IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第76話 君と僕はそこにいた

世界中の天才が躍起になる技術をスキップしながら置き去りにする篠ノ之 束の超技術が披露されている頃、一夏を逃がす為にデモンストレーションとして一人奮戦する事となった楯無は愛機を駆り怒涛の勢いで攻撃を繰り出していた。

大型ランス蒼流旋に内蔵されているガトリングの斉射からそのままランスを使っての突進、遠距離から中距離に詰めた後に蛇腹剣を振り払う流れるような連続攻撃はオータムの駆るラファール・リヴァイヴを圧倒する。

純粋にISの戦いを見れて喜ぶ観客や可能であれば楯無に取り入ろうとする企業の人間を沸かすに十分過ぎる。

だが……。

 

(強いっ!)

 

内心で舌を巻いているのは楯無である。

率直に試合内容の感想を告げるならば終始楯無のペースでラファール・リヴァイヴに付け入る隙を与えていない。

致命傷こそ与えていないが、判定性の試合ならば楯無圧勝と判定が下されるのは間違いないのだが、戦っている本人が状況を一番良く分かっていた。

攻めても攻めても決定打を与えられていない。回避や防御を巧みに織り交ぜ攻撃を逸らされている。

ラファール・リヴァイヴの挙動はどちらかと言えば無骨でISの試合で見られる華麗な動きではないが、蛇腹剣の不規則な軌跡をほぼ直感としか思えない動きで反応しライフルの銃身を使いダメージを軽減、直撃したと思った攻撃はシールドで防がれている。

暖簾に腕押しと言う程にいなされている訳ではないが、柔軟性の高い布を何重にも重ねて殴り付けているような感覚。攻撃は確かに通っているが手応えを感じられない。

戦局を見るならば楯無優勢であるが、そう仕向けられているのだと表情に出さず苦虫を噛み潰すしかなかった。

 

「ハッ、どうした! 攻撃の手が緩んでるぜ!」

 

二手三手先まで見据えて理詰めで攻撃を組み立てる楯無の思考を遮るようにオータムが声を上げラファール・リヴァイヴがショートブレードを展開し切り込んで来る。

楯無が攻め、オータムが守る。攻撃と防御の関係性から見れば一方的な展開であるが、両者の武力は拮抗しており予断は許されない。一瞬の気の緩みがあれば互いに攻撃を叩き込もうとする緊迫した状態だった。

一見すれば楯無が押しているが、その実この構図はオータムが作り上げ戦局を完全にコントロールしている。

が、実際の所二人の間に計り知れない実力差がある訳ではない。

 

(このガキ、国家代表なだけはあるか、中々やるじゃねーか)

 

内心で相手の実力に舌を巻いていたのはオータムも同じだ。

言ってみれば国家代表とはIS乗りの誉れにして頂点。世界大会を初めIS乗りの極みへの切符を手にした者達。その実力を疑う余地はない。

アメリカのイーリスのように軍属でありながら国家代表である者やラウラ達のように軍に関与している代表候補生達も多くいる。

ISを軍事利用しないと言う世界全体での決まり事が建前でしかないとは言うまでもないだろう。

オータムはそんなISを学ぶ者達が憧れる一握りの精鋭達に決して引けを取らない。

使用しているISはエネルギーと武装こそ補填されているが学園備品のラファール・リヴァイヴであり、愛機とも言うべきアラクネではない。

元を正せばアラクネもかつて強奪した機体であるが今は手足のように自在に操るに至っている。八つの装甲脚から放たれる射撃と多関節から繰り出される近接攻撃は並のIS乗りを寄せ付けない。

本来オータムが得意とする戦法は中距離から突撃して近接に持ち込む超攻撃型であり、トリッキーな戦い方を得意とし至近距離で大爆発を引き起こす奥の手を持つミステリアス・レイディと相性が良いとは言い難い。

にも関わらず戦局を完全に支配しているのはオータムだ。本物を知るユウに戦場の空気を感じさせた彼女の実力は伊達ではない。

ISや生身での戦闘技術で言えば楯無が培ってきた経験は相当なものだが、オータムは亡国機業の幹部であるスコールの側近にして力任せの荒事を任せれる実行グループだ。各地の紛争に介入し戦場を掻き乱す女郎蜘蛛の実力は非公式ながら国家代表に劣るものではない。

実戦の経験値と言う意味では更識家当主と言えど比較にならない。IS乗りとしての実力が拮抗していようとも踏んだ場数、生きた経験はそのまま力となるのだから。

 

(これだから戦争はやめられねーんだよ!)

