IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第77話 祭の後

箒とエムが幾度となく刃を交える様子を見守っていたユウは一先ずの終幕を学園の屋上で確認していた。

 

「帰ろう」

「はい、ユウさま」

 

距離がある為、束と千冬、一夏やエムとの会話の内容は聞き取れないが一悶着あった後、向こうは向こうで帰る算段がついたのだと遠目で確認は出来ていた。

箒が紅椿で出撃したのと入れ違いに合流したユウに寄り添っていた くーは小さく頷くが、その目はユウを見上げた格好で逡巡している。

 

「どうした?」

「あの、ユウさまと束さまは……。いえ、その」

 

自分を保護してくれた二人が何をしようとしているのか、それは共同生活を送っている少女は預かり知らぬ事。

幼いながらに聡い子だ。二人が何を成そうとしているのか、箒も含めて朧気ながらに気付こうとしている。

 

「……俺と博士は何も最初から信頼しあっていた訳ではない」

「ふぇ?」

 

ブルーやEXAM、くーがISや世界情勢に疎くともアレがイレギュラーであると言うのは分かる。

箒同様にくーもユウがこの世界で生まれ育った人間ではないと既に知っている。言葉だけであれば夢物語かもしれないが、これ以上ない証拠が目の前にいるのだ。

少女に説明するのに何と言っていいか曖昧な表情を浮かべたユウは兵士や指揮官としては優秀ではあるが、弁が立つ方ではない。思い描くのは出会った当初の束の姿。

 

「俺が本来いるべき場所か……」

 

異なる世界からの異邦人であるユウと束の出会いは唐突なものだった。それどころかユウに至っては肉体が若返ると言う超常現象のおまけ付きだ。

仮に元の世界に戻れたとして自分自身がどうなるのか説明が全くつかない。あの日そのままに戻ったとすれば重力に引かれるアクシズに押しつぶされ消し炭になる姿が想像出来る。

無論、宇宙世紀での行動が無駄であったとは思っていない。実際にはあの後アクシズは大きく軌道を逸らすのだが、生憎とユウはその事実をまだ知らない。

この地球でありながら自分が全く知らない歴史を辿る世界で骨を埋めていいものかどうかユウには判断がつきかねていた。

何が正しくて何が間違っているのか、それはどのような世界であっても簡単に判断出来る内容ではない。

ましてやこの世界はISと言う力がありながらも、宇宙世紀程の戦争は経験していないのだ。ユウ程の戦争経験者は異物以外何者でもない。

 

ユウ・カジマ。彼は自分自身の置かれている環境も理解できぬまま、忌むべきと言っても過言ではないブルーで戦えと言われて「はいそうですか」と言える人間ではない。ユウとブルーの因縁は重く激しいもので浅くはないのだ。

一年戦争を始めユウの戦いの歴史を知る戦友であるなら彼が再びブルーに乗るはずがないと一蹴するはずだ。

それはユウとて同じ。EXAMを巡る戦いはユウに取って良くも悪くも多大な影響を及ぼし、忘れていい過去ではないが、蘇らせていい代物ではない。ブルーに再び乗る。それはユウに取って好ましい選択とは言えないのだ。

しかし、同時にEXAMを通し世界を、人類の革新を見たユウはそこから得られる有用性を誰よりも良く知っている。

 

「ユウさま?」

 

短い時間だが遠くを見るように思考をずらしたユウをくーが見上げる。幼い少女の瞳は答えは求めていないと告げているように思える。

 

「いや、すまない。帰ろう」

「はい」

 

ISと言う存在は紛れもなく兵器として一流の力を持っていながら、使う側の人間がその環境に伴っていない。

もしISを運用する方向が今と少しでも違えば、この世界は間違いなく宇宙世紀と同じ戦乱の道を辿る。既にその予兆はあるのだ。

現状に一石を投じようとする束と出会い、ユウはそれに乗った。そこには両者の思惑が絡み合っている。

今でこそ共犯者の色合いが強い二人ではあるが、何も最初から友好的な関係が築けていた訳ではない。むしろ、悪い意味で自由奔放な束と良い意味で生真面目なユウでは相性は最悪に近い。

