IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
第53話 流血へのシナリオ
事態は風雲急を告げる。
八月終盤、夏休みも残す所一週間のある日、朝日が顔を出すかどうかと言った早朝。
唐突に全世界主要国家の軍事施設に対し一瞬ではあるが電波妨害が引き起こされた。
各国最先端技術の固まりである軍事施設はすぐに状況を改善、妨害時間は数秒にも満たなかったがその刹那が世界に激動を呼び込む。
太平洋から、アジアの山間から、北や南の極海から、或いは宇宙空間の軍事衛星と思しき場所から。照準をIS学園に絞ったミサイルが放たれたのだ。
通常であれば各国は自国の上空を飛ぶ異物を許しはしないのだが、ほんの一瞬の電波妨害と巧妙な飛行経路が迎撃を許さなかった。
例えばアジア山間から飛来したミサイルは本来であれば日本に到達する前に中国やロシアが撃ち落とすのだが、超高高度を国境ギリギリに飛行するミサイルが相手では現場判断や自動迎撃システムでは対処は難しい。
更に電波妨害の影響で防衛本部の指示にも混乱が生じており即時対応が出来ていなかった。
自国が標的であれば無理矢理にでも迎撃したであろうが、明らかに自国が対象ではないのだ。国境沿いの警備部隊が見送る判断をしても無理はなかった。
それは海から日本に向かうミサイルも同じだ。領海の進行を阻むものが存在しない。何れも極端に日本から距離があるわけではなく、隣国や近隣海域の防衛の隙間を見事に縫っていた。
その様子を黙って見送る篠ノ之 束は珍しく怒りの感情を隠していない。
空中に展開されている投影ディスプレイにはIS学園を中心に様々な方角から飛来するミサイルが赤い光点で示されている。
既に発射されているミサイルに対して自爆命令を外部から送りある程度の数は海上で爆散しているが、一つ一つに何重ものプロテクトが施されており束と言えど対象となる数が多すぎた。
防衛に関して言うなら日本、更にIS学園を含めば所有しているISは世界有数だ。滅多の事でミサイル如きに動じはしない。最悪の場合IS学園には強固なシールドを持つアリーナもある。
だが、世界単位で働いた電波妨害が未だ日本に対しては効果が持続しており、現状で日本は各国と連絡を取り合うに至っていない。
「やってくれたね……」
忌々しく漏れる声に画面を食い入るように見ていた くーの背筋が凍る。
束に取ってもこの急速な事態の変化は寝耳に水の出来事。IS学園に攻撃する手段としては派手過ぎる。
世界同時電波妨害からミサイルによる波状攻撃。通常であればISを所有している国に通用するはずがないが、束にはこの一手を安く見る事は出来なかった。
「日本政府もISを所有していますし、IS学園には千冬さんもいます。大丈夫ですよね?」
くーと同じく画面を睨むように見ていた箒の顔色は優れず、緊迫した状況とIS学園にいる幼馴染を心配しているのが見て取れる。
「IS学園はまだ夏休み、専用機持ちの殆どが学園にいないよ。白騎士も暮桜もないとなると、残念ながら簡単にはいかないだろうね」
呟くように言いながらも束の手は緩んでおらず、その間に更に二発のミサイルが海上で爆散する。
事実多くの生徒は学園に戻る前のタイミングだ、明らかに狙われていると想像出来る。現在学園に残っている専用機は白式を含めても三機。
訓練機や政府から派遣されている打鉄も加えれば申し分ないように思えるが、人為的に引き起こされた非常事態であると考えれば万全はありえない。
電波妨害の影響も加味すれば現段階でミサイルがIS学園を標的にしていると完全に掴めている人間がどれだけいるか。
「勝率は?」
空中を移動している大小様々な種類のミサイルを識別しながらユウが問う。
ミサイル発射基地を単機で攻略した事のあるユウからすれば既に放たれているミサイルの火力を軽んじる事は出来ない。
「これ以上他に妨害が無ければ八割かな」
世界最強である千冬に絶大な信頼をおいている束が絶対と断言が出来ていない。
八割と聞けば勝率としては決して悪くはないが、世界で最大数のISを有しているIS学園の防衛力で八割だ。箒が奥歯を噛み締めるのも致し方ない。
何より攻勢を仕掛けて八割ではなく防衛戦での八割だ。二割の確率で敗北、本土が焼け落ちる危険性を孕んでいる。
