IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第7話 FLYING IN THE SKY

織斑 一夏とセシリア・オルコットによる二人の模擬戦の日が訪れる。

世界で唯一人と言う事もあり一夏には特別に専用機が用意されていた。

飾り気の無い白。何ものにも染まる前の色。白を冠するIS。白式(びゃくしき)

その機能は完全に近接特化型。装備されているのは一振りの剣のみ。

模擬戦当日に届いた白式を装着した一夏はその感触を確かめている最中だった。

 

初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)は間に合わんな。ぶっつけ本番など本来はありえないのだが、すまんな」

 

申し訳なさそうな表情を見せる千冬に一夏は笑ってみせる。

 

「大丈夫、なんとかしてみる」

 

ISには意思に近いものがあり、持ち主の特性を理解しようとする。

その為、持ち主に最も適した状態になる為には本来は初期化した上で最適化処理を行う必要がある。

当然ながら今届いたばかりの白式は何も施されていない状態だ。

 

身内でないと分からない程の姉の表情の変化。

心配していると言うのがハイパーセンサー越しに良く分かる。

一夏はグッと握った拳を眼前に掲げて見せる。

教師ではなく、姉としての表情で千冬はその拳に自分の拳を突き合わせた。

 

「教師としてはダメなんだろうがな、勝って来い」

「ああ!」

 

短いやり取りの中に確かに感じる事が出来る。

姉は決して弟の努力を見捨てない。

 

円形のアリーナに飛び出した一夏はその大きさに圧倒される。

競技用であり授業用でもあるアリーナはドームと呼ぶに相応しい広さを誇っていた。

ドームと言っても天井面はなく、観客席から上は全て吹き抜けの構造になっており、太陽の光が力強く差し込んでいる。

一年一組の面々が見守る観客席を始め周囲にはエネルギーシールドが張られ流れ弾などが当たらない安全設計だ。

 

ISは手足同様に動くとはいえ、実際にISを装着したのは入試の時を数えても二回目。

入試に至っては山田先生との模擬戦ではあったが山田先生の自滅と言う結果もありまともに動かしたとは言いがたい。

自分の意思で動かすという事は始めてと言っても間違いではなかった。

そんな一夏がピットから出て浮遊の感覚になれず地面に降り立ったとしても文句は言えまい。

 

「御機嫌よう、織斑さん」

 

上空からブルーティアーズを纏ったセシリアが優雅に微笑んでいる。

全身に兵器を装備しているとは思えない程に美しい姿だった。

 

「あら? もしかして最適化は済んでいませんの?」

「今届いたばっかりなんでな」

「それなら…… 織斑先生」

 

一夏に専用機が与えられると言う話は事前に聞いていたが今届いたとはセシリアも初耳だった。

ISには秘匿回線であるプライベートチャネルと周囲に呼びかけるオープンチャネルと会話方法は多々ある。

一夏とはオープンで会話していた事もあり呼び掛けられた千冬はすぐに反応した。

 

「どうした?」

「模擬戦の前に五分程お時間を頂けませんか?」

「ふむ。なるほどそういう事か、構わん、任せる」

「ありがとうございます」

 

アリーナの使用時間は限られているが、その時間は確かに必要な時間なのだろう。

微笑みを浮かべたセシリアは高度を落とし一夏の目の前で優しく手を差し出す。

 

「織斑さん、戦う前に少しだけ私と円舞曲(ワルツ)を踊りませんこと?」

 

差し出された手を見て「?」を浮かべた一夏だがすぐにその意図を理解した。

優しくその手を握り返すと「宜しく」と恭しく頭を下げた。

手を引いたままセシリアはゆっくりと一夏を上空へと導いて行った。

アリーナの中央地点に到達すると今度は速度を上げて外周を回る。

 

