IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第52話 DON'T STOP! CARRY ON

これまでに幾度となく繰り返し議論されてきた事だがISを武力として見た場合はこれ以上ない程に理想的と言える。

単機で戦闘機やヘリを圧倒する機動力に爆撃機以上の攻撃力、艦以上の長距離移動さえ可能とし、人間が携帯出来る武器としても薬物や暗器の類いを除けば待機状態であれば最少と言っても過言ではない。反面致命的な部分として有人仕様であることがあげられる。

戦闘機や戦艦の戦いは言ってみれば数字のやり取りだ。機体が爆散してしまえば搭乗者の身体が飛び散ろうが脳髄をぶちまけようが判断のしようがない。

が、ISはハイパーセンサーが嫌でも相手を捉えてしまう。敵がISであろうが戦闘機であろうが、元々宇宙での活動を視野に入れて設計されている眼は全てを見通してしまう。

軍事評論家の観点からすれば兵器として運用する場合の弱点と言わざるえない。それでも、ISが武力として優秀であるに違いはなく、特に防備に徹した際の性能は言うまでもないだろう。

かつての白騎士事件で二千三百四十一発ものミサイル、更に戦闘機や戦艦、軍事衛星からの攻撃すら無力化して見せた通りだ。

しかし、今、もし同じ状況に陥ったとして一機のISで同じ事が出来るかと問われれば頭を悩ます所だろう。白騎士が無い状態であれば例え織斑 千冬であっても困難を極めるに違いない。

あの偉業は篠ノ之 束が技術の粋を結集して作り上げリミッターすら持ち合わせていないファースト・インフィニット・ストラトスである白騎士だから可能だったに過ぎない。

無論、他のISでも搭乗者次第で不可能と断言は出来ないが、難しいに違いない。それこそ国家代表クラスでやっと舞台に上がれる程だろう。

それも踏まえると今のご時世で世界大戦が勃発しようものなら、それこそ第一次IS大戦になるのは明白であるが、ISだけの軍事力で戦い抜く事は不可能だ。

ISに対抗できるのがISだけであるなら敵ISに自国のISをぶつけている間に本土を爆撃、或いは大陸間弾道ミサイルで攻撃に成功すればそれで決着となる可能性が十分にあるからだ。

仮に敵ISを速攻で落としたとしても実戦おいて数秒の差異があれば被害の規模は全く予想がつかなくなる。

 

白騎士であった千冬は武力としてのISの優秀さを身に染みて理解している。

だからこそ直接刃を交え底知れぬ実力を感じ取った蒼い死神の目的と自他共に認める親友である束の目的が合致せずに苦悩の日々を送っていた。

国際テロリストに指定されている蒼い死神と行動を共にしている事が白日の下に晒された現状ではあるが、束本人が全く否定する素振りを見せていない。

元々他者に関心を示さない傍若無人であったが、言われない非難を黙認する大人ではない。やられたらやり返すが信条のどちらかと言えば子供の頃から精神具合は進歩していないと言っても良いだろう。

 

蒼い死神がIS学園に最初に襲撃した際は一夏のデビュー戦。千冬の知る束であるなら一夏のデビューを華々しく飾らせる為に強大な敵を用意し一夏が撃破する演出位なら作り上げるかもしれないが実際には違った。

二度目の襲撃に関してもそうだ。代表候補生はともかく一夏の立場からしてみれば挫折を味わう以外にない結末だ。

その上で銀の福音の暴走事件ではタイミングを見計らったように救援に現れた紅椿と最終的には束本人と蒼い死神まで登場している。

天災と呼ばれ思考も行動も理解され辛い束であるが、千冬のように束をより深く知る人物であればある程に無意味な行動を取るとは思えず、言動の一致が掴めなかった。

 

故に、千冬は再び戦う日が来る事を予見している。

国家代表としての楯無は確かに強かったが、簪との戦いにおいては互いの心理状態を読み切っていたのが大きい。

純粋な膂力、技量であれば現役を退いている千冬は未だに世界最強を譲らないものだ。

その千冬が緊急時ではなく再びISが武力として必要になると見ていた。

 

