IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第82話 THUNDER CLAP

殺し殺され合う戦争と言う日常の中で生まれた人を殺す為の兵器は数知れない。

人間の代理人とも呼べる人型兵器であるMSはある意味で人が人を殺す為の完成形の一つと言えるが、ただ殺すだけであるならば人型である必要はない。

毒ガスやミサイルは言うに及ばず、命令一つで人間だけを殺すマシン程効率の良いものはないだろう。分類すれば多岐に渡る中でブルーディスティニーはMSとしても異質だ。

ユウ曰く「最高の殺人マシン」しかしそれは他者を圧倒する兵器としての性能だけではない。

EXAMに触れた者の中には流れるマリオンの意思、クルスト博士の妄執に心を喰われる者もいた。壊れた心は元に戻らず廃人の道を辿る。

ブルーは搭乗者さえも喰い潰さんとする殺人マシン。それは精神的にも肉体的にも搭乗者の事を考えていないが故の結果。自分自身さえも殺す可能性を孕む忌むべき機体。

 

──EXAM System Stand By

 

立ち昇る赤い狂気、短く響いた電子音の後に瞳の色が緑から赤へ、全身の可動部が熱を帯び軋みを上げて覚醒する。

EXAMは戦う為のシステムに過ぎないが、同時に全力を表す記号、その意味が顔を覗かせる。

返り血よりも赤く染まった真紅の視線が真っ直ぐに空を突き刺す、射抜く対象は物言わぬ機械人形。

 

「アレも無人だな?」

≪……間違いないよ≫

 

問い掛けに応えた束の声に若干の戸惑いと好奇心が宿る。

持てる技術を駆使して本来存在しないEXAMを類似品として表面上再現してはいるが本質を理解しているわけではない。マリオンやNTと呼ばれる存在がいないのだからそれも当然で、本当の意味でEXAMが完成するはずはない。

束版EXAMはコアネットワークからISと深く繋がる搭乗者の深層心理を読み解く事を主目的としているが、ある種のリミッター解除とも言え発動すれば機体性能は大きく向上する。

これはクルスト版EXAMとも共通の認識と言えるが、元々MSが半自動化されている事にも要因があり、システム稼動状態下であればほぼ完全な自律行動を可能とし半ば暴走とも呼べる状態になれば搭乗者の生死も制御も関係なく暴虐を尽くす。

但し、これは明記の上で暴走としているが開発者の判断としては意図した正常な動作に分類される。

親和性が高い搭乗者に限りより鋭敏な、超常と言って良い性能を発揮するのだが、親和性の条件に関しては定かではない。

疑念、妄執、死神、騎士、狂気、EXAM搭載機を表す言葉は多々あるが全てをひっくるめて一言で済ますならばユウがゴーレムを呼称したのと同じ「化物」である。

一年戦争でブルーと対面した事のある者ならまず間違いなく恐怖に慄き敵味方関係なく実感するだろう。一見して人畜無害なジム頭が豹変する様に。

擬似NTとも呼べる対NT用システムであるEXAMの最大の特徴は精神感応と呼ぶべきものだが、一度解放されれば戦場を蹂躙する圧倒的な運動能力と破壊性能を持つ事も忘れられない特筆すべき点だ。

 

今回に関して言うならば暴走ではなく覚醒と呼ぶべきかもしれない。

ユウとて分かっているのだ、このEXAMは限りなく本物に近い偽物であると。

例え偽物であろうとも必要な力であると知っているからこそEXAMを発動させる。

 

「俺自身の意志として、貴様を討つ!」

 

宙を掴んだ脚を踏み抜き、上空に現れた二機目のゴーレムに狙いを絞る。

選ぶ攻撃の手段は背面のブースターからエネルギーを放出、取り込んだ後に爆発させ超加速を生み出す瞬時加速、夜空に赤い瞳の軌跡が描かれる。

爆発的な加速は瞬く間に最高速度を叩き出すが、ゴーレムとて何もせずにやられるのを待っている訳ではない。

二機の距離がある以上、エネルギー砲による迎撃を選ぶのは至極当然の措置。

が、エネルギーを集中させて放つ砲撃は遠距離戦において利便性の高い攻撃方法だが瞬時加速相手では高出力を貯める行為は致命的な一呼吸を作ってしまう。

人間ではなく機械である合理的な思考回路は即座にエネルギー砲は間に合わないと判断、砲撃を取り止め腕を振り上げ叩き落とす迎撃を選択しなおす。

 

──爆発、加速、激突。

 

