IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第72話 逢戦士たち

IS学園が賑やかな空気に包まれている頃、日本を飛び立った一機の飛行機がある。

サイズとしては小型機に分類されるが、搭載されている設備は大型旅客機に負けておらず、ゆったりとしたスペースが客席には確保されている。

着崩した白衣から伸びた脚を組み直し、窓から辛うじて見える遠くの空で上がるカラースモークを目で追いながら、篝火 ヒカルノは小さく息を吐く。

 

「学園祭ね、何事もなければいいけど……」

 

口調では平穏を祈りながら、浮かんでいる表情は裏腹に何か起こる事を前提としたもので瞳には怪しい光が輝いている。

生憎と、その理由を追求出来る度胸を持った人間はこの飛行機に乗り合わせていない。

 

「博士、本当に宜しいのですか?」

「なぁにが?」

 

唯一、異論ではないが、口を挟めたのは隣に座るスーツ姿の青年だ。

この飛行機には操縦士と添乗員を除けば二人しか乗っておらず、ヒカルノともう一人の倉持技研の所員だけであり、事実上の倉持技研の専用機としての運用だ。

 

「博士もIS学園の内情が知りたいのではないかと思いまして」

「馬鹿ねー、私は入ろうと思えば白式とか打鉄弐式の整備とでも言えば入れるもの。まぁ、お祭りは嫌いじゃないけど……。もっと大きなお祭りの為に準備しておかないと、ねぇ?」

 

同行している所員は真横から向けられるヒカルノの視線を受けゾクリと全身が冷たくなる感覚に思わず震えそうになる拳を握り必死に抑え込む。

束のようなニチャリと崩した表情でも、千冬のように威圧感のこもった視線でもない。見る者全てを観測し見通そうとする視線はねっとりと絡み付いてくる。

かと言ってスコールのような妖艶さがあるわけでもなく、探究心や好奇心で満ち溢れている。

この所員は例に挙げた三人の何れとも直接的な関わりはないが、ヒカルノの視線が常人とは違うと背筋が凍る感覚と共に理解していた。

 

「何固くなってんのよ、別に取って食ったりしないわよ。それともナニを固くしてるの? やめてよぉ、機内で変な事するの」

「しませんよ!」

 

憤る所員から興味を失ったとばかりに視線を外したヒカルノは再び窓の外を見やる。遠くなりつつあるIS学園のカラースモークは既に視界の外であり、確認する事は出来ない。

 

「まぁ、準備はしとかないとね」

 

含みを持たせた言葉と共に額に掛けていたアイマスクを下ろし視界をシャットダウン。

 

「んじゃ、私は寝るから」

 

誰の返事を待つでもなく、ヒカルノは抵抗なく意識を手放した。

 

 

 

 

IS学園、学園祭の正面ゲートに現れた野球帽の女性を視認した千冬は大きく目を見開き素早く周囲を見渡す。

誰にも見られていない事を確認して女性の腕と口を押さえ込み、近くのプレハブ小屋へ自分諸共雪崩込む。

 

「やん、ちーちゃんってば強引っ!」

 

備品の保管用であるプレハブ小屋に文字通り女性を放り込んだ千冬は怒鳴りたい衝動を懸命に抑え、小声で声を張り上げる器用な真似をしてみせる。

 

「たっ、お前、何をしてるんだ! 自分の立場を分かっているのか!?」

 

辛うじて女性、つまり束と言う名を飲み込んだ千冬を褒め称える声は残念ながら聞こえてこない。

 

「何って、遊びに来たんだよ」

 

普段から厳しいと言うより怒り顔がデフォルトになりつつある千冬の額に青筋が浮かぶ。千冬の名誉の為に補足しておくが、彼女の怒りの沸点が決して低い訳ではない。

立場上、学園の上層部や国際IS委員会、学生達や同僚の教師達と上から下から突き上げられる立場の千冬はここ最近起こった出来事の連鎖で胃薬が手放せない日々が続いている。

その中で千冬は束を信じ庇ってきたにも関わらず、いざ本人を目の前にしてみればそれを踏みにじられているような気分になるのも無理はない。

 

「って言うのは冗談で」

 

鈍い音と衝撃が束の脳内を幾重にも反芻する。

 

「殴るぞ」

「ぶ、ぶってから言った!」

 