夏休みも折り返し暑い日が続く中、冷房の効いた部屋で夏の夜空を見ながらビールを傾ける。

そんな姿が様になっている等と一夏辺りが指摘しようなものなら拳骨の一発や二発は覚悟せねばならないだろう。

千冬の名誉の為に言っておくが決して友人の思考が分からず自棄になっているわけでも酒に逃げているわけでもない。これは日課だ。

銀の福音の暴走事件、事前に束から連絡を貰い今回は敵ではないと聞かされ少なからず千冬は喜び、信じるに値すると判断したが、それから先の現状として全く進捗がない。

本当に束が何を考えているのか知りたければ千冬には知る手段がないわけではない。自分から連絡を取り本気で問い質せば断られる事は無いと確信があるからだ。

だが、現状でそれは出来ない。

束の行動が国際情勢に波紋を呼んでいるのは間違いなく、束と千冬の二人の関係に関しては言うまでもないからだ。

迂闊に千冬側からアクションを起こせばそこから束に行き着く諜報員がいてもおかしくない。束側からであれば完璧な隠蔽を施して見せるに違いないが残念ながら千冬には不可能だ。

万一を考えて行動に移すことができない現状に歯がゆさを感じずにいられなかった。

立場的には国際IS委員会が査問と称して千冬を呼び出してもおかしくはないのだが、世界最強の称号を持つ千冬を召喚するに至る程の証拠がなく下手を打てば政治利用と非難されかねない。

強硬しようと思えばいくらでも方法はあるが、現段階として拘束されていないのは千冬にとっては救いと言えた。

 

「世界最強が聞いて呆れる」

 

その呟きが何を意味しているのかは千冬本人にさえ分かっていなかった。

 

 

 

その日、千冬は夢を見る。

地面も空も曖昧で見果てる限り白が覆い隠している真白の世界。

 

(ふむ……?)

 

何故かそれが夢だと理解でき、当たり前の光景なのだと受け入れれば更に視界が広がる。

白い空間に突如として海が広がり、波打ち音が心地良く響いている。

不確かだった足元の感触に砂浜を踏みしめる感触が宿り、呼ばれたような気がして振り返る。

それが誰なのか千冬には分からないが敵ではないのだと感じ取る事は出来た。

白い肌、白い髪、白いワンピースの少女が波打ち際を踊るよう、歌うように楽しそうに微笑んでいる。

 

(あぁ、そうか、ここは……)

 

ここは自分の居るべき場所ではない。

夢とは記憶の整理であると言われているが、この夢は、記憶は自分のものではない。

何故か曖昧な意識の中で千冬にはそれが分かっていた。

 

──心配しないで、もう少しだから。

 

それが少女の声だと自覚した時には少女の全身は舞い散る雪のよう儚げに薄く透き通っていく。

いつまでも微笑みを浮かべている少女を見送り千冬も小さく笑みを浮かべる。

 

(……弟を頼む)

 

所詮夢だと分かっていながら何故かこの光景を都合の良い妄想と考える事が千冬には出来なかった。

 

 

 

 

熱さのピークと言っても良い程に陽射しの強い夏休みのある日。

耳鳴り程に激しい喧騒と目が痛くなる程の光の濁流の中に織斑 一夏は居た。夢ではなく現実の世界、人為的に作り上げられた電脳世界の入口。

眼前で繰り広げられているのは刹那の攻防、ゼロフレーム単位で古より応酬される戦士達の領域。割って入る新勢力と揺るぎなき立場を主張する古参兵達。

湧き上がる歓声と怒声。ただし流れるのは血ではなく、掛け金は銀のコインと誇りと意地と。得られるものは名誉のみ。

先人達の時代から積み重ねられてきた電脳の海で日夜続けられる戦いの歴史。

 

「負けたぁ!」

 

大型で頑丈な筐体に向かい一夏が項垂れる。

背後で扇状に囲んでいた大勢の観衆から残念がるうめき声が響き、対面の筐体から勝利を称える歓喜が響いてくる。

項垂れた一夏の肩に五反田 弾の手が添えられ「惜しかったな」と友人の健闘を称えている。

後に、戦士の一人は語っている。この戦いは歴史を刻むに相応しい激戦だったと。

 

