IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第74話 ガラスの学園(後編)

IS学園の敷地内の異変に真っ先に気づいたのは学園内を巡回していた警備員だ。

増員された警備員は基本的にIS学園のルールに乗っ取り女性で構成されているが何れもISがなくとも肉体派であり並の男性では太刀打ち出来ない。

だからこそ二人一組と言う少数でも見回りが出来ているのだが、人の出入りが少ない場所を見回っていた二人がソレに気づいたのは偶然だった。

 

「おい! そこで何をしてる!」

 

校舎から外れた緑豊かな並木道の一角、普段であれば生徒や教師の散歩、マラソンコースとして憩いの場となる木々の間にある草むらで蹲っているマスクとサングラスの如何にもな風貌の男。

場所が場所なだけに学園祭としての出店もなければ見学者もいないからこそ、その男は良く目立つ。逆に考えれば、このルートを警備員が巡回していなければどうなっていたか分かったものではない。

 

「おとなしくしろ!」

 

見つかった男は慌てってその場から立ち去ろうとするが、肉体派女性警備員の二人はそれを許さず体当たり気味に突撃。腕を捻り上げて即座に拘束する。男は抵抗を試みるが屈強な警備員はそれを許さず、関節を締め上げる。

この時、草むらに仕掛けられようとしていたのは小さな爆薬。至近距離で炸裂すれば人体相手では怪我は免れないが建造物を破壊するには至らない程度のもの。

恐らく瞬間火力で言えば身の丈以上の木を折るだけの力もないだろうが、火薬が含まれている以上は草むらで引火すれば惨事を引き起こす可能性は十分にある。

 

「くそっ! 貴様等のような奴等がいるから!」

「勘違いするなよ、私は女尊男卑がどうのと言われる前から警官を夢見ていたんだ」

 

更に強く締め上げられ短い悲鳴を上げた男は観念したように脱力、肉体的な抵抗は諦めるが憎しみを込めた目で上にのしかかる女二人を睨み続けていた。

ISが時代を歪めたのは事実だが、それを逃げ道にするなと警官でありながら特例としてIS学園の警備員の増員に志願した女は男の関節を決める力を緩めなかった。

 

並木道で爆薬を所持した不審人物を警備員が拘束していた頃、複数の箇所で同様の事案が発生。

警備員が間に合った箇所もあるが、間に合わず小さな爆発を合計で四ヶ所許してしまい黒煙が立ち昇っていた。

何れも警備員、或いは学園教師や生徒が間に合い小さなボヤ騒ぎで終わり犯人の捕縛に成功。大きな被害が出るには至らなかった。

本来であれば騒ぎを起こしただけで学園側の安全面が責められるべきなのだが、結果的に何も無かった事と物取り騒ぎにISを展開した生徒が加わった事でISのデモンストレーション的な効果を生み賑わいの種になっていた。

しかし、実害がないからと言ってボヤ騒ぎを小事と切り捨てる訳にはいかない人間もいる。その一人がアリーナで備え付けの通信機を耳にあてて状況把握に努めている楯無だ。

 

≪現在六ヶ所で爆薬所有者を捕縛、二ヶ所は未然に防げましたが四ヶ所は煙が上がっています。その四ヶ所も近くにいた警備員と教員、並びに生徒により鎮圧に成功。被害は出ておりません≫

「分かったわ、引き続き警戒にあたって。他に異常はない?」

≪地下のデータベースに賊が侵入を試みたようですが暗部衆が対応し全員を捕縛しています。所有していた装備から六ヶ所の犯人と同一か照合を急がせています≫

 

虚からの報告に耳を傾けながら頭を押さえたい衝動を楯無は必死に抑え気丈に振舞わなければならなかった。

使用されていた爆薬は爆竹の改良型程度であり地下のデータベースの扉を粉砕するには数があったとしても火力不足だ。恐らく地下侵入組は相当な高火力を所持しているだろう。

下手を打てば危ない局面ではあったが、この日の為に楯無が地下に配備した四人の暗部は何れも代々更識に仕え、先代の右腕と称された凄腕の暗部である。現段階で比較するなら楯無を凌駕する腕前を持つ体術の師とも言える人達だ。

