IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第60話 あの死神を撃て!(後編)

大上段から振り下ろした千冬の一撃と迎え撃ったブルーのシールドが何度目か分からない激突、行き場を失った衝撃が一際大きな音になり響き渡る。

 

「ダッ!!」

 

振り抜かれた打鉄のブレードの痛烈な一撃がブルーを弾き、両者の間に空間が生まれる。

今度はその隙間を埋めるような突撃を仕掛ける者はおらず、互いに間合いを取り直す。

同じようにブルーを囲んでいた楯無と簪も距離を取り、周囲の打鉄乗りも必要以上に距離を詰める真似をしない。

戦闘の真っただ中にも唐突に落ちる沈黙の時間。達人同士の決闘であっても、国家同士の巨大な争いの局面であってもそういう時間は訪れる場合がある。

 

「ふぅ」

 

長くはないが深い息を吐いたユウは短く深呼吸を繰り返し呼吸を整える。

 

「やはり強いな」

 

実戦の経験、機体の性能、搭乗者の判断力に反射神経、何れを取ってもこの場でユウを越える者はいない。

更にEXAMが戦場に流れる意識を明確に感じ取り、過敏なまでに戦場を見せている以上は一対多と言えど、この数では然程問題になりえない。

が、ユウの前に立ち塞がる女達は確かに強かった。無論、それは膂力と言う意味ではなく、勿論、皮肉でもない。

世界最強にしても学園最強にしても彼女達の背後には守るべきものが控えている。

それが肉親であれ、立場であれ、責務であろうとも、精神的支柱がある者は追い込まれて尚強さを発揮する。女尊男卑の時代を良くも悪くも体現している面々だ。

対するユウは究極的に言ってしまえば一人だ。今は束にすら声が届いておらず、完全な孤立無援。紅椿さえいない今、補給の期待もなければ退路も確保出来ていない。

当然ながら弾薬もエネルギーも有限であり、時間が経つ程に不利になるに違いない。

戦場に大きい小さいと差をつけるつもりは毛頭なく、今以上に難しい戦場は山ほど駆け抜けた経験がユウにとっての支柱である。

その上で、相手が強いと理解し自分の状況が厳しいと認識せざるえなかった。それでも、ユウはここで討たれるわけにはいかないのだ。

 

束や箒のオペレーションもない以上、引き際は自分で判断するしかなく、僚機も援軍もオペレーターもいないのだから選択を誤れば一瞬で全てが終わる。

ISとしての蒼い死神がいかに背後勢力に救われていたか良く分かる。束の援護がないだけでユウの戦いにおける選択肢は極端に狭くなる。

改めてISと化した手を握り、MSでは味わう事の無かった痺れや重みを感じ取る。MSでの戦いであっても疲れを感じる事も精神的に追い込まれる事もあるが、IS程肉体に対し直接的ではない。

ここではない何処か、ユウの知る宇宙世紀とも異なる世界ではMSを手足のように扱う人間もいるが、彼等とユウは似ているようで別の存在。

ユウはパイロットであってファイターではない。ISを操縦するにあたってMSの経験は武器になるが、挙動が同じではない。

 

もう一度深く短く息を吐いて視線を上げる。

一分にも満たない束の間の休息は終わり、周囲のISも同じように緊張に満ちた一息の時間が終わったと感じているに違いない。

ユウ・カジマに取って因縁とも言うべきブルーディスティニーに乗る以上、変わらぬ任務が根付いている。

生きて必ず帰還する、機体と一緒にだ。

 

「来るぞ、更識二年生」

「分かってますよ、世界最強先生」

「皮肉のつもりか?」

「まさか、私は本当に先生を尊敬していますよ」

「……喜んでいいやら情けなくなるやら複雑だな」

 

そんな姉と教師の言葉を簪は何処か他人事のように聞き流していた。

 

≪多汗、熱量低下、脈拍、乱れ有、呼吸、不安定≫

 

