IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第86話 戦いの決断

「キャノンボール・ファスト、か……」

 

授業の合間の休憩時間と言えば学校側の視点から見れば建前上とは言え次の授業の準備時間であるが、生徒側から見れば息抜きの時間に他ならない。

例えば友人との雑談やお手洗いの利用と言った使い方が主だと思うが、男女の人数比率からも何処に行っても奇異の視線に晒され針の筵を味わう一夏にしてみればお手洗い一つ取っても簡単ではない。

何より女性率が九十九%を占める学園だ。男性用のお手洗いは教員用の離れた場所まで出向く必要があり、時間の使い方が中々に難しい。

そんな一夏が最近休み時間に利用しているのが購買でも販売されているISの雑誌の閲覧だ。

稀に代表候補生のグラビアが特集で組まれており、その中に知り合いがいようものなら複雑な感情を覚えずにいられないが、今注目すべきはそこではない。

雑誌の内容そのものは専門用語の解説や各国のISや搭乗者の紹介、ISに関する時事ネタまで幅広く取り扱っているが、この時期に組まれる特集と言えばIS学園の大型イベント「キャノンボール・ファスト」についてである。

ぺらりと頁を捲った先では昨年行われた内容が写真付きで解説されており、水飛沫と共に華麗に空中を舞う見知った生徒会長の活躍が描かれている。霧纏の淑女の見出しの記事は誇張でも何でもなく圧巻の存在感を放っていた。

 

「会長さんだね、国家代表が参加するのはどうかと思うけど集客の意味では機体も本人の容姿も相まって申し分ないよね。腕前も一流だし」

 

自身が駆る派手目のオレンジ色の機体や男装もこなせそうな整った容姿を横に置いておき雑誌を覗き込んだシャルロットが声を掛ける。

これでISスーツ姿の楯無に鼻の下を伸ばしていたのであれば冷ややかな視線が送られていた所だが、一夏が着目しているのは去年のキャノンボール・ファストの内容と併記されている今年の内容についてだ。

 

「やっぱり見た目ってのも大事なもんなのか?」

「そりゃそうだよ。キャノンボール・ファストは試合形式を取ってはいるけどクラス代表戦や学年別トーナメントとは全くの別物だからね。スポーツの観点では見た目は重要だよ」

「って事は俺は不利なんじゃないのか?」

「どうだろ、注目度ではナンバーワンだと思うけど」

「う、嬉しくねぇ」

 

IS学園内でさえ注目の的である一夏だが、キャノンボール・ファストに関しては会場が学園を飛び出した外で行われる。

おまけに学園関係者だけでなくIS関係各位が観覧するとなれば注目の倍率は跳ね上がる事間違いない。

学園祭でも注目を集めはしたが、あくまで学園内での行事である祭りと外で行われる行事を一緒くたには出来ないだろう。

しかも今年は昨年までとは決定的に違う点がある。

昨年までは市営のアリーナが使われており、国内大会を始めとした大容量の観衆を収容可能で学園のアリーナの何倍もの広さを持った施設だったが、今年は更に大きな国営の会場が用いられる事になっている。一夏が雑誌で一番気にしていた点もそこだ。

国際大会でも使用される巨大なアリーナは幾つか存在するが、日本が所有しているものは海上に作られた人工島に存在している。

今回はその海上アリーナが使われ、尚且つ更に広大なフィールドを用意するとアリーナを飛び出し周辺海域までもが活動範囲に含まれる仕様となっていた。

注目度が高いイベントであると言っても本来は学校行事で使われる場所ではない。誰のどのような思惑が働いたか結果なのかは一夏達が知る所ではないのだ。

 

「それで? 一夏は何を気にしてたの?」

「いや、まぁ、広い会場でやるんだなぁーって」

 

一瞬ではあるが言い淀んだ一夏の声色に気付かぬシャルロットではなく僅かに眉を寄せる。

 

「今までが市営の会場だったのが国営だからね。客席も多くなるしちょっと緊張するね」

 

自分自身が嘘で塗り固めて出来上がったと自負しているだけにシャルロットは嘘に敏感だ。

勿論、雑誌に記載のある昨年と今年の会場を比較して一夏が引き攣り緊張を覚えたのも嘘ではない。設営に伴い千冬が会場に出向いているのが気になっているのも間違いではない。