特に恐ろしいのは逆手に短刀を握っている時で一見すれば人を斬るには無駄が多く見えるが、その実は体術において非常に高い利便性を生み、斬る、殴る、掴むと狭い空間で特に能力を発揮する手段の一つだ。

それが広い荒野であるならともかく、屋内の限定空間であれば例え銃を持っていたとしても生身で相対したいとは更識家現当主である楯無でさえ思いたくない面子である。

襲撃があって数分も経っていないにも関わらず全員を捕縛と言う結果報告は当然だと楯無も虚も考えていた。

 

(地下はISでも持ち込まれない限りは大丈夫か、問題は……)

 

現在はアリーナで行われていたシンデレラ4は中断されており、アリーナのすぐ横でも上がった黒煙について事態は既に収束したと説明している最中だ。一夏もアリーナを飛び回り客席に問題はないと触れ回っている。

と言ってもアリーナの客席を含めIS学園の来客の大半に動じた様子は見られなかった。

生徒の親族や友人はボヤ騒ぎと聞き多少は驚いた様子を見せていたがISや警備員が即座に鎮圧した様を目撃して流石はIS学園と評価を下し、実数として大多数を占めるIS関連企業や政府の人間はIS学園を開放するこの日にちょっかいを出す輩がいるのは当然と考えている。

世の中にはニュースで大々的に取り上げられる事がなくともISの排除を思想に掲げる宗教的な団体が秘密裏に存在しており、隙あらばISを相手に不祥事を起こそうと狙っていると機業の人間は知っているからだ。

様々な企業から莫大な資金を得てIS学園は成り立っており、銀の福音やミサイル襲撃は例外としても多少のイレギュラーは力尽くで解決出来るのがIS学園の当たり前なのだ。実際例年も大なり小なりの嫌がらせは存在していた。

最も、ただのボヤ騒ぎであれば当たり前とする評価で問題ないのだが、今回はその背後にいる存在を考えると今まで通りと言い切るのは難しかった。

故に楯無は頭を悩ませ、どうするべきかと思案しているのだ。彼女の喜ぶべきはアリーナに集まっている来客の半数は一夏目当ての人間が占めている事だ。

素人だけの集まりであれば非常事態に我先にと慌てて逃げ出す最悪の場面が訪れるかもしれないが、この会場で着席している者達は自分達がISに乗れるか否かは別としてISに精通しており、この程度の事態に動じる者達ではない。

中には企業と無関係の一般人もいるが、周囲に慌てる様子がない状況から「大丈夫なんだ」と安心した表情を浮かべていた。

 

「今年もですか」

「確か昨年は異臭騒ぎがありましたな」

「まぁ、一年に一度の日となれば致し方ないでしょう」

「何処の誰かは知りませんが迷惑な話ですよ」

「ISの排除運動でしたか、最早そのようなものは手遅れでしょうに」

「全くですな」

 

事実、ユウの前に陣取り一夏の様子を観察していた企業の男達の認識はこの程度のものだった。

しかし、状況を静観しているユウもアリーナで状況把握に努めている楯無もこれで終わるとは思っていない。

 

(どうする? 織斑君を逃がすべきか、いや、ここで下手にアリーナから出す方が危険かもしれないわね)

 

言い方は悪いが一夏を餌に企業の目を一箇所に集中させるのが目的のシンデレラ4はある意味で成功しており、一夏も含め著名人はアリーナに守られている状況だ。

無論、アリーナの内側に凶刃が潜んでいる可能性も考慮しているが、それを踏まえて観客席には暗部が紛れ込んでいる。

このボヤがこのまま終わるはずがないと考えている以上は一夏を避難させるべきであるとも脳内の警鐘は鳴り続けているのだが、会場全体と観客席と試合会場の間と二重のシールドバリアに囲まれたアリーナの方が安全の可能性もある。

非常時にシェルターの役割も果たすアリーナの内と外、他の生徒やアリーナ以外にいる生徒や来客の存在、デメリットとメリットを並列で考えながら姿の見えない敵の思考を読み取るべく楯無は脳をフル回転させていた。

