IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第67話 おだやかな日に

ホテル、テレシアの上層部に位置するスイートルームの一室。赤を基調にした深い毛皮の絨毯を足元に、頭上には派手過ぎない光を放つシャンデリアが燦々と輝いている。目に見える豪奢な部屋で対面に座する二人の女。

一人は美しい金髪を優美に流し、長いスリットの入った黒のロングドレスに身を包んだ妖艶な美女。もう一人は黒髪の少女だがその顔付きは織斑 千冬と瓜二つ。

前者は亡国機業の顔の一人とも言うべき存在、スコール・ミューゼル。後者は倉持技研に見事な手腕を持って侵入を果たしたが成果を上げるに至らず撃退された少女エム。

 

「首尾は上々といった所かしらね」

 

手にしていた紙媒体の資料に一通り目を通したスコールが耐熱仕様として分厚く出来ているがデザイン性のあるガラステーブルに置かれた灰皿に向かい無造作に資料を捨てマッチで火をつける。

資料に火がつき、煙が踊り始めたのを確認しマッチそのものを燃え盛る灰皿の中に投げ捨てて証拠は残さない。

 

テレシアは正装が義務付けられたレストランから著名人が活用するスイートルーム、結婚式場まで兼ね揃えており庶民には少々手の届かない場所だ。

上層部に連ねるスイートルームの一室に陣取っている二人は本来は堂々と公の場に顔を出せる人間ではない。

用心深いエムは当然スコールに対しその疑問を口にしていたが、返って来たのは「堂々としていれば案外バレないものよ」と言う笑顔だ。

実際にこのホテルのセキュリティレベルは非常に高い。それは良い意味でも悪い意味でも言えることなのだが、顔が世間に知れ渡っているわけではなく、非常に高度な偽装が施されている二人であれば隠れ蓑として最適だ。

正当な理由がなければホテル側が客の情報を第三者に提供する事はなく、仮に警察や政府からの申し出であったとしても非常に面倒な手順を踏む必要がある。そもそもこの二人の偽装情報を見破る方が難しいと言うものだ。

 

「で、進捗はどうだったんだ?」

 

パチパチと音を立てて燃える炎と踊る資料の燃えカスにコップに用意していた水をちょろちょろと流し込みながらエムが問う。

 

「あの機体の完成度は14%って所ね、武装だけなら22%。やっぱりコアの兼ね合いが難しくて抜本的な解決策を考える必要があるわね」

「天才はやはり天才と言うことか」

「そうね、頭の中を開いてみたいものだわ」

 

ガラステーブルの上で揺れていた煙が燃え盛る黒から白に代わり証拠隠滅が完了したのを確認した上でエムはテーブルに置かれた大きな通信端末に視線を送る。

見た目は普及し始める前の古い携帯電話のようだが拳銃に取り付ける消音器のような形状の巨大なアンテナが取り付けられており、衛星を用いる軍用通信機だと見て取れる。

 

「なぜこっちを使わないんだ?」

 

ふとエムが頭に思い描いた言葉を口に出す。

 

「普段ならそっちでも問題ないんだけど、今はダメよ。篠ノ之 束が電脳世界に潜って情報を漁ってるでしょうからね。連絡手段はアナログに越したことはないの」

 

燃え尽きた紙資料へ視線を落とし「証拠も残らないしね」と付け加える。

見た目だけで高価とわかる細かな飾りの掘られたガラス製のグラス、注がれたウイスキーに浮かぶ球体の氷を真っ赤なネイルで飾られた指先でゆっくりと撫で回しながらスコールは目を細め笑みを深める。

 

「あぁ、それとその機体とは別だけれども」

「バーサーカーか?」

「そうそう、あっちは順調よ。量産機との具合も、システムとの同調率も悪くないわ。乗り手は貴方とはレベルが違うけどね。勿論、貴方が上よ」

「当たり前だ」

 

乗り手を比較するスコールの言葉に一瞬だけエムから発せられた怒気を正面から浴びながらもスコールは優美な表情を崩しはしない。

 

「まぁ、何でも良い。何か仕事はないか? 篝火 ヒカルノの誘拐に失敗したのは私のミスだからな。今度こそは成功させる」

 

エムの脳裏に人を小馬鹿にした態度と状況を見据える目を通して張り巡らされた知略によって自分を撃退した天才の顔が思い浮かぶ。

 

「やる気があるのは結構だけど、もう少し待ってね。オータムが戻れば仕掛ける準備は整うわ」

「篝火 ヒカルノは?」

「警戒されているでしょうから暫くは難しいでしょうね」

「すまん」

「気にしないで良いわ」

 