が、言葉に出さずとも一夏が本当に心配しているのは自分とIS学園を取り巻く現状だ。

IS学園の安全神話は致命打こそ受けていないが亀裂が入っており、その渦中に常に一夏はいるのだから気に病むなと言う方が土台無理な話。

内心を語るならば「今回も何か騒動が起こると思うか?」と言う疑問だ。吐き出してしまえば楽になると分かっていながらも、言葉にすれば精神が不安定になると分かっているからこそ躊躇われる。

そんな一夏の内心を読み取ったからこそ、シャルロットは一夏が本当に聞きたいであろう事には言及しない。

 

「おまけに学園のアリーナよりも大きな画面が常に私達を捉えておりましてよ?」

 

カツンと軽やかに靴の音を響かせて、セシリアが話に加わる。

相変わらずと言うべきか最近お母さん属性が付与されたにも関わらず、巻いた金髪を靡かせ腰に手を当てる立ち姿は代表候補生の中でも群を抜いて絵になる。

 

「色々と思う所はあるでしょうけれど、キャノンボール・ファストはイベントの特色上中止になるとは考え難いですから諦めて全力で挑む方が宜しいかと思いますわ」

 

その言葉に含まれている「気にするな」と言う意味に気づかない二人ではない。

蒼い死神、ミサイル、ゴーレム、全てが後手に回っている現状、幾つもの事件がIS学園や代表候補生を襲っているとしても気に病んだ所で進展するものではない。

ならば目の前のイベントに全力で取り組むことこそがIS学園の生徒としてあるべき姿であろう。

何よりキャノンボール・ファストは特殊なイベントなのだ。学園内でのイベントであれば最悪中止も可能だが、軍事力だけでなくスポーツとしてISを()せる事が目的に含まれる。

各国IS関係者や企業の人間が観覧に訪れる以上は不確定要素を理由に中止する訳にはいかないのだ。

何者かの妨害に対する警戒は必要であり、身構える事は大切だが、IS学園の生徒としての本分を見失っては元も子もない。

 

「まずは目の前に集中するべきですわ。私は織斑さんの成長に期待しているのですから」

 

戦うと言う覚悟であれば一夏は既に備わっているが、自分の預かり知らぬ所で何かが蠢いていると言うのは良い気分であるはずがない。

ゴーレムや亡国機業に襲われた経緯を持つセシリアとシャルロットも不安になる一夏の気持ちが分かるからこそ、悩む事は否定しないのだ。

深く考える事は悪くはないが、マイナス面への思考は必ずしも良い結果を運ぶとは限らない。シャルロットはあえて一夏の気にする点を無視し、セシリアは言葉回しで気にするなと告げている。不穏な空気を払拭は出来なくとも、一人ではないと彼女達は知っているのだから。

考えた所で仕方がないのだからと背を押す事を忘れないのは彼女達の優しさの現れかもしれない。

 

「ん、そうだよな。お母さん」「流石お母さん、良いこと言うね」

「……な、泣きますわよ?」

 

唇の端を僅かに引き攣らせたセシリアの目に涙が浮かんで見えたのはきっと気のせいだ。

 

「コホン。ま、まぁ、つまり何を言いたいかと言いますと、織斑さんには頑張って頂きたいと言う事ですわ。キャノンボール・ファストで一番の好敵手になる可能性があるのは織斑さんだと私は睨んでおりますの。不抜けた相手に勝利してのウイニングランは味気ないものでしてよ?」

「え?」

「言ってくれるね」

 

にっこりと微笑むセシリアの言葉に一夏は疑問符を浮かべシャルロットは挑戦状を受け取ったと目を輝かせる。

 

キャノンボール・ファストとは広いアリーナを利用しての高速レースだ。IS戦の形式をとっており、武装の使用も許可されえいるが、何れの機体もその日の為に専用のチューンアップが施され技術者の腕の見せ所でもある。

IS最大のメリットである空を飛び高速で移動する事を最大限に活かした大会であり、スポーツとしてのISの見せ場でもある。

学年別だけでなく、一般組と専用機組とで別れて行われて行われる大会は学年別トーナメントと双璧とされるIS学園のビックイベントに数えられる。

また、今年度に関しては前述した通り昨年までとは会場が異なる。

昨年までの市営アリーナは学園アリーナよりも大きく、仮想市街地を設置しての白熱したレース展開をしていたが今年度は更に大きな国営のアリーナを使用し、周辺海域を巻き込んでと例年以上に大々的なイベントへと発展していた。

