IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
更識 楯無、IS学園生徒会長にして対暗部用暗部「更識家」の現当主にしてロシアの国家代表。
「スタイル抜群にして明瞭快活で文武両道、生徒からの信頼も厚く誰が呼んだか完璧超人! 編み物だけはちょっぴり苦手なお茶目な面も!」
「そのハイテンション止めて頂けませんか、そもそも誰に説明しているのですか?」
IS学園生徒会室で突然大声を上げた部屋の主に生徒会会計の布仏 虚が呆れた口調と表情で眼鏡のフレームを直す。
パァンと小気味良い音を立てて楯無の開いた扇子には「自画自賛」と達筆で記されている。それくらいしなければやってられないと愚痴りたくなる状況だったのだ。
歴史の裏側に真実ありと言われる位に闇に葬られた事実は多数存在する。日本に限った話ではないが世界の裏側に目や耳を持つ組織と言うのは存在しており「更識家」もその一つだ。
暗部である更識は世界でも非常に高いレベルを持つ秘密諜報員を抱えているが、彼等に与えた任務から持ち帰った結果は何もなかった。
情報とは宝であり武器だ。情報を求めて技術は進化もすれば戦争になる事だってある。諜報員の仕事は情報を集める事であり、いかに重要はかは言うまでもない。
国家代表としての権限も使いロシアに動いてもらい、北極、中国、欧州、あらゆる地点に存在する破棄された基地に手を出してみたが、収穫はゼロ。
言うまでもなく目的はここ最近、一瞬ではあるが確認されたエネルギー反応の調査だ。アメリカも注視しているが、更識も動向を無視は出来なかった。
他にも各地政府機関の調査団が動いたようなのだが、何れも収穫が無いのは見て取れる。これは暗部として考えればありえない事態で恐ろしい結果と言えた。
「一体何だって言うのよ、破棄された基地にエネルギー反応よ? 何もないわけがないじゃない。誤報だって言うの? そんなわけないでしょうに」
世界中の政府機関や諜報員が気にかけているのに誤報なはずがない。
豪奢な生徒会長室の机に突っ伏して積み上げられた資料を再確認。何度目を通しても結果が変わるわけではなく、暗部としての更識の報告は異常なし以外の答えは返ってこない。
「ですがお嬢様」
「今はお嬢様でも間違いじゃないけど、学園では会長って呼んで」
「……ですが会長」
「律儀に呼び直す虚ちゃん大好きよ」
「ですが会長、形跡が何もないとは余りにも不自然ではありませんか?」
「何事も無かったかのようにやり直したわね。まぁいいけど……。でも、そうね。虚ちゃんの言う通りよ。何もないって事は通常ありえないの。情報の重要性を知る者であれば何もないを鵜呑みにはしないわ」
「何もないが、ある。と」
「頓智じゃないけど、そういう事よ」
閉じられていた扇子が再び開くと「意味不明」と二人の頭上に浮かぶ疑問符を体現した文字が記されている。
エネルギー反応は確かに確認されており各国が動向を気にしているが、諜報員が現地に赴いても何も出てこない。むしろ、何もなさすぎる。これを怪しまないで情報を扱うプロは名乗れないだろう。
「所で、話は変わりますが会長。本音より伝言を承っています」
「本音ちゃん? あら珍しい」
「簪様の専用機、打鉄弐式が完成したそうです」
「……へぇ」
再び閉じた扇子で口元を隠して瞳を細める。目の前にいるのが更識 楯無の裏の顔も知る虚でなければ怯んでいたであろう程に冷たい雰囲気。
先程まで机に突っ伏していた気の抜けた人間と同一人物とは到底思えない。
「で、簪ちゃんは何て?」
「随分と古風な手を用意してきたようです」
取り出されるのは白い一枚の紙。丁寧に折り畳まれた正面には「果たし状」の文字が躍っており、楯無の扇子の文字に負けず劣らず達筆だ。
「ふふふ、日程調整は任せても? 出来るだけ早い方が良いわ」
「畏まりました。お嬢様」
訂正されたばかりのお嬢様と言う呼び方だが、今は否定されない。
恭しく頭を垂れるその姿は確かな主従を感じるに至り、紛れもなく更識家に仕える布仏家の姿に違いなかった。
織斑 千冬と織斑 一夏、篠ノ之 束と篠ノ之 箒、布仏 虚と布仏 本音。
ISに関わるに辺り様々な血縁関係があらゆる立場を彩っているが、更識 楯無と更識 簪の二人もまた独特の色彩を放つ存在に違いなかった。
暗部の家に生まれ暗部として約束された人生。その中で生まれた姉妹の確執は単純であり根深いもの。