 

声にこそ出さなかったがオータムの表情に喜色が浮かんだのを双眼鏡越しにスコールは確認している。

観客席でスコールが呆れの色を瞳に宿しているとオータムは気づいていたが構わずにスロットルを上げる。

シールドを前面に押し出した防御態勢のまま楯無に突っ込み弾き飛ばす。水のヴェールに阻まれ威力は半分にも満たず鈍い症状を与えるに終わる。

予定では時間を稼いだ後に撤退するはずだった。目的としては既に十分達成圏内だが、狩猟モードに入った蜘蛛は獲物を離そうとしていない。

亡国機業として見るならば少し目立ち過ぎだが予定の範疇、オータムの内心で言うならば強敵に出会えた喜び、楯無の立場で言うならば厄介な敵。

思惑を孕む者達の戦いは智も武も求められる熾烈なものとなっていた。

 

 

 

 

篠ノ之 束は我儘で厚顔無恥で自らを十全としその他大勢を見る事さえしない。そんな彼女の弁で語るならば「剥離剤(リムーバー)は玩具」に過ぎない。

手の中に戻った白式のコアを一瞥し異常がないと確認してから上空のサイレント・ゼフィルス、エムを見上げる。

 

「っ!!?」

 

見上げただけ。たったそれだけにも関わらず、真っ直ぐに視線をぶつけられたエムの全身を悪寒が駆け抜ける。

天災は確かに笑っている。心が浮つく楽しい表情でも、強敵に巡り合えて闘争を楽しむような表情でもない。

 

「ねぇ、今すぐそこから叩き落としてあげようか?」

 

剥離剤は玩具に過ぎないと言うならば、剥離剤に対する剥離剤を(アンチリムーバー)を持つ束ならば、本物を持っているのではないか。

エムの思考は高速で様々な可能性(たら れば)を組み立て即座にこの場から離脱すべきと結論付ける。

 

「射程距離がどの程度か分からないのに高度を上げるのかい?」

 

十メートル以上離れた空中にいるにも関わらず束の声は耳のすぐ後ろで囁いているかのようにはっきりと聞こえる。

この場を直ぐに離れると言うエムの判断は間違っていないが、束がもし本物の剥離剤を持っているならばその有効範囲が分からない。使用回数に制限があるのか、適用されるISが一機だけなのかも限らない。

ならば地面に降り立つべきか、否、敵地に自分から飛び込むようなものだ。出来るはずがない。しかし空中で餌食になれば落ちるしかない。

落ちたとしても死なない高度、攻撃されても反応できる距離。残された選択肢は動けない。動かないのではない、あの短い言葉だけで場を完全に支配され動けなくされたのだ。

 

「どうしたんだい? その銃は飾りかな? 撃ってごらんよ、無効化するかもしれないし、倍以上の威力と速度で跳ね返って来るかもしれない。ISを引き剥がされて地面に落ちるのが先かもしれないね?」

 

エムが考えた可能性を声に出して告げられる。仏の掌の上、断頭台の罪人、篠ノ之 束に敵対すると言う意味が全身に強く圧し掛かって来る。

 

(このまま時間を稼ぐしかない……)

 

時間が経過すればISも人間も集まって来るのは目に見えているが、それが束に取って都合が良いとは限らない。エムに出来る最後の抵抗はその場に留まり、場が混乱した隙に離脱する。

 

「援軍……。いや、学園のISや人間が集まって騒ぎが大きくなるのを待っているのかな? 成程、それも良い手かもしれないね」

(読まれたか、今更その程度で動じると思うなよ)

「だんまりかい? 別に構わないけど……。気を付けなよ、その位置は私の可愛い刃が届くよ」

 