音声ではない文字によるアナウンスに一瞬簪は何の事か理解が出来なかった。

それが完成しそれほど時間は経過していないが、熟知した打鉄と自分自身のデータをフィードバックした専用機が発している警告だと言う事に。

戦闘の間に訪れた僅かな間、一呼吸の休息は戦況を見定め緊張を解す為に熟練の戦士にも必要な時間。

セシリアやラウラであれば不意に訪れたこの時間を有意義に使うはずだが、軍属でもない簪には経験が不足していた。

更識として生まれた以上、少なからず常人とは違う生き方を知っている簪だが、幸か不幸か暗部としての簪の負担は全て姉である楯無が請け負っていた。

普通の人生が無理でも命のやり取りさえ平然と行われる裏の世界に妹を関わらせない為にと姉は妹の為に全てを投げ打った。

結果的に姉妹仲に溝を作ってしまったが、それでも姉は妹の日常を守り抜き、歴代でもトップクラスの暗部としての顔を手に入れた。

が、簪に決定的に不足している実戦経験が今ここに形となって舞い込んで来る。

 

「あ、あれ?」

 

ドクンと脈打つ自身の鼓動に異変を感じ、滝のように汗が流れ落ちている事に気付く、関節が震えを帯び、気が付いた時には簪はカチカチと歯を打ち鳴らしてしまっていた。

唐突に生まれた空白の時間は張り詰めた緊張を現実として受け止めざるえない時間。

怖い、たった一言の経験が今までの人生で感じた事にない重圧になり全身を押し潰さんとしてくる。

実戦における大前提は命を賭ける事だがISに乗っている以上、絶対防御が命を守ってくれる。

ISはエネルギーが尽きれば動けない、それはISである限りブルーにおいても同じではある。

世界最強と学園最強を上回る戦闘力を持っていようとも最終的に誰か一人でもエネルギーを削りきれば勝利に違いない。

ISの安全神話は絶対防御が発動し命が保障され上で成り立つものだ、絶対防御発動以降の攻撃は想定されていない。

 

簪は考えてしまったのだ。

果たして目の前の相手はこちらと同じ条件で戦っているのだろうか、と。

もし自機のエネルギーが付き、絶対防御が発動した上で動けなくなったとして、搭乗者の息絶えるまで死神が攻撃しない保障はない。

IS学園側が全機落ちたとして動けなくなったからと言って戦いの幕は閉じるだろうか。

姉が肩代わりしているとしても家が暗部である以上、人を殺すと言う事は知識として知っている。

しかし、その脅威が自分自身に向かっている現実を直視し、自分を含め人間が死ぬ想像をしてしまった。

 

息が上がり、吸っているのか吐いているのかも分からなくなる。

口の中が干上がり喉が水分を欲していると頭の片隅で辛うじて認識しているが、尚も呼吸は荒くなる。

外傷を負ったわけでもないのに血の巡りに異変を感じ、激しくなる心臓の音が嫌なリズムを刻む。

 

「簪ちゃん!?」

 

空中で金縛りにあったように動けなくなった妹に気付いた姉の叫びは既に妹に届いていない。

実戦がどういうものか、その中で生じる呪縛を分かっていたはずなのに勢いのまま妹を戦闘に介入させてしまった後悔が今になって楯無に襲ってくる。

戦いの一瞬の間の使い方、緊張が全身を支配した結果、虚ろになってしまった視線の先で赤い瞳の死神が簪に向けた視線。

距離は十分にあり、死神に攻撃の動きは見られないにも関わらず、視界が赤く染まりガタガタと音を立てて全身が恐怖に震える。

動けない、戦闘続行は不可能、本能に刻まれている死に対する恐怖から顔を背ける為に頭の中をぐるぐると意味不明の思考が渦巻く、肉体的にではない、精神的な限界。

挫折続きの人生に、戦闘ではない形でまたひとつ敗北が刻まれる。薄れつつある意識と視線は最後まで敵を見据えており、恐怖に心が砕けたとて、簪は決して諦めてはいない。

最後の瞬間まで更識 簪は勇敢に戦場に立ち続ける事を止めなかった。

 

≪生命維持、最優先、安全保持、スリープモード移行≫

 

