IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第61話 視線つらぬく先に

緊張が走る、或いは空気が凍る。

そういった表現があると箒も知っており、戦場を経験し緊張が空気を通じ伝染する事も理解しているが、目の前の状況を表現するなら空気が歪むと呼ぶべきだろう。

ラウラから放たれた質問は「蒼い死神が欧州連合を襲撃した理由」ブルーが表舞台に姿を見せた当初、箒は保護プログラム下におり蚊帳の外ではあったが、その答えが「ブルーの実戦テスト」であると知っている。

束の性格からすれば十分な理由に思え、他の理由があるとは考えもしなかった。故に束の笑みに合わせるように空気が歪んだ錯覚を覚えてしまった。

 

「本当に賢い子だ」

 

束から漏れた褒め言葉に巻き込まれる前に逃げ出すべきと脳内警鐘が鳴り響いているが、この場は既に箒とセシリアの立ち入れる領域ではなくなっている。

質問を投げ込んだラウラは踏み込む先を模索しながら懸命に天災の視線を正面から受け止めている。

 

「いいよ、教えてあげる」

 

甘ったるく囁く声色から告げられる欧州連合襲撃の意図。

 

「一つはブルーディスティニーの実戦テスト」

 

この場においてセシリア以外は知っている蒼い死神の正式名称について今更言及する必要はない。

搭乗者やブルーの性能について聞かれてはいないのだから触れるつもりは束にはなく、ラウラ達も口を挟まず、実戦テストをあえて一つと銘打った意味が分からない集まりではない。

 

「二つ目は世界にブルーの存在を知らしめ伝説を作る為だよ」

 

息を呑む音が聞こえるが束は聞き流す。自分勝手な都合で蒼い死神の伝説を作り上げたのだと宣言する。

テスト機とは言えIS十二機を落とした事を伝説と呼ぶのを大げさとは誰も思わない。

軍の大失態は公には秘匿とされたが、大々的に発表していなくとも雨水が大地に染み込むように、ゆっくりと確実に世界中にその名は知れ渡った。

事実、一度目のIS学園介入の際は山田先生は蒼い死神を都市伝説としては知っていたが実在するとは思っていなかった。

存在を明らかにしながらも、表立っては行動しない。言わば欧州連合は死神の鎌を研ぐ研磨台で、名を馳せる為の生贄だ。

 

「やはり、そうなのか」

「おや? 予想は出来ていたって顔だね。踏み台にされた認識があるって事かな」

 

音が鳴る程に歯を噛み締めながらラウラは飛び出しそうになった罵声を飲み込む。声こそ出さなかったもののセシリアの瞳にも怒りの色が浮かんでいる。

その怒りも憤りも、向けられる敵意も当然だ、蒼い死神の乱入において死者が出なかったのは奇跡と言って差し支えないが、その裏で必至に救命活動に勤しんだ男達がいると知っているのだから。

宣戦布告もなしに一方的に蹂躙し、恐怖を叩き込み、他者を攻撃した行為が名を売る為だと言うのだ。

実戦テストであっても許せるものではないが、売名であるなら束が新型と発表するだけで名前は売れるのだ。

第四世代機は搭乗者の素性も併せれば存在するだけで売名行為と言えなくもないが、ブルーは力尽くで襲い掛かり名を知らしめたのだ。

 

「必要な事だったのですね?」

「二つ目の質問に答えてあげる義理はないはずだよ?」

 

歪んでいた空気が張り裂けそうな程に引き絞られる。それは無言の肯定と変わらないが束は笑みを崩さない。

何故束がこのような言い回しを選んだのか箒は考える、言葉運び次第ではここまでストレートな敵意を受ける必要はなかったはずだ。

 

(問われたのは襲撃の理由……。ブルーの名を世界に知らしめる理由を教える必要はない)

 

全身に敵意を受けて尚、冷静に思考が出来ている辺り箒に施されたユウの訓練は無駄ではないのだろう。ただ戦うのではなく、常に冷静でなければ戦場で生き残れないと徹底的に叩き込まれている。

感情や勢いによる補正効果は確かにあるが、客観的に自分を見る目を失ってはいけない。

 

(いや、もしかすると逆か? 結果的に怒らせたのではなく、煽った上であえて怒らせた?)

