IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第8話 終わらない円舞曲

空に浮かぶ蒼は静かにアリーナを見下ろしていた。

淀みの無い湖の底のように不気味な程静かに存在している。

 

「な、何ですか、アレ」

 

モニタールームで一夏対セシリアを観戦していた山田先生が青褪めた顔で問う。

アリーナのシールドが一部とは言え破壊される事など通常はありえない事に驚愕している。

通信端末で学園の警備部隊と教師陣に現状を報告していた千冬がモニター越しに蒼を見据えて言う。

 

「蒼い死神」

「え、でも、それは都市伝説の類なんじゃ?」

「私が軍に伝手があるのはご存知でしょう。アレは実在します」

 

未だアリーナにて動きを見せない蒼い死神を見据えていたセシリアが千冬に問い掛ける。

その声色は冷静は保たれているが、余裕を感じる事は出来ない。

 

「織斑先生。対策は?」

「オルコットはアレが何か分かっているのか」

「私は欧州連合に参加していましたから」

「そうかお前は」

「えぇ、十二機のうちの一機ですわ」

 

既に警備に手は回したが果たして意味があるだろうか。

 

「織斑先生! アレが噂の死神ならすぐに部隊を突入させましょう!」

 

通信端末越しに一年一組の面々に退避を促していた山田先生が声を上げる。

その全身には既にISラファール・リヴァイヴが展開されている。

山田先生の実力を千冬は良く知っている。元代表候補生にして現段階でも間違いなく優秀なIS乗り。

今も生徒を案じ自ら出撃を促しているが、これは実戦だ。

山田先生に実戦の経験はなく、この場合の実戦の意味を彼女は理解できているだろうか。

 

「お待ち下さい、アレが相手では数に意味はありませんわ。まずは私にお任せ下さい」

 

その声に揺らぎは無い。

自分の言葉の意味を理解しそれを成し遂げる覚悟のある声。

 

「いいだろう。ただし、こちらの判断で部隊を突入させるぞ」

「了解ですわ」

「織斑先生!」

「現状では有効な手がありません。とにかく私達も行きましょう」

 

何処にと問う必要はなかった。

アリーナ周囲に待機中の教師陣と警備部隊に待機を指示しその脚はアリーナに向いて進んでいる。

 

アリーナ周囲でISを展開し待機している教師陣は全身に緊張を漲らせていた。

相手はあの蒼い死神、都市伝説紛いの存在。

欧州連合の軍事演習に単機で突入しIS十二機を沈黙させた化物。

それが夢でも噂でもなく現実として目の前のアリーナに存在する。

千冬から待機指示が出た時は全員が耳を疑った。生徒に任せるなど正気の沙汰ではない。

が、この判断が間違っているとは教師陣にも言えなかった。

セシリアは演習とは言え軍事経験がある。

それは競技としてのISしか知らない者達とは経験値と言う意味において雲泥の差になる。

教師陣はISに向けるISの銃は知っているが、実際に人を殺す銃を知らないのだから。

 

アリーナ内外にて一年一組の避難を手伝っていた警備部隊にも緊張が走っていた。

世界的に貴重であると同時にほぼ女子高であるIS学園のセキュリティは通常の学園の上を行く。

警備員は全員が女性であると同時に白兵戦のスペシャリスト達だ。

IS学園生徒に対し不埒を働く輩がいれば警備部隊が力尽くでも排除する事になる。

人を殴る事に躊躇いを覚えない一流の警備員達だが、あくまで彼女達は警備員なのだ。戦争を経験した傭兵ではない。

 

 

アリーナ上空を見据えている一夏とセシリア。

皆の空気が慌しくなった事からアレが普通ではない事を一夏も認識していた。

IS越しだと言うのに雪片弐型を握る手に汗を感じる。

 

「織斑さん、すぐにピットにお戻り下さい。シールドも残り僅かでしょう?」

「アレはやっぱり敵なのか?」

「分かりませんが、戦いになれば守って差し上げる事は出来ませんわ」

「……分かった、気をつけてな」

「えぇ、お任せ下さいな」

 

その様子を蒼い死神は沈黙を保ち見ているだけ。

何も発せず、何をする事もなくただピットに戻る一夏を見続けている。

 

(織斑さんを見ている?)