頭上に落とされた拳骨の痛みに束が蹲り、見上げる瞳には大粒の涙が溜まっているが見下ろす千冬の視線に憐れみや同情は篭っていない。

それどころかプレハブの外に人がいないか気配のアンテナを張り巡らせて細心の注意を払いながら、現状をどうすべきか必死に考えていた。これもまた千冬が胃薬を手放せない理由になっているとは本人さえも気づいていない。

 

「そんなに気にしなくても大丈夫だよ、見つかるヘマはしてないから」

 

野球帽を脱ぎ、無理矢理詰め込んでいた髪が流れ落ちると「いたた」と殴られた頭を撫でる束は涙を拭い、屈託なく笑ってみせる。

 

「久しぶりだね、ちーちゃん」

 

銀の福音の時は通信での連絡であり直接顔は合わせず、ミサイル襲撃時は存在を匂わせただけ。二人が直接顔を合わせるのは白式の応急措置にブルーを伴い無許可でIS学園に現れたあの夜以来だ。

 

「……あぁ、そうだな」

 

最早観念と言う言葉しか頭に浮かばなかった千冬は諦めたように呟き、改めて目の前の束を見詰め直す。

向けられた視線に「うん?」と小首を傾げるものの、そこに居るのは間違いなく各国が渇望し、探し求め、間近に迫る事があっても煙のように消えてしまう人物。世界中に求められ、疎ましく思われながらも、今の時代を作り、姿がなくとも多大な影響を与える天災。

手の届く所に篠ノ之 束が居る。IS関連の様々な人材が集まっている今日と言う日に姿を見せていいはずがない。

それは束とて分かっているはずだ。悪い意味で使われる事の多い天災と言う二つ名ではあるが、良い意味、規格外で賢いと言う意味でも天災なのだから。

 

「それで、一体何をしに来た?」

 

一度諦めてしまい頭を切り替えれば千冬は即座に今なすべき事を考え始めている。

必要とあらば束を確保するのは当然であるが、可能な限り友人として協力するつもりである事は言うまでもない。

最も、改めて聞くまでもなく千冬にはある程度、束が姿を見せた理由の推測は出来ている。その予想が外れて欲しいと思っていても想定はしておかねばならない事だ。

 

「ねぇ、ちーちゃん。前に言った事、覚えてる?」

 

笑は消さないままに真っ直ぐと見つめ返し告げられる束の言葉に千冬は頷きを返す。

世界に悪意が満ちている。ブルーが白式の翼を砕き、白式の修理に束が現れたあの夜に告げられた台詞。

まるでその警告が始まりであったかのように銀の福音の暴走、ミサイル事件とが連続で起こっている。

時間軸こそ前後するがサイレント・ゼフィルスの強奪やデュノア社襲撃、中国の甲龍強奪と悪意に意志があるならば、大きなうねりを感じずにはいられない程連鎖的にだ。

 

「この学園祭でも何か起こると言うのか?」

「さぁ?」

 

直球とも取れる千冬の言葉に束は首を傾げる。それは秘匿を意味しているのではなく、分からないと告げている。

一夏への攻撃などブルーディスティニーの存在を容認は出来ないが、一旦は度外視して束とブルーを敵ではないと仮定するなら、果たして敵とは誰なのか。

IS学園の防衛システムが正常に稼働している現状、代表候補生を筆頭に警備も増員されている状況であっても再びミサイル襲撃でもあろうものなら、どのような惨劇になるか想像は難しくない。

 

「……束、お前が何をしようとしているのか私には分からん。だが、私ではお前の力になれないのか?」

 

かつて白騎士として本意ではないにしても世界を変えたテロとも取れる行為に加担した千冬には束を見届ける義務があり、それが千冬自身の願いであり、意志でもある。

今の束は千冬を助けてこそくれるが、腹を割って話をしてくれているとは言い難い。

 

「ちーちゃんは優しいね」

 

真っ直ぐにお互いの瞳に互いの顔を映しながら二人は視線を外さない。肯定でも否定でもない言葉を持って束は千冬の言葉を打ち切る。

もし、ユウと出会わなければ、あの日ジェガンが落ちてこなければ、仮定は意味を成さないと知りながらも分岐していた可能性を束は考えずにいられなかった。

箒と再び向き合えたように、千冬の優しさに全てを委ねることが出来ればどれだけ素晴しいか。しかし、その選択肢を今は選べない。

 

「でも、今はまだダメ」

 

束は束、千冬は千冬。今はまだ道を一つにするべき時ではない。

その理由を推し量る事は出来ないが、屈託のない笑顔を向けられて千冬はこれ以上何も言う事が出来なかった。

少なくとも束は歩み寄る姿勢を見せている。あの天災が「今は」と注釈をつけたのだ。必ず一緒になる時が来ると予感するには十分だ。

 

