IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第70話 TOMORROW

束や亡国機業が暗躍しようが一夏が新しい一歩を踏み出そうが学園祭に向けて加速したIS学園の空気は変わらず、巻き込まれる未来を予感しながらも少女達は再び学園での生活を選んだ。

逃げる道を選ばずIS学園に通う以上、これからは当事者であり傍観者として楽観視出来ない立場だ。他ならぬ彼女達自身がその手で選んだのであり、投げられた賽を元に戻す事は出来ないのだから。

 

ティナ・ハミルトンの場合。

問題児の集まりとも精鋭とも取れる今年のIS学園一年生において、一夏と言う特殊な存在や代表候補生達の影響で霞んではいるが、大国アメリカにおいて代表候補生に最も近いと称される人物は一年二組のクラス代表。

射撃の腕前と若さを見込まれ米軍所属の量産機にして精鋭機であるシルバーシリーズの搭乗者に選ばれた有望株である彼女は現在、寮の自室で脱力仕切っていた。

 

「鈴ってば何してんのー? 織斑君のとこいかなくていいのー?」

 

ティナの声が若干上ずった感じになっているのはベッドに仰向けに寝転びだらしなく両手両足を投げ出した体勢で枠外に頭だけを出しているからだ。

半ば血が上り始めている頭ではあるが、口の中ではイカの燻製を咀嚼中と無駄に器用にして自堕落の極みの格好だ。

対して声を掛けられた鈴音は寮に備え付けの端末で愛機、甲龍の調整を行っている。

ミサイル迎撃以降は目立った戦闘こそないものの、新しく攻撃特化のパッケージが加わり武装が追加され細かい手動の調整が増えたからだ。

補足しておくと、学園祭における二組の出し物は早々に決まり、順当に準備は進んでいる。直前の時期になって慌てる羽目には陥っていないと言っておこう。

 

「一夏は剣道部員達と打ち合ってるわよ」

「鈴はいかないの?」

「棒術は出来るんだけどねぇ。剣の間合いで打ち合うなら剣道部のメンバーに任せるのが適任でしょ。先輩含めて協力的だし」

「棒術は出来るんだ」

「一通りは叩き込まれたの」

「功夫?」

「みたいなもんよ」

 

中国で代表候補生に至る過程である程度の体術は必須とされ鈴音は十分に修練を積んでいると言えるのだが、更に夏休みに帰省した際に老師と呼ばれるISに強い影響力を持つ人物の側近に鍛え上げられていた。

ただでさえ専用機持ちはその特性から自分の身を守る最低限の実力が必要とされるが、夏を越えた鈴音の戦闘力は一段と上昇している。

徒手空拳、生身に限定してしまえば、ラウラや簪が一年生の中では群を抜いているものの、続くとすれば間違いなく鈴音だろう。生まれや家柄を抜きにすれば快挙と言っていいに違いない。

実際問題正面から一夏と剣で打ち合ったとしてもそうそう引けを取るものではない鈴音だが、剣に関しては専門家に分があると理解してるからこそ一歩引いている。

 

「鈴ちゃんマジ健気」

「何よそのキャラ、やめてくんない? どっちにしたって私にはこの子(甲龍)の世話もあるし、専用機持ちは大変なのよ……って、あんたシルバーシリーズの話はどうなったのよ?」

 

と、ここで思い出したと声を強めた鈴音が端末に向かっていた身体を椅子ごと反転させティナに向き直る。

視界に飛び込んでくる怠け切った同室の友人の痴態を今更気にする鈴音ではない。

 

「企業秘密、と言いたい所だけど、細かい内容は別だけど基本的には禁則されてないんだよねー。よっこらせっと」

 

腹筋の力で半身を起こしたティナも鈴音に向き直る。当然のように口元からイカがはみ出しているが残念ながらツッコミは不在だ。

 

「シルバーシリーズ五番機、通称シルバーファイブのテストパイロットとはこの私の事だ。恐れ入ったか」

 