数秒に満たない時間に行われたユウとゴーレムの駆け引きは最も良い目を持ち、瞳の色が変わったブルーディスティニーに注意を払いつつも新手のゴーレムから視線を外していなかったセシリアの思考さえ引き離す。

瞬時加速によるエネルギー消費は戦闘の継続性を考えれば好ましいものではない。何より二機目の出現は想定外だったのだ、これ以降も新手が現れないとも限らない。

勝敗を決する為の突撃は後を考えていないのではなく、後に余裕を作る為の先手必殺。

肉薄した二機、正面からゴーレムの叩き落とした左腕と輝く桃色のビームサーベルが激突しぶつかり合う。

瞬時加速の慣性が助成してはいるが分厚い腕の装甲を破るには至らず、拳と刃、交わった点が空間を揺さぶる程の衝撃を生むが両者引く様子は見られない。

拮抗したのは一秒もなく、互いに残っていた腕を振り被る。叩きつけられる上半身を覆う程のサイズであるゴーレムの右腕をブルーの左手、頭を庇うように押し上げたシールドで受け止める。

ズシンと響く重い衝撃は絶対防御で捌けずユウの腕が悲鳴を上げるが、EXAMを作動させたブルーは目の前の敵を相手に引く意思を持たず、更なる一歩を促しユウもその判断を受け入れる。

その姿、上げられた視線に宿る破壊衝動は「敵ノ殲滅ヲ最優先トスル」兵士を超越した死神の姿そのもの。

 

「っ!!」

 

両腕を振り上げ力任せに太い腕を弾き、踏み出した一歩と共にビームサーベルを振り下ろす。

桃色の軌跡が胸部装甲に破損を作るが、感情無きゴーレムに施されたナノスキンが即座に修復を開始、懐に入り込んだブルー目掛け再度両腕を叩き落とす。

が、迫る両腕に構いもせずブルーの赤い瞳が輝きを増す。右手のビームサーベルを放り投げ拳を握り締める。

 

「そうやってお前達は全ての他人を見下すのか」

 

決して束に向けられた言葉ではないと注釈しておく。

間違いなく"いる"感情無き視線の先、自らの手を汚すことなく他人の組み上げた成果を奪い、冷徹に、しかし楽しげに鑑賞しているであろう者達。

傍観者を射抜く視線と鉄槌を下す拳が不規則に並んだセンサーレンズの備え付けられた顔面を殴り付ける。

無論、その程度でゴーレムの振り上げた拳が止まるはずもないがこの戦いは個人で行っているのではない。

状況把握に復帰したセシリアからの射撃が再開、ブルーディスティニーに迫っていた拳をスターライトMkⅢが撃ち、同じ蒼の名を冠する者の援護に入る。僅かにでも間が出来れば追撃は出来る。感情の乗せられた拳が繰り返し、二撃、三撃、四撃と真正面から放たれる。

一度破壊に身を任せたブルーディスティニーは止まる事なく連撃に繋げる。

ビームサーベルで斬り払い僅かに出来た装甲の歪をシールドで抉るように殴り上げ、力任せにゴーレムの巨体を崩す。下がった頭部を両手で掴み、真っ直ぐに両者の視線が交差する。

もし、ゴーレムに感情があったなら、その瞬間に怯むか或いは後退る道を模索していたに違いない。視界を血の如き赤が染め上げる様は恐怖以外何者でもないのだから。

掴んだ両手の間、ゴーレムの頭部にブーストの加速を効かせて持ち上げた全身ごと膝を叩き込む。堅牢対堅牢と防御力で言えば共に腕自慢な二機ではあるが頭部と膝とでは意味合いが違ってくる。

シールドでの殴打も含め六撃目、吸い込まれるような連続攻撃の果てに頭部に集中された攻撃はゴーレムのセンサーレンズを砕くに至る。

援護射撃があったとはいえ与えた損傷は軽くない。修復機能があるとはいえ物理的に割れてしまったセンサーレンズに簡単に対処は出来ないだろう。

 

「これで……」

≪まだだよ、合わせて金髪≫

 

安堵の息を漏らしたセシリアに外部に音声が漏れないユウの代わりに束から音声が飛ぶ。

 

「合わせる?」

 

半ば勝利を確信したセシリアは疑問符を浮かべるが直ぐに理解する。同時に恐ろしい事を考えるものだと驚嘆する。一機目のゴーレムで無人である事を確認していなければとてもではないが実行に移せるものではない。

上空でブルーディスティニーが取った次の手段はセンサーレンズが砕けたゴーレムを掴み思いっきり投げ捨てる事。

その先に胸部から轟音を上げて有線式ミサイルが放たれる。それに合わせろと言われた意味が分からないセシリアではない。

 