 

思案に頭を巡らせる楯無であるがそれを嘲笑うように事態は進行を止めない。

空中の一夏が白式のセンサーを通してぷしゅっと炭酸の抜けるような音を捉え、ミステリアス・レイディを展開していた楯無もアリーナの出入り口から投擲された異物に気付いた。

 

「え?」

 

振り返った先、選手の入退口でもあるアリーナと控室を繋ぐ出入り口に警備員の女が立っている。

そのすぐ手前、彼女が投擲したであろう球体の機械が転がり、物凄い勢いで白煙を噴出していた。

止まる様子のない勢いの白煙は瞬く間にシールドバリアで囲まれたアリーナの内側を白く染め上げ視界を奪う。

ISを装着している一夏と楯無はハイパーセンサーを通して視界を確保出来ているが、観客席からはフィールド内部が見えなくなっているだろう。

 

「我々は何処にでもいるぞ」

 

聞こえてきた警備員からの恨みの込められた声に楯無は表情を歪め、自分を含め学園上層部の失態に気付く。

一瞬ではあるが、楯無と視線を交えた直後、警備員の女は反転。脱兎の如く逃走を開始、それを追いアリーナに待機していた暗部が黒い風となり疾駆する。

相手が警備員であるなら暗部の人間が見過ごしてしまっても無理はない。むしろ責められるべきは学園上層部だ。

この日の為に増員された警備員は厳正な審査が行われているが、元々学園に駐在している警備員達と違い急拵えであるに違いはない。

常日頃から生徒と接する機会の多い学園駐在の警備員とこの日限定で学園に配備されている警備員が同じであるはずがないのだ。

増員されている警備員の中には普段は警官として勤務している者や正義感に溢れた者も存在しているが、悪意を秘めた者がいてもおかしくはない。

IS学園は既に悪意に晒されているのだから。

 

「さぁて、そろそろ煙が晴れちまうからな。こっちはこっちで楽しもうぜ?」

 

白煙に包まれたアリーナで呆然とする一夏が楯無の隣に降り立ち、一連の所業を見過ごすしか出来なかった二人の前に逃走した警備員と入れ違いに新しい人物が姿を見せる。

ラファール・リヴァイヴを展開した目付きの鋭い女。警備員が一緒だったとすればここまで入り込めたのも不思議ではない。

 

「止むを得ないわね。織斑君、逃げなさい」

 

既に楯無の頭の中では幾つもの仮定を組み立て考えられる状況の構築に入っている。

現状で打てる手は少なく、決して好手とは呼べないが、選んだ手は一夏を逃がす事。

 

「で、でも、会長!」

「いいから行きなさい。専用機持ちと合流しなさい」

「……分かりました」

 

今置かれている立場が分からない程に一夏は愚かではない。

外で起こった爆発、白煙に包まれたアリーナ、目の前に現れたラファール・リヴァイヴの女。一連の流れが自分達に取って好ましくない状況であり、この女が敵である事は明白だ。

この場に留まり自分も戦うと言い張るにはまだ未熟だと一夏は客観的に戦力としての自分を分析出来ていた。

守られている立場だと自覚しているからこそ、逃げろと言われた言葉を素直に飲み込む。

 

「あぁ、織斑 一夏は逃がしてやるぜ? こっちの狙いは生徒会長さんだからな」

 

目の前の女から発せられた言葉にチッと楯無は舌を打つ。一夏をアリーナから外へ出す選択は好ましくないと分かっているからだ。

その上で目的が楯無だと公言するのであれば言葉とは逆に本当の狙いは一夏だと宣言しているようなものだ。この女の目的は楯無の足止め、そう考えるには十分だ。

それでも楯無に流れる更識の血が、学園最強としての直感が、国家代表としての経験が、目の前の相手は一夏を守りながら戦える相手ではないと訴えかけていた。

 

「ここは任せて行きなさい」

「会長も気をつけて!」

 

自分を守ってくれている人の背から飛び出し白式を急加速。ラファール・リヴァイヴを纏う狂気的な光の帯びた女の視線から逃げる道を一夏は選ぶしかなかった。

 