場所はあえて言うまでもないかもしれないが、ゲームセンターだ。

一夏が向かっている筐体は最新作として未だアーケードでしか稼働していないIS(インフィニット・ストラトス)VS(ヴァースト・スカイ)FB(フルブースト)だ。

通常は二機一組での対戦形式かCPU戦が基本だか一対一の決選モードも搭載されており場は大盛り上がりとなるに至った。

IS/VSFBは名の通りISを題材にした対戦格闘になるが、更に格闘特化、射撃特化、万能型と戦闘スタイルを好みで選ぶ事も可能になっている。

実在するISを題材にしているだけあって効果音や戦闘バランスが如実に再現されており、現在ゲームセンターにおいて世界単位で最も熱い筐体とされていた。

そんな中でレーゲン型やテンペスタといった所謂強機体がある中で、一夏が選んだは打鉄。奇しくも対戦相手も打鉄となった。

白式や千冬の愛機であった暮桜に関しては採用されておらず、白式に近い戦闘スタイルを取れる打鉄を格闘特化として選択していた。

非情に偏った加速力と近接攻撃力重視の戦闘スタイルは実際の一夏の戦いぶりに遜色ないもので非常にピーキーな機体選択と言える。

遠距離装備も用意されているにも関わらず、一夏なりの意地か近接ブレードオンリーで戦い抜いたのも評価の対象と言えよう。

最も、対戦相手も同じ打鉄の格闘特化であり、後に語られる大激戦と呼ばれる腕前を両者共に有していた。

一夏と弾は前作であるIS/VSからやり込んでおり、アーケードしかり家庭用しかりと相当な腕前ではあるが、その一夏と互角以上に渡り合った相手の腕は凄腕と呼ぶに相応しかった。

 

「一夏、流石にお前の事がバレたら不味い雰囲気だ、出ようぜ」

「お、おう、そうだな」

 

IS学園の中であろうが外であろうが世界で唯一人の男性IS搭乗者である一夏の立場はかなり特殊なものだ。

ゲームセンターで油を売って、あまつさえ熱戦を繰り広げたとあっては騒がれる可能性は大いにある。故に弾の提案した即時撤退は間違っていない。

 

「ふーん、あれが織斑 一夏君かぁ」

 

敗北し落ち込んだ一夏を気遣う装いを呈してゲームセンターの外へ誘う弾。

その背には惜しみない賞賛が送られており一夏としても悪くない気分を味わっている。

が、その背を見送るもう一つの視線がある。賞賛でも妬みでもない純粋に好奇心の視線の主は一夏に勝利した対戦相手だ。

くるくると癖毛の髪にネコ科を思わせる切れ長の目、口元に浮かぶ長い犬歯。豊満な肉体を筐体の上に乗せて肘を付き顎を手で支える姿勢から送られるその視線はねっとりと一夏を見据えている。

彼女の名は篝火 ヒカルノ。一夏と直接的に面識はないが倉持技研の技師であり第二研究所の所長を務めている。

打鉄や白式の開発に関わっており間接的に一夏に関わっているのだが実際に顔を合わせた経緯は無い。

束や千冬とは同級生であり、二人の天才の影に隠れてはいるが、日本トップレベルのIS技師の一人であり世界でも有数に数えられる間違いなく天才と呼ばれる人間だ。

問題は放浪癖を持ち合わせており、ふらりと姿を消しては釣り場やゲームセンターを荒らしまわっている。

IS/VSに関して言うならば開発段階からソフトウェアの面で技術提供しており、思い入れの関係か特に打鉄を使わせれば右に出る者はいないとまで言われている。

粘着質なまでに相手に接近をし続けて距離を取る事を許さない戦闘方式は嫌われる代名詞だが、実践する確かな腕前を否定する事は出来ない面がある。

事実一夏はヒカルノの操る打鉄に粘着されながらも必至に振りほどきブレードを何度も当てていたのだから。

実はこのゲームセンターでの一幕は男性IS搭乗者とIS開発者との戦いであったのだが、その事に気付ているのはヒカルノ唯一人だけだった。

 

「随分と戦い方が荒っぽかったなぁ。データではもう少し慎重だったと思うけど……。何か悩み事でもあるんかね?」

 

IS開発とゲームの開発。両方に関わっているヒカルノからすれば実際のISとゲームとは全く別物だと重々承知している。その上で一夏の精神状態を冷静に分析してみせるだけの目を彼女は有していた。

事実一夏の戦い方はゲームとはいえお世辞にもスマートとは言い難い荒々しい突撃戦法だった。

実際の戦闘でも一夏は突撃型だが、回避に定評もあり意味なく突撃するような愚か者ではない。

画面を通して感じる程の荒々しい気質だったからこそ観客は湧き、興奮するに至った要素の一つではあるのだが、それが本来の戦いとは違うと気付けたのは弾とヒカルノだけだろう。

 

「まぁ、どうでもいいか」

 