エムは思い違いをしている。

幾ら千冬と言えど下準備もない状態でISと生身で戦えるはずがない。成人男性を蹴り倒せる身体能力を有しているとは言え生身でと言う条件をつければそれは束も同様だ。

剥離剤を含め束が何か隠し手を用意している可能性を考慮するのは悪くないが、そんなものは無視して一目散に離脱するべきだった。場を支配されていたとは言え束の隙をつこうとした事が最大の失敗だ。

 

「行こう、紅椿」

 

次の瞬間、IS学園の屋上で深紅の光が溢れ輝いた。

光は急激な勢いで膨れ上がり、鮮烈な紅い光と共に二刀を十文字に交えた鎧武者が姿を見せる。

現存のISを振り切る超速度で突っ込んできた紅椿に反応してみせたエムの腕前はやはり一流と言って相違ないだろう。

 

「篠ノ之 箒っ!」

 

バイザーで隠れている為に表情を読み取ることは出来ないが、声色からエムが驚いているのは読み取れる。

箒が来ているとは千冬も聞いてはいたが、参戦したことで驚いたのは言うまでもない。

束だけであるなら人間一人匿う位は千冬にも出来るが、ISまで出てくるとなれば話は別だ。

この場合はデモンストレーションの機体とは違い、良い意味ではなく、悪い意味で目立ってしまう。

咎めようと隣の束へ視線を移した千冬が口を開くよりも早く、束から「問題ない」と言葉が返ってくる。

 

「心配しないで、もうすぐ撤退するから」

「なに?」

「あのね、ちーちゃん。剥離剤はあるんだよ」

 

そっと白式のコアを胸に抱き寄せた束は上空で打ち合う二機を視線で追いながら続ける。

 

「でも、私は使うつもりはない。最悪の状況になれば話は別だけど、積極的に使ってISを奪う気はないんだよ。例え相手がテロリストであろうともね」

 

上空では紅椿が二刀を振るい、サイレント・ゼフィルスは長い銃身のスターブレイカーを器用に振り回し刃を防いでいる。

青と紅は幾度となく交わりながら徐々に高度をあげているが、束はそれに手出しするつもりはないと静観を保っている。

例え剥離剤を使い一方的にISを奪う輩が今後現れたとしても束は慈善事業で名も知らぬ誰かを助けたりはしない。今回はあくまで一夏が対象だったが故に動いたに過ぎない。

束の領域内に害を及ぼさないのであれば勝手にすればいい。それが大筋での束の見解だ。

くーや銀の福音を助けた事が気まぐれと言い張るのは無理があると思わなくもないが、自分勝手な理由で力を振るう、篠ノ之 束とはそういう存在でなければならないのだ。

 

「紅椿とブルーディスティニー、剥離剤、世界中の施設を相手にしても負けない自信もある。他にも奥の手はあるけど、私がその気になればそれこそ世界を三日で崩壊させることが出来る」

「……だが、しない」

「そうだね、しない。意味がないからね」

 

女尊男卑の時代に象徴的な言葉がある。男性と女性が戦争をすれば男性は三日で滅ぶと言われているものだ。

ISが世界に対し敵対すればあながち間違いではないが、実際には女尊男卑の風潮を広める為の言葉に過ぎず、ISに関わる者や軍属の人間、政府の人間は世迷言だと分かっている。

しかし、束が本気で行うと言うなら話は別だ。

準備期間は必要になるが世界中の軍事施設や政治機関を無力化する事も通信環境や陸海空の路を混乱させる事も不可能ではない。

ISが大挙として押し寄せようとも剥離剤があるなら封殺も可能だ。ましてや束の手札には二強とも呼べるブルーと紅椿があるのだ。

当然ながら束は単独での活動に限界があると知っている。だからこそ世界から身を隠し逃げ徹しているのだから。

ユウとてそれは同様だ。ISや機動兵器を無力化出来たとしても何万と言う歩兵が敵対したとすれば戦力的にはともかく精神的に対処出来ない。

世界を敵に回すと言う事は出来る出来ないだけでは語れない。

勿論、これはあくまで束が天災として世界に君臨する場合に限った極論だ。

かつて束はISの有用性を示そうと白騎士事件を引き起こした。結果的にISの有用性はこれ以上ない程に証明されたがその結果は言うまでもなく戦力としてのISだ。

皮肉にも世界を変えた束であっても世界を意のままには操れないと証明した。それが白騎士事件に潜むもう一つの本質だ。

 

