IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

69 / 128
第69話 SENTINEL

「それじゃIS基本問題からいってみよー」

 

ご丁寧にホワイトボードを背に指の形をした先端のついた指揮棒まで用意した束が椅子に座りノートを用意している くーに声を掛ける。

その格好は短いスリットの入ったタイトスカートに黒ベースのスーツ姿、銀フレームの眼鏡の用意も忘れておらず、THE女教師を体現している。

 

「では、早速第一問です。ISの数は幾つでしょうか」

 

指差し棒を向けられた くーが背筋を伸ばし意気込んだ様子で拳を握る。

 

「はい! ISは一般的に四百六十七個のコアと同数とされていますが、正確にはぷらす三機あります」

「正解、それじゃその三機とは?」

「ユウさまのブルーディスティニー、箒さまの紅椿、後は束さまの打鉄があります」

「うーん、最後だけ違うけど、花丸を上げよう」

 

くーが答えた束の打鉄は正確な答えではない。

正確には束がテスト運用の為に確保している一機であり、紅椿が完成する前に箒が試験的に乗っていた時期のある機体だ。

束がまだ一人で世界から逃げ回っている時の非常用で、乗って運用する事は前提にされていないが世間に公表されていないコアが使われたISのひとつだ。

補足しておくなら束達が潜んでいる篠ノ之神社の裏手の山あいの基地には更に一機、くーが束達に保護される切欠となった黒いラファール・リヴァイヴも保管されているが、あの機体は亡国機業に強奪され改修された機体であり、極秘のコアと言うわけではない。

 

「まぁいいか、では第二問! 次は特定ISについてだから少し難しいかもしれないね」

 

クイッと細いフレームの眼鏡を指先で押し上げた束が空中ディスプレイに投影させたブルーディスティニーを指差し棒で示しながら問いかける。

ホワイトボードの意味を逆に問いたくなる衝動が僅かに くーに芽生えた事は成長と呼ぶべきなのかもしれないが割愛する。

 

「現存するISの性能を大きく上回るブルーですが、その攻撃力が他を寄せ付けない理由は?」

「は、はい、それはブルーのエネルギー配分が攻撃に偏っているからです」

「正解! やーやー、流石はくーちゃん、よく勉強してるね。一応補足しておくと、ブルーのエネルギー出力の配分は攻撃に七十%使われていてその他全般を残る三十%で補ってるんだけど、これって普通はありえない事なんだよ。と言う事で続けて第三問! では攻撃に偏っているブルーの防御力はどうやって得ているでしょーか」

「えっと、エネルギーの殆どを攻撃に回しているブルーの防御力は装甲によって補われています」

「はい、正解!」

 

空中に投影されているブルーディスティニーのエネルギー配分率が従来のISではありえない形状の円グラフで表示され、少し離れた場所で授業と呼んでいいのか分からない光景を見守っていたユウと箒が渋い顔を浮かべるのも無理はない。

くーは純粋に束の技術力を褒め称え、ある意味で崇拝に近い感情を持っている為に純粋に凄いとしか思っていないが、二人には表示されている円グラフが異常だと分かっているからだ。

本来ISの能力はコアを中心にエネルギーを振り分けて性能が決定する。基本となるフレームや武装、ブースターに各種スラスターやスタビライザー、様々な要素が噛み合った上で完成するのは言うまでもないが、攻撃や防御にどのようにエネルギーを割り振るかが基礎となる能力値を決めている。

その上でブルーは異常なのだ。

一般的にISのエネルギー配分の半分はソフトウェアの制御に回され、直接的な戦力に計算されるハードウェアに使われるのは五十%程のエネルギーだ。

競技であろうが兵器であろうがISを倒すにはエネルギーシールドを削るのが定石でその為にはISのエネルギーをぶつけるしかない。

ISがISでしか倒せないと呼ばれる所以は正にその一点に集約される。ISのシールドエネルギーを削れるのはISのエネルギーを得た攻撃だけなのだ。

武器により攻撃方法や威力は当然ながら変化し、通常兵器でもISのエネルギーは僅かながらに削れるが、ISからエネルギーを得て放たれる攻撃こそが最大の威力となる。

ピーキーな機体の代表格とも言える白式は束が手掛けており、通常よりも偏った性能ながらもバランスが保たれているが、通常は攻撃に割り振れるエネルギーは五%前後。攻撃特化と呼ばれる機体でも十%が関の山だ。