武器を使う以上は客席や周辺への影響を考慮した設営が必要となり、千冬が出向いているのもその関係だ。

 

「え、俺?」

「えぇ、そうですわよ?」

 

一対一の純粋な戦いであれば機体相性も加味して一夏が有利と判定出来る。エネルギーを無効化する零落白夜とエネルギー兵器しか持たないブルーティアーズは必然的に不利を強いられる。

最も、それを腕前で押し返す事が出来るからこそセシリアは代表候補生なのだと言える。

しかし、純粋な空戦であると考えれば白式の性能は間違いなく一年生専用機の中でトップクラス。

飛ぶと言う基本動作に関してはセシリアを中心に一夏をみっちり鍛えており、素人だと侮れるレベルはとうに越えている。

 

「私のブルーティアーズには高機動パッケージであるストライク・ガンナーがあります。勿論、キャノンボール・ファストではこれを使う事になりますわ」

 

近接特化でありスピード重視の機体である白式にまともであれば追いつくのは困難だが、今のブルーティアーズには凶暴な愛馬がいる。

砲戦パッケージであるパンツァー・カノニーアの影響で重量の増したシュヴァルツェア・レーゲンを牽引して尚余りある馬力を有した空を掛ける流星は間違いなく優勝候補筆頭と言えるだろう。

当然ながらシャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡも持ち前の容量の多さを武器に増設ブースターを加え高速仕様にて参加するが高速での使用を前提としたパッケージ装備とは根本が異なる。

同じように高速用パッケージとして中国の甲龍にも(フェン)と呼ばれるものが存在するが、生憎と量産仕様の甲龍戦隊への実装用であり、鈴音の甲龍一号機への実装は見送られている。

シュヴァルツェア・レーゲンや打鉄弐式も専用の高速機動装備を施してくるに違いはないが、ストライク・ガンナーはそれさえ凌駕するとセシリアは確信している。

そうなれば一番の敵は誰か。言うまでもない、ストライク・ガンナーと同様のスピード特化をコンセプトとした白式だ。

実際のレースとなれば他の面々が徒党を組んでセシリアを潰しに掛かる可能性もあり、スピードだけで競えるものではないが、それは今は議論しても意味がない。

 

「純粋なスピード勝負か、確かにストライク・ガンナーに追いつけるのは白式位なものかもね」

 

シャルロットの言葉に一夏は気負っていいやら謙遜していいやら何とも言えない表情を浮かべる。

 

「勿論僕だって負けるつもりはないけどね」

 

肩をすくめては見せるものの、正直な話をすればキャノンボール・ファストは先行逃げ切りが圧倒的に有利な大会だ。

加速、最高速度においてブルーティアーズと白式に遅れを取っている以上はそれだけで致命的な差になりかねない。

 

「機雷で進路妨害するよりスナイパーライフルとか持っていく方がいいかな?」

「シャ、シャルロットさんは随分怖い事を考えますわね」

「だってそうでもしないと勝てそうにないんだもん」

 

狙撃はセシリアの十八番であるが、シャルロットは何事もそつなくこなせる。

スタート直後に飛び出したとしても後方に狙撃する敵がいるのであれば迂闊にまっすぐ飛ぶ事もままならないと狙撃手であるセシリアは知っているからこそ厄介な相手だ。

もしその後方要因が一人でないとすれば尚の事、シャルロットが狙撃をし、ラウラが砲撃でもしようものならおちおちと空も飛んでいられない。

 

「ま、当日を楽しみにしててよ。僕とラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡも簡単には負けてあげないよ」

「勿論、私は油断するつもりは毛頭ありませんわ」

「……完全に蚊帳の外なんだけど」

「あら? 先程申し上げたじゃありませんか、織斑さんと白式が最も厄介な相手ですわ」

「そうだね、だから僕とラウラ辺りで最初に一夏を落とそうかなって相談もしてるんだよ?」

「や、やめてくれ! そんな事したら絶対更識さんも乗ってくる!」

「あ……」

「待って! そのアイデア頂きみたいな顔は何だよ!」

「あははは、嫌だなぁ。正にそのアイデア頂き! って思ったんだよ」

 