「ねぇ、ちーちゃん。私はちーちゃんやいっくんが大好きだよ」

「分かっている」

「だから困惑してるんだよね? 私がIS学園や欧州連合に仕掛ける理由に確信が持てないから」

「…………」

「ちーちゃんは優しい上に正直だね」

 

白騎士事件を皮切りに世界は大きく動いた。世界を変える。その力を束は間違いなく持っている。

蒼い死神事件、バーサーカーシステム、ISの強奪、銀の福音、IS学園ミサイル襲撃。それらは少しずつ世界の歯車に影響を与え続けてきた。

これまで保たれてきた奇妙なバランスに狂いを生じさせるのに十分な程に。

 

「私が作った世界。ISが兵器として使われる世の流れは止まらない、変えられない。だけど、必要のない悪意に使われるのは本意じゃない。私の子供達を望まれない悪意に染める輩がいるなら思い知らせてあげないといけない」

「今はまだ教えないんじゃなかったのか」

「うん? 私はただ気に入らないって話をしてるだけだよ」

 

奪われたISが目の前に現れたのなら取り返すのは簡単だ。全てのISを奪い去ってしまう事さえ不可能ではないだろう。

しかし、それで何が変わると言うのか。人間は知った蜜の味を忘れはしないものだ。

仮に束が全てのISを一方的に奪い返したとしても、兵器として使われるISを取り返したとしても、完成してしまった世界の流れは変わらない。

誰かがまたISに変わる何かを作るかもしれない、それこそMSのような完全な兵器が登場するかもしれない。

今はまだダメだと明確な目的を口にしなくとも、千冬ならば導きだせる。

これは世界に対する、いや、ISを利用しようとする悪意に対する粛清の宣言だ。

白騎士事件は世界を大きく変えたが、再び世界を変える事は束と千冬をもってしても不可能だ。

だが、完成してしまったISの世界をそのままに、人々の意識に変革を促す兆しを作る事は出来る。

剥離剤の使用の有無も含めて、強制的に武力介入する事で蒼い死神は確実に世界に変化を促してきている。

 

「天災と死神、か」

 

束の言葉を飲み込み吟味した千冬が到達する結論。

ただの暴虐ではない、目的を持って振るわれる力の意味。自ら招いた結果であると理解していながらも我が子とも呼べるISを無碍に扱われた事に対する怒り。

束は今この場で千冬に告げているのだ。自分勝手な力の使い方を、死神が本当の意味で鎌を振るうべき相手を、その目的、向けるべき矛先を。

 

蒼い死神、その存在理由を千冬は何度も自分自身に問いかけたが答えは出ていない。

今ここで束を問い詰めれば機体スペックだけでなく搭乗者の情報まで聞き出せるかもしれない。

だが……。

蒼い死神が何者であるか、それはこの際関係ないのだろう。

IS学園に初めて現れ、セシリアと一夏を一蹴したあの日から大きくなり続けていた束が何をしようとしているのか分からないと言う疑念が溶けていく。

ラウラが引き出した欧州連合襲撃の真意を千冬は知らないが束を最もよく知る千冬であれば想像は出来る。

束は千冬に既に教えていたはずだ「世界には悪意が満ちている」と。

あの日はまだ確信が持てずに束が告げる事が出来なかった事実を噛み締める。敵がいるのだと言う現実を。

 

「ここからは私の独り言だ」

「うん」

 

上空で紅椿とサイレント・ゼフィルスが何度目か分からぬ激突を繰り返している様子を見据えながら千冬は組み立てた仮説と言う名の結論を口にする。

 

「ブルーディスティニーが最初にIS学園に現れた時の目的はその存在を私に、いや、束が動き出したと教える事。もしかすると白式の性能を確認すると言う意味もあったのかもしれないが、今となっては些細な問題だろう」

「…………」

「二度目の襲撃は巻き込まれる可能性のある一夏に実戦の恐怖を叩き込む事」

「…………」

 

束は答えない。これは千冬の独り言だ。

だが、蒼い死神ではなくブルーディスティニーと呼んでいる事からも千冬の中で既に答えは出ている。

 

