IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第85話 時代が泣いている

秋の紅葉で彩り鮮やかに染まった銀杏並木を左右に眺め、緩やかな坂道を上がった先に一軒の豪邸が鎮座している。

レンガ造りの外壁の奥、自然に囲まれた中に映える赤い屋根、綺麗に整理された出窓には小さな花が咲き並んでいる。

裏手にプールが備わっており、生憎と庭に白い犬はいないが多くの人が一度は住みたいと妄想し憧れる高級住宅の代名詞のような佇まい。

室内の装飾品も外見に負けず煌びやかだが、決して派手過ぎず気品を忘れていない。あえて言うならば起毛の赤い絨毯の主張が激しい位だろうか。

数多く部屋があるなかのリビングルーム、他と同じ赤い絨毯を中心に配置されているのは何れも高級な調度品の数々。

木製を中心に落ち着いた色合いの物が多く置かれているが、壁にかけられた一際大きなモニターだけが自棄気味に自己主張している。

モニターの向かい側、ガラステーブルを挟み、ゆったりと身が沈む程のソファーに腰掛け足を組んでいるのは妖艶な笑みを浮かべる美女、スコールだ。

その隣「そのソファーは落ち着かない」と安物の硬い椅子を引っ張り出して器用に胡座で座っているのはスコールの相棒、オータム。

既にホテル テレシアから拠点を移した二人は秘密基地と呼ぶには随分と豪華な亡国機業所有の隠れ家の一つに身を潜めていた。

「どうどうとしていれば案外バレないものよ」とはスコールの言葉だ。逃亡生活を繰り返す束を嘲笑う所業だが、そもそもテロリストだと顔がバレていない二人だから出来る手段とも言える。

揃って視線を送る大型モニターには先日行われた青の部隊と呼ぶべき即席チーム、ブルーディスティニーとブルーティアーズがゴーレムと戦っている映像が映し出されている。

ゴーレム視点の映像では代表候補生の立場と言えど年齢からは考えられない程に堂々とした姿で狙撃銃を構えるブルーティアーズと今まで仕入れた情報よりも一層激しく猛進的な攻撃力でゴーレムを沈めるブルーディスティニーと二機のブルーが映し出されている。

 

「何なのかしらねぇ、アレ」

「蒼い死神の事か?」

「そ、急に攻撃的になったわよね」

「アラクネでやりあった時には無かった現象だな」

「他でもあの変化は確認取れてるんだけど、あの戦い方は情報にないのよね」

 

何度も映像を巻き戻しブルーディスティニーの格闘攻撃を吟味するスコールの中で膨れ上がる疑問は尽きる事はない。

現段階で間違いなく最強の枕詞を持つ蒼い死神は出自も含めて謎だらけだ。分かっているのは戦場に介入した上で圧倒的な武力を誇り、背後に篠ノ之 束がいる事。

スペック的にはスピードはともかくとして攻撃力と防御力は他の追随を許していない。防御自慢のゴーレムも負けてはいないがサイズを犠牲にしているのだから同列には数えられない。

それ以外の要素として、恐らく幾人は気付いているであろう戦闘中のブルーの変化。

瞳の色が緑から赤に切り替わり、形容するのは難しいが言い知れない何かを感じ取れる。ゴーレムとの戦いにおいてその変化は如実であった。

しかし、どれだけ取り繕った言葉を並べても、あの篠ノ之 束が関わっていると言うだけで名誉か不名誉かはともかく化物である理由にはなる。

 

「まぁいいわ。分からない事に悩む前に分かっている事から片付けましょう。取り敢えずはゴーレムの強化を優先しないとね」

「今でも十分な性能だと思うがな」

「それは否定しないけど、今回は相性が良かったと言うのが大きいわ」

「相性? イギリスのお嬢ちゃんは強かったと思うぜ?」

「えぇ、それも間違いないわ。精密な上に長距離射程を持つ攻撃、多角攻撃を可能にするビット兵器、併用して移動が出来なくとも同時攻撃による高火力、狙撃手としての広い視野、ブルーティアーズとセシリア・オルコットの組み合わせは代表候補生として申し分ない。特に今回のようにサポートに専念されれば最も厄介なタイプね。出来れば相手にしたくない一人だわ」

 

一泊置いて「でも……」とスコールは手元のリモコンで画面を公開されているブルーティアーズのスペックデータに切り替えつつ言葉を続ける。

 

「それでもゴーレムの装甲を抜けないのであれば意味はない。彼女単機であれば”勝てはしないが負けもしない”と言った所でしょう」

 

その結論はセシリアが導き出したゴーレムに対する評価そのもの。圧倒的な防御力と攻撃力は脅威だが足止めであれば単機でも可能なレベル。

が、撃破するとなれば火力が足りない。関節部を撃ち抜けば何れ制圧出来るかもしれないが、正面突破は難しいだろう。

一対一の図式が前提だが、その評価は妥当なもの。長時間を掛ければ精神的な疲れの概念がない分だけゴーレムが有利になるかもしれないがそれは議論しても仕方がない話だ。

想定の話でいいのなら、あのまま時間を稼げばIS学園の援軍が到着しゴーレムを鎮圧していた可能性が非常に高い。あくまで一対一が継続しなければ仮定さえ成り立たない。

実戦において推測は大事だが、想定外の事態に冷静に対応出来るかどうかが作戦の成否を大きく分ける。無人機であるゴーレムの今後の課題と言えるだろう。

 