一夏は専用機持ちの中で最も経験値の少ない搭乗者だが、馬鹿ではない。

まず間違いなくIS学園を始めとし自分達には敵がいると分かっている。心配をすればする程に頭の中が不安で一杯になる。

だからこそ、明るい話題を提供してくれる仲間がいる事に感謝出来る。寄り添う事は逃げではないと戦いを通して知ったのならば、それは道を切り開く可能性になる。

 

 

 

 

IS学園から離れ、海上にある国営の大型アリーナではキャノンボール・ファストの為の準備が着々と進められていた。

アリーナ周辺の海域をレースに使用するとあって、IS用武器の射程範囲に施されるエネルギーシールドの配分の陣頭指揮を取っているのは千冬だ。

当日は海上封鎖が行われるが、万が一にも密漁船でも入り込みISの攻撃に巻き込まれでもしたら目も当てられない。

そういう意味では例年以上に広い場所を使う上で細かな調整が必要になるのは致し方ないとも言えた。

 

「準備の程はどうですか?」

 

大方の口出しが終わり、缶コーヒーを片手に一息入れていた千冬の隣に立つのは轡木 十蔵。

国際IS委員会としての立場とIS学園としての立場と両方から意見出来る貴重な人材だ。

 

「この規模で行うのは初なので中々難しい所です」

 

観客席と周辺海域にエネルギーシールドを配置し、尚且つ万が一に備えると言うのは専門家であっても難しい。

戦う事に関しては世界一とも言える千冬であるが、そういった現場判断が出来る程に専門的な人間かと言われればそうではない。

 

「学園長、お聞きしても宜しいですか?」

「何をでしょう?」

「何故、会場をいつもと変えたのですか?」

「……ふむ、貴方なら気付いているのではありませんか?」

「だとしてもです。私は貴方の口から聞きたい」

「そうですか……。まぁ、いいでしょう」

 

少し間を作り数歩を歩いてから十蔵は千冬に振り返る。

 

「IS学園は今、かつてない危機を迎えています。蒼い死神と篠ノ之博士を敵ではないと仮定した上で考えても、ミサイルや先日の無人機と言った敵が存在しています」

「……篠ノ之博士を敵ではないとして良いのですか?」

「おや、以外ですか?」

「蒼い死神をテロリスト指定したのは国際IS委員会でしょう」

「確かにその通りです。ですから、これは私の個人的な意見ですよ」

「……失礼しました。話を続けて下さい」

「えーっと、何処まで話しましたか」

「IS学園には敵がいると言う話です」

「そうでしたそうでした。では、敵とは何でしょう? IS学園や代表候補生を攻撃して得をする者とは何者でしょうか? 敵が愉快犯ではなく、明確な意図を持っているならば、必ず目的が存在するはずです。違いますか?」

「いえ、違いません」

「はい、では、その目的とは何か……。IS学園は非常に不安定な立ち位置にいる組織である事は言うまでもありませんが、だからと言って無くなって得をする者はそう多くありません。何せ最先端技術の密集地であり、世界各国の庇護を受けている場所ですからね。では、敵の目的とは何か。IS学園を崩壊させる事でしょうか、それとも優秀なIS乗りを減らす事でしょうか、私はそのどちらもが正しくあり間違っていると思います」

 

一旦言葉を区切り十蔵は静かに首を振る。

 

「嫌な世の中になったものです。ISと言う単機最強の戦力が現れた事で歴史の中心が大きく塗り変わってしまった。おっと、これは貴方に言うと失礼に値しますね」

「いえ、そんな事は……」

「ですが、私はそんな世の中が嫌いではありません。未来ある若者達が切磋琢磨するIS学園を愛しています。おっと話がそれてしまいましたね。会場を変えた理由、でしたね。貴方もご存知の通り、市営のアリーナは市街地のど真ん中にあります……。迎撃するには少々不適切でしょう?」

「っ!」

 

言葉に詰まるとはまさにこのことだろう。

 

「織斑先生は気づいているのではありませんか?」

「一夏達を囮に使うと言うのですか!」

 

静かに十蔵は笑みを浮かべる。

 

「六十点です」

 

轡木 十蔵。IS学園の学園長をしている彼の事を知る人は少ない。

柔和な表情を崩さない壮年の男性が、浮かべている笑みは何処までも優しいものだ。

 

「まさか、貴方は……」

「えぇ、私は道化を演じます。確実にいるであろう敵と戦う為に、まずはこちらの手を曝け出します」




今さらですが学園パートを書いているとつくづくラブコメ要素が見当たらない。

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