やっと出来た専用機、姉と少し近付けた気もする、これから代表候補生としての日々が始まるはずだった。

既に言葉はなく打鉄弐式の表示するメッセージを見届ける事は叶わず、簪は最後まで繋ぎ止めようとした強靭な意識を手放す。

成人男性であっても全く見ず知らずの人間の死体で嘔吐する場合があり、戦場を踏破した軍人でさえ唐突に狂う事がある。

実戦の空気は高校一年生の女の子には余りにも重く冷たい非日常となりえるものだ。一流の戦士である打鉄乗りでさえ心が折れる場で簪を責められるはずもない。

 

「簪ちゃん!!」

 

落下を始めた簪の姿に楯無が再び声を張り上げ、飛び込もうとするがそれを静止する者がいる。

簪を受け止めるべく地を蹴ったのは地上にて戦意を失っていた教師の一人。

 

「戦えなくても生徒は守ってみせるっ!」

 

未だ体を支配する赤い瞳の恐怖に飛ぶ事もままならないまでも懸命に腕を伸ばした教師は落下してくる簪を受け止め抱きかかえる。

生徒を守る、非常時に置きながらその一点において彼女は間違いなく教師の鑑と言えた。

簪の身に起こった異変は戦場では決して珍しくはない。いかに芯が強く素質に溢れた人材であっても実戦の空気は別物だ。

前回簪が蒼い死神と相対した際はアリーナであり、イレギュラーと言えど自分達の土俵だったが、今回は全く異なる環境でミサイルの猛攻から引き続いての戦闘だ。

限界まで張り詰めた緊張の糸が切れてもおかしくはない。むしろこの結果は予想の範疇の一つで千冬も楯無も想定していた一幕だが、現実として見えている事と感情は別物だ。

目の前で簪が落ちたと言う結果が、楯無の頭の中を駆け巡っている。冷静になれと自分で自分に呼び掛ける声は聞こえているが、既に怒りの沸点は振り切っている。

 

「……許さない」

 

小さく呟いた楯無の視線は眼下で簪を抱きしめて上空に無事であると手を振る教師を捉えているが、怒りと言う純粋な本能が脹れあがっている。

戦って落ちたわけではないが、そんな事は最早関係ない。きつく強めた眼光でたたずむブルーを睨み付け、全身が熱くなる。

蒼流旋を真っ直ぐに構え突貫を開始、辺りに水を撒き散らしながら「ぁぁあああ!!」叫びと共に突き動く姿は水槍を構えた海神を彷彿とさせる。

 

「更識!」

 

反射的に千冬が叫び異変に気付いた打鉄乗り達もフォローに動こうとした所で立ち止まる。

 

「これはっ!?」「おい! ロシア国家代表、落ち着け!!」

 

瞬時加速でも一零停止でもない、どちらかと言うと足運びの一種を用いて一気にブルーに接敵したミステリアス・レイディが周囲に撒き散らしているのはただの水ではない。

ナノマシンを凝縮した水が霧状に辺り一面に白く散布されている状況に千冬や打鉄乗り達が踏み込むのに躊躇するのも当然だ。

機密情報の高い国家代表のISではあるが、IS学園生徒会長としての面も持つ楯無のISは学園の看板の一角を担っており有名になるのも無理はない。

つまり、知っているのだ。この現象がロシア国家代表の専用機が誇る最大威力の必殺技への布石だと。

 

射程も重量もある蒼流旋による突撃はビームサーベルで弾かれるが、勢いのまま突っ込んだ楯無は力任せに蒼流旋を引き戻し横薙ぎに殴り付ける。

強引な攻め手ではあるが第三世代機の中でも単純なスペックから上位に食い込む性能のミステリアス・レイディの連続攻撃だ。普通であれば対処出来るレベルではない。

が、ブルーは半歩で間合いを見切り回避、敵意を剥き出しに真っ直ぐ向かってくる相手の攻撃はEXAMが鋭敏に感じ取りブルーの目を通してみるユウには楯無の動きが手に取るように分かる。

 

「こんのぉ!!」

 

