IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第55話 軌道上に幻影は疾る

「空路が使えないのは分かっているが、何とかしろと言っている」

≪何とかしたいのは山々ですが、空路も国境も全面封鎖中です。少佐がIS学園在籍中は特例なのは承知していますが、移送は無理です≫

「移送の必要はない、私が個人的に飛んでいくだけだ」

≪単機で国境を越えるつもりですか? 欧州連合の影響圏内はともかくその先はルートが確保出来ません≫

「むぅ……」

 

ドイツ軍基地内で通信機片手に交換手を相手取っているラウラは表面上は静かな様子を装いってるが内心の苛立ちを隠し切れていなかった。

夏休み後半、日本へ戻る直前で起こった一時的な電波妨害、原因は特定出来ていないが状況は既に収まり異常なしとはされている。

が、その直後から各地でミサイルが発射され軍属のラウラとしても心穏やかとは言い難い心境に陥る。ミサイルに関しては欧州では確認取れておらず、日本を中心とした近隣での出現でもあった。

それに伴い各国は即座に日本に連絡を取るが通信が繋がらない異常事態に発展。謎の電波妨害もあり各国は自国の防衛を最優先とし所有ISを待機させた上で非常線を敷いていた。

 

当然ながら軍属の人間は自由に動く事の出来ない立場となる。

が、IS学園はあらゆる国家のしがらみを受け付けない。生徒として在籍中のラウラであれば国家から厳命されたとしても学園の規約を盾にすれば有耶無耶にする事が可能だ。

軍属、代表候補生と重なる複雑な立場からもそう簡単に事が運ばないのは承知の上だが、無理を通してでもラウラは学園に戻るつもりでいた。

先の見えない不鮮明な状況で一夏から届いたプライベート・チャネル。IS学園がミサイル攻撃にさらされていると知れば生徒としても千冬と慕う者としても手をこまねいているつもりはなかった。

夏休み中に知ってしまった蒼い死神の真実の一つ。黒いラファール・リヴァイヴと戦い自国の少女を死神が救った過去。

銀の福音の時の行動と照らし合わせれば敵と言い切るのも難しいが、IS学園や欧州連合を襲撃した経緯を踏まえればやはり怨敵に違いはない。蒼い死神と天災を見極める為にもラウラは学園に戻る必要がある。

と言ってもラウラ自身無茶を言っている自負はある。いかに軍内部に味方が多いと言っても政府から厳命されれば軍属として身勝手で周囲を巻き込むわけにはいかない。

結局の所、IS学園の規約を持ち出してラウラ自身の立場は押し通せるが、個人で封鎖された空を行く強行軍は無謀に他ならない。

近隣諸国が同様に空域を封鎖しているとなれば下手に空路を飛べば他国に対する侵入と取られかねない。軍の輸送機が使えれば話は別だったのだが、現状でそれは不可だ。

 

「随分とお困りみたいですわね?」

 

カツンと甲高い靴音を響かせて優美な金髪を靡かせて柔らかな花の香りと共にセシリアが姿を見せる。

シュヴァルツェ・ハーゼがいるとはいえ、どちらかと言えば男臭い通信室が一気に華やぐ。

 

「セシリア?」

 

欧州連合であろうともイギリスの人間がドイツの軍基地に簡単に入れるはずもないが、非常事態である背景とセシリアの後ろに控えるクラリッサが手引きしたのであれば話は別だ。

イギリスもドイツ同様に厳戒態勢を敷いてはいるがIS学園の規約を盾にセシリアは強行突破を果たしていた。ラウラと違い生粋の軍人でないにしても古い貴族として権力を持つオルコットの力をもってすればその位の無茶は通る。

いずれにせよ国としての援助が期待出来るのは辛うじて欧州の勢力圏内までだ。

 

「交換手さん」

≪何でしょう?≫

 

ラウラの持っていた通信機をやんわりと受け取りセシリアが通信機の向こう側に声を掛ける。

 