「流石は生徒会長さんだな、お利口な判断が出来るじゃねーか」

 

徐々に白煙が晴れていくアリーナに自ら飛び上がったラファール・リヴァイヴを追い乱入者と楯無が中空で対峙する。

白煙が完全に晴れ、観客席からアリーナが視認出来るようになれば当然のようにざわついた空気が溢れ出てくる。

突然アリーナ内が白くなったかと思えば、今までいたはずの白式が姿を消し、変わりに見覚えのない女が現れればそれも当然だ。

わざとらしい女の態度をあえて無視して楯無は精神状態を落ち着ける。

本来であれば非常時であればある程に一夏をアリーナに留めるべきであり、楯無の判断は悪手である。

自分自身で分かっているからこそ、相手の行動を読み切れなかったと悔いる心を押さえつけながら、目の前の事態に対処すべく集中力を研ぎ澄ます。

 

エキシビションマッチ。

アリーナに備え付けられた電光掲示板に煌びやかな文字が躍る。

突然の展開に観客席の企業関係者は訝しんでおり、説明もなく唐突に始まった試合に不信感を募らせていた。

が、観客席前部から小波のように、波紋のように広がる歓声がやがて会場全体を覆い隠した時、エキシビションを待っていたと言わんばかりの大歓声が場を支配していた。

プログラムが急遽変更されるとなれば企業の人間でなくとも違和感を覚える所であるが、学園最強の称号を持つ生徒会長の戦いが見れるとなれば一夏を見るに劣らない魅力的な内容だ。

短時間ではあるが、アリーナを埋め尽くした白煙も盛り上げる為の演出だと思えなくもない。

 

「ふむ、何か引っかかりを感じますが」

「とは言え、現役国家代表の戦いが見れるのであれば」

「これはこれで楽しめそうだ」

 

観客席から静観していたユウは企業の人間の言葉を聞きながら静かに席を立ち、状況がこれ以上悪化する前にアリーナからの脱出を試みる。同時に古い携帯電話の形を模した通信機から束に連絡を入れる。

 

「フランスで遭遇した蜘蛛の女が現れた。同じタイミングで織斑 一夏が姿を消した。探してみる」

≪了解、いっくんはこっちでも追ってみるから無理しないで≫

「分かっている」

 

二転三転と起こるイレギュラーに場が敵対勢力に支配されつつあると実感していたが、生憎とユウはパイロットであり戦術予報士ではない。

大佐の身分まで上り詰めていながらも戦場を駆け回っていた側だ。戦局を見定める事が出来ても大局的な場面を見通せす目は持っていない。

最も、そのユウ以上に状況の圧倒的不利さを実感しているのはISを展開し蜘蛛の女、今はラファール・リヴァイヴを装着しており蜘蛛とは言い難いが、つまり亡国機業のオータムと相対している楯無だ。

電光掲示板の表示、明らかに異常事態でありながらも観客の不自然な盛り上がり。これらの状況から既にアリーナのシステムが乗っ取られ、観客の中に扇動している人間がいると見抜くには十分。

多少の暴動や煽る程度の輩であれば潜んでいる暗部で対処出来るが、大多数の来客を動かしている以上はかなりの数の扇動者が紛れ込んでいると想定出来る。

 

(幸いなのはシステムが全て奪われた訳じゃないって事ね)

 

掲示板や照明器具等、比較的セキュリティの薄い部分は乗っ取られていると見るべきだが、外壁と試合会場の内側と二重で覆っているシールドバリアが生きている事からも最悪の事態には至っていない。

それならば、と一度大きく瞬きをして楯無は眼前の敵を見据える。

 

「さぁ、エキシビションと洒落込もうぜ!」

 

声を上げるオータムを見据える楯無の視線に冷たい光が宿る。

 

「出来るかしら? 私は学生達の長にして最強、故に、そのように振舞うだけよ」

 

静かに、優雅に、気品溢れた佇まい。その姿は優しい生徒会長でも人をからかうのが好きな更識 楯無でもない。

学園の敵を打ち倒す最強の称号を持つ者。頂点に立つ存在として彼女は宣言する。

 

