IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第64話 泪のムコウ

早朝よりIS学園を攻め立てたミサイル群はIS学園と日本政府の派遣していたIS部隊により迎撃に成功、表向きの発表では蒼い死神や紅椿の存在は無かった事にされても異論を挟む者はいなかった。

実際には機能不全に陥っていたIS学園の防衛システムを復帰させた立役者と二機のISについては触れられず言及はされない。

世間体的な意味も含めて今回の騒動に対しては世界最強を筆頭にしたIS学園と非常時に備え配備されていた打鉄乗り達が鎮圧したとされる。

第三者の手を借りている事実がある以上、IS学園側としても打鉄乗りとしても納得が行くとは言い難いが表向きな公表とするなら当然の処置とも言える。

歴史の浅いIS学園において今回程の危機は初めての出来事である事は言うまでもない。

世界最強の武力と世界最強の称号を持つIS乗りがある場所を攻撃するにはメリットよりデメリットが勝るからだ。

結果だけで言うならば人的にも建造物的にも被害はなく、少なくともIS学園としての体裁は保たれた。

 

「……あれ?」

 

朝日が昇る前から忙しなかった学園に少しばかりの余裕が出てきたのは陽が暮れ日付が変わろうかと言う時刻になってからだ。

通信回線が復帰しマスコミに対する会見や政府への状況説明もあり、教師や学園経営側に休む間はないのだが、ミサイルの危機が去り一先ずは安全と呼べる時間帯には突入した。

その日、ある意味ではもう一人の立役者と呼べる一夏が目を覚ましたのは少しばかり学園に余裕が出来たそんな頃合いだった。

 

「目が覚めた?」

「鈴?」

「おはよ、まぁ時間的にはおやすみなんだけどさ。大丈夫? どっか痛むなら言ってよ?」

「いや、大丈夫……。って、どうなった! アイツは!?」

「落ち着きなさいってば、大丈夫。蒼い死神は千冬さんが追い払ったし学園も皆も無事よ。良く頑張ったわね」

「……俺は何もしてないさ」

 

一夏が目覚めたのは非常時には病室となる保健室のベットの上。窓際のカーテンの隙間から陽は確認できず、既に深夜帯に突入している事が伺える。

戦闘後の検査においては異常なしと診断されており、積み重なった疲労が溢れた結果だと分かっているにしても、ベット脇の椅子に腰かけた鈴音が心配そうに一夏を見つめ無事に意識を取り戻し安堵しているのは言うまでもない。

 

「そんな事ない、一夏が一番槍を引き受けてくれたから皆が戦う意志を掘り起こせた。じゃないと恐怖に呑まれて何も出来なかったわよ、私も含めてね。一夏は頑張った。他の誰かが否定しても、私は胸を張って断言してあげる。だからそうやって卑屈になんないの」

「……ありがとな、鈴」

「どう致しまして」

 

ミサイルの襲撃に対してIS学園の敵と呼んで差し支えの無い蒼い死神が助力してくれたのは反論のしようがない事実。

本来であれば学園の防衛が済んだ時点で必要以上の戦いは避けるべきなのだが、離脱する紅椿を前にして一夏が取った行動は蒼い死神と敵対してでも箒を追う事。

一撃に全てを乗せて斬り掛かった結果は惨敗。伸ばした腕は箒へ届かず、刃は蒼い死神に到達しなかった。

恩を仇で返す行動と言えなくもないが、蒼い死神が国際テロリスト指定されており、学園視点から見れば間違いなく敵である以上は擁護されてしかるべきであり、学園側から一夏に対し非難は出ていない。

問答無用、先手必勝で仕掛けた一夏の行動は勇気と呼ぶべきか無謀と呼ぶべきか判断に迷う所だが、あの一手がなければ鈴音の言うように学園全体が死神の放つ赤い眼の恐怖に呑まれていた可能性は否定できない。

名前こそ知らずともEXAMと呼ばれる呪縛に正面から挑み活路を見出そうとした一夏の行動は称賛に値するだろう。

 

「織斑さんはお目覚めですか?」

 

保健室と言っても非常時に備えた造りで複数のベッドが並んでおり、区切りに使われている厚みのあるカーテンの向こうから気品漂う落ち着いた声が舞い込んで来る。ちょこんと覗き込み顔を見せたのは金髪の令嬢と銀髪の眼帯少女。

 

「オルコットさん、ボーデヴィッヒ」

 