「欧州連合の国境の警備状況と地理データを頂けませんか?」

≪…………欧州連合の同盟国として提供出来る範囲になりますが構いませんか?≫

「勿論ですわ」

 

交換手が答えるのに僅かに間があったのは何をするのか思案した為だろう。

セシリアはドイツからしてみれば同盟国のIS乗りに過ぎず、欧州連合として大きな団体で見れば味方に違いないが他国の人間に変わりはない。

軍属としても階級を持っている軍人ではないのだから交換手が本来命令に従う理由はない。故に提供する情報は同盟国のIS乗りに見せる事が出来る範囲に絞られる。

元々が手狭な通信室にラウラとセシリアにクラリッサを加えた三人となればスペースに余裕は余りない中、部屋の大半を占めるモニターの一つにドイツを含む欧州近辺の国境警備範囲と地理データが表示される。

ほんの少しばかり地形が東よりに表示されているように見えるのはきっと気のせいだとこの場にいる三人は交換手の優しさを黙認している。

 

ラウラの態度から忘れられがちではあるが、年齢的にも経験値的にもラウラは軍人の中でも幼い部類に入る。

確かな実力を有しており、IS部隊の隊長と言う肩書も手伝い少佐の地位に文句をつける者はいないが、本来は年端もいかない少女には大きすぎる権限だ。

少佐ともなれば軍内部で多少なりとも発言権を持ち、今でこそ当たり前のようになっているが任命される際には少なからず反発もあった。

IS部隊として現場での指揮運用する上で一定以上の権限は必要として軍上層部が割り当てた階級はいわば権力そのもの。

交換手は上層部からISの全機に対し待機の指示を受けており、ラウラに対してはIS学園の関係上拘束する権限は持ち合わせていないがラウラの望む空域突破に異を唱える事は出来る。

端的に言うならラウラの求める「日本へのルート」は上官命令であろうとも更に上からの支持で提供不可と答えが返せる。対してセシリアの求める「警備状況と地理データ」であれば断る理由はないのだ。

 

表示されている欧州から少しばかり東よりの情報を眺めるセシリアは「ふむ」と顎に手に当て少しばかり考え込む。

こんな何でもないような姿勢すら絵になるのだから金髪令嬢とは中々に卑怯な存在だ。と後ろで控えるクラリッサが同年齢のラウラとセシリアの体型も含め見比べて考えている等と当の二人は存ぜぬ事だ。

 

「何とかなりそうですわね」

「ほぅ?」

「国の上を突っ切る必要はありませんもの、間に幾つか厄介な国がありますが国境沿いを上手く飛べば中国まではいけるでしょう。その先は鈴さんが手を回してくれていますから」

「鈴が? いや、成程な、中国の老子か」

「えぇ、中国を突っ切る許可は頂いていますわ」

「ふむ、ん? そういえばシャルロットはどうした? この後合流するのか?」

 

怪訝な表情をラウラが浮かべるのを見てセシリアは首を左右に振る。

ラウラに一夏から連絡が来たと言う事は鈴音は当然ながらシャルロットとセシリアにも連絡が来たのは明白。

友好関係の度合いからすればラウラは自分が一番一夏と仲が悪い事は自覚しており、それを否定するつもりもない。

が、一夏との友好度で考えればシャルロットが合流するのは自然な流れに思えたのだが、意外だったのはセシリアが否定を示した事だ。

 

「シャルロットさんは来ませんわ、何やら気になる事があるとかで残るそうです。IS学園をお願いと言付かっています」

「……ふむ?」

 

欧州連合で共に過ごした時間を加味してもラウラとシャルロットの付き合いは決して長いとは言えないが、寮で同室と言う事もありそれなりに仲の良い友人にはなれたと思っている。

その上で評価するならシャルロットは薄情な人間ではない。どちらかと言えば両親の経緯もあり人との付き合いを大事にするタイプの人間だ。

だとすれば、そのシャルロットが残るには何か理由があるのだろう。そう結論付けたラウラは一先ず友人の人懐っこい笑顔を頭の片隅に移動させ、現状打破の思案に戻る。

 

