IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第57話 駆け抜ける嵐

目を見張る状況がこれほど如実に現れる場面があるだろうか。

IS学園始まって以来の危機的状況にIS学園始まって以来の外敵要因が出現したのだ。束が味方として関与している事に疑いを持っていなかった千冬でさえ、その出現を簡単に容認は出来なかった。

出現した蒼い死神が敵かどうかで問われればこの場にいる者は敵と答えるしかないのだ。いかにIS学園が国際法の適応外のある種の無法地帯だとしても国際テロリストを認められない。

ミサイルの猛攻に晒されている状況下で、IS学園側が死神に手を出せないにしても少しでも保身を考えればありえない中で、蒼と紅は舞い込んできた。

白騎士事件のプロパガンダを考えれば全てが束の掌の上と考えられなくもないが、その選択肢は束を最もよく知ると言っていい千冬の中から既に消えている。

IS学園を襲撃したミサイルを蒼い死神が颯爽と救うとなれば話題性は十分だが、テロリストと認定されている以上は参戦するデメリットの方が大きい。

 

複雑な背景を考えずにいられない千冬を他所にブルーは両手に武装を展開し終えている。

右手にブルーのマシンガン、左手にはジェガンのビームライフルとシールドの内蔵二連装ミサイルランチャーがスタンバイ。同様に有線式ミサイルとバルカンも射出態勢に入っている。

 

「……当てる」

 

緑色のツインアイが捉えISのレーダーが認識している数え切れないミサイルをユウの視線が追い、標的を確認。

トリガーが絞り込まれマシンガンとバルカンから弾雨が吐き出され、ビームライフルから閃光が迸る。シールド内臓と含め四つに増えたミサイルが轟音を上げIS学園を包囲する一角を焼き払う。

と言っても火力で押し通すだけであればラファール・リヴァイヴや打鉄でも可能な芸当だ。圧倒的な破壊力を有していようが今回の敵は耐久力は無いに等しく、ちまちまと砕く作業に変わりはない。ミサイルを迎撃する観点においてブルーがIS学園のISより特別優れているわけではない。

射撃性能に主観をおけば地上から濁流の如く弾丸を飛ばしているクアッド・ファランクスに分が上がるだろう。

案の定、ブルーが焼き払った爆炎の中から次々と後続のミサイルが迫って来ている。最も、それらの後続部隊は紅椿の空裂が放つ飛ぶ斬撃によって粉砕される。

EXAMこそ性質上は搭乗者次第で無限の戦闘パターンを構築出来るが搭載している武装も含めブルーは一対多の状況を特化想定しているわけではない。

基準となっているMSとISの違いがあるにしても、元より実験機としての意味合いが強く、味方機に損害を与える場合も考慮され単機運用を強いられる場面もあったのだ。

ブルーは一度出撃して問題なく帰還する事さえ難しいモルモットの忌み名を忠実に再現する機体であったと言っても良い。

が、いざ戦場となれば駆け抜ける稲妻とも死神にもなり、モルモットと揶揄されようとも、今この場において必要なのはIS学園を守る一手の一つとなる事だ。その忌み名を乗り越えた先に辿り着いた境地が今はいかんなく発揮されている。

 

「ふざけやがってっ」

「そう言わないの、助けてくれるって言うなら有難い話じゃない」

「ハッ、何処まで信じていいやら。面白くない限りだね!」

「信じる必要なんてないわよ、利用するつもりで良いじゃないの、私にとっては母校を守ってくれるなら願ってもないわ」

 

勿論、ブルーがIS学園を守る実績を残すとなれば異論を唱える者達が出て来るのは必須。

特にIS学園に攻め込むブルーから学園を守る任務を帯びている打鉄乗り達からしてみれば完全に逆の行為を取られているのだから苦心でしかない。

会話を交わしながらも弾幕を張り続けている辺りはプロとして十二分に実力を有している証拠だろう。

今すぐにでも斬りかかりたい衝動を抑えているのは楯無も同様だが、学園を守る事が最優先である事は打鉄乗りも楯無も理解している。

蒼い死神が敵として攻め込んでくるなら喜んで迎え撃つ所だが、正直に言うなら現状で蒼い死神と紅椿が敵になると考えたくもなければ、ミサイルと同時に相手が出来ると己惚れてもいない。

出来るのは常に蒼い死神を意識しつつ見逃さないように画策するしかなかった。

 

「箒っ!」

 

唯一全員の気持ちを正面から代弁出来たのは精神的に高揚している面も手伝った一夏だ。

弾と交わした友達なら殴ってでも話をすればいいと言う言葉が頭の中で反芻しているが、この場で紅椿に斬りかかる程に一夏は愚かではない。

ミサイルを切り落とす動きを止めなかった点も含めて成長していると言って良いだろう。

 