ベッドから半身を起こした一夏が応じ、鈴音がベッド下から別の椅子を引っ張り出すが「お構いなく」とセシリアが笑顔で制する。

 

「お加減は如何ですか? ご連絡頂いていたにも関わらず大事な時に間に合わず申し訳ありません。最も、我々がいても結果は変わらなかったかもしれませんが」

 

セシリアが浮かべる微妙な笑顔に潜む謙遜の言葉には自分自身に対する不甲斐なさが滲んでいる。

ミサイル迎撃におくならブルーティアーズとシュヴァルツェア・レーゲンは心強い援軍となるが、相手が蒼い死神となれば専用機と言えど戦力になる確証には至らないからだ。

 

「何にせよ、無事で何よりだ」

「……え?」

「何だ、その鳩が豆鉄砲を食らったような顔……。確か日本語にはそんな言い回しがあったな?」

 

自分で言いながら言い回しに疑問を浮かべたラウラが傍らのセシリアを見上げれば微笑みが返って来る。

ラウラに掛けられた言葉に意外性を感じきょとんとした表情になってしまった一夏は驚きながらも、改めてセシリアが鈴音やラウラと比べて精神的にも肉体的にも同じ年とは思えないと関係ない事で内心唸っていた。

 

「ねぇ、今何考えてる?」

「え!?」

 

内心を読み取ったであろう鈴音が半眼で一夏を睨む。その視線の裏に「悪かったわね、貧相で」との心の声が垂れ流しになっているような気がしてならない。

いや、きっと気のせいだ。と一夏は冷や汗をかきながら思い流すしかない。

 

「い、いや、ボーデヴィッヒにそんな事を言われるとは思わなかったから」

 

鈴音から視線を反らし、目に見える地雷を回避して事なきを得た一夏が率直に感じた感想を口にする。

 

「失敬な、私とてクラスメイトの心配位する。貴様が嫌いなのとは話が別だ」

「そのさ、ボーデヴィッヒが俺を嫌う理由ってはのやっぱり千冬姉の……」

「言うな、自分でも身勝手な話だと分かっている。それでも許せんものは許せん」

「分かったよ、俺だって千冬姉の名誉を傷つけた責任から逃げたくないからな。ボーデヴィッヒが俺を許さないでくれるなら、俺も過去を忘れない為に喜んで嫌われるよ」

「む、つまりお前は変態なのだな?」

「違う!」

 

パンパンと手を叩き若干温度が上がってきた病室をセシリアが鎮める。

 

「一応病室ですわよ、変態だの何だのとはしたないですわよ」

「……ねぇセシリア」

「何ですの?」

 

一夏とラウラの会話で何となく背後関係を想像していた鈴音が割って入ったセシリアに向き直り肩を竦める。

 

「なんだかお母さんみたいよ今の」

「な、なんですって!?」

「病室だから静かにしてなさいよ」

「……くっ、そういうのは山田先生や織斑先生のような立場の方が相応しいと私は思いますわ」

「いや、肉体的にはともかく性格的に山田先生は無理でしょ。織斑先生は一夏の影響でお姉さん的立場だし」

「わ、私はお二人より年下ですわよ!?」

「だから、静かにしてよね。お母さん」

「鈴さん!」

 

勿論二人とも冗談で言い合っているのだが「ふむ」と顎に手を当てたラウラが悩むように小首を傾げ身長差もあり見上げる姿勢でセシリアへ視線を送る。

 

「お母さんか、私にはいないから新鮮だな」

「ラウラさんまで!?」

 

この場にいないシャルロットを含め各々が両親に対し何らかの難を抱えていると皆が分かった上でその場のノリを楽しんでいる。

ラウラやセシリア、勿論シャルロットや鈴音もだが、彼女達がIS学園を守ろうとしたのはISを学ぶ上で必要な施設としてだけではない。

何気なく楽しいと思える日常を友達と過ごす日々がいかに大切かを本能的に知っているからだ。どれだけ強く実戦を知っていようが彼女達はまだ少女と呼べる年齢なのだから。

今年のIS学園には珍妙とも呼べる面々が集まり、予測不能な危険性が漂っているからこそ平和を堪能でき、くだらない冗談で笑い合える。

 

「まぁ、冗談はさておき」

「冗談だったの?」

「いや、これからはセシリアをお母さんで通そうと思う」

「やめて下さいませ!」

 

