IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第75話 白式を巡る戦い

織斑 一夏は殺さない。否、少なくとも"今は"殺せない。

例え専用機を持っていようとも人間である以上殺す事は出来る。

狙撃や通り魔と言った外的要因はISが察知すれば緊急展開し主を守るだろう。

具体的な検証例はないが搭乗者の身体的以上に対し保護装置が働くのであれば毒物による殺害も難しいかもしれない。

しかし、それは決して不可能と言う意味ではない。

ISは単独で空を飛び、人間や構造物等一瞬で破壊出来るだけの力を秘めているが、純粋な火力の権化であるクアッド・ファランクスでISを破壊出来るのだ。

相手の抵抗さえ無力化してしまえば一方的な暴力の前には例えISであっても無力に等しい。

例えば拉致。身内や知人、専用機持ちが抵抗出来ない相手を手に入れ脅してしまうのも一つの方法だろう。

ISによる抵抗を無力化出来ると言う前提の上であれば四肢にISの出力では上がってこれない程の重りをつけて海に沈めてしまうと言うのも有効な手段と言えよう。

海に沈んでもISの生命維持の能力を考えれば簡単には死には至らないが、やがてISのエネルギーが尽きるか、或いは長い時間をかけ孤独に沈めてしまえば人間はやがて精神的に疲弊して崩れ去ってしまう。

それらを亡国機業は可能にするだけの力を持っている。

織斑 一夏が何故ISを動かせるのか、それはある意味で人類の希望と言っても過言ではなく興味は尽きず、学園祭と言う舞台は千載一遇のチャンスではある。

だが、今はその時ではない。

織斑 一夏を殺す、或いは力尽くで強奪すれば明確な宣戦布告と変わらない。

既に篠ノ之 束に敵対していると言えど、表立って煽ってやる必要はない。

故に、亡国企業は今はまだ織斑 一夏を殺せない。

 

織斑 一夏は殺されない。否、少なくとも"今は"まだ殺されない。

例え専用機を持っていても人間である以上は不死と言う訳ではない。

戦場でほぼ無敵に近い能力を発揮し、既存の兵器を過去に振り切る存在は最強の冠に相応しいが、搭乗者は人間だ。

具体的な検証例こそないが、肉体的にも精神的にも無限に戦い続けられる訳ではない。

ISを倒す。専用機持ちを殺す。それは決して不可能ではない。

人類が遥か昔より夢見ていた飛行を単独で可能とし、人類が長い年月をかけて辿り着いた剣や銃と言った兵器を寄せ付けないISであっても万能ではない。

ISを展開出来ない、或いは展開しても抵抗出来ない状況を作り上げてしまえば人間は簡単に殺す事が出来る。

例えば誘拐。乗り手そのものでなくとも人質として価値があるならIS乗りを封殺するに十分だ。

前提条件としてISの攻撃力や防御力を無効化出来るのであれば食事を与えずに放置していても何れ人間は力尽きる。

海に沈める、超高高度から落とす、閉所に閉じ込める。例えISであえっても蹂躙は不可能ではない。

亡国企業に限らず条件さえあえばそれらは可能であり、世界にはそれだけの力がある。

白式が何故、織斑 一夏を受け入れたのか。何故他のISは男を受け入れないのか。篠ノ之 束も全てを理解しているわけではない。

だが、今はまだ時が満ちていない。

織斑 一夏に取り返しのつかないレベルで手を出せば織斑 千冬も篠ノ之 束も黙ってはいない。

既に敵対している関係と言えど、派手に敵対を宣言しても理はない。

故に、亡国企業は今はまだ織斑 一夏を殺せないと篠ノ之 束は予測していた。

 

 

 

