹の虫に逆らう事無く学園に散って行く。

大多数はIS学園の目玉の一つとも言えるあらゆる国籍に対応した食堂へ、弁当持参の生徒は教室や屋上、学園内の公園へ足を運ぶ者と様々だ。

一夏達専用機持ちの集団は取り分け国籍が多岐に渡り、集まるのはもっぱら食堂が主体だ。

 

「む、簪はどうした?」

「整備室だって、打鉄弐式と一緒にお昼じゃない?」

 

ラウラの問い掛けに鈴音が返す。

ISと一緒にお昼と言うのは言うまでもなく物理的に不可能だが、簪の場合は整備がメインで食事が次いでなのは周知なので言い回しはともかく侮蔑の意味は含まれていない。

 

「そうか、残念だが仕方ないな」

 

タッグを組んで以降何かと一緒にいる事の多いラウラと簪は友好な関係を築けているが、どちらかと言うとラウラの世話を簪がしている構図に皆が微笑ましく思っているとは当人には内緒である。特に食事となればラウラの愛らしさはうなぎ登りである。

食文化の違い、軍と言う環境から箸を使う作法に慣れていないにも関わらず「織斑に出来て私にできないはずがない」と謎の対抗心から必至に箸を使うものだから困ったものだ。

持前の器用さから見栄えは綺麗に扱えるようになってきているものの、時折ぽろぽろと零しては簪が食卓や口の周りを拭う姿を「微笑ましい以外に何と呼べば宜しいの?」とはセシリアの談である。

「これが萌えかな?」「否定はしないわ」とはシャルロットと鈴音の言葉である。一貫して沈黙を貫く姿勢を崩していないのは一夏だ。

下手に口を挟めばラウラと簪と言う一年生でも最強であろう二人から殺人的に冷たい視線を送られるとこれまでの生活から学んでいるのだ。

 

「所で、皆キャノンボール・ファストの準備は出来てるの?」

 

ラーメンと白米、人によっては怪訝に思う組み合わせを頬張っている鈴音から提供された話題は全員が共通で気にしているが、各々の思惑と各国の技術がしのぎを削る部分に切り込む題材だ。

 

「ふむ、それを聞くと言うことは鈴も聞かせてくれるのだろうな?」

「そりゃそうよ、隠す必要なんてないし、勝つのは私だし?」

 

視線に散った火花から目を逸らしたのは豚肉多めの野菜炒め定食を口に運ぶ一夏だ。

愛機にカスタム要素がなく、取れる戦法が少ないと誰もが分かっているからこそ話題に乗る必要がないと言える。

 

「ま、言い出した私から言うとしますか。と言っても龍咆をブースター扱いにする位なんだけどね」

 

話題を提供した鈴音も各専用機の基本的なスペックは理解しており、ブルーティアーズのストライクガンナーのような明らかにキャノンボール・ファストをぶっちぎりますよ的なパッケージを除けば各機はスペック的にも搭乗者的にも横一直線だと推測出来ている。

甲龍には量産機で設計されている高速機動パッケージが存在しているが、専用機である鈴音の甲龍一号機には適合しておらず、攻撃特化パッケージ崩山で増設された龍咆を用いるであろう事はラウラ達も予測の範疇だ。

中国の軍事機密に該当する量産型の詳細は知らなくとも鈴音の甲龍に高速機動パッケージ「(フェン)」が使えない情報は代表候補生であれば得ているレベルだ。

だからこそ鈴音も隠す必要を感じず、キャノンボール・ファストに自らが使うカスタムを口にしている。

 

「なら私も応えるとしようか」

 

小さな丼に盛られた白米とハンバーグと目玉焼き、所謂ロコモコ丼を相手に箸で奮戦しているラウラが続く。口の周りについたソースを拭うのはシャルロットの役目だ。

 

「シュヴァルツェア・レーゲンはもともと高速機動を想定した機体ではないからな、パンツァー・カノニーアを取り外しブースターを増設する予定だ」

「僕も似たようなものかな、ガーデン・カーテンをウイング代わりにするのと、後は二人と同じでブースターを増設するよ」

 