ラウラが会話の流れを変えようとして、鈴音が混ぜ返し、ラウラが再度乗り返す。

完全な悪循環に陥る様子は深夜のノリに近いが、今はそれどころではないと「うぉっほん」とわざとらしい咳払いで今度こそラウラが空気を変える。

 

「冗談ですわよね? そうですわよね!?」

 

一人だけ真剣に危機感を感じているセシリアの内心はあえて語るまい。

 

「さてと、今度こそ本当に本題に入るぞ?」

「本題?」

 

背筋を伸ばしたラウラに倣い一夏も起こした半身の姿勢を正す。

 

「今回の事件だがな、当然ながら国際IS委員会もIS学園も詳細を掴めていない。欧州連合としての立場から見ても同じだが、ひとつだけはっきりしている点があるのに気付いているか?」

 

問い質す口調だが確信を持っているであろうラウラの言葉に腕を組んだ鈴音が一夏と視線を交え、思い当たる点は十分にあると頷き合う。

 

「蒼い死神が敵じゃなかったって事よね?」

「そうだ」

 

一方的な見方と言えるかもしれないが、個人的な立場から見れば一夏達に取って蒼い死神は敵だ。箒や束が何故行動を共にしているのかは分からないが、相手が対話に応じないのだから致し方ない。

だが、今回のミサイル迎撃に関しては二機のISが援軍に参じてくれた事は紛れもない事実。

だとすれば一夏の行動は好意を裏切る行動に他ならないが、前述したように蒼い死神に関しては学園視点で見れば敵であり援軍と考える方が難しいのだから咎める者はいない。

蒼い死神を敵と認識しながらも、今回は救ってくれたと一夏も鈴音も認識している返答に頷きを返したラウラが改めて全員を見やる。

 

「銀の福音の時といい今回といい、どうにも掴めない点があるのは全員が感じている通りだと思う。個人的な感情は置いておくにして客観的に見ると組織によって蒼い死神の立場は大きく変化する」

「IS学園から見ればアリーナ乱入とか何やらで敵だけど、ミサイル防衛では味方、銀の福音の件を考えれば米国から見れば味方って事よね?」

 

ラウラの言葉に鈴音が確認の意味を兼ねて問い返す。

 

「そうだ、少なくとも銀の福音を救ったと言う意味では米国側の視点では篠ノ之博士と蒼い死神は称賛されているだろう」

「その上で私達は考えましたの」

 

引き継いだセシリアが言葉を続ける。

 

「今後蒼い死神が現れた場合、IS学園として敵対する可能性は十分にありますが、他に敵がいる可能性を」

「ミサイルを撃った側って事ね」

「そうですわ、少なくとも蒼い死神はIS学園にミサイルを撃った相手に対しては敵対している。もしこの敵が銀の福音の暴走に関与しているなら?」

 

そこまで言われて気付かない一夏と鈴音ではなく息を飲む音が聞こえる。IS学園を脅かす敵が蒼い死神だけでない事は明白。

篠ノ之 束が関与している以上はミサイル襲撃さえ自作自演の可能性も否定は出来ないが、他の敵の存在をほのめかす楔は既に打ち込まれている。

 

「勿論、最終的には感情論の世界ですわ、国家に組していない織斑さんの場合は特に」

「えっと、結局、今の所は何も分かってないから各々で判断しろって事でしょ?」

「そういう事ですわ」

 

セシリアとラウラの言葉に鈴音が何も進展しておらず今まで通りと言う結論を付ける。

ただし、姿形が見えてきている蒼い死神とは別に敵がいる可能性を忘れるなと二人は警告してくれたのだ。

唯一の男性IS搭乗者と言う肩書を持っていながらも学園の中でこのうえなく一般人に近い立場の一夏であってもそれは十分に理解出来た。

 

「束さんや箒が何を考えてるのか俺には分からないけどさ」

 

視線を落とした一夏が静かに紡ぐのは決意の表れ。

 

「友達なんだから話をするよ。蒼い死神が邪魔するならぶっ飛ばしてでも」

 

知識を貸してくれる友達も、背中を叩いてくれる友達もいて、一緒に悩んでくれる仲間がいる。

もしかしたら蒼い死神は敵ではないのかもしれない。そういう気持ちが無いと言えば嘘になるが、勝てる勝てないではなく一夏に取って蒼い死神は立ち向かうべき存在なのだ。

 