アリーナから脱出に成功したユウが一夏を発見出来たのは偶然だった。

一夏の後を追っていなければ地下道へ向かうと言う選択肢すら浮かばなかったかもしれない。

結論から言えばユウは一夏が殴られ白式が奪われる様を離れた場所から見ていた。

だが、無鉄砲に飛び出す真似はしなかった。いや、出来なかったと言うべきだろう。

ブルーがあるならともかく生身で武装した男達に正面から向かっていける程にユウは強くない。

こちらも銃があり、同条件で戦えと言うなら話は別だが、こちらは無手で数でも武器でも相手に明らかな分があった。

ユウは遺伝子を操作された強化人類でも生身でMSと戦えるファイターでもないのだ。

一夏の危機的状況を救わねばならないと思う心があっても、返り討ちにあうと分かっている地下道に飛び込む事は出来なかった。

利用価値と言う観点から見れば一夏が現段階で殺される可能性は限りなく低い。そう分かっていても目の前で無抵抗に殴られる様子を見ているのは中々に堪えるものだ。

最終的に白式が奪われ、倒れ込んだ一夏ではあるが、ユウを驚かせたのはその上で一夏が立ち上がり歩き出した事だ。

ユウ・カジマの目に映ったのは紛れもなく戦士としての一夏の背中。助けがなくとも自分自身で立ち上がった男の姿。

このまま前進し足を引きずる一夏に肩を貸すべきかとユウは短い時間思考するが、無理をしないと束と約束しておりこの場から離れる事を優先する。

少なくとも今この場で一夏に必要なのは助力ではなく本人の覚悟だと一夏の後ろ姿から見取る事が出来たからだ。

 

 

 

 

赤銅色をした甲龍の両腕を部分展開した鈴音は校舎横、正面ゲートを真っ直ぐに突き抜けた場所で二人の男を拘束していた。

器用に二つの大きな手で一人を地面に押さえつけ、もう一人を校舎の壁に押し付けて固定。二人が所有していた爆薬は警備員が回収済みだ。

 

「くそっ、こんな小娘に!」

「はいはい、無駄な抵抗しないの。力加減間違って潰しても知らないからね」

 

言葉にこそ出しているが代表候補生である鈴音はISを使用する上で力加減を間違うような下手は打たない。

IS学園にテロ紛いの行為を行う連中すからすれば代表候補生がIS操作を間違い人間を殺害するような事件があればそれこそ狙い目であるが、生憎と鈴音の言葉に脅し以外の意味はない。

一夏がイメージしてしまった生身の人間をISで攻撃する幻想は間違いではなく、千冬が打鉄に搭乗する生徒に注意を促したように、ISの力を持ってすれば人間を捻り殺す等造作もないのだ。

力を持つ者には相応の責任が発生する。学園での無断IS展開が禁止されているとは言え専用機持ちはいつでもISを展開する事が出来る。

特に代表候補生ともなれば部分展開の技術も持ち合わせており、一度その力を暴力として振るえば懐に忍ばせたナイフを取り出すよりも素早く強力な一撃を叩き込める。

今回は校舎の脇に座り込み、爆薬に着火しようとしていた瞬間を見つけ甲龍を緊急展開して捕縛したのだ。状況が状況なだけにISの無断展開ではあるが、お咎めを受ける事はないだろう。

同時刻に同様の事案が複数箇所で発生し、警備員は緊急配備が伝達されており、未然に防げたのは鈴音の発見した箇所と離れた並木道の二箇所だけだが、ボヤに発展した四ヶ所も大事には至らなかった。

 

IS学園の警備が甘いと言われればその通りで否定は難しいが、世界で最も安全とされる防衛システムに守られ、増員された警備員、国際IS委員会や代表候補生、デモンストレーション用にISを装着した生徒、公にはなっていないが現代の忍者とも呼べる更識家が守りについているのだ。

これ以上の守りとなれば学園全体を防護壁で覆い隠し、一人一人に身体検査を施すレベルになってしまうだろう。

ISの重要性を考えればそれも止むなしと言えなくもないが、それでは学生が一年で数少ない楽しむ事を目的とした日を台無しにしてしまう。

今日と言う日はあくまで学生が日頃の鬱憤から開放され遊べる日でなくてはならないのだ。

 

蒼い死神に始まりIS学園や一夏達にまとわりついている不穏な空気については鈴音を含めたセシリア達代表候補生の皆も当然分かっている。

学園祭と言う絶好の日が狙われる可能性も十分に考慮していたが、敵が何者であるかが分かっておらず、時代の変わり目に姿を見せるとまで言われている亡国企業が裏で動いているのを見抜くのは難しい。

 

「ん?」

 

だからと言う訳ではないが、校舎から出てきた大きな鞄を背負った二人の男に鈴音は僅かな違和感を感じながらも詰め寄るまでの行動には移さなかった。

或いはラウラのように生まれながらの軍人であるならば二人の男の違和感の正体に気付けたのかもしれない。平然な佇まいの中に時折混じる鋭い視線と無駄のない足運びから軍属の、それも諜報機関の人間であると。

案の定と言うべきか、周囲の警備員や来客の人間に至るまで、誰一人として二人の男の存在に違和感を覚える者はいなかった。それほどまでにごく自然な挙動だったのだ。鈴音が違和感を覚えたのは単純に第六感によるものが大きいだろう。