「如何です?」

「浮くってのが理解できないけど、なんとか」

「説明しても宜しいのですが、長くなりますので止めておきましょうか」

「そうだな、教科書読んでもさっぱりでなぁ」

「理論的な話は順を追って行かないと小難しいだけですわ」

「それ代表候補生が言っていいのか?」

「コホン。そこは聞き流して下さいな」

 

手を取り合って外周を回った二人は最初の位置に降り立つ。

 

「後二分程ありますわね。私は後ろを向いていますので、自由に飛んで下さいな」

「別に見られて困るもんでもないんだけどな」

「勝負はフェアに行きませんと」

「俺、ブルーティアーズについて調べちゃったぜ?」

「構いませんわ。公開されている情報ですもの」

 

あくまで優雅な態度を崩さないままセシリアは後ろを向いて、ご丁寧に目まで閉じた。

初心者である一夏は自分に合わせて貰っている事に悪いと内心で思うものの好意には素直に甘える事にした。

ハイパーセンサーがある以上後ろを向いた位では本来情報は遮断できないが、セシリアは全ての情報をカットしてその時を待ち構えた。

セシリアに導かれた時と同じようにアリーナ上空に浮かび上がり全力機動でアリーナ内を飛びまわる。

ISでの戦闘は基本的に空中戦だ。足場がない。

当然ながら剣道と同じ足運びも歩行術も使えない。踏ん張りの効かない空中で剣を振るのは簡単ではなかった。

剣を取り出した一夏はその場で面、胴、小手、突きと剣道の基本的な攻撃動作を数回繰り替えしてから大きく深呼吸。

残り時間二十秒をたっぷり使って心を落ち着かせる事に専念する。

セシリアが用意してくれた五分が終わりを告げるブザーが鳴り響いた。

 

瞬間。観客であった一年一組が沸いた。

ブザーと共に振り返ったセシリアはその目を見開き、驚きと嬉しさの混じり合ったような表情を浮かべている。

 

白式が美しく輝く純白に生まれ変わっていた。

先ほどまでの白よりも更に明るく周囲を照らす程に輝く純白。

天使の羽に包まれたように落ち着いた表情を浮かべた一夏はその感触を改めて確かめていた。

 

「最適化完了ですわね。おめでとうございます」

「いや、こっちこそ付き合ってくれてありがとう」

「これで叩き潰されても文句はありませんわよね?」

 

開始時とは逆の立ち位置。一夏が上でセシリアが下。

見上げる格好のままセシリアはスターライトMkⅢの銃口を一夏に向けている。

 

「オルコットさんこそ、対戦相手に手を貸した事を後悔してもしらないぜ?」

 

生まれ変わった剣を正眼に構えた一夏はその剣の名前を確認する。

その名は雪片弐型(ゆきひら にがた)姉が世界の頂点に到達した要素の一つでも雪片の後継武器。

 

「俺は本当に最高の姉さんを持ったよ」

 

戦闘の開始を告げたのはレーザー特有の射撃音。

セシリアから一夏へと真っ直ぐに伸びるレーザーが三発。

真正面から射撃に反応した一夏は真上に飛びあがるように高度を上げる。

それを追い、セシリアも垂直に高度を上げる。

 

「くそっ! 速い!」

 

一瞬で一夏を追い越して制空権を握ったセシリアが眼下に向けて射撃を行う。

見上げる格好のままで咄嗟に反応出来た一夏は流石と言うべきだろうか。

眼前に迫ったレーザーを雪片弐型で薙ぎ払う。

一撃の威力の高いレーザー射撃であろうとも、横から薙ぎ払えば軌道を変える位の事は出来る。

 

「やりますわね」

「本当に容赦ないな!」

「まだまだこれからですわよ?」

 

その言葉に偽りはなく、上空からの射撃は三、六、九と数を増やし空から撃ち込まれる。

光の矢は一夏の逃げ場を許さず、雨の如く場を支配しながら地上に降り注いだ。

回避できたのは最初の二発だけ。幾つかは逃げ場を奪う為の攻撃だと判断し無視する。

目の前に迫る射撃の回避にだけ専念した一夏の動きは二回目とは思えぬほどに洗礼されていた。

回避できない攻撃は薙ぎ払う。その繰り返し。

 