歯を剥き怒り任せの暴槍は威力こそあれど大振りで、軌跡が見切られている以上何度繰り返そうが当たる気配はない。

ブルーが極力受けるのではなく回避しているのはそれだけ威力があると分かっているからだ。

 

「……まずいな」

 

眼前で槍を振り回す楯無の動きを見切りながらもユウは思考を巡らせる。

既に周囲は水が霧となり充満しており、霧の結界とも言うべき空間は楯無にとって味方機が入り込む余地がないと同時にブルーの退路を遮断している。

単純に一対一の対決であるなら怒り任せの相手はブルーの敵になりえないのだが、接敵を許した段階でユウであっても油断できない状況に陥ってしまっている。

束と共にIS学園の専用機持ちの情報を仕入れている以上、当然ながら楯無もチェックしている。その機体の特殊性も必殺技についてもだ。

故に楯無から距離を取る事は得策ではない。逃げる為に距離を取れば相手の思う壺で、楯無を落として距離を作ってしまえば技の発動を許すようなものだ。

ミステリアス・レイディ最大の技は大空の下で放てば本来の威力を持たないと分かっていても、油断して良い技ではない。逆に言えば自分自身を巻き込む楯無の近くであればその技は使えない。

 

「いい加減、当たりなさいよ!!」

「やるしかないか!」

 

重たい風切り音と共に振り上げられた蒼流旋の円柱状の刃が正面からブルーに叩き落とされる。

ならば、とブルーの取った行動は避けるのでも、ビームサーベルやシールドで防ぐのでもなく、両手で正面から回転衝角を受け止める事。

衝撃と回転にブルーとミステリアス・レイディの間でガリガリと軋む音が響くものの、単純な出力であればブルーに及ばず両者の動きが止まる。

が、その時、ユウは国家代表と言う存在を本当の意味で知る事になる。

国家代表、国を背負う者、防衛としてISが使われる場合の最重要戦力、敗北を許されない存在。

 

「つかまえた」

 

囁く声にユウの背中を冷たいものが流れ落ちる。

動きが止まったのはミステリアス・レイディだけではない、ブルーも同じだ。

蒼流旋から手を離し、ふわりと、水面に降り立つ女神のように、ミステリアス・レイディが舞う。

既にお互いの距離はランス一本分にまで迫っているのだから距離を詰めるのは簡単で、頭を、腰を、足を、ミステリアス・レイディの全身を持ってしてブルーに絡み付く。

バルカンの完全な射程距離にも関わらず、楯無が笑っている。束のものに近い獰猛な粘りつくような笑み。

怒りと言う純粋な本能に身を委ねていながらも、身体の奥底にまで染み込ませた勝つ為の戦術は忘れない、本当に強くある者は我を忘れて尚、勝利を渇望する。

霧纏の淑女の名に恥じぬ渾身の策略、自らを爆心地にする事さえ厭わない、全てはこの一撃を与える為に。

 

清き熱情(クリア・パッション)

 

大爆発──。

 

ナノマシンで構成された水を霧状に散布、発熱、気化させる事で瞬間的な水蒸気爆発を引き起こすミステリアス・レイディの最大の一撃。

本来は霧を敵機に集中させ爆発させる密閉空間でこそ真価を放つ技であり、解放空間では密度の関係上威力を保つのが難しい。

が、ナノマシンで敵機を囲うのではなく、自機を中心にナノマシンを散布しているのであれば中心地の火力は本来の威力に決して引けを取らない。

更識 楯無はIS学園の生徒達の長、ゆえに、その振る舞いに揺らぎはない。

 

 

 

 

潜水艦内に通されたラウラは思わず絶句せずにいられなかった。

種類により大きさも性能も異なる潜水艦だが通例として深く潜る艦である程、水圧に対抗する為、大きさに反比例して中は狭くなる。

人参色をした一見不気味な潜水艦も入口から通路に至るまでは人一人通るのがやっとの広さであるが、通された広間が異質だった。

小さな会議室程はある空間は潜水艦としてはありえない空間、揺れの対策として床と一体化はしているが椅子も楕円形の机も完備されている。

 

「ほら、座りなよ」

 