生憎とこの時ラウラは校舎の中、自クラスの和菓子喫茶できんつばに舌鼓を打っており、セシリアとシャルロットも同じく自クラスで接客に追われていた。

警備の人員にこそ緊急連絡が回っているが、ボヤ騒ぎが起こってまだ数分。迅速な対応が取られているからこそ異変に気づいている人間が圧倒的に少なかった。

後の結果から見れば、この時に二人の男を鈴音が見過ごしたのは大局的な視点では正解だったのかもしれない。

男二人は正々堂々と正面ゲートから学園を後にしようとしていたからだ。その先に武神と天災がいるとも知らずにだ。

 

 

 

「束、通信の相手が誰かは問わん。だが、良い知らせではないのだろう?」

 

アリーナの騒動はともかくとして、ボヤ騒ぎに気付いた束と千冬は身を隠していたプレハブ小屋から出て学園の複数箇所から上がる黒煙が小さくなっていく様子を眺めていた。

多少情報は錯綜しているが、警備の連絡網を把握している千冬が通信機器を通し火は鎮火され怪我人も出ていない現状に安堵の息を漏らしている。

束はユウからの通信でアリーナの状況を把握しており、亡国企業の蜘蛛女ことオータムが出現し一夏が姿を消した経緯から次に起こるであろう事態を推測していた。

ユウと通信したのは事実であるが、相手が誰か知られるヘマは打っておらず、千冬が推測を幾ら重ねた所で異世界からの来訪者がいると読み取るのは簡単ではないだろう。

とは言うものの、非常識なまでのイレギュラーな存在でない限り、あの篠ノ之 束が共犯者として側に置くはずがない。あくまで現段階では千冬はユウの正体に到達出来ていないがそれは最早時間の問題なのかもしれない。

 

「良い知らせでないのは確かだね。アリーナで何かあったみたいだよ?」

「お前が慌てていないと言う事は問題ないと捉えて良いのだろ?」

 

一瞬ではあるがきょとんと目を丸くした束の視線と不敵な笑みを浮かべた千冬の視線が交わる。

束と直接的に関わった今だからこそ、千冬は束を信頼する事が出来る。その束が何かあったと言いながらも行動に移していないと言う事は心配に値しないのだと十分に判断出来る。

 

「いっくんが無事とは限らないよ?」

「一夏に何かあってお前が黙っているはずがない。違うか?」

「ふむ、違わないね」

「だろう?」

 

千冬の弟であるだけでなく、箒と友人であり、束に取っても線の内側の人間である一夏に非常事態が及ぶのであれば束が手をこまねくわけがない。

学園襲撃、銀の福音、ミサイルと束が自ら仕掛けた場面や束の手が届かない場面もあったが、今は違う。手の届く範囲にいながら束が意味もなく黙認するはずがない。

視線を交えた二人の間に流れる空気は長い時間を離れて過ごしたにも関わらず、寄り添いあった親友と呼べるに相応しい姿だった。

最も、正確には一夏は一方的な暴力に組み伏せられ嗚咽を漏らしているのだが、現段階では確認のしようがなく、束の予測では一夏の命に心配はないとの判断で、千冬もそれを信じるだけだ。

 

「おや?」

 

ふと器用に片眉を上げた束の視線の先、大きな鞄を背負った二人の男が正面ゲートに向けてゆっくりと歩みを勧めている姿。

今日に関しては学園内に男がいても違和感はなく、ボヤが起こった関係上学園から出ようとする行動もわからなくはないが、騒動から逃げるにしては余りにも堂々とし過ぎている。

何よりも束が豊満な胸元から取り出した箒に渡したのと同型のメカウサミミがビンビンに反応を示している。

 

「おっかしぃなぁ、何でアイツ等から白式の反応が出てるんだろうね?」

「なんだと?」

 

問い掛けると言うよりは千冬に教えると言う意味合いの口調で呟いた束が男二人を顎で指し示し、意味を理解した千冬の表情に緊張が走る。

 

「それも待機状態じゃなくてコアに戻ってるね」

「分かるのか?」

「私を誰だと思っているのかな?」

「その台詞で何でも思い通りになると思うなよ」

「ならないかな?」

「ISに関してはこの上なく信頼性が高いとは思うがな」

 

若干諦め気味ではあるが口角をあげて笑みを作った千冬に束はにぱっと軽やかな効果音の似合う素直な笑顔で応じる。

箒にも渡してあるウサミミのISレーダーはISが待機状態である事は元よりコアの状態であろうとも対象がISであれば反応を示す優れものだ。

制作したのが何処ぞの企業であれば千冬も半信半疑にならざるえないが、天才にして天災とされる束が製作者であるなら話は別だ。

それだけでISに関してはこれ以上ない程の信頼の意味に他ならない。そうと決まれば二人の取るべき行動は決まっている。

 