ウイスキーの氷をかき回していた指で唇に酒を染みこませ唇で味わう香りに舌鼓を打つ。アルコールの摂取を目的にしているのではなく、楽しむ事を目的とした姿は妖艶と言う言葉がよく似合う。

 

「あ、そういえば」

 

と思い出したとばかりにスコールは豊満な胸の谷間から情報端末を取り出し空中にディスプレイを展開、表示されるのは日本を中心に名だたる研究施設や一流企業の一覧だ。

 

「これが何かわかるかしら?」

「ISの研究施設だろう? いや、遺伝子研究所や医学関係の学会もあるな、何だこれは?」

 

表示されているのはエムの告げた通りISの研究施設や人体の研究を行っている研究施設ばかりだ。

ISの施設に関しても武装やフレームではなくコアや生体との同調といった研究をしている施設ばかりだ。

統一性はあり、何れも重要な研究をしているが目立つ企業ではない一覧にエムが眉を寄せる。

 

「分からない? これは現段階で織斑 一夏に寄せられている就職先の一覧よ」

 

思わず目を見張った後に納得したとエムは頷きを返す。

 

「成程な、しかしこれでは、私個人の感情は抜きにしてだが、流石に同情するぞ」

「そうね、同意見だわ」

 

この一覧は現段階では当然ながら一夏本人には公表されておらず、千冬や学園側はスカウト紛いの勧誘を知ってはいるが不快感を隠していない。

それも当然で、何せこの企業は言ってみれば一夏を人体実験に使いたい企業に他ならない。それも政府公認でだ。

何れの企業も表向きは命の保証はしているが人権を約束できるものではない。道徳的に見ても学園側の観点から見ても容認出来る就職先ではないのだが、一夏の特異性を考えれば企業が動くのも当たり前だ。

蒼い死神や天災といった存在に押されて忘れがちではあるが、一夏は世界に取って非常に危うい存在に他ならない。女性にしか動かせないISを唯一動かせるのだから求められないはずがない。

人道的な理由や千冬や束の存在を無視してしまえば世界の為に細胞単位で分解してでも研究材料にされておかしくない。政府でさえも人体実験に協力しろと言いたくなる言葉を辛うじて飲み込んでいる状態だ。

今は良い意味で治外法権とも言うべきIS学園に在籍しており、直接的に手を出す企業はいないが、学園が保護出来るのは卒業までだ。

卒業後に就職するにしろ進学するにしろ、ハニートラップを始め様々な存在が一夏への接触を図るだろう。千冬や束と言う後ろ盾も成人してしまえば確実なものとは言えなくなってくる。

既に人的尊厳を無視して兵士として生きる宿命を背負った生命が存在するのだ。目的の為に命の価値を無視する連中からすれば一夏は格好の的となりえる。

だからこそ千冬は一夏をIS乗りとして育て上げようとしている。IS乗りとして一流になればそれだけで世界から認められると言う事だ。

勿論、どれだけ一夏が強くなろうが、ただ一人の男性IS搭乗者の立場では時代背景を覆すには至らない。

世界大会を始めとしたISの大会に参加も恐らく出来ない。ただ一人の男性が出場して万が一優勝でもしようものなら時代が狂ってしまうからだ。

が、IS乗りとして一流であれば道徳的に問題がない事を前提として未来への幅を広げる事が出来る。もしかすれば今後誕生するかもしえない男のIS乗りに対する教導員のような立場も可能になるかもしれない。

いずれにしてもISに乗れながらも未熟なままの一夏では人柱にされる未来を回避するのは難しい。過去、ISに乗れないにも関わらず国の警備すら出し抜いて誘拐された経緯もあるのだ。

例え道徳的団体が抗議しようともISが絶対的主導権を握る世の流れがある以上は一人の人生がどう転んでも不思議はない。

結局の所、最終的には一夏自身の立場を確立するか世界のあり方を変えるしかないのだ。

 

「悩ましい問題よね、織斑 一夏は力が無ければ私達のような存在に利用される。力を持てばその力を持てる理由を狙われる。誰が何の為に織斑 一夏に力を与えたかはともかくとして、ままならないものだと思うわ」

「織斑 一夏がISを動かせるのには理由があると?」

「それはそうでしょう、幾ら何でも彼だけにISを動かせる理由を偶然で片付けるのは暴論よ。運命が味方したとしてもそんな都合の良い話があってたまるものですか。背後に誰かがいるのは間違いないわ」

 

また一口、指先で救ったウイスキーの雫で唇を濡らしながらスコールは妖艶な表情を崩さない。

スコールの推測は正しくもあり間違っている。束が背景にいるのは疑いようのない事実であるが、白式が一夏と噛み合っている理由は束にも解明出来ていない。

納得したとエムが頷くのとほぼ同じタイミングでホテルの部屋の扉が開く。

 