「甘いですわ」

 

が、一夏が切り払ったレーザーと同じ箇所にもう一発が迫っていた。

雪片弐型を薙いだ姿勢のまま次の射撃を確認した一夏は咄嗟に防御ではなく前進を選んだ。

肩に被弾しシールドが削られるが構わずにそのまま突っ込む。

 

「このまま動きを封じられる位なら!」

「悪くない判断ですわ。相手が私でなければですが!」

 

ブルーティアーズが放たれた。

自機と同じ名前のビット兵器が空の支配領域を広げる。

射撃の雨を強引に突破した一夏の周囲に配置された浮遊砲台が一斉に唸り声を上げた。

明滅を確認した時にはスターライトMkⅢよりも小さく細かい射撃が迫っていた。

 

その時、ハイパーセンサー越しに一夏が笑ったのをセシリアは見逃さなかった。

同時に驚愕する。セシリアだけでなく一年一組一同も千冬さえも驚いていた。

 

一夏が四方から迫り来るビット射撃を避けたのだ。

それも一発は二発ではない。次々に降り注ぐ波状攻撃を避け、時に雪片弐型で振り払っている。

恥も外聞も捨てて形振り構わずに身を振り乱してビット射撃を回避している。

 

「なっ!?」

 

流石にこの光景にはセシリアも驚かずにいられなかった。

一夏がブルーティアーズを調べた際に分かった事は大きく分けて二つ。

強力なレーザー射撃と万能ではあるが起動時間に限りのあるビット兵器による攻撃がある事。

そしてビット起動中はセシリア自身は身動きを取れないと言う事。

ISに不慣れな一夏ではスターライトMkⅢを使用しながら移動できるセシリアを捉える事は困難。

ならばレビット射撃を掻い潜り、身動きの取れない本体に一撃を叩き込む事に全力を尽くす。

それが一夏の作戦。その為の訓練が剣道部員達と乱取りだった。

最初は一対二で行い徐々に数を増やし最終的には一対六の攻撃を一夏は只管に避け続ける訓練をしていた。

見た目も型も剣道において重要な事は無視してあくまで実戦を想定して全てをかなぐり捨てた避ける訓練。

剣道部主将は「もしかすると化物を育てているのかもしれない」と評価する程に一夏の飲み込みは凄まじかった。

一撃の反撃の為に一週間を費やした結果が実を結ぶ。

 

「お見事ですわ」

 

未だ射撃を避け続ける一夏に世辞抜きの称賛を送る。

一夏の行った訓練は無駄ではない。

六人が一斉に、時に時間差で行う攻撃を避ける事は並大抵ではない。

身体能力も反射神経も第六感も研ぎ澄まされた状態でなければ不可能だ。

一撃の威力がスターライトMkⅢより劣るビットを相手に選んだのも悪くない。

が、セシリアとブルーティアーズの情報は昨年発売されたIS関連雑誌によるもの。

先に述べた通り公開されているセシリアの情報だ。ビット展開中に身動き出来ない事は弱点と言っていい。

 

「ですが……」

 

代表候補生たるセシリアは己の弱点を自覚した上で慢心する事なく精進している。

今度は回避に専念していた一夏が驚く番だった。

セシリアがスターライトMkⅢを持ち上げ銃口を一夏に向けている。

 

「嘘だろ!?」

 

乱取りによる訓練で研ぎ澄まされた一夏の神経ではあるが、それはあくまでビットの回避においての事。

そこに強力無比なレーザー射撃が加わるとなれば話は別だ。

 

「本当にお見事でしたわよ? ですがこれで終幕(フィナーレ)です」

 

一夏の回避は称賛に値するが同時にその場で足止めを食らう事に他ならない。

ビットの時間切れと共に突っ込む予定だったが、セシリアはそれを上回っていた。

 