「お前には無理だと思うが、その意気だ」

「ボーデヴィッヒは俺に厳し過ぎると思う」

「言っただろう? 私はお前が嫌いだと」

 

小さく笑みを浮かべたラウラが話は終わりだと振り返る。

 

「ゆっくり休んで英気を養え、二学期が始まればまたボコボコにしてやる」

 

そう付け加えた顔がこの上なく楽しそうに見えたので鈴音は何も言わない。

ただ敵意を向けるだけであれば注意を促す所だが、少なくとも今は友人としてやっていけると確信あるからだ。

 

「ボコボコにするかどうかはともかく、織斑さんには期待しているんですのよ? クラス代表を譲ったのですから頑張って頂かなくては困りますもの」

 

返答に困る言葉と笑顔を浮かべてセシリアがスカートの両端を軽く持ち左足を後ろに引き膝を軽く曲げ「御機嫌よう」と付け加える。カーテシーと呼ばれるヨーロッパ伝統の挨拶を持ってこの場を締め括る。

 

「ほら、早く行くぞ。お母さん」

「綺麗に締めましたのに蒸し返しますの!?」

 

欧州連合に属する二人はIS学園に戻る前に束の潜水艦に立ち寄った事については触れず、国にも千冬にすら報告していない。

篠ノ之姉妹の友人である一夏にどう伝えればいいか分からなかったと言うのもあるが、話してしまえば潜んでいる真実とは無関係に束と敵対する流れが止められない可能性があるからだ。伝える事が正しいのかどうか今の段階では判断できなかった。

少なくとも欧州連合として二人は篠ノ之 束と蒼い死神を許す気はないのだが、束が乗る潜水艦を攻撃する存在を確認しており、見え隠れする第三者には気付いている。

だからこそ自分達に言い聞かせる意味でも今分かっている情報の共有化を行った。敵が存在するなら各々の判断で見定められるように。

付け加えるなら学園内と言えど何処に目や耳があるか分からない状況で自分たちが篠ノ之 束と対話したと、人によっては極上の餌になりうるものを態々バラまくつもりもなかった。

 

「それじゃ一夏、ゆっくり休みなさいよ」

 

二人に数分遅れて鈴音が保健室から姿を見せる。

付きっ切りの看病など柄ではないのだが、今の一夏が精神的に参っていると理解出来ているのは恐らく鈴音と千冬しかいない。

表面上はいつも通りでも内側に秘めた心が限界を迎えていると分かる者には分かるものだ。

IS学園に入り磨き続けてきた技があの一撃には凝縮されていた。

代表候補生達が鍛え上げた機体制御とスピード、昔取った杵柄とも言うべ研ぎ澄まされた剣筋、主に応えて全力を賭した白式、そして何より、真っ向から相手を打ち倒すと言う気概。

近接武器だけを持ち対峙したとして鈴音にあの時の一夏の攻撃を受け止める事が出来たかどうか怪しいとさえ思わせる程に洗礼されていた。

現段階のIS学園一年生において一夏と近接戦闘でやりあえるとすればラウラと簪位なものだろう。

それほどまでの想いを乗せた一撃が通じず、結果的に箒と言葉を交わす事さえ出来なかったのだ。一夏の心に押し寄せているであろう暗雲を想像するだけで気持ちが重くなる。

 

「一夏……。ごめんね、守ってあげられなかった」

「そんなことはないさ」

「っ!?」

 

保健室から出て室内に聞こえない小さく漏れる程度の声に返事があり慌てて振り向くと廊下の先から千冬が姿を見せる。

 

「い、今の聞こえて」

「読唇術位使えるだろう」

「普通使えませんし、どんな目してるんですか」

「そうか?」

 

相も変わらず凛々しい立ち姿で歩み寄る千冬が鈴音の頭に手を添える。

 

「お前が居てくれて良かったよ、あいつを支えてやってくれ」

「勿論です、千冬さんがダメだって言っても一夏の背中を守るのはあたしの役目です」

「織斑先生だ、と今は無粋な事は言わないでおくか」

「そうして下さい、それじゃ私は甲龍の整備も残ってますので行きますね」

「あぁ、っとそうだ、ラウラ達がこっちに来る際に中国の空路を確保してくれたらしいな。中国政府には改めて礼を言うが、個人的にも言わせてくれ。ありがとう」

「私の力じゃありませんけど、素直に受け取っておきます。結局間に合いませんでしたけどね、あの二人に何かあったんですよね?」

「さてな、私は何も聞いていない」

「そうですか、まぁ私から聞き出すつもりもないですけど。必要なら話してくれると信じてますから」

 