機体に最も容量に余裕のあるシャルロットが続く。ラウラの面倒を見ながらもその手は器用に鷹の爪の効いたペペロンチーノを口に運んでいる。

ラウラと同じく箸を使っているが、本人曰く「使ってみると意外と楽だった」との事だ。

軍で育ったラウラとは違い他国へスパイ紛いの活動もこなしていたシャルロットの箸使いは日本人の一夏から見ても違和感なく溶け込んでいる。

最後に皆の視線が集まったのは白い指先でサンドウィッチをちまちまと口に運んでいたセシリアだ。

念の為に補足しておくがサンドウィッチは食堂で購入したタマゴと野菜のシンプルなものだ。

オルコット家のメイドであるチェルシー曰く、彩が良いと言う理由で生魚をパンに挟んだものを朝から用意し昼に食べようとした経緯があるらしく、セシリアはキッチンに立つ事を許されていない。

補足に対し補足しておくと魚をパンに挟む文化が無いわけではないが、揚げるか塩漬けにするかが定石であり、生であれば新鮮な内に食すのが定番だ。胃袋の心配をするなら時間の経過した生魚は避けた方が良い。

 

「言うまでもないかもしれませんが、私はストライクガンナーを使いますわ」

 

視線が集まったことに小首を傾げた後、優美に微笑む気品溢れる仕草で縦巻金髪をかき上げる仕草は絵になる代表候補生の筆頭であり、勝利に一片の迷いも感じさせない。

 

「これはアレだな、何と言うんだったか……。そうだ、フラグだ」

「えぇ、立ったわね。ばっちり」

 

機体の基本スペックではなくパッケージによる付随効果を考慮するならばセシリアの独壇場であるに間違いはないはずだ。

だが、周囲で聞き耳を立てている生徒も含めて、何故かセシリアが勝利している姿を想像できないでいた。

 

「まぁ、でも大方は予想通りよね」

 

麺を胃袋に収めきった鈴音は残っている汁に白米をぶちこむ男らしい食べ方を実践する。

僅かに眉を寄せる者もいるが、嬉しそうに笑みを浮かべる鈴音がレンゲを使い少しラーメンの汁と白米を一つに染み込ませる作業を直視しては食事中だと言うのに胃がざわつくのを抑えるのは困難だ。

一部の人間から否定を買いそうな食事方法ではあるが、日本育ちの経歴も考えれば虜になってもおかしくはない。

きゅるる、と可愛らしく鳴った音が誰のお腹からかはさておき、キャノンボール・ファストの一年生専用機持ちに関しては順当にいけばセシリアが勝者となる事は皆の共通認識である。だからと言って勝利を譲るつもりがないのも共通認識だ。

追記するならばその共通認識に加え付け加えるべき共通の思考が他にもある。

セシリア有利と言うのは単純なマシンスペックだけを見た場合であり、ISの性能差が戦力の決定的差ではないのだから絶対的な予測ではない。

直線でのスピード勝負であってもその場で咄嗟にチームを組む可能性もあり、不確定要素の高いレースであるのだから当然だ。

その中で純粋にマシンスペックにおいてストライクガンナーを装着したブルーティアーズに迫る性能を有しているのがこの場で沈黙を保っている一夏の白式だ。

先日セシリアが告げた通り、本命に対抗できる存在。ただし、もしキャノンボール・ファストで賭博をするのであれば対抗と書いて大穴と読む名誉なのか不名誉なのか分からない注釈がつく事になるだろう。

 

「それでさ、これは純粋な興味なんだけど、十万人以上が見守る空で飛んだ経験ってある? ちなみに私はないわ」

 

その言葉に反応を示したのはどちらかと言えば周囲で聞き耳を立てていた他の一年生達だ。

ISスーツ姿にさえ未だ慣れたとは言い難いにも関わらず、恥じらいを覚える乙女達からしてみれば人の視線は気になるものだ。

今年のキャノンボール・ファストは会場の関係からも例年の倍以上の人間が集まると推測され、テレビ放送まで完備される。

それがどれだけ緊張感を伴うか、千冬の授業を受け飛ぶ事を当たり前の動作にしつつある彼女達の想像力では容易に思い描く事が出来てしまう。

 