反面、防御に回すエネルギーは絶対防御との兼ね合いで最低限確保が義務付けられており、搭乗者の安全が最優先である以上は攻撃より多めに設定する必要がある。

大凡半分を占めているソフトウェアに関してはコアネットワークや量子変換と言ったISの特徴をダイレクトに反映している部分であり、これ以上削る事は出来ないとされている。

が、ブルーは攻撃力だけに七十%ものエネルギーを割いており、残る三十%で膨大な量のソフトウェア制御、シールド防御に至るエネルギー容量、機動力の為の出力を得ている事になる。

他の追随を許さない圧倒的な性能は攻撃力に可能な限り全振りされたステータスが故だ。

無論、それらを可能にしているのは全世界公式チートとも言うべき束が恐ろしいまでに容量を圧縮しているからに他ならない。

防御力に関しても くーが言った通り、装甲に依存しており絶対防御と最低限のシールドエネルギーしか持ち合わせていない。

本来のブルーディスティニーは陸戦型ガンダムがベースであり、装甲はルナ・チタニウム合金が使われていたが、残念ながらこの世界には同様の合金は存在せず、ジェガンに用いられていたチタン合金セラミック複合材は比較的再現可能な領域にはあったが、ルナ・チタニウム合金同様に完璧な再現は難しかった。

ジェガンを溶かして再利用する方法もあったが、未知のテクノロジーであるジェガンに手を出す事を避けたい気持ちが束の中で勝り、結果的に現存するIS技術からとにかく硬さを求めたものが今のブルーの装甲だ。

当然ながら最低限のシールドエネルギーしか持っていないブルーの搭乗者に対する衝撃は他のISより上で、ミステリアス・レイディの奥の手、清き熱情は解放空間であったから耐えられたものの本来の威力を発揮する密閉空間であれば絶対防御越しであってもユウの肉体に多大なダメージを与えていた可能性さえある。

 

ハード面で補足しておくなら攻撃力、防御力、機動力に加え姿勢制御にセンサー類、武装の制御、管理までコントロールする必要があり、武装の数が多くなれば分配するエネルギー量が大きくなる。

一夏達の機体を例に上げれば白式は武器が一つであり武装の制御に関するエネルギーは殆ど必要としておらず、攻撃力と機動力に特化する事が出来ているが、逆を言えば武装パターンを増やし汎用型の極みとも言えるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは基本能力値が全体的に低くなる。

狙撃特化型のブルーティアーズは攻撃力と姿勢制御、センサー制御に対する割合は多いが反面防御力は高くない。ストライクガンナーを得る事で機動力に更なる補正を手に入れたが、最大の特徴であるビットを封印するデメリットが存在している。

戦闘仕様として設計されているシュヴァルツェア・レーゲンは攻撃、防御共高いレベルでまとまっているが機動力を犠牲にしており、パンツァー・カノニーアは更に長所を伸ばす設計で短所を補う設計にはなっていない。

量産仕様の甲龍は汎用性を追い求め極端な特化性能はなく、同様に極端な苦手部分も持ち合わせていない。これを長所と取るか短所と取るかは難しい所だろう。

現在IS学園にある専用機で汎用性が高く高レベルでまとまっている機体とするなら更識姉妹のミステリアス・レイディや打鉄弐式が該当するが共に複雑な武装を搭載している兼ね合いで拡張領域を殆ど使い切っておりこれ以上の追加武装は望みが薄い。

ある意味で完成された機体であるが、それが今の技術力の限界を物語っている。

現存する兵器をあらゆる面で上回るのがISではあるが、その分複雑であり、発展性や整備が世の技師達の頭を日夜悩ませる結果となっている。

本来ISの装甲はシールドエネルギーがある為、最低限の装甲で構わず、華々しく空を舞う乙女達が柔肌を晒しているのはそれでも十分な防御力を得る事が出来るからだ。

女の子が戦うとして露出度が高い理由にパフォーマンス的な意味合いも含まれているが、軍でも使われているシュヴァルツェア・レーゲンや軍属である銀の福音が比較的装甲が多い理由は防御力と言う実用性を重視しているからだ。