辛うじて折り合いがついたのはユウがこの世界について何も知らず、束を頼らざる得なかったと言う点と長い戦乱を戦い抜いたユウが達観した視点を持っていたと言う事が大きい。

もし、あの日落ちてきたのが金次第で何でもする傭兵であれば束が御する事は出来なかっただろう。

もし、あの日落ちてきたのが分別を理解する事が出来ない子供であれば束が興味を持つ事もなかっただろう。

ユウと束。相反する二人ではあるが、一度目的を持って動き出したならばユウは優秀な兵士であり、束は優秀な科学者だ。噛み合った歯車は恐ろしい勢いで回転を始める。少なくとも一方的に暴力を振るう為に再び死神に乗る訳ではないのだ。

この世界に落ちてきた理由、元の世界に帰れる保証、何も分からない状況だからこそ手探りしかない。その先に新しい裁かれし者が現れようとも異邦人であるユウには前に進む以外に道はないのだから。

 

 

 

 

IS学園の一大行事が一つ学園祭。ある意味で軍事学校に等しい環境で学生達が遊びに徹することが出来る数少ない日に秘密裏に起こった事件は一部で熾烈を極めたが大多数の生徒にとって祭りの外、気づかれることなく幕を下ろした。

当事者になる可能性のあったラウラでさえ「見ろ簪! 残ったきんつばを包んで貰ったぞ!」と嬉々とした表情を浮かべ和菓子に歓喜している。

 

「……何だろう、胸がキュンキュンする」

 

タッグを組んで以降ラウラから一方的に友人関係を構築した二人ではあるが、第三者からの視点で見れば簪に懐いている銀髪少女の構図に他ならない。

コミュニケーション能力が高いとは言い難い簪も悪い気分ではないらしくニコニコしているラウラを見て表情を崩し、今では胸キュンしている程だ。

件の銀髪少女と同室であるシャルロットはその様子を微笑ましく、少しばかり羨ましいと思いながら眺めている。本人達の名誉の為に言っておくが決して百合的な意味ではない。

また、ラウラ達とは違い学園祭の裏で起こった事件に片足を突っ込んでいるシャルロットとセシリアは学園祭終了と同時に千冬を訪ね箒と黒髪の少女を見た旨は伝えてある。

情報の伝達としては千冬からすれば遅すぎるのだが、学園祭で入れ違いになっていたのだから責める言葉は出てこない。

付け加えるならば千冬からセシリア達には「知らぬ存ぜぬで通せ」と言葉が伝えられている。これは箒達をと言うよりはセシリア達を厄介事から守る為の方便であると分かっており反論は返ってこなかった。

ラウラ、簪、セシリア、シャルロットと一年生専用機持ちの殆どが今回の学園祭の裏で起こった騒ぎに加わらなかった事は一夏に取っても学園全体に取っても幸と取るべきか不幸と取るべきかは意見が別れる所だろう。

彼女達が参戦していれば一夏は怪我を負わず、白式を奪われる不手際もなかったかもしれないが同時に戦火が拡大した可能性も捨てきれない。

大事なのは学園祭そのものは何事もなかったかのように平穏に終わりを告げたと言う事実だ。

 

「それでは織斑 千冬、貴方は何も関係ないと言うのだな?」

「はい」

 

場所はIS学園の数ある別棟の一つ。学園祭が終了して一時間も経っていないと言うのに学園運営に関わる重要な会議を行う場所で千冬は国際IS委員会の日本支部の面々から言葉と視線を一身に浴びていた。