「何で、何でここに来たんだよ! 一体何がしたいんだ、お前達は!」

 

その叫びは幾度となく阻まれた思考の壁がもたらしたもの。千冬でさえ読み切れていない束の考えに真正面からぶつかった結果だ。

 

「…………」

 

しかし、箒は返せる答えを持っていない。

今でこそ自分の意思で剣を握っているが、保護プログラムに始まり、誘拐未遂、姉との再会、異なる世界の兵器パイロットとの出会い、ISを使った実戦。

一夏が積み重ねた努力で強くなったように、箒も積み重ねた経験の中で世界に潜む存在に気付きつつある。

その中で自分達の存在の矛盾にも気づかないわけがない。蒼い死神の行動は第三者的視点で見ても本意が分からない。

欧州連合、IS学園、米国、様々な繋がりがある中で、ある時は敵対し、ある時は一方的な正義を翳している。一本気の固まりのような性格をしている箒とて完全に納得しているわけではない。

実戦経験の数こそ下回るが、精神的な意味では箒に培われてきた時間は一夏を凌駕する程に苦労を重ねている。それでも「貴様と話す舌は持たん」と一蹴出来る程に箒は大人になりきれてはいない。

だからこそ、交わしたい言葉が多々あれど今は沈黙を貫く他に道はない。その刀で、背で、行動で、IS学園を守る為に参じたのだと語るしかない。

 

「一夏っ! 今は集中なさい! 全部終わってから逃がさなければ良いだけよ、その時は私も協力するから!」

 

龍咆による全方位射撃を繰り返しながら叫ぶ鈴音の言い分に千冬や打鉄乗りも頷きを返す。

今この場で味方なら利用すればいい。IS学園の安全が確保出来た後は数の優位性で囲んでしまえばそれまでだ。優先順位をはき違えてはいけない。

これまでの蒼い死神の行動を鑑みれば一夏の「何がしたいのか分からない」との言い分は正確だ。

意図的に隠されている行動もあるが、IS学園の視点から見れば蒼い死神は敵でしかない。が、少しだけ視点を変えれば銀の福音を最終的に救ったのが束なのはIS学園側も掌握している事実だ。

だからこそ、一夏の言葉は正しく、箒の沈黙も間違っておらず、鈴音の言い分も的を得ている。ユウとてミサイルの迎撃が済んだとして何事も無く撤退出来るとは思っていないのだから。

 

「分かったよ鈴。後で話をさせてもらうからな、箒!」

 

再び宙を蹴りミサイルを切り捨てる為に空を駆ける一夏を二人の幼馴染が見送り、次の瞬間には互いが視線を交える。

昔から一夏の友人である間柄の二人は共に出会う機会にこそ恵まれなかったが、場合によっては友人になりえていた二人。共通しているのは友として一夏を想っている事。

互いに無言ではあるが、箒からすれば「一夏を頼む」と願いが込められ、鈴音からすれば「一夏の敵になるなら容赦はしない」と怒りにも近い思念が寄せられている。

繰り返しになるが、この場にいる誰もが間違った感情は浮かべておらず、各々の立場から見れば何れも正しい見解だ。

 

最も、打鉄乗りや更識姉妹、鈴音や千冬と様々な含む視線を浴びせられていると気付いていながらもユウは全く持って相手にしていなかった。

軍属の人間としても彼女達が置かれている状況が理解できるからだ。出撃前に箒に言ったように、この状況下でブルーと敵対する悪手を選ぶはずがないと確信がある。

だからこそ搭載している最大火力でありながら弾数に制限のある有線式ミサイルやジェガンシールド内臓ミサイルを初手で使用したのだ。

残る武装はマシンガン、バルカンとビームサーベルと言ったブルーの基本装備に加え、新しく追加されたハンドグレネードとビームライフルだけだ。

戦闘の継続性を考えれば奥の手は持っておくべきだが、目先の状況を甘く見れるものではないとユウは知っている。ミサイル一発が奪うものの大きさを知っているからこそ全力を尽くす事に躊躇わない。

現に今もマシンガンで弾をバラまきつつビームライフルで的確にミサイルを打ち抜いている。いつ後ろから撃たれるか分からない敵地と言って良い場所に出向いているが、迎撃に集中出来ているのはIS学園側の行動が読み切れているからに他ならない。

鈴音や打鉄乗りの会話も聞こえているが、逆に言えばブルーと紅椿が現れた事で彼女達は既にミサイル迎撃後の蒼い死神の行動を心配をしている。ミサイルの猛攻を乗り切る算段として本人が意識せずにブルー達をあてにしている証拠と言っても良い。