 

ピットに戻る一夏の判断は間違っていない。

零落白夜にてセシリアを追い込みはしたものの、一夏はセシリアにダメージを与える事が出来ていない。

自分も残ると言おうともしたが、自分より格上であるセシリアが余裕の無い表情を浮かべ額に汗を浮かべている姿を見てはそれは出来なかった。

セシリアに背を向けて唇を噛み締めながら自らの無力さを嘆くしかない。

その間も蒼い死神は視線を外さずに一夏を見据えている。

 

「私など眼中に無いと言うおつもりですか!」

 

一夏がピットに入ったのを確認してブルーティアーズが空を駆け上がった。

流星となり空気を切り裂き全身を一つの弾丸として蒼い涙は蒼い死神に突撃する。

蒼と蒼がぶつかり、死神の肩を掴んだセシリアはアリーナ外壁のエネルギーシールドまで自分自身と共に強引に押し込んだ。

 

「この距離ならば!」

 

額がぶつかり合う距離まで接触した状態でセシリアはブルーティアーズの奥の手を解放する。

 

BT(ブルーティアーズ)五番機、六番機、発射!(ファイア)

 

アーマースカートの内側にある二つの砲門からミサイル型のビットが射出。

轟音を上げて零距離で二つのミサイルが爆発。自身のシールドダメージを厭わず二つの蒼を爆煙が包み込んだ。

上がり続ける煙の中からセシリアがスターライトMkⅢを撃ちながら飛び出す。

狙いを絞らずの乱射撃を行いつつ背面飛行で急速に高度を下げる。

アリーナにIS打鉄を装着した状態で現れた千冬はセシリアの目的をいち早く察知した。

 

「山田先生! アサルトライフル展開!」

「は、はい!」

 

突如張り上げられた声に山田先生はその手にラファールのライフルを出現させる。

 

「アンロック!」

 

言われるがままに使用者制限を解除する。

ISの装備は本来登録されている使用者しか用いる事は出来ないが制限を解除すれば他者であっても使う事は出来る。

使用者制限の解除されたライフルを握り締めた千冬は大きく振り被る。

 

「オルコット!」

 

ぶん投げると言う表現がこれほど似合う姿もない。

鎧武者のような打鉄を装備した状態でIS用の大型ライフルを全力投擲。

地表スレスレまで降りて来ていたセシリアは音も無くその場で回転する。

一瞬だけブーストやスラスター、バーニアを全て切る。慣性を受け流した隙の無い小さな動作。

無反動旋回と呼ばれる高等技術を用いて受け取ったライフルとスターライトMkⅢ。更に四つのビットを展開し六つの砲台を上空に向けて一斉射。

細かなビット射撃と大型レーザー射撃に合わせて実弾のライフル弾が怒涛の如く空を押し上げる。

 

一気に実弾を撃ち尽くす。

マガジンの切れたライフルがカチカチと空撃ちの音を鳴らす。

 

「ふぅー」

 

決して油断しているわけではないが、長く息を吐いてセシリアは射撃を中断。

ビットを回収しスターライトMkⅢとライフルはそのままで緊張状態を維持する。

ミサイルビットの時よりも激しく煙を上げるアリーナ上空を一夏も含め皆が見上げている。

 

煙の中心地点。緑色のアイカメラが強い輝きを灯した。

続いて桃色の閃光が二つ。咲き乱れるように煙を薙ぎ払う。

振り払われ霧散した煙の中から蒼い死神は二本のビームサーベルを構えて姿を見せた。

 

「化物め」

 

苦虫を噛み潰したような、とはこういう場面で使うのだろうか。

苦々しい表情の千冬は剣に手を掛けた状態で呟いた。

 

(貴方も相当ですわ)

 

と思わず口に出しそうになったセシリアは辛うじて言葉を飲み込んだ。

千冬よりセシリアの方が幾分楽な表情をしていた。

以前は全く攻撃が当てる事が出来なかったが、今の攻撃は命中していた。

それどころか被弾した形跡もあり、装甲の一部に傷をつけている様子もあった。

一方的に嬲られた経験のあるセシリアとしては光明を見出さずにいられなかった。

 

(あの目の色、以前とは何かが違う?)

 

視線を一身に受けていた蒼い死神は前触れもなく降下する。

重力に逆らう事なく、地上にまで落下する。

ズシン──。

重量のある音と共に地面に降り立った蒼い死神は自然体のまま二本のビームサーベルを携えている。

 

「貴方の目的は何なんですの?」

 

前に出ようとする千冬をスターライトMkⅢで制してセシリアが前に出る。

決意に満ちたセシリアの表情に目的を把握した千冬は眉間に皺を寄せながら一歩下がる。

問い掛けに対する答えは無く、返って来るのは無言の圧力。

全身装甲の無機質な姿は何も語らずにセシリアを見詰め返していた。

 

「返事が無いのであれば今更ですが敵と判断致しますわ。もう少し私と踊って頂きますわよ」

 

空になったアサルトライフルを投げ捨て、セシリアが突っ込む。

加速と同時に「インターセプター!」空いた左手にショートブレードを出現させる。

蒼い死神の目の前で切り掛るのではなく急上昇。頭上を取ると真下に向けてスターライトMkⅢを撃つ。

眼下にいたはずの蒼い死神はセシリアが銃口を向けた時には既にホバーを吹かせ回避している。

半身を捻り着地したセシリアに左右から二本のビームサーベルが襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

紙一重でバックステップが間に合い斬撃を回避したものの、追従して蒼い死神が突っ込んでくる。

重たい肩が胸部に突き刺さるように衝突する。肺の中の空気が纏めて吐き出され声に鳴らない悲鳴が上がる。

続けざまに蒼い死神の胸部からバルカンが雄叫びを上げた。

全身に強い衝撃を受けたと感じた時にはブルーティアーズのシールドエネルギーが削り取られていた。

 

「げほっ、はぁ、はぁ」

 

激しい銃火に数メートルを後退したセシリアは嗚咽を漏らして肩で息をつく。

 

(何なんですの、あの火力は!)