銀の福音との戦いはIS学園組が抜かれても最悪本土決戦に持ち込む事が出来たが、今回はそうはいかない。既に本土での戦いが確定しているのだ。
海の上ならともかく陸上となれば撃ち落とすにも細心の注意が必要だ。市街への被害を抑えるにはIS学園は学園上空での迎撃を選ばざるえない。一発でも直撃すれば学園には致命的だ。
「……なら、少し勝率を上げに行こうか」
「ユウ君?」
言ったユウは既にブルーディスティニーを展開。カタパルトに向かっている。
「ま、待って下さいユウさん! テロリスト指定されている立場なのに出ていくつもりですか!?」
「心配ない、この状況でブルーに刃を向けはしない」
箒の言葉を空論であり事実で否定。現段階で現実的に見れば日本やIS学園がブルーに敵対する余裕があるはずがない。
だからと言ってブルーが快く迎え入れられるかと問われれば否と答えざるえないが。
「博士、織斑 千冬は必要だろう? いや、この場合はIS学園と言い換えた方が良いか」
「……そうだね、うん。その通りだ。これから先にちーちゃんもIS学園も必ず必要だよ。難しい立ち位置になるかもしれないけど、お願いしていいかい?」
「やってみよう」
ハッと何かに気付いたくーが慌ててカタパルト横の端末に駆け寄り端末を起動。同時に孤島から光が伸びブルーの眼前に道を作る。
「進路くりあ、ぶるーでぃすてぃにー発射どうぞ」
「くー、発進だ」
思わず箒が苦笑しつつ訂正してしまう。
「し、失礼しました。進路くりあ、ぶるーでぃすてぃにー発進どうぞ」
「ユウ・カジマ、ブルーティスティニー出るぞ」
細かな振動と煙を上げてブルーが海上に射出される。
見送る箒は青褪めていた顔色から決意に満ちた血色の良い顔付きに変わっている。
「姉さん、私も行きます」
「だろうね。私も出来る限り支援はするから頑張っておいで」
ユウが出撃すると言った段階から箒も行くだろうと束は半ば諦めていた。
可能であれば箒には無理をして欲しくなかったが、紅椿であれば一対多において勝率を更に上げられる。
箒がいる事でブルーがIS学園において敵対される可能性を下げる効果も期待出来るだろう。
「亡国機業……。思い通り行くと思わない事だね」
この時点で束は一連の構築された流れに世界を揺るがす可能性が孕んでいると睨んでいた。
だが、その予想が及ばぬ範疇で物事が既に動いている事にまでは到達出来ていなかった。
◆
訪れたその日は正に喧騒に包まれていた。
教師も生徒も慌ただしく走り回っており、早朝に叩き起こされた一夏は事態を把握するまでに時間を有していた。
「以上が現在の状況だ。二、三年で腕に自信のある者、裏方でも協力してくれる者は整備室へ向かえ。一年生は地下室へ退避だ、二、三年も無理はするなよ。それと、専用機持ちは残ってくれ。IS学園始まって以来の有事だ。迅速な行動を心掛けろ」
「はいっ!」
IS学園は世界各国から生徒が集っており日本国籍以外の生徒も大勢いる。
国内の生徒ですら夏休みギリギリまで地元で過ごそうとするのだ、国外組が未だ日本に戻っていなくても不思議はない。
そういう意味では普段よりかなり人数の少ないIS学園ではあるのだが、流れる空気は普段以上に熱気に満ちていた。良い意味でも悪い意味でもだ。
「さて、聞いての通りだ。更識二年生は現場指揮を任せたい」
「了解です。裏方にも回せるだけの手は回していますが、正直かなりの急ごしらえですので期待に添えるかどうか」
「構わん、少しでも被害が減らせれば御の字だ」
千冬と生徒会長の会話も一夏の頭にはイマイチ響いて来ていない。
半円の階段状に引き延ばしたような大きな教室は複数のクラスが合同の座学等で使われる講堂だが一年生で使う機会は殆ど無く物珍しさが緊迫した空気より優先されてしまっていた。
朝日が昇る前からこの教室に集められた生徒達はIS学園にミサイルが迫っていると知らされていた。軽いパニックを起こしたのは一年生だけで落ち着いて後輩を宥めていた二、三年生は流石と言うべきだろう。
IS学園の一年とはそれだけの意味がある。ISを競技として使うだけではなく、使う事で発生する責任を目の前の世界最強から彼女達は学んでいる。
一年生にしてみれば説明も何もあったものではないような状況だが、ミサイルは刻一刻と迫ってきており最初の接触まで三十分を切っていると説明されては一年生が慌てるのも無理はない。