ゲームセンターを後にする一夏と弾の背中が見えなくなり、神経質そうな切れ長の瞳は興味を失ったとばかりに再び筐体に向かう。

そこから先は連戦連勝。ヒカルノの圧勝を妨げる者は現れず、周りが熱中する程の激戦はもう起らなかった。

 

 

 

大型ショッピングモール、レゾナンス。

ここに来れば何でも揃うと言われるマンモス級のショッピングモールは家族連れやデートスポットとして申し分ないが、男二人で連れ立っても誰も目に止めない位に華やかな場所でもある。

屋外であっても夏の日差しを遮る屋根が展開されており休憩用のベンチでも十分に涼を取ることが出来る。

 

「ったく、何で男二人で来にゃならんのだ」

 

ゲームセンターを後にした一夏と弾はとりあえず座れる場所としてここに足を運んでいた。

IS/VSFBをプレイするだけであれば五反田食堂の近場の商店街にあるゲームセンターにも導入はされているのだが、いかんせん人の量と熱気が違う。

どうせやるなら盛り上がる場所でとレゾナンスにまで足を延ばした結果だった。

当然ながら男二人だからと咎められる心配はないが、女性客で賑わっている店先の様子が見える場所に男二人とはいかがなものか。

 

「悪い、暇してる奴が弾しか思い浮かばなくて」

「ほっとけ、どうせ彼女もいませんよ……。で、どうしたよ?」

 

手渡される缶コーヒーに一夏は視線を落とす。今の今までIS/VSで盛り上がっていた空気は既に霧散している。

本来であれば一夏は夏休み期間にIS学園の敷地内から出る事を禁じられている立場だ。

銀の福音の暴走事件にしても蒼い死神の襲撃にしても何れも一夏が現場にいた事もあり、万一狙われている可能性を考慮しての制限だった。

が、鈴音を初め代表候補生が帰国してしまい、日課となっていた一夏の指南役が誰もいない状況になってしまった。

千冬や山田先生は学園に残っているが銀の福音暴走事件に対する事後処理に追われ、それどころではないのが実情だ。

日本の代表候補生である簪に白羽の矢を立てる事も出来たが、千冬が頼んだとしても一夏に対して思う所のある簪では友好的な関係は築けない。

生徒会長である楯無であれば話は別かもしれないが、暗部としても裏で動いているらしく個人レッスンを頼める立場ではない。

結果的に一夏は一人で夏休みを過ごす事になるのだが、時折様子を見に来る千冬が思わず止めに入る程に悲惨な有様だった。

目標としては以前と変わらず強くなる事に変わりはないが、剣道にしても基礎トレーニングにしてもIS訓練にしてもとにかく我武者羅に自分を傷つけていた。

限界まで自分を痛みつけた先にに何かあるわけでもないが、一夏はとにかく頑張るしかないのだと自分に言い聞かせて全身に無理を言わせる日々を過ごしていた。

それは言うまでもなく銀の福音事件に乱入した幼馴染である箒とトラウマとも言うべき蒼い死神の存在。二人が一緒にいて、尚且つ箒は全てを知った上で蒼い死神と共に行ったのだ。

手から血が噴き出そうが、床を踏みしめる足が血で滲もうが一夏は只管に竹刀を振り続けていた。去り際に箒の浮かべた悲しそうな表情を振り切るように。

何を信じて良いか分からなくなるのも無理はない。一夏はまだ高校一年生。子供と言って差し支えないのだから。

誰が自分自身を痛みつけ責めるように無理を重ねる一夏を叱咤出来ると言うのか。千冬であってもそれは不可能だ。

唯一、弟の心が壊れてしまう前に千冬が出来た行動は遊びに行かせる事。どんな時も友人がいればそれだけで支えになると千冬は知っていたから。

当然ながら一夏の立場でIS学園から単身出すわけにもいかず、日本政府から派遣されている打鉄乗りの一人が監視として尾行しているが一夏達に気付かれるようなヘマはしていない。

 

「なぁ、弾……」

「おう」

「もし、もしもだぜ? 俺がお前を裏切ったらどうする?」

 

一夏が弾を頼り訪れた際の顔付きはそれは酷い有様だった。

昔から異性に対する好意に対し異常なまでに鈍感であった一夏ではあるが、顔付きは男から見ても整っていた。

その顔が寝不足か目元には隈が出来て、まともに食べていないのか頬は痩せこけてと見るに堪えない様相だった。

何かあったのだろうとすぐに分かったが残念ながら弾にはその理由には辿り着けなかった。

だからこそ無理矢理賑やかな場所に引っ張り出してIS/VSに夢中にさせたのだ。

案の定昔取った杵柄と言うべきか一夏はすぐにIS/VSに熱中して空元気かもしれないが一時的には復活していた。

その一夏が自分に持ち掛ける相談が簡単であるはずがないと内心で思いながらも弾は顔を歪めるしかなかった。

 