胸を張るティナだが、その二秒後には自らの言葉に撃沈され頭を垂れる。

 

「でも、軍属なので持ち歩きは許可されていません」

「それは、まぁ、仕方がないとはいえご愁傷様」

「データ取りが目的で選ばれてるしね。使う為には必要に応じて色んな許可やら何やら帰国して行う必要がありますです。はい」

 

自分で言って少々物悲しくなったのか、効果音にするなら「およよ」と言った感じで涙を浮かべたティナがベッドに項垂れる。

専用機に思いを馳せる気持ちは鈴音とて分からなくもないが、考えても見れば機体が完全な軍属で、前科とも呼べる特殊な業を背負った機体なのだから当然とも言える。

シルバーシリーズ筆頭とも言うべきシルバーワン、即ち銀の福音が一度暴走している事件は鈴音にしても忘れられるものではない。それも真相は開発当初からのスタッフの手によってだ。

再三の精密検査の末で問題ないとされていても、いわくつきの機体を生徒に預けて学園に通わせる危険以外何者でもない選択肢が許可されるはずがない。

最も、持ち歩きが出来ず、データ取りが目的とは言え、テストパイロットであればそれはほぼ事実上専任であり、専用機と言って間違いではない。今後はともかく、現段階でシルバーファイブの搭乗者はティナしかいないのだ。

 

「機体情報…… は流石に聞けないとして、どんな感じか聞いてもいい?」

「うーん、一言で言うとね。すっごい」

「は?」

「私はラファール・リヴァイヴ位しか他に乗った経験ないけどさ、加速も最高速度も重力制御も、正直びっくりする位に凄い。これが専用機の世界なのかーって思ったね」

「いや、それは多分シルバーだからでしょ」

 

専用機と言っても一朝一夕で自分の手足になるものではない。コアとの相性も踏まえ時間を掛けて馴らした上で専用機は専用機になりうるのだ。

最初から搭乗者が決まった状態で組まれた機体は別として、後から専用機になった機体が最初から馴染むはずがない。

ティナが最初から違和感なく専用機としての性能を実感出来たのであれば、それはシルバーシリーズが最初からハイスペックを前提にした上で成り立っている機体であるからだ。

高機動、広範囲攻撃を可能とした迎撃も侵攻も可能な精鋭機にして軍属の量産機。明らかにコンセプトからして異質なのだ。

軍属でありながら広告塔、この二つを併せ持つからこそ鈴音が聞くのを止めた機体スペックのような重要な部分でなければティナも口止めをされていないのだ。手元にないとは言え、これも一つの専用機持ちの形と言えよう。

 

「違和感とかは?」

「私が乗る限りでは素直な子だったよ。飛ぶのが大好きーってのが全身に伝わる感じ」

「そう、一先ずは安全そうで安心しておくわ。また同じような事件は正直ごめんだもの」

「お? 私の心配してくれてるの? 鈴ちゃんってばマジ天使」

「だからそれやめなさいってば」

 

軽口こそ叩いているが、この質問の本質とも言える意味をティナは良く理解している。

以前暴走した銀の福音、その二の舞に友人が陥る事を危惧している。万一ティナが搭乗しているシルバーが暴走しようものなら、友人として、代表候補生として引き金を引き絞る最悪を想像しないわけにはいかなかったのだ。

一度とは言え大国が出し抜かれた結果とも言うべき、銀の福音の暴走と言う事件は決して繰り返してはいけない。それだけの意味を持つのだ。

 

「私の口から安全面についてどうこうは言えないけどさ、アメリカは馬鹿じゃないよ。細心の注意は払ってる。これで二度目の暴走事件が起こるようなら誰にも止められないって事だよ」

「まぁ、それもそうね」

「それより、そっちこそ大変だったんじゃない? 鈴の機体が無事で良かったよね」

「それはそうなんだけど……」

「うん?」

 