中央奥側に陣取り着席した束に促されラウラとセシリアは互いに頷き合った上で席につく。

束の背後ではいつでも紅椿が展開できるようにと二人を注視する箒が控えている。部屋にはISを展開するだけのスペースが十分にあり、最悪戦闘になった場合を想定せずにいっれなかったのだ。

 

「うん? 不思議そうな顔をしてるね、なぜISを没収しないのか気になるのかい?」

 

とぼけた口調の束にラウラとセシリアは距離を測りかねていた。

あの篠ノ之 束の秘密基地とも言うべき場所に入り込み、世界中が渇望する人間が目の前にいる。おまけにラウラ達はISを所有しているのだから力尽くで誘拐も不可能ではない。

 

「箒ちゃんも殺気は抑えた方がいいね、それじゃお話出来ないよ」

「し、しかし」

「心配いらないよ、いざとなれば二人を夢の世界に案内する事もISを強制的に引き剥がす事も出来るから」

 

渋々ではあるが束の言葉に箒は大きく深呼吸を行い闘志を抑え込む。

が、落ち着きを取り戻す箒とは反対に表情を硬くしたのはラウラとセシリアだ。ISを強制的に引き剥がす、束は確かにそう言い放ったのだ。

 

剥離剤(リムーバー)だと言うのか」

「およ、知ってるのかい?」

 

ラウラの言葉に意外そうな表情を浮かべた束が小首を傾げる。

 

「た、確かに欧州を筆頭に各国は対IS用の切り札としてISと搭乗者を切り離す剥離剤の開発に着手していますが、未だどの国も目立った成果は上がっていないはずです。まさか博士は……」

「あるよ? 色々と課題は残ってるけど、取り合えず形にはなってる。試してあげようか?」

 

返事の代わりに青褪めるしか二人には出来ない。

第四世代機に続き剥離剤と各国が躍起になっている最先端の何歩も先を目の前の人物は歩んでいる。

この場で束に逆らいISと引き剥がされた上で海にでも突き放されようものなら命運は尽きると言って良い。脅迫紛いではあるが、駆け引きは既に始まっている。

 

「まぁ、脅しても仕方ないよね。まずは単刀直入に言うよ、助けてくれてありがとう」

 

頭は下げず高圧的な態度は崩さないまま言葉だけで告げる束の謝辞、生真面目が服を着ているような箒が顔を覆いたくなるのも無理はないが、他人に興味さえ示さない束が自分のテリトリーに誘い入れただけでなく会話に応じ、感謝を示しているのだから驚嘆すべきだ。

最も、援軍がなくとも束は一人で何とかするつもりでいたのだから、裏の手の一つや二つはまだ持ち合わせているに違いはない。

 

「いえ、博士がご無事で何よりです。所であの連中は一体」

「さぁ、何だろうね? 私の敵は世界中にいるから」

 

あの連中とは束を狙っていた敵に他ならず、拠点としていた孤島のある一帯にミサイルをバラ撒き、潜水艦での脱出を余儀なくさせた存在。

正確には人参色の潜水艦を追いかけ魚雷で追撃していた国籍不明の二隻の潜水艦、三機のISによる攻撃で撤退した謎の勢力。

拠点から逃げるしかなく決して良い気分とは言えなかった束だが、今は少し機嫌が回復しておりラウラの探るような言葉に「ふふん」と鼻を鳴らしている。

それはつまり、まともに質問に答える気は無いと言っているに等しく、束を狙いIS学園に攻撃を仕掛けた亡国機業について教えてやる気はないと言う事だ。

 

「あ、あの、束さま、お茶をお持ちしました」

「おお、ありがと、くーちゃん」

 

とてとてと擬音が聞こえそうな足取りでトレーに四人分の紅茶を入れたくーが姿を見せる。

長い銀髪の少女の姿にラウラが目を見張り、蒼い死神に救われた少女の話を聞いていたセシリアが「まさか」と言葉を見つけられずにいる。

 

「よ、よければどうぞ」

 