甘いと言えなくもないが、異なる戦力集団が共通の敵を目の当りにして共闘に発展するのは自然な流れ、ブルーが完全な敵ではないと言う楔が既に打ち込まれているのであれば尚更だ。

 

≪気を付けて下さい! 上空から急速接近してくる物体が……。大型弾頭、フ、フレシェット弾確認!≫

 

「……衛星からか」

 

聞こえてきた虚の声に頭上を見上げたユウが顔を顰める。ハイパーセンサーが捉えている新しい大型弾頭ミサイルの総数は二十。数は多くないが明らかに他のミサイルとは描いている軌道が違う。

 

「フレシェト弾とは何ですか?」

 

軍事として十分な知識があれば話は別だが、箒が疑問をユウに問うのも無理はない。

実際に他に顔色を変えているのは打鉄乗りと千冬、鈴音と更識姉妹位なもの。生徒と教師の一部には分かっている者もいるようだが、半数は「?」を浮かべている。

フレシェット弾、即ち矢弾と呼ばれているもの。クラスター弾は小型の爆弾を搭載していたが、フレシェット弾は矢状の弾丸だ。

武器として登場した当初はライフルに比べ速度と貫通力に秀でた優れた殺傷能力を持つ設計思想の下に作られたものだが、実際には軽量化が仇となり風圧に押し負け命中率を確保出来なかった。

欠陥武器としてしまえばそれまでだが、観点を変えた事で武器として非常に有用な存在にその姿を変えた。

クラスター弾同様に砲弾の弾頭に子弾として積み込んだのだ。敵軍の頭上で爆破させれば敵陣に多量の矢が降り注ぐ。軽量化されているとはいえ、鉄の矢が招く惨状は想像に難しくない。

ISの絶対防御を抜く程の威力はないが、厄介なのは弾頭に搭載されている矢の数だ。通常砲弾として数えた場合でも数千単位で矢を放つ事が出来る代物だ。

それが大型弾頭ミサイルとして放たれたと言うのであればISは無事でも学園が無事とは到底言えない惨劇になる。

 

「博士、何とかならないか?」

 

起爆の前に撃ったとしても矢は勢いのまま投下される事に変わりはなく、矢をまとめて焼き払う広範囲攻撃方法は持ち合わせていない。

 

≪私は便利屋さんじゃないよ! と言いたい所だけど心配しないで、今終わった所だから≫

「終わった?」

 

何か手がないかと束に尋ねた結果、返って来る笑みの気配。ほぼ同時にコントロールルームから虚の声が再び響き渡った。

 

≪IS学園の防御シールド復帰! 全方位に対しシールドバリア作動します!≫

 

言い終わると同時に半透明状のドーム型シールドバリアが展開。アリーナを覆うシールド程強固ではないが、フレシェット弾を防ぐには問題ない防御能力を有している。

同時にIS学園の各施設に配備されている防衛システムが起動。ミサイル迎撃用の広角度速射砲や地対空ミサイルが次々に学園周囲のミサイルの数を減らし始める。

元々IS学園は一国以上の防衛能力を有しているが、何もそれはISに頼り切った話ではない。

非常時のシェルターには十分な食料が確保されており、通常兵器としての防衛能力も軍事施設に劣らないレベルで所持している。

電波妨害と共に機能不全に陥っていたシステムだったが、裏から手を回し続けた束の成果がやっと形となって現れた。ここまでくれば後はIS部隊が流れ作業でミサイルを駆逐すれば片はつく。

八割と予測された勝率が十割に確定した瞬間だった。

 

 

 

 

「ふぅ」

 

一息ついた束が座席に背中を預けて背伸びをする。

天才と称される彼女であってもこの戦いだけは流石に疲れを感じずにいられなかった。

ミサイル自体はISで十分対処が出来るにしても、学園のシステムまで落とされたとあっては製作者の名折れだ。

ユウや箒が出向き勝率が上がったとしても束自身が手をこまねくつもりは毛頭なかった。

結果を見てみればユウ達が出向かなくとも十分対処出来たと思われるが、それでも束は安堵を感じずにいられなかった。

少しばかり柔らかくなった表情が見詰める先、空中に投影された映像ではシールドに守られたIS学園上空をブルーを含めISが飛び回りミサイルの残数を駆逐している。

この場でブルーと紅椿に撤退を誘導するのも手ではあるが、念の為にミサイル反応が完全になくなるまでは様子を見るつもりだった。

IS学園が確認したミサイル総数は凡そで千九百発。二千には届いていない。

その実、束が海上で遠隔操作を用いて起爆した総数を含めると今回IS学園を狙ったミサイルの数は二千三百四十一発。

白騎士事件の際に束がハッキングした数と同数だ。この事実を知るのは現状で束ただ一人。それが意味する所を理解出来ない束ではない。

 