「だからこそセシリア・オルコットをゴーレムの起動実験の相手に選んだのだけれどね。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡや打鉄弐式が相手であれば物量で押し切られて装甲が持たなかったかもしれないもの」

「その評価じゃISの世代なんか意味ねぇなぁ」

「あら、実戦ってそういうものでしょ? 原始的なもの程、単純で強力だったりするものよ」

 

一方的な都合でセシリアに喧嘩を売っておきながら実験相手として適していたと他者の都合を顧みずに断言する。

 

「まぁ、ゴーレムの出来そのものには概ね満足してるのよ? でも、これからを想定するならもう少し手を増やしたい所ね。数だけじゃなく個々の性能でもね」

「具体的には?」

「ふふ、オータムも気に入ると思うわ」

 

含みを持たせた笑みと共にリモコンを操作し画面が切り替わる。

 

「剣と盾? いや、どっちかって言うと棍棒と壁だな」

 

口したオータムの感想は的を得たもので区分としては無骨な大剣であるソレは刃は潰れており斬ると言うよりはたたきつぶす為の巨大な棒で、盾の方もデザイン性の欠片もない分厚い鉄板だ。

 

「剣はともかく、盾は元々ビットタイプにしようと言う案もあったのだけれどね。演算能力の都合で効率が悪いから単純明快に硬さを最優先にしたってわけ」

「武器の種類としちゃ小難しくなくて好きっちゃ好きだが、コイツの相手はしたくねぇな。いや、味方としての立場だからそれでいいのか」

 

アラクネを装着した状態で相対した姿を想像して表情を歪める。

全長五メートル、異常に長い両腕をコマのように回転させ自ら実力を認めたセシリアに迫ったあのゴーレムが更に身の丈もあろうかという巨大な棍棒を手にして迫ったとしたら? その組み合わせは敵でないとしりながらも想像するだけで気分を盛り下げる。

中距離から近接距離で高い戦闘力を誇るアラクネではあるが、その実その戦い方は多関節を用いたトリッキーなスタイルであり、操作性も含め複雑極まりない癖のある機体だ。故に、単純だからこそ効果的なゴーレムの恐ろしさは良く分かる。

スコールが言ったように原始的で単純だからこそ強力な場合があるのだ。拳銃より灰皿で殴る方が効果的な場面があると言う事だ。

 

「さて、それじゃ現状で使えるものを整理しましょうか」

 

ゴーレムの話は一旦置いておくとして、画面に表示される内容を切り替える。映し出されるのは大型の航空母艦に複数の潜水艦、宇宙に浮かぶ人工衛星。

記憶に新しいのはIS学園の頭上にフレシェット弾を降り注がせた姿を見せなかった空の悪魔だ。電波妨害の影響もあり混乱の渦中にあった事からも存在は明らかにはならなかったが、安全神話に牙を突き立てた狂気の一角は今も宇宙に座している。

 

「今持ってる手札はこんなもんか?」

「細かなものはいくらでも用意出来るけど、私の権限で動かせる大型はこの辺かしら。あぁ、それと忘れてはいけない一番大きな手札は貴方とエムよ」

「そりゃどうも。期待には添うつもりだぜ? 無駄死にはゴメンだけど死地は望むところだしな」

 

浮かべている声色には戦いに対する喜びさえ感じるオータムの言葉にスコールは笑みで応える。

 

コードネーム、オータム。亡国機業の武闘派の一人であり、組織幹部の一人であるスコールの護衛兼荒事の実行部隊。

元々、彼女は戦闘のプロにして戦争屋。戦場から戦場へ渡り歩く名うての傭兵だった。

名うてと言っても狡猾な罠を張り巡らせ敵対する者に一切の容赦をしない残忍な戦い方から注目を集めていただけで本名は不詳。

最前線で命を賭ける場末の傭兵であった彼女はドックタグ等持ち合わせておらず、本人が己の過去を語らず、その名を知る者はいない。

戦場に生まれ戦場に死ぬ、本人さえもそう思っていたにも関わらず、ある日、彼女は戦場から姿を消した。

誰にも知られず、生活が一変した原因は亡国機業にスカウトされたからだ。

後に判明するISの適正値、実戦経験、武器の取り扱い、性格にこそ難はあったが彼女はテロリストとして申し分ない実力の持ち主だった。

戦場に日常があり暴れられないのであれば興味はないとしていた彼女はISの力で破壊する喜びに魅せられてから覚醒したと言って良い。

ISに触れ、飛ぶ喜びを覚えるのではなく、戦いへの渇望故の喜びだった。ISの自我に近いものが戦いを望もうが拒もうが関係なく道具として完璧に使役してみせる。スポーツ感覚ではなく最高の殺人マシンを得た狂気は彼女を魅了した。