「ラウラさん、ISの準備は?」

「いつでも」

 

言ってラウラは軍服の足元を上げてシュヴァルツェア・レーゲンの待機形態である右腿の黒いレッグバンドを露出させる。

 

「では着替えましょうか。軍服もチャーミングですが、学園に行くのですから制服でお願いしますわ」

「それもそうだな、で? いけるのか?」

「ブルーティアーズの新しい目をご披露致しますわ。諸国の警備の穴を縫って飛べば恐らく何とかなります。ラウラさんの機体も牽引して差し上げますのでご安心を」

「少々重量が増しているが構わんか?」

「太りましたの?」

「蹴るぞ?」

「冗談ですわ、心配しなくとも私の新しい愛馬は凶暴でしてよ」

 

国家の上空を飛ぶのであれば見つからず突破は困難だが国境間であれば近隣諸国同士の領域干渉を避け僅かながらに穴は存在する。

国土へ進行するわけではなく通過が目的だ。シュヴァルツェア・レーゲン単機では困難だが、新しく優れた目と機動力を得たブルーティアーズが一緒であれば話は変わる。

ラウラがIS学園へ向かわねばならないのと同様、セシリアとて黙って見過ごすわけにはいかない。

彼女達二人も含めて鈴音もシャルロットも、簪や一夏にも言える事だが、IS学園のこの世代、現一年生が奇妙な運命が渦巻いているのは言うまでもない。

何かに巻き込まれるにしても、時代の流れが何処へ向かうにしても、自分達の手の届かぬ所で全てが終わってしまうのは我慢ならない。

例えISで全力で飛ばしたとしても間に合うかどうか分からない。到着した時に既に決着がついている可能性も十分にあるが、何もせず結果だけを受け入れて苦汁を飲み込むつもりはないのだ。

オルコット家風に言うならば高貴な者の義務(ノブレス・オブリージュ)を果たす為にもIS学園を失うわけにはいかない。

余談だが、セシリア曰くラウラは「軍服もチャーミング」との言葉を聞いたクラリッサが二人の後ろで深く何度も頷いていたのは内緒にしておこうと思う。

 

 

 

 

場所は変わりIS学園。

正に怒涛の戦火に巻き込まれた上空では四方八方から迫り来るミサイル群に対しIS部隊が円陣を組み迎え撃っている最中だった。

撃てども撃てども数が一向に減らず、確実に数をそぎ落としているにも関わらず奥から更に別のミサイルが攻めて来る始末。圧倒的な物量は正に地獄絵図と化していた。

八百のミサイルと言う数の猛威の前では一対多に優れるはずの打鉄弐式の山嵐も多勢に無勢に過ぎず、変則的な戦いを得意としアリーナ内であれば他者を華麗に翻弄するミステリアス・レイディもこの場ではただの一兵に過ぎない。

世界最強の武力を学び、世界最強の防衛力を持つとされているIS学園の牙城にここまでの爪が突き刺さった事は過去に類を見ない。

 

「不味いっ、西側の弾幕が抜かれる!」

 

学園上空で互いの死角を庇い合いながら弾幕を張り続けるには限界がある。ISと言えど補給は必要で弾丸は無限ではない。

交代で補給に出向かねばならず、当然ながらその際に隙は生まれる。止むを得ず予備部隊を全て投入した結果が襲い掛かってくる。

僅かばかりに手薄になった一方向から弾幕を抜けてミサイルが飛来、楯無の声に即座にフォローに回ろうと他の機体が動けばそこがまた手薄になる負の連鎖。

 

「持ち場を離れるな、ソレは私がやる!」

 

弾幕を抜けたミサイルを下方向から駆け上がる刃が一閃。

文字通り閃光の一撃を持って爆散したミサイルの爆煙からは一機の打鉄が舞い上がる。搭乗者は黒衣の如く黒髪を靡かせる世界最強の女。

 