「全く、手の掛かる親友だな」

「手の掛かる子程可愛いって意味かな? やー、束さん照れちゃうな!」

「調子に乗るなよ?」

 

千冬が手を広げアイアンクローの姿勢を見せただけで束は身を固くし後ろがないプレハブ小屋であると気づき顔を青くする。

 

「……所で束、お前一人か?」

 

指の関節を鳴らしていた千冬が問い掛ける。

 

「まっさかー。最初にちーちゃんが言ったじゃないか、私は自分の立場を分かってるよ。護衛もつけずにうろつくわけないよ。まぁ、自分の身を守る術は持ってるけどさ」

 

束の言葉に千冬は息を呑む。

予想はしていたが、やはり居るのだ。敵ではないと理解していながらも、死神と呼ばれるブルーディスティニーが近くに。

 

「うん? あぁ、ブルーなら来てないよ?」

「なに?」

 

が、即座に千冬の考えが否定される。

 

「箒ちゃんが来てる」

 

思わず「はぁ!?」と声を荒らげた瞬間の千冬の顔は恐らくIS学園で生活する上で見ることの叶わない表情だ。家族である一夏ですら大きく口を開いた千冬を見た事がないかもしれない。

無理もない、搭乗者の素性も含め全てが謎に包まれているブルーディスティニーならば護衛として行動を共にしていると理解出来るが、箒となれば話は別だ。

 

「保護プログラムの影響下にあったと言っても、箒の顔を知っている者もいるんだぞ!?」

 

特に今日は保護プログラムに関わった政府側の人間も学園に足を運んでいる。

箒が発見、確保でもされようものなら芋づる式に束に辿り着くだろう。最悪の場合は一夏や千冬にまで調査の手が及ぶ可能性もある。

 

「ちーちゃんは心配性だね、大丈夫! 変装は完璧、いざとなったら紅椿で逃げるしね!」

 

現状、IS学園の専用機を持ってして紅椿に辛うじて迫れるとすればストライクガンナーを装着したブルーティアーズくらいなもの。二、三年生の中にも数は少ないが専用機もあるが、純粋に逃げに徹するのであれば紅椿の速度に追いつくのは至難だろう。

 

「ぶいぶい!」

 

唯一の第四世代を誇る束が両手でブイサインを作る様子に千冬は溜息を零すしかなかった。

 

本音を言えば箒はともかくブルーの搭乗者につい千冬は束を締め上げてでも問い詰めたい所なのだ。

何しろ他人に全く興味を示さない束が引き連れている。それだけでも驚嘆に値するにも関わらずとんでもない実力者だ。気にならないはずがない。

ISの短い歴史の中で、千冬に迫る実力者は確かに居るがその何れとも合致せず、経験に裏付けされた搭乗者がいると千冬は結論づけているのだが、それ以上は何も分かっていない。

 

「束……」

「あっと、ブルーについては黙秘を貫くよ」

 

答えが返ってくるとは最初から思っていないが、思わず口にしていた言葉を真っ向から否定され千冬の視線が一瞬ではあるがたじろぐ。

束と千冬を昔から知る者であればその力関係は言うまでもなく千冬が上なのだ。

単純な知力なら束に勝てる人間がいるかどうかすら怪しいが、この二人が並んだ場合であれば束が何を画策していようが、千冬が問い詰めれば束は白状する。

ISが表舞台に現れ、篠ノ之家を守る為に姿を消した束ではあるが、千冬の前からも姿を消した理由はその力関係故だ。

だが、今は違う。二人共大人になりそれぞれの立場がある。正面から千冬に問い詰められようが束がユウについて何かを語る事はない。

 

「ごめんね、ちーちゃん。でも、いつか必ず話すよ」

「約束だぞ」

「うん、約束」

 

プレハブ小屋の中で交わされる言葉は今はまだ分からない未来への約束ではあるが、二人はその約束が果たされる時は近いだろうと感じ取っていた。

束の間ではあるが、確かに二人は世間の荒波から離れ、親友同士として会話出来ていたのだから。

 

 

 

 

「わ、わ! 見て下さい、箒さま! 風船で犬を作っていますよ! あっちは良い匂いがします、タコ焼きって何ですか?」

「分かった、分かったから余り引っ張るな、それから名前を呼ぶな!」

 