「はぁ? 何だ突然」

「いや、その、例えば、ある日俺が突然蘭を傷つけたりしたら」

「殴るけど?」

「あー、すまん、例えが悪かった。そうだな、お前との約束をすっぽかっして蘭とデートしたりとか」

「殴るけど?」

「あれ?」

「要するにアレか、友達が急に豹変したらって言う話?」

「まぁ、そんな感じかな」

 

曖昧な一夏の態度に眉を潜めた弾は少しばかり悩む素振りを見せてから溜息を漏らす。

 

「あのな一夏。俺はお前が何で悩んでるのか分かってやれないけど、取り合えず殴れば良いんじゃないか?」

「は?」

「だってさ、相手にもよるだろ。例えば話を聞いてくれる相手なら意見をぶつけりゃ良いし、話を聞いてくれないなら殴ってでも言いたい事言うしかないだろ」

「そんな簡単に言うけど」

「んじゃ言い方を変えてやろうか。相手の気持ちなんてどうでも良いよ、お前はどう思ってるんだよ。お前が悩んでる相手が誰かは知らないけど、お前はまだ友達だと思ってるんだろ? それとも、もう友達じゃないと思ってるのか?」

「友達だって思ってるに決まってるだろ!」

 

思わず一夏が顔を上げる。

相手が弾でなければ、いや、弾だからこそ掴みかかって殴り掛かってもおかしくない形相で。

だが、そんな一夏を見る弾は自然な笑みを浮かべていた。

 

「なら答えは出てんじゃん。話をしてみろよ、友達なんだろ?」

 

ストンと一夏の胸の奥に弾の言葉が落ち込んだような気がした。

怒りも戸惑いも疑問も全てがたった一言に凝縮されている。「話をする」単純で明快な答え。

悩む必要すらないのだと、鈴音と弾がかつて塞ぎ込んだ一夏に対し毎日通い詰めて励ましてくれたように。

一夏は箒と話をする前から、もうあの頃には戻れないのではないかと負の感情に押し潰されていた。それは違うのだと思い知らされる。箒の言葉も束の言葉も聞いていないうちから諦める必要はないのだと。

 

「そっか、そんな単純な話で良かったんだ」

「いや、知らんけど?」

 

ぶっきらぼうに言う弾だが友人の目に光が戻り憑き物が落ちたようにすっきりしている事に気付いている。

鈴音がかつて恋して、弾と一緒にバカ騒ぎしていた遠い日の記憶。今の一夏はあの頃の一夏だ。

 

「ありがとな、弾」

「よせよ気持ち悪い、殴るぞ」

「何でだよ!」

 

自然と笑いが溢れ出す。

難しい事は何もない。戦う覚悟と対話を求める気持ち。きっとそれらは相反するようで同じものだ。

未だ成人もしていない一夏の精神が未熟なのは当たり前だ。誰が一度や二度の挫折を罵る事が出来ると言うのか。

それは千冬にも言える。未だ二十代の彼女は社会から見ればひよっ子と言われても仕方がない。大人と言うには未成熟だ。

未熟なら未熟なりに他人を頼ればいい。友を信じる強い想いは時として熱く燃える力となる。それは若さの特権と言っても過言ではない。

きっと今の一夏であれば千冬も鈴音も笑って迎えてくれる。もう何も心配いらないのだろうと。

 

 

 

 

しかし、一夏の想いも千冬の決意も意思を持たない鉄槌の前では意味を成さない。

夏休みの残す日付は後僅か、その日は唐突に訪れる。

突如としてそれは現れた。IS学園を標的に実に二千三百四十一発ものミサイルが前触れもなく放たれた。

時代は再び、白騎士を求めていた。

 

 

 

 

 

第3章 Metamorphoze 完




千冬&一夏編。
機体や精神面のパワーアップを主体に置いた3章でした。
夏休みはまだ終わっていませんが夏休み編完といった所です。
今回の話は主に一夏が箒のことでうじうじしてるのを吹っ切る話なんですが、うじうじした描写が少なかったかもしれません。

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