「あら、お帰りなさい。オータム」

「おう」

「アレは手に入った?」

「精度の低い使い捨てだけどな。一回使えれば十分だろ」

「上出来よ」

「で、いつ仕掛けるんだ?」

「そう急がないの」

 

くすくすと笑い、ウイスキーで濡れた指先で金髪を遊ばせながら質問を煙にまこうとするスコールだが亡国機業の武闘派とも呼べる二人の視線を受けて観念したと肩を竦める。

 

「近々IS学園で学園祭が行われるわ。そこで仕掛けるわよ」

「連中は馬鹿なのか? このタイミングで祭り事など狙ってくれと言っているようなものだぞ」

「このタイミングだからこそなのでしょう、平時と変わらないと装う事で内外的に学園は問題ないとアピールしたいのよ」

「結局狙われるのなら意味はないだろうに」

「世の中って言うのは貴方が思ってるよりも単純なのよ。警備は多少厳しいでしょうけど、まぁ問題ないでしょう」

 

エムの疑問にスコールが笑顔で応え、オータムは左手で作った拳で右の掌を殴りやる気を漲らせている。暗躍する者達は密かに、そして大胆に牙を研ぎ澄ませていた。

 

 

 

 

IS学園の安全面に対する世論が激しい向かい風になろうとも、実際に授業が始まってしまえば学生達に思案している余地はない。

操縦技術にハードやソフトに関する知識、航空力学に銃器の取り扱い、一年生のうちは基本的な部分と言えどIS搭乗者として学ぶべきことは山ほどある。

当然ながら一般教養と併用して行われるのだから十分な知識を持ち合わせている代表候補生達と言えど普段の授業を楽観視出来るものではない。

シャルロットやセシリアといった成績優秀者でさえもそれは例外ではないのだが、今は教室全体、広い目で見れば学園全体が少しばかり浮ついた空気に包まれていた。

例え軍人や令嬢としての本質を持っていようとも年頃の少女達が中心の学園だ。祭り事が控えているとなれば空気が華やぐのも無理はない。

 

「やっぱり王道の喫茶店?」

「お化け屋敷も捨てがたいんじゃない?」

「デュノアさんやオルコットさんみたいな容姿端麗を活かさない手はないよね」

「それを言ったら我がクラスには織斑君がいるじゃないか!」

「男の子を活かしちゃう感じ? 執事! 執事喫茶なの!?」

「圧倒的じゃないか我がクラスは!」

「紅茶なら私にお任せ下さいな」

「おかしは必要だと思う~」

「ISに全く関係ないけどいいの?」

「学園の主義的には関係した方がいいらしいけど」

「ISの歴史研究の展示とか?」

「実質年数にすると浅いし面白くなくて休憩所になるのがおちだよ」

「それもそうだけね」

「ISスーツで喫茶店?」

「ISに乗る時は気にならないけど、それは何か恥ずかしいなぁ」

「私はきんつばと言うものが食べてみたい」

「水着で喫茶店とか」

「外来が来るのにそれはどうよ、やっぱり恥ずかしいし」

「だからISに関係ない方向で行くの?」

「もうこの際ISには関係ない方向性で良いんじゃない?」

「やっぱりそうなるよね」

 

女が三人集まれば姦しいとはよく言ったものだ。文字通りわいわいがやがやと聞こえてくる雰囲気は休憩時間と言えど多量の雑念が飛び交っている。一年一組に限らず学園全体がこの空気に飲まれ浮き足立っていた。

高校生での学園祭となれば中学生の頃とは違い一気に華やかになる。おまけにここは天下のIS学園、お嬢様から軍人まで多種多様な人材の宝庫で資金も潤沢ときている。

飛び交う会話の中に完全に自分主体のものが含まれていたりもするが、この空気において気にするだけ無駄とも言える。

逆にこの空気において浮かず、岩のように固く身を潜めているのは唯一の男性生徒である一夏だ。

一学期を乗り切り、女の園である環境にもある程度慣れたと思った矢先に飛び交う会話は完全に無防備な会話の応酬。

喫茶店やらお化け屋敷やらと言っているのは別に良い。執事に関する項目も聞こえないフリでやり過ごせるが、ISスーツやら水着で何やらと聞こえてくれば普段から制服姿やISスーツ姿を見ているだけに容易に想像が出来てしまう。

下心であるとか恋心であるとかではなく、純粋に居心地が悪いのだが、廊下に逃げても同じ景色が広がっているのだから一夏はその場でやり過ごす以外の選択肢を見つけられなかった。