千冬と束が密会を果たしている頃、学園祭の舞台となる学園の校舎を動き回っている二人の姿。

先導するのは束の趣味かフリルがあしらわれたワンピース姿に黒髪のウィッグをつけた、くーである。手を引っ張られているのはIS学園の制服に身を包んだ箒だ。

何故か頭にはメカ状のウサミミがついているが、初めて袖を通したはずのIS学園の制服が全く違和感なく溶け込んでいる。

当初、束の護衛として同行するには知名度的に箒では危険ではないかと箒自身も思っていたのだが、木を隠すのは森の中と言う事か、いざ入り込んでみると驚く程周囲は彼女に気づかない。

IS学園の制服は着慣れていない者が着ればコスプレと言われても良い位に派手な作りだが、箒は初めから自分の為にデザインされていたのかと言う程に着こなしていた。

保護プログラムで公式としての箒の情報は隠されているが、一度は誘拐を企てたシャルロットのように、完全に秘匿と言う訳ではない。

学園祭の出し物として生徒の中にはコスプレ紛いの格好をしている者もいるが、大半の生徒は制服姿のままだ。そこに黒髪の補正が加わった くーが混ざれば親戚の子か妹が遊びに来た在校生と見て取れた。

外来から来ている人間に声を掛けられたとしても くーが一緒であれば子供の世話と称して逃げ出しても違和感は少ない。

それでも危険性がないわけではない。何せ銀の福音の時とミサイル襲撃の時、IS学園の生徒や教師と少なくとも二度は箒は接点を持っているのだ。

箒の顔を知っている者に見つかってもおかしくはないのだが、今の所は巧みに逃げ通せている。それを可能にしているのが束お手製のウサミミの形状をしたセンサーだ。

センサー範囲は半径百メートル程度であるが、付近にISがあれば反応するように出来ている。それは待機状態であっても同じであり専用機持ちと鉢合わせる可能性が限りなく少なくなっている。

そうなれば厄介なのは教師や箒を知る政府側の人間であるが、動き回る生徒一人に注意深く着目する人間が今日のような日に多いはずがなかった。

最も、護衛として来ているはずが、何から何まで初めて見るもの尽くしである場所に くーのテンションが上がってしまいそれどころではないのが現状だ。

 

「箒さま、きんつばって何ですか?」

「和菓子の一つで…… って、待て、この教室は避けよう」

「え? あ、そうでした。ごめんなさい」

「気にするな」

 

くーの手を引いた箒が方向を変えると同時にメカウサミミがぴくんと反応を示す。

 

「まずいな、移動するぞ」

「はい」

 

ウサミミセンサーが反応を示したと言う事は専用機を持った人間が近くにいると言う事だ。ある程度の方向までは探知出来るが、上下左右に入り組んだ学園の構造からすれば油断は出来ない。

更にセンサーでは専用機を探知出来ても誰かまでは特定出来ない。箒の顔を知らない者であるなら見つかっても素通り出来る。

しかしながら、今日の箒は極めて運が悪いと言わざる得なかった。すぐ近くの階段を上り、階層を変えて移動を開始した矢先、再びウサミミが反応を示す。

 

「……しまった」

 

これは箒のミスと言うよりは、くーの好奇心まで読み切れなかった束を含めた全員の落ち度とも言える。ただし、これは人間らしさを取り戻している くーに対しては褒めるべきか責めるべきか判断に迷う所だ。

何よりタイミングが悪かったと言うべきだろう。迂闊に校舎内を闊歩した結果、ウサミミのセンサーは既に前後から完全な挟み撃ちで専用機持ちが迫っていると指し示していた。

勿論、相手側は箒に気づいておらず完全な偶然の結果であるが、箒に取って最悪の偶然だ。

 

「止むを得ん、知り合いではないと祈るしかないか」

 

その願いが無情な結果を突きつけるのは致し方ない。

 

「……うそ」

「な、何故貴方がここに」

 

後ろから姿を見せたのは大正浪漫風の和服に身を包んだ欧州人の二人。シャルロットとセシリア。何れも箒と面識があり、出会いたくなかった存在だ。

逆に前方にある反応からは誰か特定出来ていない。狭い廊下である事を考えれば学園の違う箒の知らない専用機持ちかISを所持した警備の人間であると考えるのが妥当だろう。

ならばと「あわわ」と混乱しそうになっている くーを小脇に抱え上げた箒の取るべき手段は一つだけ。今日と言う日であれば制服姿で多少走っても怒られはすまいと全力ダッシュに入る。

 