当初、傭兵として生きていた彼女は名を持っていなかった。

そこで名乗る為に選んだのが(オータム)のコードネーム。世界最強が冬であるならその一歩先を行くと手にした名前。

「冬を越えるなら春ではないか?」そう問われた際も「春は温い気分がして嫌いだ、それにスプリングじゃしまらねぇだろ」とは彼女の談だ。

そうして誕生したのが世界の裏側に潜むテロリスト組織、亡国機業一の腕前を持つIS乗りだ。

 

「そういや、そのエムはどうしたんだよ?」

「あぁ、あの子なら地下よ」

 

最も、今となってはオータムよりオータムの名が相応しいであろう少女が登場してしまった訳だが、今更名乗りを変えるつもりは彼女にはない。

篝火 ヒカルノが「サイズダウンした織斑 千冬」と称した戦争屋よりもあらゆる意味で不鮮明な少女、エム。

 

「負け続けだからなぁ」

「それは別に構わないのだけれどね」

 

エムと呼ばれる少女が表舞台に姿を見せたのはサイレント・ゼフィルスの強奪やブルーディスティニーとアラクネの戦闘への介入、倉持技研やIS学園への侵入と数こそは多くないがブルーディスティニーに次ぐイレギュラーと言って良い存在。中でも倉持技研とIS学園への侵入は辛酸を舐めさせられている。

何れも大胆不敵と呼べる手腕であると共に、出会ったものに只者ではないと思わせる謎多き存在。

現在エムは公にされていない地下室に用意されたトレーニングルームで敗北を払拭せんと身体を動かしている。

知略では篝火 ヒカルノに遅れを取ったかもしれないが、腕っ節で篠ノ之 箒に負けたとは思っていないが正面からぶつかり押し返されたのも事実。

 

「織斑姉弟と戦うにあたってあの子は切り札になりえる。死ねばそれでおしまいだけど、生きてるなら最後に総取りで勝ち逃げすれば良いのよ」

「せめてもう少し数がいりゃぁな」

「それは言わない約束よ。あの子が唯一の完成体なんだから」

 

再び画面が切り替わり、映し出されるのは二つの画面。一つは今現在地下室においてランニングマシンを相手に汗を流す少女の姿。

もう一つは今ではない過去のデータ。巨大な試験管の中で眠る全裸の少女、繋がる機械端末に大きく刻印された「12」の意味が何を指すのかが明らかになるのはもう少し後の話だ。

 

「何れにしても、そろそろ動くわよ。お金にはならないけどオータムも付き合ってくれるでしょう?」

「ハッ、今更金で動くかよ、こっちの方が面白そうだから付き合ってんだろ。爺共は黙ってねぇだろうけどな」

「新しい時代を作るのは老人ではないわ。不要なら退場してもらうだけよ」

「って事は、やるんだな?」

「えぇ、やるわ」

「おもしれぇ」

 

右の手で作った拳で左の掌を叩いたオータムが笑みを深める。

好戦的、残虐、狡猾、愛機の形状と踏まえこれほどまでに蜘蛛のイメージが似合う女もそうはいないだろう。

 

ここで少し亡国機業について記しておくならば、かの集団はテロリストである。歴史の裏側に潜み、巧妙に存在を隠している世界の闇。

その実態は歴史の変わり目に姿を見せる死を運ぶ武器商人であると知っている者はいないに等しい。

彼等は時に争いを傍観し、時に煽り、時に参加する。死の匂いが漂う武器の密売を生業にしている者達。

無論、武器商人と言うだけであるなら戦乱の世において珍しいものではないが亡国機業は普通ではない。ただの武器商人の枠に収まらない。

世界中のあらゆる影に潜んでいながらも、その正体を誰も掴む事が出来ない虚構。軍部や政府関係者はその存在を知っていても、手が出せない。伸ばすべき相手が掴めないからだ。

人の目に触れる事なく、金の流通を牛耳る存在。テロ行為は手段であり目的ではない、金こそが全てのテロリストだ。

オータムやエムのような武闘派もおり、時と場合によっては積極的にテロ活動を行うが、第三者があってこその武器商人。人の目を欺く事を得意とした秘密結社。

そんな亡国機業がこのご時世にISに目をつけるのは当然の流れと言えた。

 

だが、そのあり方をそのままで良しとしない者がいる。

時に地形さえも破砕する土砂降り(スコール)の名を持つ亡国機業の幹部。

若くしてテロリストの最上位の地位にまで登り詰めた彼女は金儲けだけで収まるつもりはなかった。

 

「世界を取りに行くわよ」

 

妖艶な美女が浮かべる狂気を孕んだ笑みに合わせて、真っ赤なルージュの唇がぬめりと輝く。

 

「蒼き清浄なる世界を破壊するのは我々よ」




今回は亡国さん側のお話。

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