見ず知らずの人間に戸惑いを浮かべたくーがおずおずと尋ね、ラウラとセシリアはすぐに笑顔に切り替える。

 

「頂こう」

「私も頂きますわ」

 

机に並べられた紅茶は安物のインスタント、イギリスの令嬢であるセシリアからすれば一蹴できるレベルの代物であるが、セシリアは優しく微笑み少女の髪を指先で撫でる。

くすぐったそうに破顔したくーは嬉しそうな様子を隠そうとしない。

 

「……辛くないか?」

 

ラウラの言葉に秘められた意図にくーが気付けたかどうかは定かではないが、きょとんとした表情を浮かべた後に大きく頷く。

 

「みなさま良くしてくれています」

「そうか、良かったな」

「はい」

 

出生はともかく同じ祖国を持つ少女を蒼い死神が救ったと映像記録で確認はしているが、その事実が目の前の少女の笑顔に重なる。

今ここで少女を問い詰めれば蒼い死神の正体も狙いも分かるかもしれないが、幸せそうに微笑む少女に詰め寄る事がラウラには出来なかった。

辛うじて出来たのは部屋を後にする少女の背を複雑な笑みで見送るだけ。

 

聞こえないはずのニチャリと口角を上げる音が聞こえた気がして箒は束の顔色を盗み見る。

そこには予想通りと言うべきか、死神との契約書を広げた天災がほくそ笑んでいる。

 

「賢い子だね、君の判断に敬意を払ってあげる。助けてくれたお礼が言葉だけじゃ物足りないでしょ、お礼に何でも一つだけ、質問に答えてあげる」

 

両手の指を組み合わせ机の上に肘を付き、手の上に顎を乗せる姿から何を考えているのか読み取る事は難しいが、身内である箒には束が現状を楽しんでいるのが良く分かる。

賢い子と称したのがくーではなく、ラウラに対してであるのは明白で、くーに対するラウラの態度を見て束の機嫌は明らかに上昇している。

ラウラがくーを使って束の手の内を探るような真似をしていれば今頃セシリアと一緒に海に放り出されているだろう。

束が浮かべているのは笑顔だが、場合によっては不要な存在を切り捨てる鋭利な一面を隠そうとはしていない。

 

「な、何でも、ですか」

 

思わず頬をひくつかせたセシリアが喉を鳴らす。この会合に千載一遇を見出したに間違いはないが、ここまでチャンスが転がり込んで来るとは思ってもいなかった。

たった一つと言ってもあの篠ノ之 束に質問出来るまたとない機会、大げさな言い方をすれば世界の真理に触れると言っても良いかもしれない。

だが、正面から視線を迎え撃つラウラの瞳は束の挙動を見逃すまいと微動だにしていない。

 

「セシリア、質問の内容は私に決めさせて貰って構わないか」

「え、えぇ、お任せ致しますわ。私には少々荷が重たすぎます」

「ありがとう……」

 

束とラウラ、互いの視線を交えたまま短い沈黙、片や作り込まれた笑顔で、片や作り込まれた無表情で。

この場に座るのがラウラでなく千冬であったなら、全て吐けと強硬手段に訴えたかもしれないが、残念ながらラウラにその手は取れない。

 

「決まったかい? 蒼い死神、第四世代機、コアネットワーク、テロリストの情報、各国軍事力、各国代表や代表候補生の戦法、織斑 千冬のスリーサイズ、勿論、私でも可。あ、箒ちゃんはNGだよ」

 

肩を竦めた束が何でも聞けと、何でも答えられると真っ直ぐにラウラを射抜いている。

 

「……では、一つ、教えて下さい」

「何だい?」

「……蒼い死神が欧州連合を襲撃した理由を」

 

「…………へぇ」

 

ラウラの絞り出した質問にセシリアと箒は「?」と質問の意図を読み切れずに疑問符を浮かべているが、対峙する束は少し長めの沈黙の後に面白そうに笑みを深める。

 

「その質問で良いんだね?」

「はい」

「本当に賢い子だ」

 

質問の矛先はブルーが世界に姿を見せた始まりの戦い、死神を紐解く最初の引っ掛かり。


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