既に教師と日本政府から派遣されている打鉄乗りがISを展開し学園上空で厳戒態勢に入っているが、想定されているミサイル総数が正確には把握出来ていない。
その為、可能な限りの戦力を投入する意味と地下にある避難場所へ誘導する意味でも生徒達が集められたのだ。
IS乗りとして未熟な一年生は論外にしても、専用機を持つ一夏はその対象に含まれない。
「千冬姉」
「織斑先生だ……。まぁ、今はいい、状況は理解したか?」
「まだ良く分かってないけど、夢じゃなくてヤバい状況だってのは分かった」
「十分だ。白式は相性が悪いが、今出せる戦力は出して備えておきたい。白式を展開して学園上空に上がっていろ。以後は生徒会長の指示に従え」
千冬の内心の正直な話をするなら学園から離れて貰いたい所だが、それを指示できるはずもない。
飛来してきているミサイルの数は軽く見積もっても百以上。それ以降も続々と確認されており数は増え続けている。
空中でミサイルを迎撃するに辺り近接オンリーの白式はいてもいなくても戦力的にはさして影響がない。
訓練機用のライフルの所有者制限を解除して白式に持たせる事は可能だが、銃器を普段から扱っていない味方程怖いものはない。味方機誤射でもしようものなら目も当てられない。
「よろしくね、織斑君」
ひらひらと手を振るのは更識 楯無。一夏にしてみれば学校行事の挨拶で顔を見る程度だが、ロシアの国家代表であり日本の代表候補生、更識 簪の姉であるのは有名だ。
「そうそう、織斑君はプライベート・チャネルは何人位知り合いがいる?」
「えっと、鈴とオルコットさん、シャルロット、後はボーデヴィッヒ位です」
「上出来、残念ながら私は面識がないからね。その四人に学園の現状を説明してあげて、理由は言うまでもないでしょ? 非常時だから時差は気にしなくていいわ。私が許します」
主要国家に施された電波妨害は一瞬で消えたものの日本とIS学園には未だ原因不明の妨害が続いている。最低限のレーダー類や学園維持、シールド持続のエネルギーは問題ないが、通信関係が正常に働いていない。
が、それはあくまで通常の連絡手段での話だ。
ISのコアネットワークを介して行われるプライベート・チャネルであれば話は別だ。相手がISを有していればそこに距離は必要ない。
ただし、コアネットワークも万能ではなく、ブルーのEXAMが近距離空間でしか適応出来ないのと同様にプライベート・チャネルは近距離かお互いに通信した経験がなければ対話出来ない。
よって学園の訓練機では外部にプライベート・チャネルで連絡を取れない。日本政府に対して通信出来ないのは同じであるが、そちらは政府から派遣されている打鉄乗りが連絡済みだ。
国家代表である楯無のIS、ミステリアス・レイディもスパイ活動など不要な疑いを避ける為にもプライベート・チャネルの使用は許可されていない。
更に残念ながら非常事態宣言と呼べる状況下では日本政府も積極的に介入は出来ず、自国を守る為に戦力を割かねばならない。同じ国内と言えどIS学園に増員を回す余力はない。
引き続き六人の打鉄乗りが学園防衛に協力してくれている分だけでも学園は政府に感謝すべきなのだろう。
「連絡が済み次第、空で会いましょう。白式は銃器が無いから最後尾で待機してね」
「分かりました」
友人達を巻き込む。一瞬頭の隅でそう考えた一夏だが、逆に連絡しない方が鈴音辺りに怒られそうだと思い直す。講堂を後にする他の生徒に続き一夏も外へ向かい、残るは専用機を持つ更識姉妹と千冬の三人。
「……姉さん、私は?」
「もぅ、簪ちゃんってば、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでって言ってるのに」
「……いや」
少し頬を赤らめた簪がプイっと横を向く。わだかまりの解けた二人ではあるが、未だに距離がゼロとはいかない。長くまともに会話してこなかったぎこちなさと気恥ずかしさが残っている。
「簪ちゃんには前に出て貰うわ。この状況下で山嵐程頼りになる武器はないもの。ミサイルにミサイルをぶつけるのは迎撃の常套手段よ。期待してるんだから」
「わ、分かった」
完成したばかりの愛機が頼りにされているのがうれしくてか僅かに笑みを浮かべた簪も一夏同様に少し駆け足気味で講堂を後にする。