沈んでいた表情から驚いた表情、最後は笑顔へところころと雰囲気を変えて鈴音は廊下を軽やかに跳ねるように進む。

教師の手前か辛うじて走らない程度の速度を維持しつつ楽しそうにしている後姿は夜闇の沈んだ学園に溶け込み消えていく。

 

「全く、今年の一年生は生意気な奴が多くてかなわんな」

 

誰にでもなく呟いた千冬の言葉は空気に消え、鈴音の頭を撫でて行き場を失った手で自らの前髪をかき上げる。

勿論、この生意気とは優秀と書き換えて問題はない。

 

「さて、一夏の様子でも……」

 

鈴音と交わした言葉は小さく短なものだったので保健室の中には聞こえていないはずだ。

だが、室内から感じる違和感と聞こえて来る音に千冬は思わず扉を開こうと伸ばした手を止める。

 

「……馬鹿者が」

 

そう言って腕を組んだ千冬は扉に背を向けて静かに息を吐く。

仁王立ちと呼ぶには優しい表情で扉の前に立ち塞がる様は誰かが間違って保健室に入ってしまうのを禁じているようにも見える。

 

 

 

「また、負けた」

 

耳を澄ませて辛うじて聞き取れるか否かの本当に小さな声量で保健室に漏れる泣き言と吐き出される嗚咽。

目覚めた一夏の視界に最初に飛び込んで来たのが心配そうな表情で覗き込む鈴音だったからこそ弱音は出ず、続けざまの訪問者を前に悔しさを表に出すわけにはいかなかったのだ。

皆が去り訪れた沈黙の時間、溜まっていた敗北の重圧と滲み出る涙を堪えきる事が出来なくなっていた。

 

「ちくしょう、くそぉ……。強く、なりたい」

 

吐き出される言葉を千冬が聞いているとは露ほども思っていない混じりっ気のない一夏の本音。

最速の翼を持つ騎士が放つ最大の威力を秘めた一撃が通じず、すぐ届く所にあった友へ伸ばした腕は届かなかった。

一人前とは行かなくともISに関して素人でありながら勤勉に上達していき、幾度となく受けた恐怖を乗り越えたにも関わらず、一夏の剣は死神には至らなかった。

悔しさと情けなさを含んだ敗北感が腹の底から込み上げ、どうしようもなく悲しくて辛くて逃げ出したくても逃げられない呪縛となり全身に絡み付く。

惨めで無様で無残な剣士の末路を想像して、仄暗い意識の底からもう一人の自分が無力な自分を責め立てている。

強くなるしかない、強くなれるはずがない、強くなりたい、様々な葛藤が一人の少年の頭の中に幾度となく反芻されて渦巻いていく。

 

 

 

「……届くさ、お前の剣も言葉も」

 

弟の嗚咽が他人に聞かれないように部屋の出入り口を塞いだ千冬が小さく呟き、その目に世界最強として、IS学園教師として、織斑 一夏の姉としての光が帯びる。

束は敵ではない。親友として少なくとも千冬がこのミサイル事件で明確に感じ取った事だ。我儘で傲慢な友人ではあるが、無意味な事をするとは思えない。

だが、だとすれば謎は残る。

欧州連合やIS学園への襲撃、銀の福音やミサイル攻撃への関与、蒼い死神の存在と機体性能だけでは説明出来ない実力を有した搭乗者、ミサイル攻撃を行った存在。

親友がミサイルからIS学園を守る為に尽力した事実、弟が敗北に悔し涙を流している現実。分からない事と確かになった事が入り混じる。

蒼い死神が何者であろうが、本当の意味で敵が存在していようが、世界最強は分からないなら分からないで現状を受け入れる。

未だ姿を見せぬ悪意、以前に束が告げた世界に満ちる悪意が今になって実感出来つつあった。

 

「這い上がって来い、一夏」

 

それは姉からの激励であり期待であり鼓舞、そして弟への信頼と愛。

一夏の闘志がこの程度で途切れるはずがないと信じた上での言葉が溢れる。




セシリアにお母さん属性が付与された。
そんな馬鹿なと思ったものの、鈴音とラウラが並べば違和感がないような気もしなくはない。
サイズ的に。何のサイズとは言いませんよ。

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