夏休みの間に大きな動きがあったのはアメリカと同じく大国とされる中国もだ。

シルバーシリーズの開発再開が希望とするなら、真逆、中国側としては最悪とも呼べる事件だ。

鈴音が帰国している真っ只中、彼女の愛機である甲龍一号機は無事であったが、夏休み期間に中国の保有している量産機、甲龍シリーズが五機、巧妙な手口によって盗み出されている。

事件自体は公表されているが、デュノア社のラファール・リヴァイヴ強奪事件同様に解決の糸口は掴めていない。

鈴音が言い淀んだのは、悪いニュースとも言える甲龍強奪事件に対する身内の対応についてだ。

 

「うちの上司が甲龍戦隊の担当も兼ねてるんだけど」

「責任問題で失脚しちゃった?」

「いや、そうじゃなくてね。何か、もぬけの殻になった倉庫を見て今まで見たことない綺麗な表情で「上等じゃない」って笑ってたのよ」

「……うわぁ」

 

中国と言う人材の宝庫である大国において代表候補生の上司を努め、第三世代型量産機の雛形になる可能性を秘めた甲龍を管轄に収めている人物となれば只者ではないと言うまでもなく想像出来る。

そんな人物がティナは直接的に知らなくとも鈴音が顔を引きつらせていると考えれば、どういう意味を含んでいるかは想像に難しくないだろう。

 

ティナと鈴音、互いに切磋琢磨する間柄に違いはないが、シルバーシリーズと甲龍戦隊、共に次の世代の量産機の形を担う存在だ。

世界的にも肩を並べる二大シリーズが世界的な汚点を抱えている現状、その搭乗者が同室で生活していると言うのは奇妙な縁を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

布仏 本音の場合。

布仏 本音と姉の虚は更識に使える一族、布仏家の二人は主人である楯無と簪に付き従っている立場であり、他の生徒とは少々事情が異なる。

虚は楯無と本音は簪と付き人であり友人の立場だ。護衛としての役目も担ってはいるが、腕前を考えれば更識姉妹に必要だとは当人達も思っていない。

言ってみれば布仏は更識が自由に使える身近な人員だ。主人がIS学園に通う以上は自分達も在籍するのが当然であり、公務と言って差し支えない。

最も、現当主である楯無も、その妹である簪も布仏を使用人としては見ておらず、対等な立場の友人として接しており更識家もそれを黙認するほどには良好な関係が築けている。

可能性は限りなく低いが布仏姉妹がIS学園に通いたくないと進言すれば恐らく更識は止めないだろう。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

「うん?」

「おりむー、大丈夫かなぁ?」

「学園祭の話?」

「そう、流石にあれはぁ、厳しいんじゃないかなって」

「確かに激務と言えるでしょうけど、織斑君の立場を考えれば必要な措置とも言えるわ」

 

現在は生徒会室で姉妹が二人、学園祭に向けて資料整理の真っ只中。

二人共自クラスの出し物の手伝いもあるが、生徒会主催で行われる催し物が少々厄介なものであると自覚している為、生徒会側の手伝いを優先している。

演劇と銘打ってはいるが一夏が絶句する催し物の詳しい内容は当日まで生徒達に通達はされず、一夏にも口止めがなされている。

生徒会と更識、ある意味で教師以上の権力を有するバックを持つ二人ではあるが、簪の付き人としての立場を持つ本音が一組に在籍しているのには実は理由がある。

本来はクラスを決める場合は戦力的な配分に実力者を分け平均化が図られるのだが、今年は欧州連合と軍属者の兼ね合いから一組に特化して戦力とも呼べる人間が偏ってしまっている。

布仏姉妹自身は主人と違いISの操縦技術も肉体的な戦闘力も高くはないが、裏方に徹した際の能力の非凡さはミサイル迎撃時の手腕からも見て取れる。

そんな影の実力者とも言うべき本音が本来の相棒である簪のいる四組ではなく一組にいるのは堂々と一夏を見張る事が出来るからだ。

クラスの人員を多少左右させる程度は彼女達のバックにいる勢力を考えれば片手間にもならないだろうが、簪と本音を同じクラスにするよりも一夏を見張る事が優先すべきと判断されていた。