パァンと音を立てて開かれた楯無の扇子には「私愛妹」とよくわからない文字が躍っている。
「遊んでないでお前もいけ、心配ないと思うが油断するなよ」
「分かってますってば」
後頭部を出席簿で殴られる前に楯無も二人を追い、軽やかに跳ねるように階段状の講堂を後にする。
「あっと、そうそう織斑先生」
講堂の出入り口から顔だけ覗いた楯無は簪と会話していた時とは打って変わって真面目な表情を浮かべている。
「敵が誰であれ私は容赦しませんよ」
「……当然だ、そうでなくては困る」
閉じた扇子で口元を隠す楯無は鋭い視線で千冬を一瞥してから今度こそ本当に講堂を後にする。残されるのは拳を握る千冬一人。
千冬とて分かっているのだ。IS学園を標的に世界中に電波妨害を施す。こんな真似が出来るのは世界広しと言えど多くない。
蒼い死神との関係、IS学園を襲撃した過去を鑑みれば自ずと思考回路は篠ノ之 束が絡んでいると考えてしまう。
特に楯無は溺愛している簪を落とした蒼い死神を許していない。蒼い死神と篠ノ之 束の関係が明確になっている以上、敵対に異は唱えられない。
銀の福音の暴走事件に関しては全面的に味方であったが、何を考えているのかまでは千冬であっても掴めていない。
「お前ではないと信じているぞ」
今回の事件の裏に何者の思惑が孕んでいるのかは分からない。親友として束を信じると心に決めていながらも、疑いを完全に晴らす事が出来ない。
立場的に千冬は学園の敵を排除するのに全力を尽くさざる得ないのだ。束が学園にミサイルを叩き込もうとしていると言うならそれを防がなくてはならない。両者の思惑は未だに交わっていないのだから。
IS学園の持つ戦力は言い換えれば防衛力だ。世界単位で見て最強に違いない。
通信も含め学園の持つ本来の能力は電波妨害の影響で大幅に落ちてしまっているが、ミサイル接近を確認出来ているのもそれだけ優秀なシステムを持っているからだ。
束であればシステムを掌握する事が可能なのは蒼い死神が誰にも気づかれずに侵入した過去から明らかだ。
元々アリーナのシールド自体がISの絶対防御に近いシステムであり大元は束が作ったのだから当たり前と言えばそれまでなのだが、そんな束だからこそ今回のような電波妨害は可能だと考えるのも当然だ。
何れにしても束であれば可能。そう結論付けてしまえば不信感は増すばかりだ。
いつかその考えが束であれば可能から束に違いない。そう変わってしまうのが千冬にはどうしようもなく怖かった。
現段階で千冬は束が敵ではないと思っているが確証がないのだからそれも致し方ないと言える。
最も、目下の所最大の問題は事件の裏側ではなく、IS学園に迫って来ているミサイルの総数だと千冬は気付いていなかった。
ミサイルの迎撃はISであれば難しくない。その数が多少想像より多くともIS学園にあるISの数を考えれば核ミサイルでもない限り撃ち落とすのは造作もないからだ。
市街への影響を避け学園敷地内で落とす事に抵抗はあるが暗部組織としての更識も動ているなら被害は最低限に抑えられるはずだ。
白騎士がなくとも更識のような優れたIS乗りがいれば対処は難しくない。非常事態としながらも少々千冬が楽観視している部分があるのはその為だ。
白騎士事件は束のプロパガンダであると一番良く知っている。だからこそ束が関わっているなら防ぎようのない白騎士事件同様の事件を起こすはずがないと確信しており、同時に束が関わっていないのであれば白騎士事件程の規模での攻撃は不可能だと考えている。
それは千冬の驕りでもなければ油断でもない。ISと束と熟知しているからこその当たり前の思考なのだ。
その実、ミサイルは数を増やしておりIS学園は未だに総数を把握出来ていない。
学園側の判断としてミサイルの数は現段階で百と少し。後続が控えているにしても二百は越えないと見ている。
が、索敵範囲外、或いは電波妨害の影響で確認出来ていないミサイルがIS学園を狙い澄ましている。
その数が最終的に白騎士事件と同数、二千三百四十一発になる事をIS学園の人間も千冬も考え付いてさえいなかった。
プライベート・チャネルに関して少々独自の設定を加えております。
近距離での秘匿通信が基本。一度秘匿通信している相手であれば距離は関係ない。とそんな感じです。