歴史の裏に隠れ暗躍する一味と言う意味では米国の名も無き兵たちや亡国機業も同様の存在と言えなくはないが、日本の組織となるだけで途端に胡散臭くなる。
秘密結社と言うよりは忍者の末裔と言った方が世間体的にはしっくりくる。それが暗部と呼ばれる組織だ。
北極に送り込まれた部隊も黒装束に身を包んでおりアメリカやロシアから見れば異形だったに違いない。無論、見た目に関係なく彼等は優秀だ。
今でこそ暗殺のような仕事の請負は無いに等しいが、対人戦闘スキルは高く要人警護や諜報活動を任せれば政府の抱える部隊より余程良い仕事をして見せる。
実際、筋肉質と言うわけでもない楯無ですら扇子一本で成人男性を圧倒する位の戦闘力は有している。
そのような一族が今の時代でISに目をつけないわけがない。
更識家の跡継ぎが男であればこの時代であろうとも日向に出る事なく歴史の裏で暗躍を続けていたに違いないが、現当主は女だ。ISに利用価値を見出すのは必然の流れと言えた。
当主の名「楯無」を受け継いだ現当主に問題があるわけではない。
暗部としても十分に実力があり、IS乗りとしても日本の代表すら夢ではないとされる程に申し分なかった。だからこそ、楯無は苦しむ事になる。
彼女の妹、更識 簪の存在だ。幼い頃からどちらかと言えば男物のアニメやヒーロー作品に関心を持っていた簪。
女の身でありながらロボットさながらの鎧を着て空を飛び交い戦う。ヒーローに憧れる少女に取ってISは手が届く可能性のある夢だった。
そうでなくとも暗部として表舞台とは程遠い歴史の中に生きる一族の一人だ。観衆から脚光を浴びて雄々しく戦うISは正に憧れの姿そのものだ。興味を持たないはずがない。
姉妹に取っての不運は姉に劣らず妹も高いIS適正値を叩き出してしまった事。
家柄は度外視にしても簪もまたIS乗りとして優秀で順当にいけば国家代表も夢ではない才能を秘めていたのだ。
だが、彼女の前には常に自分より優秀な、それでいて大好きな姉がいた。
楯無は妹を溺愛している。
それは嘘偽りない事実であり、世界中を敵に回しても彼女は妹を守る為に全力を賭すだろう。
更識として生きる以上はこれから先の為にISは必要不可欠。専用機も国家代表と言う地位も当主として手に入れて置きたい。
だが、結果的にそれは妹の夢を奪う行為に他ならない。その為に楯無が選んだ手段は最善の選択にして最悪の一手。
楯無は自由国籍を取得し単身ロシアへ渡り、瞬く間に国家代表に上り詰めた。
ロシアでIS乗りを夢見る少女達の願いを踏み潰してでも自分自身の地位を手に入れたのだ。
更識として見るならば他国に対する足掛かりであり上々の結果。姉としても妹の夢を潰さない最善の方法。
が、当の本人である簪からしてみれば、受け入れがたい事柄だった。姉は海外で確かな実績を作り、妹に国内での道を譲った。
微笑ましい姉妹愛と言えなくはないが、簪の立場から見れば国内における最大の好敵手であるはずの姉に対し実力で競うのではなく不戦勝が約束されたのだ。
無論、簪とてそれが更識としても姉妹としても最善である事は理解しているが、納得は出来なかった。実力で姉を追い越す事が出来ないと言われたのと同意なのだから。
更に追い討ちをかけるように織斑 一夏が登場し不運に拍車をかける。
勝利を約束されていた日本代表への道に突如として現れた男性IS搭乗者。その専用機が簪の専用機開発に着手していた倉持技研担当になったのだ。
倉持技研としても国からの命令であれば断る訳にはいかず、当然ながら簪の専用機の開発は大幅な遅れを余儀なくされた。
最も、それでも簪のヒーロー願望が潰えたわけではなく、日々の努力を怠りはしなかった。降って湧いた一夏の存在も強くあろうとする意思には関係なかった。
その結果がクラス対抗戦における決勝戦だ。訓練機の打鉄でありながら専用機の中でもオーバースペックと称される白式を圧倒して見せた。
『織斑君は今まで自分の力で勝って来たのではない。そのISの性能のおかげだと言う事を忘れないで』
『織斑君の努力は認めるけれど、どうしようもない事もあるの』
『この世界に神なんていないんだもの』
淡々と告げられた簪から一夏への言葉。努力は否定せず、現実は容赦ないものだと知らしめる。瞳の奥に潜んだ意思に何人が気付けたと言うのか。
昔から持つ気弱な雰囲気こそ消すには至らないが、簪は強くなった。姉に引けを取らぬ程の才能を開花させるにはIS学園の環境は申し分なかったのだ。