「ブリュンヒルデっ」

「千冬姉!?」

 

打鉄乗りの誰かと一夏の上げる声を千冬が一喝。

 

「目を離すな! 弾幕を抜けた奴は私が引き受ける! 山田先生、いけるか?」

「はいっ!」

 

空が爆ぜる。そう表現するのが適切と思う程の爆発の連鎖反応。

空中でミサイルを切って捨てた千冬とは違い、地上に姿を見せたもう一機は山田先生の乗るラファール・リヴァイヴだが、装備されているのは武器庫の名を如実に表現している重装備。

口径二十五ミリ七砲身のガトリング砲が四門。重量と反動制御で著しく機動力を殺す代わりに得た超火力パッケージ、クアッド・ファランクスが轟音を上げる。

ジャラジャラと薬莢を整備室の前にバラまきながら四つの砲門が空を穿ち手薄になっていた西側の援護に回る。

 

「フォローには私達が回る、円陣を維持して防衛の隙間を作るな! 我々がIS学園を守るんだ!」

「はい!」「織斑先生が来てくれた」「織斑先生に続けぇ!!」

 

再び弾幕を抜けたミサイルを切り捨てながら千冬が声を張る。

たった一声掛けるだけで戦場を活気づける将軍と呼ばれる存在がいるように。千冬の存在はIS学園に取ってこれ以上ない程に最上に輝く。

世界最強が自分達と共にいる。それは彼女を夢見る生徒や教師からしてみればこの上なく喜びの援軍であり希望の光。

現役を退いた過去の英雄と揶揄する輩も存在するが、それでも世界最強の名の持つ意味、この状況下で鼓舞して回る存在の登場が極上の一手である事は誰もが理解していた。

 

「一夏、良く見ておけよ」

 

円陣の中央、ミサイルからもっとも距離のある個所で戦局を見守る事しか出来ていない一夏に千冬が声をかける。

通信を使っているわけでもないのに良く通る声が一夏の鼓膜を震わせ自然に頭に染み込み強く頷きを返す。

同時に高速移動と共に剣を振るう打鉄がミサイルを薙ぎ払っていく。

 

「おいしい所を先生に持っていかれっぱなしってのは面白くなーい」

 

展開している大型ランスである蒼流旋を向けミサイルに照準を合わせるのは楯無だ。

本来彼女の愛機であるミステリアス・レイディは解放空間での戦闘に余り向いていない。ナノマシンや水蒸気を用いる戦闘において戦闘空間は限定される方が威力を発揮するのだから当然だ。

近接戦闘においてトリッキーな攻撃を可能にする蛇腹剣も空域戦になれば役に立たず、主だって使えるのは内部に四連装のガトリングを内蔵するランスである蒼流旋位だ。

 

「ほら皆、あと一息っ! 頑張って!」

 

千冬に負けじと楯無が皆を鼓舞するには理由がある。

打鉄乗りはともかくとして学生達に取って命がけの戦場は正に想定の範囲外、本人達の想像以上に精神的に削られているものがあるはずだ。

弾の補給に戻り、乗り手を交代する事は可能だが、厄介なのは一機でも落とされる事と精神的に潰されてしまう事。

この八百もの軍勢で終われば良いが、ハッキリと見通せない以上は油断は出来ない。援軍の期待できない戦いにおいて味方機の損失は避けねばならない。

 

(あと一息か……。だったらいいんだがな)

 

ライフルを展開しミサイルを打ち払っていく筋肉質な打鉄乗りが苦汁を舐めた表情のまま奥歯を噛み締める。

楯無と千冬の鼓舞で全体の士気としては悪くない。元々ミサイルとISであればISが有利な戦局なのだ。

その上で楯無の鼓舞する理由も十分に分かっている。先行きの分からない戦いだからこそ、戦う意思を途切れさせる分けにはいかない。

恐らくこのミサイル攻撃において誰が何の為にと言うのは生徒であろうとも考え付くだろう。だが事態はそう単純だろうか。

頭の中を覆い隠そうとしている嫌な予感をカチンと響いた音が切り替えてくれる。弾倉が空になった音に「チッ」舌打ちが漏れる。

 