 

内心で苦言を漏らす。

肉体へのダメージはISのシールドや絶対防御がある為、通常は入らないが衝撃を相殺できるわけではない。

ショルダーアタックからのバルカンの連携攻撃においてシールドこそ保持は出来たが、その威力は桁外れだった。

演習時の訓練機は一撃で落とされたが、専用機であってもここまで性能差があるとは信じがたかった。

 

嗚咽を漏らすセシリアを見ていた山田先生は今にも飛び出しそうになっている。

 

「離してください! 織斑先生!」

「もう少しだけ待ってください」

「何でですか!」

 

肩を掴まれ動きを封じられている山田先生が涙目で振り返る。

そこに強く唇を噛み締めている千冬がいなければその手を振り払っていた事だろう。

 

「ダメです、もう少しだけオルコットに」

 

セシリアの目的を千冬は明確に理解していた。

この場において蒼い死神を除けば最も強いのは千冬である事は明確。

だからこそセシリアは単機で戦いを挑んだのだ。

少しでも蒼い死神の戦闘能力を把握する為に。次に続く千冬に少しでも情報を提供する為に。

出会って間も無い教え子が嗚咽を漏らしながらも立ち向かう姿を最強と呼ばれる彼女は見守る事しか出来なかった。

 

スターライトMkⅢとインターセプターを握り締め高らかに宣言する。

 

「私はセシリア・オルコット。国家を代表する候補生として名乗る事も出来ない者に負ける訳には参りません」

 

ビットを展開。蒼い死神を取り囲み一斉射撃する。

その様子は先日頭の中で思い描いた仮想敵機との戦いと同じ状況。

取り囲んだビットの動きがまるで見えているかのように死神は踊る。

一夏が全力を尽くした回避を難なくこなし、ビットの二つが瞬く間に叩き壊された。

一連の動作は感動さえ覚える程に無駄なく洗礼され、その上で絶望を叩き込む。

 

ビットを複雑に動作させながらもスターライトMkⅢで狙い撃つのを忘れない。

攻撃が当たらなくとも、少しでも対象の動きを観察できるようにする。

戦闘パターンが分かればきっと千冬が対処してくれると信じて、何度も何度も出来うる限りの攻撃を続ける。

三つ目のビットが破壊され、ついにセシリアの集中力に限界が訪れる。

一夏戦から立て続けにビット操作を繰り返し、スターライトMkⅢによる同時射撃も行っていた。

高い集中力が途切れ、最後のビットが空中で停止し落下する。

明確に生まれた隙を見逃すはずもなく、蒼い死神がセシリアに肉薄した。

 

そこからは一方的な展開になった。

サーベルが振り払われる度にブルーティアーズの装甲が砕け散り、シールドが削られる。

辛うじて回避行動は取っているものの猛攻と呼ぶべき死神の攻撃に反撃を見出す事が出来ない。

二本のビームサーベルが乱れ一撃一撃がシールドを削っていく。

 

「まだっ! 負ける訳には!」

 

振り下ろされた一撃、回避は間に合わない。

咄嗟にスターライトMkⅢを横にして受け止める。

銃身に亀裂が走り、セシリアの目の前でスターライトMkⅢは真ん中から砕けた。

輝く刃が肩に打ち込まれ、シールドエネルギーが限界を突破する。絶対防御が発動しセシリアが弾き飛ばされた。

 

「っぁあ!!」

 

痛々しい悲鳴と共にセシリアは膝をつく。

それでもその目に宿る闘志は衰えていない。

 

「まだ、踊って、頂きますわよ、私と、円舞曲を」

 

途切れ途切れになる意識を繋ぎ合わせ、砕かれた銃身に縋り付きながらもセシリアは立とうとする。

されど、死神の鎌は無慈悲に振り下ろされる。

 

 

 

 

「やめろぉぉお!!!」

 

その場に三つの影が割り込む。

振り下ろされた死神の鎌を打鉄と白式の剣が交えて受け止める。

その後ろではセシリアを庇うように抱き締めている山田先生が涙を零しながら死神を睨み付けていた。

 

「良くやったオルコット。後は任せて休め」

「これ以上はやらせねぇ!」

 

その言葉が届いているのかは分からないが、確かにセシリアは微笑みを返した。

円舞曲は終幕を迎え、次に渡された。




今回はIS学園側からの為、ブルーの名称は使わずに蒼い死神、アレなどと呼称しています。
無反動旋回については独自の解釈でクイックターン的な意味合いで使っています。

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