更識 楯無と更識 簪。
決して互いが憎しみ合い嫌い合っているわけではない。本当に些細なズレが生じた結果が僅かばかりのわだかまりになってしまっていた。
「ケジメを付けないと私は前に進めない」
楯無に果たし状が送り付けられた翌日。八月の太陽が痛い程に頭上から降り注ぐ中、IS学園アリーナにて姉妹は対峙していた。
出来るだけ早い方が良いと言う楯無の望みを虚は忠実に叶えて見せた。
意気込みを呟いた簪の展開している打鉄弐式は量産型第二世代の打鉄の後継機にして発展型。
格闘戦における防御力を重視した打鉄とは異なり機動力を重視したスマートな形態。打鉄におけるアーマー部はウイングに換装されシールドもスラスターに変化している。
むしろ打鉄と同じ点を探す方が困難な程に似ていない様は間違いなく専用機を示していた。
対する楯無も愛機ミステリアス・レイディを展開している。
ISの中でも極端に装甲の少ない構造だが、そんな事に疑問を覚える者などこの場にはいない。ロシアの国家代表の操る水の技は世界的に有名なのだから。
全身を覆うように液状のフィールドが形成され、更に左右一対となるアクア・クリスタルから溢れる水がマントのように主人の身を包み込んでいる。
ナノマシンを巧み操る攻防一体のテクニカルマシン。第三世代としての技術をこれほど多用している機体は他に類を見ない。
「かかってらっしゃいな。優しく抱きしめてナデナデしてあげる」
姉として、組織の長として選んだ道。軽率な選択で浅はかだったのかもしれない。
が、今この場において「あの日」「あの時」の選択を「たら」「れば」の議論は意味をなさない。
この戦いそのものに意味はないのだと姉も妹も見届け人も理解している。ただ、この一歩を踏み出さずに姉妹は前に進めない。
「私は姉さんを越えて、負い目なく日本代表を目指す」
普段の弱気な雰囲気を無理矢理押し込めて瞳に日本代表候補生としての光を宿した簪の視線を正面から受け止めて楯無も迎え撃つ。
笑みこそ浮かべているが纏っている雰囲気は国家代表の威圧感であり学園最強である生徒会長としての気概。
代表候補生と国家代表が戦う上であっても公式な試合ではないが、互いに一歩も譲る事は出来ない戦い。
≪二人とも準備は良いな≫
管制室から聞こえてくる千冬の声に二人揃って頷きを返す。
虚が整えた果し合いの舞台は学園アリーナであり学園教師が公正な判断で勝敗を決してくれる。これは試合であり殺し合いではないのだから必要な措置だ。
審判役として千冬と山田先生が管制室に控え、見届け人として虚と本音が主人である姉妹の戦いを見据えている。
妹を愛し組織の長として判断をした姉と、ヒーローを夢見てISに希望を見た者との不条理な決闘が勃発する。
≪それでは……。試合開始だ!≫
短いブザーの音を聞き流し先手は簪が取る。
マルチロックオンシステムシングルターゲット起動、エネルギー連動確認、ミサイル干渉領域拡大、大気状態クリア、PIC制御異常なし、ウイングスラスター展開、セーフティ解除、六基八連装四十八独立稼働ミサイル相互リンクスタンバイ、シーケンスオールクリア。
「
打鉄弐式と同時に展開されたミサイル補助用のコントロール端末の上を指が踊り、四十八発もの独立稼動型誘導ミサイルが一機のISにむけて轟音と共に殺到する。
「続けて
流れるように無駄を感じさせない連続攻撃、ミサイルの命中を確認する間もなく打鉄弐式の背面に装着されている二門の連射型荷電粒子砲が放たれる。
それらの一連の作業を撃つだけでなく目標に向かい移動しながら攻撃する簪の手腕には管制室にいる布仏姉妹が思わず絶句する程に壮絶だった。
遅れながら完成した打鉄弐式は倉持技研が今までに携わった打鉄のデータや高速移動からの一撃離脱戦法を取る千冬や正面突破を得意とする突撃型の一夏の戦闘パターンさえ参考にした接近戦の極み、強襲型近接戦闘の完成形。
「
爆煙がミステリアス・レイディを包み込んだ中心に向かい最後の武装を展開。
対複合装甲用の超振動薙刀、夢現の切っ先を正面に固定。ただ当てるだけ勝敗の決する一撃を得意としている全く淀みの無い瞬時加速を持って突貫する。
圧倒的な弾幕と研ぎ澄ました精密射撃を繰り出しながら間合いを詰める。第二世代でありながら次世代型とも言うべき発展型の恐るべき本領が発揮される。