「ブリュンヒルデ! 任せるぜ」

 

千冬の視線と下から山田先生の飽和射撃を確認した後、整備室で補給の準備を整えている生徒の下に急降下。今は考えている場合ではないと悪い予感に被りを振るう。

 

 

 

世界最強と元日本国家代表候補生の二人が参戦した結果を如実に感じ取っていたのはコントロールルームにいる布仏姉妹だ。

大半が機能不全に陥っていたシステムが次々に謎の兎の手によって復旧していく中、レーダーが捉えているミサイルの赤い光点が次々に消えていく。

張り巡らされた弾幕がミサイルを落とし、撃ち漏らしたミサイルを千冬が切り落としていく。その手腕は最早芸術の域だ。

更にISの絶対防御すら打ち砕く超重火力パッケージ、クアッド・ファランクスが地上から濁流の如き射撃を仕掛けている。

生徒は言わずもがなだが、教師や打鉄乗りにも千冬に憧れる者は多く、共に飛べるだけで自然と士気が高まっているのが客観的に見ている二人には良く分かっていた。

 

「完全にじゃないけど~ 広域レーダー復旧したみたい~」

 

次々と書き換えられていくシステムの裏に誰がいるのかは気になるが、今必要なのは正確な情報だ。

更識に仕える布仏の二人は表だって戦うスペシャリストではない。主人に仕えるメイドであり秘書であり護衛であり友人だ。

主従と友情と重なる絆に結ばれた二つの姉妹ではあるが、共に裏の社会に生きる人間として情報の重要性は何よりも理解している。

ISの搭乗者としての腕前は第一線とはいかなくとも裏方として整備やオペレーターであれば学園に入る前から十分に修練を積んできている。

 

「起動出来る?」

「がってん~」

 

気の抜けた本音の声を合図にコントロールルームに新しい火が灯り、円形にミサイルやISの位置を表示していたレーダーの認識領域が拡大する。

完全に復旧したわけではないが、視野が広がればそれだけ情報を得る至る。見たい、見たくないに関わらずだ。

 

「お、お姉ちゃん、これって」

 

空域の状況と補給状況、予備隊として残っている生徒の人数配分と裏から得られる情報を並列に整理していた虚が妹の声を訝しみ視線を上げる。

表示されている広域レーダーを見て妹同様に絶句を強いられる姿は普段の生徒会会計として冷静沈着を地で行く布仏 虚を知る者からすれば「そんな顔もするんだ」と驚かれる程の驚愕の表情。

すぐに思考を切り替えてマイクを手に取った辺りは流石は楯無に付き従う者と称して良いだろう。

 

 

 

IS学園上空では迫りくるミサイルの数は半数近くにまで減ってきてはいたが、搭乗者達に与える実感は薄い。

単純に四百前後のミサイルを落としているにも関わらず、未だにハイパーセンサーの捉えるミサイル数は相変わらずで目で追うには多すぎるのだ。

戦闘空域にいるISの数と比較すると処理出来ているミサイルの数が少ないのには理由がある。

四方八方を囲むミサイルは前後上下左右に絶妙な距離感を保っており、連鎖的な誘爆を望めないのだ。

クアッド・ファランクスの大火力は別枠としても数十発、或いは数発単位でまとめて薙ぎ払うだけの火力が足りておらず、ライフルやマシンガンでちまちま砕いていくしかなかった。

それが一度に殺到しているようでいながら巧妙な速度と間合いを持って永続的な強襲が続いておりIS学園側は休む間もない防衛を続けるしかない。

だからこそ、実戦経験の無い教師や生徒がスピーカーから流れた虚の声に一瞬呆けてしまったのも無理はない。

 