「それなら!!」

 

先ほど同様に回避を捨て一か八かの特攻を選ぶ。

 

「それは悪手ですわ」

 

レーザー射撃の雨と違いビット兵器は背面からも対象を狙う事が出来る。

一方向への突撃は避けるべき行為だった。

四方からのビット射撃に加え正面からスターライトMkⅢによる射撃が降り注いだ。

一気にシールドエネルギーが削り取られる。

 

「うぉぉぉおおお!!!」

 

それでも一夏は真っ直ぐにセシリアに向かう。

身に纏った白式が、握られた雪片弐型がそれに応えるように輝きを増す。

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー) 零落白夜(れいらくびゃくや) 発動。

眼前に掲げられた雪片弐型の刀身が開きエネルギーの刃が生まれ、刃に触れたレーザー射撃が消え失せた。

 

「まさか!?」

 

二度目の驚愕と共にセシリアはハイパーセンサーを確認。

白式の武器、雪片弐型を確認して「しまった!」と表情を歪ませた。

世界唯一の男性と世界最強の弟。その称号は伊達ではないと言う事か。

武器の名前をもっと早くに確認するべきだったとセシリアは己を叱責する。

雪片を使っての単一仕様能力である零落白夜は織斑 千冬が世界最強に輝いた所以の一つではないか。

同じ単一仕様能力と言う事に疑問は生じるが、目の前の現実を否定する意味はない。

己のシールドエネルギーを消費し相手のシールドを無効化する最強の剣であり最大の諸刃の剣。

それが迫ってくる。

 

「くっ!!」

 

今度はセシリアが逃げる番だった。即座にビットを回収し格納。

真上にブーストをかけ落ちるように下に逃げる。

大上段からの一夏の一撃は空振りに終わり、見失った相手を視線で追うと遥か下方にセシリアは移動していた。

格闘技においてしゃがむという行為はあっても下に移動すると言う事は基本的にない。

空中戦故の回避行動は一夏に取って初めての経験だった。

下方のセシリアを目視した後に雪片弐型を構え直し一夏も高度を下げる。

 

「ん?」

 

偶然と言っていいタイミングで一夏は白式のシールドエネルギーが減っているのに気付いた。

減っていると言うより現在進行形で減り続けていた。

 

「やっべぇ!」

 

即座に零落白夜を解除する。世界最強の諸刃の剣は余りにも有名だった。

雑誌やネットでもその威力と弱点は度々議論されている。

一夏は一瞬でも浮かれてしまった自分を悔いた。

先ほどの一撃が唯一の可能性だったのだと理解してしまった。

 

零落白夜の解除を確認してセシリアはゆっくりと高度を上げる。

同じ視線の高さで停止し改めて一夏を評価した。

 

「正直に驚きましたわ」

「勝てるとは思ってなかったけど、行けると思っちまったんだよなぁ」

「えぇ、あの追い込みはお見事でした」

 

戦った者同士だからこそ分かる。

勝敗と言う決着はついていないが、二人はこれで満足していた。

お互いが実力を十分に把握する事が出来た。どちらからでもなく握手を交わす。

 

「やっぱりオルコットさんが代表をしてくれ。元々やるつもりはなかったけど、俺には荷が重いよ」

「いいえ、織斑さんであれば十分に託す事が出来ますわ」

「へ?」

「私、セシリア・オルコットは織斑 一夏さんをクラス代表に推薦致しますわ」

「え、えぇぇええ!?」

 

一年一組一同が観客席で沸いた。

 

「二人とも凄かったよ!」

「流石オルコットさん分かってる!」

「よし、これで勝てる!」

「何によ?」

「さぁ?」

 

 

 

 

 

しかし、

喜びは一瞬で打ち砕かれる。

アリーナ上空で何かが爆ぜる音がした。

教師も含めた全員の視線が空に向けられる。

 

深い群青のような蒼が其処に居た。


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