 

箒が思い至った予測はこの場で二人が怒りを覚えるかどうかを束が見極めようとしている可能性。

ラウラに取ってはある意味で家とも言える欧州連合を身勝手な理由で蹂躙されたとあれば怒るのも当然だが、代表候補生としての立場を考えるなら感情を抑え込む位は出来るはずだ。

勿論、言い回しがどうであろうが、事実は変わらず、特にラウラに至っては実際にブルーに物理的にも踏み台にされているのだから複雑な思いだろう。

 

(しかし、だとすれば姉さんは……)

 

自分自身の予測がほぼ確信に近い形で箒の中で膨らんでいくが、それはありえないはずの結論だった。

あの他者に全く持って関心を寄せなかった篠ノ之 束が感情論で煽るだけでなく、個人を識別しようとしている。

今この場で束に対し怒りを表すと言う事は束と敵対する可能性を示しており、それが分からない二人ではないはずだが、浮かべている嫌悪感を隠していない。

箒からすれば短い付き合いと言うにも短すぎるラウラとセシリアだが、この二人が愚か者ではない事は十分に理解している。

だからこそ二人の怒りは最もだと思え、姉の狙いを完全に読み切れていない事が悔やまれた。

 

「さてと、お茶も出したし質問にも答えた。これ以上君達に時間を割く必要はないと思うけど、どうかな?」

「……確かにその通りですね」

 

ラウラとセシリアとて自分達の取っている態度が代表候補生として好ましくない事は理解している。

損得を考えるならば、いかなる理由があろうとも、媚び諂うと揶揄されようが束には敵対せずに取り入る姿勢を見せるべきだ。国家や軍の意向も踏まえれば束を懐柔する姿勢こそ見せても、個人の感情で破綻を招くのは自殺行為だ。

しかし、湧き上がる怒気をいつまでも自制するには限界もある。怒りを表に出さないよう感情を隠す事は二人に取って造作もないが、ここで怒りを抑え込む行為はあの場にいた軍人達を否定するのと変わりない。

 

「我々はこのままIS学園へと向かいます。蒼い死神の捕縛に協力する事になるでしょう。侮るつもりは毛頭ありませんが、博士のバックアップがなければ苦しいのではありませんか? 何か切り札でもあるなら別ですが」

「この状況でまだ情報を引き出そうとするなんて、中々貪欲だね。これ以上質問に答える気はないよ、あ、そうだ、切り札と言えば逆に聞きたいね、君の言う切り札って言うのはつまり、君のISに搭載されてるアレみたいな奴の事を指しているのかな?」

「っ!?」

「図星かい? まぁ、詮索はしないでおいてあげるよ」

「くっ……。失礼します」

 

既に興味を失ったように束の視点はラウラを捉えておらず、情報戦でも舌戦でも勝ち目がないと思い知らされたラウラは湧き上がる感情を無理矢理抑え込み席を立つ。それに倣いセシリアも立ち上がる。

 

来た道を引き返し潜水艦から飛び立つ二機のISを束は追わず、箒に対して何か指示を出す事もしない。

箒の内心を語るなら、世界中にブルーを知らしめる必要性、二人が怒ると分かった上で真相を伝えた真意を問いたい所だが、辛うじて好奇心を殺し言葉を飲み込む事に成功する。

 

「……姉さん、ブルーには切り札があるのですか?」

 

数秒の沈黙に耐えきれず、箒の口から出た質問は本音とは別のもの。

 

「ないよ?」

 

未だ部屋で指を組んだまま動かない束が一息を吐いてあっさりと答える。

 

「で、でしたらユウさんの援護に向かわないと」

「必要ない」

 

立ち上がり背後に控えたままの箒に振り返った束がにっこりと笑う。いつもの邪悪な笑みではない。

 

「箒ちゃんは優しいね。本当は知りたいんじゃないかい? 蒼い死神を伝説にする意味を」

「そ、それは」

「お姉ちゃんに隠し事は通用しないよ? でもゴメンね? 今はまだ詳しくは言えない。その代わりに一つ教えてあげる。あの二人が怒ったらどういう事になるか分かるかい? いや、あの二人の立場から本来取るべきだった行動と言う方が分かりやすいかな」

「立場……。代表候補生と言う事ですか?」

「そう、代表候補生。それも軍属の人間である二人がこの私、篠ノ之 束を前にして拘束する事も、本国に指示を仰ぐ事もしなかった。対話と言うこの上なく極上な時間は大統領にだって用意できやしないのに何もしなかった。銀の福音の時は学園としての行動だから別と考えるけどね」