 

「何処を……。じゃなくて、何で固くなってるの? 織斑 一夏君?」

 

ビクリと肩を震わせた一夏が振り返った先、毛先がやんちゃそうに跳ねた水色の髪の女性が全て見透かしていますと言わんばかりの表情でにんまりと笑っていた。

一夏の座席は中央前列、その背面と言う事は教室のほぼ真ん中だ。背後からの接近に一夏が気付かなかったのは相手の実力を思えば無理もないが、クラスの誰一人として教室に同性さえも見惚れる美女である生徒会長が立ち入った事に気づけていなかった。

騒がしかった教室内の空気が水を打ったように静まり返り、一瞬でざわめきが遠のく。お馴染みとなった扇子には「会長参上」の文字が踊っている。

 

「あら? 気にせず話を続けて頂戴、休憩時間に上級生が下級生の教室に遊びに来ちゃいけないって校則はないわよ?」

 

視線を机に固定していたとは言え声を掛けられた一夏が反応出来なかった楯無の接近は雑談に参加していた現役軍人であるラウラでさえ気付けなかった。

足運びと呼ぶには余りにも完成されており「これがジャパニーズニンジャか」とあながち的外れでもない感想が頭の中で漏れていた。

 

「急に生徒会長が来て落ち着いては難しいかしら? まぁいいわ。学園祭なんだけどね、織斑君は男女の垣根の問題もあるから生徒会で預からせてもらうから」

 

一年一組の面々から一瞬だけ戸惑いの色が見えるもののすぐに理解を示す返事が返ってくる。

女性ばかりの環境下に男が一人、クラス代表にして専用機持ちで織斑 千冬の弟となればハーレム的な意味はなくとも集客能力は申し分ない。

公平を訴えるのであれば生徒会が動いても何ら不思議はなく、一組で独占するのもどうかと思う面が多少なりとも皆の中にはあったのだろう。

 

「分かりました~」

「織斑君抜きかぁ、執事は断念するしかないわね」

「ロマンスグレーじゃない執事に興味ない」

「それは個人の主観の問題じゃないかな」

「織斑なんかどうでもいい、きんつばは? くずもちと言うのも食べてみたい」

「和菓子か……」

「おかしはいいものだよ~」

「手作りは厳しいかもね」

「でも銀髪や金髪美女が和服で喫茶って言うのはアリじゃない?」

「悪くない!」

 

既に一夏がいない事を前提に学園祭に向けた話し合いが再開される。

そこに一夏の意思は関係なく僅かばかりショックを受けた一夏の表情に気づいたのはシャルロットだけだが、苦笑を返す以外に出来ることはなかった。

 

「と言う事で織斑君は放課後生徒会室に来てね? 拒否権はないのであしからず!」

 

擬音にするなら にぱっ 言う笑顔を浮かべて来た時とは違い手を振りながら楯無はそのまま教室を後にする。

 

「ねぇラウラ、生徒会長が来たのに気付けた?」

「いや、織斑に声を掛けて初めて気付いた。生徒会長にして国家代表と言うのは伊達ではないな」

「達人っていうのはああいう人を言うんだろうね。隙が見当たらなかった」

 

シャルロットとラウラから見ても楯無の挙動は明らかに人間離れしたものだった。

いかにデュノア社のエージェントとドイツの軍人と言えど隠密に特化した更識家についての情報は持ち合わせておらず、ロシアの国家代表として公表されている以上には知りえない。楯無が只者ではないと思いながらも家柄を追求するにまでは至らなかった。

尚、注釈になるが夏休み後半にデュノア社に対して行われた襲撃事件やラウラとセシリアが束と対談した事については欧州連合の三人で情報を共有済みだ。

千冬にすら伝えるのを躊躇う程の情報ではあるが、国の間柄や専用機持ちの立場から非常時に協力体制を取れる面々だ。

本来であれば千冬に伝えるべきであると認識はしているが、立場上千冬が知れば学園や政府に報告せざるえなくなる。今の段階では必要な判断だった。

生徒会長に何か思惑があるのかはともかくとして、ラウラもシャルロットも学園祭を楽しみにしているのに違いはない。

 

「シャルロット」

「うん?」

「こういう時間もいいものだな」

「そうだね」

 

蒼い死神やミサイルの襲撃を乗り越え、再び日常に戻ってこれた事を嬉しく思わずにいられなかった。

 

「守り抜くぞ」

「勿論」

 

だからこそ、何度暗雲が立ち込めようと彼女達は全力で振り払う。この何気ない日常を守る為にも。




日常回って何だっけ。
ここまでお付き合い頂いていると分かるかもしれませんが、きな臭い話が大好きだ。

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