無論、銀の福音は精鋭機としてパフォーマンス面も必要になるが、その点は煌びやかな見た目で十二分に補える。

結果的に多少恥じらいを覚えようともエネルギー防御を頼りに装甲を薄くし軽量化を図っているのが今のISだ。

全身装甲が現在使われていない背景にはISの歴史、生い立ちとも言うべき理由が伴っている。

しかし、逆に防御に最低限しかエネルギーを確保していないブルーディスティニーの防御力は装甲頼りな面があり、軽量化を図るわけにはいかない。

最も搭乗者の正体を隠す意味でもMSの見た目をそのまま再現するのが一番都合が良いと言う理由もある。

また、束は問題には上げなかったが機動力にも同様の事が言える。

ブルーの防御に回されているエネルギーが最低限であるなら、機動力も似たようなもので性能だけで言えば分類されている機体の世代と同じ第二世代の平均と言った所だ。

それを補っているのは宇宙で研ぎ澄まされたユウの超直感とも言うべき腕前と圧倒的な経験値、外部ブースターとしての役割を果たしているドダイやEXAMの存在が大きい。

勿論、それらの細かな理由はさておき、束が作った完全戦闘仕様と言うだけで現存ISとは規格が異なる化物である事は言うまでもない。

 

「んじゃ、続けて第四問、紅椿の絢爛舞踏はエネルギーを回復させる効果がありますが、空間全体に影響していながら味方機だけに影響を与える理由は何故でしょうか」

 

ここまでの くーの解答が満足の行くものであった為か意気揚々と言った感じで指差し棒を振った先で投影されていたブルーの映像が切り替わり金色に輝く紅椿が表示される。

銀の福音との戦いにおいてたった一回発動させただけではあるが、紅椿の単一仕様能力である絢爛舞踏が今後を担う可能性は捨てきれない。

 

「絢爛舞踏はブルーのえぐざむと同じでコアネットワークを介して味方機の識別をしているからです」

「大正解!」

 

唯一の第四世代機である紅椿は白式と対を成す機体であり、零落白夜の圧倒的攻撃力と消耗を補う為の相棒となる存在。

本来の用途からすれば絢爛舞踏は一対一でエネルギーが回復出来れば上々だったのだが、束がEXAMと言う未知に触れた事でコアネットワークに更なる可能性が派生した結果、戦場で味方全体のエネルギーを回復させるにまで飛躍した。

コアネットワークを介して他ISに影響を与える、或いは他ISの情報を得る。絢爛舞踏とEXAMシステムは全く異なるものでありながら本質として非常に近いものを持っている。

 

今のような問題提示形式で束が くーに時間を割く事は実は珍しい。

ここ最近、特に日本国内に拠点を移してからは電脳の海に対して注意を向ける時間が多くなり、ブルーの修理や紅椿の調整を合わせれば束といえど時間が足りていなかった。

ではその間他の面々は何をしていたかと言えば、ユウと箒は情報収集は束に任せシミュレーターで訓練に明け暮れ、くーに至っては吾輩は猫であるに協力してもらい勉学に勤しんでいた。

元々束のサポート端末として作られた吾輩は猫であるはISの調整から一般教養に至るまで戦闘能力こそないものの非常に優秀な端末だ。

知的好奇心に溢れる少女の欲求を満たすにはこれ以上ない相棒と言って差し支えないだろう。

盲目的なまでに束に救われた事に感謝している くーは、表面的には分かりにくいが束に絶対の信頼を置いている。

専門的な知識や技術に足りない部分があろうとも少しでも束の役に立とうと貪欲に知識を吸収していっている。特に束が手掛けたブルーや紅椿に関しての知識は一目置くに値する。

装いとしてはクイズ大会のようになってはいるが、束と一対一で知識を披露出来る場は世界中を探しても巡ってこない機会だ。ある意味で英才教育の極みと言えるのかもしれない。

 