初老の男性達は組んだ腕を口元に当て鋭く光る眼光でただ一人立っている千冬を見据えている。

あの後、束と箒は人知れず学園から姿を消し、セシリア達に顔バレしている くーは二重変装と言っていいのか黒髪のウィッグを外しユウと共に何食わぬ顔で正面から学園を立ち去っていた。

警備や監視カメラも増設されていたが、その全てにおいて束達一行の姿は確認出来ず、裏で天災が細工したのは言うまでもないだろう。

が、紅椿は別だ。学園屋上から飛び立つ姿から未確認の青いISとの戦闘に至るまで複数人が目撃している。

学園備品の打鉄を纏っていた生徒からハイパーセンサーを通じて確認情報も寄せられており、更に校舎から出てくる一夏と肩を貸す鈴音の姿も確認されている。

カメラの映像ではなく目撃情報に関しては無かった事には出来ない。これはそれらの情報を確認する為の査問会議だ。

IS学園は本来政治的影響を受けない独自国家に近い存在であるが、学園維持に多大な貢献をしている各国政府や国際IS委員会からの要望を無碍には出来ず、特に今回のような特別な状況下であれば世界最強の称号を持っていようとも拒否権はないに等しい。

 

「正面ゲートを担当していた警備員から貴方が篠ノ之 束と密会していたと言う話も出ているが?」

「確かに私は正面ゲートの担当をしており、篠ノ之博士並びに二機のISも目視しております。ご存知かと思いますが、弟のISが奪われる不祥事もあり、その犯人を拿捕するのに篠ノ之博士と協力したのも事実です。ですが、それだけです。篠ノ之博士と個人的な会話は交わしていません」

 

あの場で起こった出来事を繋ぎ合わせれば束の存在を無かった事には出来ない。

嘘を積み重ねれば必ず隙間が出来るのは言うまでもなく、千冬が出来る最大限の譲歩は一つ。あの場で千冬と束が会話した事実を無かった事にする。それが唯一出来る小細工だ。

一夏が白式を奪われた事は拿捕した二人組から露見する。二人組を捕まえるのも、奪われたISを取り返すのにも束が助力したと隠しきれるものではない。

紅椿を含めて嘘で固めるには多すぎる内容だが、束と千冬が交わした言葉の内容については二人が口を割らなければ隠し通せる。全てを嘘には出来ないが、真実の中に織り交ぜる事は不可能ではない。

 

「そんな話が通ると思っているのか?」

「正面ゲートには監視カメラがあるはずです。確認してみては如何です?」

 

正面から射抜くような視線に晒されながらも千冬は身動きせずに言い返す。

もしこの場に山田先生がいようものなら直視されずとも震えを抑えられないであろう威圧の中にあっても毅然と正面から迎え撃っている。

 

「そのカメラすら欺くのが篠ノ之 束と言う人物だろう」

「だとすればこの場にいる全員を含め、誰にでも篠ノ之博士と接する機会があったと言う事ですね」

 

この場にいる面々は学園祭に出向いていた国際IS委員会のメンバーだ。各々が可能であれば篠ノ之 束に取り入ろうとしているとは言葉にする必要すらない公然の事実。

全員が一瞬視線を交えるが、実際に篠ノ之 束と接する機会があった人間はいない。千冬の言葉は事実ではあるが、そんな訳がないと確証を持っての台詞だ。

 

「……成程、最もな言い分ですね」

 

千冬の反論に柔和な表情の壮年の男性が深く頷く。この場にいる全員が日本が誇る有数の権力者だが、この男の立場は中でも特殊だ。千冬を見透かそうとする視線は郡を抜いており、観察眼では他を寄せ付けていない。

IS先進国と言う意味では日本は決して優位に立っている訳ではない。ISの量産、研究に関すれば欧州に軍配が上がるのは誰の目にも明らか。

その中でIS学園の設置等日本が確固たる地位を気づけているのはこの男のように影の実力者の影響があるからだ。

権力を担ぎ上げがなり立てるだけの男達が相手ならば千冬は全く動じる事なく対処出来るがこの男は違う。

ISスーツの露出度からも好色な視線にもIS乗りは自然と慣れるもので、不躾な視線も有名税だと思えば我慢出来るが、向けられる視線は誇大でもなく世界を動かす男のものだ。人の視線に慣れている千冬であっても居心地の悪さを感じずにはいられない。