「私は強いわよ」

 

 

 

霧と風が激突を始めた頃、アリーナを飛び出した一夏は校舎を目指し走り出していた。

まず一夏が考えたのは千冬を頼る事だったが、楯無は専用機持ちと合流しろと言っていたのだから、この場合は千冬を指していない。

つまり即戦力となる人物を目指せと言われたのだと理解していた。千冬であれば条件さえ合えば生身でもISと戦えるがこの場合は選択肢として除外すべきだろう。

目指すべき場所として最も相応しいのは知人が多く、専用機持ちが自分以外にも在籍している一組の教室だ。ならば次に考えるべきは目的地に通じるルートだ。

広い敷地を持つIS学園にアリーナは幾つかあるが必ずしも校舎と隣接し廊下続きと言う訳ではない。シンデレラ4の会場となっていたアリーナから校舎を目指すルートは大きく分けて二つ。

一つは外回りルート、学園敷地内の公道を抜ける一般的な道筋。もう一つは機材運搬に用いられる地下道を通るルートだ。

通常は地下道は閉鎖されており生徒は立ち入れないが、今日は生徒会が裏道として利用していた為、扉が開いている事を一夏は知っていた。

速さだけを求めるなら外回りを飛んでいくのが一番であり、非常時故にISの展開も許されるだろう。

しかし、既に実戦と呼んで差し支えない戦闘を経験した一夏はIS最大のメリットである空を飛ぶ行為こそが最も目立つのだと分かっていた。

爆破から始まった一連の流れが何者かによる敵対公道であるならば、目立つ行為は避けるべきだ。それが分かる程には一夏も成長している。

だからこそ、選んだルートは地下道。幅を取るISを解除し全速力であらゆる機材が乱雑している狭い道を突き抜ける。

が、この時既に一夏は愚か楯無でさえ想定していないレベルで事態は深刻な状況に陥っていた。

非常時に備え一夏に張り付いていた暗部は二人。その二人は既に一夏の側を離れている。

アリーナを飛び出した一夏に対し亡国企業は既に攻撃を仕掛けており、一夏を守る為に暗部の二人は迎撃に出たからだ。

当然ながら一夏はその事実に気づいていないが、二人の暗部がいなければ一夏はアリーナを出た段階で捕まっていたかもしれない。

爆薬を使ったボヤ騒ぎ、地下データベースへの侵入、アリーナへの白煙とオータムの出現、アリーナの観客に対する扇動、一夏に対する攻撃、これだけの大人数を使った人海戦術は流石の楯無も予測出来ていなかった。

それでも悪意の牙は未だ止まらず、標的に届こうとしていた。

 

「そこまでだ、止まれ」

 

走って通り抜けるだけであれば五分も掛からずに到着する距離がやけに長く感じた頃、一夏の目の前に自動小銃を手にした二人の男が現れる。

 

「っ、退けぇ!」

 

咄嗟に右腕に装着された待機状態の白式である輝くガントレットに手を添える。

一夏自身は過去に誘拐され人間の悪意に触れているが、人間が何処まで恐ろしいものかと言うのを完全に知っているわけではない。

例え相手が銃を持っていようとも白式を展開させてしまえば怖くない、銀の福音の光の弾雨やミサイル郡を剣一つで切り抜けたのだから、そう考えるのは当たり前だ。

しかし、一夏は想像してしまった。当たり前として処理出来る事を。白式を展開し、雪片弐型を振るう姿を。

ブルーティアーズ、シュヴァルツェア・レーゲン、簪が操る打鉄、銀の福音、蒼い死神、今まで戦ってきた相手は全て格上。自分より強い相手だった。

だが、今目の前にいるのは武装しているとは言え生身の人間だ。反射的に攻撃しようとしてその事実を認識、想像してしまったのだ。

勝つべき時に勝つ為に、強くなる為に、楯無より伝授されたイメージトレーニングを一夏は日夜欠かさずに続けていた。

その結果と言うべきか、元々剣道の修練で身につけた深く落ちるような集中力はイメージトレーニングと相性が良く、白式や雪片弐型を展開する速度に関して言うならば一夏は既に代表候補生達に負けないレベルに到達していた。