「待って、待って下さい」

「待たなーい、分かるかい? あの二人は優秀だ。ここでの行動は下手をすれば国家反逆とまではいかなくとも失態として責任を問われても文句の言えない立場なんだ。分からない二人じゃないはずだよ、それを理解した上で個人の感情を隠さなかった。さぁ、どういう意味を持つと思う?」

「……あ」

「ふふふふ、気付いたかい? そう、あの二人は非常事態に国家ではなく個人の感情を優先した。人間として当たり前のように思うでしょ? でも、その当たり前が国家代表や代表候補生には許されていない。だからこそ、自分の意思を貫こうとする人間が必要なのさ」

 

ニチャリと笑顔に影が落ちる。

 

「これから先、起こるであろう不測の事態に対応するには手札が足りない。己の意思を強く持つ駒が必要なのさ」

 

蒼い死神が伝説になる必要性、その戦場が欧州連合であった事、そこに優秀なIS乗りがいた事、偶然の連鎖と必然の重なりは天災の掌の上で巧妙に転がされている。

人間を手札と、盤上の駒と捉えながらも束は間違いなく他人の感情を思考回路に組み込んでいる。

それはユウに出会う以前の束を知る者からすれば考えられない変化だ。姉の思考に分からない点は多々あるが、妹はこの変化を人間として好ましいものではないかと考えていた。

 

「所で姉さん、ユウさんの援護が必要ないと言うのはどういう事ですか?」

「うん? 何と言ったらいいかな……。純粋な試合なら、ちーちゃんの方が強いと思うんだよね。でも、乱戦なら話は別だよ」

 

パチリとウインクした束の言葉の意味が何となくだが箒にも理解出来た。

 

 

 

 

IS学園上空で引き起こされた水蒸気爆発、爆音と爆煙の中心地では自ら放った爆発の衝撃でエネルギーを失った楯無のミステリアス・レイディがブルーに絡み付けていた四肢を垂れ落とす。

空中での爆発で砂塵が舞わなかったのが幸いしてか、視界を覆っていた煙はすぐに収まり、ハイパーセンサーを凝らしていた千冬を含めた戦線に残った六機の打鉄が状況を把握。

 

「更識!」

 

力無く落下を開始するミステリアス・レイディに向かおうとした千冬を楯無が視線で遮る。小さく頷く程度しか楯無に出来る余力はないが、視線に込められた願いが分からない千冬ではない。

重力に負けて落下速度を上げるミステリアス・レイディには移動程度だが行動を再開している鈴音が向かっており、付近の教師達が救助の布陣を整えているのを確認し千冬は安堵の息を吐き、改めて視線を上げる。

落ちてくるのは一機だけ、となれば上空にはまだ奴がいる。

 

爆発の中心地点、視界が晴れたのを確認してはいるが、ユウは自分が小さく笑っている事に気付いていなかった。

 

「……フッ、ハハ」

 

年端もいかぬ少女の自爆紛いの攻撃は屋外で使用され本来の威力には遠く及ばなかったはずだが、エネルギー残量は三割を切っており、全身の装甲にも幾つも亀裂が走っている。

ブルーもISである以上はシールドエネルギーの概念はあるが、全身装甲は搭乗者の素顔を隠すだけでなく強固な防御力に一役買っているのは言うまでもない。被弾に関しても戦場で叩き上げたユウであれば必要経費と割り切る事も出来る。

だが、許せなかったのは自分自身だ。

 

「馬鹿は俺の方か……」

 

フランスにて亡国機業のISアラクネと戦った際に驕っていた自分に反省したにも関わらず、ユウは自分が何処か少女達を侮っていたのだと思い知る。

ミステリアス・レイディの清き熱情を自分中心に放つと言う事は先に述べたように自爆と変わらない荒業だ。MSで運用すれば搭乗者が助かる可能性は限りなく低い。

絶対防御と言う概念がなければ恐らく使う事の出来ない手段は自分も相手も殺さない前提の上に成り立ち、命の価値を低く見積もっている。

束とは未だ通信は復旧しておらず、ユウは自分自身でブルーのエネルギー配分を切り替える。

防御に用いている残エネルギーを全て移動用のエネルギーに回す。当然ながら最低限の命を保障する絶対防御は発動しなくなる。

通常のISであれば搭乗者の安全を最優先とし絶対防御を無効化する指示は受け付けないが、ブルーは他のISとは異なり束が完全戦闘型として作り上げた機体。ISコアの成長すると言う概念すら持ち合わせておらず、搭乗者の指示に拒否を示す事は無い。