「挑戦状にしては随分手が込んだ真似してくれるじゃないか。ま、私の敵じゃないかったけどね」

 

そう言って束が笑おうとした矢先。

 

「た、束さま」

「うん? どうかしたかい、くーちゃん」

「こ、これは何でしょうか」

「んー?」

 

すぐ隣でIS学園の様子を一緒に眺めていたはずのくーが指さすのは他の投影ディスプレイ。

それは島周辺を監視しているレーダー映像なのだが、確認した束が思わず絶句する光景がそこには浮かんでいた。

 

「なにこれ」

 

束が拠点としている孤島周辺海域に向かって、百を越える数のミサイルが向かってきている。

島を中心に表示しているレーダーが真っ赤な光点で染まっていく有様が映し出されていた。

 

「……あ、そうか、そういう事かっ!」

 

すぐに思考を取り戻した辺りは流石は天才と呼ばれる所以だろう。

一瞬で幾つも仮説を組み立てながらすさまじい速さで束の脳は回転し結論に到達していた。

夏に入り各地の基地で確認された不可思議なエネルギー反応、世界各国の優秀な技術者が出向いたが結果は何も見つからなかった。

同じように各地をブルーと紅椿が出向いたが、IS越しに覗き見る束を持ってしても何も得る事が出来なかった。思えばあの時から既に始まってたのだ。

 

「目的は此処を割り出す事か……。やるね」

 

他人を賞賛する事は滅多にない束が素直に認める程の手腕。

束が見通している通りであれば敵、即ち亡国機業は束の拠点としている孤島を割り出す為だけに世界中の破棄された基地を利用したのだ。

破棄された基地でエネルギー反応が出れば世界各国だけでなく束が調査に乗り出すのは必然に近い。当の本人は拠点から動かず、蒼い死神と紅椿が動く事は想像に難しくない。

ならば後は根気よく環境衛生の情報から異質を見つけ出せばいい。

世界各地をブルーが巡る上で束のステルスはほぼ完璧に作用しているが、目視出来ないからと見えないわけではない。

存在する以上痕跡は必ず残る。例えばドダイを使い低空飛行を中心にしているブルーの軌跡は海面に波を立てる。例えば高高度を行く場合は雲を貫き気圧に少なからず影響を与える。

本当に小さな環境の動きを読み切る事が出来れば、何度も往復する事となる拠点を見つけ出すのは不可能ではない。

正確に島の正確な場所は分からなくとも凡その予想が出来れば大ざっぱな攻撃で島をあぶり出せば良い。

無論、気の遠くなるような細かな作業の積み重ねであり、世界中の環境衛生をハッキングする必要すらある。

束であっても面倒くさいと投げ出したくなる途方もない作業の果てに、辿り着いた境地だ。

更にIS学園へのミサイル攻撃が束の目を欺く為の行為であったとするなら、束が奥歯を噛み締めるのも無理はない。

破棄された基地のエネルギー反応、各地を巡るブルー、IS学園へのミサイル攻撃。それら全てが繋がり、束の頭の中で組み合わさっていた。

最悪の結果と言っても良い結論に怒りも湧くが、今はそれどころではない。

 

「くーちゃんはすぐに潜水艦に避難。ナツメはユウ君関連のデータを優先的に全消去開始! 急いで!」

 

そこから先は正に刹那の脱出劇だった。

ミサイルが島を捉えるまでに多少の猶予はあったが、資材の持ち出し時間を含めると余裕があるとは言い難い。

必要なデータのバックアップは常に取ってあるが、態々残してやる必要はないと非常時用の緊急プログラムを起動。島のシステムに残されている電子データが秒速を越えて削除されていく。

ミサイルが直撃すれば島の施設は木端微塵と消し飛ぶ可能性はあるが、それでもジェガンの残骸を残すようなヘマはしない。

 

「……亡国機業、今回は君達の勝ちだ。素直に認めて上げる。でも、覚えておくと良い。やられたらやり返すよ? 倍返しだ」

 

その日、世間の目を欺き秘密裏に使われ続けた太平洋に浮かぶ篠ノ之 束の拠点は轟音に飲み込まれた。




最後の束の台詞は某陸戦小隊の隊長がイメージです。
決して最近流行りの銀行員に影響されたわけではありません。
説得力ないかもしれませんけど。

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