 

「このような詭弁に付き合う心算ですか?」

「弁えなさい、そもそも賊の侵入を許した段階で日本の権威は地に落ちたも同然」

 

責めるように千冬に言葉を続けていた男が柔和な男に矛先を変えるが、返ってくるのは一喝と呼ぶに相応しい正論。

この査問の目的は織斑 千冬と篠ノ之 束の接触の意図を探るもの。言葉にこそ出さずとも皆が共通の見解として千冬から情報を引きずり出すのが目的だ。

しかし、それは同時に自分達の落ち度を認める行為だ。警備に携わっていたのはIS学園だけでなく日本政府や国際IS委員会からも手勢を貸しているのだ。

しかもその中にボヤ騒ぎを起こし、賊を手引きした警備員が混ざっている始末。千冬を責める事がそもそもの筋違いだ。

それも篠ノ之 束だけならいざ知らず白式を、唯一の男性IS搭乗者を危険に晒し学園中枢部にまで侵入を許してしまった。

ある意味で治外法権な立ち位置のIS学園であっても立地が日本である以上は国家としての思惑は少なからず存在しており、今回の一件は日本の落ち度と称されて反論は出来ない。

 

「織斑先生、貴方の言葉を全て信じる訳にはいかない立場を許して下さい」

「……心得ています」

「ですが、これ以上貴方を問い詰めたとて進展はないでしょう。今日はこれまでにしましょうか」

「……分かりました、失礼します」

 

男が浮かべた優しげな表情に誰一人反論する者はおらず、一礼した千冬が反転し部屋を退出する姿を男達は見送るだけだった。

 

「本当に宜しいのですか? 織斑 千冬と篠ノ之 束の間に何もなかったなどと言う戯言」

「黙りなさい、これ以上私の部下を悪く言うつもりなら黙ってはいませんよ」

「……失礼しました」

 

結果的に千冬に助け舟を出した形になった男の名は轡木 十蔵。日本政府を初め各国に太いパイプを持ち、日本の権力者を一喝出来る現代日本の立役者の一人。

基本的には一夏を除き男子立ち入り禁止であるIS学園に立ち入りが許可されているIS学園用務員と言う顔とIS学園長の顔を持つ稀有な人物。

 

(頑張りなさい、織斑先生)

 

千冬が退出した扉を見つめる視線には優しい光が宿っており、そこにあるのは教育者として若者を応援するものだ。

彼とて分かっているのだ。束と千冬の間に何もないはずがないと。だが、その上で送り出す。それこそが生徒も教師も、自らの子供達を信じると言う彼の教育理念に他ならない。

 

 

 

「学園長に救われたか、あの人には叶わんな」

 

長い廊下を進む千冬は今しがたの言葉の応酬を思い出す。あのまま論戦を続けていれば何れ痺れを切らし温度を上げていたのは自分であると分かっている。

世界最強の立場にいようともあの場にいた男達の人生経験からすれば千冬はまだ未熟。束のような破天荒であれば別かもしれないが根が真面目な千冬ではいつまでも偽りの言葉が続くとは思えない。

自らを守り、送り出してくれた人物。国際IS委員会に在籍しながらも各国から生徒を預かるIS学園の長である人間を計り知るには千冬はまだまだ若いのだと実感せずにいられなかった。

 

「織斑先生?」

「ん、あぁ、更識か」

 

校舎やアリーナ、その他もろもろのIS学園の中心から離れた場所にある別館の薄暗い廊下を千冬にしては珍しく呆けたように歩いていた所、すぐ目の前から声を掛けられ足を止める。

 