「おい、そこの二人」

 

敵対心を隠しもしない千冬の言葉は高圧的と呼んでもまだ温い。仁王立ちで立ち塞がった千冬の姿を一夏が目撃しょうなものなら「お、鬼がいる」と恐怖に打ち震えた事だろう。

 

「何か? 織斑 千冬さんに声を掛けて頂けるのは光栄ですが、我々は少々急いでおりまして」

 

男達に動じた様子がないのは褒めるべきか判断に迷う所だ。

 

「何処に行くつもりだ?」

「物騒な事件もあったようですし、ここらでお暇しようかと」

「なら質問を変えよう、何処の企業の人間だ?」

 

誰の身内、或いは友人と言う聞き方はしない。親類縁者の類であるなら逃げる前に生徒や教師と言った身内と合流を図ろうとするはずだからだ。それ以外で男の来客があるとすれば可能性が高いのは企業の人間。

 

「我々は……」

「いや、返事は別に良いんだ」

「は?」

 

恐らく予め用意していたであろう企業名を告げようとした男の言葉を千冬は遮る。初めから答えを聞く気は愚か問答に時間を使うつもり等ないのだ。

天災とされる束は人格的に問題がありコミュニケーション能力が高いとはお世辞にも言い難い。

その親友である千冬は束と比べれば常識人であり、教師として姉として普段は取り繕われている大人としての対応が出来ている。

しかし、あの篠ノ之 束の親友なのだ。必要とあらば大人としての顔も、常識人としての衣も取り払える。

 

「コイツがお前達が私の弟のISを、白式を持っていると言うものでな?」

 

生徒や来客の殆どが立ち上った黒煙に視線を向けており、正反対の正面ゲートに注意を向けている人間はいないに等しい。

織斑 千冬の捕物ともなれば注目を集めそうなものだが、この場だけは静まり返った空気が満ちていた。

文字通り退路を立つ位置に陣取った千冬の背後からひょっこりとウサミミをつけた束が腰を折り姿を見せる。

浮かべているのは先程の笑顔とは打って変わり対象を観察する事だけを目的とした無機質な光を瞳に浮かべた無表情。

 

「ボヤ騒ぎで視線を集めて自分たちは脱出しようって? 隠しても無駄だよ、その鞄の中に白式のコアがあるのは分かってるんだ」

 

千冬を前に動じなかった男達の瞳が揺れる。

が、揺らいだのは僅か一瞬。次の瞬間には明確な殺意を持って二人の男は懐から黒塗りの拳銃を取り出し躊躇う素振りも見せずに引き金を引く。

ご丁寧に消音器まで取り付けられた拳銃ではあったが、次の瞬間には二丁の拳銃は空高くを舞い上がっていた。

 

「っ!!」

 

銃を抜いたと同時に男二人が引き金に掛けた指先を千冬と束は寸分の狂い無く蹴り上げていたからだ。

更に銃を追い視線を上げた男二人の目に飛び込んできたのは左右全く対象の姿で回し蹴りを放つ千冬と束の姿。

悲鳴を上げる間も与えずに男の側頭部に武神と天災の足の甲が吸い込まれ嫌な音を立ててクリティカルヒットを叩き出した。

常人であれば十分に意識を刈り取るレベルの一撃ではあったが、堂々と銃を抜く男を常人と呼べはすまい。辛うじて片膝をつき踏ん張った男達は称賛されるべきかもしれない。

が、上空に蹴り上げられた拳銃が万を喫して落ちて来ており、千冬と束が同じタイミングで受け止め銃口を男二人に向け直す。

 

「チェックメイト」

 

それは誰も見ていないのが勿体無い程に惚れ惚れする完成された動きだった。

 

「……何故だろうな、ラウラとデュノアに申し訳ない事をした気がする」

「ちーちゃんが何を言っているのか全然全くこれっぽっちも分からないよ」

 

同時刻にきんつばを堪能していたラウラがくしゃみをして対面の簪に盛大に吹きかけていたかどうかは定かではない。

 

「さ、諦めて白式を返して貰おうかな」

 

千冬が武力の象徴であるなら束が智力の象徴である事は言うまでもない。

事実、束はISに乗る事は出来るが千冬程機敏に動かせる訳ではなく、操縦技術で見れば箒にすら及ばないかもしれない。

だが、生身での戦闘力と言う事であるなら束も決して常人と言えるレベルではないのだ。

その事実を目の当たりにして笑っていない束の視線を受けながらも男達は「ふん」と鼻息を上げるだけの返事を返してみせた。

 