「お前達のIS学園襲撃の目的は警告だ。IS学園の警備は突破される可能性があると、お前が悪意と呼んだ存在の手が迫っていると私に教える為の、な」

「……さぁ、どうだろうね」

「言っただろう、独り言だ」

 

胸に突っかかっていた懸念が確定に変わる。

亡国機業、その存在を束は完全に把握していた訳ではない。千冬に至っては更に持ち合わせている情報は少ないはずだ。

具体的に束が注意を向ける切欠になったのは欧州連合が追っていたテロリストが怪しげな動きを見せた時、くーが利用されバーサーカーシステムが世に現れた時だ。

以降、束は歴史の闇に潜む一派と追いつ追われる展開を余儀なくされてきた。

時間軸的には一度目のIS学園襲撃時はまだ亡国機業と争う形にはなっていないがISが兵器として運用される世界は既に出来上がっていたのは言うまでもない。

亡国機業がただのテロリストであるなら束も捨て置いたかもしれない。欧州連合や米国がテロリスト相手に戦力で遅れをとるとも思えず、無関係ならば切り捨てる選択肢もあっただろう。

だが、亡国機業は人体を無理矢理操作してまでISを自らの悪意に利用した。束に取って技術の結晶であり子供のような存在、千冬に取って栄光の象徴であるISを使ってだ。

ユウ・カジマが落ちてきたあの日、束はここまでの事態を想定していた訳ではない。元々はISが兵器として見られている現状には納得していなかったが、具体的な手段は決まっていなかった。

だが、今は……。

 

「束、狙っている獲物は大きいぞ」

「釣り上げるよ。私に……。ううん、私達なら出来る」

「そうか、そうだったな」

 

世界のあり方を一度は変えた二人だ。変えてしまった世界をもう一度変える事は出来なくとも、変わりゆく為の切欠を生み出す事は出来る。

自然と二人の口角が上がる。ニチャリでもニヤリでもなく、楽しげに昔を思い出すように。

まだ道を一つには出来ないが、交わる時が近づいているのだと理解していた。

二人の視線は空に固定されたまま、言葉だけの応酬を繰り返す。

その時だ、一際眩い閃光が頭上で輝き、互いの武器をぶつけあった紅椿とサイレント・ゼフィルスの間に間合いが開く。

 

「さてと、そろそろかな。箒ちゃん、そろそろ帰るよ! そこの青いの、今回は見逃してあげるから感謝するんだね!」

 

上空でぶつかっていた二機の戦局は終始箒が押していたが、その実エムに本気を出している様子は見られなかった。

地上にいる束がいつ手を出してくるかわからず、自らの手を晒す危険性を恐れたからだ。

 

「逃がす……か、舐められたものだな」

 

ガギリと音が鳴る程に奥歯を噛み合せたエムが眼前の箒をバイザー越しに睨みつける。

 

「今回は引くが、姉に守られているだけの貴様程度が調子に乗るなよ。貴様の力はそのISの性能のおかげだと言う事を忘れるな」

「あの姉についていくのは中々大変なんだ。貴様こそ覚えておけ。姉さんの敵は私が切り伏せる」

 

前半は肩を竦めながら、後半は睨み返しながら箒は言葉を突き返す。

倉持技研に続き撤退を余儀なくされるエムではあるが、彼女個人の実力で言うならば決して遅れを取っているものではない。

第四世代と言う圧倒的な機体性能差を有していながら箒は攻めきれず、スターブレイカーだけで防ぎ切られたのが証拠と言っていいだろう。

ISの性能のおかげと言われてもそれを否定するつもりもない。

急加速を持ってその場を離脱する青い光をセンサー越しに追いながら箒は小さく言葉を漏らす。

 

「……あの動き、まさか、な」

 

先ほどまで打ち合っていた二刀を握る手に力を込めて否定する。

大型のライフルで紅椿の二刀と打ち合った少女の動き、相対した者でなければ分からないような機微を感じ取れたのだ。

箒は知っている。自分や一夏、千冬の技の礎になっている儀礼剣術から実戦剣術に昇華された篠ノ之流を。その刃に似ていたのだ。

 

 

 

「人が集まってくるな、さっさといけ」

 