BT(ブルーティアーズ)五番機、六番機、発射!(ファイア)

 

アーマースカートの内側、二つの砲門からブルーティアーズの切り札でもあるミサイル型のビットを射出。

ブルーディスティニーが放ったものと合わせて四つのミサイルが白煙と轟音を上げて感情なき人形に向かう。

命中目前、最後の抵抗を試みるゴーレムが全身に備え付けられたスラスターを吹かし回避を試みる。

 

「ケーブルを切断する」

「逃がしませんわ、狙い撃ちますわよ」

 

ブルーディスティニーの胸部に備え付けられた最大火力、有線によって対象に誘導効果のあるミサイルからケーブルが切り離され急加速、ゴーレムを逃がしはしない。

ブルーティアーズのミサイルビットはブルーディスティニーとは反対側から軌跡を描きつつ回避される前にスターライトMkⅢによる狙撃を行い起爆を促す。

合計で四つのミサイル。大火力がゴーレムを四方から包み込み星の光が咲き誇る。眩く照らす光が群青色の空を紅蓮の炎で彩った。

その大炎は例えナノスキン装甲をもってしても致命的であると物語るに十分だった。

 

 

 

「終わりました、の?」

 

連鎖的に続く爆発をブリリアント・クリアランスで注意深く観察しながらスターライトMkⅢのトリガーに掛けた指は離していない。

 

「…………」

≪動力反応は消えたよ。初めからこうすれば……って訳にはいかないか≫

 

爆発の中心を見据えたまま沈黙を保つユウに呆れ気味な返事が返ってくる。

EXAMによって引き上げられた運動性能による突貫、力任せの荒技ではあるが後先を考えなければ押し切れるだけの性能を有していると自負している。

しかし、戦局が安定しない状態で後がなくなる暴走、もとい覚醒ブーストと呼ぶべき攻撃は好ましい選択とは呼べない。

 

「増援は?」

≪大丈夫、周辺に反応は…… おや、IS学園から応援が来たみたいだね≫

 

距離こそ離れているが宙域に接近してくるISがあり、EXAMが自分に向けられてる視線を感じ取る。

目的はあくまでゴーレムの破壊でありIS学園といざこざを起こすつもりはない。ゴーレム側の増援がないのであればこれ以上この場に留まる理由はなく、仮に三機目が現れたとしてもISが複数機揃ったのであれば心配はいらないだろう。

 

≪金髪、こっちは離脱するけどまさか止めたりしないよね?≫

「そちらが勝手に乱入したのではありませんか? と言いたい所ではありますが、このセシリア・オルコット、結果的に助けて頂いた恩を蔑ろにするつもりはありません。しかし、戦闘記録の提出は避けられないと思いますわ」

≪好きにすると良い≫

 

「……帰還する」

 

二人が互いに沈黙したのを確認しブルーディスティニーが高度を上げる。

可能であればゴーレムの破片でも回収しておきたい所だが、IS学園が領域内に入る時間を考えれば猶予はない。

 

「一応確認するが、あの状態からゴーレムが修復する可能性は?」

≪長い時間を掛ければ可能かも知れないけど原型を留めてないから暫くはどうしようもないよ。それにあの子、崩壊すると同時に自爆してたよ、用意周到な事に証拠を残すつもりはないみたい≫

 

残骸を残さないと言うのは隠密において必要だ。

束側からすればブルーティアーズの戦闘記録を改竄するには時間が足りず、極秘裏に済ませられるなら越したことはないが、今回に関しては姿を晒しても困る立場ではない。

もしかすると無人機を作ったのは束で自作自演の可能性を疑う者も出るかもしれないが、そんな有象無象は取るに足らない。

本当に賢い者達は裏側に勘付くはずだ。勿論、その中にはセシリアも含まれている。

 

≪それにしても殴り倒すとは思わなかったよ、あんな技もあったんだね≫

 

EXAMによる向上補正があったにしてもほぼ全開で叩き込んだ肉弾戦に意外性を感じるのも当然。

MSで殴り合いをする武闘伝や岩を投げて戦闘機を落とすMSもいたりいなかったりはするが、それらは異例だ。

 

「ISでやるものではないな」

 

大きく息を吐くユウが根を上げるのも無理はない。

MSであればコックピットからの手足操作で済むがISで格闘戦となれば実際に自分の肉体を使うのだ、骨が軋み、肉が悲鳴を上げる事になる。

ISによる搭乗者の保護は優れており筋肉痛と言う障害はないにしても疲労と反動を避けて通れるものではない。

 