「ま、待って!」

 

咄嗟にシャルロットが追いかけようとするが、普段のスカートを短くした改造制服とは違い裾の長い和服では簡単にはいかずに足がもつれて膝から崩れ落ちるように廊下に倒れ込む。

隣のセシリアはシャルロットに手を貸しながらも小首を傾げ、追いかけるのではなく思案する体勢に入っている。

 

「……どうして篠ノ之さんがコチラに、何かあるんですの?」

「いてて、ありがとうセシリア。でも、困ったね。どうしよっか、放っておくわけにもいかないよね?」

 

転んだ際にぶつけた膝を抑えて立ち上がったシャルロットもセシリアに習い追うのではなく現状の整理に頭を捻る。

 

 

 

 

アリーナで鬼ごっこ、もとい演劇であるシンデレラ4に取り組んでいた一夏は束の間の休憩の時間を割り当てられていた。

学園祭開始早々から始まったシンデレラ4ではあるが、一回のゲーム時間が十分と短く、間に数分のインターバルを挟んでも客を退屈させない為に連戦が義務付けられる。

己の身がある意味で担保となっている一夏からすれば常に全力であり、当然ながら消耗する体力も半端ではなかった。現在の所、最初に簪一人に商品を持って行かれたが、それ以降は辛うじて逃げ切っている。

そんな一夏を不憫に思ったのか、予定より少し早いが楯無は一夏に休憩の時間を与え、三十分だけ自由にしていいとアリーナから出てきた所だった。

アリーナでは楯無が適当に知り合いを見繕い強引に模擬戦を行わせ、観客を飽きさせないよう工夫はされている。

元々一夏をアリーナに止め、一夏目的の人間の視線を一箇所に集めるのが目的だ。例え短い時間であっても一人にさせるわけにはいかない。

 

「あのさ、これ自由時間って言って良いの?」

「何だ、私達と一緒では不満か?」

「……私は不満だけど」

 

一夏と共に行動しているのは簪とラウラだ。更に遠目からは三人に気づかれないよう更識の人間が常に一夏を視界に収めている。専用機と暗部の組み合わせ警護となれば一国の首相並かそれ以上に厳重と言っても良いだろう。

 

「所で簪、分かっていると思うが」

「分かってる、何か奢るし、後でチケットは分けてあげる」

「全く、最後の最後で裏切りおって」

「……ごめん、本音がどうしてもって言うから、つい」

「いや、油断していた私も悪いからな」

 

シンデレラ4の初戦においてティナが開始直後に裏切ると言うハプニングもあったが残り時間を使いラウラと簪は巧妙に一夏を追い詰めた。

が、最後の最後、一夏を捕まえる瞬間に簪が反転、ラウラを撃ち、一人勝ちをもぎ取っていた。仲の良い友人同士であれば最終的に商品を分け合う事も出来るが、下手をすれば友情の崩壊を招きかねない。心理戦の末とも言えるが、ルールそのものが年頃の娘には極悪だ。

一夏の少し後ろで雑談に華を咲かせている二人ではあるが、楯無から経緯を聞き一夏の護衛として同行をしておりその重要性は十分に理解している。

故に、話をしながらも常に周囲に気を張り巡らせており、曲がり角の一つにさえも油断はしていないのだが、一夏の特異性を考えれば視線が集まつのは当たり前で、すれ違う人の群れの中から大多数の視線が一夏に向けられている。

その一つ一つに注意出来るわけもなく、視線に敏感な暗部も向けられる視線の相手が何もしてこないのであれば素通りを容認する。

 

「ん?」

 

数多の視線の中から気がついたのを全くの偶然と言い切って良いものかどうか。ふと、一夏が振り返った先、一人の男と視線が交わる。時間にすれば一秒未満、どちらかでもなく視線を外し男は雑踏の中に姿を消す。

 

「織斑?」

「いや、何でもない」

 

ラウラの声に被りを振って一夏は再び歩き出す。それは本人達は意図していないが異なる物語の主人公が生身で出逢った瞬間だった。

 

「……目標を確認した」

 

束は千冬にブルーは来ていないと告げたが、搭乗者が来ていないとは言っていない。

哀戦士達は異なる道を歩みながらも、着実に道は重なりつつあった。




視点が複数に分かれているのに殆ど進展していない。
束と千冬がちゃんと友達同士なんだなって、感じにしてあげたかった。なっていればいいな。
そして、優しいお姉さんに囲まれてすくすく育っている くーちゃんは今日も元気です。

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