束の隣ま降下した箒が千冬に何とも言えない視線を送るが返ってくる意外な言葉に目を丸くする。

今までの束と箒の行動を考えれば千冬と良い関係を築けるはずがないと箒は思っており、先ほどまでの二人の会話をセンサーを通して聞き取る余裕がなかったのだから当然だ。

 

「そうだね、そろそろ……。っとその前にお客さんだ」

 

束の向けた視線の先、校舎方面から鈴音のに肩を借りながら歩み寄ってくる一夏に三人の視線が集まる。

 

「鈴、もういい。少し話をするだけだ」

「……分かったわよ、後でちゃんと説明しなさいよね」

 

足元がふらつく一夏が校舎から出てくる現場に居合わせた鈴音は慌てて駆け寄りここまで連れてきたのだが、その途中で青と紅のISがぶつかり合う様子を確認している。

他にも目撃者はおり、ISを展開していた生徒達はハイパーセンサーを通して世間的には公表されていない二機のISを目撃している。

幸いなのはボヤ騒ぎの影響で多くの人間がそれどころではなかった事だが、国際IS委員会の面々が束を発見すれば拘束命令が出るのは目に見えている。

だからこそ束と箒は一刻も早くこの場を離脱したいのだが、一夏が現れてしまえばそう簡単にはいかない。

 

「いっくん、まずはこの子を返しておくよ。次も私が助けて上げられるとは限らないから気をつけなよ?」

 

ポイッと簡単に放り投げられた白式のコアを両手でキャッチした一夏は何とも言えない表情でコアとなった相棒へ視線を送る。

 

「束さん……。ありがとうございます」

 

素直に礼を言う一夏だが、言葉とは裏腹に白式のコアに向けられる視線には複雑な色が混ざっている。

何故ここに束と箒がいるのか、それを問いただす事に意味がないのだろうと、視線を上げた一夏を追いかけるように白式のコアが光の粒子となり定位置とも言うべき一夏の腕に装着。ガントレット形態の待機状態へと移行する。

 

「一夏、色々と思うところがあるようだが、今は他にすべきことがあるだろう」

 

白式と再会した一夏の様子に違和感を覚えた千冬は周囲の人間が束に群がる前に成すべきことを成せと一夏の肩を掴み箒の前に押しやる。

 

「……箒」

 

ISに関係する人間にとって切っても切れない篠ノ之姉妹と織斑姉弟が並び立つ光景を少し離れた位置で鈴音が見つめている。

蒼い死神と行動を共にしていると知っていても、箒との間柄だけで言うならば一夏も鈴音も二度の共闘をしている仲だ。

あの海では一夏の声で箒の真意を確かめるに至らず、あの空では一夏の手は箒には届かなかった。

保護プログラムで世間から隔離されたはずの箒が何故束と一緒にいるのか、何故戦っているのか、蒼い死神との関係性は何なのか、元気でしているのか。

聞きたい言葉は山のようにある。問い詰めたい気持ちは留まるところを知らない。

 

「あのさ、箒。俺はまだ分からない事が多すぎるんだ」

「私もだ、一夏」

「だけど、何となくだけど、分かっている事が一つだけある」

 

濁流のように溢れ出ようとする言葉を喉の奥深くに押し返し、言葉ではなく拳を突き出す。

 

「きっと、俺達はまた会える。だから、今日は何も聞かない。またな、箒」

 

外傷は目立たなくとも一夏が傷を負っているのは言うまでもない。

白式が奪われていた事からも遭遇した悲劇は並大抵ではないのだと想像は難しくない。

この場で罵声を浴びせられても、力尽くで一発殴られても、箒は果たして反論が出来ただろうか。

しかし、送られたのは別れの言葉ではなく、再会の言葉。予想とは違った一夏の態度にぎこちない動きで突き出された拳に自分の拳を重ねる。

 

「……あぁ、また、な。一夏」

 

辛うじて絞り出した言葉とは裏腹に箒はとても優しい笑顔を浮かべる。

お互いの拳を小さくぶつけ合う姿を二人の姉は愛おしそうに見詰めていた。




明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。

さて、本編について。
今回は意図的に戦闘描写を少なくしています。箒VSエムの辺り。
束と千冬はやっぱり友達だって言う話にしたかったので。
束の目的についてもわかりにくいかもしれませんが、仕様です。

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