一夏に人を斬る覚悟があるなら、一秒と掛からずに生身の人間を斬り捨てる位は訳が無い速度を出せるのだ。

 

「っ!!」

 

出来るはずがなかった。

可能な限りのリアルを想像するイメージトレーニングを繰り返した一夏は想像の中ですら蒼い死神に勝てていない。

どこまでも現実に近い幻影を集中力によって想像する。一夏は自分自身の手で生々しく血肉を斬り裂き、骨を砕き、目の前の男達を斬る想像を思い描いてしまった。

その結果がISを展開も出来ずに呆然と立ち止まる事。男達が向ける銃口の前に飛び出していながら、何もできない現実だった。

 

「馬鹿が」

 

響いたのは鈍い打撃音。頭に強い衝撃を受け、銃身で殴られたのだと気付いた時には一夏は床に倒れ込んでいた。

 

「殺せないなら武器なんか持つもんじゃないぞ、坊主」

 

倒れた一夏を足蹴にして仰向けに転がすと胸元に機械を取り付ける。初見で何かを見分ける事は出来ないが少し大きめの通信端末と言った形状だ。

次の瞬間には一夏の全身を激しい雷がのたうち回り、激痛に声無き悲鳴を上げる事しか出来ていなかった。

 

「任務完了だ」

「残念だったな坊主、これからは"こんな物"に関わらずに生きていく事だ」

 

床に倒れ込んだまま動けない一夏は自分の中から何かが抜け出ていく感覚を覚えていた。

その事実に沈みつつあった意識が急激に覚醒する。常に自らの腕にあり、空を飛び、共に戦ってきた相棒が消えている。

否、自分を見下ろす男の手の中にソレはあった。球形をした銀色の輝きを放つISのコアが。

 

「な、何をっ!」

「ほう、動けるか」

 

ソレが白式だと気付き、殴られた衝撃と電撃の痛みで休息を求める身体を無理矢理動かし立ち上がる。

 

「返せ! 何やってんだ!」

「ふむ、どうやら自分の立場が分かっていないようだ」

「おい、殺すなよ?」

「分かっている」

 

立ち上がった一夏の顎を男の拳が捉え、脳が揺れ、全身の体重が折れるように膝から崩れ落ちる。

 

「ここでお前を殺すのは簡単だが、生憎と殺すなと言う命令だ」

「拉致して解剖と言う話もあったらしいが、今回の目的はお前ではなくコイツだけだ」

「命拾いしたな、そこで無力を噛み締めてろ」

 

辛うじて膝立ちの状態で倒れずにいた一夏の腹を男の分厚いブーツが蹴り飛ばす。

重たい衝撃が腹部に響き渡り、胃が熱くなり漏れた嗚咽と共に生暖かいものが喉を通り込み上げてくる。

二人は嗚咽を漏らす一夏に興味が失せたとばかりに視線を外し、地下道の奥へと歩みを進め始める。

時間にすれば僅か数分の出来事だった。

 

「くそ、待てよ、返せ、返せよ!!」

 

痛みのおかげか意識は保てていたものの、既に男達は一夏の視界の外だ。まだ響く腹部を抑えながらも一夏は懸命に立ち上がろうと足に力を込める。

失う訳にはいかない。姉から受け継いだ誇りとも言うべき剣を、友人と自分を繋ぐ架け橋を、未来の自分への可能性の翼を。

奪われた剣を奪い返す為に、一夏は小さな一歩を力の限り踏み出した。

 

ついに悪意は形となって襲い掛かり、学園に深い亀裂を走らせる。

しかし、翼を持つ白き騎士も、学園最強の名を持つ生徒会長も、国さえ壊す悪意の塊も。まだこの時は誰も気付けていなかった。

ルールさえも無視して地盤から引っくり返し嘲笑う、天が起こす災いの力を。




良い警備員も悪い警備員もいると言うお話。
そして一夏君ハードモード。頑張れ一夏。

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