「さっきから呼んでたんですけどね?」

「すまん、考え事をしていた」

 

目の前に現れたのは更識 楯無。一日と言う短い期間にも関わらず厄介事が目白押しだった学園祭を実行運営していた側として色々と後処理に奔走した後だ。

 

「次は更識の番か」

「えぇ、正直面倒と言いたい所ですが、これも責務ですから」

「違いないな」

 

学園祭で巻き起こった容認し難い非常事態における査問会議に千冬の次は楯無が招集されている。

ふっと一息をつき楯無の全身を上から下まで視線で追い掛けた千冬は彼女の身に目立った外傷がないと安堵を覚えると同時に感心を抱く。

千冬が束と邂逅したのと同じく、楯無は乱入者と戦闘していたと既に報告で聞いているからだ。

最終的に乱入者は煙に紛れて逃走しており、詳細は不明であるが、更識 楯無と互角に渡り合ったと言うのだから腕前は言わずもがなだろう。

 

「……申し訳ありません、織斑先生」

 

不意の乱入戦でありながら犠牲者を出さずに迎撃したのだから教師として千冬は「良くやってくれた」と褒めの言葉を送りたい所だったが、視線を勘違いしたのか返ってきたのは腰を深く折り頭を下げる謝罪。

 

「織斑君を守れませんでした」

 

謝罪の言葉が何を指すのか理解した千冬は僅かに表情を緩める。

確かに学園祭と言う不特定多数の人間が出入りする舞台で一夏が狙われる理由は十分過ぎる程にある。

その中で楯無の側であれば安心だと千冬が安堵したのも事実だろう。

だが、楯無、いや、この場合は更識と言い換えた方が妥当だろう。更識が家として動いて守りきれない状況だったのだ。

それだけ敵の手腕が優れていた状況で結果的に一夏が無事だったのだから感謝こそすれど非難するつもりは千冬には毛頭ない。

しかし、楯無はその身分として表立って一夏の護衛を引き受けていた側だ。結果論で一夏が無事であったとしても許容していい内容ではない。

 

「気にするな、と言うのは難しいか」

「……罵って下る方がむしろ楽ですよ」

 

楯無は気遣いが分からぬ人間ではない。だからこそ腰を折った姿勢のまま上目遣いの茶目っ気を見せている。

千冬が本当に気にする必要がないと諭してくれていると分かっているからこそだ。

 

「なら一つ頼まれてくれ、これからも一夏を見守ってやってくれ」

 

立場から言うならば楯無は無能と罵られる方がまだマシだと思っているのも間違いなく本心だが、千冬がそのような事をするはずがないとも分かっている。

故に誠心誠意謝罪する。守る立場でありながら守りきれなかったのだから当然だ。その上で千冬は楯無を許し、これからも弟を頼むとまで言ってきている。

 

「……更識の名において、確かに承りました」

 

無論、これは世界最強から暗部に対する依頼と言う訳ではない。どちらかと言えば教師が上級生に下級生の面倒を見てくれとお願いしたに過ぎない。

が、こうやって格式ばる事で楯無に気にする必要がないと伝え、引き続き一夏に注視してくれと言う姉からのお願いだ。

同じ姉としての立場を持つ楯無はこの気遣いは心に響き渡る程に良く分かっている。

 

「さてと、それじゃ私は行きますね」

「狸共に気をつけろを」

「聞かなかった事にしておきます」

「そうしてくれ」

「あぁ、それともう一つ、織斑君へのフォローお願いしますね。私がやっちゃうと逆効果になりそうなんで」

 

指先をひらひらと振りながら楯無は薄暗い廊下の先に溶けるように消えていく。残された千冬は短く溜息をつく。

 

「……フォロー、か」

 

絞り出した溜息から苦笑に表情を切り替えて千冬は再び廊下を歩き始める。楯無が一夏へのフォローが必要だと判断したのも、一夏を守る為に身を呈した楯無では逆効果だと考えたのも分からなくはない。