世界初の男性IS搭乗者に対する監視とも取れる見方ではあるが、これは生徒会長としての権限や更識としての権力を使ってでも捨てきれなかったのだ。

もし女だらけの学園に害悪を及ぼすような男であれば早々に退場頂く必要さえあったのだが、結果として一夏は前向きな努力を怠らない評価できる人間だった。

簪の感情を抜きにして楯無個人の見解で言えば女尊男卑の時代の中で筋の通った好ましい人材と言って良い。

故に、生徒達の代表である生徒会として、生徒達の長である生徒会長として、一夏に助力するのだ。

一夏の意志は一旦置いておくとして、学園祭もその一環だ。勿論、そこに楯無の思惑と都合、人を手玉に取る趣味的な意味合いが無いとは言い切れないのが悲しい所か。

 

「本音だって分かっているでしょう、卒業まで見据えた織斑君の立場、学園に及ぼす影響を考えれば学園祭のイベントは必要だって」

「分かってるよ~ おりむーにも学園にも必要なことだって言うのは~」

 

元々は打算で一組に組み込まれた本音であっても、セシリアとの戦いから常に一夏の戦いを見てきている。

戦う相手は全て格上でありながらも懸命に正面から挑み続けている姿を見れば恋心はなくとも応援したくなる気持ちは芽生えて来る。だからこれは純粋な同情だ。

 

「でもでも~ これはおりむーが可哀想かなって」

「まぁ、確かにそれは全面的に同意するけどね。どう転んでも織斑君が貧乏くじを引くのは分かってるんだもの」

「かいちょーも酷い事考えたよねぇ」

「会長だもの」

「なっとく~」

 

現状で生徒会主催の催し物は極秘で公表されていないが、一夏にとって乗り越えるべき壁に違いはない。

 

「……本音、いる?」

 

不意に響いたのはこれ以上ない程の控えめなノックの音と廊下から聞こえる消え入りそうな声。

その主を容易に想像出来た二人は思わず視線を合わせ反応が数秒遅れてしまっていた。

 

「ほいほーい」

 

本音の返事に僅かに開いた扉から顔を覗かせたのは二人が見間違うはずのない水色の髪の少女。簪の登場に嬉々として破顔した本音が部屋の中に強引に迎え入れる。

 

「いらっしゃいませ、簪お嬢様。御用でしたら呼び出して頂いて構いませんのに」

「う、虚さん、お嬢様は、や、止めて下さい」

「失礼しました」

「あ、あのね、本音にちょっと、手伝って欲しい事があって、打鉄弐式の事なんだけど……」

「がってんだ~ と言う事でちょっと行ってくるね、お姉ちゃん」

 

完全にではないが楯無と和解の姿勢を見せている簪は以前に比べ前向きにコミュニケーションが取れるように変化してきている。

昔からの付き合いのある身としては簪の性格は内向的ではあるが決して根暗ではないと知っているが、姉との確執を乗り越えようとしている現状を喜ばしいものとして見守っている。

だからこそ、本音は姉から否定的な返事が返ってくるはずがないと断定しており、案の定と言うべきか虚は苦笑こそ浮かべるが何も言わずに生徒会室を後にする二人を見送った。

本音が担当していた書類整理が半数以上残っていようとも、黙って引き継ぐのが姉としての役割だと自分に言い聞かせてだ。

 

 

 

 

篠ノ之 箒の場合。

YOU LOSE。視界を覆うように赤字で表示されたシミュレーターの結果に箒は音が鳴る程に奥歯を噛み締める。

行われた仮想戦闘は銀の福音と戦った時に近い大海原での一対一での訓練。自機に使われているデータは日本原産、第二世代型量産機打鉄。

敵機はスペック上では同じく第二世代であるが規格外の代名詞、蒼い死神ことブルーディスティニー。

一度落ちたシステムを再起動、コンティニューの意思表示を行い対戦相手であるユウが承諾するのを待つ。

 