いつの間にかユウから笑みは消え、頭の中がクリアに透き通る。改めてEXAMを通して向けられている敵意を知覚しなおす。

必要な時間は十分に稼いだ。後は切り上げるだけだ。絶対防御が発動して行動できなくなる最悪の状況は避けねばならない。

 

「絶対に生きて帰る……。いい言葉だ、悪いが全力で突破させてもらうぞ」

 

真紅の瞳が不気味な程に強く輝き戦場全体を見渡す目をユウに提供する。

ここが何処で、何の為にこの世界に来たのか。その理由すら分からないまま地に伏せるつもりはユウにはない。

 

 

 

煙が完全に消えて装甲に亀裂こそ走っているが再び姿を見せた蒼い死神。

ロシアの国家代表が放った最大火力を受けて尚も健在な姿には驚嘆を覚えるが、傷がついているなら砕けるはずだ。砕けるなら倒せるはずだ。

楯無が作ったこのチャンスを無碍に扱うつもりは誰にもない。

 

千冬も含めた六機の打鉄が一斉に空を疾駆する。

距離的に最も近かった打鉄二機が急速接近、一気に肉薄してブレードを振るうがブルーはその身を一回転。

一機を側面から蹴り飛ばし、もう一機のブレードをその手で掴み取る。

 

「なにっ!?」

 

両手での白刃取りではなく無造作に右手で刃が掴まれた。

筋肉質な女が力を込めても刃は微動だにしない、空間に固定されたようにブルーの手から離れず、次の瞬間には甲高い音と共に刃が砕け散る。

ブルーの装甲やシールドのようにIS攻撃で武装が砕ける事はあるが、武器破壊の手段として手で砕く方法は通常は用いない。

最も、日本刀を模した打鉄のブレードは攻撃力こそ申し分ないが横からの衝撃に弱く耐久力は高いとは言えない武器だ。

打鉄の装甲や機動力と組み合わせて使用する事が前提であり、単純火力を受ければISの武装の中では砕けやすいと言っても良いかもしれない。

 

「化物が」

 

愛剣が砕け呆けた一瞬の隙を赤い瞳が見逃すはずもなく、ビームサーベルが胴を薙ぎ払う。唯一出た捨て台詞と共に敗北を受け入れるしかない程に致命的な一撃。

もう一機、蹴り飛ばされ体勢を崩していた打鉄が姿勢制御をおえて視線を上げた先に迫って来るのは蒼い堅牢な腕、胸倉を掴まれたと理解した時には腹部を殴られており、そのまま接近してきていた別の打鉄に向かい放り投げられる。

急加速で接近してきていた別の打鉄が慌ててブレードを捨て両手で味方機を受け止める。

が、既に団子状態になった二機に向かいブルーからグレネードが投擲されており、遅れてマシンガンとバルカンの弾丸が殺到する。

防御姿勢も反撃も許されぬままグレネードが爆砕、全身を撃ち砕かれる感覚と共に二機の戦闘能力が剥奪される。

 

その間は僅か数秒の出来事。

一瞬で三機の打鉄が落とされ、残る二機が呆けるのも無理はない。

唯一、この場でブルーに立ち向かう行為を継続出来た千冬が大上段に構えた刃を振り被りブルーに迫る。

 

「これ以上やらせるかっ!」

 

刃は蒼い盾に阻まれるが、重たい衝撃と共にブルーのシールドに蓄積されていたダメージが許容量を越える。

一夏の一撃に始まり、優先的に使われていたシールドが押し込まれ砕けこそしないものの悲鳴を上げる。

 

「くっ、やはり……。一対一になると強いな」

 

漏れたユウの言葉は千冬も含め誰にも届かない。

束が試合であれば千冬が勝ち、乱戦であれば勝てないと告げたのは正にこの言葉通り。

IS学園に初めてブルーが介入した時は山田先生と一夏が一緒だった。今回は鈴音や楯無を含めた生徒達や打鉄乗り達がいた。

元々千冬の戦いは一対一でこそ真価を発揮するが、守るべき者がすぐ近くにいた場合に千冬はそちらを優先してしまう。

守ろうとすればする程に戦闘力を低下させている矛盾に千冬を含めIS学園の関係者は気付いていない。

亡国企業や暴走したくーと言った例外を除けばまともにブルーと斬り合えているのは千冬ただ一人なのだ。

 

「ええい、邪魔だ!」

 