≪撃滅! 必殺! 滅殺! って言うより極限! 進化! 加速! って感じだったものね≫

「……何の話だ?」

≪さぁ? ニュアンス的な?≫

 

二機目のゴーレムは確かに瞬殺と呼べる速度での決着だったがブルーディスティニーが全力を振るった上での結果だ。決して楽観視出来るものではない。

それどころか二機目が一機目を破壊した事、二機目が自爆した事からも無人機と言う偉業を使い捨てにしている。

この戦いに何か目的があるにしても、ゴーレムとの戦いがこれで終わりだとは誰も思ってはいなかった。

 

 

 

 

ここが何処なのか定かではない。

曖昧な空間を少女は一人で佇んでいる。

右を向いても左を向いても暗闇が広がるだけで数メートル先さえも闇の帳が覆い隠している。

 

「……あれ?」

 

少女、くーはたった一人で暗闇が支配した空間の中にいる。

上も下も真っ黒で自分自身の手足さえも不確かであやふやだ。

箒が梳かし編み込んでくれている三つ編みも解け、ボサボサに飛び跳ねた髪は美しい銀髪ではなく、煤色に汚れ、全身が痩せこけている。

この姿はまるで──。

 

ここが何処なのか、何故自分は一人なのか、何をしていたのか、虚ろな記憶の糸を手繰り寄せるが答えは返ってこない。

先の見えない暗闇が恐怖を増長させる中、周囲から低く地の底から鈍い声が鳴り響く。

 

「ひっ!?」

 

短い悲鳴、何かがソコにいる。

側面から滲み出るように現れたのは右半身が失われた軍服の男。

 

──ナゼ、コロシタ。

 

頭では言葉だと理解できたが、それは声にもならない呻き声。

足元、仄暗い闇の底から浮かび出た手首と苦悶の表情がくーの足首を掴む。

自分の足元が見えない程の闇にも関わらず、それはハッキリと理解出来た。

背面、肩に掛かる重み、腕を引く者、次々と暗闇から湧き出てくる男達。

黙したまま澱んだ視線を送る者、恨みがましい視線を送る者、失われた手足を賢明に伸ばそうとする者、引き裂かれた喉元からくぐもった声を放つ者、顔の半分が歪んだ者、臓物を引きずる者、全身の至る所が欠損し痛みを訴えながら一人の少女に詰め寄る者達。

 

──イタイ、イタイ。

──コロサナイデ。

──ヤメロ、マダ、シニタクナイ。

──タス、ケテ。

 

それはただただ苦痛を訴える亡霊の叫び声。

 

「あ、あぁ、あぁぁああああ!!」

 

頭を振るい目を背ける。

そうだ、この姿は、身を包む薄汚れた姿はあの時の姿だ。

黒いラファール・リヴァイヴが無慈悲に命を刈り取った、少女にまとわりつく罪の姿。

 

 

 

「あぁぁあ!!!」

「くー!!」

 

布団に包まり自分の全身を抱きしめた姿勢のままガタガタと音を立てて震える少女を力強く箒が抱き締めている。

 

「大丈夫、ここにお前を苦しめる者はいない」

「あ、あぁ、あああ!!」

「大丈夫、大丈夫だ」

 

布団の上から包み込むように抱きしめ、美しい銀髪を手櫛で梳きながら少女の頭を豊満な胸元に押し付けて優しく言葉を掛け続ける。

苛まれている悪夢が何者であるか推し量る事は出来ないが、今のくーには拠り所がある。例え恨み辛みが消えないものだとしても、背負うべき罪であったとしても、幼い少女が押さえ込むには重すぎる業。

薬で身体と頭の中を掻き乱され、過去の記憶と決別して手に入れた今。それであの事件を終わらせていいものかどうかは誰にも分からない。

くーは間違いなく被害者だが、人を殺した事実は消えない。殺した人間にも家族がおり、殺された男達は軍人として死ぬ矜持があったとしても人の死が放つ怨念は軽くあしらえるものではない。

 

「あ、あぁ……」

「ゆっくり呼吸しろ、心配するな。私も姉さんも、ユウさんもナツメだってお前を見捨てたりしない」

 

やがて壊れそうな程に震えていたくーが落ち着いた寝息を立て始めても悪夢に打ち震える少女を労わり愛おしむ。

かつて自分達には救いの手は伸ばされなかったが、今は違う。

自分が差し伸べる事が出来るのならば、箒は少女の手を決して離しはしない。




今までのGジェネのEXAM攻撃をイメージした場面はありましたが、今回は某極限加速をイメージ。

……PS3でブルーディスティニーが蘇る、だと。
うっひょー!!

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