「もう一本お願いします」

「了解した」

 

大型の筐体であるシミュレーターマシンは実際のISと変わらない擬似ISとも呼べるパワードスーツで全身を包み、視界から体感に至るまで全てを仮想空間で再現するものだ。

脳に直接イメージを植え付け、風の質感に重力の感じ方、浮遊感に至るまで限りなく本物に近い形で再現させる様は錯覚とは言え現実さながらだ。

シミュレーター上では互いに距離があるものの、実際には二つ並んだ筐体で作業しているのだから聞こえてくるユウの声はすぐ隣から聞こえてくるので違和感はあるが、実際に戦闘が始まってしまえばそんな事を気にしている余裕はなくなる。

 

Lady Go!!

 

何度目から分からない戦いの始まりの音を聞き大海原を眼下に大空に打鉄が飛び出す。対面にはブルーの姿が確認出来ており、マシンガンを展開し待ち受けている。

対する箒の打鉄はブレードこそ二本装備しているが遠距離武器は備え付けておらず、寄って斬る以外に戦法を持ち合わせていない。

幾度となく繰り返されたシミュレーターでの戦闘ではあるが、殆どの場合箒は近接戦闘に持ち込む前に落とされている。

先ほどもあえて海中に逃げマシンガンとバルカンの弾幕をやり過ごした上で真下からの突撃を敢行したのだが、最初から海中にいると分かっている相手であれば乱戦でもない限り歴戦の勇士であるユウに通じる戦法ではなかった。

今度は正面から活路を見出すべく攻め込んだ箒は前後左右に機体を揺らしながらブルーに向け確実に距離を詰めて行く。

飛来するマシンガンやバルカンの弾丸は直線的な軌道であり、ブレードで防ぎつつ多少の被弾を覚悟の上で突っ込めば突破が出来ないわけではないと繰り返す中で箒は学習している。

一定の距離を詰める事に箒が成功すれば迎え撃つ側のユウは防衛から攻勢に転じブルー最大火力である胸部ミサイルを発射。海の表面が燃える程の大火力が箒の眼前を焼き払う。

が、ここで箒はあえて突貫を選択。方法は瞬時加速による正面突破。

 

「うぉぉおお!!」

 

二刀を構えた鎧武者が超加速を伴って爆発炎上する空間を突っ切る。

相対するブルーの瞳は緑のままであるが、射撃の間合いを抜けられたブルーも両手に桃色のビームサーベルを展開。近接での戦闘が開始される。

YOU LOSE。その文字が次に視界を彩ったのはユウ側だった。

 

「お見事」

「いえ、流石に条件が私に有利過ぎます」

 

隣のシミュレーターから聞こえた賛辞に箒が応じる。

シミュレーターでの戦闘回数は既に百を越えており、何重と繰り返した仮想領域での戦闘ではあるが、今行っているのは基礎訓練の領域を出ていない。

何せブルーは一歩もその場から動いていないのだ。行われているのは箒の機動訓練とも呼べるもので、ブルーの張る弾幕を掻い潜り近接戦闘の間合いに持ち込む事を目的としている。

ISに乗るようになって日の浅い箒の機動と回避、射撃の間合い、直感とも言うべき戦闘経験を積む事が主目的だ。

ただ戦うだけでは一方的に組み伏せられて終わってしまう場合が多く、経験値を稼ぐ意味では特殊な条件の方が適している。

ブルーの装備も初期のマシンガンとバルカン、胸部ミサイルにビームサーベルとシールドでありジェガンから流用された装備は展開されていない。

同じように箒の機体も打鉄であり紅椿ではないのだが単純なマシンスペックで考えればシミュレーターである以上設定変更は可能だ。

ブルーの攻撃であれば数発で落ちてしまう打鉄であっても防御力が実際より高めに設定され、ブルーの攻撃力も下方修正されている為、訓練としての設定に重きにおいている。

故に単純な近接戦闘で剣の打ち合いになれば箒にも勝機は十分にある。勝敗の数では圧倒的ユウに軍配があがるのだが、数をこなすうちに箒もぽつぽつと勝利をもぎ取れるようになってきている。