「私は軍人だからな、そもそもISを披露する機会が軍事演習位しかない。流石に万以上の前で飛んだ経験はないな」

 

最後まで残しておいた目玉焼きの黄身の部分を箸で突き刺し口の中に放り込んだラウラが箸を置き手を合わせながら告げる。

 

「どうでもいいけど、ロコモコの卵って半熟じゃないの?」

「私は固めにしてもらっている。多少なりとも保存が効きそうだろう?」

「根っからの軍人気質ねぇ」

「褒め言葉と受け取っておこう」

 

「私も社交界などで人前に出る機会はありますが、万人と言うのは経験がありませんわね。ISに関しても同様ですわ」

「僕もかな、色々と人の目には慣れてるつもりだけど、そこまで大きいのはないなぁ」

 

セシリアの言う社交界は貴族的な意味合いだが、シャルロットの言う人の目には色々と憶測が飛ぶ所だ。

代表候補生である彼女達は企業の事情をある程度把握しており、デュノア社の懐刀とも呼べる腕利きエージェントの噂は知っている。

が、キャノンボール・ファストの話題で言うならばこの場にいない簪を含めて万人以上が見守る空を飛んだ経験がある者はいない。

特に大会のルール上、専用機持ちと汎用機を使う一般の部とでは別々にレースは行われる。

企業人の視点から言えば二年生や三年生に着目されるが、見た目は元より国籍も性能も異なる専用機が同時に六機も見れる機会は滅多にない。

一夏の存在を踏まえれば一年生専用機持ちの部が今大会で一番の集客率を誇るレースになる事は目に見えている。

視線を集めると言う意味では十名が汎用機に乗り競うよりも専用機持ちの方が目立つのは言うまでもないだろう。

 

「って事はそういう意味では条件はフラットかぁ、でもねぇ、想像すると、こう、なんて言うか」

 

言葉を途切れさせつつ身を捻る鈴音の様子に気持ちは分からないでもないとシャルロットが苦笑を浮かべる。

鈍感と言う意味ではある意味で共通的な思考回路をしているのか首を傾げて疑問符を浮かべているのは一夏とラウラだ。

 

「分かんないの? 十万人が自分を見てるとこ想像してみなさいよ。おまけにテレビで世界中に放送されんのよ? 生放送も録画も含めて記録に残るだけじゃなくて、多分ネットでも取り上げられるわよ」

 

代表候補生の仕事の中にグラビア紛いのものがあるのは偶像的な意味として仕方がないとしても、映像記録が出回るとなれば芸能人ではない彼女達にしては何とも言い切れないものがある。

 

「水着や下着、或いは裸のコラージュ画像なんて言うのも珍しくありませんしね」

 

ある意味で達観しているとも言えるセシリアの言葉に何とも言いづらく頬を染めるのは一夏だ。

一夏がそうだとは言わないが、ISの人気を考えれば下心の意味でそういった画像が出回るのも否定は出来ないだろう。

つまる所、人の視線にある程度耐性を持っているのが代表候補生に求められるものの一つだ。

しかしながら、今度のキャノンボール・ファストでは今まで感じた事の無い程の視線を身に浴びる事になるだろう。

想像力はISの力であるからこそ、彼女達は期待と不安が入り混じる感覚を覚えずにはいられなかった。

 

 

 

この日、誰もが想像していながらも妨害や乱入の可能性について口にしなかった。

なるようになると言う受け身の姿勢ではなく、来るなら来いと戦う覚悟を身に宿しているのは全員が同じである。

間もなく、人類最速を決める大会が幕を開け、IS学園と亡国機業の対峙が明確になる日が訪れる。

 

キャノンボール・ファスト 開幕の日が迫る。




ちょっと遅くなってしまいましたが更新です。
ラーメンライス否定派の人には申し訳ない表現があるかもしれません。

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