管制室で布仏姉妹と山田先生の息をのむ音を聞きながらも千冬だけは冷静に戦局を見定めている。
「残念でした」
ただ当てるだけ。それだけ決まるはずの刃が届かなかった。
一般の生徒と代表候補生の間に雲泥の差があるように、代表候補生と国家代表の間にもまた計り知れない壁がある。
「っ!?」
驚愕に歪む簪の表情のすぐ目の前。爆煙の中心地点。夢現の刃が水を纏った蛇腹剣であるラスティー・ネイルで受け流さている。
山嵐と春雷の射撃の中心部でラスティー・ネイルの斬撃とアクア・クリスタルの生み出す水のヴェールによる防御で楯無は猛攻を耐え抜いて見せた。
新型機故に搭載されている武装は分からなかったはずだが、最後に瞬時加速で突っ込んで来る所だけは完全に読み切っていた。
「簪ちゃんの試合は全部録画して何百回も見てきたもの。その上で王道に乗っ取って正面から来るのは十分に予測出来たわ」
それはこちらの台詞だと簪は声を大にして言い返したかった。
公式戦であろうがなかろうが記録に残っている姉の戦闘パターンは全て解析した。
基本的には受け身主体の戦闘スタイルは相手の攻撃を回避し受け流した上で一定の距離を保ち続ける行動パターン。
相手の癖さえも把握した上でカウンターを中心に構成されたテクニック系の戦闘スタイルに変化はないはずだ。
だからこそ、最初に距離を取られると判断した簪は最初から全火線を集中させて短期決戦に持ち込んだのだ。
防がれる事も避けられる事も想定はしていたが、その場に留まった上で一発たりとも届かないとは思っていなかった。
「強くなったわね、簪ちゃん」
決して憎まれ口でも皮肉でもない。姉から妹に贈られる賛辞は全力で挑んだ故の褒美。
踏み込んだ瞬時加速は止まれず、簪に更なる手は用意されていない。
姉の言葉を噛み締め、驚く程すんなりと心に浸透するのを感じながら、振り抜かれる蛇腹の刃を見届ける。
切り裂くイメージが先行した後、遅れて襲い掛かる衝撃が簪の腹部を貫いた。
その瞬間、簪は恐らく入学してから初めて、心の底からの笑いが込み上げて来ていた。
「届かない、か……。やっぱり強いなぁ」
決着は呆気ないほどに短く、されど刹那に全力を叩き込んだ簪を誰が責める事が出来ようか。
「ふふん、お姉ちゃんだもの。いつでも挑んでいらっしゃい、妹の挑戦から逃げる程、弱くはないわよ」
全力でぶつかり敗れ、妹は姉の優しさを甘んじて受け入れる。
空中で姿勢を崩した簪に手を差し伸べる事を楯無はせず、落下していく簪を見届ける。
見ようによっては非情に見えるかもしれないが、姉妹の顔には確かに笑顔が浮かんでいた。
言ってみれば姉妹喧嘩に過ぎない。お互いが愛し合っていても意地がぶつかり譲れなければ衝突する。
姉が我儘で妹を甘やかし、妹がそれを受け入れたのであればそこに生じるズレは解消される。
姉妹の決着を見届けていた管制室では虚の腕を本音が抱き締め寄り添っている。
「何?」
「別にぃ、お姉ちゃんに~ 甘えたくなっただけ~」
布仏姉妹と更識姉妹は主従以上に友人関係が先行している。
二人のすれ違いに一旦の終止符が打たれたのであればそれは主従関係は関係なく布仏姉妹に取っても最上の喜びに他ならない。
「更識さん、二人ともですけど強かったですね」
もう一組の見届け人。山田先生が未だ信じられないものを見たと言う顔付きのままポツリと漏らす。
「えぇ流石は国家代表と言える見事な手腕でした。勿論、妹の方も見事でした。アレはまだまだ伸びますよ」
応じる千冬が素直に賞賛の言葉を送る。
普段の授業の風景からは信じられない言葉とも言えるがそれだけの価値が今の戦いにはあったのだ。
戦い自体は短く、レベル差はあったが代表候補生として簪は間違いなく優秀であり怒涛の連続攻撃からしても恐らく現段階の一年生の中ではトップクラスの実力だ。
それをいなした楯無はやはり国家代表にして学園最強と呼ばれるに相応しいだけの実力を有しているのだと改めて実感する。
「私も負けていられないな」
すぐ隣にいた山田先生も気付かない位に小さな声で千冬が呟き拳を握る。
学園最強の戦いを見届けた世界最強は何を思い何を願うのだろうか。
更識姉妹編。
度々登場していた更識姉妹の番です。
和解の話でもありますが、嫌い合っていたわけではないので、わだかまりがなくなった感じでしょうか。
そして打鉄弐式がついにお披露目ですが新型だからと華々しくデビューを飾れるとは限らないと言う事で。