常に姉と比較され続ける人生を歩んできた一夏だ。本来あり得なかったISとの出会いが一夏にもたらした影響は小さくはない。捨てた剣を再び手に取り、姉の庇護下であった環境から飛び立つ翼も手に入れた。

男性IS搭乗者と言う立場はあらゆる意味でイレギュラーだ。立場が確率されている訳ではないのだからISの大会への出場権利などは国際IS委員会への今後の課題になっていくだろう。

今後はともかくとして手にした希望(白式)は小さなものではない。少なくとも停滞していた一夏を突き動かすに十分過ぎる。

そんな中で白式を奪われたのだ。一夏が受けたショックは計り知れないものだと楯無が考えるのも無理はない。事実、束がいなければ奪い返す事は出来なかった。

これが半年前、入学直後の一夏であったなら千冬も一夏の様子を心配しただろうが今は違う。

一夏は自らが弱者の立場であると知っていながら、その立場に甘んじていない。

敗北に涙を流し、その手に掴んだ希望を磨き上げようと必死になっている。

一夏自身の言葉を使うなら「千冬姉の名前を汚さない為に、白式に相応しいように、鈴の背中を守れる位に」である。

敗北を経験する都度、肉体的に倒れ、精神的に砕けても一夏は立ち上がってきた。今では肩を貸す仲間達もいる。

 

「必要ないと思うがな」

 

教師として見れば一夏はまだまだ未熟で、姉として見た場合も一人立ち出来ているとは言い難い。

一夏からすれば家事的に千冬の方が一人立ちできているとは言い難いのだが、今は不要な内容なので割愛しておく。

しかし、最も近くで織斑 一夏を見てきた織斑 千冬として言うならば一夏は手探りでも前に進める人間だ。

激励が必要なら鈴音がいる。強敵が必要ならラウラがいる。手本が必要ならセシリアがいる。友達が必要ならシャルロットがいる。目的が必要なら箒がいる。

家族として千冬は一夏を愛しているが、甘やかす心算は毛頭ない。学園卒業後の一夏の立場は現状ではあやふやだが卒業まで導いてやれば世界の意思に負けないだけの男になれると疑っていない。

 

 

 

ふと、査問と言う名の会議の為に切っていた携帯電話の存在に気付き電源を入れると同時に激しい振動が呼び出しを知らせる。

 

「ん、山田先生か」

≪あぁ、やっと繋がりました! 良かった、今何処ですか!?≫

「今は別棟ですが、何かありましたか?」

≪凰さんと織斑君が模擬戦をするってアリーナで戦い始めたんです! 何だか良くわからないけどかなり本気で戦ってるみたいで、まだ学園祭の後片付けが残ってるので止めさせたいんですが、言う事を聞いてくれないんですよ!≫

「……何をしとるんだ、あいつら」

≪お願いします、すぐ来て下さい!≫

「分かりました、所でISは残っていないのですか? 予備機でも山田先生なら力尽くで何とか出来るでしょう」

≪……わ、分かってましたよ? 今からそうしようと思ってたんです≫

「そういう事にしておきます。とにかく向かいます」

 

短い電子音を残して切電。旧型の携帯電話に落とした視線を上げて千冬は目元を緩ませる。

 

「ほらな」

 

誰にでもなく呟いた千冬の言葉は夕暮れの校舎に消える。非常に珍しい世界最強の笑顔を見た者は誰もいなかった。




冒頭のユウとくーの箇所は説明臭さが拭えませんが、0章にある空白の一年部分を少し匂つつ。
ユウと束が行動を共にしている理由の一部と言えるかなと。
学園祭に関してはもう少し楽しげな描写も入れたかったのですが、裏側がメインになっていたので物足りなかったかもしれません。
ラウラがただのきんつば大好きっ娘になりつつあるけれど、これはこれでありなんじゃなかろうかと思っています。

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