ユウが一喝しブルーの赤い瞳が一際強く輝き、バルカンの銃口を向けた上でビームサーベルを振り抜く。

弧を描いた刃の軌跡を回避しバルカンが放たれる前にブルーのシールドを蹴り飛ばし千冬が距離を取る。

瞬間、遥か下方から放たれる濁流の如き弾雨がブルーに襲い掛かる。

味方機が誤射をさけ近接攻撃に専念していた為に沈黙していた山田先生のクアッド・ファランクスが全砲門を開き火線を集中させる。

が、標的となったブルーは弾雨に向かい最後のグレネードを放り投げ、着弾、爆風を引き起こすと同時に急速上昇を開始。戦場に見切りをつけ離脱を試みる。

 

「なっ、逃がすか!」

 

本来であれば専用機に打鉄乗りとかなりの数が落とされており深追いは禁物だが、目の前で生徒が落とされている以上、千冬に一矢も報いず逃がす選択肢は存在していない。

急加速で空を駆けあがるブルーを追う千冬の取った手段は一零停止ではなく、残るエネルギー残量全てを食らい尽くす程の瞬時加速。

瞬時加速中に瞬時加速に入る二重瞬時加速と呼ばれる高等技術は存在するが、その一撃はブルーが最初にIS学園に介入した際に防がれている。

一撃離脱の戦闘スタイルにして近接武器一本で世界最強の地位に登り詰めた千冬に残された奥の手、更にもう一枚向こう側の扉を開く。

瞬時加速中の瞬時加速に更に瞬時加速を重ねる。世界広しと言えど千冬以外に使い手がいないと称される三重の瞬時加速。それは最早高速を超越した超速と呼ぶ部類だ。

 

ブースターを吹かし雲を越える高度にまで駆け上がったブルーは眼下から接近してくる存在をEXAMを通し気付いているが、瞬時加速等ISの技術に難のあるユウの不安要素が形となって迫って来ている。

秒と表現してもまだ遅い、まさに刹那、振り向いたブルーの眼前に刃を振り被った千冬が現れる。

脳内を走り抜ける直感の閃光、瞬時にビームサーベルにて応戦を試みるが、千冬の刃の方が速い。

桃色のビームサーベルが打鉄のサーベルと交わるより速く、振り落された刃がブルーの胸部を砕く。

装甲が大きく削られるものの内部にまでは到達していない。エネルギーを防御に回していれば間違いなく絶対防御が発動していた程の決定的な一撃。

 

「くっ!?」

 

舌打ちのように漏れた声がどちらのものかは判断つかない。

が、互いに次の一撃で決まる間合いでありながら、打鉄がプスンと気の抜けた音を立てて動きを止める。

 

「チッ、エネルギー切れか……。蒼い死神、いや、ブルーディスティニーだったか? 心配するな、通信は切ってある。束に伝えておけ、ミサイル迎撃の件は助かったとな」

 

ブルーから返事はなく、代わりに赤い瞳が何度か点滅した後に穏やかな緑の光に変わる。

本来敵対する必要があろうがなかろうが、千冬が姉としても教師としても蒼い死神に持っている怒りや恨みは本物だ。

生徒が傷つけられ、学園が攻められるとなれば千冬はブルーと戦うだろう。それはこれから先も変わらない。

だが、一つだけ確かなのは篠ノ之 束が天才であると言う事。周囲を巻き込む天災ではあるが、間違いなく天に愛された人間だ。

その彼女がブルーを必要とした意味、世界に潜む悪意と称した事柄、英雄白騎士であり、束の親友である千冬が動き始めている何かに勘付くには十分過ぎる。

 

「私は落ちるぞ、好きに逃げろ」

 

打鉄のエネルギーが尽きたのは三重瞬時加速による影響を考えても無理はない。

高速戦闘専用にカスタムした機体でさえ搭乗者を含め反動が半端ではない荒業だ。

実際に今なお空中で打鉄は崩壊を始めており装甲やスラスターに綻びが生まれ、部品がボロボロと落下を開始している。

小さく笑ってみせた千冬は重力に逆らう事を止め、自由落下を開始、時折姿勢制御を繰り返している事からも無事に降り立つ自信があるのだろう。

残されたユウは一際大きく息を吐き出しドダイを展開する。

 

「どっちが化物なんだか、これだから白い機体は……」




IS学園VSブルーは一先ず決着。
どちらが勝者とも言えない結果に落ち着きました。

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