「うん? まだ何か抵抗するのかい?」

 

束は決して相手を侮っている訳ではない。これは単純に個人の主張の問題だ。

相手の手札を全て叩き潰した上で完膚なきまでに勝利を手にする。必要とあらば勝つ為に机ごとひっくり返す裏ワザも辞さない。それが天災の戦いだ。

 

「青き清浄なる世界を破壊する為にっ!」

 

束と男達が視線を交えたのは僅か数秒。直後には背負っていた大きな鞄を空高くに男は放り投げていた。

そんな行為に何の意味があるのか、溜息をつきそうになった束の頭上、ウサミミが接近してくるISを感知する。

見上げた視線の先、ウサミミのセンサーが感じ取った相手は超加速を持って急接近、投げ捨てられた鞄を空中で受け取っていた。

 

「良くやった、後は私が引き継ごう」

 

現れたのはブルーデスティニーでもブルーティアーズでもない青いIS、サイレント・ゼフィルスだ。

 

「ねぇ、そこの小娘」

「篠ノ之博士か、残念だったな。白式は頂いていくぞ」

 

上空に佇むサイレント・ゼフィルスを見つめる束の視線は興味がないと言わんばかりの冷たいもの。

サイレント・ゼフィルスの頭部には大きいバイザーが装着されており顔は分からないが、搭乗者の少女が何者であるかは今は問う必要はない。

男二人は勝ちを確信したように笑みを深めているが、突如として頭上に現れたISを前にしても千冬は眉間に皺を寄せるだけで焦った様子は見受けられない。

それどころか何処か呆れた様子で状況を静観している。

 

「君は何を言っているんだい? 白式を頂く? この篠ノ之 束を目の前にしてそんな事が出来ると本当に思っているのかい?」

「なら例の紅椿や死神を呼んでみる事だな、振り切る自信はあるぞ」

「はぁ、分かってない。本当に分かってないなぁ。そのISがスピード自慢かどうかなんて聞いてないんだよ。ただ一つだけ言えるのは、この私の前で大口を叩くなって事なんだよ」

「何を言っている、この状況でお前に何が出来ると」

「うるさいなぁ」

 

気だるげな表情でパチンと束は指先を鳴らす。たったそれだけで鞄の中で幾重にも箱詰めされ保管されていた白式のコアが鞄の外にまで漏れる程の急激な光を放ち、次の瞬間には束の手の上に銀色に輝く白式のコアが鎮座していた。

上空のサイレント・ゼフィルスと地上の束達との距離は数メートルは離れており手を伸ばしても届く距離ではないにも関わらずだ。

 

「……は?」

 

サイレント・ゼフィルスの搭乗者、亡国企業のエムの口から漏れた言葉はこの場にいる全員の内心を代弁するもの。静観していた千冬さえもその異形の技を前に驚愕にめを見開いていた。

 

「持ち主が身につけている状態のISを盗むなんて普通は出来ない。それを唯一可能にするのは剥離剤(リムーバー)だけど、粗悪品を使うから固着状態が甘いんだよ。まぁ、今の所完璧な剥離剤を完成させた企業なんて無いんだけどね」

 

兵器としてのISを所有したまま悪用される最悪の事態に備える為、政府主導で様々な研究機関が尽力しているツールの一つが剥離剤と呼ばれるもの。

ISを無理矢理搭乗者から引き離す驚異的なものであるが、そもそもISのコアがブラックボックスの塊である為か目立った成果は上がっていない。

今回男達が使ったものはオータムがとある企業から盗んできたものであるが、相手を拘束した状態でしか効果がなく一度使えば壊れてしまう使い切りの試作品だ。

それでも盗む事には成功しており、手も触れずに取り返す等出来るはずがない。

 

「詳しい事を教えてやる義理はないけど、剥離剤に対する剥離剤(アンチリムーバー)って所かな。世界中の誰も持っていない私の秘密兵器の一つだよ」

 

世界中が第三世代のIS開発に躍起になっている中、一段飛ばしで第四世代を完成させ、第二世代でありながら規格外のブルーを伴う束の前に世界中が労力を費やしている剥離剤等は利便性はともかくとしても玩具のレベルを出ていない。

ニチャリと歪んだ笑みが束の顔に張り付く。そこには千冬と談笑していた乙女の姿はなく、自己主義の為に全てを破壊する事を厭わない天災の姿があった。




コタツは危険です。コタツで書いていると気がつくと眠気に負けている今日この頃です。
最近ユウが主人公をしていない気がしないでもない。きっと気のせいだ。

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