「んふふふ、ここまでは全問正解。だけど、最後の問題はちょっと変えてみようか」

「かえる、ですか?」

「そ、私が受け止めなくちゃいけなくて、くーちゃんが忘れちゃいけない事」

「何でしょうか?」

「それじゃぁ、最後の問題……。ISが暴走、或いは搭乗者が制御出来ない状態に陥った場合、どうしてあげたい?」

「え?」

 

それは最早答えのある問題ではなく、少女の心の傷を抉るもの。

咄嗟にユウと箒が止めるべきかと思うものの、束の目は責めるものではなく、慈しむ優しさを帯びていた事で踏み止まる。

 

「えっと、その……」

「くーちゃんが思う答えを教えて?」

「…………」

 

嬉々として束の出す問題に答えていた くーが言葉を渋り視線を落とすが、沈黙したのは数秒限り。

すぐに くーは視線を上げて真っ直ぐに束を見詰め返す。その瞳は決して弱々しい少女のものでなく、束やユウを通して世界の在り方を見ている一人の人間のもの。

 

「あのとき、まっくらで、こわくて、いたくて、なにもできなくて」

「うん、ゆっくりでいいよ」

 

涙こそ浮かべていないが声に悲愴が宿るのは気のせいではない。

 

「ユウさまが、えぐざむが、怖がっている私を包んでくれて」

 

今でこそ普通の生活が問題なく行えているが、身体を中から薬でぐちゃぐちゃにされ、以前の記憶を失う程の恐怖を受けた少女の心と肉体の傷は大きく取り返しはつかない。

具体性に掛ける説明に抽象的な言葉であったが、束は くーの言葉を否定せずに向けられている視線から目を逸らさない。

 

「だから、もし、同じような人がいるなら、知ってほしい、です。世界はこんなにも、暖かいんだって」

「うん、ありがとう」

 

偶然が重なった結果、奇跡的に救えた少女が泣き顔になりながらも笑う。

 

「ひどいです、束さま」

「ごめんね、でも、きっと必要になるから」

 

過去を刺激され自らの記憶を掘り起こした少女が堪えきれずに零した涙を束が指先で優しく拭う。

少女の想いと経験が現実である以上、ぬるま湯に浸かり過去から目を背け続ける事は出来ない。少女の言葉は天災の胸に確かに刻まれる。

確認は必要だった、闇に囚われた少女が何を想い今に至っているのか、それは束にとっても くーにとっても前に進む為に必要な儀式。

 

「束さま?」

「うん?」

「助けてあげてください」

「うん、任せて」

 

幼いなりに少女は世界に潜む悪意に気付き、束達と行動を共にする事で避けて通れぬ敵の牙を見据えている。

 

 

 

その日の夜、電脳世界に向き合う束に気付いているのは物言わぬ相棒である吾輩は猫であるだけだ。

夜の帳が落ちた部屋に電気は点いておらず、煌々と輝く投影ディスプレイの光が束の顔を浮かび上がらせている。

 

「EXAMと絢爛舞踏。コアネットワークを介して情報を取得するシステムと反対に与えるシステム」

 

ISの情報の根であるコアネットワークを完全に理解出来るのは束をおいて他にいない。

それはISの根底を覆す禁断の果実とも言える二つのシステム。

 

「バーサーカーシステムを上書きする程のシステムを植え付けてやれば……」

 

未だ完成には至らないものの、やがて来るべき日に備えたソレは束の手により少しずつ息吹を植えつけられていく。

束が日頃から着用しているエプロンドレスの元ネタにしてファンタジーの代名詞の一つ。宇宙世紀である意味完成していながらも葬り去られたシステムと同じ名を関するもの。

 

「必ず完成させる」

 

その名はALICE──。




和気藹々としたクイズ大会風にするつもりが説明が多くなってしまいました。
くーの英才教育が着々と進行し色々と回収したり風呂敷を広げたりする話でした。
以前にも書きましたが、この作品での くーちゃんは新装版が出る前段階で構築されていますのでクロエとは似つかぬ感じになっています。ご容赦下さい。
さて、原作とは違う雰囲気の違う束さんですが、こういうのもありだと思っています。
優しいお姉さんは好きですか?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。