が、何れもブルーは一歩も動いておらず、変動しない大海原での戦場だからこその結果であり、実戦を経験した箒はこの結果に自惚れはしない。

基礎訓練より実戦形式の方が身になると理解はしているが、小手先の技術はきちんと下地を踏まねば手に入らない。先ほどの瞬時加速がその最たる例と言えるだろう。

特に箒の愛機である紅椿は全てのISを過去にするハイスペックワンマンマシンだ。マシンパワーだけで振り回しても大方の戦闘に勝利出来るだろう。だからこそ、地に足をつけて基礎から学ぶ必要がある。

 

「さて、次だな」

「お願いします」

 

ユウの言葉に箒がコンティニューに応じ仮想戦闘空間が再度広がる。

場所は同じ大海原を舞台にしているが今度は箒の打鉄に用意されている武器が近接ブレードではなく大型のアサルトライフルだ。

対するブルーは何も持っていないが、今度は定点しておらず徐々に加速しつつ箒の打鉄の周囲の旋回し始める。

 

「いつでもいいぞ」

「はいっ!」

 

高速の領域に入ったブルーに対し狙いを絞りトリガーを引く。重たい銃撃音と共に吐き出される弾丸が空を舞うブルーに襲いかかるが、何れもブルーは必要最低限の動きで回避する。

ブルーが描いている円周軌道は打鉄を中心としたものだが並の動体視力で捉えられるはずがなく、ハイパーセンサーを使った軌跡の先読みに的確な射撃の腕前が必要になってくる。

訓練自体は遠近両方の攻撃方法を持つ紅椿を操る箒の射撃訓練であるが、実際にはこの訓練にはもう一つ大きな役割がある。ISで空を飛ぶと言うMSでは経験出来ない感覚をユウがモノにする為だ。

既にISで実際の戦場の経験を積んでおり、元々が戦闘機やMSで飛んでいたユウからすれば飛ぶ経験値に不足はない。

しかしながら全身を駆動させるISとコックピットに座った状態で飛ぶ感覚は別物だ。MSとして歴戦の経験を持っているからこそISの感覚に慣れるのに時間を有する。

単純に戦闘経験の差やブルーとEXAMの性能で現存するISを圧倒は出来ているが、これから先に起こるであろう戦いは敵も対ブルーを想定してくる事になるだろう。MS乗りとしてだけでなくIS乗りとしてのレベルアップが求められる段階に来ているのだ。

 

束製の一般ではありえないシミュレーターを使っているとは言え仮想は仮想だ。

一発が致命傷となる現実の実戦と一緒にしてはならないのだが、ISに慣れると言う意味ではこれ以上ない程に優秀であり、何よりシミュレーターの偉大さをユウは良く知っている。

箒に至ってもシミュレーターで徹底的にユウに打ちのめされているからこそ敗北を知る事が出来ている。

紅椿は姉から妹に送られた至高の機体ではあるが、本来彼女の持つ勝気な性格を考えれば敗北を知らずに実戦に飛び出せば取り返しのつかないミスを犯しかねない。驕りは自分の首を絞めるだけでなくチーム全体の危機に陥らせる。

だからこそ、基礎の訓練を疎かには出来ず、場数と言う経験を踏むのだ。本当の意味で束の目指したISの姿とは違っていようとも、まだ見ぬ明日の為に戦う牙を研ぎ澄まし本番で失敗しないよう励むのだ。

 

思惑が渦巻く学園祭の時は目前にまで迫っている。




少々重ための風邪を引いておりました、若干まだ引きずっております。
寒くなりましたので皆様も体調管理にはご注意下さい。

日頃からIS ~THE BLUE DESTINY~にお付き合い頂き誠感謝の極み。
まもなく投稿開始から一年が経とうとしています。
長いような短いような一年ではありましたが、これからもこの調子で突っ走ると思いますので宜しくお願いする所存であります。

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