≪ほ、報告! 第十波接近、ミサイル総数、は、八百!≫

 

疑いたくなるのも仕方がない。今でさえ第九波が捌き切れていない状況で再度同数が控えていると言うのだ。

ISのレーダー上にIS学園のレーダーが捉えたミサイルが追加表記され、幻影が脅威と言う実態を伴って姿を見せる。

 

「虚ちゃんは状況分析を継続! 各機残弾数確認、余裕がない人は補給に戻って!」

 

いち早く思考回路を再起動させた楯無が周囲に水のヴェールを展開。ナノマシンからなる水を勢いよく全宙域に弾き飛ばし迎撃範囲を広げる。

解放空間では十分な効果を得られない武器ではあるが、一瞬でも空間を支配出来るレベルの攻撃は数機が抜ける穴を補う程度には活用出来る。

誰よりも早く状況を認識出来たのは単純に虚との付き合いの差だ。この状況で虚が誇張した情報を持ち出す必要性がないと分かっている。主従と友人、繋がれた二つの関係が楯無の行動を迅速に加速させていた。

 

逆に千冬は客観的にも主観的にも白騎士事件を知っている事が仇となってしまっていた。

束が味方であるのはコントロールルームの復旧に手を貸してくれている事からも明らかであり、だとすれば大多数のミサイルを撃ち込んでいるのは束ではないと言う事だ。

その先入観が千冬の中で僅かな空虚を作ってしまった。束以外に白騎士事件のような異例を起こせるはずがないと。ミサイルの総数が千を越すような大事件を生み出せる人間がいるはずがないのだと頭の片隅で決め込んでしまっていた。

 

「千冬姉ぇ!」

 

呼ばれた声にハッとし意識を取り戻した千冬の背後に迫る小型のミサイル。一秒にも満たない思考の乱れが実戦における決定的な隙を作っていた。

不味いと直感した時には白銀の刃が煌めき千冬の後ろを閃光と共にミサイルを薙ぎ払っていた。

 

「やらせるかよ!」

 

実際にはISを纏っている以上はミサイルを数発受けた所で大事に至る事は無い。

が、間一髪を救った一夏の姿に千冬は素直に驚嘆を示さずにいられなかった。

IS学園頂部にして円陣の最後尾で待機していた一夏が咄嗟に取ったのは簪に本物を見せつけられ、鈴音と散々繰り返した結果、会得した唯一無二の得意技。

淀みなく、一切の無駄を省いた瞬間的に最高速度に到達する高速移動術の最高峰にして完成形、完璧な瞬時加速。

 

「まさか一夏に助けられるとはな」

「らしくねーぜ、千冬姉。俺達は余計な事を考えずに目の前の敵を切り伏せるだけだろ?」

「違いない、いけるんだな?」

「あぁ、もう十分に見た!」

 

千冬の言われた通り、一夏は千冬の剣捌きを見続けていた。

成すべきこと、どう動けば良いか、例え短い時間であろうとも見習うべきお手本がこれ以上ない程に()せてくれたのだ。

見取り稽古と呼ぶには短すぎる時間だが、ずっと姉の背を追い続けてきた男の努力は決して無駄にはならない。

セシリアと踊った円舞曲も、シャルロットと行った鬼ごっこも、鈴音と伸ばした長所も、簪に見せつけられた代表候補生の実力も、ラウラに叩きのめされ向けられた怒りも、千冬が魅せた絶技も、死神に砕かれた翼も、銀の福音に浴びせた一撃も、全てが一夏の中に宿る血肉となる。

 

「行くぞ、一夏」

「おう!」

 

その剣劇乱舞は見る者の心を掴む美しいまでの刃の共演となる。

 

 

 

 

同時刻、IS学園を目指すISが三機。一つは中国側から海面ギリギリを水飛沫を上げながら飛翔する甲龍。残る二機は太平洋側から向かう蒼と紅。

交わらなかったIS学園と死神が再び邂逅を果たす時が目前にまで迫っていた。


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